彼と、追悼なる話(彼と対となるは、無し)(前編) ◆OQO8oJA5SE






戻ってきた佐山と小鳥遊の様子を見た新庄は言葉を失った。
呆然とした視線を床に落としたままの小鳥遊宗太
表情を消し、小鳥遊に肩を貸し連れてきた佐山・御言
そして姿を見せないヴァッシュと――伊波まひる
それらが佐山の言っていた"嫌な予感"が的中してしまったのだと、何よりも雄弁に物語っていた。

「そん……な……嘘でしょ……佐山君……」
「……嘘ではないよ、新庄君。
 私たちは伊波君を……助けられなかった」

残酷な真実を、誤魔化すことなく告げる。
例え今誤魔化したところで、それが何の意味もないことを知っているから。
その言葉に新庄は涙を浮かべ、しかし歯を食いしばり、耐える。
対するゾロは表情を変えず、冷静に、ただ一言だけ言葉を投げつける。

「……やったのはあの人形か」

普段なら真っ先に水銀燈を擁護するはずの小鳥遊がその目を地に落としたまま。
その事が何よりも、それが事実であるということを指し示していた。

「……だったら尚更、この縄を外せ」
「ふむ……一つ聞くが、縄を外したら君は彼女を追撃するつもりかね?」
「あたりまえだろうが……!」

あそこで確実に叩斬っていればこんな事態にはならなかったのだ。
失った物は戻らないが、自分なりのケジメを付けなければならないだろう。

「では、私の話を聞いてくれると約束してくれれば、この縄を外してあげよう。
 更には私の持ち物である治癒府をもう一枚進呈しよう。
 先ほどから痛みが引いていないかね?
 それは君の胸に貼り付けられたそれの効果だよ」

そう言われれば全身の痛みが緩和されてきているような気がする。

「さて、……どうかね? 君にとっても損な取引ではないと思うのだが」

自力での脱出を何度か試してみたが、この変態は捕縛術でも習っているのか、ちょっとやそっとでは抜けそうにない。
それどころか暴れるほど食い込んできているような気さえする。
加えて傷だらけのゾロにとっても治癒府は魅力的なアイテムだ。
もう一枚あれば病院にわざわざ足を運ばなくてもいいだろう。
ゾロの脳内で秤が揺れ、そして――傾いた。

(仕方ねえ……話を聞いて即効で追いかけるか)

不承不承頷くゾロ。
対する佐山は朗らかな笑みを浮かべている。

「そうかね、それは大変結構だ。
 では新庄君、ゾロ君の縄を外すのをお願いするよ。
 何分、私の手は現在使えないからね」
「う、うん。わかったよ」

佐山に促され、新庄はロープを外していく。
……なおその際に新庄が手間取り、より一層縄が食い込む羽目になったり、それによりゾロが石畳をのたうち回ったりしたしたことをここに記しておく。


*    *



数分間の格闘の末、束縛から解放されたゾロは胡坐をかき、石畳の上にどすりと座る。
新庄が差し出した治癒符をひったくるように奪うと、佐山を睨みつける。

「……話があるんならさっさとしろ」

だがそんなゾロの不機嫌顔などどこ吹く風、とでも言わんばかりに傍若無人に話しかけるのが佐山・御言という男だ。

「さて、再度確認するが、君は今から水銀燈君を追って、……そして倒すつもりだね?」
「当然だ。今度は容赦しねぇ」

鋼鉄のような冷たい殺意が、短い言葉から滲み出す。
蹲ったままの小鳥遊の体がビクリと震え、傍にいた新庄の肌が自然とあわ立つ。
だがしかしそんな剣呑な視線を佐山は真っ向から受け止める。

「だが、それは承諾できない相談と言うものだ。
 今現在、君は我々の最大戦力……いわば生命線なのだからね」

治癒符と付け替えた腕の再生能力によって回復しているとはいえ、未だ両手は使用不能。
新庄も高威力のトンプソン・コンテンダーを持っているものの、Ex-Stとは勝手が違いすぎる。
魔人の闊歩するこの場所においては、共に戦闘能力に不安が残る。
そんな彼らにとって、異能とすら剣のみで渡り合うゾロの戦力は手放せるものではない。
ただでさえ、今は"戦えないもの"がいるのだ。

佐山はちらり、と部屋の隅で蹲る少年に目をやる。
先ほど決意して魔獣に立ち向かっていった勇敢な少年の姿はそこにはない。
膝を抱え込み、茫然自失の体でぼんやりと掌の中のヘアピンを見つめている。
そんな彼から目を伏せるようにして視線を戻し、言葉を続ける。

「……それに彼女のことはヴァッシュ君に任せている。
 そして私は彼と10時までここで待つと約束した。
 ゆえに今、ここを動くことも出来ないのだ」
「俺には関係ない話だな」
「関係ありありの大ありだよ、ゾロ君。
 君は目先の敵をなぎ倒して行って、それからどうするつもりかね?
 その後、知り合いと合流するあてでもあるのかね?」

返答は沈黙。すなわち否定と同義である。

「我々はなんとしてもこの状況を打破し、あのクソ生意気なツラをした変態仮面、
 およびそのバックにいる連中に一発ぶちかまさなければならないのだよ。
 そのために我々が今成さなければならないのは仲間を集めることだ。
 些細なことで分断し、力をバラバラにすることではない。
 ……力を貸してくれるね、ロロノア・ゾロ君」

佐山は迷いのない視線を真正面からゾロにぶつける。
対峙するゾロも瞳を逸らさず、無言のまま睨み返している。
2人の間から言葉が消え、ただ視線だけがぶつかり合う。
張り詰めた空気が軋み、まるで音が発つのではないかと新庄が錯覚するほど張り詰める。
そして、視線のみが力を持つ空間の中で、先に沈黙を破ったのはゾロのほうだった。

「……てめぇの命令は聞けねえ。俺が命令を聞くのは船長だけだ。」
「おや、勘違いしてもらっては困るね。
 我々は同志、いわばパートナーだよ。つまるところ、これはいわゆる"お願い"に過ぎない。
 その証拠に縄を解いた上に治療まで施しているではないかね?」

よく言う。縛ったのは佐山であるくせに、まるで随分と譲渡したかのような言い分だ。
そして、それをさも当然といった態度で貫き通す佐山・御言という男の図太さに、怒りよりも呆れが先に来る。

「……てめぇ、とんだ詐欺師だな」
「詐欺師とは失礼な。私は希代の天才だよ」

さも心外だと言わんばかりのその言葉に宿るのは、溢れるほどに漲る自分への自信。
先ほども失ったばかりだと言うのに、口先だけでなく心底そう思っている。
自分を信じて疑わないその態度を見て、ゾロの脳裏に麦わら帽子の陰が揺れる。

(……同類って奴か)

誰にも聞こえないような小さい声でそう呟く。
確固たる夢を持ち、それを追いかける大馬鹿野郎。
目の前の男は確かに変態野郎の馬鹿野郎だが……馬鹿で終わる人間という訳でもなさそうだ。
そう考え、もう一度どっしりと座り直す。
その態度こそが、答えだと言わんばかりに。

それを見て佐山は口の端を僅かに吊り上げる。

「礼を言うよ、ゾロ君。
 では早速だが我々が今、出来ることを始めるとしよう。
 新庄君、すまないがディバックの中から名簿と地図を取り出してくれたまえ」
「う、うん。ちょっと待っててね……」

光量の絞られたランタンの光を頼りに、新庄は地図と名簿を取り出し、机の上に広げる。
薄ぼんやりとした光の中、机の上に地図と名簿が広げられる。

「さて、準備は出来た。では聞かせてもらおう。
 新庄君とゾロ君がこれまでに経験してきたこと……得てきた情報、そのすべてを」

彼らが今出来ること、やるべきこと……それは情報整理に他ならない。
情報の齟齬、そして現状の確認をせずに集団行動をとるのは、目隠しをせずにタイトロープの上を渡るようなものだ。
その危険性は集団の大きさに比例して大きくなる。
主催に対抗する大集団を作り上げる第一歩。ミスは、許されない。
慎重に、だが迅速にバックボーンを含めた情報を聞き出していく。

だが話を聞いていくうち、どうしても無視できない事実が明らかになってきた。
浮き彫りになってきたのは、そう、【佐山や小鳥遊の世界】と【ゾロたちの世界】の違いである。
グランドライン、悪魔の実、海賊王ゴールド・ロジャー……それらは佐山自身の世界だけでなく、彼らの知る別世界、11のG(ギア)のどれにも該当するものではなかった。

「……これって11のG以外にも、別のGが存在するってこと?」
「……かも知れないね。
 UCATも現状、どのようにして其々のギアができたのかは調査中だという。
 おお、我々は奇跡の証人と立ち会っているのかもしれないね」

だがそう言う佐山の顔に未知のものに出会ったという驚きや喜びはない。
そう、今重要なのは各々の世界のことではない。現在、自分たちが置かれた状況なのだ。
そして大まかな話を聞き終えた佐山は真剣な表情を作り、口を開く。

「……なるほど、大体判った。
 では次は、先ほどの放送内容を整理しよう。
 新庄君、すまないが……」
「うん、わかってる」

佐山の意図を察し、新庄はペンで次々と名簿上の名前を塗りつぶしていく。
両手の塞がった佐山では出来ない作業……先ほどの放送で呼ばれた名前を線で消しているのだ。
そして最後に震える手で"伊波まひる"の名前に線を引いて、ペンを置いた。

「ありがとう、新庄君。
 ……さて、現時点で生存している可能性がある者はこの23名、というわけだね」

そう、たったの23名。
最初、この64km四方の場所にいたはずの人数の、僅か約3分の1。
この催し物が開催されてはや20時間前後……一日もたたずにこれだけまで減ってしまった。
主催者の背後にどれだけの勢力がいるか予想できない以上、一人減るごとに反撃の好機は消えていく。
佐山はそう考える。

「そのうち、友好的な接触が望める可能性が高い、かつ名前や大まかな外見がわかっているのはこの8名。
 【真紅】、【トニートニー・チョッパー】、【ニコラス・D・ウルフウッド】、【ブレンヒルト・シルト】、【リヴィオ・ザ・ダブルファング】、【竜宮レナ】、【北条沙都子】、【古手梨花】……
 彼らとは一刻も早い合流を目指したいものだ」

だが佐山はそこで言葉を一度切ると眉間に皺を寄せる。

「……とは言え、彼らの現在の所在は不明。
 また"知人の知人"クラスになれば、友好的かは……正直怪しいだろう。
 故に、彼らとの友好度を二段階に分けるとしよう。
 まず、信頼できる確率が高いグループは真紅君、チョッパー君、ブレンヒルト、ニコラス。
 そこまで高くないグループはレナ君、沙都子君、梨花君、リヴィオの4名だ」

それを聞いてキョトンとする新庄。
だが佐山はそれに構うことなく話を続けていく。

「真紅君は面識が無いものの、クーガーと蒼星石君からの情報がある。信頼度はかなり高い。
 チョッパー君はゾロ君からの、ニコラスはヴァッシュ君からの、そしてブレンヒルト君は私たちと直接の面識が――
「ちょ、ちょっと待って!
 だったら何でこのリヴィオって人が信頼度が高くないグループなの?」

そう、その理屈だとヴァッシュと直接面識があるはずのリヴィオが後者なのはおかしいはずだ。
だがそれを聞いた真っ直ぐな視線を新庄に向ける。

「新庄君、一つ確認しておきたいのだが……
 そのリヴィオという男の特徴は……"背が高くて変な髪形の刺青を入れた男"で間違いないかね?」
「う、うん、ヴァッシュさんの話を聞く限りそうとしか思えないけど……」

その特徴は自分たちを襲った【ラズロと名乗った男】の印象と合致する。
彼が嘘をつける人物だとは思えない。
ならばこの齟齬は一体何だというのか。
自分の勘違いか、それとも――

「おい。そいつは妙な銃弾を撃ってこなかったか?」
「おや、君も彼と知り合いかね。
 もっともその様子を見るに……君とも仲良しこよしというわけではなかったようだが」

言葉に緊張の色を孕ませる二人に対し、理解できない新庄だけが首を傾げる。

「ああ、この腕はモヒカン刺青野郎から奪ったものなのだよ。
 我々を襲ってきた、ね」
「え……?」
「つまり、ヴァッシュの知り合いの【リヴィオ】という人物が、我々を襲った【ラズロ】と同一人物である可能性がある、ということだよ」
「! それは……ヴァッシュさんが嘘をついているって事?」
「いや……彼は嘘を言っている様子ではなかった。これは……」

この齟齬にボタンを掛け違えているような違和感を佐山は感じている。
だがそれか何かまでに至るには、まだ、ピースが足りない。

「……いや、現時点でこれ以上推測を重ねるのは危険だね。
 確認するのはヴァッシュ君が帰ってきてからでも遅くはあるまい」

一息入れ、思考を次のフェイズへと移行する。

「では次は同様に名前のわかっている危険人物だが……
 【クレア・スタンフィールド】、【ミュウツー】、そして【ライダー】、【ゼロ】……この4名だ」

ポケベルに名前が表示された面子の中で、放送で呼ばれていないのはこの2名のみ。
クレアは一方通行、ミュウツーはトウカという人物を殺害している。
だが彼らの外見についての情報は一切無い。
更に殺害状況は依然として不明なため、正当防衛などの場合も想定できる。
だが、その可能性を考慮しつつ警戒するに越したことはない、と判断する。

次にライダーは前原圭一からゾロが伝え聞いた危険人物だ。
ゾロが聞いたところによると、何でも2mを越す髭の巨漢だと言う。
それだけの特徴があれば見間違えることは無いだろう。

そして、ゼロ……。
ヴァッシュが励まされたというその男は黒マントに黒覆面という非情に特徴的な格好をしている。
体格や水銀燈と行動を共にする点から見ても、先ほど獏が見せた人物と同一人物と見て間違いないだろう。
格好のセンスは残念だが、その下に隠された鋼鉄のような肉体の身体能力は異常の一言に尽きる。
○のトリックを見抜いたことからしても、自分ほどではないが頭も切れるようだ。
そして――何より目的のためなら首輪を奪取することを戸惑わない冷徹さが声の端々に見て取れた。
水銀燈同様、信用するよりも警戒を持って相対したほうが良さそうだ。

「そういやテメェはどうする気だ?
 もしあの馬鹿が水銀燈をつれて帰ってきたら」

ゾロの声音に再び敵意が滲む。

「……さてね、彼女については正直対応を決めかねている。
 ヴァッシュ君のこともあるし、蒼星石君も態度を決めかねていたようだったしね。
 だから彼が帰還したらそのときにまた考えるとするよ。
 ……新庄君も、それでいいかね?」

新庄としては複雑だろう。
水銀燈を見逃したのは何もゾロや小鳥遊だけではない。
新庄も小鳥遊を信じた結果とはいえ、彼女を見逃し……そしてあのような事態を招いたのだ。
言葉では答えず、ただ、小さな頷きだけを返す。

「……そして名前のわからない危険人物は【砂を操る男】。
 一応、【ラズロと名乗った男】もここに入れておこうか」

【ラズロ】には直接襲われた。殺し合いを肯定する立場なのは疑いようが無い。
再生能力を持ち合わせるなら、そして追撃したクーガーの名前が呼ばれた今、生存の可能性は極めて高い。
そして先ほど自問自答したこと――リヴィオとの同一人物説――についても答えは出ていない。

【砂を操る男】は状況から見ても、伊波を助けたスーツ姿の男の殺害犯に違いあるまい。
『乾燥死』などという異常な死因をもたらすならば、何らかの異能力者であるだろう。

その反応に満足そうに頷くと佐山は思考を再び巡らせる。
さて、ラズロは偽名、砂を操る男は名前不明。
彼らの名前が"クレア"や"ミュウツー"である可能性は否定できない。
だがそこでゾロが再び口を挟む。

「……そういや、その砂を操る男は左手がカギ爪で顔にこう、こんな傷がなかったか?」

親指で鼻の上を横一文字に切り裂くジェスチャー。
それは獏の夢で見た巨大な男の特徴に一致する。

「おや、知り合いかね?」
「間違ねえな。そいつがクロコダイルだ」
「ふむ、ということは【砂を操る男】は危険人物からはずしてもよさそうだね。
 それに……新庄君、君が伊波君と出会ったのは確か2時より前だったね?」
「う、うん……始まってから、そんなに時間がたってなかったはずだし……」

瞼を伏せ、脳内に示されたタイムチャートを辿る。

「……私たちがポケベルで把握できているのは大体午前四時前後までの死者。
 となるとあのサラリーマン風の男性は"高槻巌"である可能性が高い、か。
 ……もちろんイレギュラーゆえに名前を呼ばれない可能性の方が高いのだが」
「え、イレギュラーって……どういうこと?」
「私たちが発見した彼の死体には首輪が最初から付いていなかった、そういうことだよ」

驚きの表情を浮かべる2人に対し、佐山は更に言葉を畳み掛ける。

「私たちは獏によって、伊波君をサー・クロコダイルから助けた彼が生前から首輪をつけていなかった光景を見ることが出来た。
 そこから少々突飛だが、"彼は元々この場所に呼ばれた参加者ではなかった"という可能性を推測した。
 事実、それを示唆するようなものもいくつかある」

そう言って佐山が取り出すようお願いしたのは一つの地図。
小鳥遊のディバックに入っていたそれは、だがしかし新庄たちが見慣れた地図ではない。
茶色い図面に蜘蛛の巣のような線が幾つも引かれている。

「佐山君、これは?」
「"彼"が残してくれた地底の地図だよ。
 この会場には、このように地下通路が形成されている。
 そして、獏が見せてくれた記憶の中に彼がこれを隠す光景があったのだ。
 ……ゾロ君、迷宮探索ボールはまだ持っているかね?」

その問いかけにゾロは首肯し、奇妙な球体をディバックから取り出す。

「そう、こんな便利な物が支給されているのに、こんな下位互換を用意する必要は特に無い。
 であるならばこれは彼の私物――主催者の思惑から外れたものだと考えられる。
 ならばここには主催者が知りたくない、何かがあるのではないか……ともね。
 ……だから私は提案するよ。
 彼が戻り次第、危険を承知で地下への探索を開始しようと思う。
 ヴァッシュ君、そしてゾロ君がいれば戦力としては上出来だからね」

それが虚栄に過ぎないことは誰の目にも明らかだ。
伊波との戦闘で、2人とも怪我だらけで本来の実力を発揮できそうにない。
だがそれでもこれ以上の遅れは致命に繋がる……そう佐山は結論付けた。
そして思い出したように言葉を加える。

「ああ、戦力といえば、あとで"○"の窪みもチェックしておかなければならないね」
「窪み?」
「ああ。これまた獏が見せてくれた過去だが、ここの居館、大広間には○の窪みがある。大、中、小の窪みがね。
 それが意味するのは恐らく――」
「首輪か」

ゾロの言葉に佐山は僅かに口の端を吊り上げる。

「君が予想以上に聡明だったことは実に嬉しい誤算だね。
 そう、他人の首輪と引き換えに何らかの褒美があると考えるのが当然だろう。
 そして我々の手にはいくつか首輪がある」

ゾロが持つ、概念の声を聞いたという首輪。
そしていまだ回収していないが、城内に存在している仮面の男の首輪。
そして……先ほど残された伊波の首輪。
解析のために数が必要とはいえ、3つもアテがあれば一つぐらいは試してもいいだろう。

だがゾロはその言葉に反論を叩きつける。

「待ち受けているのが罠っ可能性はねえのか?」
「ほう、その理由を聞こう」
「決まってる。そんなことをしてあのギラーミンの野郎に何の得がある。
 力を与えるにしても、何でこんなまどろっこしい真似をする」
「それを言うならば、この殺し合いの時点で主催者は矛盾だらけだよ。
 ギラーミンが復讐の対象と言った"のび太"という少年は早々に死んでしまった上に、会場に仕込まれたギミックは殺し合いと関係ないものも多々ある。
 ――さっきの地下通路網などその際たるものだよ。
 そもそも殺し合いをさせるためだけならば、世界一つを創造するなど手間の掛かる真似はすまい」

「世界の創造」という言葉に奇妙な表情に変わる彼らに対し、数時間前、小鳥遊に対してと同じように地図の端をつなげるよう指示する。
そして2人の表情が変わるのを確かめてから、言葉を続ける。

「嘘の主催理由、ちぐはぐな会場、間違いだらけの支給品……まぁここまで気づくのは主催者としても想定内だろう。
 ……しかし、私たちにはそこに打ち込むべき"楔"がある」

そう、主催者にとってイレギュラーである、あの男の存在を自分たちは知っている。

「彼が言っていたよ。足を止めるのは絶望ではなく諦観だと。
 故に我々は歩みを止めてはならない決して、ね」

気づいたヒント……その多くはおそらく与えられた矛盾だろう。
それを探査するということは、主催者という釈迦の掌の上に自ら乗り込む行為に他ならない。
だが死中に活という言葉があるように、そこには……いやそこに"しか"、きっと勝機というものはありはしないのだろう。

新庄は深く同意するように、ゾロは当然だと言うように首を縦に動かした。
そして佐山はそんな2人に対して満足げに、笑う。

「……さて、状況整理はこのぐらいにしようか。
 首輪の情報については、少し自分なりに考えてみたいのでね。
 この場ではノーコメントにしておくよ。
 ――特に、概念が使われていると言うのは興味深い点なのでね」

そう締めくくると先ほどまで張り上げ気味だった声のトーンを一段階落とす。

「……さて、新庄君、もう一つ頼みが一つある。
 ゾロ君を連れて少し部屋を出ていてくれたないか?
 私には……もう一つ、やるべきことがあるのでね」

その視線はただ真っ直ぐに、部屋の隅で蹲る少年に向けられていた。


*    *




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最終更新:2012年12月05日 03:06