俺たちは本当に非情か?
(――嫌だ。死ぬなんて、殺すなんて、恐ろしい。まっぴらだ。まだまだ、やりたいことがいっぱいあるのに!)
小渕みなみ(7番)は走っていた。
仲間を――普段からつるんでいた加藤乙女たちを探すためだ。
恐怖で何度も気がふれそうになった。
しかし、そのたびに乙女たちがきっとなんとかしてくれると自身に暗示をかけることでここまで耐え抜いてきた。
(――そうだ。乙女たちと合流できれば、きっとこんなクソゲームを抜け出す方法だって見つかる! 現に今までだって4人でそうやってきたじゃない……!)
所詮自分も1人では何も出来ない愚かな存在なんだな、と心の奥底で改めて痛感しながらみなみは走り続けた。
自身に支給された変わったデザインのバタフライナイフを握り締めながら。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――まずは銃だな」
森を歩きながら小日向雄真が最初に考えたことがそれだった。
自身に支給された日本刀、皆琉神威は参加者に支給された武器の中では確かに強い部類に入るだろう。
しかし、相手に近づかなければ攻撃ができない――つまり射程が短いという欠点がある。
そのため、これから先銃器を持ったものを相手にしていくためにはどうしても同じような銃器が必要だった。
(――といっても、そう簡単に手に入らないだろうしなあ……)
こうなったら、殺し合いに乗っておらず、なおかつ銃を持っている参加者と出会い次第だまし討ちして片っ端から奪っていくか、などと考えていると、ふと誰かの足音が聞こえてきた。
「? 誰だいったい?」
とりあえず雄真は近くの茂みに身を隠すことにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――小渕みなみは未だ走り続けていた。
仲間たちを探すために。
「乙女、夏美、来実……いったいどこにいるのよ……1人は嫌だよ……」
そんなことを呟きながらしばらく走っていると、先の道筋に何かが転がっていることに気がついた。
「な…何……?」
恐る恐るそれに近づいてよく見てみる。
それは結構大きいものだった。下手したら自分以上の大きさかもしれなかった。
――それは榊千鶴(30番)の亡骸だった。
(――なあんだ……ただの女の子か。そう、ただのメガネで三つ編みをした女の子だ。ピクリとも動かないし、息もしてない。
あ。しかも身体中が真っ赤だ。――ああ、そうか。きっと誰かに殺されたんだね、うん。こんな島だもん。当然といえば当然よね―――ってふぇっ!?)
ちょ……ちょっと待って? ってことは、この子は……いや、コレは………
「しししししししたしたしたしたいしたいしたい死体死体死体-――ー!?」
身体中がガクガクと震えだす。震えが止まらない。
「こここここの子……しししし死んでる、死んでるしんでるしんでるしんで…………
――いやああああああああああああああああ!!」
悲鳴をあげ、みなみはまた走り出した。
ただ遠くへ――目の前の現実から逃れるために――――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――なんだったんだあいつ?」
目の前を走り去っていった少女――小渕みなみの背中を不思議そうに眺めながら、小日向雄真は茂みの中から姿を現した。
「見たところ殺し合いに乗っているようには見えなかったけど……まあ、ほっとくか。別に俺には関係ないし、ああいう奴はこの先そう長くは生き残れないだろうし……」
雄真はみなみが走ってきた方へと目を向ける。
「――むこうに何かあるのかな?」
そう呟くと雄真はその方向へと歩き始めた。
「――ああ、なるほど。そういうわけか……」
少し歩いたところで雄真は榊千鶴の亡骸を発見した。
死んでからまだ1時間もたっていないのだろう。それからはまだ死臭もしなかった。
――別に恐怖は感じなかった。
ただ、人間も簡単にこうなるんだな、ということを改めて思い知った。
雄真は千鶴の亡骸を一瞥すると今度は周辺を見渡した。
すると、思ったとおり、近くに千鶴のものと思われるデイパックが落ちていた。
「食料と水だけでもあったら貰っとくかな……」
そう言ってデイパックを開帳する。
「ん?」
すると、意外なものがその中から出てきた。
それは雄真が先ほどから欲しいと思っていたもの――銃だった。
しかも予備マガジン付きだ。
(なんだ? 殺した奴は奪っていかなかったのか? 随分と変わった奴だな……)
そう思いながら雄真はその銃――グロック19とマガジンをポケットに仕舞い込み、さらには水と食料を自分のデイパックに移し換えると、もう一度千鶴の亡骸を一瞥した。
「墓荒しみたいな真似して悪かったな。でも、こっちも死ぬわけにはいかないんだ。だから、こいつは遠慮なく使わせてもらう。
――それと、全て片付いたら俺が絶対にみんな生き返らせてやるから、それまでゆっくり休んでろ……」
そう吐き捨て、再び森の奥へと雄真が歩いて行こうとしたその刹那、近くから1発の銃声が聞こえた。
思わず雄真は足を止め、銃声が聞こえた方へチラリと顔を向ける。方角からして、先ほどの少女が走っていった方だろうか?
(……俺には関係ないことだ。気にするな…………)
そう自分に言い聞かせ、この場を去ろうとした雄真であったが、彼の足は自然と銃声がした方へと進んでいた。
(――はは…俺、まだ非情に成り切れていないみたいだな…………)
自分の行動に呆れ、苦笑いしながら雄真は自分が歩いて来た道を戻っていった。それも駆け足で……
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
森の中をただ黙々と進んでいく1人の影。
その手には支給された一丁の銃が握られていた。
――遠坂凛(46番)。聖杯戦争に自らエントリーした者の1人で、魔術の名門、遠坂家の魔術師である。
(やれやれ、綺礼もろくなことをしないわね……)
今回の聖杯戦争の主催者であり管理者である自身の兄弟子に対し心の中で1人ごちる。
彼女が幼い頃から魔術師の師である父から聞かされていた聖杯戦争というものは、7人の『マスター』と呼ばれる魔術師が『サーヴァント』と呼ばれる使い魔を使役して行う――というものだ。
それなのに、今回自身が参加したものはそれとはまったく違ったものであった。
ルールが変わったなら事前に教えてくれ、と思いたくなるのも当然といえば当然である。
(しかも、参加者のほとんどが魔術師じゃない一般人みたいだし……本当に何を考えているのかしら?)
そんなことをしばらく考えていた凛であったが、しばらくして考えるのを止めた。
「――まあ、ルールや参加者がどうであれ、これが聖杯戦争であることに変わりはないんだし……過ぎたことをいちいち気にしてても仕方ないか……ん?」
――ふと耳をすませると、足音が聞こえることに気がついた。
足音はだんだん大きく、はっきりと聞こえてくる。つまり、誰かがこちらに向かって走ってくるということだ。
「……はあ、なんて迂闊な……」
このような状況で足音をたてて走るなど、敵に居場所を教えているようなものだというのに気が付かないのだろうか、と思いながら凛は近くの茂みに一度身を隠した。
茂みに身を隠すと、凛は自身の手に握られている見ているだけで重量がありそうだと判るソレにちらりと目をやる。
――デザートイーグル。
普段は銃なんて馴染みのない凛だが、ご自慢の魔術が制限されてしまっている以上、今はこれで戦うしか道はない。
それに、その銃に使われている.50口径という弾丸は1発でも相手に命中すれば間違いなく致命傷だ。
――走ってきたのは、凛と同年代の少女だった。向こうは凛にはまったく気が付いていないようだ。
ゆっくりと凛はデザートイーグルを少女に向け構えた。
「――悪く思わないでね…………」
1発の銃声が森に響き渡った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――小渕みなみは走り続ける。
終わりなき現実からの逃走劇を1人黙々と続けていた。
どこへ行くのか、どこまで走るのかなど彼女自身も判らなかった。
ただ逃げて逃げて、逃げ続けるだけしか出来なかった。
「夢だ……これは悪い夢だ……そうだよ。きっと目が覚めたらいつもの朝みたいにベッドの上で……それで……」
――それから先が彼女の口から語られることはなかった。
なぜなら次の瞬間、彼女の耳にダァンという聞きなれない音が聞こえ、彼女の声も思考も突然途切れたからだ。
その時、みなみの視界に映ったもの。
それは自分の方に銃口を向ける1人の見知らぬ少女の姿だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「…………」
「――貴様、何故撃たなかった?」
凛の隠れていた茂みの向かい側――そこに生い茂る草木の陰から1人の女性が姿を現した。
長い髪に見知らぬ軍服を着こみ、手には機関拳銃、USSR スチェッキン。
――――35番、神宮寺まりも。
彼女の持つスチェッキンの銃口からは、うっすらと硝煙が立ち上っていた。
――そう。今みなみを撃ったのは凛ではなく、彼女であった。
「――安全装置を外し忘れたのよ」
「嘘をつくな。――さしずめ、自分では人を殺める覚悟を決めたはいいが、未だ心の奥底では非情に成り切れていない、といったところか?」
「…………」
「貴様も判っているのだろう? 生き残るためには殺すしかないと、そして……自らの目標を――願いを叶える為には最後まで生き残るしかないと…………」
「――悪いけど、私には目標や願いなんてないわ。死ぬつもりは微塵もないけどね」
「なんだと!?」
今、凛が言ったことに嘘、偽りはひとつもない。間違いなく彼女の本心である。
特に聖杯で叶えたい願いなど存在しない。ただ『魔術師の名門である遠坂家の人間である以上、聖杯戦争に勝ち残るのは必然である』というそれだけの一念で彼女はここにいるのだ。
――――しかし、彼女は魔術師ではない一般人を手にかけるほど彼女は非情ではなかった。先ほど、みなみを撃たなかったのもそういうことである。
彼女自身はそのことに気づいているかは判らないが…………
「――まさか……この戦場において殺すことを否定するというのか?」
「別にそこまでは思っていないわ。でも、それは貴女だって同じでしょう?」
「何?」
「銃を持っているのに、何故すぐに私を撃たないのかしら?」
「それは…………」
まりもは答えることは出来なかった。結局、彼女も非情に成り切れてはいないのだ。
「――――だが……」
まりもは下ろしていたスチェッキンを再びゆっくりと上げる。
その銃口の先には間違いなく凛の姿があった。
「私と貴様には唯一違うものがある。それは、私には叶えたい……いや。叶えなければならない望みがあるということだ。
そのためには……これ以上躊躇するつもりは…………ない!」
そう叫ぶとまりもはぐっとスチェッキンのトリガーを引――くことは出来なかった。
「――いや。あんたもそれほど変わらないよ。そこにいる奴とさ…………」
「!?」
ふいに凛でもまりもでもない第三者の声がしたからだ。
2人が声のした方へ目を向けると同時に――――
ダァン、ダァン!!
2発の銃声が一帯に轟いた――――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「…………」
近くの茂みから姿を現した小日向雄真は、ゆっくりとグロックを下ろした。
はじめて撃った銃の感触は、思っていた通り良いものではなかった。
――が、銃という武器自体は悪くはないな、と思った。
「う、あ…………」
――1人の少女が呻き声を上げ、ゆっくりと地面に崩れ落ちていく。
銃弾を受けたのは…………まりもではない。しかし、凛でもなかった。
「!? こいつ……」
まりもはその少女の姿を見て驚愕した。
なぜなら、それは先ほど自身が射殺したと思っていた小渕みなみその人だったからだ。
そして、みなみのその手にはきらりと輝くナイフ。
「馬鹿な…………まだ生きていたというのか?」
「――結局、お互い詰めが甘かったってことね…………」
そう呟いて凛は自嘲するようにフッと笑った。
「……おい」
「なんだ?」
「なに?」
突然、雄真が2人に対して口を開く。
「――俺たちはこの島で、最後まで自身の意思を貫けると思うか?」
「…………」
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
まりも、凛、そして雄真の3人は銃を向けることなく、ただじっとそれぞれの顔を見合わせるだけであった。
なぜなら、言わなくてもその問いの答えは3人とも同じだからだ。
――貫けるわけがない。
たとえ人を殺す覚悟があろうとなかろうと、非情になろうとなるまいと、目的があろうとなかろうと、狂気のみが支配するこの島では1人の人間の意志という弱い力など簡単にねじ伏せられてしまう。
それでも――――
「――それでも私は、自らの目的を成す為には躊躇はしない……!」
「そう。私もよ……」
「俺もだ……」
「――俺たちの生き残りたい理由、叶えたい願いは決して同じものじゃない。かといって、俺たちが今ここで殺し合うという必要もない。
俺たちがこれから先、意思を変えようが、どう行動しようが、それは俺たちの知ったことじゃない…………」
「少年、何が言いたい?」
「結局、私たち……いや、この島にいる参加者が心の奥底で思っていることはみんな同じってことでしょ?
殺さなきゃ殺されるってことは判っている。でも、その目的をふとしたきっかけですぐに見失ってしまいそうになる……」
「…………」
「…………」
「…………」
またしても沈黙。
「――悪いが、私は行くぞ。長居は無用だからな」
「あら? 私を殺していかないの?」
「私が貴様を撃った瞬間、私はそこにいる少年に撃たれるのがオチだ」
「よく判っているな……」
「――――お前たち、一応名を聞いておこう。
私は国連太平洋方面第11軍・横浜基地衛士訓練学校・第207衛士訓練部隊教導官、神宮寺まりもだ。階級は軍曹」
「そりゃまた随分長い自己紹介だな……。俺は小日向雄真。ただの平凡な――普通の学生だ」
「遠坂凛よ」
雄真と凛から名を聞くと、まりもは黙ってその場を後にした。まるで『ここでは何事もなかった』という具合に。
「――んじゃ、俺も行くとするか……」
「あの子の武器、貰っていかないの?」
凛はチラリとみなみの死体を見やる。
「――そいつはもともとお前が殺すべき対象だったんだ。それならお前が持って行けよ」
「そう。なら遠慮なく貰っていくわ……」
雄真はグロッグの残弾を確認すると、それをズボンに差し、まりもが去って行った方とは反対の方向へ歩き出した。
そして凛も、みなみのナイフとデイパックを手に取り歩き出した。2人とは違う方向へ。
非情に成り切れない殺戮者たちは、それぞれの行く末も判らぬまま再び標的を求めて歩き始めた。
【時間:1日目・午後16時40分】
【場所:森の中】
小日向雄真
【装備:グロック19(9mmパラベラム弾15/17)、皆琉神威】
【所持品:予備マガジン(9mmパラベラム弾17発入り)×3、支給品一式(水、食料のみ2人分)】
【状態:健康。マーダー】
【思考】
1)優勝して聖杯で全参加者を生き返らせる(しかし、やや迷いあり?)
遠坂凛
【装備:デザートイーグル(.50AE弾7/7)、バタフライナイフ】
【所持品A:予備マガジン(.50AE弾7発入り)×3、支給品一式】
【所持品B:支給品一式】
【状態:健康。マーダー】
【思考】
1)とりあえず他の参加者を全員倒して優勝する(しかし、やや迷いあり?)
神宮寺まりも
【装備:USSR スチェッキン(9mmマカロフ弾17/20)】
【所持品:予備マガジン(9mmマカロフ弾20発入り)×3、支給品一式】
【状態:健康。マーダー】
【思考】
1)優勝して聖杯にBETAを倒してもらう(しかし、やや迷いあり?)
【小渕みなみ 死亡 残り55人】
【武器詳細】
1988年に登場した、グロック17のコンパクトモデル。
グロック17を全体的にコンパクトに収め、ユーザーからの要望を基に細かい修正が加わったグロック第2世代の銃。
ニューヨーク市警(NYPD)に警官用として4万挺が導入された他、ドイツのGSG9にも採用され、国連では保安要員用の拳銃として使用されている。
アメリカのマグナムリサーチ社が開発し、イスラエルのIMI社が生産している世界有数の大口径自動拳銃。
1985年にリボルバー用の.357Magnum弾が発射できる自動拳銃として発表されたが、動作不良が多く評判はさっぱりだった。
しかし、改良が加えられ.44Magnumモデルが登場した辺りで人気が出始め、91年には大口径の.50AE弾モデルが発表され、マグナムピストルとして確固たる位置を築いた。
本来は熊などの狩猟用を目的とした銃だけに射撃時の反動は凄まじく、女子供が撃つと肩の骨が外れるほどの威力と巷で噂されているが、これはフィクションなどの影響によるデマである。
射撃時の反動は確かに大きいが、同じ弾薬を使用するリボルバーに比べれば扱いやすい。現実には射撃姿勢や扱い方に注意を払えば、一般的な体格の人間なら撃つことはたやすい。
通称「ハンドキャノン」。
前線下士官や特殊部隊向けにソビエト軍が1951年に制式採用した機関拳銃。
毎分750発の連続発射が可能ながら、レートリデューサーのお陰で連射時のコントロールが難しくない。
とは云え、さすがに片手保持での連射は容易ではないらしくホルスター兼用のストックが付属している。
70年代に入ってからは第一線部隊から引き上げられ、現在はロシア警察や内務省の治安維持部隊が使用している。
刃を納める方法、可動部のシンプルな構造による強度等により、ツールとして安全で優れた機能を持っているナイフ。
主催者がウケでも狙ったのか、アニメ『真月譚 月姫』に登場した『七夜のナイフ』を模したデザインをしている。
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最終更新:2010年06月27日 15:17