Miss flying victory


蒔寺楓(51番)は教会から少し離れた森の中で、腰を下ろし一度ため息をついた。
まさかこんなことに巻き込まれるとは。昨日まで普通に学園生活をエンジョイしていたというのに。
――しかし、いつまでもそんな悲観にひたってはいられない。自身がスタートしてそろそろ5分以上が経過した。次の参加者が教会を出た頃だろう。

「早いとこ由紀っちたち見つけて合流したいけど、さすがに1人じゃ不安だからねえ……」
そう呟くと彼女は自身の手にある支給品をちらりと見る。
――手榴弾。それが1つ。
足元に置いてある自身のデイパックにも同じものが何個か入っている。


あの時、言峰綺礼という男はこんなことを言っていた。
――『参加者の中には魔術師や魔法使いなどといった普通の人間ではない者たちがいる』。
それはつまり、自分がよく映画やマンガとかフィクションの世界で見るバケモノみたいな強さを持った連中が自分たちの中にいるということだ。
(そういった奴らが本当に存在していたなんて未だに信じられないけどさ……)

楓は考える。もしそんな連中に出くわした時、はたして自分は生き延びられるかと。
――仮にそういった者と遭遇しても相手が殺し合いに乗っておらず、かつ味方になってくれたらそれは心強いことこの上ないが、乗っていた場合はどうすればいいだろうか……
まあ、自身は(自称)『穂群の黒豹』という異名を持つ陸上部中距離のエースだ。万一遭遇しても逃げることくらいなら不可能ではないだろう。
だが、問題は陸上部マネージャーで運動オンチの三枝由紀香(29番)だ。
同じ陸上部でなおかつ走り高飛びのエースである氷室鐘(49番)や弓道部主将で天敵の美綴綾子(56番)はともかく、由紀香は正直そういった連中に太刀打ちできる気がしない。

(あたしが行くまでなんとか生き残ってなよ由紀っち……!)
楓は立ち上がると教会の方へと一度足を戻すことにした。
「まだ美綴たちが教会にいたからね……ちょ~っと不本意だけど、あいつらの力を借りますか……」



歩き始めて少ししたところで、楓は早速人影を見つけた。
「お。美綴かな?」
すぐさま人影の方に近づいていって接触を試みる。
もちろん近づくのは慎重にだ。いきなり飛び出していったら相手が持っていた銃か何かで撃たれてズガンなんてことになったら話にならない。

「お~い。そこの!」
「ん?」
ある程度近づいたところでまずは声をかける。人影の正体は楓も一応面識がある人物だった。

――間桐慎二(53番)。楓たちのクラスである2年A組ではなくC組の生徒だが、美綴と同じ弓道部の副主将だ。たまに美綴や元弓道部の衛宮士郎(6番)と一緒にいるところをよく見かけたことがあった。
それに、どこかワカメみたいな髪型(天然なのか本人がセットしているのかは誰も知らない)だがそのルックスから女子にはもててるから彼の名前は学園中で結構耳にしている。

「――ああ。誰かと思えば美綴のクラスの奴じゃないか。薪寺だっけ? 僕に何か用?」
自意識過剰な性格で他人を見下している節があると美綴は言っていたが、こうして2人っきりで話していると確かにその通りだなと楓は思った。
だが、いきなり攻撃をしてこなかったところを見る限り、今のところ自身に敵意はないようだと確信した楓は話を続ける。

「ああ。え~と…ほら。今こんな――殺し合いなんて状況じゃん?」
「まあそうだね。物騒な話だよねホント」
楓の言葉に慎二は苦笑いをして軽く肩をすくめてみせる。
「あたしは由紀っちを探したいんだけどさ。さすがに1人だと危険だし、それに正直に言うと心細いからさ、もしよかったら一緒に行動しない?」
「一緒に?」
「そうさ。それなら1人でいるよりは確実に安全だし、お互いが探してる奴もすぐ見つけられるかもしれないし、もしかしたら……この島から脱出する方法も見つかるかもしれないでしょ?」
「――脱出?」
『脱出』という言葉を聞いた途端、慎二の顔が突然真剣そうな表情になった。

「――脱出したいのかい、薪寺?」
「そりゃあ……人殺しなんてしたくないし、何よりこんな島いつまでもいたくないって、気が狂いそうでさ」
「ふぅん……そうなんだ……」
慎二はそう言いながら一瞬ニヤリと微笑むと、くるりと後ろを向いて楓から数歩距離をとった。
少し離れていた互いの距離がさらに離れた。


「間桐?」
「なあ薪寺。魔術師とか魔法使いのことどう思う?」
「へ? あ……ああ、あの言峰って奴が言っていたことか。確かに、あたしもどんなバケモノじみた奴なのかって気になるけどさ……」
「でも、そいつらは今この島に張られている結界でその能力を制限されている……」
「そうそう。そんなことも言ってたね。で。それがどうしたの?」
「――実は僕の家……間桐の一族ってさ、魔術師の家系だったんだよ」
「へえ…そりゃあ凄い……って、な…なんだってーーー!?」
慎二の口から語られた驚愕の真実に楓は思わず叫び声を上げてしまった。

――魔術師? 間桐が? 目の前にいるこの普段と別に変わったところなんて見当たらないワカメヘアのこの間桐が!?
信じられない……だけど、こいつが嘘をついているようにも思えない……

「……まぁ、今は知識のみが存在するだけでさ。魔術は教えてもらってないんだけど。僕には魔術師に必要な魔術回路というものがないんだとさ。
……それでも、僕は間桐の……魔術師の家系の人間だ。それがどういうことか判るかい?」
「さ…さあ……?」
「はぁ…頭悪いな薪寺。つまり……これはある意味チャンスなんだよ」
「チャンス?」

――チャンス……いったいどういう意味でチャンスなのだろうか? あたしには判らない。
そんなあたしのことなどまるで眼中にないかのように間桐は自分のデイパックを開け、その中に手を入れてごそごそと中身を探り始めた。

しばらくして間桐の手がピタリと止まった。
――後姿だから表情は判らなかったが、間桐は喜んでいるように見えたのは気のせいだろうか?

「聖杯戦争っていうのは、もともとは魔術師たちが『根源』に通じる門である聖杯を求めて最強の座を賭けて行う殺し合いのことを言うらしいんだ」

間桐が振り返る。間桐の顔は笑ってはいなかった。
その顔はなぜか真剣そのもので、どことなく…………怖かった。

「勝者は聖杯の力でどのような願いもひとつだけ叶えることができる……」


デイパックから出てきた間桐の手には黒いモノが握られていた。
あれは……そう。拳銃だ。でも、どうして今ソレを取り出したのだろう?
――ああ、そうか。万一の時にもすぐに使えるようにってことか。なるほど。

「だったらいい機会じゃないか……」

間桐が持っている銃を一度ガシャリと鳴らした。
その動作はあたしも知っている。確か安全装置を外すための動作だ。
――あれ? でも何で間桐は今ソレを外したんだろう?

「僕はその聖杯の力で正真正銘の魔術師になってみせる……」

間桐の銃を持つ手がだんだん上へと上がっていく…………
!? まさか、まさか――

「そして証明してやるんだ。式守や上条や高峰や御薙の人間……そして遠坂に……」

間桐がなんか言っているが、あたしにはもうなんて言っているのか聞こえない。
それよりも……

「誰が最強の魔術師かってさぁ!!」

間桐の手が止まる。その手には銃。
そして、その銃口の先にいるのは…………

まさかまさかまさかまさかまさかまさか――!?


「ああああああああああああああああッ!!」
「なっ!?」


――気がついたら、あたしは間桐が銃の引き金を引くよりも早く、持っていた手榴弾のピンを抜いて間桐の方に投げつけていた。
その時の光景はスローモーションのように凄くゆっくりと流れているように感じた。
人は事故など己の身の危険に遭遇した瞬間、体内や脳でアドレナリンやらなにやらが分泌され一瞬が何秒、何分にも感じられるとどこかで聞いたことがあるが、確かにその通りだと思った。


――――爆発。




「爆発!?」
御薙鈴莉(55番)はスタート早々森の中から爆発音を聞いた。
早速殺し合いに乗ったものが他の参加者と接触し、戦闘が始まったようだ。
「ここから遠くはない……まさか、雄真君たちじゃ……!?」
戦っているのが自身の実の子である小日向雄真(27番)や教え子の神坂春姫(15番)でないことを祈りつつ鈴莉は爆発音がした方へと駆け出した。




「…………」
楓はゆっくりと起き上がると自身の体と目の前の光景を確認した。
――幸い自分は怪我はしていない。どこも撃たれていなかった。
「――間桐は……?」
目の前には楓が投げた手榴弾の爆発の影響で爆散した木々があちこちに倒れていた。
しかし、当の慎二の姿はどこにも見当たらなかった。

「逃げた……? いや。あの爆発で吹っ飛んでそう簡単に逃げられるものじゃあない……ということは…………」
『死んだ』と口に出そうとした瞬間、楓ははっとした。
「殺した……? あたしが……人を……」


「あ……あああ…………」
――やってしまった。人を殺したくないと思っておきながら早速人を1人殺してしまった。
それも知り合いを。そりゃあ、お互い別に親しかったわけではない。それでも知人の命を自らの手で奪ってしまったことに変わりはないのだ。

「…………あは……どうしよう由紀っち…氷室っち…遠坂ぁ……あたし…間桐を……人…殺しちゃったよぉ………あははは……」
虚ろと化した瞳で涙を流しながら楓は空を見上げる。

もうおしまいだ。自分は人殺しだ。
これではもうみんなに会わせる顔がない。いや。会うことなどできない。
自暴自棄となった楓は、ただ泣きながら笑うことしか出来なかった。



――――パン、パンッ!

「あははは…………あ……?」
2発の銃声が鳴り響いた。それと同時に楓の胸の2箇所に穴が開き、そこから軽く血が噴き出した。
それと同時に楓の笑い声も、涙も、そして意識も停止した。永久に。
――やがて楓の体はゆっくりと地面に倒れた。


「――やれやれ、危なかった。危うく木の下敷きになるところだったよ……」
倒れた木々の隙間から銃を持った慎二がゆっくりと這い出てきた。
「しかし勝手に殺さないでほしいな薪寺。僕を本当に殺したと思ったのなら、まずはちゃんと死体の有無を確認しなきゃね……」
事切れた楓の亡骸を一瞥しながら慎二は自分の制服を軽くパンパンとはたいた。

「それに、せっかく与えられたチャンスなんだ。こんなところでいきなり無駄にするわけにはいかないだろう?」
慎二はそう呟いてニヤリと笑うと近くに転がっていた楓のデイパックを手に取った。


「島から脱出するだって? はっ。馬鹿なこと言わないでくれよ。魔術師の家系にとって折角の一大イベントなんだ。潰されちゃあ困るんだよ!」
そう言って倒れている楓の亡骸の頭を軽く蹴り飛ばすと、慎二はフンと鼻息を鳴らして急いでその場を後にした。
今の爆発音を聞いて他の参加者がぞろぞろと集まってくる可能性もあるからだ。




「これは……!」
慎二が立ち去って数分後、現場に駆けつけた鈴莉が見たものは倒れている多くの木々と楓の亡骸であった。
「ああ……なんということ……」
御薙は自分の子や教え子たちと同年代の少女の亡骸を抱きかかえると悲観の声を漏らした。
「おそらく魔術や魔法なんかとはまったく縁のなかった普通の子だったのでしょうね……可愛そうに…………」
鈴莉は楓の両目を閉じさせるとそっと近くの木に楓の体をもたれ掛けさせた。

「本当はちゃんと埋葬して差し上げたいのだけれど……今はそんな余裕はないから……ごめんなさい…………」
そう言って鈴莉は両手を合わせ楓の冥福を祈るとその場を後にしようと歩き始めた。
しかし、そこにまた別の参加者が姿を現した。

「待て! 今の爆発はアンタの仕業か!?」
「!?」
鈴莉が振り返ると、そこには美綴綾子(56番)が立っていた。


「――!? ま…薪寺……!?」
――綾子はただ先ほどまでここで戦っていたのが鈴莉かどうかを確かめたかっただけだった。
だが、目の前の光景を見た途端、彼女の表情は一変した。


――胸から血を流してぐったりと木にもたれ掛かっている楓。
さらに、その近くに立っている鈴莉。
そして、あれから時間はまだ数分しか経っていない。
――それから綾子が結論した答えはひとつだった。

「貴様ぁ!!」
叫ぶと同時に綾子は自身に支給された銃を取り出して鈴莉に発砲した。
しかし、綾子が撃つよりも先に鈴莉は近くの木の裏に自身の身を滑らせていた。

「落ち着いて! この子を殺したのは私じゃないわ!」
「黙れ! この状況を見て誰がそんなことを信じるか!! 薪寺の仇だ! 死にやがれ!!」
そう叫んでもう1発発砲するも、弾はあさっての方向へと飛んでいった。

(くっ――残念だけど、この状況じゃあの子を説得することは不可能みたいね……)
鈴莉はそう結論するとすぐさまその場から離脱した。
このまま綾子を説得しようとこの場にい続けていたら、それこそ自身の身が危ないと判断したからだ。

「待てッ!」
綾子は逃げる鈴莉に向かってもう1発発砲しようとしたが、倒れている木々が障害になり結局撃つことができなかった。
「ち…畜生!!」
鈴莉に逃げられたことを確認すると綾子は近くの木に思いっきり拳を叩き込んだ。



「――くっ……薪寺。アンタの仇は絶対にあたしが討ってやる。だから……今は迷わずに逝ってくれ…………!」
楓の亡骸にそう言って軽く一見し両手を合わせると、綾子は鈴莉が逃げていった方へと駆け出した。
(――遠坂、あたしも奪う側に回るしかないのか……!?)
心の奥底で今はこの島のどこかで他の参加者と殺し合っているであろう友人にそんなことを尋ねて……



【時間:1日目・午後4時45分】
【場所:森林地帯(教会近く)】

間桐慎二
 【装備:シグ・ザウエル P228(9mmパラベラム弾11/13)】
 【所持品A:予備マガジン(9mmパラベラム弾13発入り)×3、支給品一式】
 【所持品B:手榴弾(×4)支給品一式】
 【状態:健康。マーダー】
 【思考・行動】
  1)ゲームに乗る。そして優勝する(できれば魔術師、魔法使いを優先的に殺していきたい)
  2)ゲームを破綻されるのを阻止する
  3)利用できそうな人間がいたら構わず利用する

御薙鈴莉
 【装備:なし】
 【所持品:支給品一式(ランダムアイテム不明)】
 【状態:健康】
 【思考・行動】
  1)雄真や春姫たちを探す
  2)可能ならばいずれ綾子の誤解を解きたい

美綴綾子
 【装備:H&K MK23(.45ACP弾10/12)】
 【所持品:予備マガジン(.45ACP弾12発入り)×3、支給品一式】
 【状態:健康】
 【思考・行動。鈴莉に殺意】
  1)鈴莉を追う。そして楓の仇を討つ
  2)ゲームに乗るか乗らないか悩んでいる
 【備考】
  ※鈴莉(名前は知らない)がマーダーだと思っています。さらに彼女が楓を殺したと思っています


【51 蒔寺楓  死亡 残り60人】



【武器詳細】
  • シグ・ザウエル P228
 シグ/ザウエル社が同社のP226の小型モデルとして、1989年に開発した自動拳銃。コンパクトかつ装弾数が多く、信頼性の高さからFBIや警察などの法執行機関で多数採用されている。
 ちなみに、P228に限ったことではないが『Sig Sauer』(銃および製造会社)は同じ日本語読みだと『シグザウアー(シグ/ザウアー)』とも呼ばれたりするのでたまにそれぞれが別の銃、製造会社と勘違いされる。
 アメリカ軍では秘匿携行用の護身武器を表す『M11』の名称で制式採用されており、日本のSST(海上保安庁・特殊警備隊)にもサイドアームとして制式採用されている。

  • H&K MK23
 「ソーコム・ピストル」の愛称で有名な、特殊部隊向け大型自動拳銃。
 US SOCOM(米国軍特殊部隊司令部)の『装弾数が豊富でジャムが起きにくく、寒冷地や砂漠地でも正常に動き、海水に数時間浸した直後でも正常に稼動する45口径自動拳銃』という無茶苦茶な要求から生まれた。
 製作したのはドイツのH&K社。開発中だったUSPをベースに様々な改良を加えて要求に応え作成。95年にMARK23の名で制式採用された。
 が、採用から10年以上経過した現在、早くもこれの後継となる拳銃のトライアルが行われている。




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GameStart 御薙鈴莉 EXTRAVAGANZA ~蟲愛でる少女~
始まりの日 間桐慎二 尊人オルタナティブ
開戦直前 美綴綾子 光を求めて
GameStart 蒔寺楓 GameOver







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最終更新:2010年06月27日 15:51