猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

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scorpionfish 第3話

 
 
 いつも天井から見える、仄暗い青い海。
 それとは色彩の違う明るい海を、あたしたちは陽光に照らされながら泳いでいた。
 正確には、高速で泳ぐファルムの腰ベルトにあたしが必死に掴まって、おまけに腰を小脇に抱えられて移動していたんだけど。
 眼下は見渡す限り珊瑚礁。
 無数の魚の群れや、水面近くを浮遊する大きな魚影。
 それらを、ガラスのゴーグルで見つめながら、あたしは目をつぶらずに周囲を観察していた。
 少し深くなった部分に、何か、ある。
 島影?
 ううん、違う。
 岩みたいに見えたそれは、フジツボに覆われ、岩と化した、海底に沈む巨大な廃棄船。
 元がどんな船だったのかはわからない。でも確かにそれは斜縦に海底に突き刺さった船の形を残していた。
 その周囲には珊瑚の残骸が堆積し、船を支えると同時にその上へ積もり、遥か彼方の水面まで、なだらかな白い斜面が続いている。
 船の周囲では完全に珊瑚礁は途絶え、ほぼ死滅していた。岩陰の海藻だけが、寂しく揺れる。
 十メートルぐらい先には色とりどりの珊瑚礁が見えるのに。
 ファルムが大きく水を蹴って、廃棄船の下部へと泳いでいく。あたしは必死に剥がされないように掴まった。
 
 船のごく近くまで近寄ると、姿は見えないのに岩陰から一対の三叉槍が進行を阻むかように交差し、行く手を封鎖した。ファルムが軽くヒレ耳に触れて何かを誇示する。すると槍は引き、道が開いた。細い隧道からあたし達は侵入し、やがて、ようやく空気のあるフロアに出た。
 水面から顔を出し、思いきり深呼吸する。足がつかない。きょろきょろと不安げに辺りを見回したあたしを、ファルムが誘導して水中梯子に掴まらせる。
 ほっとして、あたしは残り少ない空気飴を吐き出してから、先に上がったファルムの後に続いた。
 水面から梯子で上がると、ファルムが誰かと話していた。
 ゴーグルを外し、鼻つまみと、耳栓を取って、ポケットにしまう。
 髪からぽたぽたと雫が落ち、すでに乾き始めた肩を濡らした。
 話の途中でファルムが身震いして水滴を飛ばす。あっちは濡れていても全然平気だけど、あたしは寒い。
「ヒレなしの方がこちらの入り口から参られるのは珍しいですね」
 蛍光ブルーのヒレを持つ女の人が、獣人用だという、吸水タオルをあたしに被せてくれた。
 濡れた肌を拭き、生乾きの髪になると、ファルムが手間賃を女の人に渡して、あたしを呼んだ。
 武骨な扉を開けると、別世界が拡がっていた。
 そこは何だかとても色彩鮮やかなのに、見るからに胡散臭くて、昼のはずなのに薄暗かった。
 狭い回廊の両脇には行商が、思い思いに店を広げている。そんなに高くない天井から、いろいろなものがぶらさがっていた。
 人通りは多い。目にも鮮やかな色彩を纏う人々で溢れている。喧騒が鼓膜を揺らす。
 あたしはここに来てから初めて、こんなに大勢の人を見た。
 な、なんかファルムを明らかに値踏みするような視線の魚人さんが通っていくんですけど。
 それに、その、ファルムみたいな顔の人もいるけど、その、魚頭の人がいて、怖いんですけど。あの人達、瞼閉まるのかなあ。
「魚人も獣人も、オスはほとんどあんな感じさ、言わなかったかい?」
 あたしの怯えた表情に、ファルムが振り返る。
「聞いてません…」
「まあ、海は陸と違って、陸ではマダラと呼ばれるオスも多いけどねえ」
 
 ファルムの腰にしがみつくように進む。今日はベルトを巻いてくれてるので捕まりやすい。あんまりひっぱると怒られるんだけど。
 素足に、金属の感触が冷たい。
 角を曲がると、二人分の青い影が、脇からの青いゆらゆらとした光を受けて出来る。
 あたしは、興味を引かれてその光の方へと、ファルムを引っ張りながら寄ってみた。
 所々にある小さな円窓。覗くと、やっぱり水中。海水はエメラルドグリーンで、とてもきれい。
 熱帯魚が目の前を通り過ぎていく。
「さて、陸風料理は……と」
 あたしに引っ張られるついでに近くの案内板の前で立ち止まっていたファルムが急に歩き出し、慌てて小走りに追いつく。
 はぐれたら、帰れない。
 あたしの不安を見透かしたように、眼前で揺れる見慣れた赤黄色のヒレが、さりげなく頬を撫でた。
 ファルムは食事時にだんだん俯くようになったあたしを気遣って、ご丁寧に保温クリームを全体に塗りまくり、どういう構造かわからないけど空気飴を舐めさせて、ここまで連れてきた。ずっと必死にファルムに掴まってきたので、どこをどう来たかは覚えてない。
 水切れのやたらいい魚人族独特の布地はここに来てすぐに乾いたけど、あたしにはファルムの服は全部ぶかぶかで(特に胸の辺りが)、結局、上着を着て誤魔化している。下に着た服も、実はファルムが着ると腰までなのに、あたしが着ると膝丈という感じになっている。
 首には、身分証明、ということらしく、紅珊瑚のチョーカーをつけられていた。ファルムの後頭部のトゲと同じ形のそれは、かわいくて気に入っている。
 ファルムはいつにも増してゴージャスで、化粧も念入りだった。常はつけない宝飾品を沢山身に纏っている。一部は貨幣代わりと言っていた。
 目立つのは両ヒレ耳にひっかけるタイプの金の耳飾りで、六連の黒真珠が歩く度に耳元で揺れている。
 ファルムやあたしを好色そうな眼で見つめてきた魚人も、その黒真珠に目を留めた途端、なんだか避けるようにすれ違っていった。
 階段を上ると、客層が変わる。
 道も広くなり、魚人に混じって獣人もいるようになった。
 あ、あれはネコの人だ。デブってるなあ。
 眼が合うとニヤリと微笑まれた。
 
「気をつけるんだよ?」
 突然、ファルムが囁く。
「こんなところに来る奴等は、皆訳ありだからねえ。人買いに攫われるんじゃないよ」
 手首を掴まれて、引っ張られる。
 見上げるとちょっと男っぽい横顔のファルム。
 珍しい。
「そこのヒレなしは貴方の持ち物ですかな?」
 すれ違う瞬間、揉み手のネコ人がファルムに声をかけた。
「……この黒真珠が見えてのお尋ねかい?」
 ファルムが向き直って妖艶に嗤う。
「アタシも黒真珠の一つや二つ、持っておりますよ」
 表情を変えずにネコ商人が言う。
「……新参者かい?黒真珠の意味も知らないとは」
 あざけるような笑みに、ネコ商人の顔色が変わった。
 周りの魚人、それも自分の部下らしき人達までもが、田舎者を見るような目を向け始めたのを感じ取り、不快そうに顔を歪め、牙を見せる。
 なんだか、嫌な雰囲気になってる。
「何事だ!」
 ざわつき始めた市場に、透き通った声が響いた。
 雑踏が割れる。
 そこから姿を表したのは、黒銀のトゲヒレ耳と髪を持つ、浅黒い肌の背の高い女性二人組だった。手には鈍く銀色に光る三叉槍を持ち、揃いの銀色の鱗鎧を身に纏っている。
 一人は長い髪を後頭部で結い上げ、もう一人は緩い巻髪を胸に垂らしていた。雰囲気は異なるけど、両方とも目を引く美人だ。
「ファルムではないか。どうしたのだ?」
 切れ長の目元が涼しげな、髪を結い上げた武人さんがあたし達を一瞥して口を開いた。さっきの誰何の声だ。
「どうもしないさ。ビッグマムはお元気かい?」
「息災であらせられる。面会ならさぞお喜びになるだろう」
 知り合い?なのかな。
 
 一方、もう一人のどこかおっとりした風情の巻髪の女性は、ネコ商人に声をかけていた。
「通行証を見せなさい。ここでの騒ぎは禁じておりますよ?」
「……いえいえ。アタシはちょっと商談を持ちかけていただけですよ」
 のらりくらりとネコ商人は話題をずらす。
「溺死したいのなら構いませんよ?」
 おっとりした声でにっこりと、女性は三叉槍を持ち替えた。
「いえいえ、アタシは何も……」
 ネコ商人が一歩後ずさる。
「黒真珠がどうとか、聞こえたな」
 ファルムと話していた女性が振り返った。
「あ、アタシも黒真珠なら持ってる、と話しただけですよ」
 ネコ商人が言い募る。
「……それを無闇にここで見せるのは感心しませんね」
 おっとりした女性は残念そうに首を振った。
「マダムファルムが身につけているのは刻印の黒真珠。そなたが持つものとは格が違うのです。刻印の黒真珠、すなわち我等の庇護の証。この魔窟においてそれは死よりも覆せぬもの」
 ネコ商人が迫力によろけてしりもちをついた。
 どっと周囲から笑い声が起きる。
 よく観察していると、なぜか魚人達は総じて獣人の人たちに冷たかった。商売はしてても、それだけって感じみたい。
「セレフィア、……ご挨拶に行きたいのだけれどねえ」
 ネコ商人には目もくれず、優雅にヒレを動かしてファルムが言った。
 武人さんが頷く。
「案内しよう。リテアナ、その馬鹿の始末は」
「まわりの者に任せますわ。ご機嫌よう皆様」
 リテアナと呼ばれた、おっとりした女性は槍を引くと、周囲に優雅に会釈した。
 その途端、ネコ商人は周囲の魚人に取り囲まれる。あっという間にどこかに担がれて連れて行かれる様を、あたしは呆然と眺めていた。
「始末はついたな、行こうか」
 どういう関係なんだろ。なんか親しげだし、ファルムも名前呼び捨てにしたし。なんだかちょっとむっとする。
 
 ファルムの後ろから顔を出して見上げると、ようやくその人はあたしの存在に気づいたようだった。
「なんだ?そのヒレなしは」
 ヒレなし、ヒレなしって、あたしはどうせ、ただのヒトだもん。
 思わず頬をぷくうと膨らます。
「まあ、かわいい♪」
 唐突に、背後から抱きつかれ、頭上から降ってくるリテアナさんの声にあたしはパニックに陥った。口を開けて、わたわたと両手を動かす。それが面白く映ったのか、さらに抱擁に力が込められた。鱗鎧が痛い。
「……リテアナ、ちょっと。小さい子に手を出すのはやめなさい」
 渋面でセレフィアっていう人がたしなめる。
「だって……叔母様はずっとマダムにご執心なんですもの」
「人前でそう呼ぶのは止さんか!」
 あ、すごい真っ赤になった。あんまり年が離れてなさそうに見えるからいやなんだろうなあ。なんか、憎めないかも。相変わらず、ファルムとの関係は気になるけど。
「……こんなところで漫才してないで、さっさと連れていっておくれよ」
 ただ一人、ファルムの呆れたような退屈そうな声音が、その場を断ち切った。
 
「ご機嫌麗しゅう、ビッグマム」
 ビッグマムは、名前の通り巨体だった。なんかスリーサイズ、全部一緒っぽい。
 少ない面積の黒のロングドレスからはみだす、浅黒い肌。髪は燻し銀の輝きで、短く刈り込んである。トゲヒレ耳や、他のヒレの方が長い。
 布製のソファに横向きに座るビッグマムは、気怠そうに水煙管をふかしていた。
 その指には、黒真珠の指輪が一つ。ファルムの身につけているものと同じ輝きで、それよりずっと大きい。
「セレフィア、……ファルムとは珍しい客人を連れてきたね」
 あたし達は三人で、ビッグマムと向かい合っていた。
 リテアナさんは、扉の前で待機している。
「はい、陸風の食事が恋しくなったとかで」
 ここでは、あたしたちは喋ってはいけないらしい。
 事前に聞きだした事柄をセレフィアさんが答えた。
「陸風?あのファルムが?どういう水流の変わり目かね」
 ビッグマムが声を出さずに喉で嗤う。
 ファルムは先程から微笑を浮かべたまま顔色を変えない。
「大方、そこのちびの飼育に困ったんだろうね。こいつらは雑食だ。海のものだけでは物足りなくなったんだろう、贅沢だねえ」
 ちびってあたし?飼育って、そういう感覚なのかな……。
「まあいい。二人とも許可を与えるよ。昼寝の邪魔をしないでおくれ」
 そういうとビッグマムはくるりとあたし達に背を向けてしまった。
 ファルムが無言で、ビッグマムの後ろ姿に一礼する。
「失礼いたします」
 セレフィアさんが挨拶して、あたしたちは、部屋を後にした。
 あれ、リテアナさんがいない。
 でも他の二人は特に気にしていなかった。
「ふう、随分とご機嫌だったな、マムは」
 少し歩いてから、セレフィアさんがぽつりと言う。
 あれで?
 あたしは小首をかしげながら角を曲がる二人に続く。
 
「陸風の食事なら、貝と蟹が美味しい店がありますのよ。参りません?」
 ぴょこんと、リテアナさんが姿を現した。鱗鎧と槍がない。鎧を脱ぐとかわいらしいデザインのドレスなんだなー。ひらひらした姫袖と淡いピンクの色合いがほんわかした印象と合っている。
「陸のものが久しぶりに食べたいんだけどねえ」
 唐突な出現に一歩身を引いたあたしとは対照的に、いつもの調子でファルムが応じる。
「それだったら隣に屋台がありますわ、まいりましょ、ねえ、参りましょ?」
 リテアナさんが妙にはしゃいでファルムの腕をとった。よく見ると、化粧直しもしたみたい。
 あたし、なんだかおまけっぽい。
「おい、リテアナ、…無理強いは良くないぞ?見回りもあるのだし」
 少し控えめにセレフィアさんが言った。さりげなく牽制してる。
「あら。先程引き継ぎを済ませましたわ、皆さんの謁見の間に」
 リテアナさんがファルムの腕を離して、唇の前で指を振る。
 仕事モードの時よりかわいい人だなあ。
「……リテアナッ!」
 眉をしかめてセレフィアさんが威嚇するように槍で床を鳴らした。……全然効き目ない。
「ねえ、叔母様もいいでしょう?久しぶりの再会なんですもの。槍なんて無粋なものは置いて」
「ふむ……武装を解くのはまた別だが、ファルムは、その、どうなのだ?」
「シロが栄養失調にならなきゃ、他はどうでもいいね」
 ファルムの一瞥につられて、あたしの方を三人が一気に振り返った。
「な、なんでしょう」
 うう。背の高い三人から見下ろされるとひるむよお。
「シロちゃん、何が食べたい?」
「えーと、温かいものとか、ごはんとか食べたいです。とりあえず刺身と海草サラダだけは見たくないです」
 にっこりと微笑むリテアナさんの目がきらりんと光る。
「よおし、れっつごーよ!」
 あたしの手を引っ張ってリテアナさんが歩き出す。
「お、おい、背中を押すな」
 セレフィアさんが調子狂った感じでリテアナさんに喋りかける。主導権はリテアナさんにあるんだな、あの二人。
 あたしはすっかり雰囲気に呑まれて連れて行かれた。
 
 通ってきた回廊市とは違い、いい匂いの漂う派手な店構えと屋台の建ち並ぶ一角。
 あたし達が囲む円卓の上には皿に山盛りのボイル蟹と焼き貝があった。
「うむ、旨いな」
「美味しいですわ。あら、お二人も食べてくださいな」
 って。なんで、なんで、殻ごと二人ともばりばり食べてるのー!!時折スイカの種でも吐き出すように、殻皿にぺっと吐き出すのが恐ろしい。
 あたしの強張った笑顔をよそに、ファルムが一人蟹用ハサミを使って優雅に切り分けていた。
「ほら。歯の頑丈なクロダイ族の真似なんてできないだろ?」
「あ、ありがと…」
 食べやすいように剥き身にされた蟹の脚をもらい、あたしはようやく食べ始めた。そっか。クロダイ族の顎って頑丈なんだ……。
「過保護だな」
 セレティアさんが手を止めて、言う。その脇にはジョッキの酒があって…かなり強い酒らしいのにあおりまくるスピードが早い。槍は置いてきたけど、鱗鎧は纏ったままのセレティアさんの目は据わって、ほんのりと頬を染めていた。
 同じく暴飲暴食に耽るリテアナさんの方はいっこうに顔色が変わらない。ハイテンションにただ目の前の皿をまるで回転寿司にでも来たような勢いで空にしていくだけだ。ものすごい音が口元からするが、気にしない事にする。
 気にしない。気にしない、もん……。
「食が進まないねえ…」
 ファルムが視線を落としたあたしを見て呟く。
「他に何か頼むかい?いくらなんでも名物だけじゃ飽きるさね」
 と、メニューを差し出してくれたのはいいけど、文字が、読めない。
 あたしの子犬のような視線を受けて、ファルムが面倒くさそうに上から読み上げる。
 あたしは、カキ雑炊と野菜炒めもどきを頼む事にした。
 来たのは一応温かいお米たっぷりのカキメイン雑炊と、海藻と野菜とイカの炒め物。ひさしぶりの温かい食事に頬を緩める。
 
「それでだ。辺境域も、徐々に獣人達の行き来が激しくなっているわけだ」
 何かセレフィアさんがファルムに向かって話しかけていた。
 ファルムは突き出しの小魚の酢の物を食べながら気怠げに応じる。
「で?」
「我等としても、王都への興味を獣人達に持たせるわけにも行かない。だが、落ちものも増えた以上、ネコ共の知識は必要なわけだ」
「そ」
「ファルム、聞いているのか?」
「聞いてるさ」
 一方的にファルムにセレフィアさんが突っかかっている感じだ。
 食べながら二人の様子を伺うあたしに、リテアナさんが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「ごめんなさいね。あの二人、会うといつもああなの」
「ああって?」
「昔から、こんなふうに防衛の話になっちゃうの。叔母様は真面目な方だから……。久しぶりにあの方に会えて、意見を聞きたいのね」
 ファルムっていつも余裕かましてるか、なにか怪しい事たくらんでるだけに見えるけど……面倒見はいいほうだからなあ。でも、なんであそこまで真剣に話を持ちかけてるんだろ?
「ファルムってここで何かしたの?」
「え?ああ……マダムはね、この魔窟を生み出した方なのよ」
 ファルムがこの魔窟を造った?
「正確には、落ちものを、魔窟に変えたんだけれど……。シロちゃん?手が止まってるけどもうお腹いっぱい?」
「あ?え。はい、まあ…ごちそうさまでした」
 すっかり目の前の皿を空にして、あたしは手を合わせる。あんまり蟹とか貝は食べてないけど。
「じゃあさ、今日だけマダムを、叔母様に貸してくれる?そのかわりあたしがこの中を案内してあげるわ」
「え?でも……」
 ファルムといままで離れた事はない。
 不安げにファルムを見ると、聞こえていたのか気怠げに向こうへお行きと手を振られた。リテアナさんの事、信頼してるのかな。それとも、旧友との話に忙しいのかな。
 あたしは、不安ながらも、その場をリテアナさんに連れられて後にした。
 
 
「シロちゃんは、どんなお魚が好き?」
「んー。よくわからないです。そんなにお魚の種類詳しいわけじゃないので」
 リテアナさんが連れ回したのは…食べ物の屋台、屋台、屋台につぐ屋台。いろんなバリエーションの魚料理と、野菜や果物、おやつ等の屋台が並んでいた。
 リテアナさんがぱくつく煮こごりのゼリー寄せを一口、スプーンでもらって、美味しさに顔をほころばせつつ、話を聞いている。そういえばよく、最初の頃ファルムがこうやって一匙味見させてくれたっけ。苦い薬草もあったけど…。
「そうねー。カサゴなんてどう?」
「カサゴ?」
 えーと。
 なんだっけ。
 昔の記憶……。
 ここに落ちてくる前の記憶……。
「ええと、煮付けが美味しいらしいですね」
 誰が言ってた事だろう。思い出せない。でもちょっと舌に記憶が蘇る。
「まあ、煮て食べちゃうのね~♪シロちゃんってダ・イ・タ・ン♪」
「は?」
 よくわからないがリテアナさんの後ろにお花が咲いている。ご機嫌のようだ。そして、煮こごりのお皿は一瞬のうちに空になって、お店の人が回収していった。
 かわりにリテアナさんの手には鮮やかなグリーンのカクテルグラスが。
「鯛とかもお好き?」
 くいっといきながらこちらを見る。ちょっと色っぽい。
 座ってると座高がそんなに変わらないのは、やっぱりあたしの脚が短いせいなのかなあ……。
 立ってる時はあたしの顔がちょうどリテアナさんの胸に埋まっちゃうような位置関係なのに。
「あ、はい。お刺し身とか鯛飯とか、美味しいですよね」
 
「まあまあ、生き造り?やるわねー。ならあの子のこともほっといて大丈夫かなー」
 な、なんか話が噛み合っていないような。
「あの子って?」
「内緒♪おとなの女性には秘密が多いのよ?」
「はあ」
 よく、こっちの人の年ってわからないんだよなあ。
 あたしは、どうみても実年齢より子供扱いされてるような気がする。
 背が低いからかな?
 でもこの前会ったクロダイの男の子、じゃなかった女の子はちっちゃかったよなあ、あたしより。
 そういえば、リテアナさんも、クロダイ?
「あの」
「むー。遊び足りないなあ。そだ、いいとこ連れてってあげるわ、シロちゃん」
 あ、あの。
 リテアナさんはグラスをあけるとぴょんと立ってあたしの手を取り引っ張っていく。
 ピンクの膝下丈ドレスがふわふわと自前のヒレを覆い隠して、って…リテアナさんってよく見るとヒレ耳以外もトゲトゲしたヒレなんだなあ。ちょっとふわふわした雰囲気に合わない感じもするけど……。
 ふわふわとした雰囲気に似合わないといえば、その、胸。大っきい。すごく大っきい。思わず自分のと比べてしまう。歩く度に揺れてるそれは、横から見てものすごく突き出てるのに、腰はくびれてて、お尻はきゅっとしてて、スタイルいい……。
 道行く人もぽわーっとリテアナさんを振り返っている気がする。
 そろそろ魚人さんとか獣人さんの男の人たちの顔にも慣れてきた。特撮と思えば怖くない。表情も、よく見たくないけど、よく見ればあるようだし。時折熱帯魚っぽい彩りの人の顔の男の人も見かける。
 女の人は例外なく人の顔してるのになあ。どういう法則なんだろ。
 ほら、あそこの触覚生えたお姉さんとか。なんかタコっぽい脚を頭に乗っけてるおねえさんとか。
 
「シロちゃんにはちょうどいい大きさの服が必要なのよ!」
 周囲に気を取られていると、唐突にリテアナさんが握りこぶしを作って小さく叫んだ。
 え?
「さっきから上着で誤魔化してるみたいだけど、だまされないんだから。上から見るとピンクな部分も見えちゃうくらいぶかぶかよ?」
 耳元で囁かれて真っ赤になる。慌てて上着の胸元を掴んで寄せた。
 そ、そんなにピンクじゃないけど……先っちょ見えてたら、見られてたらー!ぶんぶんと頭をふる。ブラは濡れると中々乾かないので、今日は身につけてないのだ。ほんの少しだけ動きに合わせて揺れる自分の胸がちょっと気恥ずかしい。
「こっちよ!」
 力強く引っ張られるとあたしはまるで小動物が振り回されているようだ。リテアナさんはやっぱり槍とか使える筋力と体力の持ち主で、それはドレスの裾から覗く引き締まった手足からわかるのだけど……。
 あたしも日々、水圧に耐えてるのになあ。
 他のものにも耐えてるのになあ。
 ぽすっと連れ込まれた先は、小さな、あたしにちょうどいいサイズの服ばかりある洋服屋だった。棚の上にある服を店主に持ってこさせて、二人してあたしを見比べている。
 服は、魚人用のものと、見慣れないしっぽ穴のあいた獣人用の服、それにとくにそういう仕掛けのない中古品の三種類あった。最後のが、落ちもの、なんだ、多分。
 落ちものについてはよくわかってない。
 海の中に落ちてきたから落ちもの、だと思ってたけど、ちょっと違うみたい。
「うーん、しっぽ穴の部分があいててもセクシーなんだけど、ちょっと違うのよねー」
「そうですね、こちらのものなどいかがでしょう」
「そうね。ヒレスリットもなくてお手ごろねー」
 ヒレスリットかあ、そういえば人によって微妙にヒレの位置が違うよね。あれってお魚の種類が違うのかな。
「ほら、これなんかどう?」
 淡いブルーのノースリーブの膝上丈ワンピと、下に合わせる白のレースのキャミソール。
 かわいいー。
 
「ほら、着てみて。試着室はこっち」
「はい、あ、あの、なんでリテアナさんまでカーテンの中に居るんですか?
「見張り♪」
 見張りって、外でするものじゃ……。う、なんでそんなに詰めてくるのー。そしてなんで目が輝いてるのー?う、背中が鏡に当たった。
「さ、脱いで♪」
 何か言う前に上着に手をかけられる。
 もともと大きい上着だから簡単に引っ張ると脱げちゃって。
 残ったのは…ファルムの胸余ってますドレス……。
 う、ううう。確かに下が丸見えだよお。
 反射的に胸を隠したあたしに、リテアナさんがにっこりと微笑む。
「見えちゃった♪」
 あたしは涙目でリテアナさんを睨む。ど、どこまで!
 ……もう、下着屋の店員さん相手みたいに開き直った方がいいのかなあ。
 吐息をついて猫背になったあたしのドレスを、リテアナさんが一気にまくりあげる。
 う。白紐パンが丸見え。
 普段家ではショーツ身につけてないけど、これは来る前に魚人の布地でファルムが適当に作ったお手製。紐パンなのはその方が自分で調整がきくから。ゴムがないんだよね。なぜか。
「ほらほら、万歳して?」
「はあい……」
 言われるままに両手をあげて、ドレスを脱ぐ。
 ショーツ一枚のあたしを、リテアナさんが少しかがんで上から下までじーっと眺め回した。
 なんだかはずかしいよお。
 これじゃ健康診断みたい……。
「着痩せしててわからなかったけど、けっこう出るとこ出て、ちゃんとひきしまってるのね♪」
 いえ、あたしの胸なんか、両手で寄せて上げても、てのひらからはみ出さないですから。
 リテアナさんみたいな、ファルムの爆乳とどっちもどっちなふるふるんな柔らかそうな胸とは違いますから!…あ、でも最近ちょっと柔らかくなったかも。
「じゃ、これ着てね」
 そう、着替えを押し付けるとリテアナさんは赤くなったあたしを置き去りにして、2重カーテンをさっと通り抜けて出ていってしまった。
 
 はあ。
 入り口に背を向け、もぞもぞとキャミに腕を通そうとして、ふと鏡が目に入る。全身鏡はここに来てから初めて。
 やっぱりまず髪に目がいってしまう。
 白い。髪を掴んで持ち上げてみると、時折茶髪や金髪や、そして僅かな黒髪が混じって梳いた指からこぼれ落ちるのが見える。首筋にかかった髪を切っちゃいたいほど、ちょっと悲しい。
 肌は食後だからほんのり赤みが差した、基本青白い肌。
 胸は…んー。あのブラ合わなくなっちゃったからサイズ変わったんだろうな。アンダー痩せたみたいだし。トップはそんなに変わらないからもしかしたらサイズアップかも。Cってところ?
 ウエストは一応あんまりつまめない。ちょっと嬉しい。
 お尻はそこそこ。手足は華奢め。
 身長は…多分160cmいってないと思う。
 キャミを着て、くるりとまわってみる。肌につるつるする感触が心地いい。
 その上に淡いブルーのノースリーブワンピースを着る。胸もきつくないし、ちょうど、絞ってある部分が胸下なので一回転するとふわっと拡がってかわいい。肩ひももずれ落ちなかった。
 リテアナさんの見立てって的確だなあ。
「どう?着れた?」
 カーテンの外でリテアナさんの声がする。
「あ、はい、どうぞ」
 戻ってきたリテアナさんの手には、下着…じゃなくて、水着が大量に盛られていた。
「あら、やっぱりかわいい♪さて、どれがあうかなー」
 あたしにハンガーを押し付けて、鏡と見比べている。
「あ、あの。なんで?」
「だってここまで来るのにも濡れたでしょ?」
「でもあたし、泳ぐの……」
 あんまり好きじゃない。
「じゃあ、ビーチで日光浴♪」
 え?
「ビーチがあるんですか?」
「もちろん!ここは天下の魔窟よ?プライベートビーチくらい完備してるわ♪」
 天下の魔窟っていう理屈がよくわかりません。
 でも、ファルムがここに来る途中で一度も首を縦に振ってくれなかった海上へ出れるのなら。
 お日さまが海越しじゃなくて拝めるのなら。
 魂売っちゃいそう。
 あたしはよほどうっとりとした顔つきをしていたのか、リテアナさんは満面の笑みを浮かべて半月型の瞳で、「さあ、選んで!」と言った。
 
 
 青い空。白い砂浜。エメラルドグリーンの海。
 それは南海の……孤島。
 なんもない。360度、島を1周しても遥か彼方は水平線だけ。
 数メートルに渡って南国の林があるだけで、後は全部白い砂浜。
 そんな場所にあたしは林の中にある梯子トンネルから姿を表した。
 うう。西陽が眩しい。日がじりじり肌に痛い。
 木陰でつい足が止まってしまう。
 熱そうな砂浜だ。
 随分日は傾いてるんだけどなあ。
「日焼け止め持ってきたから大丈夫よ~♪」
 手にパラソルとバッグを持った、黒銀のヒレに浅黒い肌の長身美人が、サングラス&水着姿で背後から現れる。
 大胆過ぎるカットです、リテアナさん。
 浅黒い肌によく映える白の三角ブラとハイレグビキニ…。巻き髪がかかる豊かな胸が思いっきり布地からはみ出てるし、なんか股間はこう、前はともかく、後ろはTバックでくいこんでてほとんど布地無いし。
 あたしといえば、同じく白のちょっと控えめのビキニ。カットは地味です。胸はほとんど覆ってます。下はハイレグだけど。
 お揃いにしましょ?って押し切られた…。
 さっきからお尻の布地を引っ張って直してるんだけどずり上がっちゃうんだよね。
「ほら、シロちゃん、パラソル広げて敷き物ひいたから、日焼け止め塗りましょ?」
 手際のいいリテアナさんが準備を済ませて手招きする。
 日焼け止めってそういえば保温クリームとぶつかったりしないだろうか。
 あたしはパラソルの下に入ったものの、遠慮して、逆にリテアナさんにオイルらしきものを塗ってあげる事にした。まあ、ぬるぬるしてるから似たようなものだよね、多分。リテアナさんご指定だし。
 
「もう少ししたら夕日ねー。ちょっと来るの遅かったかな」
「いえ、とっても楽しいです」
 塗り広げるついでに背中をマッサージしながらあたしは答えた。
 顔に当たる潮風。何処までも拡がる青い海。
 久しぶりのひなた。久しぶりの海の上。
 やっぱ日差しが強いからな、色白のファルムは苦手なのかなー。
 あたしも、下手したら火傷になっちゃうくらい日焼けするかもしれないから気をつけないと。
「これ、オイルじゃないんですよね。なんですか?」
「ローションよ」
 ローション?化粧水かな。魚人さんは保湿が大変なんだなあ。
「これは輸出してるものにあたしがアロマを調合した特別品なの。いい匂いでしょ?」
「はい」
 リテアナさんの全身が艶やかな肌になって、成分が溶け合っていい匂いを発する。なんか塗ってあげてて気持ちいい。
 なんだか眠くなってきた。
「リテアナさん…お昼寝してもいいですか?」
 リテアナさんの横にころんと横になる。
 パラソルの影が徐々に長くなっていく。
「いいわよ?膝枕してあげる」
 リテアナさんが起き上がってあたしの顔を覗き込む。
 頭が引き寄せられるのを感じて、あたしは目を閉じた。
 あったかい膝の感触。
 なんだか……心地よい……。
 
 ん……。
 遠くで誰かの話し声がする。
 なんだろ……。
 ぱちっと目を開けると、眼前いっぱいに夕日の沈む水平線が目に入った。
 時間経過からして、ちょっとだけうとうとしてたようだ。
「うわあ……。きれい……」
 思わずむくっと起きて顔をほころばせて見入る。
 なんか雄大だなあ。
 白い砂浜と、大きな夕日と、黄昏色に染まる空と海。
 すべてがあかね色に染まって。
 リテアナさんも……。
 話しかけようとして右を振り向いたあたしは、次の瞬間、あまりに驚いてしりもちをついた。
 何。
 このパラソルの影にいるふさふさの物体は。
 薄汚れてはいるけど白い羽毛。
 あぐらかいてるその脚は……どう見ても、鳥の脚。
 恐る恐る見上げてみると、マッチョな体に生えた羽毛。
 そして頭部は……。
「あ、れ?」
 あたしは後ずさりしながら砂の上に手をついた。
 目に入るのは顎の下と頭の上の、赤いとさか。前を向いた丸い眼に、とがったくちばし。頭部を覆う羽毛。そのまま羽毛は肩に続いて被り物みたいに覆い尽くしている。日焼けしたマッチョな胸板。
 腕は肩から繋がる羽毛の翼つきで、下半身は膝から下がどうみても鳥の2本脚。唯一着てるのはボクサーパンツ。あ、よく見たら尾羽根もきっちり。
 なんでリテアナさんがニワトリ男になってるのー!!!!!!!!
 ニワトリ男がこちらを向く。
「おう、起きた、か」
 喋った! くちばしで喋ったー!
 
 正直、頭パニック。
 しかも、なんていうか、ニワトリ男、見た目が間抜け。これは着ぐるみ? いや、魚人も、獣人も、オスは頭がこうっていうのがデフォルトなんだよね? ファルムみてるとよくわかんないけど。
「ど、どなたですか?」
 完全に砂の上で身構えて、あたしは問う。
「そろそろ冷える」
 ニワトリ男はあたしの質問を無視して無造作にバッグをつっとこちらによこす。
 あ、リテアナさんが持ってきたバッグ。上に買ってくれた水色のウィンドパーカーが見える。
「り、リテアナさんは?」
 ま、負けないもん。
「所用」
 けっこう高めのハスキーな声。うん、男の人の声、だよね。
「あなたは?」
 再度確認してみる。
「刻男」
 ときお?
「留守番、頼まれ、た」
 なんか照れながらぽつぽつ喋ってるよ、この人。
 あたしはどうすればいいのー!
 ……どうしていいのかわからないので、とりあえずウィンドパーカーを羽織って一緒に夕日を見る事にしました。その距離、およそ十メートル。
 だってこわいんだもん。ニワトリ頭を被ってる人って思っても、なんか、そのリアルすぎて。
 ずーっとパラソルの下から動かないし。
 西日がだんだん弱くなっていく。あたしや砂浜やパラソルや海。すべてをオレンジに染めて沈んでいく。ニワトリ男の白っぽい羽毛もオレンジに染まってたけど、半身はパラソルの影で暗いままだった。
 
 体育座りで顔を膝に埋める。
 リテアナさーん。早く帰ってきてよお。
 はあ。待たないであの梯子から下に帰ろうかな。……でも魔窟を一人で歩いちゃいけませんって言われてるし……。
 胸元のチョーカーの感触。握りしめてみる。ちょっとひんやりした紅珊瑚に、あたしの温もりが移っていく。
 背後から夜が迫る。
 足の指で白い砂にのの字を描く。太陽は沈んで、空はほんのり濃紺に覆われようとしていた。
「ん?」
 ニワトリ男が何かに気づいたのか、林の方を振り返る。そのままのそりと立ち上がると林の方へ消えていく。
 あたしも慌てて半立ちになる。
 でも後を追う勇気はない。林の中に消える姿を見送って、敷き物の上にぺたんと座る。
 バッグに何か入ってないかな。引き寄せてごそごそと中身をあさる。
 あ、買ってもらったワンピース。えーとこれを上から着て、その上にパーカーを羽織って。後、獣人女子用のビーチサンダル。ちょっと大きめだけどこれも履いてと。
 これ、飲み物かな?バッグのそこの方に瓶がある。喉乾いたな、飲めるかな。
 瓶を取り上げると、一緒に小さな小瓶が転がり出て来た。
 あ、これ昼間リテアナさんに塗ってあげたローションだ。とろっとしてるんだよね。
 あたしは瓶の蓋を開けて、匂いを嗅いだ。砂の上に手を出して、瓶の中身で手を洗う。それから改めてちょっぴり零して舐めてみた。無味無臭。
 うーん、ただの水みたい。飲んじゃおう。
 はあ、喉乾いてたんだよねー。
 
 気づくと闇が深まって、バックの中身も判別しづらくなってきていた。うう。明かりがないってさみしい。
 月が低い位置に出てる。
 目を凝らすと満天の星が空を飾っていた。
 あたしは仰向けになって空を見上げる。
 きれいだなー。ファルムと一緒に見たいなあ。
 ん?なんでここでファルムなんだろ。
 ここに来てからいっぱい経験して、えちいこともいっぱい仕込まれちゃって、なんだかなーって思ってたのに。こうゆう時にファルムの赤黄色のつんつんしたトゲとか、あの吸い込まれそうな、長い睫毛の青い瞳とか、思い出すのはなんでだろ。
 その時、林の方から物音がした。
 ニワトリ男?
 がばっと起き上がる。
 ニワトリ男らしき影の後ろにもう一人。遠目で見えないけど、シルエットは……魚人だ。
 でも、リテアナさんにしてはちょっと背が低いような……。
「ほんとにここにいるの?」
「……ああ」
 この声。聞き覚えある。でも。嘘。なんでここに?
 魔洸燈の明かりがぼんやりと淡く青白い光を放って砂浜を照らし出す。月明かりと同じ色。
 見えたのはヒレのついた浅黒い肌の素足。黒のミニチャイナを身に纏い、腰には鞭っぽいものを下げている。
 身長は、あたしと同じくらいかそれよりちょっと低い、華奢な体つき。
 魔洸燈が持ち上げられて、パラソルとあたし、そして来た二人を照らし出す。
 吊り眼のかわいい顔立ち。愛らしい唇。
 でもその瞳に浮かぶ表情と、たたえた笑みには見覚えがあった。
 緩いウェーブを描くボブの黒銀の髪。
 あの、子。
「みーつけた♪また遭ったね、シロ」
 後ろに手をついて波打ち際へ後ずさったあたしに、ニワトリ男の脚と、クロダイ族の小さな足が近づいてきていた。
 
「逃がしちゃダメだよ?」
 逃げようと構えるあたしに、あの子の口から命令が飛ぶ。
 ニワトリ男が迫ってきて、一瞬ばさりと空を飛んだ。
 飛翔、じゃないな、ニワトリだし。跳躍。
 あたしの背後に着地して、多分、笑った……みたい。しかも苦笑い。
 動こうとしたらパーカーがねじり上げるように引っ張られた。掴まれてる。前開いてるし、脱ぐのは簡単だけど…。
 前にクロダイ、後ろにニワトリ。うー。響きだけ聞くとそんなに強そうじゃないのに。なんか、逃げられそうにない。
「いい子だね、そのまま捕まえといてくれる?」
 あの子が近づいてくる。
 う。魔洸燈を砂浜に置いて、手に何か持ち替えた。
 やっぱ鞭?
 直後、背後から羽根があたしの視界を奪う。パーカーをひっぱられて両腕が上に引っ張られる。
 ヒュッと何かが風を切る音がして、パーカーの上から手首に何か巻き付いた。
 そのままパラソルの方へと引き摺られる。体がバウンドして敷物の上を這う。大きすぎるビーチサンダルが両方とも脱げる。
 いつのまにかパラソルの下にあの子が移動していた。
 両手首に絡みついた鞭は引っ張ったくらいじゃ外れない。あの子が笑みを浮かべると、少し余裕を残し、鞭の残りの部分をぐるぐるとパラソルの柄に巻き付け、縛った。
 
 あの子が一歩退がる。指を鳴らす動作とともに、羽音がして、パラソルの上に一瞬黒い影が舞う。パラソルが沈んだ。柄が砂浜に深く突き刺さる。あたしは腹ばいになって衝撃に耐えた。
 何も来ない。
 その代わり、パラソルに巻き付いていた鞭の先端が、パラソルの柄とともに砂の中に沈んでいた。引き抜けなくなってる。さっきより三十センチ以上埋まったパラソルはそこで止まっていた。
「これで、よしと」
 低くなったパラソルの横に、魔洸燈が置き直される。
 あたしの顔を照らし出す光。
 覗き込むのは、いたずらっぽい笑みを浮かべたあの子。
「ぼくのこと、覚えてるよね?あの時は名乗らなかったけど」
 あの子の後ろで、ニワトリ男がこちらを気の毒げに見て、砂浜にどさっと座った。見守ってるけど、これ以上手を出す気は無さそう。
 それ以前に、あたしが逃げられないんだけど。
「ぼく、ラフィリっていうんだ。まだ成人前だから姉さま達とは違って幼名だけどね」
 あの時、最後に結界から追い出された時の姿、それより一、二センチ背が伸びていた。体にぴったりした黒の袖無しミニチャイナは、丈が足の付け根すれすれで、ちょっとうごくと下が見えそう。今は影になってるけど。
「この服どう?獅子の国の民族衣装なんだって。ヒレスリットをあけなくていい長さ、これだけだったんだよね」
 確かにこの生地にスリットつけたら刺繍がもつれそう…ってそうじゃなくて。
「離してよっ」
 起き上がろうとしても手首が固定されてて身動きが取れない。体を引きつけて、相手を振り向いて睨む。近づいてきたら相手を蹴ろうと身構える。
「違うでしょ?ぼくは服の感想を聞いてるの」
 ラフィリの足があたしの背中を踏む。
 
「……似合ってる」
 ニワトリ男がぼそっとつぶやいた。ちょっとうっとり気味の声音。
 でも、ラフィリが振り返って睨みつけると首をすくめる。
 大男のくせに尻に敷かれてるんじゃなーい! リテアナさんが帰ってきたら許してもらえないんだから。
 でも、なんでリテアナさん帰ってこないんだろ。
「リテアナさんはどこ?あたしみたいになんかしてたら許さないから」
 さらにあの子の目が細められる。トゲヒレ耳がぴくりと動く。
「ヒレなしが、生意気なんだよね」
 お腹の下に足が入り、強引に転がされて、あたしの体が仰向く。間髪入れずにラフィリが馬乗りになる。足のヒレが、太股に触れた。
「アレは助けてくれないからね。下僕だもの。君もばかだよね、魔窟の上で、ひとりいるなんて」
 顔を背けるあたしの頬を、華奢な指が撫でる。
「んっ」
 顔が近づいてきて、強引に唇に舌が割り込んでこようとする。んー、やだっ。顔を振り、じたばたと足をばたつかせると、鼻もつままれた。我慢してたけど息苦しくて思わず口を開けてしまう。その途端、何かを口腔に流し込まれ、あたしはむせた。
「おとなしくしてもらわないと、つまんないよね。手首に傷つけたくないし」
 なんだか体に力が入らない。この感覚……最初に落ちてきたとき、ファルムにちくってされたのと同じ。
 ラフィリがぼやけて見える。
 お酒飲んだみたいに、体が熱い。
 あれ?ファルムのと、違う?
「さてと、そんなに服着てないでよね、邪魔だよ」
 前開きワンピースのボタンを、ひとつひとつ、外されていく。
 左右に開いたワンピースと、パーカーが敷き物の上に拡がり。長めのキャミと下の白い水着だけになる。
 それを見て、ラフィリが舌打ちする。
 
「どこまでも、姉さまの見立て……」
 姉さま?
 リテアナ、さん?
「許さない。姉さまを奪う者は、姉さまとぼくの仲を邪魔するものは許さない」
 え?……きょうだい?
 ぶつぶつと呟きながら両手が微妙な力加減であたしの体をキャミ越しになで回す。
 確かに同じクロダイ族だけど……でも、そんな、変な関係……。
 考える間も無く、電撃のような感覚が全身を襲って、あたしはびくりと跳ねた。 
 んくっ。なんか、体中がぞわぞわする。きもち、いい。いつもならくすぐったいはずなのにぞくぞくしてきて思わず背中が反る。キャミがずり落ちて腹まで露になる。
「あはっ、効いてきてるね」
 強く、胸を掴まれ、ぐにぐにと揉まれる。ビキニがキャミの下で肌を離れる。そのままキャミ越しにブラがずりあげられた。
「この前は口しか楽しめなかったもんね。今日はいっぱい遊ぼうね」
 耳元で囁かれて、離れる時に耳朶を舐め上げられる。
 口から高い声が漏れて、恥ずかしくなる。
 キャミの中に手が入り込んできて、直接胸に触れられ、掌で胸の先端を転がされる。つんとたった部分が痛いほど気持ちいい。
「姉さまの荷物……やっぱり入ってる」
 敷き物の上に転がっていた小瓶を、ラフィリが取り上げる。
 あれは、リテアナさんの特製アロマローション……。
「今たっぷりかけてあげるからね」
 小瓶の中身が粘性を帯びながら、とろりとあたしの股間に垂らされる。
 ひんやりとした感触が白い水着に浸透していく。
 それが、粘膜に触れると、ぞわり、と言葉にならない感覚がこみあげる。
 
 なに、これ。
 なんで、リテアナさんの体に塗ってたときはなんにも起きなかったのに。
 何も起きなかった…じゃない。
 リテアナさん、この感覚、覚えてて、平気な顔して、耐えてた?
 それとも、飲んじゃったあの液体との相乗効果?
 わかんない、頭がはたらかないよお……。
「足をすりあわせて、どうしたの?」
 意地悪い声が降ってくる。
「にゃっ、なにか、した、くせにい」
 舌がまわんない。
「なにかする前からとろとろに水着を濡らしてたくせに」
「そんなこと、にゃいもん」
 指で擦られて、さらに足がびくんと跳ねる。
「いっぱい、えっちになる薬盛られて、きもちいい?ちゃんと壊れない量にしてあるからね。……ヒトの耐久量、よくわかんないけど」
 人体実験するなぁ……。
 あう、さわんないでぇ。さわるとびくびくしちゃうの。きもちいいの。
 キャミをずりあげる感触もきもちーの。
 あはっ、下、脱がそうとしちゃめー。
 だんだん、ていこーもどうでもよくなってきて横に顔を向ける。
 ニワトリ男と目が合った。
 う。なんかボクサーパンツの前が膨らんでるんですけど。
 我に返る。
「やっ、人前でなにするんだよお」
「ん?見られてると興奮するたち?じゃあトキオ、もうちょっとこっちおいでよ」
 うー。ちかづいてきたー。
 しかもなんかボクサーパンツの上にちょっぴりはみだしてるー。
 はみだしてるものが何かは考えたくない。
「どこ見てるのさ」
 ねっとりとした舌が、へその上を這う。
 
 うっ、見てるのにい。
 だめだよお。
 そんなとこすりつけちゃめえ。
 足、そんなに開いちゃめ。
 うう、おむつ換えるみたいに足持って、脱がさないでぇ……。
 されるがままに、あたしは銀の糸をひいて脱げた水着も行方もわからず、とろんとした目で、相手を見上げる。
 相手もちょうどチャイナの下のショーツを脱ぐところで、さっきは影になってたところが見えた。
 やっぱり女の子になってる……。
 どうするんだろ……。
 と、あたしの片足をもちあげて、ラフィリがもう片方の足にまたがり、割れ目をあたしのぷっくり膨らんだ割れ目にこすりつけてきた。
「んっ、あ……っ、ひゃっ、やあっ……」
 ぬるぬるとした感触が、上下する毎に頭がスパークする。
 こすり上げられる度に、ひくひく体が動く。
 勝手に甘い声が出て、時折、胸を吸われたりすると、がくがくしちゃう。
「んっ、きもちいいよ?シロ。ぼくもイっちゃいそう……」
 あの、淫靡な声が、耳に響く。
 見られてる。
 でも、止まんない。
 腰、動いちゃうよお。
 ぴちゃぴちゃという音とともに、拘束されてる鞭がぴん、と張る。
 あたしは、耐えきれずに、意識を、手放した。
 
 
 
 喉、かわいた……。
 どのくらい、意識を失ってたんだろ。
 あたしは相変わらず拘束されたままで。足をすりあわせると太股辺りが乾いていた。
 辺りにはうめき声みたいのが、規則的に響いてて。
 半開きの目で、辺りを見回す。
 すぐ隣で、ニワトリ男がびくびくと放心状態だった。
 股間にはラフィリの両足が伸びて、何かをさすっている。ていうか、踏んでる。
 ニワトリ男の六つに割れた腹は白濁で汚れていた。
 ボクサーパンツは、履いてない。太股もけっこう羽毛に覆われているみたい。
「ん?目が覚めた?」
 いつのまにか全裸で、ヒレを誇示しているラフィリが、艶然と微笑した。
 あたしは拘束を緩めようとパーカーの中でこっそり手を動かす。けっこう跳ねたせいか、少し隙間が出来ていた。パーカーが脱げれば手首も外れるかな。
「コレがね。君においたしようとしてたんだよ?」
 ラフィリが足に力を込めた。足の指で挟むように押さえつけて、しごきあげ、時に押しつぶす。
「飛べもしない、泳げもしない、格子のない檻の中の住人のくせして、イイ度胸じゃない?」
 ラフィリが言葉を止める度に、ニワトリ男の艶っぽいうめき声が響いた。
 ああいうので喜ぶ人いるんだ……。ファルムにやったらにこやかに反撃されそうだけど。
 人は歩くからある程度足の裏が固いんだよね。ラフィリの足の裏はきれいだから、あんまり重力うけないんだろうな、普段。やわらかそうだし。
「そうだ、シロ、よかったら奉仕してみる?」
「や」
 即答にラフィリが美しく顔を歪めた。
「そう……」
 
 瞬間、ニワトリ男の脇腹を渾身の力を込めてけっ飛ばす。ニワトリ男の羽根がバサッと舞って、放心状態から醒めたようにむくりと身を起こした。
「ねえ、シロが起きたよ?遊んでくれるって」
 ニワトリ男がこちらを見た。うう。なんか剥き出しの下半身に視線が集中して、そこから舐め上げられてるような期待に満ちた視線が……。
 むくりと元気を取り戻したのはニワトリ男だけじゃなくて、その股間もそうみたいだった。なんか、黒光りしてる……。あれって陰だからじゃないよね?なんかファルムのと違う……。怖い。 
 内股をきゅっとしめて、足首を絡ませて威嚇するあたしに、ニワトリ男とラフィリが近づいた。
 モノを右手で握りしめて、お預け待ちのような表情(多分)でニワトリ男がひざまずく。
「ほら、シロは起き上がれないから、顔に近づけなきゃ」
 距離数センチまで突き出されたそれに、あたしは顔をそむけた。
「……お願いしても、いいのか?」
 小声で問われる。ほんとはニワトリ男、こんなことしていいのかなって迷ってるのかな。その割にはなんだかさっきより上向いて大っきくなってるんだけど……。
「や」
 あたしは思いっきり顔を背けて断言した。
 ラフィリはニワトリ男の後ろで面白そうに見ている。
 ぐいと、頬にモノが突くように一瞬触れた。
 あたしは怒りのあまり、体をくねらせ反動で蹴りを、ニワトリ男の側面に決める。
 ニワトリ男はびくともしなかったけど、反撃に驚いたように一歩引いた。
「あたしは、ファルム以外の男の人になんかしたりなんかしないの。やりたいならファルムを敵に回してやりなさいよね!」
 一気にまくし立てて睨みつける。あ、今の反動で片手が緩くなった。パーカーひっこぬけそう。
 ニワトリ男といえば、明らかに動揺してしゅんとモノがちっちゃくなっていた。ファルムの名前、効いたのかな?リテアナさんたちの態度からして、けっこう顔だと思ったんだけど。
 ……あ、やば。
 マダムとか魔女で通ってるのに男の人って言っちゃったーーーー!
 後でファルムに怒られる。ていうかどうやってこの場を誤魔化そう。
 あたしとニワトリ男はなんかお互いに気まずそうに青ざめていた。
 
「……興ざめするなあ」
 ラフィリの声がして、あそこに生暖かいぬるっとした感触を覚える。びくりと体が震えた。下を向くと、ラフィリがあたしの足を押し広げて、股間に顔を埋めながらこちらを見てにやっと笑った。
 んっ、だめ、なんか、さっきの感覚が戻ってくる……っ。
 やっ、舐めちゃだめえ……!
「ヒレなしはこんなところにも毛が生えてるんだよね。獣みたいな声もついでにあげていいよ?」
 ラフィリの声と一緒に軽くあそこの毛を引っ張られた。腰が浮いてブリッジに近くなったあたしの体が魔洸燈によって闇に白く浮かび上がる。
 間近にいるニワトリ男の視線があたしの固くなってきた胸の先端や、つい動く膝や、ラフィリの髪がさらさらと撫でている太股や、あたしの耐えている唇に注がれる。
 恥ずかしい…よお………。
 そう思う度に体の奥から熱い蜜が生まれるのを感じる。とろとろと外へ滴り落ちるそれを、ラフィリが音を立てて啜る。
「あっ♪ はあっ」
 芽を剥かれて吸われると、その刺激の強さに思わず腰が跳ねる。
 耳元で摩擦音がした。
 目を細めたまま見上げると、顔の上でモノを盛んにしごいてるニワトリ男が目に映った。
 やっ、あたしを見ながらオナニーしないでよお……。
「うっ」
 何かみぞおち辺りに熱いものが飛び散った。
「もう。我慢できないのはわかるけど。早くない?ぼくがもう1回楽しませてあげるよ」
 ラフィリが顔をあげて、今度は指であたしのあそこをいじり始めた。敏感過ぎて、軽く撫で上げられるだけで、勝手に体が跳ねる。
 ラフィリはもう一方の手で、ニワトリ男の萎えかけたモノを包み、指をかけてしごき始めた。
「うっ、ラフィリ……」
「精力強いのだけが取り柄なんだから……ほら、もう復活してきた。ぼくのてのひら、気持ちいい?」
「はい……気持ち、いい……」
 
 ニワトリ男のが十分に反り返ってくると、ラフィリは手を離し、仰向けのあたしの上に覆いかぶさってきた。
 顔を背けても首筋や胸や、いろんなところにキスを降らせ、舐める。足はラフィリの両手で押し広げられ、割って入っているラフィリの下半身のせいで閉じることもままらない。
「ぼくたちの後ろ、良い眺めでしょ」
 ラフィリが体をずりあげ、ぼくの足を開いたまま、自分も足を広げ、ニワトリ男に見せつけた。
「ぼくたちの間で思う存分楽しんでいいよ?ほら、姉さまのローションも残ってるでしょ?よく塗り付けてね」
 ニワトリ男が言われるままに小瓶の最後の液体をすべて自分のモノにかけた。あたしの足の間に移動し、しゃがみ込む。
 ためらうように、濡れた太い指があたしとラフィリの密着した盛り上がりに差し入れられた。
 んっ、指が出し入れされる度に、あたしの芽にあたってぞくぞくする。
 ニワトリ男は時折あたしの割れ目やラフィリの割れ目をなぞるようにこすって蜜をすくい上げ、さらにあたしとラフィリの間に塗りたくった。
「もう、じらさないでよね」
 ラフィリが拗ねたように言う。
 その言葉を待ちかねたようにニワトリ男がラフィリの腰を掴んで、突き入れた。
 あたしと、ラフィリの密着したきつい隙間に。
 ニワトリ男の荒い息遣い、おヘソまで届きそうなお腹の圧迫感と、摩擦によって生じる快楽。
 ラフィリのうっとりした目と、開いた唇を割り込んでくる舌。
 何度も引き抜かれ、突き込まれ、時には割れ目に幾度もこすりつけられてからまた入れられる。あたしと、ラフィリとニワトリ男の体液がシートにしみを作っていく。
 上からと下からの刺激にあたしがまたしても意識を遠のかせてきたころ、どくっとお腹に暴れる感触があった。どくどくと流れ出し、溢れる熱い液体。あたしとラフィリの間をはみ出し、あたしの腰を伝わってシートまで流れ出す。
 ファルムぅ。もうだめだよお……。
 
 ぐったりしたラフィリの重みが体にのしかかる。
 ニワトリ男が離れると立ち上がったあたしたちを見下ろした。
 どこか虚脱した感じで、羽根もだらんと下がる。
 しばらくぼーっと突っ立っていたが、突然はっとしたようにニワトリ男が顔を上げた。
 空を見る。
 なんだろ……。それにしても重い…ラフィリ……ずらそう……。
 もぞもぞと動こうとしたその時、ニワトリ男が、鳴いた。
 …………う、うるさい。もうちょっと離れてやって~~!
 やっぱオンドリなんだな、この人。
 もう朝なのかな。まだ夜が明けてないけど。
「見つけたよ………」
 腰に手を当てて海に向かって盛大に鳴いているニワトリ男の背後、林の方から恨みがましい…朝にはとても似付かわしくない低音が響いた。
 ニワトリ男の鳴き声がぴたりと止まる。
 あの声は……かなり機嫌悪そうだけど、ファルム!
 名前を呼ぼうとした時、あたしたちは大波に襲われた。何故か海の方からじゃなくて林の方から。パラソルはひっこぬけ、鞭は外れ、あたしは空中をなぜか波に首から下を巻かれてファルムの元へとひっぱられた。
 これ、波じゃない。水の魔法?顔にしぶきがかかってもしょっぱくない。真水だ。ついでに飲んでみた。はあ。一息つく。
 ニワトリ男が汚した大量の白濁や砂や汗が、水の力で落ちていく。
 あたしは、水とともに、待ちかまえていたファルムの腕の中にすっぽりと収まった。
「あの……ファルム?」
 水に巻かれてパーカーやワンピース、水着等は流されてしまっている。あたしに残ったのは足の付け根までのキャミだけ。
 ファルムはこれまでに見た中で一番機嫌が悪かった。ていうか、胸がない。あたしをしっかりと姫抱きにして、海岸の方を見据えている。
 視線の先には、先程のあたしと同じように、空中に水の触手に巻き付かれて手足をばたつかせるラフィリとニワトリ男の姿があった。ラフィリは完全に水の檻の中。何か叩いて言ってるけど、まったく聞こえない。ニワトリ男はかろうじてくちばしだけ外に出ている。
 これが、ファルムの魔力?いつも水の中か家だから、地上だとこんなことになるなんて思ってなかった。
 
「このファルムのものに手を出して……ただですむと思っているのかい?躾のなってない輩だね」
 ファルムの蒼い眼が冷たい。氷のように冷たい。口元は微笑んでいるのに、気配は殺気さえはらんでいる。
 あたしはファルムをいさめるようにぎゅっと首に抱きついた。怖いファルムはやだ。
 ファルムの手があたしの頭を撫でた。安心する。それと同時にさっきの熱が、微妙に頭をもたげてくる。
「ファルムぅ」
 甘い声で囁く。
「たっぷり躾直してあげるから、ちょいとお待ち」
 ファルムの指が、お尻にまわって、あそこの中に押し入られる。それは多分確認なんだろうけど、今のあたしには刺激が強すぎて。
 すんなりと指を受け入れたものの、きついあたしの中をかきまわされ、ぎゅっと目を閉じ、ファルムの肩を甘噛みして耐える。
「今水責めと水抜きの刑に処して夜明け前には引き上げるからね」
 ファルムの声、艶やかだけど、言ってることは恐ろしい。
 なんとか…止めなきゃ。
 あたしは精一杯ファルムに体をなすりつけ、甘えてみた。媚態は本物。でも畏怖も本物。
 背後でニワトリ男の悲鳴が上がる。
 だめ、止められない……!
「……お待ちください、マダムファルム」
 あたしが待ちわびていた人の声。
 リテアナさん!
「今まで何をしていたんだい?リテアナ」
 ファルムがあたしの中から指を引き抜き、ゆっくりと後ろを振り返る。
 荒くなった息を整え、顔を上げると、そこには水着に着替える前の服装のリテアナさんがいた。
「下にて騒動が起きまして、収拾に追われていましたの。刻男に頼んでおいたのですけど……末のラフィリが扇動しましたのね。責はすべてこのリテアナにありますわ」
 殊勝に頭を下げて見せるリテアナさん。悲しげにラフィリの方を見た。
 ラフィリが驚いたようにリテアナさんを見つめて、視線で何を交わしたのか、うなだれ、抵抗しなくなる。
 
「どのくらい借りを作ったか計算できるだろうね」
 ファルムが溜め息をついて、体の力を緩める。
 よかった。本当によかった。
 この後ファルムの鬱憤があたしに回るとしても、後悔はない。
「はい。この前の件と合わせて割り増ししておきますわ」
 この前の件って、その、あたしがラフィリが男の子の頃、してあげたことだよね?
「賠償も含めておくんだよ」
 話はついたらしい。
 リテアナさんは再度頭を下げると二人の方へゆっくりと歩いていった。
 ファルムが二人の拘束を解く。
 水が砂浜を広範囲に黒く湿らせた。
 空中から二人の体が落下する。濡れた白い羽の塊と、小さな体。多分…けがはしてないと、思う。
 ファルムは二人に興味をなくしたのかさっさと背を向けて歩き始めた。
「さて、とりあえず近場で仕置きだねえ。……セレフィアじゃ抜けなかったし」
 今、なんかぼそっと後半気になること言わなかった?
 そりゃこんな目にあってるあたしが咎めるのはなんだけど。
 ちょっと腕の中で唇をとがらせる。
 ファルムがあたしを抱き直して林の梯子へと戻っていく。
「今日はみっちりと誰が主人だか、体に覚えさせてあげるから覚悟おし」
 あたしを担ぎ上げて梯子を降りながら、ファルムが耳元で囁いた。
 うう。
 ごはん~。
 おやすみ~。
 ……でも、体の芯が疼く、あたしがいた。
 
 
 
 
 

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