悪役(前編) ◆tt2ShxkcFQ
夜の帳が下り、辺りを静寂が支配する。
空には真円を描く月が煌々と輝いており、辺りを青白い光で照らしつけていた。
木々に覆われた小高い丘は、闇夜の中で黒く、風に吹かれてはさざなみの様に揺れている。
そんな中、ぽっかりと浮かび上がる朽ちた建築物……古城。
周りの黒とは対照的に、月明かりは古城の外壁を青白く光らせて神秘的な光景を作り上げていた。
その古城の中、建築物の1つ、居館の一階、応接間。
光源は窓から差し込む月明かり以外になく、薄い暗闇が部屋を支配している。
部屋の中には人影が4つ、されど闇へ溶け込むかのように動く気配は無い。
その人影の一つ、
佐山・御言は窓際に座り、夜風が顔を撫でるのを感じていた。
足元には空になった食事の残骸、パンのビニール袋が転がっている。
落ち着いた新庄へ小鳥遊をまかせ、佐山がゾロを探しに行ったのは30分ほど前。
迷った挙句、古城から森へと入ろうとしていたゾロを捕まえ、庭園にて死に絶えた仮面の男……
ハクオロの首輪を回収し、2人は応接間へと戻ってきた。
気を失っている小鳥遊を除き、3人は質素な夕食を済ませ、ヴァッシュが戻るまでの僅かな時間を休憩にあてることにした。
まだそれからさほど時間は経っていないが、絨毯へと横になった新庄は、既に寝息を立て始めている。
この会場に飛ばされてから、既に20時間が経過した。
極度の緊張と度重なる戦闘行為……精神的にも、肉体的にも、疲労はピークに達していたのだろう。
ソファに横たわった小鳥遊も未だに目を覚ます気配は無く、ゾロは壁際に座り込んで瞳を閉じている。
佐山も、自身の疲労がピークに近い事を理解していた。
僅かな眠気に襲われるも、それを頭からたたき出して窓の外を眺める。
その佐山の右手には、少し黒く汚れた銀色の○……ハクオロの首輪が握られている。
ゾロが聞いたといっていた概念条文。
それは佐山の耳には届かない。
世界のあらゆる現象には、必ず原因がある。
光は何故広がり、飛んでいくのか。モノは何故重力に引かれ、下に落ちるのか。人は何故生まれ、死んでいくのか。
その原因を突き詰めていけば、最終的には万人が「そういうものだから」と答えるだろう。
……そう、それが概念。
あらゆる事象の原因にある「それはそういうものだから」と言わざるを得ない部分の事だ。
だがしかし、違う世界……異世界においてもそれは同義だろうか。
佐山と新庄は知っている。
とある世界では、文字には力を与える能力があり。
とある世界では、名は力を与える能力があり。
とある世界では、鉱物は命を持っていた。
そして佐山と新庄は知っている。
一定の技術力があれば、その概念をある程度操る事が出来ると。
全くの新しい概念を作る事は不可能といわれているが、佐山が所属するLOW-GのUCATという組織においても、劣化複製という形で様々な概念を利用している。
しかし佐山は、険しい表情で首輪を睨みつけている。
この首輪に『力は等しくなる』概念が付加されているとして……不可解な点がある。
まず一つ目、それは何に対して等しくなるかという事だ。
その基準はどう定めるのか。参加者の平均か、あるいはギラーミンと比べてなのか。
余りにも曖昧で、漠然としすぎている。
二つ目、それは強者を弱体化し、弱者を強化するということだ。
だが佐山は身をもって経験してきた。
等しくなるというのならば、この戦闘力の差は何故だ。
余りにも一方的で、余りにも凄惨なこの殺し合い。
蒼星石は、吉良は、伊波は……死んでいった沢山の参加者は、何故力が等しいはずの相手に対して散っていったのか。
「概念が弱いから……か」
佐山は一人、そうつぶやいた。
条文として聞こえてくる概念は、その空間において強力に作用している概念だ。
実際には微弱な概念がいくつも付加され、その世界を構成している。
ゾロの話に出て来た砂男を例に考えてみよう。
体を砂にし、変形し、闘う事の出来る砂男。
打撃も、銃撃も、斬撃も、爆撃も効かないというその砂男は、この殺し合いの中では明らかに異質。
本来であれば砂男にとって、首輪などという枷は効かないはずだ。
ならば、主催側は如何にして砂男の生殺与奪の権利を握ったのか。
……それが、『力は等しくなる』の概念の力なのだとしたら。
強さを一般人レベルまで落とす必要は無い。
爆発が無効だというその能力を抑え、枷を有効にし、万が一反逆を企てた時のため、生殺与奪を握るための概念。
ゾロは首輪を手に取ったときに概念条文を聞いたと言っていた。
恐らくは空間に付加されている概念ではなく、首輪に付加されている概念なのだろう。
微弱な力しか持っていないその概念。
それが何かしらの要因か、偶然なのか、概念条文として聞こえるほどに強まり、ゾロの耳に届いたのだ。
もしもその要因さえ知る事が出来れば、強者の能力を抑える事や、逆に自分たちの力を強める事も出来るのだが……
ゾロから聞いた話だけでは、そこまで推し量る事は難しいだろう。
そこまで考え、佐山は首輪を眼前へと掲げた。
繋ぎ目の無い、小さな穴さえ見つからない銀色の輪。
強く引っ張っても、潰しても、形が崩れる事は無い。
概念の考察はまだまだする必要があるだろうが……この首輪にはその他にも考えなければいけないことがある。
- 参加者の情報の発信
- 参加者の監視
- 概念の付加
- 死に至る首輪の爆破
簡潔に言えば、上記の四つが首輪の機能だと佐山は考える。
そしてそれは、それほど複雑な仕組みにはなっていないだろう。
どれほど科学が進歩しようと、小型化に成功しようと、機械の構造は複雑になるほど故障しやすくなる。
ましてやここで行っているのは殺し合い、様々な衝撃が加わるこの場所で、精密機器が故障をする可能性は決して低くないだろう。
……だからこそ中の構造は簡潔で、機械にある程度詳しい物に道具を与えれば、解体する事は可能だと判断する。
勿論そんな事をすれば、主催者達は黙ってはいないだろうが。
主催者の隙を付き、気づかれる事無く首輪を解体するには、この首輪の機能と構造、そしてどのようにしてそれを行っているかを知る必要がある。
脳裏に浮かべるのは始まり、ルーアと呼ばれる女性の首輪が爆発したときの事。
その時にギラーミンが言っていた爆破の条件は次の3つ。
1、禁止エリアへの進入
2、24時間の間、死者が出ない事
3、殺し合いの放棄
定期放送や禁止エリアから考えても、主催者は参加者の位置、生死の情報を得ているのは間違いない。
そしてその情報は、全参加者が必ず身に付けているモノ……首輪から得ていると考えていいだろう。
体に埋め込むという方法もあるだろうが、体の欠損の可能性を考えればその線は薄い。
ましてや参加者の中には、砂男のような者もいるのだ。
だがここで、考察が1つの壁にぶち当たる。
位置情報に関しては、発信機のようなものが付いていると考えればいいだろう。
しかし、参加者の生死……これはどのように判断しているのか。
可能性として、やはり一番最初に思い当るのは『脈拍』だ。
首に動脈が通っている人間は、その鼓動のみで生死を判断しても支障は無いだろう。
だがしかし佐山は『脈拍』の無い、人間ではない参加者を知っている。
佐山は三角巾で吊るした右腕で何かを揉む動作をする。
真顔でその右手を見つめる佐山の脳裏に浮かぶのは、あの時の感触、ふらチック……。
新庄のマロい尻とはまた違った、佐山造語ふんわりやわらかチックな蒼星石の尻だ。
ローゼンメイデン、つまり蒼星石は人形だ。
あの時に揉んだ尻は確かに暖かく、驚いた蒼星石の呼吸は乱れた。
……だがしかし、鼓動を感じることは無かった。
当然といえば当然だ、生理現象のいくつかを持っているとはいえ、彼女は人形。
心臓を持っていないのだから。
ローゼンメイデンは脈拍を持っていない。
故に、脈拍を測る機能が付いている可能性は低いと判断する。
全参加者に適応できない情報など、役に立たないどころか、無駄に首輪の機能を複雑にするだけだ。
だとすれば、如何にして生死を把握しているというのか。
残るバイタルサインから考えてみて、可能性があるのは次の二つ。
呼吸……首に密着しているこの首輪から、気管呼吸音を聴取しているとしたら。
体温……人は死んだ瞬間から、体温の低下が始まる。急激な変化ではないが、これを計っているとしたら。
調べる価値はある。そう佐山は判断する。
この二つのどちらか、あるいは両方から判断しているとすれば、付け入る隙はあるだろう。
……そう、呼吸は止める事ができるし、体温は下げる事ができる。
そしてその正確ではない生死の判断基準が、佐山に1つの事を確信させる。
主催者は、常に参加者の状況を監視している。
音声か、映像か、又はその両方か。
小さな穴さえないこの首輪でそれらの情報を正確に、不自由なく取る方法を佐山は知らない。
しかし、この場所には佐山の知るそれよりも、遥かに優れた技術の数々がある、恐らくは音声や映像の情報を得る方法があるのだろう。
この首輪からか、それとも会場からなのか、それを判断する事は出来ないが、
呼吸と体温に合わせ、参加者の状況を考慮するだけで生死の判断の正確性は格段に上がる。
そこにこそ付け入る隙があるはずだ。
死を偽装し、その隙に首輪を解体すれば、主催側の視野の外へと出る事は可能だろう。
そして首輪の解体を行うためには、この首輪の構造、機能を知る必要がある。
それにはやはり、解体することが一番の近道になるだろう。
……だがしかし、今所有している首輪は三つ。
この古城の仕掛けにある窪みも三つだ。
仕掛けには一つ使用すれば済む可能性もあるが、三つ全てを使用する可能性も十分にある。
仕掛けが罠の可能性や、そうではなくても移動を強いられる可能性もゼロではない。
先ほど3人で話し合った際、小鳥遊が目を覚ますまでは仕掛けを調べるのは辞めたほうがいいと判断した為。
首輪を解体することが出来るのは、やはり古城の仕掛けを調べ終わってからになるだろう。
構造を調査した後、生死の判断方法、監視方法を特定し、
そして機械に詳しい人物を見つけ、解体を行う。
……首輪に関しての行動方針は、こんな所だろうか。
そこまで考え、佐山は表情を無表情にして1つの事を決意する。
全てが終わった後、主催側から新庄の音声データ、又は映像データを奪取してそれを我が物にしよう。
冗談でも、ふざけてでもなく、真剣にな表情で佐山は一人頷いた。
そんな佐山の視界の端に、動く影が捕らえられる。
黒いコートをはためかせ、月夜浮かび上がる黒髪。
ヴァッシュ・ザ・スタンピードが身を隠す事も無く、表情には笑みを貼り付け、こちらに駆けて来る。
……
水銀燈の姿は確認できない。
佐山は表情を少し曇らせると、自らのデイバックから1つの銃を取り出し、いつでも取り出せるよう懐に隠した。
◇ ◇ ◇
「ふむ……ゼロが古城に迫っていると、そういうことかね」
「うん、だからサヤマ達には出来るだけ早くここから離れて欲しいんだ」
薄暗い応接間に声が響く。
息を切らしながら駆け込んできたヴァッシュは、何かに追われているかのように、水銀燈から得た情報を話し始めた。
気を失っている小鳥遊と眠っている新庄はそのままに、佐山は無表情で、ゾロは苛立った視線をヴァッシュへ向けながらその話を聞いている。
「しかし意外だね、君ならば『水銀燈を許して一緒に来て欲しい』と言うと思ったのだが」
「僕だって本当ならそれが一番いいけどさ……でも、それは難しいだろ?」
「当たり前だ」
ヴァッシュの問いかけに、ゾロが声を荒げる。
消えていなかった異形の右腕、そして苦しんでいる伊波から自らを殺すよう脅された水銀燈。
その話を信じるならば。
いや、恐らくは事実なのだろう。あの状況で伊波を殺すメリットは、水銀燈には無い。
この部屋から出る事を提案したのも、あの場で話し合う事を提案したのも伊波だ。
凶器である銃を現場に残していたり、ヴァッシュが見たと言っていた水銀燈の怯えた顔。
様々な状況証拠が、水銀燈の話を事実だと物語っている。
だがしかし、水銀燈が新庄とゾロを襲ったのも事実、伊波の命を絶ったのも事実なのだ。
少なくとも今は、彼女を許して共に道を歩く事は出来ないだろう。
佐山も状況を不審に思い、予期していたことはいえ『伊波を救えていなかった』という事実に少なからず落胆した。
そして同時に小鳥遊と新庄が、この話を聞かずに済んで良かったとも思う。
いずれ知らなければいけない事とはいえ、精神的ショックを受けている2人に今、
真実を知らせるという事がどの様な事態を引き起こすかは分からない。
だからこそ、ヴァッシュも話す事が出来たのかもしれないが。
「ヴァッシュ君、色々と聞きたい事もあるが、その前に一つだけ確認したい事がある」
「ん?」
「ラズロという男を知っているかね」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァッシュの顔に僅かな変化が起きるのを佐山は見逃さなかった。
「顔に刺青を入れ、髪型はモヒカン、長身で体は筋肉質、異常な再生能力を持っている」
佐山は畳み掛けるかのように、ラズロの特徴を読み上げていく。
「リヴィオだ!サヤマ、あいつと会っていたのか!」
「……やはりか」
「何処であいつに会ったんだ!やっぱりあいつも皆を助けるために……」
佐山は大きくため息をつくと、僅かに俯いた。
顔に喜色を浮かべていたヴァッシュも、佐山とゾロの様子をみて口を噤む。
「まず確認させて欲しい、何故名前が違うラズロを
リヴィオ・ザ・ダブルファングだと言い切ることが出来るのかね」
「まってくれ佐山、アイツとの間に何が……」
「今質問をしているのは私だよ、ヴァッシュ君」
有無を言わさない佐山の態度に、ヴァッシュは背筋に冷たいものを感じた。
「……ラズロは、リヴィオのもう一つの人格なんだ」
「多重人格だと、そういうことかね」
問いかけに、ヴァッシュは頷く。
「ヴァッシュ君……私と小鳥遊君とゾロ君は、ラズロという男に襲撃されているのだよ」
「えっ」
「そしてラズロは、私と行動を共にしていた蒼星石君と吉良君、危うい所を助けて貰ったストレイトクーガーという男、そして……」
「俺と一戦交えていた劉鳳って野郎……少なくとも4人を殺してるって事だ」
押し黙っていたゾロが口を開く。
それを聞いたヴァッシュの表情は一変し、驚愕へと変わっている。
「そ、そんな……リヴィオはあの時以来、ラズロを抑えることが出来ていたんだ。
あいつが殺し合いに参加するなんて……そんなことっ!」
「では、伊波君のように何かに乗っ取られていると、そういうのかね?」
佐山の問いかけに、ヴァッシュは押し黙ってしまう。
『ラズロ・ザ・トライパニッシャー・オブ・デス』
主人格であるリヴィオよりも凶暴で好戦的。
確かにラズロならば、この殺し合いに乗ることを選ぶかもしれない。
だがあいつは…リヴィオは、ウルフウッドの意思を継いで、歩いていく事を選択したのではなかったのか。
少なくとも、ウルフウッドが逝ったあの日以来、ラズロの人格がリヴィオを差置いて出てくる事は無かったはずだ。
━━ちょっと待った……ウルフウッドが逝った?
だが名簿には、ウルフウッドの名前が確かにあった。
殺し合いに乗ったリヴィオに、生きているウルフウッド……。
だめだ、何か引っかかるが分からない。
アイツなら……ウルフウッドに会えば、何か分かるだろうか。
ラズロも、また止められるだろうか。
リヴィオを、取り戻せるだろうか。
「ヴァッシュ君」
佐山の言葉に、ヴァッシュは思考から意識を引き戻された。
「分からない、分からないよサヤマ……。
でも、ラズロを名乗っていたのなら、乗っ取られているのとは違うと思う」
憔悴した表情で、ヴァッシュはそう答える。
「だろうね」
そう答えながら、佐山は鋭い眼光でヴァッシュを見つめる。
「いいかねヴァッシュ君、ラズロが君の知り合いだろうと、多重人格者であろうと、
我々の命を脅かす以上は、排除しなければいけない障害だと理解して欲しい」
「ま、待ってくれ、話をすれば……」
「それは無理な相談だね。私達はもう、戦力を失いすぎている。
ラズロは強い、それは一瞬の油断や躊躇が、取り返しの付かない事態に陥るほどね」
「あいつがっ……!」
ヴァッシュが声を荒げて、佐山を睨みつける。
はじめてみるヴァッシュの表情に、佐山は目を細めた。
「あいつが命を賭けて救った奴なんだ……。
それを無駄にするだなんて、俺には出来ないっ!」
「それが私たちの命をも賭ける理由になりえるのかね?」
「それはっ……」
「まぁいい、もう一つ問わせてもらおう」
あくまで自分の調子を崩さずに、佐山は口を開く。
「ヴァッシュ君、君の目的とは何だね」
「目的?」
「私の目的とは、新庄君と共にギラーミン達を打ち払い、元の世界に戻る事だ。
大事な事なので二度言わせて貰おう、『新庄君と共に』ここが重要だね。
私はそのためならば、それこそ何だってしてみせよう」
そう言うと、佐山はゾロへと視線を送る。
明らかに苛立った目で2人の話を聞いていたゾロが口を開く。
「ルフィーと
ウソップを殺った奴を見つけ、ギラーミン共々叩き切る事だ。
……んでもってチョッパーを連れて船に戻る」
短くそう言うと、再び押し黙った。
交渉は佐山に任せると判断したのだろう。
「だ、そうだよ。そう、私たちにはそれぞれ目的がある。
だからこそ協力し合う……では、君の目的とは何だね」
「それは……この殺し合いを、止める事だよ」
「嘘はやめたまえ」
「……えっ?」
「君は先程言っていたね、水銀燈と共に彼女の姉妹の形見を探しに行くと」
佐山の言葉に、ヴァッシュは頷いた。
「だが一方で私たちにはこう言った。『ゼロが迫っているからすぐ古城から逃げろ』と。
殺し合いを止めると言うのならば、既に2人を殺害しているゼロを止めるべきではないのかね」
「でも、水銀燈を一人にしておくことは出来ない」
「では私達なら、放っておいてもいいと言うのかね?
負傷し、疲弊し、強者と当たれば高確率で死ぬだろう私たちを」
治癒符を使用し、ゾロと自分が回復に向っている事など一切伝えず、佐山はそう言い切った。
「そんな事思ってないっ。だからこうして伝えに来たんだ」
「それにヴァッシュ君……ゼロが強者であるのならば、尚更ここで退くわけには行かない。
今の私たちにはアドバンテージがある。ゼロが何の目的でココに来るのか、分かっているからね。
そして幸運な事に火薬やら何やら、罠に使ってくれといわんばかりの物まで揃っている。
もしもここで倒せないような相手ならば、それを先延ばししても一緒だとは思わないかね」
「避けられるべき戦闘は避けるべきだっ!
ゼロだって……彼だって、話の通じない人じゃないんだ!状況が変わればきっと……!」
「ヴァッシュ君……この期に及んで、君はまだゼロを話し合いで止められると思っているのかね」
当然だといわんばかりに、ヴァッシュは首を縦に振る。
「もし話し合いで止められなくなても、力ずくでもとめてみせる」
「そう言うのならば、ここに残りたまえ」
「……じゃあ、水銀燈を許してやってくれないか」
「お前っ、いい加減に……」
ゾロは声を上げて立ち上がろうとする。
しかしそれを、佐山は腕で遮って制した。
「ヴァッシュ君、君の目的は漠然としすぎている。
あっちも救いたい、こっちも救いたい。誰も殺したくない、殺して欲しくない。死んで欲しくない。
志は立派だね、素晴らしいの一言につきる……だがねヴァッシュ君、それは理想だよ。
人が一人で持てる荷物には限りがある、余り欲張りすぎると、全てが君の手の平から零れ落ちる事になるよ」
ヴァッシュの瞳を真っ直ぐ見据えて、佐山は口を開く。
「ヴァッシュ君、頼みがある。
水銀燈を諦めて、我々と一緒にゼロを迎え撃って欲しい」
「それは……ごめん、出来ないよ」
「君が居なくとも、我々はゼロを迎え撃つだろう。
文字通り、殺すつもりでね……しかし君が来てくれるのであれば、何かが変わるかもしれない」
「サヤマ……」
ヴァッシュは悲しそうな瞳を佐山に向けて、口を噤んだ。
辺りを静寂が支配し、虫の音さえ聞こえない部屋を張り詰めたような空気が包む。
「……そうか、それが君の答えかね。
ならば私も、苦渋の決断をせざるを得ないよ」
暫くしてヴァッシュを一瞥すると、佐山は静かに立ち上がり、懐から一つの銃を取り出した。
「……サヤマ、一体何を」
突然の佐山の行動に目を見開きながら、ヴァッシュは問いかける。
佐山はその銃を三角巾からはずした右腕で握り締めると、ヴァッシュに向ける事も無く、一人部屋の中央へと歩みを進める。
そして、月光を受け不気味なほどに黒光りしたその銃を、横たわった青年の頭部へと押し付けた。
金属と骨がぶつかる鈍い音を耳にしながら、佐山は口元を歪める。
「サ、サヤマ!」
「何を慌てているのかねヴァッシュ君。
私は言ったはずだよ、新庄君と共に帰るためならば、『なんでもする』とね」
「冗談でもやめてくれッ!銃は暴発だってする、もし今そんな事が起きれば……タカナシがっ!」
「あぁ、小鳥遊君は死ぬだろうね」
突如小鳥遊の頭部へと銃口を突きつける佐山。
思わず立ち上がり、声を荒げるヴァッシュ。
ゾロは何も声を発さず佐山を見つめているが、その瞳には確かに、驚きが含まれていた。
「実は伊波君の件で小鳥遊君は相当凹んでいてね、仕舞いには私たちに敵意を向けてきた。
今は眠らせているが、もう到底小鳥遊君を戦力として捕らえるのは難しくね。
ヴァッシュ君が居てくれれば何とかなるかと思ったのだが、来てくれないのならば仕方が無い。
今の私達には小鳥遊君の面倒を見る余裕は無いのでね、小鳥遊君にはここで退場をしてもらおうと思ったのだが……
何か言いたい事があるのかね?ヴァッシュ君」
「そんな……サヤマ、嘘だと言ってくれ」
「私は嘘が苦手でね」
「イナミの時だって、あんなに苦労して2人を助けようとしてたじゃないかっ!」
「それも全て、新庄君と私の身の安全のためだよ。
そしてヴァッシュ君、私を知ったような口の聞き方はやめて貰いたいね。
君と私は会ってから未ださほど時間の共有はしていない筈だ」
一方的な物言いに、ヴァッシュは次の言葉が出てこない。
「ヴァッシュ君、君に『お願い』しよう。
……私に引き金を引かせないでくれたまえ」
頭が真っ白になる、目の前の光景を信じることが出来ない。
伊波を救うべく、力をあわせた佐山の行動は、はたして自己防衛のためのみだったのか。
自分を試すために嘘を付いているのではないのか。
……分からない、佐山の言うとおり、互いに互いの事を知らなすぎている。
「ゼロが迫っているというのならば時間は無い。
返答を行うならば、3カウント以内に答えたまえ」
佐山の言葉が脳裏へと刺さる。
小鳥遊か水銀燈か、どちらかを選べという佐山。
しかしヴァッシュには命を選ぶことなど出来るはずが無かった。
「3」
友の死に傷つき、ショックを受けているという小鳥遊。
まだ出会ってからさほど時間は経っていないが、ヴァッシュにとってそれは関係の無いことだ。
レムが命を賭して救った人間。彼女が居ない今、変わりに自分が守ると、そう心に決めている。
そして何よりもヴァッシュは知っている、命が潰えれば、その全ての可能性も潰えてしまう。
それはとても、悲しいことだという事を。
「2」
片腕を失い、片翼が折れている水銀燈。
満身創痍な彼女が優勝狙いの参加者に狙われた場合どうなるか、火を見るよりも明らかだ。
『守るべきもの』があると言った彼女を……
自分と同じく人から作られたという彼女を、見捨てることなんて出来ない。
「1」
眼前にてこちらを睨み、カウントを続ける佐山。
その視線は鋭く、おかしな行動をとれば、即引き金を引くと物語っている。
『人生は絶え間なく連続した問題集や』
ウルフウッドが言っていた言葉が、脳裏に蘇る。
一番最悪なのは、何も選ばないこと……だがしかし
何も選べないときは、正解が無い時は、
どちらを選んでも、大切な何かを失ってしまう時は。
果たして何を選択しろというのだろうか。
「サヤマっ」
今にも泣き出しそうな顔をしながら、ヴァッシュが叫んだ。
場が凍りついたように静まりかえる。
「俺が……タカナシを連れて行くから。だから……その銃を降ろしてくれ」
懇願するかのように、佐山へと語りかけるヴァッシュ。
それを聞いた佐山は、一瞬驚いたように目を見開き……そして、呆れたかのように笑みを作った。
「……落第点だ、ヴァッシュ君」
短くそういいきると、佐山は指を引き絞る。
「だ、駄目だサヤマっ!!!」
叫びながらヴァッシュは佐山へ向って駆け出した。
だが無情にも、リボルバーの撃鉄は弾倉を叩くべく動き出す。
間に合わない。
その現実に、思考を絶望が支配し始める。
カチン
しかしヴァッシュの耳に届いたのは火薬の爆ぜる音でも、小鳥遊の頭が吹き飛ぶ音でもなかった。
辺りへ響いたのは、金属が金属を叩く音。
そう……撃鉄が空の弾倉を叩きつける金属音。
それを理解したヴァッシュは、よたよたと足を止め、地面へとへたり込んだ。
「君は手負いの水銀燈、気を失っている小鳥遊君を連れ、隠れるわけでもなく歩き回るつもりかね。
もしも殺し合いに乗った参加者に会ってしまったら、君一人で2人を守りきれると?
無謀だね、出来るはずが無い。
断言してもいい、その時は悪くて全滅、良くても誰かが犠牲になるだろう。
君が選んだのは、最悪に近い悪手だよ」
「そうか……そうだね、良かった」
額に汗を流しながら、から笑いするヴァッシュに、佐山は眉を顰める。
「……ふむ、怒らないのかね」
「もしも君が、実弾の入った銃で僕を試して居たと言うのなら。
……うん、僕も結構怒っていたと思うけど。
けど、そうじゃなかった。確かに出会ってから短い時間しか一緒に居ないけど、でも分かるよ。
君だって『守るべきもの』がある、イイ奴だって事が」
ヴァッシュはヨロヨロと立ち上がると、何時もどおりの笑顔を見せる。
「お前の負けだ、佐山」
「どうやら……そのようだね」
後ろから聞こえる呆れたようなゾロの声に、佐山はそう答える。
ヴァッシュは命を選ばなかった。
確かに佐山の言うとおり、選んだ手段は悪手だったのかもしれない。
だがしかし、あの短時間で誰も命を落とさないだろう選択を、考え出して答えたのだ。
どんな状況でも、絶対に命を諦めない。
それが簡単ではないことは、佐山自身も分かっていた。
だからだろうか……負けを認めた佐山の顔にも、笑みが映っていた。
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最終更新:2012年12月05日 03:12