トリーズナー武
白銀武(39番)は森の中をがむしゃらに突っ走っていた。
「待ってろ純夏、今行くからな!」
武は純夏がスタートする際に「教会から出たら、そこから真ーっすぐ進んで、少し離れた所に隠れて待っていろ」と彼女に言っておいた。
見知らぬ地のため明確な合流地点は決められなかったが、そのほうがすぐに合流できるだろうし、なによりも安全だ。
こういう場合、あちこち動き回っているほうがかえって危険なのである。
――周りに注意の目を向けずただ前ばかり見て走っている彼の身も充分危険だが……
「そうだ。走りながらになっちまうが、俺が貰った物を確認しておかなきゃな」
武はそう言うと右手でデイパックのファスナーを少しだけ開け、そこに右手を突っ込んでごそごそと中を漁った。
しばらく漁っていると、なにやら片手でも余裕で掴めるサイズの堅い塊に手が触れた。
「ん? なんだこれ?」
武は直ぐ様それを掴んでデイパックから取り出した。
「…………おいおい。これってもしかして手榴弾ってやつか?」
デイパックから出た右手に掴まれていたもの……それは安全ピンが付いたスプレー缶のような代物――スタングレネードだった。
音と閃光により対象から戦闘力を一気に奪いとる非殺傷兵器――なのだが、本物など見たことがない武にとっては『ピンが付いた缶』=全て『ドカンと爆発する手榴弾』である。(別に間違ってはいないが)
「こ…こりゃあ取り扱いには充分気を付けなきゃいけねえな……」
それに殺傷力は皆無であることなど知らず武は恐る恐るそれをデイパックに戻した。
ちなみに武が支給品の説明書を取り出してその真相に気付くのは少し先の話である。
「そろそろタケルちゃんも来る頃かなあ?」
鑑純夏(09番)は座っていた木の根元から一度立ち上がると周りの様子を確認してみた。
このあたりは草木が少し密集しているため隠れるにはもってこいのエリアだが、その反面、隠れている方も周辺の様子を目視しづらいというデメリットがあった。
「う~ん。やっぱりよく見えないよ~」
純夏は生い茂る草木のあちこちの隙間から顔を出したり、遠くへ目を向けてみたが武や他の参加者の姿は全然確認できなかった。
「ま…まさか……タケルちゃん私に気付かずにとっくに通り過ぎて行っちゃったとか……!? うわーん! だとしたらひどいよう!!」
周囲に純夏のそんな声が響き渡る。
だがそんな純夏の声は誰の耳にも聞こえることはなかった――――はずだった。
――純夏の背後から、がさりと草木が掻き分けれる音が聞こえたような気がした。
「!? タケルちゃん!?」
やっと武が来てくれたと思い、純夏は即座に振り向いて音がした方へと近づいて行った。
しかし、次の瞬間姿を現したのは武ではなかった。
「えっ?」
黒い鉄の塊を右手に持った純夏よりひとつ、ふたつほど年下に見える少女が泣きながら凄い形相で純夏を睨み付けていた。
純夏はすぐに彼女が持っているものが銃であることに気が付いた。
「うわああああ! お願い、死んで! 死んでしまえぇ!!」
少女は純夏の姿を確認するとそう叫びながら銃口を純夏に向けた。
「ひっ!?」
純夏は直ぐ様その場から逃げだそうとした。
しかし次の瞬間、足元に生えていた草に足を取られて転んでしまった。
「あっ!?」
転んでもすぐに四つん這いになり、そのまま少しでも遠くへ逃げようとする。
純夏のそんな様子を見た少女はどこか安心感を感じていた。
「あは…あははははは……怯えてる。そんなに怖い? ぶるぶる捨てられた子犬みたいに震えながら逃げ出したくなるほど怖いんだ」
「嫌っ! 嫌ぁっ!! 来ないでえ!!」
けたけたと不気味に笑いながら少女は一歩、また一歩と純夏に近づいていく。
純夏も慌てて四つん這いで逃げていくが、徒歩と四つん這い歩きだ。どちらが速いかなど一目瞭然である。
「あははははは……! 七海が目の前でばらばらになっちゃって、世界たちはみんな伊藤にべったりで、澤永なんて話にならない……!
みんなきっと私が邪魔で鬱陶しくてしょうがないの。そういう目で私を見るの。
だからきっとみんな私を最初に殺しに来るに決まってる! だから殺すの!
殺される前に皆、みぃんなわたしが殺して、殺して、ころしてやるの!
そう。みんな殺す殺すころすころすコロスコロス……殺すのおおおおおお!!」
(お…おかしいよぉ……)
純夏はだんだん近づいてくる少女にさらに怯えながらその場を一歩一歩四つん這いで逃げていく。立ち上がりたくても身体に力が入らないのだ。
(殺される! 殺される! 私はここでコロサレル!
そんなの嫌だ……嫌だよ!
死ぬのは怖いよ。このままタケルちゃんたちに出会えずに1人寂しく死んじゃうなんてイヤだよ!
タケルちゃん。怖いよ。助けてよ。タケルちゃん……タケルちゃん……タケルちゃん……)
「タケルちゃーーーーーーん!!」
「純夏ああああああああああああああああ!!」
純夏の耳に誰かの叫び声が聞こえた。
その声が聞こえるのと同時に、純夏の視界に1人の少年が飛び込んできた。
――そう。それは紛れもなく純夏が待ち望んでいた白銀武その人であった。
――もし、本当に神様という者がこの世に存在するのならば、それはこのような瞬間(とき)を生み出すために存在するのであろうか?
「!?」
突然の武の出現に少女は一瞬驚愕した。
しかし、直ぐ様銃口の先を純夏から武に向け直し、そして引き金を引いた。
それと同時に、武が少女に向けて持っていたスタングレネードのピンを抜き取り、投げ付けた。
――辺りは一瞬にして激しい閃光と音に包まれた。
「――か! ――みか! すみか!! しっかりしろ!! 純夏!!」
――誰かの声がする。
耳にするととても安心する声。
ああ――そうだ。この声は………
「タケル……ちゃん……?」
「純夏!」
ゆっくりと目を覚ました純夏を武が慌てて抱き抱える。
「大丈夫か!? 俺が誰だか判るか!? どこも怪我はしていないか!?」
「…………ふふっ。なに慌ててるのさータケルちゃんは? 私はぜんぜん大丈夫だよ~」
そう言って純夏は武の手を借りてゆっくりと立ち上がった。
「ね?」
立ち上がった純夏はくるりと武の方を向いてにこりと微笑んだ。
「あ…ああ……」
それを見た武も安心してほっと肩を撫で下ろした。
「……ねえタケルちゃん……」
「ん? なんだ?」
「バカーーーーーーっ!!」
「ぐほおおおっ!?」
いきなり純夏の必殺技、どりるみるきぃぱんちが武に炸裂した。
わけも判らず殴られた武は松井秀喜や王貞治もびっくりするほど綺麗なアーチを描き、そのまま数メートル後方まで吹っ飛んだ。
「い…いきなりなにす……」
「なにするだーっ!」ではなく「なにするんだ!」と言おうとした武だったが、純夏の顔を見た瞬間、彼は口を閉ざした。
――純夏は泣いていた。
「純…夏……?」
「うっ……ううっ……来るのが……遅すぎるよおっ……」
「…………」
「うくっ……ひくっ……す…すごく……こわかったんだぞおっ……!」
そう言うと純夏はがばっと武に抱きつき、そしてまた泣いた。
「…………ごめんな……」
武はそう呟くと純夏の頭をやさしく撫でた。何度も撫でた。
「タケルちゃん……あの女の子は……」
「大丈夫だ。殺しちゃいねーよ。おまえといっしょで気絶しただけだ」
森の中を歩きながら武と純夏は先程純夏を襲った少女――黒田光(22番)のことを思い出していた。
「あいつは……たぶん怖かったんだと思う……」
「うん……」
「目の前で友達を殺されて……その恐怖に耐えられなかったんだろうな…………」
「うん……」
武は無言で自分の制服のズボンの腰のところにねじ込んでいた銃を手に取った。
ワルサー P38――先程まで光が持っていたものだ。
光が目を覚ました後、また誰かを襲わないようにと武があの後に予備のマガジンと説明書ごと取り上げたのだ。
――あの時、光は確かに銃の引き金を引いた――しかし、弾は出なかった。
安全装置が外されていなかったからだ。
光が錯乱していたこと、そして彼女に銃の知識がなかったからこそ起きた結果だ。それは、武にとってまさに『幸運』と呼べた。
もし、あの時安全装置が外されていたら……武はすでにこの世にはいなかったかもしれない。
――武は考える。
純夏のことを。冥夜のことを。
慧、千鶴、壬姫、尊人のことを。
そして先程純夏を襲った光や島にいるほかの参加者たち、あと……あの言峰のことを。
――この島に連れてこられた人々にはなんの罪もないはずだ。
それなのにあの言峰という男は突然そんな自分たちをどのような方法を使ったのかは判らぬが拉致し、いきなり「殺し合え」と宣言した。
――そして、そんな言峰に反発した光の友達は見せしめのために言峰に殺された……
なんの躊躇いもなく。なんの躊躇もなく……
(――絶対に許さねえ……!)
武の中で主催者――言峰に対する怒りがさらに溢れてきた。
(言峰綺礼……てめえはこの俺がいつか必ず直々にぶちのめす!
そして……俺を殺さなかったことを後悔させてやるぜ……!)
それは紛れもなく武の主催に対する反逆――宣戦布告だった。
武はちらりと純夏の横顔を見た。
たとえ今自分たちがいる場所が地獄であろうとも、そこにいるのは普段と変わらない……いつもの鑑純夏だった。
武のかけがえのない大切な日常の象徴――それが今でも武の傍にいる。
武はそれが嬉しかった。
そして、その存在こそ自身が守らなくてはならないものだとも……
「純夏……」
「ん? なあに、タケルちゃん?」
「――おまえは絶対に俺が守ってやる。だから……絶対にみんなで生きて帰ろうな……!」
武はそう言うと純夏にやさしく微笑んだ。
そして純夏も――
「――うん!」
武に負けないくらいやさしく微笑み返した。
(――絶対に……守り抜いてみせるぜ……!)
そう決意しながら武は森の木々の隙間から見えるもう直日が沈みそうな空を眺めた。
【時間:1日目・午後4時】
【場所:森林地帯】
白銀武
【装備:ワルサー P38(9mmパラベラム弾8/8)】
【所持品:ワルサーの予備マガジン(9mmパラベラム弾8発入り)×3、スタングレネード(×4)、ほか支給品一式、携帯電話(改造品)】
【状態:健康】
【思考・行動】
1)純夏以外の友人、知人を探す
2)純夏を守り抜く
3)みんなで無事にもとの生活に帰る
4)言峰を直々にぶちのめす
鑑純夏
【装備:なし】
【所持品:萌えTシャツ、ほか支給品一式、携帯電話】
【状態:健康】
【思考・行動】
1)タケルちゃんとみんなを探す
2)置いてきた光が心配(複雑だが)
【時間:1日目・午後3時15分】
【場所:森林地帯】
黒田光
【装備:なし】
【所持品:ランダムアイテムとその説明書以外の支給品】
【状態:気絶中】
【思考・行動】
1)気絶中(目を覚ました後の精神状態・行動は後続の書き手さんにおまかせします)
【備考】
※他のゲームに乗った参加者に見つからないように安全な場所に寝かせています
【武器詳細】
第二次大戦期にドイツで開発された安価且つ信頼性の高い名銃。
日本ではルパンⅢ世が愛用する銃として有名。
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最終更新:2010年06月27日 15:56