ブラック・エンジェルズ◆/VN9B5JKtM






男が一人、森を駆ける。

突き出した枝を掻き分け、駆ける。
張り出した根を踏み越え、駆ける。
なだらかに続く上り坂を、駆ける。

闇色のコートが風に翻る。
天を衝くように逆立った黒髪が揺れる。
わずかに残った金髪が月光を反射し、キラリと光る。

駆ける。
駆ける。
ヴァッシュ・ザ・スタンピードが森を駆ける。



山頂付近に差し掛かったところでヴァッシュはその先に学校があった事を思い出し、そちらへと向かった。
森を抜け、広々とした学校のグラウンドに飛び出す。
そびえ立つ灰色の校舎を見上げながら、ヴァッシュは水銀燈が去り際に見せた表情を思い出す。
恐怖のあまり涙を流し、何かに対する強い怯えを含んだその表情。
恐らく彼女は無我夢中で逃げ出したのだろう。どこへ向かうかなどと考える余裕は無かったはずだ。
古城から南へ逃げた彼女はこの近くを通っただろう。この学校が目に留まった可能性は高い。
ならば、水銀燈はこの学校のどこかに隠れているのではないか。
どこか人目につかない部屋の隅で一人、縮こまって震えているのではないか。

その光景を思い浮かべると居ても立っても居られなくなり、ヴァッシュは愛用のリボルバーを片手に校舎の中に飛び込んで行く。

その瞬間、ヴァッシュの嗅覚が僅かに漂う血の臭いを捉えた。
臭いの元を辿れば一つの教室が目に付いた。ドアが内側から破壊され、廊下にまで破片が散らばっている。中で何かがあった事は間違いない。
ヴァッシュは部屋の中に駆け込み、そこで首と胴体が泣き別れになった二つの死体と対面した。
その内、一人の顔には見覚えがある。名前は知らないが、通信機を預けて連絡を取り合う約束をした男だ。
もう一人の少年は初めて見るが、状況から察するに彼の仲間だろうか。
いくらなんでも二人が殺し合った結果こうなったとは考え辛い。となると彼らを殺害し、その首を落とした第三者が居るのだろう。

「くそっ! どうして……どうして、こんな殺し合いなんかに乗っちまうんだよ……!」

ここで仲間と共に斃れているという事は、自分がショックに打ち拉がれている間も彼は約束通り連絡を取ろうとしてくれたのだろう。
人を殺してしまった、その事はヴァッシュにとって何よりも重い。だが、それでも。せめて、せめてあの時、通信機だけでも持っていたら。
彼らがこんな無惨な姿になる事はなかったのではないか。少なくとも彼らを守るチャンスはあったのではないか。
そう思うと今更ながら猛烈な後悔に襲われ、ヴァッシュは既に血も乾き切った床に拳を叩きつける。

「っ……! ……そうだ、水銀燈を探さないと……! お願いだ! 水銀燈、居るなら出て来てくれ!」

もたもたしていると水銀燈まで殺されてしまうかも知れない。そう思うと焦燥ばかりが募る。
ヴァッシュは自分の安全を度外視して声を張り上げながら学校中を駆け回るが、一向に返事は無い。
一通り見て回るが、殺し合いの開始直後に見つけた死体が無くなっていた以外は気になる点は無かった。
水銀燈が学校に居るかも知れないという当ては外れたのか。
だがそうだとしても、まだそれほど遠くには行っていないはずだ。

それなら声を届ける手段はある。
ヴァッシュは学校の屋上に駆け上がるとデイパックから拡声器を取り出し、スイッチを入れて大声で叫ぶ。

『水銀燈! 僕の声が聞こえるか!?』



   ◇   ◇   ◇



少女が一人、森を駆ける。

突き出した枝を掻い潜り、駆ける。
張り出した根を飛び越え、駆ける。
なだらかに続く下り坂を、駆ける。

漆黒のドレスが風にはためく。
その背の黒翼から抜け落ちた羽根が宙を舞う。
流れるような銀髪が月光を浴び、幻想的にきらめく。

駆ける。
駆ける。
水銀燈が森を駆ける。



山頂付近の木々が開けているのを見た水銀燈はその先に学校があった事を思い出したが、そのまま学校を素通りした。
森を抜け、広々とした学校のグラウンドを駆け抜ける。
そびえ立つ灰色の校舎を尻目に、水銀燈は学校から続く山道を駆け下りていく。

水銀燈は明確な目的地も無しに走り去った。その通りだ。
彼女は逃げる途中で学校を発見した。それも正しい。
ならば学校のどこかに隠れているのではないか。それこそが誤り。

水銀燈にとって、学校はゼロに左腕を奪われ、恐怖を刻み込まれた忌まわしき場所だ。
当然、そんな所に隠れるはずも無い。
恐怖から逃れるため、水銀燈はひたすら南へと疾走する。


その行く手が、見えざる壁に阻まれる。

『ピーーーーーーーー!!!』


突如、けたたましいアラーム音が辺りに鳴り響いた。
ビクリと身を竦めた拍子にバランスを崩し、坂を駆け下りる勢いのままに転びそうになる。
ヨロヨロとたたらを踏んで何とか体勢を立て直す。その直後、水銀燈の首元から耳障りな電子音声が聞こえて来た。

『警告。現在あなたは禁止区域に侵入しています。
 30秒以内に当該区域より退去しない場合は首輪が爆破されます。
 繰り返します。現在あなたは禁止区域に……』

水銀燈の現在地はC-2の北端。つい先程、19:00を以て禁止エリアとなった場所だ。
混乱のあまり頭が働かない水銀燈にも、このままでは首輪が爆破され、ジャンクですらない残骸になってしまう、それだけは理解できた。
振り返れば闇が形を成して襲いかかって来るのではないか、そんな馬鹿馬鹿しい考えを振り払い、震える体を無理矢理に動かす。
たっぷり10秒もの時間をかけて振り返り、何も異常が無い事を確認する。
元来た道を10歩ほど戻ったところで首輪からの警告が鳴り止み、そこでようやく水銀燈は胸を撫で下ろす。


不幸中の幸いと言うべきか。首輪の爆破という直接的な危機を回避した事で、水銀燈はひとまずパニック状態から脱却する事ができた。
ある程度の冷静さを取り戻した水銀燈は、現在の状況について思考を巡らせる。

先の騒動で古城の連中には裏切り者としてマークされただろう。少なくとも今は彼らを仲間にするのは諦めるしかなさそうだ。
かと言って、他に手を組めそうな参加者の当ては無い。それどころか真紅達に自分の悪評を広められている可能性すらある。
更に今の自分は左腕を始め全身に多大なダメージを負い、手元に強力な武器がある訳でもない。使えそうな物は風神ぐらいだ。
仲間も、参加者の情報も、自身の戦闘力も、全てが不足している。今ゼロのようなバケモノに襲われれば一溜まりも無い。

「最悪……。あの子の命懸けの復讐は大成功ってところね。全く、忌々しいったらないわ……!」

水銀燈が自身の置かれた状況を確認し、これからどうしようかと途方に暮れたところで、

『水銀燈! 僕の声が聞こえるか!?』
「なっ……!?」

拡声器で増幅されたヴァッシュの声が、大気を震わせる。
驚愕に目を見開いて山頂を見上げた水銀燈の耳に、続くヴァッシュの言葉が飛び込んでくる。

『聞こえるなら学校まで来てくれ! 僕はそこで君を待ってる!』
「っ……! 何を考えてるのよ、あの馬鹿は!」

口では悪態をつきながらも、水銀燈の足は山頂の学校に向かっていた。
確かにヴァッシュの行動は馬鹿げているが、その声からは悪意や敵意といった感情は微塵も感じられない。
ただそれだけの事なのに、最悪だった状況が一気に好転したような、そんな錯覚を覚える。
僅かに安堵のようなものを抱き、水銀燈は学校への道を駆け戻る。



   ◇   ◇   ◇



水銀燈への呼びかけを始めてからどれだけの時間が経過しただろうか。
未だ拡声器を手に叫び続けるヴァッシュの視界の端で何かが動いた。
眼下を見やれば、何か白っぽいものが坂道を上って来るのがおぼろげに確認できた。
目を凝らせば、だんだんその姿がはっきりと見えてくる。
それは黒いドレスを身に纏い、銀髪をなびかせて走る一人の少女。

『水銀燈!!』

喜びに弾んだヴァッシュの声が周囲に響き渡る。
ヴァッシュは拡声器をデイパックに放り込むと階段を二段飛ばしで駆け下り、昇降口で水銀燈を出迎える。
校庭を迂回してくる水銀燈は顔をしかめているようにも見えるが、そんな細かい事は気にもならない。
駆け寄る水銀燈に向かってヴァッシュが両手を広げ、水銀燈はその胸の中に飛び込む…………はずもなく。

「何ボーっとしてるのよ! 早く隠れるわよ!」

ヴァッシュの横を駆け抜け様に外套の袖を掴むと、森の方へと引きずって行く。
水銀燈に引っ張られ、森の中に身を隠す。校舎やグラウンド全体が見渡せて、それでいて向こうからは木の陰になって見えにくい絶好の位置取りだ。
息を潜めて学校の様子を窺いながら、佐山から受け取ったメモを確認して名簿と地図にチェックを入れる。
5分が過ぎても姿を見せる者は無く、10分が経過しても誰かが近づいて来る気配は無い。
そこでやっと肩の力を抜いた水銀燈が、棘のある口調でヴァッシュに突っかかる。

「貴方、本当に馬鹿じゃなぁい? 周りに誰も居なかったから良かったものの、下手すれば殺し合いに乗った連中に囲まれてたかも知れないのよ?
 そもそも私が来なかったらどうするつもりだったのよ? あんな大声で叫んで、私に無視されたら危険人物を呼び寄せるだけじゃないの」

お前はそんな事も分からない馬鹿なのか、と言外に滲ませて捲し立てる。
だがヴァッシュは水銀燈の詰問にも全く堪えた様子は無く、にこやかな笑みを浮かべて答える。

「それならそれで構わないよ。僕の方に注意が向けば、君も少しは逃げやすくなるだろう?」

さも当然のように返されたその答えを聞いて、水銀燈は唖然とする。
つまりは無視されたとしても自らが囮となって水銀燈の生存率を上げる事が出来ればそれで良かった、そう言っているのだ。
水銀燈はヴァッシュに対する認識を改める。ただの馬鹿だと思っていたが、どうやら想像を絶する大馬鹿だったらしい。

「はぁ……もう良いわよ……。それで、あんな馬鹿な真似までして私に何の用かしらぁ? あの子の仇討ちに来たって訳じゃなさそうだけど」
「ああ。理由を、聞きに来たんだ。どうして君がマヒルを撃ったのか、その理由を……」

水銀燈が尋ねると同時、ヴァッシュはそれまで浮かべていた笑顔を一変させ、真剣な表情で口を開く。
沈痛な面持ちで一言一言搾り出すように紡がれたその言葉を、水銀燈は鼻で笑う。

「ハッ、理由ですって? 馬鹿馬鹿しい。人殺しの言う事なんて誰が信じるって言うのぉ?
 『殺してくれって頼まれたから』。もし私がそう答えたら、貴方はそれを信じてくれるのかしら?」
「信じるよ」
「な……っ!?」

小馬鹿にするような口調で返す水銀燈に、ヴァッシュが即答する。
流石にその返事は想定外だったのか、水銀燈が言葉に詰まる。

「君はタカナシを助けてくれた。マヒルを止める手助けをしてくれた。今だって僕の事なんか無視してもよかったのに、危険を承知で来てくれた。
 そんな君がマヒルを殺そうとしたなんて、どうしても思えないんだ。僕は君を信じる。だから、話してくれないか? 何があったのかを」

真っ直ぐに見つめるヴァッシュの目には嘘や誤魔化しの色は無い。
その視線に耐え切れなくなった水銀燈が目を逸らす。

「……いいわ。そこまで言うなら話してあげる。
 あの子が外で話がしたいって言うから、中庭まで出て行ったのよ。そこで、銃を渡された。『それで私を撃って欲しい』そう言われてね。
 もちろん私は断ったわよ。ただでさえ貴方達には警戒されてたのに、そんな事をすれば完全に敵対する事になるもの。
 でもね…………消えてなかったのよ」

その時の事を思い出したのか、水銀燈の顔色はわずかに青褪め、唇は小刻みに震えている。

「消えてなかったって……。まさか、あの右腕が……?」
「そうよ。急にマトモじゃなくなったみたいに叫び出して……。またあの変な腕が生えてきて、私に襲いかかってきたのよ。
 考えてみれば当然よね。元々あの腕は、私が切り落とした右腕の上から生えてきたんだもの。だったら二本目が生えてきたって何もおかしくはないわ。
 ……分かったかしら? 撃たなければ私が殺されていたのよ。こんな事ならさっさと殺しておけば良かったんだわ」

水銀燈は恐怖を振り払うように首を振ると、忌々しげに吐き捨てる。

「……それは違うよ、水銀燈」
「はぁ? 何が違うのよ? 結局は死ぬのが数分遅くなっただけじゃない。貴方達が必死になって助けようとしてたのも、全部無駄だったのよ」

怪訝そうに見上げる水銀燈の言葉を、ヴァッシュは首を振って否定する。

「違う。そうじゃないんだ……。そりゃあ僕だって本当は助けたかったさ。みんな笑って元の生活に戻れれば、それが一番良かったんだ。
 でも……助ける事は出来なかったけど、それでも彼女は正気に戻ったんだ。自分の意思で泣き、自分の意思で笑う事が出来たんだ。
 なら、僕達のした事は……マヒルを助けようとした事は、決して無駄なんかじゃない……!」
「正気に戻った、って言ってもたった数分じゃない。そんなもののために命を賭けるなんて、馬鹿馬鹿しいとは思わないの?」
「ああ。たった数分かも知れないけど、それでもあのまま死ぬよりはずっと良かった。命を賭ける理由なんて、それで十分だ」
「っ……! 貴方おかしいんじゃないの!? 付き合ってられないわ!
 言っておくけど、私は自分が殺されそうになったら容赦しないわよ。それが悪いとは思わないし、改めるつもりもないわ」

どこか寂しそうな笑顔を浮かべ、ヴァッシュは水銀燈を見つめる。

「水銀燈……。君が生きたいと思うのは当然だ。その意志を否定する権利なんて、僕には無い。でも、これだけは覚えておいて欲しい。
 マヒルにも、もう一度会いたい人が居たはずなんだ。まだやりたい事があったはずなんだ。……もっと、生きていたかったはずなんだ」

ヴァッシュのその言葉に、水銀燈は伊波の顔を思い出す。
両の眼で水銀燈を睨みつけ、涙を流しながら、辛うじて残った理性で自分を殺せと叫ぶその痛々しい表情を。

「……チッ……そんな事、言われなくても分かってるわよ」
「うん……それなら良いんだ……。それじゃあ戻ろうか」

ヴァッシュが手を差し出す。
水銀燈も手を伸ばし、

「嫌よ」
「え?」

ヴァッシュの手を乱暴に払う。
出した手をはたかれたヴァッシュはそのままの姿勢でポカンとしている。

「え? じゃないわよ。今更戻れる訳ないでしょう? 私が裏切り者扱いされるのは目に見えてるもの」
「うっ……。だ、大丈夫、僕が説得するよ! 話せばサヤマ達もきっと……」

水銀燈はゆっくりと頭を振る。
仕方がなかったとは言え水銀燈が伊波を殺したのは事実だし、その前にはヴァッシュやゾロ、新庄も殺そうとしている。
話せば分かる、などと考えるのは楽観的過ぎるだろう。

「無理ね。貴方、馬鹿みたいにお人好しだもの。そこに付け込んで上手く丸め込んだと思われるのがオチよ。
 みんながみんな貴方のような人間じゃないのよ。いくら理由があったって、普通の人間は仲間を殺した相手と仲良くなんて出来ないわよ。
 ここから脱出するって目的が同じならいつかは協力する事になるんでしょうけど、今すぐって訳にはいかないわね」
「じゃ、じゃあ君はこれからどうするつもりなんだよ?」
「そうね……。中央にでも行って姉妹達のローザミスティカを探すわ。ついでに仲間もね」

ローザミスティカ。
水銀燈の頭に最初に思い浮かんだのは、やはりそれだった。もはやアリスにはなれないというのに、まだ未練は捨て切れないらしい。
口の端を歪めて自嘲する水銀燈の横でヴァッシュが首を傾げる。

「ローザミスティカ?」
「ええ。私達ローゼンメイデンシリーズの姉妹達にお父様が一つずつ与えて下さった魂のかけら。私達の命そのものと言っても過言ではないわ。
 既に翠星石蒼星石の二人が脱落している。なら、この会場のどこかに彼女達のローザミスティカがあるはずよ。それを見つけるわ」

真紅より先に、と胸中でのみ付け加える。
欠落した自分はアリスになる資格を失ってしまったが、それでも……いや、だからこそ真紅がアリスに近づくのは許せない。

「そっか……。よし、じゃあ僕も一緒に行くよ」





「………………はぁっ!?」

一拍の間をおいて、水銀燈が素っ頓狂な声を上げる。
ここで一旦ヴァッシュと別れるつもりだった水銀燈にしてみれば、この返答はあまりにも予想外だった。
反射的にヴァッシュに食ってかかる。

「ちょっと待ちなさい! どうしてそうなるのよ!?」
「だって、姉妹の形見を探しに行くんだろう? なら僕も手伝うよ。もし死体の横で野晒しにされてたりしたら可哀想じゃないか。
 もしかしたらその子達を殺した人がそのローザミスティカってのを持ってるかも知れないし、だったら君の手に取り戻さないと。
 だいたい殺し合いに乗った参加者がうろついてるかも知れないってのに、君一人で行かせられる訳ないじゃないか」

どうもヴァッシュは、水銀燈達の事をわざわざ形見の品を探しに行くほど仲の良い姉妹だったのだと勘違いしているらしい。
水銀燈としてはアリスゲームの事を説明する気も起きないので訂正したりはしないが、実際は元の世界でも翠星石達とは敵対していた間柄だ。
真紅ならともかく、水銀燈の手に渡って彼女達が喜ぶとも思えない。まあ流石に彼女達を殺した参加者が持っているよりはマシだろうが。

「……まだ古城に仲間が居るんでしょう? そっちは放っておくの?」
「もちろんサヤマ達の事も気になるけど、それよりも君を一人で行動させる方がよっぽど心配だよ」
「そう。ならお馬鹿さんな貴方にいい事を教えてあげる。もうすぐゼロが古城に来るわよ。詳しい時間は聞かないでね。私にも分からないもの。
 一時間後か二時間後か、あるいは五分後か。ひょっとしたら今こうしている間にも貴方の仲間が襲われてるかも知れないわねぇ。
 言っておくけど、アイツはバケモノよ。貴方と同じくらい……いえ、人を殺すのに躊躇したりしない分それ以上かも知れないわ。
 早く戻った方が良いんじゃないのぉ? 今ゼロに襲われればあんな怪我人だらけの集団、あっと言う間に全滅するわよ」

水銀燈の言葉を聞いたヴァッシュが顔つきを険しくする。

「ゼロ……彼が殺し合いに乗っているって言うのか?」
「そうよぉ。この左腕もゼロの仕業だし、アイツは私が知るだけでも既にサカキと土御門の二人を殺しているわ。
 あの教室……一つだけ窓が開いているのが見えるかしらぁ? あの中に二人の死体が転がってるはずよ。疑うなら見て来るといいわ」

水銀燈は肘の辺りからバッサリと切り落とされた左腕をプラプラと揺らすと、校舎の一室を指差す。
ヴァッシュは水銀燈の腕を一瞥すると校舎の方へ視線を向け、頷きを返す。
彼女が指し示す先はヴァッシュが二つの首無し死体を発見した部屋だ。

「ああ……。首を切り落とされて殺されてたよ……。名前までは分からなかったけど、多分その二人だと思う」
「フン、やっぱりね」
「やっぱり?」
「大広間の床下に仕掛けがしてあるのよ。『○』型のくぼみが三つ、そこに『戦いの証』を嵌め込めば武器か何かが手に入るらしいわ。
 分かるでしょう? 戦って、勝利した証。きっと首輪の事を言ってるのよぉ。
 ゼロも首輪を集めてるみたいだし、それに気付いてるんでしょうね。今頃は三つ目の首輪を手に入れていてもおかしくないわよぉ?」

三つ目の首輪を手に入れる。つまりは、誰かを殺して首を切り落とす。
その光景を想像したのか、ヴァッシュが悔しそうに歯を食い縛る。

「どうして……。だって、彼は僕に立ち直るきっかけをくれたじゃないか……! 積極的に他人を殺すような人間には見えなかった……なのに!」
「……守るべき者」
「え?」

死体のある教室を睨みつけるヴァッシュの横で、水銀燈が虚空を見つめながらぽつりと呟く。

「ゼロが自分で言ってたのよ。私とゼロは守るべき者のために刃を振るうところが似ている、とか何とか。
 アイツが暴れ出したのも放送の直後だったし、誰か知り合いの名前でも呼ばれたんでしょ……って、どうしたのよ? 変な顔しちゃって」

水銀燈が顔を上げると、嬉しいのか悲しいのかどちらとも判断がつかない微妙な表情で自分を見つめるヴァッシュと目が合った。

「いや、君にも守るべき者が居るんだなぁって思うと、ね。……うん、決めた。やっぱり僕は君と一緒に行く事にするよ」
「なっ……!? ちょっと、人の話を聞いてたの!? 貴方の仲間が危ないって言ってるのよ!?」
「分かってる。だから今から古城まで行ってサヤマ達に報告して来るよ。合流場所とかも決めなきゃいけないしね。
 悪いけど、少しだけここで待っててくれないかな? それが済んだらすぐ戻って来るからさ」

ヴァッシュを品定めするように眺めながら、水銀燈は考える。
確かにヴァッシュは戦力として見れば文句なしだ。共に行動すれば大抵の敵には対抗できるだろう。
だが反面、ヴァッシュには病的なまでに人の死を嫌うという欠点――あくまで水銀燈から見ればだが――がある。
先のような集団ならともかく、この男と二人だけでは肝心な時、つまり殺すべき時に足を引っ張られるのではないかという一抹の不安が残る。

「どうしてそこまでして私に構うのよ? 貴方にとって、私は仲間の仇でしょ? なら放っておけば良いじゃないの」
「確かに君はマヒルを殺した。それでも……ここで君を見捨てたら、僕は絶対に後悔する。もう嫌なんだ。これ以上、誰かが死ぬのは……」

水銀燈は呆れたように一つ溜息を吐くと、真っ直ぐにヴァッシュを睨み上げる。
ヴァッシュはその突き刺すような視線を正面から受け止め、水銀燈を見つめ返す。

「誰かに襲われたら殺すつもりで迎え撃つわよ?」
「その時は僕が場を収めるよ。もちろん誰も死なせずにね」
「敵が強くて勝てないと思ったら貴方を囮にして逃げるわよ?」
「その時は僕が引き受けるよ。逃げる時間ぐらいは稼いでみせるさ」
「人数が減って優勝が見えてきたら本当に裏切るかもしれないわよ?」
「その時は僕が君を止めるよ。君が誰かを殺してしまう前にね」


水銀燈は、自分が生き残るためには手段を選ぶつもりは無いと告げる。
ヴァッシュはそれを否定するでもなく、ただ己の信念を口にする。
視線が真っ向からぶつかり合い、両者の間に重苦しい沈黙が続く。


「はぁ……いいわ。その頑固さに免じて30分だけ待っててあげる。それまでに戻って来なければ置いて行くわよ」
「! ありがとう! 絶対に戻って来るよ!」

睨み合いの末、先に折れたのは水銀燈。
ヴァッシュは満足気な答えを返すと、古城に向かって一目散に駆け去って行く。
後ろを気にする素振りも無い。水銀燈が自分を待たずに先に行ってしまう、などとは疑ってもいないのだろう。
その背中を見送りながら水銀燈はデイパックに右手を入れ、食料を漁る。
出てきたのは、何故かいちご大福。それを一つ手に取り、頬張る。

「……甘過ぎるのよ」

素直にヴァッシュを待っている自分にわずかな苛立ちを覚える。
このまま置いて行っても良いはずなのに、どうもそうする気にはなれない。
待つのは性に合わないが、それでも30分だけなら待っても良いと。そう思う自分がいる。

「生き残るためにはあの男と一緒の方が確実だもの。……それだけよ」

ヴァッシュと共に行動すれば自身の生存率が上がるから。本当に理由はそれだけなのか。
本心など誰にも分からぬまま、天使(ドール)は一人、天使(プラント)を待つ。


【B-2 学校近くの森/1日目 夜中】


【チーム名:天使同盟】

【ヴァッシュ・ザ・スタンピード@トライガン・マキシマム】
[状態]黒髪化、左肩に刺突による傷(再生中)、脇腹の痛み、全身に打撲
[装備]ヴァッシュ・ザ・スタンピードの銃 6/6 @トライガン・マキシマム
[道具]支給品一式、拡声器@現実、予備弾丸28発分、佐山のメモ(三回目の放送内容について)
[思考・状況]
基本:殺し合いを止める、今度こそ絶対に。
 0:急ぎ古城へ戻り、佐山達に事の次第を伝える。
 1:その後は水銀燈に付いて行く。
 2:ウルフウッド、リヴィオとの合流。
 3:ウルフウッドがいるかもしれない……?
 4:出来れば水銀燈を佐山達のところへ連れ戻したい。
【備考】
 ※原作13巻終了後から参加
 ※サカキ、ロベルタの名前はまだ知りません。
 ※詩音を『園崎魅音』として認識しています。詩音は死んだと思っています。
 ※口径などから、学校の死体を殺すのに使われたのはロベルタの持っていた銃ではないかと考えています。
 ※義手の隠し銃には弾が込められていません。弾丸を補給すれば使用可能です。
 ※伊波、新庄と情報交換をしました。佐山、ブレンヒルト、小鳥遊、高槻、メカポッポ、片目の男(カズマ)の情報を得ました。
 ※水銀燈の左腕が欠損していることに気づきました。



【水銀燈@ローゼンメイデン】
[状態]:全身に切り傷、左腕欠損(包帯を巻かれている)、右の翼使用不能、全身にダメージ(中)、食事中
[装備]:強力うちわ「風神」@ドラえもん
[道具]:基本支給品一式(1食分、水1/10消費)
[思考・状況]
基本方針:元の世界へと戻る、手段は選ばない。
 0:とりあえずヴァッシュを待つ。30分待っても来なければ置いて行く。
 1:川沿いに山を下り、市街地で姉妹達のローザミスティカを探す。
 2:ゼロに対抗するための戦力を集める。
 3:ほとぼりが冷めるまで佐山達には会いたくない。
【備考】
 ※ナナリーの存在は知りません
 ※会場がループしていると確認。半ば確信しています
 ※古城内の大広間に『○』型のくぼみがあります。このくぼみに何が当てはまるかは不明です。
 ※魅音(詩音)、ロベルタの情報をサカキから、鼻の長い男の(ウソップ)の情報を土御門から聞きました。
 ※気絶していましたがヴァッシュの声は無意識に届いています。



【いちご大福@ローゼンメイデン】
雛苺の大好物。
ふわふわで白くて甘くてにゅーっとして黒くて赤いの。
駄々をこねる雛苺のために、引きこもりのジュンが珍しく(ここ重要)外出して不死屋で買ってきたもの。
基本的にはいちご大福@現実と変わらないと思われる。





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罪と罰(後編) 水銀燈 Wの再会/天使達には羽根がある




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最終更新:2013年01月30日 03:20