猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

昨日よりも、明日よりも 01

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昨日よりも、明日よりも 第一話



 朝。
 港と王城の中間地点であり、流通の拠点の一つでもあるこの街の朝は早い。
 そこかしこで馬車の行き交う音や運河を渡る船からの声が響きあう。
 そんな街の表通りから少し運河側に外れた下町の一画に、狐国風の屋敷があった。
 小さいながらも狐国風の庭や縁側といった物がある、かなり本格的な物だ。
 とは言えその面積は周囲よりやや広いと言った程度で家自体はそれ程大きくはない。
 むしろ庭や見た目にこだわった結果、土地に比べて狭いとすら言えるだろう。
 五十年ほど前に物好きな猫によって建てられたこの家は、そのおよそ二十年後、つまり今
 から三十年ほど前にふらりと現れた狐に対し賭けの代金として支払われ、以降その狐が住まいとしている。
 そこに五ヶ月に落ちてきたヒト奴隷が加わり

「起きろ主人。朝だ」
「くすー」
「…おい。起きろ」
「くふふ…かく…ょ…ぃ」
「ふんっ」
「ぎにゅわあああ?!」

 今日もまた朱風の悲鳴がご近所の目覚まし代わりに響き渡るのであった。


- 1 -

「じゃから尻尾はやめいと言うておろうが。うぅ~、まだぞわぞわしておる」

 長襦袢に開いた穴から伸ばした尻尾を手でさする。
 ところどころがまだ驚きから覚めていないのか逆立ったままだ。
 このままではこの自慢の毛並みがいつかハゲてしまうのではないかと心配でならない。
 あとで椿油を塗っておこう。
 カルトに任せると言うのも考えたが、その場合力加減を間違えてとんでもない事になるのではないかと気が気ではないのでやめた。

「物騒な寝言をほざくからだ」
「何を言うたかは知らぬが、寝言なんじゃから本気にするでない」
「どうだかな」

 この奴隷がこうした事で嘘を言った事はない。
 というよりもこれまで適当にあしらわれた事は多々あるが、嘘をついたところを見た事がない。
 ならば本当に寝言で何か物騒な事を言ったのだろう。

(一体何を言うたんじゃろうか、わし)

 何しろ寝言である。
 過去、願望、妄想、その他自分ですら意味不明な物事も有り得る。
 しかし少なくともこの奴隷が理解可能で、尚且つ主人を陵辱しようと思うような内容であることは確かだ。
 よって意味不明でもなく恐らく過去でもないとなれば、願望と妄想あたりに絞られるはず。
 その中で自分が寝言で言いそうな事と言えば

「『覚悟しとれよバカ奴隷』は本気でそう考えているとしか思えない」
「…推理を楽しんでおる最中に淡々と答えを告げられると興ざめじゃのう」

 このバカ奴隷は空気を読まないことにかけては天賦の才があるようだ。

数十分後

「ふむ。まぁまぁじゃな」

 朝食をすませ(ちなみに今朝は昨日の煮物の残りだった。味が染みて大変美味である)カルトが後片付けをしている間に今日の運勢を占う。
 ちなみに自分の場合、道具こそ使うものの、特に作法は持たない。
 ただ単に目を閉じて集中するだけだ。
 昔は邪道だの品位が何だのと教育係に言われたものだが、作法に従った場合と従っていない場合とで的中率にそう変わりがなかったので、今では楽な方を選んでいる。
 占いと言うよりも勘に近い。
 そしてその勘に従って方位盤のような占具を動かした結果が

「金運はまあ良し、方位は東、ただし賭け事については勝ち負けハッキリせん、と。まあ
いつもの事じゃが」

 最初の頃は勝ち負けもある程度は視えていたが、やはり魔法的な妨害が入ったのだろう。
 この家を手に入れる勝負をした頃からあまり視えなくなった。
 また具体的な内容に関わるような占いは逆の結果が混ざるようになり、現在ではどうしても金が必要な時以外は、このように漠然と自身についてと方角についてのみ占っている。
 今日は久しぶりに金運と賭場の方位とが一致した日だ。
 少々生活費も心許なくなってきた事もあり

(久方振りに顔を出しておくか)

 と、今日の予定を決める。
 問題なのはカルトだ。
 前回とは違い、今回は顔見せに連れて行く必要がない。
 もちろん連れ回しても問題があるわけではないが、さすがに昨日騒ぎを起こした(巻き込んだ)ばかりだ。
 となると

「庭の草むしりでもやらせておくかのう?」

 昨夜、入浴した際に周囲に雑草が増えているのが気になっていた。
 改めて庭を眺めてみればそこかしこが乱雑な雰囲気になっており、とてもではないが見て楽しむ場ではなくなっている。
 今後暑くなればますます雑草が生い茂る事になるだろう。
 これまでならば業者を雇い三日ほどかけて徹底的に掃除していたが、今年はカルトがいる。
 多少時間はかかるかもしれないが、一週間ほどかければそれなりに綺麗になるだろう。
 という事で今日の予定が決ま

「主人」
「!」

 突然背後から声をかけられた。
 生来、狐は優れた五感を持っている。
 その鋭敏さは「狐は予知能力を持っている」と他種族に囁かれる程に鋭いものだ。
 カルトを拾ってから一ヶ月ほどたった頃だっただろうか。
 特に意識していなかったとは言え、この奴隷がその五感を掻い潜って背後まで忍び寄れると知ったのは。

「気配もなく背後に立つでないといつも言っておるじゃろう。寿命が縮むわい」
「すまない。忘れていた」
「うむ、気を付けい。で、なんじゃ?」
「最近はやけに抜け毛が多いな」
「まぁ暑くなって来たからのう。これでもここは狐国に比べれば寒暖の差は少ないから、
まだマシなんじゃぞ」
「そうか。だが後々掃除が面倒臭いから、先にやらせてもらうぞ」
「やらせてもらうと言われてもなんの事やらわからんのじゃが…」

 見ると手には櫛を持っている。
 そして視線はこちらの尻…もとい、尻尾だ。
 …一応、家の中ではかなり薄着だが、そういう類の視線を感じた事がない。
 この男、若く見えるが枯れているのではなかろうか。
 それはともかく。

「いや、毛繕いぐらい自分ででき」

 と口に出した瞬間、世界が回った。


- 2 -

「いや、毛繕いぐらい自分ででき」
「うるさい」
「ぬわっ」

 何か説明だとか説得だとかが色々と面倒臭かった。
 ついでに言えば、一昨日干したばかりの布団に、「全部集めればそれなりの大きさの毛玉が作れそうな程の量の毛が絡み付いていた」事に対する怒りのようなものもある。
 なので途中で逃げられないように「四肢を払い投げる」要領で尻尾が目の前かつこちらが作業しやすいような体勢に持ち込んだ。
 具体的には、こちらは正座し、相手はこちら側から見て左側に頭、右側に足のうつ伏せ状態でこちらの膝に下腹部を乗せているような体勢だ。

「ちょ、ちょっと待て、なんじゃこの屈辱的な体位は!尻叩きでもするつもりか!」
「毎日布団を干すようになるよりはこっちの方がまだマシだ」
「一体なんの話をしておる!」

 とりあえず用意していた櫛を一度通してみる。
 すると朱風は尻尾を掴んだときのように「んひゃう」と奇妙な声を出した。
 が、特に気にせず続ける。
 梳るごとに大量の狐色の毛が櫛に絡まるのが解る。
 一回ごとに取り除かなければならないのと櫛を通すたびに「やっ」だの「ふぁっ」だのと奇声を発するのが鬱陶しいが後々のために我慢する。

「いや待て痛い痛い痛い、引っかかっておる抜ける荒れるぅ!」
「うるさい黙れ」
「んくぅっ」

 が、さすがにじたばたと暴れだされるといい加減邪魔なので尻尾の根元を掴んで固定した。
 …掴むと大人しくなるのでしばらく掴みながら作業する事にする。
 何故か上半身を捻ってこちらを涙目で睨んでくるが。

「ひ、卑怯者ぉ…」
「意味がわからん」

 一体何が卑怯だと言うのか。
 無視して梳り続ける。
 確かに以前言っていたように手触りが良い。
 抜けた毛が絡まるのには閉口するが、それさえなければいつまでも触っていたいほどだ。ふかふかと手が埋まりそうな柔らかさ

「んっ…はぁ…ふぅ…」

 毛並みに手を滑らせたときの滑らかさ

「く、うぅ…ぅあう…あ、んっ」

 撫でた毛先が手をくすぐる感触

「ひゃ…ふぁん…あっぁ」

 と、どれを取っても気持ちがいい。
 ただ、少し気になる事がある。
 尻尾を掌握しているので一応大人しくはしているが、この奇声はどうにかならないものだろうか。
 何故か集中が乱される。
 更に言えば始めた頃と比べて膝の上に乗せた朱風の体がやけに熱い。
 うつ伏せであるために顔は見えないが、長い髪の間からわずかに見える首筋が赤く染まっている。
 あまり長く続けるのも問題があるかもしれないのでさっさと終わらせるべきだろうか。

「う、裏側は敏感でな。わしが自分でやるからもう休んでもよいぞ」
「…面倒臭い」
「ひああ!」

 尻尾を持ち上げた途端に上半身だけ持ち上げて抗議してくるが、ここまで来たら中途半端に終わらせるのも面倒なのでさっさとやってしまう事にする。
 敏感との事でさらに反応が激しくなったように思えるが、手早く終わらせてしまえば問題ないだろう。
 それにしても

「やぁ…ダメ、ダメぇ…んっあっ、ふぁっ」

 裏側は表に比べて更にふわふわと良い手触りだ。

「あ、くうぅ…やぁ…ん、んぁっ」

 その分、抜け毛も絡みつきやすいかもしれない思ったが、意外と引っ掛かりが少なく櫛が素直に通る。

「ひあうっ…あ、あ、あ、くぅん…」 

 抜け毛が少ない…と言うよりも裏側は普段から服に近い分、そちらの方に抜け毛が移るからか。
 つまりこうして毛繕いをしておけば洗濯の苦労が多少なりとも減ると言う副次効果もある、と。
 …かなり面倒だが、毎日は無理でも2,3日に一回はやってもいいかもしれない。
 仕事が増えるのは正直遠慮したいが、この感触を味わえるというのは利点だ。
 とりあえず数少ない仕事の報酬として少しの間堪能させて貰う事にする。
 そう言えば以前、こんな事があった。

「うぁっ、も、揉むでない撫ぜるでない手を差し込むでな、あくぅっ!」

 俺がこちらの世界に落ちて(いまだに何の事なのかよくわからないが)間もない頃、朱風が縁側で月を見ていた。
 何やら「今宵は月が綺麗じゃからな」との事。
 次の日の朝、布団にいなかったので探してみると縁側で寝ていた。
 月見をしながら寝てしまったらしい。
 その体勢が、何かを抱え込むかのように丸まり、抱き枕のように自分の尻尾を抱き締め、顔を埋めていた。
 一体何をしているんだと思ったが、なるほど。
 確かに顔を埋めたくなるほど心地良い。
 いや、今埋めると抜け毛が顔に付着するのでやらないが。

「これ以上は…っ、も、もう、ダメじゃ…っ」

 ふと気付くと作業を終えてから結構な時間がたっていた。
 思っていた以上にこの手触りの虜になっていたようだ。
 朱風も顔を床に押し付けたまま何か危険な具合に痙攣しているので、そろそろ開放した方がいいような気がする。

「終わったぞ」
「ん…はぁ…う…」
「…主人?」
「うぅ…このままでは、とけてしまう…」
「どけ主人。暑い」

 汗か何かでこちらの膝の上も濡れている。
 まだ寝巻きの主人はともかくとして、これは自分も着替えたほうが良さそうだ。
 毎回こうだとしたら、次にする時はタイミングを考えなければいけないだろう。
 とりあえずどかすのが難しそうだったので逆にこちらの膝を抜く。
 朱風はぐったりとしたままだが

「ば、ば、バカ奴隷いいいい!」
「うるさい。どうした主人」
「なんという事をしてくれるんじゃ!」
「布団干しや洗濯の苦労を軽減した」
「なんじゃそれは!」

 凄まじく激昂していた。
 なぜだ。

「ええい、風呂じゃ。風呂に入ってくる」
「まだ昼前だぞ」

 一応、栓はしてあるのでそろそろ湯が溜まっていてもおかしくはない時間帯ではあるが。

「うるさいうるさいうるさい!わしが上がるまでそこで待っておれ」
「いや、色々とやる事が」
「待・っ・て・お・れ」
「…わかった」

 腰でも抜けたのか、立ち上がることなくずりずりと這うように風呂場に向かっていくのを見ながら

(…一応、着替えでも用意しておくか。俺も着替える必要があるしな)

 と後々の面倒軽減のために気を利かせておいた。
 実際問題、この相手だとあまり意味がないような気もするが。


- 3 -

 起床時に続いてまたもや陵辱された自慢の尻尾。
 具体的には櫛を通されたり毛並みを整えられたり愛撫されたり。
 最初こそ力加減が分からなかったのか痛いだけだったが、しばらくすると慣れたのか自分でするのよりも気持ちよくなり、とんでもない事を口走っていたような気もする。
 だが、最初から覚悟しておけば我慢できなくもないような気がしないでもない。
 それに自分でするのよりも気持ちいい上にいつもよりも毛艶が良いような気がする。
 これから先は気が向いたらカルトに任せてみようか、と湯につかり濡れた尻尾を丁寧に拭いながら、ふと思った。

(甘え過ぎかのう?)

 何せヒト奴隷を持つなど初めての経験だ。
 猫国に腰を落ち着けてからは不定期に掃除や庭の手入れをする業者を雇う事はあったが、召使いのようなものを持った覚えはない。
 そもそも余計な金がないという事もあるが。
 なので何処まで仕事を任せていいものか自分でも分からない。
 とりあえず掃除、洗濯、料理は全て任せているが、そもそもこれらは洗濯を除いて自分でもほとんどやった記憶がない。
 布団は敷きっぱなしの万年床で寒い時期になれば一日出て来ない事もある程であり、暑い時期は暑い時期で家の中の涼しい場所を求めて這いずり回っていた。
 外出するのは食事と賭け事をする時と暇潰しのみで

(振り返ってみると救いようのない生活をしておったな、わし)

 自堕落どころではない生活だ。
 が、よくよく考えてみればそもそも行動していなかった部分を業者や外食の代わりにカルトが補っているだけで、自分自身の行動は別に変わっていないのではないかとも思う。
 という事で別に甘えているわけではないと言う結論に達する。

「まあ甘えてはおらんとは言うても、役に立っておる事も確かじゃが」

 とりあえずこの尻尾を拭い終わったら椿油で手入れをしてもらおう。
 その後は草むしりやら何やらで

(…じゃが、このままではあのプレゼントでは対価にならんのう)

 それなりの物を選んだつもりだったが、改めて考えてみると釣り合わないような気がしてくる。
 このままでは尊敬どころか狭量な主と思われてしまうかもしれない。
 それでは計画に支障をきたす。
 ならば。

「稼ぎ時、じゃな」

 普段ならばギリギリ生活費になる程度に抑えて適度に勝ち、適度に負けていたが、今日は手加減抜きで行く事にする。
 思えばこのところ二人分の食費やら何やらで以前に比べて出費が2割増(逆に外食や業者を使わなくなったので抑え気味)程度になっている。
 ここらで少し大きく勝負に出て余裕を作ってみるのもいいだろう。
 もちろん負ければダメージも大きいが、今更そんな事を気にする必要もない。
 最悪でも家を売り払えばどうとでもできる筈だ。
 …それにしても、本当にあの奴隷は毛繕いが上手いのかもしれない。
 いつもよりも毛艶がいいどころか、まだ多少濡れているにもかかわらずこの手触りは絶妙だ。
 今すぐに顔を埋めて全力でもふりたくなる程だが…それをするとまた風呂に入りなおさなければならないので我慢しておく。
 今夜あたり、思いっきり楽しもう。


- 続 -

 待っていろと言われたので待っていたが、風呂上りに開口一番

「尻尾の手入れをせい」

 と言われたので

「面倒臭い。自分でやれ」

 と返したら

「あそこまでわしを弄んでおいてそれか?!」

 と絡まれた。
 …やはり手出しをしない方が良かったか?
 いや、布団の惨状を見る限りどちらが面倒とは言えない。
 ならば多少なりとも楽しみがあるこちらの方がまだマシかもしれない。

 と言うわけで、手入れは意識して楽しみながらやらせてもらった。
 相変わらず奇声を上げたり痙攣したりと妙な反応をするうえに、風呂上りに既に外出着だったはずが、なぜか手入れが終わった後にまた着替えていた。
 最初からそちらにしておけばいいだろうに、何を面倒な事を。
 おかげで洗濯物が増えたので少ししつけをしたが、その際の反応もいつもと違ったような気がする。
 別にどうでもいい事だが。

 

 

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