誰かの願いが叶うころ(前編)◆tt2ShxkcFQ
太陽は空高く上り、眩い光で地上を照らしつける。
時間は12時を回り、気温もジリジリと上がりつつある。
当初は65人居た参加者も、既に約半数が脱落……息絶えていた。
それは残された参加者にどの様な感情をもたらすのだろうか。
あるものは嘆き、あるものは喜び、あるものは怒り、そしてあるものは恐怖する。
……そしてその感情に耐え切る事が出来なかった人間は?
目の前に差し出された救いの手を、拒む事は出来るだろうか。
たとえその手を差し伸べているのが、「悪魔」だとしても……。
もしも、悪魔がその囁きを口にする前に誰かが手を差し伸べていれば……。
もしも、誰かがその心が折れぬよう、支える事が出来ていれば……。
未来は変わったのかもしれない。
だが……そうならなかった。
そうはならなかったのだ。
ただそれだけの事……かくして、二人の少女は悪魔の囁きに耳を傾ける。
目の前に僅かな希望を見せ付けて、言葉巧みに誘惑をしてくるその悪魔の言葉に。
それが本物の希望だという保障など、何処にも無いにも関わらず……
◇ ◇ ◇
ナインは駅構内の壁にかけられている時計へと視線を向ける。
12時を少し回ったところ、まだ第二回目の放送が終わってから然程時間は経過していない。
瞳を真っ赤に泣き腫らし、絶望に打ち震えていた少女……
御坂美琴と簡潔に情報交換を終えた二人は、
駅の構内を一通り見回って、今丁度駅の出口へと足を向けている所だ。
駅の構内は悲惨なもので、壁には穴が空き、ひび割れていて、
挙句の果てには赤黒い血肉が散乱し、異臭が漂う場所さえあった。
誰がどのような力を行使したのかは不明だが、この場所にて戦闘があったことはほぼ確実であろう。
遺体が無かった事は気になるが……この場所では誰も死ななかったのか、もしくは埋葬されたか。
だが、どちらでもいいとナインは考える。
この駅には自分たち以外に参加者もおらず、有用な道具も見つからなかった。
それさえ分かれば他に用は無い、目的を達成するために次の行動を起こすだけだ。
二人の目的は同じ、この殺し合いに優勝して参加者全員を生き返らせる。
些細な差はあるだろうが、このスタンスに変わりは無い。
だが、共闘するという訳ではない。
今闘う事は無いとはいえ、順調に行けばお互いが邪魔になる関係。
そんな相手に自分の背中を預けることは出来ない。
言うなれば、停戦関係と言った所だろう。
「それじゃあ……ここからは別行動を取るわよ」
ナインは美琴の顔を見つめながら小さく呟いた。
それに答えるよう、美琴は無言で頷く。
「しっかりしなさい。これから私達は━━」
「分かってます」
ナインの言葉を遮るように、美琴は口を開いた。
その瞳はどこか虚ろで、しかし真っ直ぐナインの瞳を見据えている。
「……そう、それならいいんだけど」
不安だ。
ナインは美琴をみてそう考える。
先程は確かに私の手を取った、『手伝って欲しい』と問いかけた私に、肯定の意思を表した。
だがしかし、この少女からは覇気どころか、生気をも感じることが出来ない。
誰か大切な人が死んで、または殺してしまって。
……もう心は限界なのかもしれない。
本来は優しい少女なのだろう、首筋にARMSの巨大な剣を突きつけられ。
断る事が死ぬ事に直結するあの瞬間にも、美琴は戸惑った。
きっと、誰かの命を助ける為ならば。自分の命もいとわないのだろう。
そう、私が殺してしまった少女。
ナナリーのように。
駅の出口から顔を出し、辺りを注意深く見渡した。
人の気配は無い。それを確認してからナインと美琴は大きな通りへと歩み出る。
「ところであなた、これから何処へ向かうつもり?」
「何処って……」
「予定が無いのなら、一つ提案があるの」
「……」
「恐らくだけど、今一番人が居るのは市街地……ここから南下をしていくコースね。
だから、私たちの目標への近道は市街地に居る参加者を殺す事」
『殺す』という言葉に美琴は僅かな反応を見せる。
しかしそれに構わず、ナインは言葉を続けた。
「だから、あなたにはこのまま南下して行ってほしいの」
「私が……?」
「さっきの放送を聞いたでしょ?もうじきF-6は禁止エリアに指定される。
市街地から南へと抜けるための橋も使えなくなる……そして東には湖や川が行く手を阻んでいるわ。
参加者が市街地から出るためには、北か西に行くしかないの。
あなたが言っていた地下を使えばまだまだ方法はあるんだろうけど、大半の参加者はそれを知らないはず。
だから私はE-2駅へと向かう、電車を使ってね」
美琴は地図を取り出して、辺りの地形を確認する。
確かに市街地には施設も密集しており、参加者も数多く居るだろう。
効率よく参加者を減らしていくにはベストな選択なのかもしれない。
だが、すぐに南下をし始めた場合。電車にて移動時間がかからない分、参加者に初めに会うのは高確率で私だろう。
つまりは危険が高いと言う事を意味するのではないか。
ここまで考えて、美琴は少し自虐的に口元を吊り上げた。
そんなことはどうでもいい筈だ。
遅かれ早かれ、目の前に立ちふさがる全員を自らの力で排除し、進まなければならない。
「もしもあなたが嫌だと言うのなら、私がこのまま南下するわ。
だからあなたはE-2駅へと向かってちょうだい」
まるで考えを見透かしていたかのように、ナインは口を開いた。
「いえ、いいです」
美琴は間髪いれずにそう返事をする。
「……そう、ならば早速行動を開始しましょう」
「はい」
二人は自らのデイバックを肩に担ぐと。
背を向けて、それぞれが進むべき道へと足を向ける。
片方は駅の中へ、もう片方は南への通りへと。
「運が悪ければ、きっとまた会えるわ。
……そうならない事を祈ってる」
ナインは相手のほうを振り返らず、そう口を開いた。
相手からの返事は無い、きっと真っ直ぐ、振り返る事もせずに歩き出しているだろう。
罪悪感が大きな波となり、ナインの胸を締め付ける。
私は卑怯者だ、私一人が背負うべき業を。
心優しき少女にも着せてしまった。
駅の入り口に入ると、ナインは足を止めて後ろを振り向いた。
遠くには段々と小さくなる御坂美琴の姿が見える。
「ナナリー……待っててね。きっとあなたにもう一度、この世界を……」
服の胸元へ手を当てて、ナインはそう呟いた。
その声は駅の構内に悲しく反響して、消えていった。
◇ ◇ ◇
「真紅、何をやっているんですか?」
「……いえ、なんでもないわ」
二人が居るのは図書館のすぐ近く、一軒の民家の中だ。
何の変哲も無い、二階建ての戸建て。
リビング、キッチン、子供部屋、寝室、物置。
一般的な間取り、真紅が目を留めたのはその最後に訪れた部屋……物置だ。
中には乱雑に物が放置されており、うっすらとほこりを被っている。
その中に一つ、少し古ぼけた三面鏡があった。
真紅はそれに近寄ると、鏡に手を触れてみる。
モノには、生命のかけらを持つモノとそうでないモノがある。
薔薇乙女は、そのモノを介して「nのフィールド」という現実世界と表裏一体をなす空間へ入る事が出来る。
だが……この会場には生命のカケラを持つモノが極端に少ないようだ。
この鏡もそう……まるで急ごしらえで用意された単なる備品の一つのように。
同じく物置にてガラクタを物色していたあすかは、真紅の答えに顔を顰めると。
手に取っていた古ぼけた置物を放り投げ、手をはたいた。
「それで、気になる事は解決したんですか?」
「解決したとは言えないけれど、今はこれで納得するしか無いわね」
「……僕はその気になる事でさえ教えてもらってないんですが」
そう、民家に立ち寄りたいと言ったのは真紅。
真紅がこの会場に飛ばされてから今まで立ち寄った場所……
あすかと出会った民家、駅、休憩に使った民家、さらに図書館。
その全ての場所で、nのフィールドの入り口に使えそうなものは見当たらなかった。
確かにそう多くあるものでは無いが……全く無いと言うのには違和感を感じる。
数少ないそのカケラを感じられるものは、それぞれの参加者に配られている支給品からのみ。
だがしかし、その支給品も入り口として使えそうなものは無かった。
普通の人間にはその判断をする事さえ難しいはず、
だからこそ、この会場のどこかに『入り口』に使える物を主催が誤って用意していても、おかしくはないと思ったのだ。
そして、それを見つけることが出来れば……。
だが、それは考えが甘かったのだろうか。
結局この家でも発見する事は出来なかった。
それに万が一、入り口に使えるものが見つかったたとしても、
自らの人口精霊ホーリエが居ない事やこの場に来た時から感じている体のだるさ。
薔薇乙女自身の能力にも干渉を受けている可能性も考えられる。
「お父様が作ってくださったこの体に……?」
そう考えた瞬間、背筋にゾクリと悪寒が走る。
究極の少女、アリスを目指すために作られたローゼンメイデンにとって、
その体を傷つけられ、弄られるのは死にも値するほどの恐怖だ。
首を振ってその考えを頭から追い出した。
「どうしたんですか?」
薄暗い物置にて、あすかがそう尋ねてきた次の瞬間。
ズドンという重低音と共に、パラパラと天井から埃が舞い降りてきた。
目を見開いた二人は顔を見合わせると、どちらとも無く家の玄関へと走り始める。
外へと飛び出した二人は、辺りを見渡した。
すると南の方角に、煙が濛々と立ち上っているのが見える。
「あれは……真紅っ!」
「えぇ……あの場所で、誰かが闘っている」
「劇場の方面ですね……行きましょう!
まだ間に合うかもしれない。これ以上犠牲者を出すわけにはいきません!」
「えぇ」
真紅が頷くと、二人はその民家から駆け出した。
あすかは図書館に面している大通りへとたどり着くと、辺りを見渡して安全を確認する。
そして誰も居ない事を確認すると、南へと駆け出していった。
それを追う様に、真紅も後へ続いて駆けてゆく。
しかし駆け出した直後……辺りに気を配りながら進んで居たあすかは急に足を止めた。
真紅は急に止まったあすかの足へと顔面から激突し、尻餅をついてしまう。
「ちょ、ちょっとあすか!止まるなら止まるって言いなさい!危ないじゃないの」
「真紅……あれを」
鼻を押さえて立ち上がった真紅は、あすかが指を刺す方向へと視線を向けた。
あたり一面、コンクリートジャングルであるこの市街地。
灰色の世界において、その黒に限りなく近い赤い水溜りはとても浮いてみる。
とあるマンションの敷地内、図書館からも離れては居ない場所。
その水溜りに歩み寄った二人は、思わず顔を顰めた。
赤黒い水溜りの真ん中に沈んでいるのは、右腕。
まるで人形のパーツのように沈んでいるその腕は、よほど切れ味のいい刃物で切られたのであろうか。
綺麗な断面をしてた。
通常、血液が完全に固まるまでの凝固時間は、37度の気温で8分~12分だと言われている。
辺りの赤黒い水溜りは既に完全に固まり、乾いていた。
「もう既に血は乾いているわね……」
「えぇ、恐らく襲った奴も。襲われた人も近くには居ないでしょう」
あすかは辺りに注意を払いながらそう言った。
「あら……腕を落とされるほどの重症よ。
襲われた人間が痛みでろくに動けず、この辺りに隠れているという可能性もあるんじゃないかしら」
「……僕は医者じゃないですから詳しい事は分かりませんが。
腕には動脈が通っています、もし切断されたのだとしたらそれはおびただしい量の出血が伴うはずです。
それは一般の家庭での止血では難しく、更に輸血が必要になるほどの……。
ですから、この人は病院へ行って処置をするしか選択肢は無いはずです。
もしも痛みで動けずに隠れていたのだとしたら、その人はもう出血で……」
二人は顔を見合わせる。
重苦しい空気が二人の間に漂った。
真紅は右腕をドレスの上から押さえながら、沈痛な表情でその水溜りへ視線を落とした。
そして、とある違和感に気が付く。
「ねぇ、あすか」
「……はい?」
「おびただしい量の出血が伴うのならば、この人間が移動した方向に血痕があるはずじゃなくて?」
「そ、そういえば」
その赤黒い水溜りのすぐ近くには余り血痕は残されていない。
辺りを見回した二人は、すぐにその痕跡を発見した。
それは右腕から5メートルほど離れた場所、丁度敷地内の植え込みが邪魔になって見えにくくなってはいたが。
黒い血溜まりが線のようになって南へと伸びているのが見える。
「どうやら病院の方角へは向かっているようね」
「そうですけど、それは追跡されやすいと言う事を意味しています。
もし襲撃者に追撃の意思があったとしたら、逃げ延びるのは絶望的ですよ」
「えぇ……」
「それに、この様子だと時間は大分経過しています。
真紅、今の僕たちには南の劇場で起きている争い事を止めるのが最良ですよ」
「……分かってるわ、この事は一旦保留して劇場へ向かいましょう。
この人間も南に向かっているのだし、もしかしたら劇場にいるかもしれないわ」
二人は頷いて腰を上げると、通りへと戻った。
そしてあすかはふと視線を北へと向ける。
この場に来てから幾度と無くしている安全確認、そしてその殆どは異常なしという形で終わっている。
唯一異常があったのは電車の中だ。あの忌々しい金ぴか鎧を思い出す。
だが今回北へと向けた視線の先、なにやら動く影が見える。
今までと違った結果に多少興奮しながら、あすかは口を開く。
「し、真紅!」
「……うるさいわあすか、そんな大声出さなくても」
「あれ……人です!女の子が一人で」
その言葉を聞いて、真紅も北へと視線を向ける。
確かに通りの遥か向こう、少女がこちらへと歩いて来ているのが見える、
まだこちらへは気が付いていないようだ。
「急いで保護をしましょう!」
「……待ちなさい、あすか」
「何ですか?」
「不用意に近づいて、あの子が殺し合いに乗っていたとしたらどうするの?」
「殺し合いに乗っているって……子供ですよ?」
「あら、私からみれば貴方も十分子供よ。
それに子供でも銃なら扱う事が出来る、もしかしたら貴方のように何かしらの能力を持っている可能性だってあるわ」
「僕を子供扱いするのは辞めて下さいっ。
……じゃあ、どうしろっていうんですか。背後から武器で脅して殺し合いに乗っているか聞くんですか?」
「別にどうもしないわ、貴方が警戒心のカケラも持っていないから。用心しなさいと言っているだけよ」
「なっ……」
「武器で脅して聞いても本当の答えが返ってくるとは限らない。
それに相手にも不信感を与えてしまうわ」
「……」
「頼りにしているわよ、あすか」
納得がいかないという顔をしているあすかに、真紅は呟いた。
「えっ……今なんて?」
「何でもないわ、それよりも早くあの子を保護して劇場へと向かいましょう」
あすかは顔を顰めながらも、頷いて少女へと向かって歩みを進める。
そしてあすかの横に並ぶよう少し早足で歩きながら、真紅も北へと足を向けた。
◇ ◇ ◇
「どうして……」
少女の呟きは、誰にも届くことなく辺りに響き渡る。
「どうして……」
それは自分自身への問い。
「どうして……」
その答えの無い問いかけは、答えにたどり着く事は無い。
美琴の頭の中に渦巻いては消えて行く。
「どうして……」
こんな事になっちゃったのかな。
心の中で、美琴はそう呟いた。
自分にこんな力さえなければ……。
超能力、Level5の電撃使い(エレクトロマスター)でさえ無かったら。
1万人に及ぶ妹達が殺される事も。アイツが殺される事も……誰も死ぬ事は無かったのではないか。
バチバチと、辺りに乾いた音が鳴り響く。
暴走しかけている少女の発電能力は、肩から頭にかけて青白い火花を散らせる。
雷撃というと恐ろしいイメージがあるが、彼女にとってそれは優しい光だった。
初めて力を使えるようになった夜の事は今でも忘れない。
布団の中にもぐって、一晩中バチバチと小さな火花を散らしていた。
それは星の瞬きにも見えた。
大きくなって、もっと強くなったら、いつか星空を作る事が出来るかもしれない。
小さい頃は、本気でそう考えていた。
そう……彼女、御坂美琴はいわゆる天才ではない。
学園都市にてカリキュラムを受けながら、Level1からLevel5まで努力で上り詰めた。
普段の彼女からは伺う事が出来ない、誰にも負けないほどの努力をしてきたのだろう。
だがしかし、その努力が仇となってしまった……。
ふと、自らの両手へ視線を落とす。
自分の小さな手が見える、血塗られた、人殺しの、怪物の手が。
この血塗られた手で出来る事……まだ、この呪われた超電磁砲の能力で出来る事。
それは……優勝を目指すという事。
『……あなたにも手伝って欲しいの』
先ほど出会った自分より幾ばくか年上の女の人、
ブレンヒルト・シルトの言葉が頭に木霊する。
彼女も言っていた。
人を"殺して"しまったと。
彼女も目指しているのだろう、失ってしまったものを取り戻す事……犯してしまった過ちを無かった事にする事。
そしてそれを望むのならば、人を殺めなければならない。
そう……美琴自身も、もう一度"アイツ"に会う為には。
「やめて」
意識に反して、美琴の口からは拒絶の言葉が飛び出してくる。
殺したくない、誰も死んで欲しくない。
自分の命ならば喜んで差し出そう……だから、もう誰も死なないで。
それは彼女の純粋なる想いだ。
肩に食い込むデイバックが瞳に写る……命を助けてくれた
ストレイト・クーガーから託されたもの。
それはせめてもの罪滅ぼしだったのだろうか、美琴はクーガーの仲間の事をナインに話さなかった。
だからといって合流してこのバッグを渡すつもりは無い。
彼が死んでしまったのは自分のせいだ、今更どんな顔をして彼の仲間と会えと言うのだろうか。
だが、みんな殺せばクーガーを生き返らせることも出来る。
「たすけて」
そう……アイツに再び会う事だって、出来るかもしれない。
「……たすけてよ」
こんな事を言う資格は自分には無い、それは分かっているつもりだった。
しかし我慢をしようとしても、それは口をついて零れだす。
……それは、誰にも届く事は無い。
だからこそ口にする事が出来る言葉だったのかもしれない。
「そこのあなた、ちょっといいですか?」
俯いて歩いていた美琴の耳に、突如男の声が入ってくる。
気を抜いていた、考え事をしていた自分の愚かさを呪いながら美琴は視線を上げる。
このまま一思いに殺されるのならば、それもいいのかもしれない。そう思いながら。
しかし……その瞳に写ったのは、美琴にとっては一番有り得て欲しくない光景。
「僕の名前は
橘あすか。武装警察「HOLY」の隊員です」
恭しく礼をするその青年の、
白と青が基調の派手な服装はとても見覚えがあって。
「私の名前は真紅、ローゼンメイデンの第五ドールよ」
すぐ近くに居る真紅のドレスを着た少女の名前も、青年の名前にも聞き覚えがあって。
「あ……あぁ……嘘よ……」
「ど……どうしたんですか?」
「近づかないで!!!!」
こちらへ腕を伸ばしながら近づいてくるあすかに対し、美琴は大きな声で拒絶を表した。
間違えるわけが無い、ストレイト・クーガーが着ていたあの目立つ制服を。
忘れるわけが無い、二回目の放送を聞く前、唯一見えてきた希望の断片を。
だがその希望は絶望へと塗り代わり、美琴の目の前へと立ちふさがる。
彼女は叫ぶしかなかった。
自分の運命を、心の底から呪いながら。
◇ ◇ ◇
「近づかないで!!!!」
少女の叫び声が、辺りに木霊する。
保護をしようと声をかけた少女は、どこか様子がおかしくて……
さらに近づこうとした瞬間、まるでおぞましい化け物が目の前に居るかように拒絶した。
思わず前に出していた足を引き戻す。
……正直納得がいかない、こちらは助ける立場で。あちらは保護される立場のはずだ。
真紅の言うとおり、なるべく礼儀正しく、相手を逆撫で無いよう接触したつもりだ。
この点に問題は無いと自負している。
ならば何故?そんな頭ごなしに拒絶されなければいけないのか。
「大丈夫です、安心して下さい。
僕らはあなたに危害を加えるつもりはありませんよ」
「近づくなっつてんでしょ!!!」
落ち着いて話をしなければ何も進展しない、怖がっているだけなのかもしれない。
そう思って出した言葉にも、やはり少女は拒絶の言葉を返してくる。
「なっ……いい加減にしてくださいっ!!
僕が何をしたって言うんですか!」
「あすか……」
「こんな調子じゃ話も━━」
「あすかっ!」
真紅の声に遮られるように、あすかは口を閉じる。
明らかに不機嫌な表情をしているが、真紅は気にせずに少女へ向き直った。
「……ねぇ貴女、何があったの?」
少女は答えない。
「あすかも言ったとおり、私たちは危害を加えるつもりは無いわ」
少女は震えながら、デイバックを強く握り締めている。
「……貴女はあすかの姿を見てとても驚いていたようだけれど」
そこまで真紅が言った瞬間、あすかは目を見開いた。
「そうか……この制服ですね!
あなたは劉鳳かクーガーさんのどちらかに会ったんじゃないですか?」
刹那、少女の顔は驚愕に染まった。
そして視線を逸らし、俯いて黙り込んでしまう。
三者の間に重苦しい沈黙が漂う。
「えぇ……そうよ。私はクーガーさんに会ったわ」
沈黙を破り、震える声でそう切り出したのは少女。
「では何故、貴女はこの服装を見て怯えたの?」
何処までも見透かすかのような蒼色の瞳が、少女を見据える。
「怯えた?ハッ、私は怯えてなんか無いわ」
少女は視線を上げて、真紅を睨みつける。
先ほどとは違い、顔に表情を貼り付ける事もない。
バチリという音に青紫の火花が少女の肩に散った。
それを見てあすかは違和感に気が付く。
クーガーを知っているのなら、怯えるはずは無い。
彼は戦いこそすれ、襲う事は無かったはずだ。
……ならば如何して怯える必要がある?
「少しビックリしただけ、だってそうでしょ?
死んだ奴と同じ服装の奴が居るんだもん、どんなコプスレ集団かって話よ」
「……どういうことですか?」
理解できない。
そう言った顔で尋ねたあすかに対して、少女はあきれたと言わんばかりに微笑みながら口を開く。
「まだ分からないの?それじゃあはっきり言ってあげるわよ」
少女は肩にかけていたデイバックを開き、中からタイム虫眼鏡を取り出す。
「知り合いなら分かるでしょ?これはクーガーさんの支給品」
「ど、どうしてそれをあなたが」
「決まってるじゃない、私がクーガーさんを殺したから」
……え?
それを聴いた瞬間、あすかは目の前が真っ暗になるのを感じる。
理解できない……。
最速のアルター使いと同時に、A級のアルター使いであるクーガーが、こんな少女に?
「馬鹿な最後だったわ、使えない足手まといな参加者を庇って。
そのまま死んでいくなんて」
それほど親しい付き合いをしていた訳ではないが、彼の強さは良く知っている。
何より先ほど出会い、談笑していたクーガーがこんな子供に殺されたという事が信じられなかった。
「あなたが……殺したんですか」
否定の言葉を期待して、あすかは口を開く。
クーガーがこの少女に殺されたという事実も、こんな子供が参加者を殺して回っているという事実も。
全てが嘘であると思いたくて。
「……だから言ってるでしょ。私がストレイト・クーガーを殺したわ」
「……そうですか」
けれど期待は裏切られ、一番聞きたくなかった言葉があすかの頭に響き渡る。
次の瞬間。辺りのアスファルト、ブロック塀、マンホールが虹色の粒子となって掻き消える。
それはまるで削り取ったかのように、荒々しい穴を周囲に作り出した。
虹色の粒子は、あすかの周囲に集まって緑色の輝く宝玉を作り出す。
「なっ……ダメよ!あすか!」
隣で真紅が叫ぶが、それは無視。
あすかは腕を少女の方向へ伸ばし、ありったけの声で叫ぶ。
「エタニティ・エイトッ!!」
◇ ◇ ◇
「……だから言ってるでしょ。私がストレイト・クーガーを殺したわ」
出来れば避けたかった、この二人とは戦いたくなかった。
だけど、仕方が無かった……。
私の動揺は伝わり、クーガーさんとの繋がりにも気付かれてしまった。
もう、道は一つしか残されていない……この二人を殺すという道しか。
相手が何やら叫ぶと、それに答えるように周囲のものが削れて辺りに八つの宝玉が生まれる。
美琴はその光景を見て若干の驚きを感じるが、すぐに平静を取り戻す。
あの物を抉る攻撃は、こちらへ向かって行う事は出来ない。
この現象を目にするのは二度目、『シェルブリット』の
カズマとの戦闘を思い出す。
恐らくあすかも、カズマと同じ系統の能力者なのだろう。
相手は憎しみの表情でこちらを睨みつけている……。
これでいい、きっとこれでいいんだ。
不意打ちなんて出来ない……どうせ殺さなければいけないのなら、真正面から。
立場は対等で、お互いに殺すつもりで。
「どうして……どうしてクーガーさんを」
あすかはこちらを睨みながら言った
「そんなの決まってるじゃない。勿論優勝を目指すためよ」
「ふざけ無いでくださいっ!人を殺してまで、叶えていい願いなんてあるはず無いじゃないですか!」
「あすか!落ち着きなさい!闘ってはダメよ」
「真紅は下がっててください!」
「下がらないわっ」
真紅は喰らいつくようにそう叫ぶと、美琴とあすかの間に割り込んで美琴を睨みつける。
「……貴女、本気で言っているの?」
「何よアンタ、私がこんな状況で嘘を言うと思うの?」
「思うわ」
間髪を入れずに答えた真紅に、美琴は射殺すような目で睨みつける。
「……アンタみたいなガキに。何が分かるって言うのよ!」
怒り任せに叫んだ美琴の言葉に答えるように、全身から青白い火花が飛び交った。
「真紅、下がってください。
この人はクーガーさんを殺した……きっと他の参加者にも手をかけるような人間です」
「あすか、闘ってはダメよ。
この子は嘘をついている、きっと何か━━」
「真紅、今回ばかりはあなたが間違えていますっ。
話し合いでは解決できない事もある。闘わなければ、殺されるのは僕たちです!」
そう叫ぶと、あすかは真紅を飛び越えて美琴へと猛進する。
周囲には八つの宝玉を引き連れて、その呼び名を叫びながら。
「エタニティ・エイトッ!」
その呼び声に答える様に、八つの宝玉は縦横無尽に飛び散って美琴へと襲い掛かる。
美琴は驚きながらも、初撃の宝玉を後ろにステップして交わす。
手を力強く開き、力を込める。
すると辺りの地面から、黒い煙のようなものが舞い上がって美琴の右手に集まっていく。
目の前に迫ってくる三つの宝玉を、その右手に作り出した黒い剣で両断した。
それは砂鉄の剣、ブゥゥンと音をたてながらムチのようにしなり空を泳ぐ。
しかし八つもの宝玉による縦横無尽な攻撃。
別段戦闘訓練を積んでいる訳でもない美琴に全てを裁ききる事は不可能だった。
後方から迫っていた宝玉に背中を突き刺され、前方に吹き飛ぶ。
地面に顔面からまともに突っ込み、口の中を切った。
手元に精製した砂鉄の剣もバラバラに砕けて元の砂鉄へと戻る。
「……お話になりませんね。あなたは本当にクーガーさんを殺したんですか?」
美琴のすぐ近くに立って、侮蔑の視線で見下ろしながらあすかは口を開く。
「いつっ……やってくれるじゃない」
口の中の鉄の味をかみ締めながら、美琴はヨロヨロと立ち上がるとあすかを睨みつける。
「本当ならば逮捕したいところですが、生憎ここには刑務所なんてものは在りません。覚悟してもらいますよ」
周囲の地面は削れ、あすかは不足した宝玉を補う。
そうしてあすかは八つの宝玉を手元に集めて直列でつないだ。
宝玉の周りには緑色の光が縦に現れ、剣を作り出す。
「あすか!待ちなさいっ!」
真紅が駆け寄ってくるのが分かるが、それを無視。
……そしてゆっくりと剣を振り上げる。
目の前の少女は俯いて、一言もしゃべらず震えている。
余りにも小さく見えるその少女に、あすかの心の中に疑問が生まれる。
━━この少女は、果たして本当にクーガーを殺したのか。
先ほどの真紅の言葉が頭をよぎる。
戦闘をして分かる、この程度の強さならばクーガーが殺される訳が無い。
だがこの少女はクーガーの支給品を持って居た。だとしたら、何か奥の手のようなものが……。
「ごめんなさい」
そこまで考えていたあすかの耳に、言葉が飛び込んでくる。
目の前の少女は、確かに一言。
震える声で呟いた。
少女は顔を上げて、涙で瞳を揺らす。
そして次の瞬間、眩いばかりの白い光があすかの瞳を埋め尽くした。
◇ ◇ ◇
「あすか!待ちなさいっ!」
真紅はそう叫びながら、二人の元へと疾走する。
少女は確かに怯えていた。そしてそれを隠すかのようにあすかを挑発した。
殺すならば不意打ちをすればいい。
殺すならばクーガーの事を言わず、一旦従う振りをすればいい。
なのにも関わらず、彼女はクーガーの死の事を言った。
まるで怒りを煽るように、自らを殺すように仕向けるかのように。
支給品を持っている点から考えても、クーガーと関わりがあったのは事実だろう。
何故あすかの格好をみて怯えたのかは分からない。
だが……真紅はその言葉を信じる事なんて出来なかった。
無防備に大通りを歩いていた少女。
声をかけたとき、こちらを見た顔には確かに涙の後があって、瞳もかすかに赤く腫れていて。
……そして何より、絶望してすべてを拒絶するようなその瞳が。
既に死んでしまった自らの媒介と重なって見えたからだ。
偶然にも美琴も中学二年生。
罪滅ぼしか?といわれたら拒絶しきる事は出来ないだろう。
だが真紅は思ったのだ、何としてもこの少女を助けたい。と……
あすかは剣を振り上げて、じっと少女を見つめている。
これならば間に合うだろう。
最初はそのままあすかを突き飛ばすつもりだった、思い切りグーパンチをくれてやってもいい。
だがしかし、真紅は目にしてしまった。
その俯いた少女の顔から雫が滴り落ちて居る所を。
そして少女の髪の毛は僅かに逆立ち、青白い火花を散らしている所を。
「ごめんなさい」
そう声が聞こえるのとほぼ同時。
真紅は右手で油断していたあすかを突き飛ばし、少女の攻撃を受け止めようと左手を突き出した。
刹那、辺りに眩い光が迸る。
何が起きたのか、それは真紅にも理解できなかった。
辺りに響き渡る轟音、遅れて何かが爆発するような音。
目の前に広がる光景は、何故か地面が真上に位置していて……。
ガシャンという音と共に、真紅は地面に叩きつけられる。
そしてそれとほぼ同時に、真紅の意識は闇へと落ちていった。
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最終更新:2012年12月05日 02:21