EXTRAVAGANZA ~蟲愛でる少女~
【一日目・18:15】
夕闇迫る中央森林の南端。
白いバンダナの少女・№59:森来実が眉根をしかめる。
生い茂る笹薮の向こうで横たわる女性を見つめて。
(―――なに、この変態?)
目線の先で行われているその行為自体を、彼女に咎める気は無い。
来実とて一人寝の淋しい夜に耐え切れずそれを行うことは、ままある。
しかし野外で。
しかも全裸で。
さらには殺し合いのゲームの只中で。
それはないだろうと、来実は思うのだ。
オナニー。
あるいはそれはワナなのかもしれないと、来実は思う。
あからさまに過ぎる。
あの変態女を囮に、近づく人間を狙撃するもう一人が潜伏しているかも知れぬ。
故に来実は、周囲を注意深く警戒した。
それは、殺す者の思考だ。
人を害する意思がある故、人に害される可能性を前提に物事を組み立ててしまう。
そんな来実の思索をよそに、益々女は盛り上がる。
「そんなに蠢いちゃダメェ……」
「あん、がっつかなくてもちゃんと満足するまで付き合ってあげるから」
風に乗って届いた痴女の濡れそぼった嬌声が来実の耳朶をくすぐった。
夕陽を受け紅に染まる肢体が、両の指先が伸びている陰部を中心に跳ね、踊っている。
10mほどの距離を置いている来実の鼻腔にその淫臭が微かに届いている。
それで、来実は確信した。
本気だ。
この女はガチで手淫にのめり込んでいる。
(なんだ、結局単なるキチじゃない。警戒して損した気分)
精神的に弱い者は、死の恐怖からの逃避でこうなってしまうこともあるのだろう。
来実はそう結論付けた。
一歩、二歩。
来実はターゲットに歩み寄る。
№61:柳洞一成を仕留めそこなったのは距離が原因であったと、彼女は反省していた。
反省は活かす。
今後こそ、撃ち殺す。
脱日常だ。
スクリーンの向こう側にしかなかったスリルとサスペンス溢れる世界への扉が、
今まさに目の前で開かれようとしている。
仄暗い興奮に来実の口の端が醜く歪む。
(……?)
十歩ほど近づいた時点で、来実はある異様に気が付いた。
ぎちゅぎちゅぎちゅぎちゅ。
ざわついた音が聞こえてくるのだ。
もう数歩進んだところで、異様の正体を看破した。
―――蟲、だ。
その痴女の陰部に、わさわさと、わらわらと、うねうねと、うじゃうじゃと、
見るも悍ましい小虫の群れが蠢いていた。
非日常。
非現実。
来実はそれを欲しているが、この種の虚構は想像の範疇外だ。
生理的嫌悪感を抑えきれず思わず短い悲鳴を漏らす。
「ひ……」
奇怪な蟲たちに陰部を蹂躙され悦びの声を上げていた女性が、
来実のその悲鳴に気付き、緩慢に上半身を起こした。
瞳は潤んでいる。
頬は上気している。
情欲の炎が掻き消えた様子は見られない。
しかし、発した声はそうした媚態とは裏腹に冷静だった。
「覗きは感心しないわね」
女は続ける。
ちょっと買い物に行って来るから、程度の気安さで。
「もう暫くこれ、続けなくちゃいけないのよ。
もしあなたが私との交流を望むなら、どっかその辺で時間潰してきてくれない?
相手が同姓でもこんな姿を見られるのはちょっと恥ずかしいから」
蟲に陰部を蹂躙されながらも平然と他者と会話する異様。
この女、いったいなんという精神の持ち主か。
来実はこの女のその平静さをも又、狂気に拠るものと捉えた。
過酷な現実を無いものとして扱いたい心の働きが認識を侵食しているのだと。
さもあらん。
来実の育った世界に魔術も怪異も存在しない。
淫蟲の群れに嬲られて尚、正気を保っていられる人間がいようとは想像力が及ばない。
「死ね、変態」
故に。
女の提案に対する来実の返答は、銃口だった。
「……ゲームに乗ってるんだ。ふーん」
失望の溜息を漏らしたこの蟲に蹂躙される女こそ、№57:御薙鈴莉。
世界有数の魔術師にて、魔道の探求者。
妖しげな研究や悍ましげな実験は日常茶飯事といえる。
故にこの淫蟲に対する嫌悪感や忌避感は薄く、
相応の理由があれば、自らを実験台にすることもやぶさかでない。
彼女は完全に正気だった。
それを、来実は読み違えていた。
「じゃ、いいよね―――」
自らに向けられた筒先をものともせず、鈴莉の口許に酷薄な笑みが浮かぶ。
「―――あなたを餌にしても」
来実は1分前まで、鈴莉への接近を躊躇っていた。
罠が仕掛けられている可能性を考慮して。
彼女は、その警戒心を解くべきではなかった。
正気の人間が殺し合いゲームの中で、無防備な裸を晒すはずがないのだ。
「あきぃいいい!!」
銃声は轟かなかった。
代わりに、空しく響き渡るのは来実の絶叫。
首筋を押さえて悶絶している。
銃はその掌から零れ落ちていた。
「この子たちね。私の支給品で【マキリの蟲】っていうんだって。
蟲使いの魔術師の一族が、何世代にもわたって育て上げたそうよ」
来実の痛みは、気付かぬうちに彼女の襟首に迫っていたマキリの蟲が噛み付いた為。
罠は、確かにあったのだ。
その樹上に、あの葉先に、この地面に。
鈴莉の周囲にぐるりと配置された小さな蟲たちが、鈴莉に害を為す者に
いつでも襲い掛かることができるよう、準備されたいたのだ。
「体の欠損を補ってくれたり、苦痛を与えたり和らげたりもできる
便利な子たちらしいんだけど、とっても食欲旺盛なんだって」
のたうつ来実に一糸纏うこと無きまま歩み寄る鈴莉の女性自身から、
蟲が、蟲が、蟲たちが、蟷螂の子が卵から孵るかのごとく、泡だって零れ落ちる。
来実の指先が蟲を首筋より引き剥がし摘み潰す。
その蟲は来実の指の腹で胴体を潰されながらも身悶えていた。
ぎちぎち、と。
その蟲は死を迎えながらも尚、来実の首筋から噛み千切った皮膚を、肉を、咀嚼していた。
「その餌っていうのが人間の肉、あるいは体液なんだって。
肉とか血とかあげるわけにいかないでしょ?
だから仕方なく別の体液をあげてたんだけど……」
来実は思った。
この女は魔女だ。この蟲は使い魔だ。この土地は魔界だ。
私は背徳のサバトに土足で踏み入ってしまったのだ!
「その役目はこれから貴女に任せるわ」
来実の体が発条の如く跳ね上がる。
跳ねて、駆けようとした。
迷い無く一直線に、森の中へ。
鈴莉に無防備な背中を晒して、銃すら拾おうとせず。
「あらあら? ちゃんと説明してあげたのにまだわからないの?
大丈夫、殺そうなんて思ってないから。
というか、生き続けてもらわないとこまるからね、この子たちの為に」
否、説明されたからこそ来実は恐慌したのだ。
理解したからこそ銃すら放置して一目散に逃げようとしたのだ。
その役目―――言うまでも無い。
あの蟲達の思うまま、その飢えの満ちるまで自らの愛液を啜らせるという、
到底正気では為しえない、ヒトの尊厳を冒涜するかの如き役目。
少し想像しただけで気が遠くなる。
魔道を知らず生ぬるい青春を送っている子女に、それに耐えられる道理が無い。
「いやああああああ!!」
だが、手遅れだった。
現実は容易に想像に追いついた。
既に集っている、足元に。
既に上っている、足元から。
ぎちぎちいう蟲、ぬめぬめする蟲。蟲、蟲、蟲、蟲。
その群れが来実の足を暗紫色に染める。
膝をついた。
尿を漏らした。
下着の隙間から膣内へ蟲が無遠慮に侵入してくる不快感に耐え切れずに。
「そうそう。その子たちの大好物って子宮なんだって。
齧られると死んだほうが楽ってくらい痛い思い、するらしいのよ。
だから、逆らったら―――わかるよね?」
鈴莉がいい笑顔で歌うように脅迫する。
来実の狭い子宮口を心太の如く潜り抜け、蟲は人の子を宿すべきはずの空間に居座った。
森来実の願い【脱・日常】は、ここに叶えられた。
【一日目・18:15】
【場所:中央森林・南部の端】
【名前:御薙鈴莉(№57)】
【装備:マキリの蟲(支給品)、マカロフPMM-12 07/12(←森来実)】
【所持:マカロフ予備弾 12/12×3(←森来実)、支給品一式】
【状態:健康】
【思考:専守防衛】
1)雄真や春姫たちを探す
2)可能ならばいずれ綾子の誤解を解きたい
3)返り討ちは必要悪
【名前:森来実(№59)】
【装備:なし】
【所持:支給品一式】
【状態:精神的に不安定、子宮内にマキリの蟲が数匹潜伏中】
【思考:鈴莉に服従】
1)蟲の餌をやります……
2)なんでもいうこと聞きます……
3)誰か助けて……
【武器詳細】
* マキリの蟲
蟲使いたるマキリの一族が育て、改良を重ねてきた小型怪物の一群。
原作にて、間桐臓硯の肉体を構成していた蟲のことで、刻印蟲や臓硯本体ではない。
形状は様々・サイズは1㌢~5㌢ほど。
外観は一様に軟体生物じみており、不気味。
知性は皆無だが、使役者(現状では御薙鈴莉)の微量の魔力と引き換えに、
意のままに動かすことが可能。
餌は人肉および体液で、頻繁に与えないと餓死する。
数の程は正確にはわからないが、体積的に見て成人男性の腕一本分程度。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2010年07月14日 00:16