魔法少女ホーネットべすぺ 第7話
ロープでぐるぐる巻きにされた女性を、複数名の男女が取り囲む。
こう書くとまるで悪人の行いのようだが、どちらかというと、多分、逆の立場のはずだ。
取り囲むのは魔法少女達。そして取り囲まれているのは、教団のエージェントなのだから。
薄目を開いたそのエージェントに、まずべすぺが指を突きつける。
「忍法狸寝入りとは驚いたけど、こうして目覚めてしまえば最早忍術も私の敵じゃないわね」
「……は?」
いきなり意味不明なことをのたまっている。
かのエージェント――一応、忍者であることだけは確からしいその人物は、寝起きに無茶なことを言われて目を白黒させた。
見かねてか、トールがぽんと肩に手を置く。
「黙ってよう、べすぺ」
「え、だって忍者なんだからこう、忍者的な」
「いいから黙ってよう」
後ろに引っ込む。
この場はとりあえず、べすぺを引っ込めておいた方が良さそうなものだ。
「……何が一体」
唖然としているこのエージェントには、べすぱが代わって応対することになる。
どうも出だしが出だしなのでやりづらさを感じつつ、今はまだ幼い姿の魔法少女は咳払いから入った。
「……こほん。あなたにも驚かせてしまったこととは思いますけれど。
とにかく、お目覚めのようですわね。名前は伺っておりますわ、特務エージェント、シャークレシア……でしたかしら」
「ッ……!」
途端に、彼女――シャークレシアは身を硬くした。
慌てた様子で身をよじるが、そこは既にぐるぐる巻きの状態であるので、動くことは出来ない。
「無駄でしてよ。これはクマでも引きちぎれない、特殊鋼を仕込んだロープですの。
諦めておとなしくなさい。色々、聞きたいこともありますものね」
「ぐ……」
ぺすぱの言葉が事実であることは、シャークレシアもすぐに理解したらしい。
足掻くのをやめて、恨めしそうにべすぱを見上げる。
「あら、反抗的な目つきですわね」
「……ふ、ふふふ。こんなもので私を縛り付けたつもりか」
「そう、先ほどから言っていましてよ?」
恨めしそうな目つきをしていた、と思ったら。
「ふはははは! 甘いな! 私とて特務に生きるもの、この程度で心までも縛れるものか!
……教団に栄えあれ!」
などと。どこか誇らしげな様子で叫んで、彼女は奥歯をかみ締めた。
これは、とべすぱが身構えると、シャークレシアはニヤリと笑って睨み付ける。
「ふふふふふ、生きて虜囚の辱めを受けず……
お前達に話すことなど一つとしてあるものか! この毒はほんの数秒で我が意識を刈り取る。
例え魔法によって心を覗こうにも死んでしまえば最早」
つまりは、自害するのだと。そういう部分では忍者らしく、彼女は嘯く。
「お前達に渡る情報など何もないのだ。私は失敗したが、こうして証拠を残さずに死ぬことで面目も立つというもの。
せいぜい歯噛みして悔しがっていればいいのだ」
「あー、それなんですがぁ」
段々熱が入ってきたのか、自害するわりに滔々と語りだしたシャークレシアを、くぐもった声が止める。
相変わらずヘルメットをかぶったままのヒト、のぞみの声だ。
「とっくに解毒しておきましたよ? そーやって、自分で口封じするのってルールでしたからねぇ」
「お、おのれ、卑怯な!」
かはは、とのぞみは笑った。悪役の笑い方だ。
そのまま両腕を広げ、ローブの裾を翻して高らかに笑う。
「頭を使っていると言ってほしいですねぇ。毒物の扱いにかけてはうちらには一日の長があるのですからぁ」
「くう!」
対してうめき声をあげるシャークレシアである。
ここだけ見ているともうどっちがどっちだか。流石に魔法少女サイドは引いた。
「あー、あの、いいからのぞみさん。話進めてもらえませんか?」
「ああ、これは失敬」
そして改めて、一同の視線は集結する。
その全てを受けたシャークレシアは、一瞬の間の後、不敵に笑った。
「確かに自害は出来ないようだが、だからといってどうなる。
尋問でもするつもりなら無駄なことだ。私の受けた訓練はそういったものを無効とするだけのものがある。
拷問だろうとなんだろうと加えるがいい、いずれも私には通用しない!」
自信満々といった声であって、これには腕組みをせざるを得ない。
べすぺなどは、感心したように呻いた。
「なるほど、やはり専門家となればそういった訓練は受けるものなのよね。
石抱きとかぶりぶりとか、そういう拷問も通用しないと……」
「拷問の例がやけに古い気がするけどねべすぺ。でも、そうなんだろうな」
そもそも魔法少女が拷問などやらかしては最早お終いであろう。
だがこうなると、捕獲したのはいいがこれ以上どうにもしようがない。
余計な荷物を抱えただけかもしれないと、首を捻ってみるが、進展するはずもないのだ。
そんな膠着状態の最中、べすぱが手を打った。
閃きの表情を浮かべている。
「というか、ですわね。聞き出さないといけないことなんて、ありませんわよね?」
何を馬鹿な、とトールは言おうとして。口を開きかけたところで止まった。
「いや、忍者を捕まえたのよ? だったら色々――」
代わりにべすぺが同じようなことを言ったが、しかしそうではない。
そうではないのだ。
「……そうじゃないんだよ、べすぺ。
聞きたいことなんて、のぞみさんからほとんど聞いちゃっただろ?」
「ああ!」
目を開いて、彼女もぽんと頭を打った。
「タコ秘密教団がどんな組織なのかとか、ね。そういえばそうだったわ。
後はどうせ殴りこみをかけるだけなんだし、これ以上聞いても意味ないわねー」
黙っているシャークレシアが、少しだけ肩を落とした――ような。
そんな気がするトールである。
「ああ、ああ、ですよねぇ。ですよね、そうですよぉ。
どーせこんな、ティ・エール派の下っ端なんて捕まえてもロクな情報持ってないですよねぇ。
無駄な時間過ごしちゃいましたねぇ、まったく」
へらへらと、のぞみはそう嘯く。
「まったくねぇ。理想ばっかりで現実を見ていないようなろくでなしの人たちには何を聞いたって無駄ですよねぇ」
「いや、別にそこまでは言ってませんわよ?」
調子に乗る癖でもあるのかどうか。のぞみの言葉にはべすぱも突っ込みを入れる。
「いやね、普段からこっちの派閥の人たちには嫌な目にあわせられてるんですよ。
やたら喧嘩っ早くて、否定的なことを言うとすぐ喧嘩を売ってくるような人ばっかりでしてねぇ。
なんだって理想主義者ってのはこう、好戦的なんですかねー」
「ですから、そう言われましてもわたくしにはさっぱりと」
なんだか、日頃の鬱憤があったらしい。
奇妙な宗教結社といっても、なんだかんだで組織内の不満というのは溜まるものなのだろう。
そうはいってもこんな醜態を見せられては戸惑うばかりであり、トールとべすぺ、べすぱは顔を見合わせた。
「大体、昨日もそうでしたけど、この人たちは平気で暗殺とか危ないことしてますからね。
そんな危険思想のくせに革命革命とか言ってるんですから、ここまで来ると逆に笑えますね」
「……いや、もう、そんなことを言われましても」
答えに窮した魔法少女達である――が、代わりに答えるものがいた。
言われている当人。シャークレシアである。が、まあ。
「それは大義のためのやむをえない準備であって、好んで行っている訳ではない」
妙に弱弱しい声の反論だ。それを放ったのは、縛られているところの忍者なのだが。
案の定、そんなことを言うものだから、のぞみの言葉には拍車がかかる。
「悪いことをする人はみんなそう言うんですよ。
まったくねぇ、私達なんかは平和主義者だっていうのに、そちらなんて上から下まで見境無く外道なことばかり――」
「上から下まで……だと」
これ以上付き合っても仕方なさそうなので、トールはべすぺに目配せして、下がろうかと思った。
その時だ。
「上から下までとはどういう意味だ! ……確かに、我々下のものは非難すればよい。
汚れ仕事に身を染めていることも事実であるのだから、それを今更弁解はしない!
しかし! 上の方……あの方だけは、違う! あのお方には一片の汚れ無きお方なのだ!」
「え――あ、はい?」
急に調子が変わって、まくし立て始めたシャークレシアに、口を挟む――暇もなく。
「あの方こそは万民救済の志を持ち、そしてそれを為す能力を持った唯一のお方。
救世主と呼んでも過言はない方を汚れているなどとは無礼にも程がある!
我らが進んで自ら闇に身を投じるのも、あのお方あればこそ!
あのお方の拓かれる未来に、大陸全ての安息があると信じているからこその行いだ!
だから我々を侮辱することはいくらでもすればいいが、あのお方だけは決して汚されてはならない!
あの方にこそ――」
喋っているうちに陶然としてきたのか、シャークレシアの表情が熱を帯びる。
目線が上滑りして、現実を見据えていないようにも見えるくらいだ。
その様子に興味を引かれて、べすぺはふむと口を開く。
「そのお方ってのは、そんなに凄い人なんだ?」
間髪をいれず。
「その通り! あのお方の理想こそ世界の理想!
この混沌とした世界は正しく導かれねばならず、そしてその導き手たるはあのお方に他ならない!
これほどに偉大な人物は世界を探しても確実に存在しないといっていい!」
打てば響く、と言っていいものかどうか。一応、そういう状況ではあるのだが。
問いかけた途端にこれである。辟易してしまいそうになるが、トールは。
さりげなく、べすぺの横顔をうかがって――
その口元に、微妙な笑みが浮かんでいるのを見つけた。
「……べすぺ?」
けれども彼女は、マスコットのその問いかけに答えることはなく、続ける。
「ほうほう。どんな風に凄いの?」
「よくぞ聞いてくれた! あのお方の偉大さは語るに余りあるが、まずは知力!
世界全てを革命するに相応しき偉大な智謀とそのビジョンは窺い知ることこそ至難の技!
更には強力なる魔法! 海魔の術を極めつくした魔の技に、生まれ持った気高き魔力、あわされば並ぶものなどなし!
これらあまりにも偉大極まる才をお持ちでありながら、溢れ出る慈悲の心は海底を越えて海を割る!」
「しかして、その方の名は?」
合いの手のように、べすぺまで調子をつけて続ける。
案の定、シャークレシアもそれに乗り、軽く節までつけて叫ぼうと――したの、だ、が。
「そのお方こそは!」
そこまで叫んだ途端。
女忍者は、白目を剥いて崩れ落ちてしまった。
何が起きたのか、と、様子を伺う必要も、ここではなかった。
何故かといえば、答えはあまりにも明快だったのだ。
シャークレシアの演説の最中、のんびりと袂を探っていたのぞみが注射器を取り出し、そして。
丁度今のタイミングで、その注射器をシャークレシアの首筋に突き刺したのだから。
「……ちなみに、その『あのお方』ってのはエイ=ティ・エール。
昨日も言いましたけどね、過激派の領袖なんですねぇ」
注射針を引き抜きながら、のぞみはそう呟いた。
今までのテンションからすると落差が相当なものなので、どうも調子が狂ってしまうものだ。
なお、その横では、べすぺが地味に舌打ちしていた。
理由をトールが問うと、
「あの反射具合が、ちょっと面白かったんだけどね」
だそうである。
「ああ。それは少しだけ同感だね」
「でしょ」
その一方。指を伸ばし、べすぱがシャークレシアをつついている。
しばらく続けていたが、何の反応も無いのを確認すると、目線をのぞみへと向けた。
「なんだかピクリとも動かないのですけれど、何を投与しましたの?」
「ああ、これですか」
まだ手に持っていた注射器を揺らす。
針の先端には、まだ僅かに液体が残っていて、灯りを反射して小さく煌いた。
「ちょっとした神経毒ですよぉ」
「……はい?」
穏やかならぬ単語である。
まあ、そういう毒を扱うことにかけては、スズメバチも慣れているといえば、そうだが。
「これを投与されるとですねぇ。たちまち神経中枢にまで毒が回り、運動を司る部分を壊滅させてしまいます。
もちろんそれだけではすまず、思考を行うところにも毒は回り、たちまち意識を失うのですねぇ」
「なんというか、物騒な」
「鎮静剤の凄い奴ですよ。ここまでは、そんなに大した効果がある訳でもありません。
まあ、ほら……うるさかったでしょう、この人」
それは、確かにそうではあった。
べすぺが面白がって煽ったものだから、余計に声も大きくなっていたし。
室内で聞くにはいささか大きすぎる声だったのだ。
「それは、そうですけれどね」
「ほんと、この人たちは迷惑顧みない性格ですからねぇ。困りますよ。
この人たち……その、過激派の人たちもね。決して悪人ではないんですがねぇ。
……大体、わかるでしょう、今のアレで。
ああいうノリでいつも喚いていますから。悪人じゃなくても、迷惑なんですよ」
なんとなくわからないでもない。
べすぱはこくりと頷いてから、改めて倒れたシャークレシアを見据えた。
「そして、こういうノリで世界征服を策謀している、と。
それは確かに脅威ではありますわ」
「わかってもらえて幸いですよホント」
勢いで突っ走る連中というのは恐ろしい。
べすぱは――というかスズメバチは、そうであることを幼い頃から学んでいる。
まあ、自分達がそうだから、と言ってしまえばこれはもう、身も蓋もないにしても。
そんな具合に憂いを浮かべていたべすぱだったが、その目の前で異変が起こった。
今しがた眠らせたばかりの忍者が、むくりと起き上がったのである。
「あら?」
神経毒と言うから、もう少し気絶しているのかと思ったのだが。
こんなに早く効き目が切れるということは、それほどの威力もないということか。
「こけおどしですかしら……?」
「まさか。私の調合した毒です。そんなにしょんぼりしたものじゃありません」
のぞみは不敵に笑った――かどうかは、わからないが。
そんな具合の声には聞こえた。
――そして。起き上がったシャークレシアは。
「オハヨウゴザイマス!」
と、やたらに甲高い声で挨拶するではないか。
妙に不気味な声だったので、これにはトールとべすぺも寄ってきた。
「この人、どうしちゃったんだ?」
「それが、よくわからないのですけれども、急に……」
二人に説明しようとしたべすぱであったが、しかし。
起き上がったシャークレシアの目を見て、ひっと叫んで声を止める。
その瞳は――なんというか。形容するのが難しいくらいの、その。
「な、なんですの、これ?」
「うわ……見ちゃいけないものを見ちゃったっていうかよね」
「……うっわー」
ものすごい目だったのだ。――言葉に出来ないくらい。
浮かんだ鳥肌を抑えながら、べすぱは涙目で姉とマスコットにすがる。
「な、なんだか怖いですわ。姉さま、トールさま、これは一体なんなんですの?」
「……私も知らないわよ、こんなの」
目つきが非常に危なく、そして妙に甲高い声で叫ぶ。
やはり色々怖いのだが、トールはその元凶を求めて、視線を動かし――
そして、のぞみに止まった。多分、この人の何かが原因なのではないか。
「……ふふふ。気づきましたか。確かに今のこの、シャークレシアは正気ではありません」
見れば分かることだ。
が、のぞみは妙に自信満々に胸を張る。
「これは、先ほど投与した神経毒にこそその原理があるのです。
神経毒は思考部分を破壊しますが、それだけで終わるものではないのですねぇ。
思考部分の、理性的な判断をする部分を特に狙ってアレしてしまうのです。
理性的な判断が出来なくなると、このように誰の言葉にも従うようになってしまう。
自白剤だとかそういうものに近い……このような毒なのですよぉ」
と、そんな危険すぎることを、あまりに軽々しく言うので、一同は疑惑の目でのぞみを見た。
その視線に気づくと、軽く咳払いをして彼女は続ける。
「もちろん一時的なものです。理性的な判断が出来なくなるのは、まあ……
一週間くらいですかねぇ? サメの生命力は強いですから。
これが、弱いタイプの人間だったらば……まあ一生続くか、あるいは最悪死に至る訳ですが……
いや、大丈夫ですってばぁ。サメなんですからもう」
視線がどんどん冷たくなるのを察知して、色々と付け加えている。
が、やはり。いくらなんでもそれは非道に過ぎないか、と、さしもの魔法少女もそう思ったようだ。
「やっぱりこのヒトも成敗した方がよろしくありませんこと、姉さま」
「うん、私も結構マジでそう思ってきたわ……」
ただ一人、トールだけは。
「なるほど。かつて地球において、ある虐げられた者達が作り上げた毒に似たようなものがあると聞いたことがある。
その毒はテトロドキシン……フグ毒などを原料として、同様に神経中枢を破壊し、思考能力を奪うとか。
通常、それらは刑罰として用いられ、悪人の思考能力を奪ってしまうので恐れられていた、と……
そんな話があったな」
本人も気づかぬうちに、妙な解説を口から漏らしていた。
経験によるものであろう。人間の成長は偉大である。
で。
結局のところ、思考能力の低下したシャークレシアはすっかり忠実な人足と化してしまい、諸々の雑用を手伝わされていた。
逃げるそぶりもないところから、あの毒の効果は紛れも無く本物と見える。
ますますべすぺ、べすぱの二人がのぞみを討つ決意を固めつつあったようだが、それはさておき。
――さておいて、そして。
果たして、海岸である。
空模様は、青が三分に白が七分、といったところか。
あまり良い天気であると、心から言える状況ではないようだ。
かくの如き曇天の下にあって、お馴染み魔法少女一行は、眼前に広がる一面の碧がかった青を見つめている。
空の青とは異なる色のそれこそ海であって、この向こうに因縁の敵がいるというのだが。
はてさて。
こうして眺めているだけでは海を渡ることなど出来るはずもない。
「で」
口元に小指をあてながら、べすぱが切り出す。
「で、ですわ。足を用意するとのお話でしたけれども、どう用意なさるおつもりでして?
見たところ何もありませんわよ?」
そのような話であったのだが。タコ秘密教団の本拠地たる、ヒドラ島への足を用意すると。
常にヘルメットを外さない怪人物、門真のぞみはそう告げたはずであった。
「はいはい。ちゃあんと、それは用意してありますよぉ。ええ。大船に乗った気持ちでいてくれて大丈夫ですからぁ」
実際、船でないと多分そのヒドラ島へは行けないと思うので、大船には、それは乗るべきなのだろうが。
しかしながら、こうして眺める海面には船など影も形もないのであって、やっぱりよくわからない。
「大船かー。そういや、船って乗ったことないな。べすぺは?」
「んー、私も無いかな。基本的に空飛んでたからね」
などと、トールとべすぺは気楽な会話をする。
そんな二人は視界にも入れず。べすぱはのぞみを胡散臭い目で見た。
「なんだか疑わしいものですわね。本当に用意してますの?
っていうかここにはどう考えても用意されていないでしょう。
何にもないのですから――」
「……ふふふふふふふ。そう思ってしまうのが、悲しいかな、教団を知らない人の浅ましさなのですねぇ。
ちょっとびっくりしますよ、これは。なんたって……ふふふふふ」
「……気味の悪い笑い方はやめてほしいですわ」
含み笑いを続けながら、言われてのぞみは腕を上げる。
そして、声も高らかに叫ぶのだ。
「うちの上司謹製、蒸気式新型艦『マビュス』……浮上なのです!」
その声よりも、ほんの少しだけ。タイミングとしては早い。
ほんの少し早く、海面に小さな泡が無数に生まれ、弾ける。
それを不思議に思う暇もない。
泡の規模はどんどんと膨らみ、何事かと身構えたべすぺ、べすぱ、トールの目の前で――
幾たびか目にした、黒金の輝き。
総身にまとわりつく海水を弾くように、それは海を割って現れる。
流線型のそのかたちは、力学によって構築されたものか。
ただ唯一、その姿にも違和感のあるところはあって、上部に細長い筒などついている。
海中を行くのにこの筒はどうにも不要というか、こんなものがついているとろくに動けないのではないか。
「う、海の中から船……?
わたくしも地上に降りてからこの方、珍しいものをたくさん見てきましたけれど……
これはちょっと……なんというか……」
ぽかんと、べすぱは口を開けてそれを見る。
それはトールも同様だったが、ただ彼の場合はちょっぴり違う理由だった。
「潜水艦……じょ、蒸気の?」
ぱちん、と。
のぞみは手を打った。
「正解です。最近ロールアウトしたばかりの新造蒸気潜水艦、名づけて『マビュス』……
さあ存分に驚いてくださいね、皆さん!」
確かに。
確かにそれは驚く。驚くというか――
「……なんでもありだよな、これ」
本当になんでもありだ。
色々と。本当に。無茶苦茶だろうと、トールは思う。
しかも――
「う……海入道!? 実在していたなんて!」
「人の話はちゃんと聞こう。あとどこをどう見ればそういう勘違いが出来るのか知りたいよべすぺ……」
――こういう魔法少女がいるから。本当に困るのだ、まったくもって。
魔法少女ホーネットべすぺ
第7話「海中大決戦! きらめく復讐の刃」
蒸気潜水艦『マビュス』は進む。
海に深く潜って――と言いたいところだが、実はまだそんなに深いところにはいない。
あの、突き出た細長い筒が没しない程度の深さを進んでいるので、ちょっと上昇すればたちまち海面に出てしまう。
「蒸気機関ですから。排気しないと駄目なんですよねぇ」
「……それって」
べすぱが首を傾げる。おかしいことは何となく読めるのだが、何がおかしいのか、というのが。なんとも。
「それって……潜水艦にする意味がないんじゃないんですか?
素直に蒸気船にしておけば……」
引き取って、トールが続けた。
それを聞いてべすぱが、言いたかったのはそれだと言うようにこくこく頷く。
結局のところ排気を行わないと立ち行かないのであって、潜水してしまっては蒸気機関の意味がない。
駄目なところだけをあわせたような、珍妙な物体となってしまっている。
「普通の蒸気船なんてありきたりでつまんないじゃないですかぁ。
っていうかですねぇ。もうあるんですよ、普通の蒸気船。うちの技術力を侮ってはいけませんねぇ」
だったら、それを持ってくればよいのではないだろうか。
何故よりにもよって、こんな潜水艦などを、と問うてみれば。
「……ロマン、とか?」
ロマンと言われては反論もできない。
トールはべすぱと顔を見合わせて、疲れたように首を振った。
ただ。
「ロマン! ……そうよね、やっぱり!」
どうしてべすぺが目を輝かせていたのかは、いまいちよくわからなかったが。
「いや真に受けないで下さいよ? ちゃんと理由はあるんですって」
曰く。
ヒドラ島は陸地から離れることかなりのもので、中途にある海の国などを無視しては辿り着けない。
そんな中で、例えば『魔窟』――サカナの国とはまた別口の、さる海中勢力なのだが。
こういったものは海に入るものを厳しく咎めており、出入国はなかなかに難しいと言える。
「あーゆーとこをくぐるのはどうも面倒が多いですからねぇ。
そこで潜水艦で密入国なんですよ。何しろ鉄の塊ですから……
こんなものが海を往くなんて、正気の人間では思いつきませんよね?」
思いつかないこともないはずだが。まあ、あまり取られる手段ではないのは確かだ。
それに鉄で出来ている以上、探知の魔法も阻害するので、魔法的静粛性も高いとかなんとか。
「――だから、潜水艦じゃないと厳しいんですってば。ええ、もう、本当にそうんですからねぇ?」
説得力はなかった。
いや、理屈は通っていなくもないが。
でもやっぱり。説得力は、ないのである。
問題はその後にあった。
航行を始めて、しばらくは良かったのだが、やはりそこは潜水艦である。
段々と船内温度と湿度が、どんどん不快と呼べるレベルになってくる。
最初の一時間ほどは物珍しさも手伝って、どうにかやりすごせてはいたのだが、どうにも駄目だ。
「じめじめとして……なんとかなりませんの? これ」
「蒸気ですからねぇ。無理ですねぇ」
「……不便ですわね、蒸気。魔法ならもっと快適でしょうに」
「そこはそれ。うちは教団ですからぁ」
のぞみは慣れた様子だが、慣れないべすぱ、およびその姉と、姉のマスコットには辛いところがある。
「確かにロマンはあるけど、ちょっとこれはしんどいわね……」
ぱたぱたと、その姉――べすぺは胸元を扇ぐ。
こうして成虫になっていると、そこは甲殻の鎧があるので、なかなか柔軟にはいかないのが辛いところだ。
「あー、これはちょっとな……」
トールも汗を抑えることを諦めて、呟いた。
じめじめとしている上に、なんだか今は妙に暑い。
どうも蒸気機関の熱が船内にも溢れているようで、下手をしたら不味いのではないかと思えた。
「そこまで言うのなら仕方ないですねぇ。ちょっと浮上しましょうか」
軽く言うと、のぞみは握り締めている操縦桿を動かし、同時にいくつかの機器を操作する。
一人で運転できる優れもの――なのだそうだ。これはこれで無茶苦茶ではある。
「運転のサポートを、そこの演算装置で行っていますからね。一人でなんとかならないことはないのですよ」
指し示した先を見ても、そこには鉄の壁があるばかりだ。
先だってのごろつきとの戦いで見かけた機械も演算の装置であったというから、それに類するものであるのだろう。
ならば、壁の向こうに置いてあると考えられる。
実際、のぞみは時折パンチカードを取り出してはごそごそとやっているので、それで間違いはないのだろうが。
ハイテクなのだかローテクなのだか、まったく曖昧な潜水艦である。
ごそごそやっているうちに、海面に浮上した、らしい。
らしいというのは、艦内からでは外の様子を伺うのが難しいからであり、ほんの小さな円窓の他には外を知る術がない。
のぞみがずっと眺めていた、無数の計器の類の意味を知ることが出来れば、外の様子など手に取るように分かるとのことなのだが。
如何せん、魔法少女はそういう細かなことは苦手であるのだ。
「とにかく、海面に出たのよね? 窓開けてもいい?」
そう問うたべすぺに、のぞみは振り向きもせずに応と返す。
「ああ、でも、その窓は開きませんから、ハッチを開けて外に出るってのがいいですよ」
ほう、と頷くと、べすぺは隣でだれていたマスコットの腕を引っつかむ。
「んじゃ、せっかくだから一緒に外の空気浴びましょ?」
「ん」
彼が頷いているのを見もせずに、そのままべすぺ飛ぶようにハッチへ向かう。
その後を、べすぱがのたのたと追いかけていった。
残ったのぞみは、計器を眺めてほうとため息をつく。
「どうもこう……出力が上がらないんですよね。予定ではもっと速度が出るはずなのに。
人数が多いのが問題なんですかねえ、これ。んー……ふむ、それならっと」
操縦席の脇にある筒を、彼女は手に取った。
その先端は穴が開いており、どこかに繋がっているように見える。
そして穴に向けて、声を張り上げる。
「ちょっとちょっと、シャークレシアさん。石炭投入のペース、上げてみてはもらえませんか?」
「ハイ!」
のぞみの声から、しばらく遅れて。
この筒とは少しばかり離れた場所から、明朗な返事がかえってきた。
声を伝える管であったようだ。今の筒は。
「さて、これでもうちょっと早くなればいいんですけどねぇ」
そう呟いて、顔を上げた。
魔法少女たちがいなくなったので、少しだけ広くなった。
それでもやっぱり狭い、そんな潜水艦である。
蒸気潜水艦『マビュス』の乗り込み口は、丁度艦の上面、中央部にある。
そこにはこれまた鉄で蓋がされているのだが、その蓋が、今。軋んだ音を立てて、開いた。
そしてひょっこりと顔を出す、べすぺである。
「おお、海ねー」
続いて、トールも顔を出した。
既に海岸を離れて数時間あまり。巡航速度はそれなりだったようで、陸地も遥か遠くになりにけり、である。
蒸気のせいで蒸された体に吹き付ける、潮風が快かった。
「海だなー」
「海よねー」
しばし、和む。
当人も気が付いていなかったが、艦内のあまりの湿度に全身汗まみれとなっていたのだ。
それが、こうして涼やかな潮風により癒される。
潮風であるので、あまり長く当たるとかえって鬱陶しくなるのは常識であるが、今はまだ心地良い範囲だ。
かくして魔法少女とマスコットは、そのまま風を浴びて佇む。
艦は現在、その半ばよりいくらか上までを海に沈めている。
浮上できる限界点がここであるらしい。
なので、波が高くなると、上まで届いてしまう可能性もそれなりにあるのだ。
あまり長いことこうして涼んでいるのも問題であろうから、早めに引っ込まねばとも思いつつ。
それでもこの涼しさは離れがたく、ついついぼんやりしてしまう二人である。
「お二人とも、そこで止まられるとわたくしが出られませんわよ!」
との声によって中断されるまで、だが。
そんな訳で。
軽く羽ばたいたべすぺは、トールとべすぱを持ち上げて、艦上部のそれなりに安定したところに腰を落ち着けた。
見渡す限り一面の海、海、海となるこの有様を、今度は三人で眺める。
「思えば母さまのもとを離れてより幾星霜。こうして大海原に辿り着くとは感慨深いものですわ」
トールにしがみつきながら、べすぱはそう言う。
その瞳には少しだけ、光るものも見えた。
「大げさねえ、べすぱは」
「だってこう……海原ですのよ? 海岸から見た時以上の、この広さ。
こうしていると故郷を思い出しませんこと? 姉さまだって」
「あ……そっか。言われてみれば、それはね……」
二人揃って、そこで会話を止めると、黙り込んで海を見つめだす。
置き去りにされたトールは、あまり水をさすのもなあ、と思いながら尋ねてみる。
「えっと……その、二人の故郷って、こういう……ひょっとして、海の中にあった……孤島とか、そういうとこだった?」
「ぶっぶー」
「全然違いますわよ、トールさま」
外れていた。
海を見て故郷を思い出すなどと言うから、てっきりその手の話かと思ったというのに。
「だったら、どうして故郷を思い出すんだ?」
「それは、簡単なことですのよ」
「なのよねー。だってほら、私たちの故郷って、海は海でも、雲……」
と、そこまで言いかけたところで。
彼らが見渡す海の先に、ほんの小さな影を見つける。
「あら、あれは……」
「え、雲って?」
「あの影……そうね、よく目をこらして」
手を額にかざしたべすぺが、うんうんと唸ってから声を上げる。
「おお、船よ、船。おーい」
そのままぶんぶんと手を振る。
なんだか楽しそうに見える行為だが、いいのだろうか。そんなことで。
「姉さま? なんで手を振ってますの?」
「だって、船よ、船。挨拶するのが海の礼儀ーとか、そんなんあるんじゃないの?
おーい、こっちは潜水艦よー、っと」
実に楽しそうに手を振るべすぺだ。トールとしては微妙に呆れざるを得ない。
――が、そもそも今自分達がどういう立場にあるのかを思い出せば。
それも、危険であるということに気づく。
「って、べすぺッ。そんなことしちゃ駄目だろッ!」
「へ? なんで?」
「俺たちは、密入国しようとしてるんだぞ? 相手がどんな船だろうと、バレたら色々面倒なんじゃないかッ」
「……はうあッ!」
慌てて、手を引っ込めるべすぺである。
しかし折悪しく、その影はゆっくりとこちらに近づいてくるではないか。
「これはまずいですわね。気づかれましたかしら」
「あう……ど、どうしよう?」
「とにかく……のぞみさんに相談だッ」
慌てて、艦の中へと戻る。
なんというか、まあ――色々と、大失態ではあった。
「気づいています感じています。あれは多分……うーん。商船……いや、巡視艇……うーん、なんともわからないですねぇ」
報告を受けたのぞみは、それでものんびりとした口調でそう答えた。
彼女が見つめているのは、やはり数多ある計器であったが、その数値は目まぐるしく移り変わり続けている。
「ど、ど、どうしよう? 私、すんごいミスやっちゃった?」
「んー。こっちに向かってるのはただの偶然かもしれませんから何とも……
でもこのまま近づかれるとまずいってことだけは、はい。確かですねぇ」
のぞみはしばらく考え込んでいたが、やがて。
ぽんと手を打ち、後ろの魔法少女達へと振り向く。
「じゃあ、こうしましょう。潜水艦なんですから、その真価をお見せしますよ」
「真価……?」
「はいぃ。えー、ぽちっとな」
言葉とは違って、一回のボタン操作で済ませるのではなく。
ものすごい勢いで、周囲のレバーやボタン、そしてパンチカードを動かす。すると。
突如、艦内に轟々という音が響き渡った。
「な、何が起こってますの?」
きょろきょろとあたりを見渡すべすぱである。
しかし、この操縦室にあっては、特に変化は見られるものではない。
「今はですねぇ。あの煙突を折りたたみ、艦内に収納をしているのです」
「折りたたみ煙突……?」
煙突の折りたたみ作業――だ、そうだ。
折りたためるものなのだろうか。煙突。
「折りたためるんですよ。そういう風に設計しましたから。
そして折りたたみが完了したら、早速――」
レバーを押し倒す。
すると――今度は、この部屋でも変化のわかる場所があった。
小さな円窓の風景が、たちまち海の中へと変わっていく。
「潜水開始、なのです。今度はさっきのような、浅い場所での潜水ではありません……
ずっと深く。魔法センサーにも引っかからないような、そんな深さを潜行しますよぉ」
当然、それだけの深さを潜るとなると、煙突を出したままでは海水が入り込んできてしまう。
だからこそ、折りたたんで格納し、浸水を防ぐという。先ほどの作業の理由はこれで理解できた。
しかし。
「しかし……それだと、今も稼動しているはずの蒸気機関の排気は?
それを止めないと、この艦がまるまる蒸し焼きになるような気がするんですが」
トールのその疑問にも、のぞみはえへんと胸を張る。
「安心してください。既に先ほど、シャークレシアさんに頼んで機関をストップさせてもらっていますからぁ」
命令に忠実に動くだけの存在。それが、かの毒を投与された今のシャークレシアである。
非人道的に極まるが、この際贅沢は言っていられない。
「……いや、それもおかしいですよ。だって蒸気機関が止まっていたら、この艦、そもそも動かないんじゃ……」
動力を停止させる、ということか。
それは普通、動かないだろう。沈むだけである。
蒸気機関の動いていない蒸気船は一体なんなのか。単なる鉄の塊なのではなかろうか。
「ですから、それも大丈夫なんですってば。
まだ機関の動いていた頃に、余剰の蒸気を蓄えておいたんですねぇ。
今はそれを使って動かしているという訳でして。まあ、長時間は無理ですが、しばらくは普通に動きますよぉ」
「さいですか」
そこまで説明されると納得するしかない。
一抹の不安を抱えながらも、一同黙って状況の推移を見守るしかなくなった。
そう、決意したというのに、その刹那である。
がごん、と。金属が軋む音が、天井あたりから聞こえてきたではないか。
「……今の音はなんだかものすんごく気になりますわね」
「ちょっとしたアレですよ。大丈夫大丈夫」
不安心は果てしなく広がるばかりである。
それからしばらくの間の沈黙を、耐えられた事だけで自分を褒めたくなったトールであった。
なんといっても空気が重過ぎる。
海底に近い場所にいるから、というのも原因の一つではあろう。
しかしそれよりも何よりも、段々と頻繁に鳴り響くようになった、金属音が一番の原因だ。
「なんか、さっきからばごんばごんって凄い音がしてるんだけど……ホントに大丈夫なの?」
流石のべすぺもそう問う。のぞみは、やはり安心の言葉を口にしようと―ーしたのだろう。少なくとも直前までは。
ただ、その際ちらりと目にした計器から。
「あ……やばいかも」
爆弾発言が飛び出したものである。
一瞬。
艦内の時間が止まったと――べすぺと、べすぱと、トールには、そう思えた。
それもやはり一瞬でしかなく。
「やばい!? 今、やばいって言った!?」
「あー、いや、大丈……ぶじゃないかもしれませんねこれ」
「大丈夫じゃないッ!?」
のぞみがぱたぱたと手を振る。手を振って誤魔化そうとしているのだろう。
「いや、ちょっと……あー。浸水してますねこれ」
「浸水って!」
それは、もう、潜水艦について詳しくないトールにもなんとなく見えてきた。
「この調子だとあとちょっとで……沈没ですかねぇ、はい」
「沈没って!?」
決定的だ。もう弁解のしようもない。
「沈没ってつまり……この艦、海の底に沈んじゃって、この部屋も海水で埋まっちゃうという……ことよね?」
「……それしかないだろうね」
質問をしたべすぺは、その答えをかみ締めるように頷く。
そして――ゆっくりと息を吸うと。
「わ、私実は泳げないんだけど、ここ、この場合ッ……ど、どうなるのッ!?」
「……そも我らスズメバチ。海中に没した時の末路は一つでしてよ姉さま」
「ど、どうなるの? べすぱ……」
問われて、妹は妙にニヒルな笑みを浮かべた。
瞳にねじくれた影が差し込んでいる笑いである。
「さようならクイーンの座。さようならわたくしたちの遥か青春の日々。
……人生パーですわよッ! おしまいですわよッ! もう九回裏百点差フルカウントバッターは9番ッ! ですわッ!」
「そそそ、それっていわゆるひとつの――」
「絶体絶命、か……」
トールもどこか影の差す目で天井を見上げる。
がごんがごんと、激しい音が聞こえてくる、そんな天井だ。
なんだか、あまり長くは持ちそうにない。
「ど、どどどどーしてくれるのよッ! 死ぬのは怖くなんてない、でも――ッ!
なんだってこんなとこでッ! 人知れず溺死しなきゃならないのよッ!?
戦いの果てに身を散らせるならばよし、しかしこんな……こんなところでなんて……」
べすぺが、のぞみを揺さぶって吼えた。
今まであらゆる危険に身を置きながらも、うろたえることなどそうはなかった魔法少女だが、このうろたえ方は尋常ではない。
「戦での死はむしろ名誉。……そして、陸地の上でならば、どれほどの危険があろうとも羽によって凌ぐことこそ我らが美徳。
しかして、この状況。わたくしも姉さまも、羽を生かすことさえなく沈まんとしている……
かくも絶望的なる状況、わたくしそうは知りませんわトールさま……」
こっちはこっちで、死を間近にしてか口調がいつもと少し違っている。
そんなべすぱの頭を、トールはぽんぽんと撫でてやった。
「……まあ、俺もどうすればいいか皆目検討はつかないけど、落ち着いてみたらどうかな」
「落ち着けたら落ち着きますわよッ! 死ぬときは前のめりと決めてましたのにッ!」
あんまり効果はなかった。
まあ、トールとしては、二人がこうして取り乱しているお陰で、かえって落ち着けてはいるのだけれども。
それでもどうにかなるものでもない。むしろ落ち着いている分だけ、刻一刻と迫る恐怖が間近にある。
事実――今、ちょうど。天井からぽたりと水が垂れて、首筋に伝ったところだ。
「大丈夫ですってば。こうなるのは予定外でしたが、ま……準備はしてありますって」
そう言って、のぞみは立ち上がる。
三人は、それについていくしかなかった。
通路には、最早隠しようもなく、あちこちに浸水が見られる。
というより、床がもう水浸しだ。おしまい一歩手前と言っていい。
そんな状況下で案内された場所には、一つの扉があった。
「この扉の先にあるのが、脱出用ポッド……名づけて『オクトパスポッド』です。タコだけに」
「タコだけに」
安直極まりない名ではあろう。
直訳してしまえばあからさまも度を越す。なので、直訳はしない一行である。
やはり鉄で出来たその扉を、錆付いた音を立てながらのぞみが開ける。
重量があったようで、その作業には僅かに時間もかかったが、どうにか扉は開かれた。
その先には。その、扉の先は、球状に見える空間が広がっている。
「六畳一間くらいはありますよ。更にトイレ完備で、快適な脱出ライフが楽しめる仕様となっているのですねぇ」
「快適って言うんですか、それ。そもそも脱出て」
突っ込みを入れつつも、ふとトールは気づく。
右の袖をべすぺに。左の袖をべすぱに。
それぞれ、しっかりと掴まれている。
「……どしたの、二人とも」
「い、いや。大丈夫かなって思って」
「で、ですわよねー」
語尾が震えている二人だ。珍しい事もあるものである。
微かに当惑を覚えながらも、とりあえずトールはべすぱの頭を撫でてやった。
小さい方をなだめるべきとの判断だが、それに気づいてべすぺは見えない程度に口をへの字に曲げる。
「そんなことはどうでもいいとして、さあこの中へどうぞどうぞ。こうしている間にも――」
一瞬。
艦が、ずしりとした重い揺れを起こした。
どうにか踏ん張って、またのぞみに目をやる。
「――もう駄目ですよねぇ、これじゃあ。さっさと脱出しないと巻き添えでさよなら人生ですからぁ」
そう言う彼女の口調は、ピントのぼけたような代物で、緊迫感に欠ける。
が、それでも。断続的に大きな揺れが起こるようになり、ますます足元は悪くなっている。
このまま留まっていては危険であると、それは窺い知れた。誰の目にも明らかである。
「で、でもでも、ホントのホントに大丈夫なの? むしろこっちに入るともっとひどい目にあったりしない?」
「可能性として考えられなくもなきにしもあらずですわ姉さまッ」
二人はトールにしがみついて、そんな言葉を発している。
そう言われても、マスコットとしては。
「だからってここにいても仕方ない……らしいし、もう覚悟を決めなきゃ」
「って言われても……」
「……なんともしがたいですわ」
怯えるばかりの魔法少女を、なんとか説得しようと、トールは二人の肩に手を置いた。
そして一呼吸して、言葉を告げ――
「まだるっこしいッ!」
後方からの叫び声。
その声の主を確かめる間など当然存在するはずもない。
何かが飛んできて、トールの間接部分を叩きつけ――それは、人体工学に則った一撃であった。
威力そのものは、さしたるものでもない。ヒトの身とて、正面から受ければなんという事もないものである。
しかし。人体の工学にあっては、力の集中している場所があり、そこに一定方向から衝撃を加えられると――
たちまち、崩れてしまう。そんな事も起こりうるのだ。
今の一撃は、まさしくそれである。トールの膝の、ある一点に加えられた衝撃は、ヒトの体勢を一瞬にして崩壊せしめた。
「う、うわわわッ!?」
「な、なになになにッ!?」
「ひッ……ぁ?」
しがみついていた魔法少女もろともに。
扉の中に、トールは転がり込んでしまったのであった。
身を起こしたトールがそちらを見ると。扉が、完全に閉められていた。
小さな覗き窓の向こうには、のぞみが見える。
「まあまあ、安心してくださいってば。海流から計算して、二、三日で……あそこにつくはずです。
そしたらまあ……しばらくはそこでバカンスでも楽しんでもらって。必ず迎えに行きますから、その時また」
この室内に、くぐもった声が響いた。伝声管が何か、仕込まれていたのであろう。
「ど、どういうことよ? あそこってどこ? バカンス?」
「んー……説明するのが面倒くさいんですよね。緊急時ですしぃ。
その辺は今度会ったらちゃんと言いますから、今はとりあえずさようならです」
「さ、さようならって、何を仰っているのか意味がわかりませッ――」
のぞみの顔が消えた。
と、同時に、扉の向こうに、更に厚い鉄の壁が差し込まれる。
「……って、これが脱出ポッドって言ってたよな?
のぞみさんは乗らなくても大丈夫――」
そこまでトールが言いかけた、まさにその時。
ぐるり。
世界が、回転した。
「……ぶわッ」
悲鳴を、あげる。そんな暇は――
更なる回転。そして回転。回転に次ぐ回転――
「だだだだだだだッ!?」
「いいいいいいッ」
「ふぶべッ!?」
三者三様の悲鳴が、回転にあわせ絶え間なく響く。
そして回って回って回って回って、ひたすら回り続けて、そしていつか――
世界の回転はずっと続いて、天地というものの順逆すら既に理解すら出来なくなって、そして――
そして。
気づいてみれば。
この六畳一間の小さな脱出ポッドの、その側面からは――
広く、深く、そして静かにして、青い、そんな。
海の姿が、見えていたのであった。
「ガラス……窓。耐圧処理をした強化ガラスか何か、ってことか……?」
いち早く三半規管の暴走から立ち直ったトールが、そのガラスに手を置く。
ガラスから見える、深く青い光景は、見慣れぬ代物ではあったが、間違いない。
いくつかの泡と、時折見える魚達の舞踏が、紛れもなく海中である事を示していた。
「脱出って、こういうことだったんだ。なるほど……」
呟きながら、更に目をこらす。
この海は随分と荒れているようで、魚が忙しなく動き回っている。
それが目を退屈させないのは結構な事だったが、ただ一点、ちょっと嫌なものも見えた。
視界の端に辛うじて引っかかる、嫌なもの――爆発しながら着床しつつある、鉄の塊である。
「うっわ……」
見れば見るほどに無残な光景だった。
水中であっても、爆発による振動、音が辛うじて伝わってくる。
ガラス窓は震え、その余波の激しさを物語るようだ。
「少し遅れていたらあれに巻き込まれて……って、そういえば!」
自分たちはこうして脱出に成功した、らしい。
が、その自分たちを押し込んだのぞみ。そして、忘れかけていたがもう一人、シャークレシアは、あの潜水艦にいたはずだ。
脱出に失敗してしまっては、あの二人も最早助かるまい。
そう思って、刹那の戦慄を覚えたトールは――
「……はぁ?」
目の前を。
実の楽しそうに。
あのヘルメットを被ったままで――よくよく見れば、袖口などが若干変化しているあの服装の。
のぞみが、シャークレシアの背中にまたがって海中を滑っていた。
そのままガラス窓の前に来ると、なにやらジェスチャーを行う。
ヘルメットを指差してから、周囲をぐるぐる見渡して、何度も頷く。
「ええっと……この、ヘルメットは……え? いや、何を言っているのか……」
首を振ってみせると、のぞみはしばらく考え込む。
考え込んだ後、首を振ってから、片手をひらひらと振った。
「ああ、バイバイって……って、ちょ、待っ――」
こちらの声は届かない。
厚いガラスに覆われて。ガラスの他は、厚い鉄に覆われているのだ。
当然、向こうからの言葉も届かない。
ただでさえ、海中である。そもそも彼女はどうやって水中にいられるというのか。
そんな事を気にしているうちに、のぞみはまたがったシャークレシアを御して、海の彼方へと去っていってしまった。
残されたのは、この脱出ポッドと、その中にいる三人。
トールにべすぺにべすぱ。これだけであった。
「つまりその、あのヘルメットは実は潜水服的なものになっていて、なにかこう……
そういう仕掛けを使うことで、海中での活動を可能にしていたのである、とか、そんな感じなのかな?
あのヒトもつくづく謎なヒトだったけど……まったく訳が分からないままでこれだよ」
振り向くと、そこにはぐったりと倒れているべすぱと、頭をさすっているべすぺがいた。
べすぺは、回転している最中に頭をぶつけたとか、その程度のものだろう。
痛そうな顔をしているが元気そのもの。いつもの魔法少女である。
しかし。べすぱが、ちょっといけなかった。
「ぜはー、ぜはー。……ぐぅ。これは……くぅぅ……」
「べすぱ? なんか、顔色が……」
物凄く悪い。
どう悪いのかというと、既に青を通り越して紫になってみえるくらいだ。
それは普通、死の一歩手前くらいなんじゃないかという気もするが。
「あー……ごめんね、べすぱ」
「ご、ご、ごめんですみませんわよ……ぐう、ぐうう……」
べすぺがぺこりと頭を下げた。
その光景から何となく状況は察する事が出来たけれども。一応、聞いてみる。
「その。何が起こったんだ?」
「いやね? 転がってた時についうっかり防衛機構が発動しちゃって。
こう……ちょっとその……毒を分泌しちゃってたのよ、その……針に」
いつも通り、彼女の股間にそびえるは、鈍く輝く毒針であった。
よく見ると、その身に液体が滴っているのが分かる。
「これがねー、転がってる間になんていうか事故っていうかまあ……その……」
「ちゅ、注意が足りませんわ姉さまッ……よ、よりによってこんな時にッ……」
べすぱは、右腕を虚空へと伸ばして、もがいた。
助けを求める溺死者の如く、その姿は痛々しい。
「あー。刺さっちゃった訳か」
「やっちゃったのよこれが」
「やっちゃったじゃありませんわよッ……ぐ、くふううう……」
見れば、確かにべすぱの背中のあたりに穴が開いているではないか。
その服をたくし上げて、肌を直接確認してみる。
するとどうにも痛々しい、鋭く開いた傷がはっきり見えた。
「あっはっは、うっかりしちゃって」
「うっかりじゃありませんわッ! うっかりで殺されかけてるわたくしの身にもなりなさいなッ!」
「げ、解毒って出来ないのか? 自分で出した毒なんだから」
どうにかまとめようとトールが助け舟を出すも。
「私は無理。そーゆーの得意じゃないのよねー。毒造るだけなら余裕なんだけど」
「わたくしが、わたくしが成虫であればッ! 変態さえ完了していれば作り出せるもの……ぐふぅッ」
段々、べすぱの動きが鈍くなってきた。
伸ばされた手も床に伏し、最早体の痙攣すら遅くなっている。
「……って、これ本当にマズいんじゃないか? べすぺ」
「マズいわね。……うーん。こうなったらアレしかないか」
「アレ?」
答える手間も惜しいのか、べすぺは妹を抱き上げる。
双子であっても、こうして幼虫と成虫に分かれていてはその身長差も大きい。
胸元まで抱え上げたその妹を、べすぺは手早く――脱がしていく。
「べすぱ。分かってるわよね?」
「……ことここに至っては詮無きこと、ですわ。わかっていましてよ、姉さま……」
きょとんとするトールを脇に置き、べすぺの手は素早く動く。
さして厚着もしていなかったべすぱは、姉の手で比較的速やかに一糸纏わぬ裸体を晒す。
「は……え?」
そんな戸惑うマスコットに、見せ付けるかの如く――
あたかも、母親が娘に小用を足させるかのような。いささか、品のない格好を、魔法少女の姉妹は取る。
つまり。
裸になったべすぱの足を開いて、その秘所をトールに見せ付けて。
やはり幼虫の時であるので、そこは未熟で、小さく、受け入れられるようには――いや。
目をこらせば、そこに僅かな潤みがあるのが窺える。これは、つまり。
「末期の交わりということになるのですわね。……死に瀕しての本能とは我ながら浅ましきことですけれども。
それでもトールさま、どうにかわたくしに――」
「どッ……」
これで、ようやくトールも動ける気分になった。
早業によって声を入れる暇もなかったが。これまた無茶な状況になってしまっている。
「ど、どういうそのッ――」
「緊急を要するのよ。口答えしてる暇なんてないわ」
――予想外の、べすぺの冷静な声に。
反論を封じられてしまうトールであった。
「まあ簡単に言ってしまえば。変態することで、この毒の影響を打ち消すと。
そーゆー理屈なのよ。だから、早く。この子に出してあげて」
「……お願い、しますわ。結構本気でピンチですのよ、わたくしも」
命令に逆らえる道理はない。
だからここは従うばかりである。ただ、それでもどうしても。
「そんな急に……言われても、その……」
「この子を助けるためなんだから、早く……」
「そう言われても、せめて理屈を――」
「理屈は後で説明するッ!」
「ぐ――」
「それに、トール。あんただって、そんなこと言って結構やる気じゃないの?」
「……ぐう」
実は。べすぺの、今の指摘通りだったりするのだ。
こうしてその未成熟な肢体をさらけ出したべすぱが、弱弱しい瞳でこちらを見つめている。
その秘所は水気を帯び。そして同時に、彼女の指でうっすらと広げられていた。
漏らす吐息は荒く、瞳も掠れてしまっていて。
耐え難いまでの儚さと、隠微なる膣肉が、あまりにも妖しく見えるから。
だから、トールも反応してしまって――
――ここしばらくの鍛錬の成果、という事だろうか。マスコットとしては有望らしい。
「それはまあ……わ、わかったよ。べすぱを助けるんだから……」
「それでよし。優しくしてあげてね? 死に掛けだから」
「き、気遣い不要、でしてよ……姉さまも、トールさまも……」
そういうべすぱに促され、トールは下半身を出す。
今更言うまでもなく、少年のペニスは既にして臨戦態勢となっている。
それを掴み、開かれたべすぱの膣口に近づけて――
「さ、さあ、早く……なさって……」
「……一応、ほぐしたりとか」
「不要……ですわ。正面から……いらっしゃいな」
覚悟を決めた声である。
それを無碍に扱う事は、最早許されるものではない。
故に、トールも腰を進めて。
潤っていると言っても、それは死期の近づいた肉体が、どうにか子孫を残そうとする本能のためであるから――
快楽による潤いには遠く、完全にはその進入を助けないにしても。
「べすぱ……いく、ぞッ……」
「……ッ……」
ちゅ、と。亀頭の先端と膣口が触れ合った時には、ほんのささやかな音が立った。
それでも構わず、腰を進めて――
「ぐ……うわッ……きつ、いッ……」
「く……う、ぐ、はぁッ……くぅ……!」
「……頑張って。べすぱ、トール」
強引に。無理やり。未熟な花園を、踏み荒らすように。
引きつれすら起こすその膣内に、トールは肉の杭を埋めていった。
限界にまでたどり着く。
けれども、それはまだ、トールのものを半ばほどまでしか受け入れてはいない。
いかに小さな幼虫の時とは言っても、普段であればもう少し。奥にも招き入れられるものなのだが。
滑りを助ける液体が足りなければ、進むに進めなくなってしまう。
しかも潤滑ではないので、当然、擦れる感触は痛みこそ強くなるものだ。
「くくッ……つう、くう……」
べすぱの目は、それでも光を失ってはいない。
苦痛に喘ぐ声は、弱さを孕んでいたけれど。
むしろ、死に掛けていた瞳は、これによって覚醒したように見える。
「こ、この程度どうということも……ありませんけれど、でもやっぱり……く、う……」
「や、やっぱり、抜こうか?」
「……結構。むしろもっと強くして頂――いだだだだッ!」
体を抑えていたべすぺが、さりげなく妹の体を揺さぶった。
貫かれたペニスはそのままなので、自然と腰を動かしたのと同じ状態になる。
つまり、まだ潤いの足りない粘膜が刺激されるという。
「なななな何の嫌がらせですの姉さまはッ!?」
「いや、もっと強くって聞いたから」
「姉さまには言ってませんわよッ! トールさまにッ! そっちに言っていだだだだだッ!?」
今度は、トールが腰を動かして、べすぱの中を侵略する。
一度、突いた程度だが。でもやっぱり、まだ痛いのだろう。
「こっちはこっちで! 何をなさいますのトールさままでッ!」
「いや、まあ……ノリと勢い、というか。痛いんならやめ――」
「る必要はないと言っていますの。確かに痛みはありましてもそれも必要――姉さまはッ! 余計なことをなさらないでッ!」
またいじろうとしていたべすぺの気配を感じ取り、べすぱは咄嗟に声で止める。
機先を制されては魔法少女も形無しである。その手は止まった。
その様子に、べすぱも息を整える。
顔色は相変わらず悪い。ただ、紫がかったその色は、わずかに赤みを増していた。
まあ、それは興奮というか、怒りというか。困った姉とマスコットのせいであろうが。
それでもべすぱは、トールを受け入れて、その痕跡が僅かに見える腹部を手でさすり、告げる。
「……いいからもう、さっさと続けてくださいな。……不意打ちでなければ耐えてみせますわ」
「……よし。それなら、俺も本気を出そう」
「……面白いッ」
かたや、己のペニスを突き刺し、腰を進めている少年である。
もう一方は、それを受け入れ、しかも姉に大股を広げられている幼虫少女である。
それが互いに視線を交わすと、言葉のみならぬ思いを視線で戦わせたように、緊張を作り出した。
もっとも、後ろにいる魔法少女だけは、微妙な苦笑でその光景を眺めていたが。
そのまま、なるべく刺激を与えないように、ゆっくりと動き始める。
いまだ抵抗が激しい以上は、そうやっていても、べすぱの中を引き出すようになってしまって、スムーズにはいかない。
それでも、トールは動きを続ける。
べすぱももう、苦痛は訴えない。
時折、僅かに口元を歪ませはするが。声には出さない。
うめき声の一つも立てないのだから、そこは流石のものだろう。
狭く小さな、幼虫の膣肉を、そうやって慣らしている、と――
それを眺めているべすぺが、微かに喉を鳴らした。
「こうしてじっくりと見るのは初めてね……」
独り言だって漏れる。
当人達はそれに反応はしなかったが、刹那、べすぱの中が緩んだ。
「ん……」
それとともに、苦痛ではない声が零れる。
更に突き入れと、引き抜く行為を繰り返してやると、段々と動きが滑らかになってくるのがわかった。
「べすぱ、少しは楽になってきたんだ?」
「え、ええ……そうみたいですわね」
ストロークも大きくなる。
途中の抵抗も、心地よさを感じさせるレベルで留まるようになってきたのだ。
だからトールも、思い切って奥へと突き進む。
「はぅ……くぅ、んッ」
「……うわ、トールのそれ、もうぐちゃぐちゃね……」
「ね、姉さま、感想を述べなくとも……はぅッ……ぅ」
大胆さを増したその光景に、べすぺの声もどこか熱を帯びて聞こえる。
その視線は最早、二人が繋がっている部分から外れようとはしない。
「凄いわね……べすぱのそこから、もうだらだら零れちゃってるじゃない。
我が妹ながらなんとも……やらしいわねー」
「い、いちいち……はぅ、はぅ、はぅぅ……」
小さな幼虫の体全体が揺れるかのように。
トールは、力強く腰を使う。
「はぅッ、はぅッ、はぅぅッ……と、届いてます、わッ……く、よ、ようやくですけれどッ」
「あ、ああ、一番奥、突いてるよッ」
「……うわぁ、うわー……二人して、もう……うわー」
べすぺの言葉が、ますます高ぶりをもたらす。
客観的な支店からの言葉であるので、それは高揚するトールとべすぱの意識を、平静へと引き戻す効果があるのだ。
それによって意識が、高ぶりを持つ体とのギャップを感じ、それが余計に熱を生む。
「はぅはぅ、はぅッ……トールさまぁ……はぅッ、く……」
「べすぱッ……く、凄く、締め付けてッ……」
「……もしかして、もしかして二人とも、そろそろなの?」
動きが激しさを増す。
しかし、間隔は狭められて、べすぱの奥――子宮口を小刻みに揺さぶるようになる。
「はぅはぅ、はぅぅッ……わ、わたくし、そろそろッ――」
「んッ……よし、なら、俺もッ……」
「うわうわ、うわ、うわ……うわ……」
かくして。
何故かおろおろとしているべすぺを尻目に。
トールは、べすぱの奥へと擦りつけながら――
「はぅッ……んッ!」
びゅくッ。びゅるッ。
――ヒトの精。それを、自らの胎内へと受けて。
姉に抱きかかえられたまま、べすぱは瞼を閉じて、全身を襲う心地よい痺れに身を任せていた。
その快楽に体を委ねていたのも、実際はそんなに長い時間ではない。
「はぅ……ぅ……」
「……ん……」
姉とマスコットに挟まれる形になっていたべすぱは、少しの間を置いて目を開く。
「も……もう、結構でしてよ、トールさま。抜いて頂いて……」
「え……でも、もうちょっと……」
「け……結構、ですの」
名残惜しくはあったが、繰り返されては従うしかない。
ゆっくりと腰を引いて、ペニスをべすぱの中から抜く。
その先端から、とろりとした白濁液が零れて、ポッドの床を汚した。
「姉さまも……もう、結構、ですわ……」
「あ……ああ、うん……」
姉の手から離れて、べすぱは一人で立つ。
このような交わりを行ったが、それでもやはり顔色は悪い。
毒が抜けた、という事はないようなのだが。
「どうにか間に合った、というところですわね。
それではトールさま。姉さま。しばしの間……眠らせて頂きますわ」
変態の事であろう。トールとべすぺが頷くと、べすぱは重い体を引きずって、少し離れたところへ動く。
そこには、床上に取っ手のようなものがついていた。
「……よいしょっと」
取っ手を引く。と、床の一部が開いて、下へと続く梯子が出現する。
その下に見えるのは、なんというか。白くて特徴のある――率直に言ってしまえば、便器である。
つまりその、トイレであるのだ。そういえばのぞみがそんな事を言っていたな、とトールは思い出す。
「念のために言っておきますけれど。蛹が完成するまでは、絶対開いてはいけませんわよ、トールさま」
「え、俺?」
「前科のある方は信用なりませんわ、もう……」
べすぺがこくこくと頷いた。
微妙に居心地が悪くて、トールはべすぱの愛液と己の精にまみれたものをしまいもせず、立ちすくむ。
そしてそのままべすぱは、トイレの中に消えていき、同時に開いた床も閉じた。
見送ってから、トールは首を傾げた。
毒を喰らった状態でこういう行為をして、挙句の果てには変態をするという。
スズメバチの生態には未だになじまない少年としては、それはいいのかという疑問が浮かぶのだ。
「なんていうか、大丈夫なのかな、あれは」
「それはもう。むしろ変態しないと危ないのよね」
「……んん?」
――そもそも。
今の今になって、トールはまだ何も知らない事実がある事に気づく。
変態といって、成虫になるというのはよい。
しかし幼虫から成虫へと生まれ変わるその間、蛹の中では一体何が起こっているというのか。
その事実について、今まで知ろうともしなかったのだ。
「そういえば……聞いたことなかったな。
変態って、具体的にはどういうことをしてるんだ、あの中で?」
「ああ……それを聞いちゃうのね」
べすぺの口調はそれなりに重い。
少しだけ考え込んでから、窓の外を眺めて魔法少女は呟く。
「聞かせてもいいけど……んー、どうしようかな……
そうね。マスコットには話しておいた方がいっか。
えっと……つまり。私たちが、蛹になっているその間――」
その蛹の殻の中では。
一度、幼虫の体を、どろどろの液状になるまで、分解してしまう。
肉体という概念すら凌駕する、完全なる原初の生命そのものに、一度身を変えてしまうのだ。
そうする事によって、彼女達は一から肉体の構成を行えるようになる。
エネルギーを蓄えていた幼虫の姿を溶かして、再び成虫へと組み替えていく。
蓄えたエネルギーはその変化の過程で消費され、あの魔法少女へと注がれるという訳だ。
そして。肉体を構成しなおす、という事は――
「――身に負った傷や毒、悪いものはみんなそこで、吐き出しちゃうってことも出来るのよ。
だから、ほら。成虫で骨折してても、幼虫になれば治っちゃうし……
その逆もね。受けた毒を、こうやって再構成することで排除するって訳。
理にかなってるでしょ?」
「それはまあ……そうかもしれないけど、でも……なんかそれ。グロいなぁ」
「何よ。液状になるってとことか?」
「……まあ、ね」
想像したくない光景である。
人間には覗かない方がいい世界というのもあるが、変態の過程はまさにそれと言っていいだろう。
軽く頭の中に浮かべかけたトールであったが、ぶんぶんと振って意識から追い出す。
「そんなに毛嫌いしなくてもいいじゃない。やってる私としては、そんなに変でもないのにねー」
「いや、流石にそれは……こっちとしてはおぞましいにも程があるからなぁ」
「生ぬるいわね、トールも。困ったもんだわ。あんただって、そのうちやることになるかもしれないでしょ」
「いや……ヒトはっていうか。哺乳類はそんなことにはならないって」
「どうだか。可能性はあるでしょ」
そんなもん絶対に無いだろ、と少年は呻いた。
そのせいもあって。
僅かの時間、微妙な間が場を支配する。
「どうでもいいんだけどね、トール。……まだ物足りないの?」
「へ?」
言われて気づく。
未だにべすぱを犯した姿のままだ。要するに、下半身を出したままなのだ。
それも。
「……最近は一度出したくらいじゃ収まらないってのはちょくちょく見てたけど……
……実際そんなもんよね、これ。べすぱに出してもまだこれなんだから」
「いや、まあ、それは……そりゃ、その。そういうもんだよ」
出したままのペニスは、そこまでは半勃ち程度、というレベルだった。
が、こうして改めて注目を受けるに、たちまち力を取り戻してきたのだ。
べすぺが見つめる、その視線を受けて。再び臨戦態勢を整えたそれは、天井を睨んでいる。
「……どーせヒマだし。私とその……」
「……べすぺ?」
「……ええと。ちょっとあの……してあげようか? せっかくだし」
「せっかくって……そりゃ、してくれるって言うんなら、まあ、俺も男だし」
「よね。……うん。まあほら、マスコットへのちょっとしたサービスとでも思ってくれればッ!」
妙に意気込んで、べすぺはトールの正面に動き、身を屈めた。
そうして、両手にて彼のペニスを包み込む。
「これとも結構長い付き合いになってきたものよね……」
「最初も手でしてくれたんだったよな、べすぺは」
「……まあね。あの時に比べたら、私もトールもそれなりには経験積んでるから……」
緩やかに、しごき始める。
べすぺの手のひらが動き始めて、上下を摩る。
時折、上目遣いでトールの顔を窺いながら、丹念に全体を撫で擦った。
「た、確かに、最初よりは……いい感じ、だよ、べすぺ」
「そ、そうでしょ。ま、まあ、アレよ。普段はマスコットから受ける立場の私もたまにはね、そう、たまには……
こんな感じで。たまにサービスしてあげるってのも魔法少女的には重要だからね、ええ」
そういえば、以前のべすぱとの勝負でそんなような事も言っていたような。
あの時は、むしろ奉仕を受けてこその魔法少女であるとかなんとか。そんな理屈だったのだが。
それを思うと、こうしてべすぺに手でしてもらうというのも――良いのかどうだか。
「こ、これは魔法少女的なお仕事じゃなくてッ! プライベートだから、プライベートッ」
「ぷらいべーとて」
その違いはヒトの常識からすると理解できないが、まあ、彼女にも葛藤はあるのだろう。
どうあれ、確かにその技術も以前とは違っていて、力の込め方も精妙なものだった。
適度に固くなったペニスを嬲ってくれるものだから、にわかに鈴口より、透明な液が滴ってくる。
その先走りを確認した瞬間、ためらいもせずに――べすぺは舌で、それを舐めた。
「くぅッ……って、べすぺ……また、今日は本当にッ……」
「んッ……プライベートだから、プライベート……」
舌先が、細やかに鈴口を。そして亀頭全体をまぶすように舐める。
擦る手の動きはやや緩やかになったが、その分舌がよく動く。
お陰で先走りの液は留まるところを知らず、既にべすぺの舌では押さえきれない程になった。
纏わり付いていた、先のべすぱの愛液と、トールの自身の精液は舐め取られて。
けれども、それをべすぺの唾液と再び先走りで塗りこめたのだから、結局はぬるりとするトールのペニスである。
「ふうッ……」
べすぺが息を吐く。
後もう少し、という部分で止められたトールは、それをべすぺに告げようかと思って、顔を見た。
上気した頬は赤みを帯びて、同時に潤んだ瞳は、刹那さを――
――切なさ。
そんな感情を、こういう時にべすぺが。醸し出している、と。
「べすぺ……? なんか今日は珍しい……」
「それは、その、プ――」
プライベートだから。
多分、彼女はそう言おうとしたのだろうと推測は出来る。
が、まるで、それを誤魔化すかのように、べすぺは舌だけではなく、口を開いて――
呑み込むように、口の中に収めた。
「……うわッ」
熱さを持つ粘膜に、ペニスが包み込まれたと感じる。
当然、それだけではすまない。すぼめた口の全体が、吸い込むように刺激する。
更に、先ほどよりも激しく、そして細かく舌が這いずり回る。
こういうやり方をされては、我慢など出来るものでもない。
流されるまま、腰を動かして、べすぺの口内を味わってしまう。
ただ、それもそんなには長くは持たない。
僅かな時間、秘所を攻め立てるような腰使いをしては見たけれど。
それはかえって、トール自身にも快楽を与えてしまう事になる。
その結果は、すぐに、暴発となって現れた。
「……く、べすぺ、もう出るから、放しッ……」
「んー!」
逃がすまいとするべく、べすぺが喉まで使って吸い込んだ。
それに促されて――トールは、思わず喉億へと突き入れる。
そして。そのまま。
どくッ。びゅッ。
――それは、自らの放つ感触だけで感じ取った、幻の音だったか。
べすぺの喉に絡みながら、トールの精は飲み込まれていくのだ。
「ん……んッ……ん……」
二人とも、そのまま落ち着くまで、同じ姿でいた。
べすぺの口から離れると、トールは改めて彼女の顔を見る。
どこか喉に引っかかっているらしく、木になる顔で唾液を何度か飲み込んでいる魔法少女だったが、マスコットの視線に気づくと。
「……プライベートッ!」
「そ、そっか」
なんというか、こう、やっぱりべすぺも色々あるのだろう。
「プライベートでもなんでも……ここまでしてくれるなんて、ほんと珍しいよな」
「……い、いいじゃない。たまには私だってするわよ、こういうの」
「それが新鮮でよかったっていうか。なんていうか必死なとこが可愛……
……いや、魔法少女的によかった、というか」
「そ、そう。それならいいんだけどね、うん」
照れるように、羽ばたいてみせる彼女である。
相変わらず、その羽の一部は切り裂かれたままだ。もう、痛みはないようだが。
それも、先ほどの彼女の言葉、変態の原理を聴く限りでは、幼虫に戻れば傷も治ってしまうのだという。
ともあれ、その照れるべすぺの姿がまだ、どこかいじらしい。
そういう姿をされては、また――で、ある。
「……べすぺ」
「え? ……あ、ああ。トールもやっぱり元気よね……」
三度目でありながら、再び力を滾らせる己のものを、トールは軽く握った。
「そ、それならもう一回してあげようか。ええ、プライベートだからね、それくらい――」
「いや、せっかくだから……べすぺの中に出したいんだけど、いいかな」
「中? って、だから今は無理って貴方が……あ、いや」
前を使うのは無理である。
しかし。
――しかし。
先日試した通りに。べすぺは、もう一つの鍵がある。
「だッ……だだだ、駄目よ!? お、お尻は色々ッ……く、口でしてあげるからそれでッ」
「大丈夫。べすぺは天才だからね」
「天才って言われて悪い気はしないけど、でもそれは駄目だからッ。
……あれは感じすぎちゃって……ちょっとその、嫌なんだってば……」
「べすぺ」
トールは、己が主の手を強く握り締めた。
「な、何よ……」
そのまま顔も近づける。
そして――その唇を、重ねた。
「ッ……って、ちょっと……いきなり……」
「経験だ、べすぺ。経験を積んで全てを乗り越える。それが魔法少女じゃないのか!」
「それは……そうだけど、何もこんなところまで……」
「魔法少女に一切の妥協はないッ。そうだよな、べすぺッ!」
「そう……だけど、ああ、もう、何を言って……あー、もー、あー……」
そんなこんなで。
「って、そんなこんなで片付けられたら私が困るッ……じゃなくてッ!」
そんなこんなで――
四つんばいにされて、お尻を突き出しているべすぺである。
既にして、トールはあの生体ローションを取り出していた。
「な、なんでこう……こんな時に限って手際が異常にいいのよ、トール……」
「べすぺの為だからね。仕方ないんだ」
「……だからぁ、別にお尻なんて――ひぅッ」
指先が、べすぺの窄まりを撫でた。
それだけというのに、またしても魔法少女は身を震わせる。
「び……びっくりしただけよ、今のは」
「ああ。本番はこれからだしな」
「う……本番……」
トールは、人差し指でその穴の周りを撫でた。
ゆっくりと揉み解し、柔らかみを増すようにする。
「あ……くぁ……や、また、ゾクゾクしてる……だ、だから駄目だって……言ってるのにぃ……」
「……ホント、やわらかいよな、べすぺのここ」
「だ、だから知らなッ……ひ、ふぅッ……」
流れるように。
指は、閉じられているはずの肛門へと、滑り込んでいく。
「やッ……ば、馬鹿ぁッ!? ひくぅッ……は、早いでしょそんなッ……くぁ、お尻、がッ……」
「善は急げって言うじゃないか」
「善は、だからぁッ……くはぁッ、だから駄目ッ……お尻の中、そんなにほじッ……くはぁッ!?」
入った長の中で、指を軽く曲げる。
普通は、指であってもそこは受け入れがたい不浄の地である、はずだ。
そのはずなのだが。
べすぺの尻肉は、妙にスムーズに受け入れて、指先をもやわやわと食い締めているではないか。
「やだ、やだやだ、出ちゃうッ……なんか、出ちゃうッ、そこッ」
「ん……ちょっと、やりすぎたかな……」
す、と指を引き抜いた。
同時にべすぺも、鼻から抜ける吐息を漏らして、安堵する。
「……ねえ、トール。やっぱりさ、こっちはやめ……」
「諦めるな、べすぺッ。戦いは始まってすらいないんだッ」
「……どーゆーノリなのよ、そ――ッ!?」
言いかけたべすぺの尻穴に、トールはあのローションを塗りこめる。
そろそろこのローション――べすぱの分泌液らしいのだが、これの残量も少なくなってきた。
意外に使い勝手がいいので多用していたのが、その原因である。
まあ、無くなってしまっても、成虫となったべすぱに頼めば補充は出来るだろう。
便利な生態である。
まあ、それはさておいても、その残り少ない液体を、指先で押し込むように塗る。
「あぅッ……だ、だから、なんでそういうッ……や、冷たくてッ……んッ」
掻き毟るような指先で、べすぺはその感触に耐えている。
単に縫っているだけでこの有様だから、それ以上となればどうなるか。
「前もそうだったけど、そういうところは本当に見事だ、べすぺ」
「見事とかぁッ……私はそういうッ……あぅッ!?」
二本。
今度は、人差し指と中指の、その二本を押し込んだ。
いかに粘液によって滑りを助けられているとは言え、唐突なその仕草は暴威にも程があろう。
しかしながら。それでもべすぺの肛門は、容易にそれを受け入れてしまう。
「ば、ばば、馬鹿、そんなにいっぱいッ……ひ、いっぱいッ……や、やだ、こんなッ」
受け入れている腸の襞は、互いにバラバラの動きをする指を、蠕動でもって排出の気配を見せる。
その感覚は、べすぺに擬似的な排便の刺激のように届いて、ますます彼女を身悶えさせた。
「ひぅッ……や、出るッ……じゃなくて、くぅッ、や、やめてって言って……」
「……これでどうだろう」
「ど、どうだって――」
ぐ、と指を奥に押し込む。
刹那にべすぺは、その背筋に電流でも流れたように反応した、が。
更に、くい、と指を曲げる。その結果。
「くはぁッ……ひぁ、やだ、お尻ッ……ひぁぅッ!?」
更なる痙攣がべすぺを包む。
同時に、針から数滴の、毒の液も滴った。
「や……また、そんなとこで……あ、あうぅ……」
その羽根も力を失い、ぺたりと背中にくっついてしまう。
肩をついて、味わった衝撃から体を休ませている、そんな魔法少女の尻の穴から。
トールは、ゆっくりと指を引き抜いて。こみ上げてくるものに動かされながら、完全に蘇った己のペニスを握る。
こういう時のべすぺに一切の遠慮はいらない事は、既に前回学んだ。
そうである以上、トールは何の躊躇いもなしに、ひくひくと震える窄まりに自身を押し当てる。
「あ……だ、だめだめだめだめ、そこ、そこ駄目だって――」
「……そこは気合で乗り越えよう、べすぺッ!」
「き―ーあッ……ひぁぁぁぁぁッ!」
ずぶずぶと。予想していた通りに、べすぺの尻穴はトールを飲み込む。
閉じるはずの入り口は、こうなっては蹂躙されるのを望んでいるかのような姿で、あまりにもあっけなく陥落してしまった。
当然、この一撃で既にべすぺの腰は砕けた。
しどけなく口を開いたまま、虚ろな目で荒く呼吸をするだけである。
「続けるにしても……この体制だとちょっとやりづらいな」
「へ……あ、え……?」
後ろから突く、この獣の体位は、べすぺが踏ん張っていなければ力が流れて、少々動きづらくなってしまう。
そこで、と。トールは、崩れたべすぺを抱きしめて、そのまま持ち上げる。
「な、なに……? なにするの……?」
「……うん、こうだな」
胡坐をかいたトールの上に。その少年の腰の上に、べすぺが座るような姿だ。
もちろん、互いに向き合ってしまっては、彼女の針が刺さるので――
べすぺの、その背中を抱くような姿勢になるが。
「う……な、なんでここまでして……お尻にこだわるのよぅ……」
「才能は生かすべきじゃないか、べすぺ」
「才能たって……あ……ぅ……ぅ」
緩やかに腰を回す。
強引な突き上げではないので、べすぺも即座に達してしまう様子は見せない。
しかし、尻の中を太りものでえぐられたまま、動かされるという、それだけでも既に――
彼女にとっては、どうにもならない程の悦楽を生むようなのだ。
「あぅぅッ……あぅ、あぅ……あぅ、ぅぅ……」
目をきつく閉じて。歯を食いしばって。
激痛にすら容易に耐えるその彼女が、これほどにつらい表情をするなど、滅多にありうるものではない。
いや、苦痛にはむしろ、涼しい顔を見せる魔法少女である。
こういう時でなければ、こんな顔は決して見せないのではないだろうか。
そう思って、トールはどこか胸がいっぱいになるのを感じ。そのまま、耐えているべすぺの唇を吸った。
「ん……んん、んー…!」
舌と舌とを絡めて混ぜる。
成虫となっている今は、彼女からの栄養物質の供給は期待できない。
が、別に、だからといってどうというものでもないのだ。
こうして、べすぺと交わっている。
その場所が、まあ、なんというか。いささか不浄の場所ではあっても。
こうやっていられる事で、初めて出会った時からの、つながりを改めて実感できるのだから。
そのまま、彼女の腸肉を蹂躙し、内臓をも自在に嬲るような錯覚を覚えて――
「……ん、んんッ」
「……ッ!」
びゅるッ。どくッ、どッ、と――
腸内に、精液を注ぎ込む。
そして同時に、べすぺもまた。
混じり合わせている舌が震えると同時に、針の先から細かく。
ぴゅッ、ぴゅッ――などと。
毒液が、またしても飛び散ったものである。
と――余韻に浸ろうとした、次の瞬間。
「あ……あう、あうぅ……あぅ」
梅木を漏らしたべすぺが、ふらふらとトールから離れ、床に倒れ伏す。
そして。
「う、うわッ!?」
「あう……あうぅ」
眩い光を放ったかと思うと、即座にその輝きは消えていた。
かわりに、その倒れ伏していた姿が。これはもう、なんというか。
「あ……う。も、戻っちゃいました……あうぅ……」
全身白尽くめの、儚く幼い姿――幼虫、に。成り代わっていたのである。
「な、なるほど。こっちは一瞬ですむのか」
「ダ、ダウングレードするだけですから、それは、その、そ、そういう……アレで……あうぅ」
幼虫から蛹へと変態する姿は先日目撃した。
蛹から成虫へと変態する姿は、割と頻繁に目撃している。
ただ、この姿もまた、見たのは初めてであるので、トールは深くため息をもらして感嘆する。
「エ、エネルギーが尽き掛けてたのに、トールさんがあんなこと、するから……あう……
……お、お尻ばっかり……ひ、ひどいです、もう……」
「ご、ごめん」
謝ってはみたが、トールとしてはなんというか、満足であった。
そんな様子を窺ってか、べすぺは頬を膨らませて、顔を背ける。
「……も、もう。知りません」
ぷい、と音を立てるかのように。
幼虫なる魔法少女は、そうして機嫌を損ねてみせたのだった。
そして。
三人が、天下の往来を闊歩する。
肩で風を切って歩く。ふてぶてしいという言葉のよく似合う三人組であった。
一人は、小柄なネコの男である。唯一ヒゲだけが美しく艶めいているが、他はどうにもみすぼらしい。
また一人は、今度はネコの巨漢と来ている。胡乱な目つきで、ただ顔だけが凶悪だ。
そして、もう一人。もう一人いるのだが、これは。これは――
「いやぁ、兄者もすっかり元気になって、俺は嬉しいですぜ」
小柄なネコ。ま、つまりはいつもの小ごろつきであるが、彼は隣を見上げて、そう言う。
それを受けて、巨漢、これまた例によっての大ごろつきもまた、横を見上げながら手を打った。
「アナ……なんとかショックで明日をも知れぬ身なんて言われてましたからなぁ。
その長兄がこんなにも立派になってくだすって……諦めずにいた甲斐がありやしたぜ」
そんな二人の言葉に、残る一人は全身を揺らして笑いを浮かべた。
轟音が響き渡るような、そんな笑い声だ。
「当然だッ。このゴルバス様がそう簡単にくたばってたまるかってんだよ。
しかも前以上のパワー! 力! エナジー! エネルギー! 全てを備えた以上は最早二度と! 無様な姿は晒さねえ!
文字通りの鉄人ゴルバス、ここに極まれりってなもんだぜ!」
ごろつき二人がぱちぱちと拍手をする。
如何せん、彼らの手は獣毛に覆われているために、ぽふぽふとしか音は出なかったが。
それでもゴルバスはやはり満足そうに、轟々と笑った。
「こうなったからには、一刻も早くあのスズメバチどもを見つけ出して復讐戦と行きたいもんだぜ。
奴らがどこにいるかさえ掴めれば……なんだがな」
親分格の言葉には、三下二人も考え込んだ。
かのスズメバチとの再戦という。今のゴルバスであれば容易に勝利できるようにも思えるが、しかし。
そのゴルバスの言葉通り、今の彼らには、魔法少女達の居場所が掴めていないのだ。
先日などは、キツネの国に滞在していた事を突き止める程の諜報力を発揮していたものだったというのに、不思議である。
「あの時は、教団の連中のニンジャやらなんやらが、尾行してたってカラクリがありましたからなぁ。
その教団のエージェントが撃破されたらしいですから……奴らもどこにいったのやら」
「まったく、教団も意外に使えねえ。やはり頼りになるのはこの俺の腕くらいなものか……」
呟きながら、ゴルバスは応、と叫んだ。
往来を行く人々が、身をすくめて一瞬だけこの三匹を見る。
ただそれ以上の事は起きず。誰もがそのまま去っていった。
「フン。まったくもってイライラさせるぜ……ったくよ、憂さ晴らしするにしてもこんな町じゃなあ」
「確かに、ここはあんまりいけすかない町ですからなぁ、兄者」
「陸じゃないってのがいけませんな、長兄。どうも息が詰まっていけねえや」
「……だなぁ」
三匹はタイミングも正確に、揃って上を見上げた。
そこには青く深い空が――広がっては、いない。
そこに見えるのは、蒼く、そして碧の深く厚い水の壁である。
屋内であるのならばそこには天井があるはずである。
しかし、天井ですらなく。そこにあるのは、水――いや、海水の壁なのだ。
この厚い壁は海面にまで続き、本来であるなら陸地の獣を完全に拒む天然の盾となっている。
「俺たちゃ陸のネコだもんな。海のネコってんなら話は別なんだろうが……こんな水中じゃ息苦しいぜ」
「つまりあれですな、ウミネコってやつですな、長兄」
「ウミネコはネコとは別物だってんだよ馬鹿野郎」
小ごろつきが軽く大ごろつきを受け流す。
ともあれ、この三匹が嘆くのも、さして不思議ではあるまい。
この海水に囲まれた都市の中では、陸の生き物はなんともやりづらくもあろう。
これが、かの名高き『魔窟』であるのなら、まだしも陸地に多少は近いのだ。
かの地は陸と海との中継点という。この海底よりも陸に親しい。
しかしながら。
この地、この都市は、最早陸とはかけ離れた世界にある。
海底に広がる、魚介類の桃源郷。
陸にあるもの全てを拒むこの都市こそは、陸の人間にとって知らぬ果ての土地だ。
この都市、この場所を、かつての人々は名づけた。
海底都市、サランティット――名前のみ広く知られた麗しの都である。
さて、そんな幻の都に、何故この三匹がいるのであろうか。
陸地の人間を受け入れない土地であるというのに。何故か。
「ったく、これなら無理やりにでも神殿を出るんじゃなかったぜ。
あんなしみったれたところじゃ体も錆び付くと思ったが……海水の中じゃますます錆び付いちまうじゃねえかよ」
「ま、まあ……綺麗どころといい思いでもしなきゃあ、やってられませんでしたもんなぁ……
……ここがこんな町だったなら、来たいとも思わなかったんですがねえ」
タコ秘密教団が本拠地に滞在していた、この三人である。
しかしながら、いかに怪しい教団といっても、あくまでそこは宗教の場所だ。
この三人は見ての通り、そこらをうろついているようなごろつきに毛の生えた面子でしかない。
旨い飯も食べたければ、女だって抱きたい。あわよくばマタタビなんかもやって、良い気分になりたいものだ。
それなのに教団は教団である以上、どうにも堅苦しいところでしかなく――
それを厭ったこの三人、こうして勝手にサランティッとへ繰り出したという訳のようだ。
だがこうやって歩いていると、受ける視線の冷たさに、不平も出てくる。
「サカナどももどうにも目障りだしな。
文句があるってんなら直接言えばいいのに、これだよ」
周囲のサカナは、明らかに白い目で三人を見ているようだ。
異質なものを見る目。それは、同じ人間を見るようなものでは、あまりない。
「たくよぉ。どいつもこいつも……俺達をジロジロ見てるくせに……」
ゴルバスが、周囲をぐるりと見渡した。
なるほど、往来のあちこちから、ヒレを持つサカナがちらちらと三人を見ている。
しかし、ゴルバスと目があいそうになると、すぐさま隠れてしまうのだ。
「目をあわせようともしやがらねえ。異質なものを嫌う上に、とにかく関わりあうのを嫌がる。
自分の狭い平和だけ乱されなければそれでいい、他人がどうだろうと知ったことか。
そういう根性を持ってやがるんだな、この町の……いや、海底の連中は。
長い間、自分たちだけで平和を謳歌してきやがった。それが目を曇らして、外の苦労に気づかなくなってやがる。
そういうのをつまり……海底根性って言うんだなぁ」
しみじみと語るゴルバスに、小と大は目を丸くした。
なんというか、聞く限りでは随分と知性のありそうな言葉ではないか。
「兄者……インテリゲンチャになられたんですなあ……」
「あん? そうか?」
「いや、長兄の言葉とは思えないくらいの社会評論ですぜ」
うるせえ、とゴルバスの拳が大ごろつきに落ちた。
頭を抱えて地面を転がりまわる大ごろつきである。
この地面は浸る程度に海水が流れているので、当然ながら濡れ鼠の姿になる。
「社会評論ってなもんでもねえよ。受け売りだしな」
「は……受け売り?」
「俺は別にそんな、この町の連中がどうだろうと知ったことじゃねえんだが……
毒の治療だの、まあ、その辺に携わった連中がうるさくてなぁ。
何かっていうと、長年の平和を享受しているサランティットだってこれだ、良くねえだのなんだの。
他にもネコはどうだ、イヌはなんだ……ごちゃごちゃうるさくてよ。
世界はこれこれこうだから腐ってる。革命しなきゃならん……と。
こっちが動けねえのをいいことに、洗脳しようとしつこかったぜ」
「そりゃまた災難ですなぁ、兄者」
「まったくだ。俺に思想性を求めてどうすんだよって話だぜ。海底根性がどうこうって話だって、実は俺にゃ意味がよくわからねえしな」
「なるほど、それでこそ兄者ですぜ!
まあ、世界同時産業革命を掲げる組織なのである。
そこに世話になったものだから、教団的な説教を受けるのは、当然と言えば当然であろう。
それを聞き流した挙句、文句までつけるゴルバスの方が困った人という気もしないでもない。
「ま、なんにしてもつまらねえ町だ。後は……そうだな、ちょいと上に行くかい」
「上……? はて、上ってな、どういう……」
「忘れたのかよ。この町は――」
この町、サランティットは、かつて偉大なる女王によって作り出された奇跡の都市だ。
その生命力と魔力の全てを注ぎ込む事で、海中にこの空気ある空間を作り出した。
広さも相当なものではあるが、高さも大したもので、海底から、海面に近い高さにも達している。
単純に海底に都市を築くだけでは、この高さを生かしきる事も出来ないと言っていいだろう。
だから、サカナ達はこの町の建設に少しの工夫を行った、という。
「海底から第一層、二層、三層と……カステイラみてえな構造をしてやがるのさ」
「……カステラって、そういう菓子でしたかねえ」
「いいんだよ例えなんざ、どうでも。俺達の今いるここ……普通の町が広がってるのは、第二層だわな。
第一層、つまり海底にあるのが王城やら何やら、偉いさんのいる場所だ。
でもって……第三層、一番上にあるところにこれから行ってみようじゃねえかと、俺はそう言ったんだ」
小と、復活した大が、二人ともに首を傾げる。
「その一番上のとこには、何があるんで?」
「第二が普通の町だろ。で第三なんだがな。ここは……第二に住めなくなった連中が溜まってる場所なんだそうだ」
「住めなくなったっていうと……」
「平たくいやあ、貧民窟みてえなもんじゃねえのか」
「……ああ、どこにでもあるんですなあ、そういうのは」
小ごろつきは、したり顔でうなずいた。
どこの国でもどんな町でも、そういう場所は大抵ある。
人間というものは、集団で暮らせば貧富の差が出るのは自然であり、そうなれば貧が極まる者とて出るだろう。
「ま、こんなスカした町にいるよりは、そういう場所の方が俺達の性にあってるからな。
テキトーにブラついて、何人がシメてやって、それで憂さでも晴らして帰ろうや」
「へへへ、そいつはいいや」
「腕がなりやすぜ、長兄」
実に。困った三人である。
確かに、そこは貧しい者達の溜まり場であった。
整然として、珊瑚の飾りや、貝殻の壁の家が立ち並ぶ第二層とはまったく違う。
薄汚れた海草やら、陸の漂流物の残骸で組み上げられたボロ家の立ち並ぶ、なんともみすぼらしい風景が広がっている。
そこに住む者達の覇気もない。
ゴルバス一行をちらりと見ては、身をすぐに隠してしまう始末だ。
「……来てみたが。ここはここでなんだかなぁ」
「なんだかですなぁ……」
「まだ下の方がマシでしたなぁ……」
なんというか、この層には生気がないのだ。
住人のサカナ達は、寝転がっていたりするばかりだ。
陸の者達の、このようなスラム街であれば、貧しさが生み出す負のバイタリティで満ち溢れているものなのだが。
しかしどうにも、そんな様子がない。
普通は、こういう場所に立ち入れば、生意気な輩が絡んでくるものである。
それが無いせいで、せっかく憂さ晴らしをしようとしていたネコ三人は、しょんぼりと肩を落としていた。
がっかりしたまま、帰ろうときびすを返したこの三人の目の前に。
天上から――
そう、海の中を漂っていた物体が、今。魔法によって生み出されている、この場所へと――
『落ちて』、きたのである。まさしく、今に。
――鉄の持つ重さが、周囲を揺るがした。
寝転んでいた周囲のサカナ達も、すわとばかりに目を開いて、それを見据える。
当然、近くにいたゴルバス一行などは、慌てて落ちてきたそれに近づいた。
「な、なんだ、こりゃ?」
そこにあるものは、なんと形容すべきか。
鉄で出来た、巨大な――
巨大な。
巨大な、ツボ、であったのだ。
「ツ、ツボだぁ? 鉄の? なんなんだよ、こりゃ――」
疑問の声が広がる、その前に。
ツボの天井らしき場所が、パカンと珍妙な音を立てて、開いた。
そうして、その場所から、ゆっくりと姿を現す影がひとつ。
「よッ……うやく、到着ですわね。さて、ここはどこなのやら、と――」
その影は、背中にあるものを高速で振動させて、浮揚力を生み出した。
そのままスムーズに、ゆるやかに、華麗に地面へと降り立つ。
そうである。
最早、説明の必要も、読者諸兄には無用であろう。
お待ちかねの、彼女の出現だ――
「お、お、おま、おま、お前は――ッ!?」
小ごろつきが呻いた。
「あ……ああああ、あああ、ああああッ! あああああ!」
大の方は、あまり意味を成していない、というか、もう悲鳴だ。
「……運命ってのを感じるぜ、なあ、おい」
不敵に笑うのはゴルバスである。
これら三人の前に姿を現した影こそは。そう。
「魔法少女ホーネットべすぱ、今宵この時この地に推参――」
我らがもう一人の魔法少女の、そのサランティット初上陸であったのだ。
「で、推参したのはともかくも、ここは一体どこなのやら……」
ようやくべすぱも、目の前の三人に気づく。
もううんざりするくらいに見慣れてしまった小ごろつきに、大ごろつき。そして。
「……反省が足りませんでしたかしら? そこのお二方」
「う、う、う、うるせえッ! ど、土下座したのはあの時だけだ、あの時ッ!」
小ごろつきが必死で反駁した。
あまりいい思い出ではなかったのは事実である。
「そ、そ、そうだッ! 今日こそは、今日こそは、今日こそはァッ!
お前らなんぞ、俺達の長兄の漲る溢れるウルトラパワーでもって、木っ端微塵のけちょんけちょんにッ!
叩き潰してやるってんだ、畜生!」
大も吼える。今回は威勢がいい。
そして二人のごろつきは吼えてから、すぐ隣にあるそれの、後ろに隠れた。
「……またそうやって。どうせ今回も下らないものを持ってきているのでしょう?
今土下座したなら、刺すのだけは勘弁してさしあげてもよろしくってよ?」
「やかましいわッ! さあ兄者、今こそ復讐のチャンスですぜッ!」
小ごろつきは叫んだが、べすぱは首を傾げた。
兄者――と。そう言ったが。
「……兄者? それって確かあの……ガラの悪い殿方でしたわよね?
どこかに隠れているとでも言いますの?」
きょろきょろと、べすぱは周りを見回した。
彼女の目に入るのは、いくつかの要素である。
一つには、荒れ果てた町並みだ。その風景が見慣れぬ、海産物によるものだったので、少しだけ不思議にも思う。
さておいて、二つには、二人のごろつきである。
そして三つには――
ごろつき達の前に堂々と立ちはだかっている、大きな――
そうだ。
巨大な鉄で出来た、人型のようなもの。それが、目に入った。
「……鉄で出来た、人型?」
その言葉を自分で呟いて、べすぱは不意に背筋を凍らせた。
そんな単語は、最近覚えたような気がしないでもないが――
「お、ホントに空気がある。でも……なんだろう、ここ?」
「うわあ……ふ、不思議ワールドですね、ここ……」
遅れて、トールとべすぺもポッドから身を乗り出してきた。
この三者の姿を見る限り、どうやらあの脱出ポッドは流れ流れて、サランティットに辿りついたという事なのだろう。
その過程にも多くのドラマがあったのかもしれないが今回は割愛する。するとして。
「トール様、姉様。いつもの連中でしてよ」
「え……あ、ホントだ。懲りないねえ」
「な、なんだか、ちょ、ちょっと懐かしいです、この人たち」
どこか和みさえ見せるマスコットと幼虫魔法少女である。
が、べすぱは、そんな二人にちらりと目をやるだけで、また目の前の人型に視線を戻した。
「……鉄の人、ですわね。まさかとは――思いますけれど。
そこな鉄人は、よもや……よもや……ですの?」
「へ? 何なんですか、べすぱちゃん?」
「……ん?」
未だに事情を飲み込めていない二人もそれに気づいて、そちらを向いた。
ごろつき達が隠れる、謎の鉄の物体は、嫌でも目に入ってくる。
「……ぬふふふふふ。ぬふふふ。ぬふははははッ!
そぉうだともッ! 気づいたか、我が怨敵スズメバチどもッ!
俺様だ、懐かしい俺様だよくそったれ! 鉄人! ゴルバス様だぁッ!」
鉄の塊は、両手両足を広げ、轟然とした叫びをあげた。
――全身を鉄で覆った、巨大極まるその物体は。
ああ、それこそは――
かつて一度、魔法少女が戦った、あの鋼鉄の獅子にも似て。
「この俺様こそはッ! お前達への復讐の為に全てをかなぐり捨てた、水も滴るいい男!
蒸気人ゴルバスVer1.03たぁ――まさしくッ! この俺様のことよッ!」
「決まった! 決まりましたぜ兄者ぁッ!」
「全猫が感動の渦で震撼してまさぁッ! 長兄万歳! 鉄人団万歳!」
大見得を切って、蒸気人ゴルバスが腕を振り下ろした。
そのシルエットは、かつて見たライオネルバッハと違い、ネコそのものである。
だが、やはり大きさが桁違いだ。巨大なるネコ型の鉄塊、それこそが今のゴルバスであるという。
「ま……また来た、のか!? このパターン!」
「べ……べすぱちゃん、これ……この相手ッ……!」
後背にある二人を、べすぱは手で制する。
そのまま、蒸気人ゴルバスを睨みながら、その両手に針を出現させた。
「なるほど……わたくし達の相手を務めるため、このような存在に生まれ変わったと言いますのね。
これは相手にとって一切の不足なし、ですわ。
姉様。トール様。ここはわたくしがカタをつけると致しましょう」
両足で、かりそめの大地をしっかと踏みしめる。
べすぱも十分にやる気のようだが、相手が相手だ。
「こ、この前は、わたしとべすぱちゃんと、二人でどうにか勝てたのに……
ひ、ひとりで、本当に大丈夫……なの、べすぱちゃん……?」
「無論、でしてよ。わたくしもいつまでも昨日のわたくしではありませんもの」
ただ一人、トールは、しばしの瞑目の後、静かに声を上げた。
「士、三日会わざれば克目して相対すべし、というのは俺の世界の言葉だけれども……
魔法少女にあっては士すら生ぬるく、故に例え一日であろうとも克目は必須と言っていい。
ならば相手が蒸気人だろうと勝つッ! それが魔法少女だ。
そうだから、べすぱ――俺も一緒に戦おうッ!」
「……ですわね、トール様。よろしくってよ、その支援――そう、貴方の戦い方で、共に」
そんな二人に、べすぺも両手を握り締めた。
「じゃ、じゃあわたしも応援で!」
マスコットと姉の、二人の言葉を背に受けて。べすぱは微笑みを浮かべる。
すぐにそれを、凛々しき横顔へと切り替えて、蒸気人ゴルバスへと睨みをきかせた。
「今やわたくしは三位一体の魔法少女。最早負ける要素はひとつとて無し。
故に、その復讐とやら、受けて立ちましょうッ!」
かくして――
振るわれる復讐の刃は、今ここに輝きを増す。
「ならばこちらもやらせてもらうぜッ!」
そのまま、蒸気人ゴルバスは右腕を振り下ろした。
最早人のそれとは違う、巨大な豪腕は、離れていたはずのべすぱにも届かんとしている。
「……むッ」
とはいえ、それも単純な打撃に違いはない。
身の軽いべすぱは、ひらりと避けて、距離を取った。
虚空を腕がすり抜ける。直撃していればどうなっていたか、想像するまでもない。
「ちッ、流石に動きが早い……」
「当然ですわ。いかに威力の高かろうとも、届きもしない一撃など笑止、でしてよ?」
そして間髪をいれず、べすぱが針を投げつけた。
伸びた右腕の、間接部分を的確に狙った射撃である。
先だっての教訓を生かした攻撃と、そう呼べたのだ、が。
しかし。
今回もそう上手くいくものでは――
「……ないッ! のさあ。改良してるに決まってるだろうがッ」
まさしく。
間接部分は、柔らかな素材から、鋼鉄へと変更されているらしい。
それでは針も刺さらず、空しく地面に落ちるだけだ。
間接を硬くしたら、動けなくなるのではないかと見えたが――
「あれは……蛇腹状に鉄を鍛え上げているんだ。
硬くても、余裕のある構造になっているので、スムーズな稼動が出来る、という訳か……」
「じゃばら?」
トールの解説もなんだかよくわからないが、そういう事らしい。
とにかく、欠点は改良され弱点ではなくなった、というあたりだけ覚えていればよいらしい。
「昨日の俺様より今日の俺様だ。今日の俺様より明日の俺様。
毎日を進歩するこのゴルバスVer1.03には、いかなる攻撃も無力だぜ!」
「毎度毎度芸の細かい……ッ」
もう一度、べすぱは針を構えた。
しかし間接部分が補修されたとあっては、どこを狙ったものか、と少し迷う。
その少しを、見過ごすゴルバスではない。
左手を開いて、べすぱに向ける、と。
近くで見守る小と大が、一斉に叫んだ。
「おお! 出しますか、必殺の技!」
「おうともよ。ここで使わずしていつ使う!」
なんだか不穏当が気がして、べすぱは身を翻した――まさに、その時。
「キャットパンチインパクトぉッ! くらってくたばれぃッ!」
開いた蒸気人ゴルバスの左手が――
驚くべし。
「……は、はあああッ!?」
呆れたべすぱの、ほんの僅か右の位置に――
その、鋼鉄の手が。鋼鉄の肉球を持つ蒸気人の手、そのものが。
まるで弾丸のように、飛び込んできたではないか!
僅かに、その飛び出る手は逸れた。
そして逸れたまま、べすぱの後方まで飛んでいき、そこにあったみすぼらしい貝殻を叩き壊す。
「ぎゃあ、なんだなんだ!?」
住人らしい人物の悲鳴が聞こえる。
まあ、この層は家というよりは、掘っ立て小屋のようなものばかり並んでいるので、そんなに大きな被害でもないが。
しかし、家ひとつをつぶす、そんな一撃がゴルバスの手として飛んできたのである。
これは恐るべき事態と言うしかなかった。
「おっと、外しちまったか。残念無念たぁこのことだ」
とはいえ、ゴルバスはやはり、笑いを隠さない。
「飛び道具ッ……! これも改良というつもりですのッ!?」
「当然だッ。お前らに対抗する手段は多ければ多いほどいいッ!」
そう言うと、左手が無くなった腕を、ゴルバスは持ち上げる。
と――
その腕の先端にはワイヤー機構らしきものが施されており、キュラキュラという耳障りな音を立てて、巻き戻る。
そして、再び。
ゴルバスの左手は、舞い戻ってきたのだ。
「何発でも撃ってやるぜ。あたっちまえばお前の負けだからなぁ……かかかか、今度こそッ!
あの時の借りを返す時だぜスズメバチよぅッ!」
「……呆れたものですわね、まったく……」
べすぱのため息も、決して軽いものではなかった。
「猫パンチの衝撃……要するには、ロケット・パンチってところか。
恐らくは、内部の蒸気機関でもって高圧の蒸気を生み出し、それを蓄えて尋常ならざる圧力へと変化させる。
そしてその圧力を左手に集中させて、急激に解放する。
高まった圧力は鋼鉄の手も弾き飛ばし、結果として凶悪な弾丸と化した手が襲い掛かってくる。
これは……ただの砲撃とも違う、なんとも恐ろしい武器だ……べすぱ、乗り切れるのか……」
「こ、今回は色々豪快ですね、敵の人……」
しかして、べすぱは羽ばたきをはじめる。
中空に浮かんで、ゴルバスを睨みつけると、軽い笑みを浮かべた。
「ならばわたくしはこうして空を飛びますわ。
飛び回っている対手を狙撃するなど、その図体では難しいでしょう」
「ほう……試してみるか?」
「望むところでしてよ――」
その言葉が終わるか終わらないかの刹那に、再び手が飛んできた。
が、これは魔法少女の言葉通り。
急加速にて逃れると、雨あられと針を降り注がせ、かえってカウンター攻撃となっている。
もっとも、それらの針はやはり弾かれてしまっていたが。
「言っての通り! 貴方の攻撃は、わたくしには無力ですわッ!」
それでもめげず、べすぱは針を降り注がせる。
何本かは、周りにいたごろつき達に刺さって、彼らを激痛でのた打ち回らせてはいる。
しかし――肝心のゴルバスには、届くものではない。
「フン……だがお前の攻撃だって効いちゃいねえぜ?」
「さあ、どうですかしら。何度でも続ければ、必ず――」
ゴルバスの攻撃は、べすぱには当たらない。
べすぱの攻撃もゴルバスには通じていないが、ただ、当たらない訳ではない。
「ならば、いつかは貫ける日もある。
それを信じるのが魔法少女であるのだと……べすぱは、そういうつもりなんだろう。
決して間違いではないけど、しかし、そのまま続けるよりも、あるいは方法も……」
「……あ、あるんですか? 何か」
「いや、今はまだ、なんとも……」
解説のマスコットも歯切れが悪い。
ともあれべすぱは、諦めない一心でもって針を投げ続ける。
ゴルバスは、それに耐えるだけで、キャットパンチインパクトを放つ気配はなかった。
――が。
しかし。
「……馬鹿め。その余裕が命取りだってんだよ」
呟いたゴルバスが、鋭と気合を入れた。
その瞬間。
「なッ……!?」
最初にそれに気がついたのは、トールだった。
べすぺ、べすぱは気づかず。べすぱは、針を投げようとしていが――だが。
「蒸気人ゴルバスVer1.03、その真価ってやつだぜぇッ!」
ゴルバスの背中の、その、恐らくは尻にあたる部分から。
すさまじいまでの噴出音――いや、放屁という訳ではあるまいが。
なんと、そこに、目に見えるほどの蒸気圧が噴出されて。
針に刺されて倒れていたごろつき達が、その蒸気の直撃を受けてぐったりとしてしまったが、まあ、それもともかく。
ゴルバスの巨体が、その蒸気によって。
そう。
蒸気によって――浮かび始めたではないか!
「蒸気噴射飛行! これが最後の切り札だぁ、スズメバチッ!」
「んなッ……むちゃくちゃだ!?」
トールも流石に解説を捨てた。というか、そんなもん解説できない。
蒸気噴射によって浮かんだゴルバスは、そのまま加速していき――べすぱの速度に、並ぶ!
「なッ……ば、馬鹿馬鹿しすぎますわそんなのッ!?」
「馬鹿だろうと通した方が勝つッ! んだぜッ!
そして今の俺様とお前は、同じ速度! 同じ方向に飛んでいるッ!」
まさしく、その通りであった。
べすぱの飛行と、ゴルバスの飛行。不気味なまでにそれは、同調してしまっている!
「こうなれば相対速度は同じだから、貴様と俺様の間の速度差は、0!
止まっている相手にならば――」
べすぱは、急速で止まろうとする――が。
いかに急停止、急発進を得意とするスズメバチでも、この状態では――間に合わない!
「しまッ……!」
「こいつで終わりだッ! キャットパンチインパクトぁッ!」
鋼鉄の手が、弾かれて飛ぶ!
開かれた手に広がる、鋼鉄の肉球! それが、べすぱに襲い掛かる!
避ける暇は最早――無い!
激突の音。
それは、実際には一瞬の事であったろう。
が、トールとべすぺの目には、ひどくゆっくりに見えた。
飛んできた手に、べすぱが巻き込まれ。そのまま、飛ばされて――
「……勝ったぜ」
蒸気の噴射が止まり、ゴルバスが落ちていく。
ここで足元に小と大が――いたら、もう本当にどうしようもなかったが。
流石にそこまでではなかったらしい。二人とも懲りて、物陰に潜んでいた。
そして、ゴルバスは着地する。再び地面が鉄の重みに揺れて、響いた。
それとともに、べすぱを捉えた手が、飛んでどこかにぶつかった、らしい。
爆砕の音と、それから、水の音のようなものが響く。
「フン。決まる時は呆気ないもんだな」
その手を巻き戻すと、ゴルバスは鼻を鳴らした。
まさかの、魔法少女敗北の図か――
「――いや。まだだ……」
不意に聞こえたその声に、ゴルバスは目を開く。
それは、あのツボ――脱出ポッドの入り口で留まっている、残る二人の敵から放たれた言葉だ。
「まだ、だと?」
「魔法少女が、この程度で……倒れたりは、しない……」
「……ふはッ。ふははははぁッ!」
あざ笑うゴルバスだ。無理も、ない。
「現実逃避かい、兄ちゃんよぉ。今の一撃は完全に入った。
なんだろうと、砕け散ったのは確実だぜ?」
「……そうじゃない。確かに入ったかもしれないが、その後はまだ……見えていない」
「あん? その後、だと?」
怪訝な声を張り上げるゴルバスに、トールはどこか。
――どこか、遠くを見つめながら、続ける。声を張り上げて。
「確かにそれだけの衝撃を、まともに受ければ致命傷だ。
しかし、どんな衝撃であろうとも、受けて流せば被害は減る。
インパクトの瞬間に! あえて自ら吹き飛んで、ダメージを逃がしたなら!
強引なやり方でそらしたなら、決して……滅びないことも、可能だ!」
「な……何を言い出すかと思えば。下らねえ妄想を――」
「妄想かどうかは! そこに、その証拠がある!」
トールが指差したそこは、ゴルバスの、今しがたにべすぱを吹き飛ばした左手だ。
その左手の、肉球部分に。そこには――
「……は、針……だと?」
そう。あの、べすぱの針が、辛うじて突き刺さっているではないか。
「べすぱちゃんの、針……」
「その針こそは、彼女の力の証。それをみても、まだ彼女が死んだなどと信じられるのか!」
「あ……当たり前だッ、こんなもん、ぶつける直前に偶然刺さった……」
言いかけたゴルバスの右手に、こつんと何かがあたった。
不快そうにそれを見て、ゴルバスは。ますます不愉快な目になる。
「……おいおい……」
そしてその視線の先。虚空の先には――そう、だ。
全身をずぶ濡れにして、そして胸の鎧も、半ばまで砕けて。
それほどに傷ついていても、そこにいるのは、紛れも無い彼女。
魔法少女。ホーネットべすぱは、健在であったのだ!
「……直撃の瞬間に、どうにか身をよじって」
ぽたぽたと、全身から水が滴り落ちる。
何か、水溜りにでも落ちたような有様ではあるが。
「そして……あのパンチが飛んだ先には。なんと……水槽らしきものが、ありましたの」
水槽。それに激突したせいで、威力がそがれたのか。
「お陰でこんなにずぶぬれで。しかもボロボロですけれど……それでもッ。
それでも今の一撃、わたくしを倒すには至りませんでしたわッ!」
立っているのがやっとなのだろう。
べすぱの膝は震え、針を持つ指も弱弱しい。
そうだとしても、彼女は倒れない。こうして立って、敵を見据えている!
「はッ……偶然助かっただけの分際で! 笑わせるんじゃねえッ!」
ゴルバスは、それにもひるまずに。左手を向けた。
もう一度のキャットパンチインパクトで、今度こそ屠ろうという腹積もりか。
これを受けては、さしものべすぱも助かるまい――
「けれどもべすぱ、攻略法はあるッ!」
「……ッ、トール様ッ」
「そう……蒸気圧によって空まで飛ぶ、今のゴルバスは死角がない。
が、その力は、何の代償もなしに得られるものでは、ないッ!
そうだ、空を飛ぶには重さは邪魔になる。重さはすなわち鉄の厚さを意味する……
ならば、べすぱッ! ゴルバスは、確かに鉄で出来てはいるが、それも――
だいぶ、薄くなってしまっているはずなんだッ!」
「なぬッ……そ、そりゃあそうだがッ――!」
うっかりゴルバスも認めてしまったが、実はその通りだ。
空を飛ぶだけの推進力は、おいそれと得られるものではない。
ましてや鉄の塊である。せめて薄くして、重量を減らさなければ飛べはしない。
「だ、だがなぁッ! それでも、針を防ぐ程度の厚さはあるんだッ1
いくら薄くたって、そんなひょろひょろ針なんぞ、この俺様に通じるかッ!」
「くッ……そうでもやらなければッ……」
と、針を構えるべすぱに。トールは、最後の言葉を送る。
それこそが、マスコットの仕事であると――一片の疑いもなく、誇りを供として。
「一本の針では届かない。だが二本ならッ!?
二本、三本になったなら、針の威力も二倍三倍だ、べすぱッ!」
「ど、同時に撃ったってそんなことにはなりませんわよトールさ……ッ」
突っ込みを入れかけたべすぱは、そこで目を見開く。
そして改めて針を構えると。
「二本、三本、同時――ですわねトール様ッ!」
そのまま、針が投げつけられる――!
「な……何かと思えば」
へへへ、とゴルバスは笑った。
顔だけが元の生体のままなので、その笑いも不気味に響く。
「一緒に投げつけようとな、そんなもん、無意味……」
言いながら、ふと引っかかりを覚えて、飛ばそうとしていた左手を見る。
一本が刺さった肉球の部分が。
――そこには。
「な……ん、だ、こりゃ……?」
その一本の針と、まったく同じ場所に――もう一本、針が突き立てられているのだ。
それは、釘を打ち込むハンマーのようになって、最初に刺さっていた一本をより深く突き刺している。
「まッ……まさか、こんな……」
「一つの場所に、二本、三本を叩きつける……
これによって、その一点にかかる負荷は二倍、三倍となりますわ。
そうなれば、薄い鉄の板など……語るに及ばず」
べすぱが手を閃かせた。
輝きを持った針が飛び、そして、ゴルバスの体中に『突き刺さる』。そう、突き刺さっている。
いずれも、まったく同じ場所に同時に投げつけられた、二本の針によるものだ。
「あ……がが、が、馬鹿な、こんな馬鹿げた、やり方があるかよッ……!」
「言いましたわよね、貴方は。馬鹿だろうと通した方が、勝つ――!」
「なッ……ちくしょ、こんな、おのれ、てめッ――!」
もう一本。
べすぱは、針を投げつけた。
胸らしき場所に刺さっていた、二本の針に、駄目押しのようにそれは刺さる。
すると――
「あ……そこは、駄目なんだよ……ちく、しょ……う」
ゴルバスの全身から蒸気が噴出した。
どうやら。
「……蒸気機関の、機関部分を射抜いた、かな。
まさしく心臓部分だ。それをやられてはもう……終わり、なんだろうね」
解説は、的確だったといっていい。
「て、てめッ……つ、次こそッ! 次こそッ……
お、覚えてやがれよ畜生ぉぉぉぉッ!」
轟音と――そして、閃光。
三人の悪党は、揃って爆発に巻き込まれ、そして――
彼方へ、飛んでいってしまった。
――決着である。文句なし。
が。
その余韻に浸る間は、残念ながら無かった。
「ちょっとッ、ここで何をしているんですか貴方達はッ!」
そんな声が聞こえてきたのだ。
力尽きかけていたべすぱが、どうにかこらえてそちらを見る、と。
不思議な女が、いつの間にやら立っている。
額の脇にはエラらしきものが。そして、両の手はヒレらしきもので覆われている、サカナの女であろう。
ただ、その頭頂部に、珍妙なものがあって、そこはひどく印象に残った。
「しかも……ああ! せっかくの淡水槽が壊れて……どなたですか、こんなひどいことをしたのは!」
明らかに、こちらを見ている。
なんだかややこしい事になったと、トールは肩を竦めながら、べすぺに問うた。
「……どうしよ、べすぺ」
「うーん……どうしましょうか……」
女は、とりあえず手近な、べすぱに近寄ると、指を立てて睨む。
その頭頂部からぶらさがった――奇妙な球体を、ピカピカ光らせながら。
「貴方ですね、こんなことをしたのは。
あちらの家は倒壊してしまっているし、淡水槽は壊れているし……
どうしてくれるのですか!」
「あ、貴方は……?」
女は、ますます球体を光らせて――
「ここ一帯を取り仕切っているものです! とにかく、事情を聞かせてもらいますからね――」
トールは。そこで、思い当たる事が出来る。
一部分を光らせる、サカナ。つまり。
「……チョウチンアンコウ?」
――なのかどうか。
それは、また。
次の機会に、である。
第7話 終わり
次回予告!
海底の都サランティット。不思議でいっぱいのこの町に、今日も立つは魔法少女。
ところがここで、意外な騒動に巻き込まれる!
陸でも海でも男女の仲は複雑怪奇、分からない事ばかりの世の中だ!
さてさて魔法少女には、どんな試練が待ち構えているのやら!?
次回、魔法少女ホーネットべすぺ第八話、「追跡大作戦! 想いは海溝に消えて」
誇りあるもの、尊きものを目指して、次週も炸裂推参ッ!