元暗殺者とたまと優男


「…………」
日もだいぶ落ち、薄暗くなってきた森の中。そこに1人の男がいた。
男は終始無言で、ただ目の前の1本の木をじっと見つめていた。
周りから見れば、そんな男の様子は隙だらけに見えるだろう。しかし、男からはまったくといっていいほど隙を感じさせないオーラが発せられていた。
彼の名は葛木宗一郎(21番)。私立穂群原学園2年A組の担任教師で生徒会顧問。そして過去に一度要人の暗殺を行ったことがある元暗殺者である。

宗一郎はこの殺し合いに対して否定も肯定も考えていない。
なぜなら、彼は暗殺のために施された訓練により『感動する心』が欠落――つまり死んでいる。
――ゆえに彼は戦おうと思えば、自分の教え子たちと殺し合うことになろうとも躊躇いなく戦えるのである。

それは、間違いなくこの狂気の島においてどんな支給品よりも最強の武器になる。
この島において一番重要な三大要素――それは、『自身の安全の確保』、『食料の確保』、そして『何事にも屈せず、かつ動じない強い精神力』である(宗一郎自身はそんなことあまり考えてはいないが……)。


自身の安全の確保。これは戦場という場において必ず最初に重要となる課題だ。
今回のように他の者たちがどのような武装を所持しているのか全く判らない場合は、むやみやたらに動き回るよりも迅速に自身の身を1箇所に留めて隠れているほうが少しは安全なのである。

食料の確保。これはヒトが動物として必要な要素だ。空腹になると身体能力の低下だけでなく、時に判断力を鈍らせる。
戦場においては一瞬の判断の遅れも即、死に繋がる。そのため食事は取れるうちに取っておいて腹を満たし、常に万全の状態で戦闘に備えておくのが好ましい。


そして最後。精神力。これが今回の殺し合いにおいて一番大事になるものだ。それも最初から最後までだ。
万物の霊長である人間というものは同種の命を他の何よりも尊重する存在だ。ゆえに、人は誰かが死ねば悲しむ。それが見知らぬ者であろうともだ。
ただ1人の命であっても、それを奪うということは軽いものではない――そう教え込まれ考えるのが人だ。
この島では最終的に60人以上の命が奪われる(少なくとも、すでに1人の命が言峰の手によって奪われている)。
そんな(少なくとも戦争というものを忘れつつある現代の平和ボケした日本人たちから見れば)地獄ともいえるこの島で普通に己の精神を維持し続けることが出来る者がはたしてどれほどいるであろうか?
――まずいない。宗一郎ならば(もちろん自身も含んで)そう結論するだろう。
情に流されるものは最終的に自滅する。戦場とはそういうものだ。それはお人好しな人間であっても、狂気に染まった人間であってもそうだ。

――ゆえに、彼は心を捨てさせられたのだから。


「…………」
宗一郎は自身のスーツの胸ポケットからあるものを取り出した。
ゲームガイ。それも『バルジャーノン』のソフトがおまけで付いているという今時の学生ならば喜びそうな代物だ。
……今が普段と変わらぬ日常で、ここが殺し合いが行われている島でなかったらの話だが…………

自身に支給されたソレは宗一郎にとっては別にどうでもいい代物であった。
当たりだろうがハズレだろうが、貰った以上はとりあえず持っておく。それが葛木宗一郎の考えだった。


「…………」
さて、とばかりにゲームガイをポケットにしまうと、宗一郎は拳をすっと構えた。
何故そのようなことをするのかと聞かれたら、その答えはひとつ。この島に張られている結界というものが自身の暗殺者としての身体技能をどれくらい制限しているのかを確かめるためである。

彼の暗殺術――『蛇』はその気になれば人間の1人や2人など簡単に殺せるほどの代物だ。
言峰は魔術師や魔法使いは力を制限されると言っていたが、そのような者ではない宗一郎もこの島に来てから自らの体に少し違和感を感じていた。


「……それはすなわち、私の身体能力にも一定の制限が加えられているということだ…………」
そう呟くと同時に、宗一郎は目の前の大木に勢いよく右の拳を叩き込んだ。
――ドォンという激しい音と共に、木にひとつのへこみ――いや。『穴』が穿たれた。もちろんその穴を開けたのは宗一郎の拳である。その深さは約数センチといったところだろうか?

(――やはり私の力も制限されている。全力でもこの程度か…………)
普通ならば軽く十センチは腕が木の中に沈み、穴もさらに大きなものが出来るはずだ。
それなのにこの程度……いや。普通の人間から見ればそれでもこれほどのものなのだからたいしたものなのだが、元暗殺者の宗一郎としてはどうも少し違和感があるようだ。
――別に気にはしないだろうが…………


がさっ。


「む?」
「あ……」
近くの茂みから音がしたので宗一郎が目を向けると、そこには1人の少女が立っていた。
偶然そこを通りかかった珠瀬壬姫(44番)だ。

「…………」
「あ……え、え~と……その…………」

――なぜか壬姫は冷や汗を流しながらひきっつた笑顔を浮かべていた。
それもそうだろう。彼女の目の前で宗一郎は素手で木に穴をぶち開けたのだから、だれだって見れば驚く。
さらに状況が状況である。壬姫が考えついた結論はひとつだけだ。


「さ…さようならーーーーーーっ!」


壬姫はそう言うと同時にくるっときびすを返して早足でその場から去っていった。いや。こういう場合は『逃げていった』というのが正しい。



「――ふむ。いったい何だったのだ、あの娘は?」
そんな壬姫のことなどつい知らず、宗一郎はただじっと彼女が走り去っていった方向を見つめていた。





高溝八輔(42番)。通称・ハチは地図とコンパス、そして自身に支給されたソレを手に森を進んでいた。
「よぉし。もう少しで森を抜けて新都だな。待ってろよ~すももちゃん!」

彼の手に握られているもの、それは探知機だった。
参加者の体内(胃)に仕掛けられている爆弾の反応を探知・表示する機器である。
爆弾自体を感知するため、反応があってもその参加者が生存しているとは限らないし、その反応が誰の爆弾のものなのかという表示もされないため使い勝手は難しいが彼にとってこれほど便利な物はなかった。
現に彼はこれを使って自身の周辺を確認しつつ、ここまで安全な道を進んで来たのだ。
――だが、そのせいで未だに誰1人として遭遇していないため、友人である雄真たちが今どこにいるのかということが判らないというドジもやらかしているが…………

彼が唯一居場所が特定しているのは雄真の妹のすもも、そしてすももの母の音羽だった。
スタート直前まで彼は2人と教会で会って話をしており、その時の話にだと2人は「島に町か村があったらそこに行くつもりだ」と話していた。

「地図には村が2箇所、新都が1箇所あるみたいだが、こういう場合は文明の利器が揃っているであろう新都にみんなが向かうのは一目瞭然! そうと決まれば、言われなくてもスタコラサッサってやつだぁ!」
そう言って彼いながら彼は新都を目指し森を進んでいく。

その時、突然彼の持つ探知機に反応があった。

「うおっ!? なんだ!?」
慌てて探知機の画面を確認するハチ。
そこには画面の中心に位置する自分の爆弾の反応であるひとつの光る点のほかに、もうひとつの点があった。
しかも、その点は真っ直ぐハチのいる方へと凄いスピードで近づいてくる。


「ま…まさか敵か!?」
大慌てでハチは近くに身を潜めようとするが、運悪く彼の周辺には人1人を隠してくれそうなほど充分な草木が生い茂っていなかった。
「げぇっ!? こんな時にまで発動するのか俺の不運はーーーーっ!?」
ならば逃げるしかないと急いで自身が目指す新都の方へと駆け出そうとした瞬間――
「フォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
――奇妙な声を発しながらハチの背後から1人の少女が突っ込んできた。

「HG? ちょっと古くない…………って、うおおおおおおおおおおおおッ!?」
「ああああああああああああああっ!?」

どーーーーーーーーーーーーーん!!

思わず振り返って突っ込みを入れてしまったハチはやって来た少女と見事に正面衝突をしてしまった。

「いてて…………いったいなんなんだ?」
「あ……ひっ!?」
少女と衝突して軽く吹っ飛んだハチが顔を上げると、それと同時に少女も自身のおでこを押さえながら顔を上げ、ハチから数歩後ずさる。
すると、少女は今度は後ろの木に後頭部をごつんとぶつけてしまった。
「あああ~~~……」
「…………」
後頭部と額を押さえる少女をハチは黙ってじっと見つめる。

――どこか猫みたいな雰囲気をした小柄な少女。
見たところ自分よりも年下に見えるが、学生服を着ているから自分とたいして歳は離れていないだろう。すももや伊吹と同い年くらいか、などとハチは思った。
そして、そんな少女を見て……
(な……なんて可愛い子だろう!! その長い髪も。ぱっちりと開いた瞳も。全てがマスコットのような容姿とマッチして己の可愛さに磨きをかけているっ!!)
と、すぐに惚れてしまうのがハチの悪い癖である。


「ごめんなさい。ごめんなさい! ほしい物なら可能な限りなんでも差し上げますから命だけはお助けください~~……」
後頭部と額を押さえ、瞳から涙を浮かべながらハチに何度もぺこぺこ頭を下げて命乞いをする少女、珠瀬壬姫。
そんな彼女にハチは……

「ふっ…何をおっしゃるのですかお嬢さん。この高溝八輔は貴女様のようなか弱き乙女をお助けするためにこの世に生を受けた者ですよ?」
普段もよく使っている(そして直後に失敗に終わる)紳士――というより優男モードで壬姫にそっと右手を差し伸べた。
「この高溝八輔。命ある限り貴女様を護る騎士となりましょう!」
「は…はぁ……?」
状況が良く理解できず、頭にハテナを浮かべたまま壬姫はハチの手をしばらくの間じっと見つめていた。



【時間:1日目・午後5時】
【場所:森林地帯(新都方面)】

高溝八輔
 【装備:探知機】
 【所持品:支給品一式】
 【状態:健康】
 【思考・行動】
  1)壬姫に一目惚れ。必ず俺がお護りいたします!
  2)新都に行ってすももや知り合いを探す

珠瀬壬姫
 【装備:なし】
 【所持品:支給品一式(ランダムアイテム不明)】
 【状態:健康】
 【思考・行動】
  1)え、え~と……何がなんだか……(少なくともハチが敵ではないことは認識しました)
  2)武たちと合流したい
 【備考】
  ※葛木宗一郎(名前は知らない)は危険だと認識しました


【時間:1日目・午後4時30分】
【場所:森林地帯】

葛木宗一郎
 【装備:なし】
 【所持品:ゲームガイ、支給品一式】
 【状態:健康】
 【思考・行動】
  1)ゲームに乗るつもりはないが、主催者を打倒しようとは思っていない
  2)敵と遭遇した場合は容赦なく倒す
  3)敵ではない者と遭遇した場合は助けが必要な場合は助ける(ただし本人の意思ではなく相手の意思を尊重する)



【支給品備考】
  • 探知機
 参加者の胃に仕掛けられている爆弾の反応を探知・表示する機器。
 爆弾自体を感知するため、反応があってもその参加者が生存しているとは限らないし、その反応が誰の爆弾のものなのかという表示もされない。
 使い方次第では最強の支給品。バッテリーは単三電池2本。電源を点けっ放しでも30時間は楽に稼動できる。

  • ゲームガイ
 携帯ゲーム機。元ネタはマブラヴ。おまけとして『バルジャーノン』のソフトが付属している。




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前登場 名前 次登場
GameStart 高溝八輔 黒き福音
GameStart 珠瀬壬姫 黒き福音
GameStart 葛木宗一郎 誰かのために出来ること 御剣冥夜編







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最終更新:2010年06月27日 15:48