薄暮の惨劇
「おや、早速ですが標的がいるようですよ」
アルトリアの声にぎょっとする乙女。だが彼女の指差す方には誰もいないのを見て少し白けた表情になる。
「どこよ、だれもいないじゃない?」
乙女の言葉にアルトリアは苦笑しつつも理由を教えてやる。
「オトメ、貴女に理解できないのは無理も無い。ですが確かにそこに標的は潜んでいる」
「そんな魔法じゃないんだから……あ…」
反論しかけて乙女は黙り込む。自分の眼前に生きた証拠がいるのだから。
「ともかくご命令を…このままやり過ごすという手もあります、ですが私としては敵は速やかに討つことを進言したい」
「うん…」
左手の令呪を見つめる乙女。それを面白くなさげに見るアルトリア。いずれにせよここで迷われるようでは困る。
なるだけ早く彼女には一線を越えて貰わないと。
「コトノハやマコトは魔術を使いますか?でなければ急いだ方がいい…あそこに潜む者が牙を秘めてないとは限りませんよ」
そっと耳打ちするアルトリア、乙女の表情が厳しくなる…。
(そっか…そうだよね)
自分の手を汚すことなく言葉がくたばってくれるなら言うことなしだが、それでも誠がだれかに殺されるのは避けたい。
(アタシが乗ったのなら、他にも乗る奴がいておかしくない…なら先手必勝ってことよね)
「分かったアルトリア…命令するわ」
令呪が光を放つ…アルトリアは笑顔で頷く…どういう意図か?
「あそこに隠れてる奴を倒して!」
「大丈夫ですから、信じてくださいまし」
上条沙耶(16番)は優しく小泉夏美(23番)へと話しかける。が、当の夏美は未だに怪訝そうな顔をしている。
「結界ねぇ…」
なし崩し的に合流して以来、彼女の魔法は何度か見ている。それでもやはりまだ完全に信じる気にはなれない。
(ううう…信じてくれていません)
沙耶は夏美に気づかれないようにタメ息をつく。何度も説明したがやはり通じていない。
相手の性格なども関係しているのだろうが、それでも沙耶らにとって魔法は当たり前のように存在する力だ。
それをわざわざ1から説明することは困難を極めた。
とにかく合流して以来歩き通しの夏美が泣き言を言い出したため、木々の間に俄か作りの結界を張り、2人は
小休止の最中だった。
(ともかく、だれかが…できれば小日向様か兄様が気が付いてくれれば…)
沙耶は夏美の話や、他の参加者たちの人数を考えた上で、魔法の存在を知るものは自分たちの仲間以外はいないと踏んでいた。
だからこの結界はいわば彼らへの目印。もし彼女の級友が近くを通れば必ず気が付いてくれるはず。
だが沙耶は思い違いをしていた…そう魔法を…神秘を知り扱える者は彼女の範疇の外にも存在していた。
そして彼女らに迫る敵は、魔術師にとっては天敵ともいえる相手だった。
そしてその敵…アルトリアはもうすでに結界のすぐそばまで迫っていた。
手に握るは黒と赤に彩られた魔剣。
「痕跡を隠しもしないか…驕りが過ぎる」
堕落の代償として鈍ってしまった感知能力を持ってしても丸分かりだ…だが、それを罠と思うだけの思慮は彼女にはもはやない。
ただ良心と引き換えに新たに得た凶暴性と残虐性を持ってして全て叩き潰すだけだ。
アルトリアはそのまま無造作に剣を構え、まるで紙を破るかのようにそのまま結界を斬り裂いた。
「!?」
変化は唐突だった、それは夏美にもわかった。
突然周囲の空気が明らかに変わる…沙耶の顔が険しくなる、結界を破られたのだ。しかも力づくで。
「逃げてくださいまし!」
そう叫ぶのが次の瞬間にはもう黒い暴風が沙耶らへと襲い掛かってきた。
すぐさま沙耶はその黒い風に向かって攻撃魔法を放つ。しかし――
(効かない!?)
奇襲こそ防いだが沙耶の放った攻撃魔法はことごとく相手の黒い鎧に弾かれる。いや鎧までも届いていない。
ワンド無しで放ったことを差し引いても、この騎士はケタ外れの耐魔力を持っている。ともかく…
沙耶はちらりと背後の夏美を見る、彼女だけでも逃さなければ。
「幻想詩・第二楽章明鏡の宮殿!」
沙耶の眼前に輝く防壁が現れる、だがそれもアルトリアの持つ魔剣にしてみれば気休めに過ぎない。
黒き刃を受けてみるみる間に防壁が軋み始める。
しかも相手の表情を見て沙耶は愕然とする。目の前の騎士が天使のように美しい少女だということもそうだったが彼女は余裕の笑みを漏らしている。こちらは維持で手一杯だというのに。
(なんとか…なんとかしないと……!)
そんな沙耶の耳に呟きが聞こえる。
「なるほど…マスターの影響だけではなくやはり私自身の力も落ちているか」
(この騎士は…使い魔の類?)
ここまで強力な騎士(たぶん守護霊の類だと沙耶は思った)を使役できる召喚術師など考えるだに恐ろしいが、今は考えない。
一縷の望みだが突破口は見つかった。沙耶は慎重に周囲の探知を開始する。目の前の相手が使い魔ならば必ずマスターが近くに存在しているはず…もはやマスターを撃つ以外に方法はない。
(いた…見つけた)
アルトリアのやや斜め後方に影。相手がまるで背後に注意を払っていないことを考えるとおそらくあれがマスターだろう。
「幻想詩・第三楽章…」
これを放てば自分は死ぬ…放つと同時におそらく自分は真っ二つ…しかもそれでマスターを倒せる保障もない。
それでも…
(兄様、小日向様…伊吹様…お先に逝きます…ですがタダでは逝きません!)
「天命の――――っ!?」
刹那、沙耶の視界を血煙が覆った。片方の手首を切断されたのだと沙耶は瞬時に悟った。
その激痛と出血のショックで沙耶の最後の賭けは不発に終わった。
地に倒れのたうつ沙耶。それを微笑みすら浮かべて見下ろすアルトリア。
彼女にとってあの程度の障壁など数瞬で砕けた。ただ己の現在の力を試すためにあえて付き合っていたに過ぎなかったのだ。
「見事です魔術師。己の命を代償に同胞を救わんとする姿勢、感服いたしました」
鈴が鳴るように美しい声なのに、沙耶にとってその言葉は氷のような印象を受けた。
「ゆえに、褒美を取らせます…ありがたく名誉に預かりなさい」
そう言うが否やアルトリアは沙耶の心臓に魔剣を突き立てた。だが血は流れない…代わりに剣に流れ込むは……
「あ…ああ…あ……」
掠れ声で身体を痙攣させる沙耶。
そう、吸われているのだ。己の精気と魔力を。
「貴女を私の糧として差し上げましょう。どうです…ブリテンが王たるこの私の供物となるのですよ? これ以上の名誉はないでありませんか…ククク……」
アルトリアの嘲りをもう沙耶は聞いていなかった。いや、聞こえていなかった。
なぜなら僅かの時間にして全てを喰らわれ荼毘に付され、その場には纏っていた服がただ舞っているだけだったのだから。
「終わったの?」
震える声で乙女が尋ねる。ここまでまだ3分も経過していない。
アルトリアは振り向かずに応じる。
「いえ、まだですよ…次は貴女の番ですオトメ」
「ここまで来れば」
夏美は這いずるようにして坂道を登っていた。
「何が魔法なのよ。やっぱり頭おかしいんじゃない…あんなのトリックよ」
それは沙耶への悪態というよりは自分に言い聞かせるような響きがあった。
「と、とにかく…」
「ほう、己を賭して命を守ってくれた同胞に対してそのような言い草ですか?」
「あたしが頼んだわけじゃ………へ?」
恐る恐る振り向く夏美。そこにいたのは先ほどの騎士。それがここにいるということは…
「―――――っ!!!」
もがくようにして逃げようとする夏美だが恐怖で足が言うことを聞いてくれない。まるで地面の上でクロールをしてるかのようだ。
「こっ、殺さないで!何でもするから!」
そんな彼女を冷笑交じりの目で見つめるアルトリア。
「それを決めるのは私ではありませんよ。決めるのは我がマスターたる彼女だ」
アルトリアが促す先にいたのは―――
「お…乙女?」
「夏美…」
こうして級友2人は再会を果たしたのだった。
「―――す、すごいの連れてるのね…?」
乙女の背後に控えるアルトリアを見る夏美。
「うん。彼女私をマスターって呼んでくれるの。だから味方よ」
つとめて元気な声をだす乙女。だが心なしか声が震えている。
「さっきはごめんね。隠れているから敵だって彼女が言うもんだから」
「いいのよ。あの子少しアレっぽかったから」
お互いのことには微妙に触れず互いの連れのせいにする。その態度に失笑するアルトリア。
(類は友を呼ぶといいますが……まぁこれは私にも言えますが)
自分の姿を鑑みて自嘲するアルトリア。
「ねね、組もうよ?」
すがるような目で乙女を見る夏美。
「どうせ桂さん殺しに行くんでしょう? あたしも混ぜてよ…ねぇ友達じゃないの?」
「う…うん。まぁ、ね」
少し歯切れの悪い返事をする乙女。少し時間を気にする。
――あと7分ほどで6時だ。
「じゃあキマリね? 後ろの子もよろしくね!」
明らかに空元気な騒ぎ方をする夏美。
「夏美…ちょっとトイレ……」
そんな彼女を横目に席を離れる乙女。アルトリアもそれに従う。その場には夏美が1人残った。
秒針が一回り。2人は戻ってこない。
さらに一回り―――まだ戻ってこない。どうしたのだろうか。
大きいほうなのだろうか? 紙が無いのだろうか?
そしてさらに半周…夏美は周囲を見渡す。
――――だれもいない。
そう判断するや否や、夏美は踵を返してその場から逃げ出した。
そう、最初から彼女は仲間になんかなるつもりなどなかった。
彼女は逃げたかったのだ。生き延びたかったのだ。
そもそも友達=クラスメイトに過ぎない相手のために面倒に巻きまわれるなどゴメンこうむる。
「誰がこんな面倒な……」
「連中と道連れなど御免というわけですか? なるほど…」
「!?」
横合いから放たれる冷たい声…一気に身体が冷たくなっていくのを感じながら目を向ける。
案の定、そこにはアルトリアと乙女の姿があった。
「ほら、言った通りではありませんか。彼女は所詮都合のいい相手を求めるだけの風見鶏です」
「ちょっとアンタ何言って……!」
反論しようとする夏美だが、声が震えて言葉にならない。何より事実を言われているのだから、言葉が出てこない。
「夏美…アンタ……」
この時、乙女の脳裏には席を離れている間にアルトリアに吹き込まれた言葉が蘇っていた。
『彼女を信じてはいけません。彼女は己を守ろうとした友を見捨て自分だけ逃げようとするような人間ですよ?』
もちろんアルトリアはあの時彼女が取った方法こそが正解だということは知っている。
『でも…強制は出来ないし、それに……』
『何を甘いことをおっしゃるのですか、オトメ…いいですか』
大げさに嘆息するアルトリア。
『彼女が逃げればきっと私たちのことを皆に教えることでしょう。そうなればいずれはこの島に集うもの全てが敵になりうるかもしれませんよ?
そうなればいかな私でも貴女を守ることは不可能でしょう…それに……』
口調がまるで天使の歌声のように優しくなる。
『彼女はマコトやコトノハとも知り合いなのでしょう? 貴女のことを彼らに教えないとは限りませんよ?』
「アンタ…桂に私のこと売ろうとしたんじゃないの?」
「はぁ!?」
いきなりの論理の飛躍についていけない夏美。だがアルトリアの毒に嵌り疑心暗鬼の塊となった乙女には通じない。
「じゃあ何で逃げたのよ!?」
「何でって…」
こんな押し問答が続く間にだんだんと両者は苛立ってきた。そしてついに夏美が口火を切る。
「だいたいアンタえらそうなのよ、何がバスケ部期待の星よ!」
「へぇ~そんな風に思ってたんだ……」
「そうよ、皆そう思ってるわよ!」
「だからアタシを裏切って桂につくんだ……」
「席が近いってだけでいつアンタの仲間になったのよ!」
ちなみに乙女が音頭を取る桂言葉に対しての陰惨極まりないイジメに、彼女は漏れなく参加している。
そしてついに夏美は言ってしまった…禁断の言葉を―――
「七海の代わりにアンタが死んだらよかったんじゃないの!?」
その言葉を聞いた瞬間、ギリッと乙女の奥歯が鳴る。そのまま横目でアルトリアに合図する。
頭に血が上った夏美には気が付かない。それに油断もあった。まさか乙女が自分を処断するはずがないと。
それが誤りだと気が付いたのは、自分の両足がアルトリアの剣によって切断されてからだった。
「…………」
言葉すら出せず、ただ突っ立ったままのかつての自分の足を見上げる夏美。
次に目に入ったのは黒剣にこびり付いた血を舐め取るアルトリア。そして…ようやく現状を認識する夏美。
「あああああっ!!」
バタバタと身体を動かしまた必死でもがく。だが両足を失った身体ではまったく前に進まない。
そこに影が迫る…乙女だ。手には大きな石が握られている。
「やめて…やめて…やめて……!」
荒い息で哀願する夏美、それ以上のことはもはや出来ない。
その言葉に乙女の足が止まる…が。
「何を躊躇うのですかオトメ」
黒騎士がまた毒を放つ。
「迷ってらっしゃるのならばこう言い換えましょう。貴女は彼女を殺すのではなく救うのですよ……
見るのです、この血の量を。もう彼女は助からない。しかし死ぬまでには時間がかかる。せめて一思いにというのが慈悲でしょう」
アルトリアの顔と夏美の顔を交互に見比べる乙女。そして…。
「いや…いや…いや……」
夏美の頭の上に立つ。そして手に持った石をただ無言で夏美の頭へと振り下ろした。
――それが3回続いて事は終わった。
時刻は17:59分。わずか十数分にして2つの命が失われたのだった。
「あ…アタシ……」
乙女は背後の騎士へと振り向く。その目には涙が光っていた。そんな彼女の肩をアルトリアは背中から抱きしめる。
「いや、よくやりましたオトメ……多少気の毒な出来事もありましたが、これで貴女は強さを手に入れた」
淡々とした賛辞の中には明らかな揶揄が混じっているが乙女には気が付かない。
「アルトリア…アンタは裏切らないわよね」
「勿論ですよ」
2つに減った令呪を見て笑みを漏らすアルトリアだが、その顔を乙女は見ることができなかった。ただ……
「貴女はいいですね、まだ涙を流せて」
その言葉だけは信じていいと思えた。
――――アルトリアの手にカップラーメンが握られているのがが気になったが。
【時間:1日目・午後5時59分】
【場所:浜辺からやや内陸より】
加藤乙女
【所持品:支給品一式】
【状態:通常(精神的にアルトリアに依存)。令呪・残り2つ】
【思考】
1:マーダー化(桂言葉を優先)
黒セイバー(アルトリア)
【所持品:なし】
【状態:通常】
【思考】
1:表面上乙女に従う(令呪を早く消費させたい)
2:間桐桜に復讐 、シロウに会いたい
【16 上条沙耶 死亡 残り59人】
【23 小泉夏美 死亡 残り58人】
2人の所持品(鋸、カップラーメン1ダース)は回収。
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最終更新:2010年06月27日 14:51