猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

scorpionfish外伝02

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scorpionfish 外伝2 『黒真珠の枷』

 
 

 
 クチバシが乾いていた。
 心も、体も。
 渇きに飢えていた。
 木片の下は、底知れぬ海。
 漂い続け、もうどのくらい日が沈み、昇ったのか。
 じりじり照りつける太陽が、塩辛く、ひりついた膚に痛い。
 死が白い光のように、近づいてくるようだった。
 木片からはみ出した腕の、羽毛が張り付くように濡れそぼる。
 海鳥のような羽ではない。飛ぶ鳥のような羽でもない。
 地を跳ぶ鳥は、碧海の上で力つきようとしていた。
 小さな脳味噌はずっと、水の事だけ考えている。
 手を空に伸ばそうとしても、もう上がりきらなかった。
 白い羽毛が視界に散る。
「ミ、ズ……」
 渇ききった喉から絞り出された、声。
 その時。
 真横から、何かが飛び出した。
 きらきらした鱗が光を受けて 、水しぶきに虹を生み出す。
 黒い、姿。
 細くしなやかな体つき。
(獲物)
 鶏はそれだけ思い、動かない体をわずかに呪った。
 肉食ではないのにもかかわらず。
 瞼が閉じる前に、それだけを思った。
 
 冷たいものが、とさかを伝って流れてくる。
 液体だ。
 水だ。
 でも、また、海水かもしれない。
 だとしたら飲めない。
 そう、眼を閉じたまま逡巡すると、突然鼻孔を塞がれた。
「クケーッ」
 クチバシをぱかっとあける。
 そこに水が流れ込んだ。
 しょっぱくなかった。
 そのかわり、むせそうになった。
 慌てて飲み干す。
 水は加減を知らないようで、幾らでも流れてくる。
 顔をそむける。
 瞼の上に、水がかかる。
「起きた?」
 楽しそうな声が、上から降ってきた。
 眼を開けると、黒い影が自分を覗き込んでいた。
 逆光から徐々に、相手の様子が見て取れるようになる。
 幼さの残る華奢な体つき。黒い鱗の浮かび上がる浅黒い肌。
 首筋に張り付いた濡れた黒髪からのぞくのは、黒のヒレ耳。
 手首や腰、脚ヒレ等はまだ未熟で短い。
 身に纏うのは腰履きの膝丈ズボン。所持品は大きな銛一つ。
 何よりも印象的な、すべてを吸い込みそうな黒い瞳。
「君は、何という種族?」
 サカナ、だろうか。仔魚の問いに、鳥頭は答える。
「……ハッケイ」
 軽い口調なのに、答えざるを得ないような、そんな圧力を感じた。
「そう。名は?」
 今度は、答える術がなかった。
 元々図体の割に小さな頭では、もう何がどうなっていたのか、思い出すのも難しい。
 黙り込んだクチバシを、仔魚の指が引っ張った。
「……言わないと食べちゃうよ? 珍しいし」
 食べる?
 よく見るとけっこう仔魚の口は大きそうだ。
 真剣に悩んだのを見て取ったのか、仔魚は破顔した。
「冗談だよ。ねえ、養ってあげるから、飼われてみない?」
 選択肢はなかった。
 

 
 力強い泳ぎに引きずられるように、運ばれてきたのは珊瑚礁の続く遠浅の海。
 環状の外礁に囲まれ、歩いて進めるほど浅い碧海にたどり着くと、白鶏は久方ぶりに、足下を蹴る感触を確かめた。
 ずっと揺られてきた木片を解体し、海面にわずかに顔を出す石灰岩に足場を作る。
 それを見届けると、仔魚は「そこにいるように」と告げた。
 碧海。見渡す限りの珊瑚礁。
 陽光を遮る場所はない。
 浅瀬は白鶏の脚を濡らすくらいの深さで。
 満潮時でも胸まではいかないだろうと、仔魚は説明した。
「この辺は島がないんだ」
 本当ならば、この珊瑚の骸を集めれば、島ぐらい出来るのだろうけど、と仔魚は言った。
「まあ、死んだのならけっこうあるから、持ってきてあげるよ」
 一見穏やかな海。
 水面下を眼を凝らしてみれば、イソギンチャクや、小魚たちの姿も見える。
 だが大方の珊瑚礁は白く変色し、魚たちも寄りつかない。
 あれが、死んでいる、という事だろうか。
「あの辺は落ちもののせいで深くなってる。ほら、海の色が変わっている場所がそう」
 仔魚は環礁の向こうを指差したが、水面は光って見えて、白鶏にはよく判別がつかなかった。
「わかりやすいでしょ。だから、そこから出ちゃダメだよ。じゃないと、食われても知らないよ?」
 仔魚は軽い口調で告げた。
 白鶏は頷いた。
 飛ぶのは苦手だが、足腰の強さには自信があった。
 極力足場の上で過ごし、たまに、足場から体を離さない程度に辺りを歩き回る。
 器用に足の爪で水底の地形を把握し、離れすぎた時は、流されないように、じっと岩のようにうずくまる。
 体温が必要以上に奪われるのを防ぐため、片足でも立っていた。
 幸い、環礁の中では、波は穏やかで。
 満潮になれば腰の辺りまで満ちるものの、時折降る雨も耐えしのぐ事が出来た。
 
 いつからだろう。
 1日が長くなったのは。
 
 仔魚は暇を見つけては、毎日姿を現した。
 小さな水袋と、大量の海藻と、そして、小さな銛。
 仔魚の持ち物はいつもそれだけだった。
 海藻はいつも量だけはあったが、白鶏は最初、塩辛さに閉口していた。
 かといって、魚貝を獲る腕も白鶏にはなく。
 ようやく木片の足場の上で乾かし、クチバシの先で塩をある程度取り除いて食べる事を覚えた。
 仔魚は食事の間、羽根を珍しげに触りながら、話をするのが好きだった。
 話はいつも同じだ。一緒に過ごしている幼馴染みと、オトナに成る儀式の話。
 オトナになる儀式は『トギ』というもので、幼馴染みがそれに耐えているので、自分も対抗して耐えているという。
「……時々、もうオトナに成っちゃってもいいと思う。でも、このまま、変わらずに仔でいるのもいいと思ってしまう。でもあの人を置いて、独りでオトナに成りたくない」
 葛藤は深いようで、時折酷くグッタリした表情で現れる事もあった。
 傍らで膝を抱えて、一人肩を震わす日もあった。
 いつでも白鶏は黙々と食事を続け、自分に言葉などないかのように振る舞うのだった。
 元々喋るのは得意ではない。
 そして、掛ける言葉もない。
 仔魚には白鶏の表情は読めないらしく、そういうものだと思われていた。
 白鶏が移動できる範囲は狭い。足場からわずかな範囲しか移動できない。
 だから、仔魚以外のサカナ人の姿も、話から断片的に知るしかなかった。
 
 その日は機嫌良く、仔魚が碧海から上がってきた。
 いつもより大量の海藻をどさっと袋から出す。
「いい事あったんだ」
 木片からはみ出した海藻をクチバシでつつきながら、優先的に白鶏は食べだした。
「……一杯『トギ』に耐えたから、偉い人が相手してくれるようになった。まだあの人には及ばないけど、もしかしたら、紅珊瑚の魔女も出てくるかもしれない」
 仔魚が舌を出して、てへっと笑う。
「このままだと、こわーいこわーい魔女に攫われて喰われてしまう。ってオトナは脅すけど、逢えたら、魔法がもっとうまく使えるように指導を頼めるかもしれない。そしたら、銛や槍で勝てなくても、あの人を守れる」
 仰向けで碧海に浮かびながら、仔魚は照りつける日差しに手を伸ばした。
「なんか今なら、太陽さえこの手に抱けそうな気がする」
 仔魚はぴょこんと起き上がって、白鶏に抱きついた。
「君が幸せを運んできたのかな。たまには善行してみるべきだね」
 白鶏の驚きは瞬きにしか現れなかった。
 食べ続けながら、こっそり仔魚の表情を伺う。
 仔魚は、そのまま翼の間に手を入れて撫で、飽きると、しなやかな手足を持て余すように、白鶏の腹辺りに寄りかかった。
 軽い重みが心地よい。
 背中の鱗と全身の羽毛がふれあう。
「好きなんだ」
 白鶏の食事をつつく動きが止まった。
「君の事じゃないよ」
 仔魚がいたずらっ子のように笑う。
「勿論、あの人の事。……僕と違って、汚れない、きれいな人」
 仔魚の微笑みがわずかに陰りを帯びる。
 白鶏は濡れた自分の姿を思い浮かべて、頭を垂れる。
 どう考えても、自分はきれいではなかった。
 手入れされた羽根であれば、もう少し立派に見えるだろうに。
 仔魚の言葉が遠く聞こえる。
 トリである自分。サカナである仔魚。
 白鶏は初めて、海藻がまずいと思った。
「どうしたのさ。俯いて」
 白鶏は首を振る。
「気に入らないな。僕の物のくせに」
 その一言に、どきりとした。
 丸い眼で、仔魚を見返す。
 育ち盛りなのか、初めて逢った頃より、確実に大きくなっている浅黒い肌の仔魚。
 ヒレも随分成長した。
 それは同時に、自分がどれだけここで過ごしているかを示していた。
 仔魚以外に話相手は居ない。
「なんだよ」
 仔魚は視線にむくれた。
「ひとりぼっちで言葉も忘れた訳?」
 白鶏は返事の代わりに咳をした。
「……なんだ」
 気の抜けた仔魚の声。
 肩をすくめた後、無言で突き出される水袋。
「…ほんとは、落ち物の密閉容器とかの方が容量大きいけど、そういうのはまだ手が出ないから」
 しばらく雨は降っていなかった。
 真水を手に入れるのは、大変難しい事だ。
 養ってくれている。
 この見渡す限り碧海しか見えない世界で、役立たずなトリである自分を、精一杯。
 感謝の意を込めて抱きつこうと羽ばたいたが、あっさりとかわされ、白鶏はしたたか顔を珊瑚礁にぶつけた。
 仔魚の明るい笑い声が、頭上で弾けた。
 

 
 仔魚の生活に変化が訪れたのは、それからまもなくだった。
 やってくる時間が不規則になり、やがて丸1日姿を現さない日も多くなってきた。
 ヒレの成長も止まってきた仔魚が、そろそろ成人の時を迎えるのは明白だった。
 毎夜、白鶏はうなされた。
 このまま、再び逢うまでに力尽きるかも知れない。外敵に襲われるかも知れない。水袋を流してしまったらそれで一巻の終わりだ。
 そんな緊張がいつも頭から離れなかった。
 波の音が耳から離れない。
 夜は見えない眼で、仔魚の姿が見えないか、それだけを探している。
 絶海の環礁で生き延びている自分。
 安心して眠れる寝床というものはとうに諦めた。
 トリである自分が、サカナである仔魚にふさわしいとも思えない。
 生きて、また逢えれば。それだけで満ち足りる。
 それだけなのに、時折、羽毛の下の股間がうずく時がある。
 生を噛みしめて、白鶏は夜明けの鳴き声をいっそう甲高くした。
 
「鳴くの、やめてくれないかな」
 その日、夜明け前にひょっこり仔魚が姿を現したのは、本当に偶然だった。
 まだ痩せているものの、すっかり周囲に響く渡る美声を取り戻していた白鶏は、戸惑ったように眼をぱちくりさせて首を伸ばした。
「さすがにさあ、そんなにサメとかに場所を知らせなくてもいいと思うんだよね」
 海面から顔を出し、不機嫌そうな仔魚は、どこか、いつもと様子が違った。
 はじめはおどおどと、それから徐々に心配そうに見やる白鶏の態度に、仔魚は苦笑した。
「…別に怒ってるわけじゃないけどさ」
 作り笑顔を一瞬浮かべたものの、その顔には何の感情も宿ってはいなかった。
 そのまましばらく沈黙があった。
 白鶏が、黙々と海藻を食べていると、水面から音もなく仔魚の指が伸びる。
 腕に走る、引き攣れた痛み。だが、白鶏は何も言わずに視線だけを向けた。
 水面から覗く仔魚の手首が白い羽根をつまんでいた。
 一瞬、少々薄汚れた羽根が鈍く光を放ったように見えた。
 俯いた黒い影の背後から、薄明が空と海を分かち始める。
 夜明けだ。
 黒い鱗がきらきらと曙の光を纏う。
 黒髪に光の輪が出来て、水の滴るヒレ耳も、光を浴びて煌めき出す。
 仔魚は虚を突かれたように顔を上げて、水平線を見た。
 その横顔はあどけなさと大人びた様子を兼ね備えていて。
 濡れた睫が、儚さを感じさせた。
 このまま、陽光に融けてしまいそうだった。
(きれいだ)
 白鶏はそう思った。
 他のサカナ人は見た事がないけれど、どんなメスよりもきっときれいだろう。
(本当にメスだったらいいのに)
 白鶏はふと思って自嘲した。
 ありえない。
 そう思ったからだった。
 崇拝と欲望と、相反した思いが小さな頭を駆け巡る。
『養ってあげるから、飼われてみない?』
 だが、白鶏からは手出しが出来ないのであった。
 暁風が、碧海を掃く。
「…まさか、これを見せるためにいつも鳴いてるわけじゃないよね」
 ぽつり、と仔魚が背を向けたまま言った。
 白鶏は首を振る。相手に見えない事には気付かずに。
「何も落ちてこない海っていうのは、確かにきれいだね」
 落ちものというのがあるのは白鶏も知っていた。
 だが見た事はない。
 漂流する前に住んでいた場所の問題だったのか。
 それとも単に運なのか。
 それはほとんど昔を忘れてしまった今の白鶏には遠い事だった。
「ここはね、ずっと争いの絶えない海だったんだ」
 仔魚はいった。
「だけどね、ようやく、一族が統べた。だから、もう落ちものも怖くない」
 仔魚は、両手を広げて朝日を受ける。
「落ちものには魔力持ちを使えばいい」
 白鶏の周りで、水しぶきが舞った。
「君は魔力を持ってなくて良かったね」
 仔魚は振り返って無邪気に笑んだ。
 その笑みが、どことなく妖艶さも含んでいるように思えて、白鶏は戸惑った。
 艶っぽい影が、仔魚の表情に生まれていた。
「じゃあね、鍛錬があるんだ、帰らなきゃ」
 身を翻して、海の中に消える。
 何かあったのだ。
 そう感じても、白鶏にはどうする事も出来なかった。
 
 その日の昼下がり。
 小雨が降り出した。
 雨は恵みであるとともに、厄介である。
 白鶏は水袋の口を広く開け、自らもクチバシを大きく開く。
 翼が徐々にしっとりと重くなってくる。
 体温は奪われるが、どうせ暑いこの地方では、たかが知れていた。
 喉が潤っていく。
 どちらかというと、体が重くなった事によりバランスを崩すほうが怖かった。
 足場も、雨の度に緩む。
 羽毛では固定する程の長さがなく、海藻を干す場所としても利用しており、その上に立っていられる程の強度は無くなっていた。
 足場は岩の周囲に固定されている。
 直接岩に掴まって、珊瑚礁の上に乗っかったほうがいいのかもしれないが、それで耐えしのげるかは甚だ怪しかった。
 
 そのうち、遠雷が鳴り始めた。
 時折、紫色の稲光が、雲の中で暴れ回っている。
 それを見て、白鶏は身を縮めた。
 いつものスコールとは何だか違った。
 濡れただけではなく、背筋にぞくっとするものがある。
 そして。
 
 空から轟音が墜ち、何かが海へと落下した。
 
 大波が白鶏を襲う。
 必死に足場にしがみつく。
 木片の足場が押し流され。
 下の珊瑚礁に手足をひっかける。
『そこから出ちゃダメだよ』
 ここを出たら、もう、逢えない。
 手の爪が珊瑚の枝を掴んで。
 足の爪はしっかりと岩にへばりついた。
 何度も海水を飲んだ。
 身を低くして、波をやり過ごす。
 ようやく大波が収まると、白鶏は環礁の縁まで押し流されていた。
 水袋も、足場も流されたのか、見当たらない。
 いつもの岩場だけが、波間に見え隠れしている。
 白鶏は気力を振り絞りながら、波をかきわけ歩いてそこまで戻り、しがみついて休んだ。
 咳き込みながら、顔を上げる。
「クケ……?」
 雲の切れ間から、陽光が差し込む。
 落ちものが墜ちた辺りの海域に、水しぶきが集まっていた。
 光にきらめく、無数の尾ビレ。
 おぞましいほどのサカナ人の群。
 雨は背後に去っていく。
 煙る景色が、波打つ海面が、自分を隠していてくれていた。
 浅い海底が、近寄るサカナ人がいない事を照明してくれた。
「ああ」
 この時ほど呪った事はない。
 自分を助けてくれた仔魚の名前を知らない事を。
 自分が頼りにするその名を守りとする事が出来ない事を。
 次の日。
 そのまた次の日も、仔魚は来なかった。
 

 
 照りつける日差し。
 喉の渇きが極限に達した日。
 仔魚の小さな姿が、遠くに見えた。
 白鶏はイソギンチャクを引きちぎって食べる事を憶えたところだった。毒にやられて寝込んだりもしたが、飢えには勝てない。
 貝も何とか岩から引きはがす事に成功していた。
 荒んだ表情で、白鶏は何気なく眼を細めた。
 蜃気楼の幻と思ったからだった。
 だが次の瞬間、その時やっていた事すべてを放り出して、仔魚に見とれた。
 水から飛び出して跳ねる肢体。
 いつもの腰履きの膝丈ズボンではなく、短い腰布姿。
 普段隠れていた太股が露になっている。腰布の間から覗く、腰ビレが艶かしい。
 碧海に映える浅黒い肌に、すらりとした手足。
 まじまじと近づいてきた仔魚の全身を眺め尽くす。
 水から上がって環礁の上に立った仔魚は、気怠げに髪をかきあげた。
 陽光に、浅黒い肌の鱗模様が浮かび上がる。
「元気そうだね」
 皮肉げな口調。
 そっけない態度にも、久々の肉声に、白鶏は喜びのあまり、波に足をすくわれ、こけた。
 足場はすでにない。故に流されそうになる。
 慌てて環礁の上を駆けて戻ってきた白鶏を、仔魚は腕組みして待ち構えていた。
「……何やってるのさ」
 いつもより小さめな、呆れた声。
「はい」
 小さな水袋が投げて寄越された。
 波に流される前にさっとつかみ取り、乾ききった喉を潤す。
 一息つくと、仔魚の姿が揺らめいて見えた。
 ようやく体勢を立て直した白鶏は、浮かれた気分が収まり、改めて相手を見つめる。
 仔魚はこちらを睨むように見ていた。
 立ち上がると、背の低い仔魚を、白鶏の上背が上回る。
 相手の様子が何処かおかしいのに気付き、白鶏は首を傾げた。
 仔魚がふいと視線をそらす。
 表情を押し殺した横顔が寂しげに見えた。
 濡れた髪が細い首筋に張り付き、その華奢さを強調している。ヒレにも元気がない。
 そのまま、蜃気楼のように消えそうだった。
 白鶏は思わず相手に手を伸ばした。
 その手を振り払った仔魚は、今にも泣きそうな表情を浮かべて、バランスを崩す。
 水の中に倒れこもうとする最中、翼の生えた腕で腰を前から抱きとめた。
 腕に重みがかかる。
 それ以上、仔魚は腕を振り払おうとしなかった。
 深く俯いて、白鶏に背を向け、いらだったように髪をかきあげる。
 腕を引き付けて、体勢を整えさせようとしたその時。
「レセレフ……」
 小さな声がした。
 風に消える呟き。
 白鶏のとさかが震えた。
 仔魚はそれに気付かない。俯いたまま、動かない。
 うなじが見えている。
「レセレフ」
 今度は、はっきり聞こえた。
 名前だ。
 白鶏は直感した。
 今、その唇から紡がれる名は誰のものか。
 誰を、想っているのか。
 白鶏の小さな頭は激情に、揺れた。
 そもそも白鶏は自分の名前を思い出せなかったし、仔魚は名乗らない相手に名前を告げようとはしなかった。
 でもそれを今、後悔した。
 何故、名を呼ばれるのは、自分ではないのか。
 ここに来たのに。
 ここまで、来てくれたのに。
「……クケ」
 でも。
 白鶏はその名前の主を知っている。
 見た事もない。
 遭った事もない。
 だが、相手を細部に至るまで想像する事が出来る。
 そう、仔魚がそんな風に感情を込めて呼ぶのは、1人だけだ。
「……もう3日だ」
 仔魚が腕の中から、腹の方へと体重を移動させて、白い羽に顔を埋める。
「帰ってこないよ」
 微動だにせずに、話を聞く。
 とさかはぴくりともしなかった。
「ねえ、なんで帰ってこないの?」
 ここにはいない。
 この告白を聞いているのは自分だけだ。
 自分が、選ばれたのだ。
「……ずっと一緒だったのに」
 波の音が、ささやく仔魚の声を掻き消す。
 身を寄せてあっている白鶏だけに届く、小さな、小さな声。
「君より長く、毎日一緒だったのに」
 嗚咽をこらえるように、仔魚の手が羽根をむしった。
 声が大きくなる。
「まさか、僕より先に魔女の伽にかかるなんてッ……」
 碧海に、白い羽根が散る。
 白鶏は眼を閉じ、寄り添うように慎重に仔魚を抱きしめた。
 最初は片腕。そして両腕。
 初めてその両腕に抱いた華奢な肢体は、本当に小さくて。
 翼にも艶を取り戻した白鶏からすれば、半分ほどの大きさだった。
 細い体中のヒレが震えている。
 耳ヒレも、手首のヒレも。腰布から覗く腰ヒレも。足ヒレに至っては、白鶏の強靱な脚にそよぐように触れていた。
 胸の羽毛が、腕の翼が、水気を吸って濡れていく。
「レセレフ……っ、どうして、どうしてっ」
 自分の腕の中で、見知らぬ名を呼ぶ想い人。
 荒れ狂う感情が、白鶏の中で溢れた。
 渇いていたのは喉だけではなかった。
 飢えていたのは腹だけではなかった。
 だが、その鳥頭ではこの感情を表現する事が出来ない。
 ただ、ただ、白鶏は、思いを込めて羽が潰れぬように、そっと抱きしめた。
「伽なんか嫌いだ、魔女なんか嫌いだ、どうしよ、ほんとに攫われちゃってたら……っ」
 いつしか、泣きじゃくるように変わった声。甘さを含む幼い声。
 ぐっと、腕の中の華奢な肢体が、膨れ上がったような圧力を感じた。
「どうして、紅珊瑚の魔女なんかにっ!」
 悲痛な叫びと共に、さらに何かは膨れ上がる。
 最初は、ヒレが開いたのだと思った。
 だが、圧力で、徐々に腕が押し戻されていく。
 水中が泡立ち、白鶏は踏ん張っても後退していくのを感じた。
「……っ!」
 エネルギーが、爆発する。
 腕の中で、想い人が胸を反らせた。
 白鶏の腹に手を添わせ、胸へと這い上がり、頭を両腕の間から覗かせる。
 吐息が漏れた。
 魅惑的な、どこか潤んだ瞳が、白鶏を見上げる。
 ヒレ耳は黒銀に変わり、尖る。髪は伸び、肩にゆるやかな弧を描く。
 そして、わずかに伸びた背丈と。
 先程までは何も当たらなかった位置に羽毛越しに感じるのは。
 やわらかい、感触。
(胸っ?)
 白鶏は硬直した。
 前代未聞の出来事に、白鶏の腕から力が抜けた。
 その間を、すり抜けて、想い人は空中に舞う。
 白鶏は全部見てしまった。
 先程より、こころなしか、わずかにくびれた腰つき。
 それと比例するように、緩くS字カーブを描く胸と腰のふくらみ。
 そして腰布から覗く、数珠繋ぎの何か。
 水中に消えた姿を眼で追いながら、惚けたように立ち尽くす。
 水飛沫が眼に入る。
 波紋が消えて静寂が訪れるまで、サカナ人は周囲を潜って泳いでいた。
 かなり離れた場所で顔を上げて、呟く。
「何やってるんだろ」
 すぐに潜って、今度は、白鶏のすぐ傍に現れた。
「こんなところで、オトナになっちゃうなんて」
 見慣れないトゲヒレ耳が水中から覗く。
 顔だけ出して、仔魚ならぬ、少女は肩をすくめた。
 透明度の高い海。髪がふわふわ浮くので、その下のふたつの膨らみも見える。
 白鶏は、若干前屈みになった。良く考えたら自分の方は羽毛に隠れているとはいえ、素っ裸である。
「クケ……」
 もじもじとしながら白鶏は尋ねた。
「はしたないなあ、僕」
 照れ隠しのような、ぶっきらぼうな声。もちろん、白鶏の呟きは耳に入っていない。
 そのまま、すいと泳いでいこうとする。
 が、白鶏からはそんな事を気にする余裕すら消えていた。
 ごくり、と唾を飲み込む。
 言葉にならない。
 白鶏は耐えきれずに、実力行使に出た。
 海中に頭を突っ込み、しょぼしょぼする眼で、狙いを定め、泳ぎ去ろうと構えたサカナ人を翻弄する。
「え?」
 予想外の動きに、一瞬動きが止まった瞬間。狙い通り、それをクチバシの先でとらえる事に成功した。
 手応えがあった。
 お尻に違和感を覚えた少女が何気なく手をやって、それから、浅黒い肌でもそれと分かるほど赤面する。
「な、にを…」
 白鶏はクチバシで繋がった珠のひとつをしっかりと捕らえ。
 引っ張った。
「あっ」
 聞いた事もない甘い声が漏れ、興奮は絶頂に達した。
 何かに引っ掛かっているのか、くい、くい、と引っ張ってもなかなか出てこない。小刻みにリズムをつけて、少しずつ引き抜く。
 逃げようとお尻を押さえた少女の腰布がめくれ上がる。
 水中から、お尻だけが突き出すような姿勢に、少女がなった。
 くい、と引っ張った時に、白鶏はそちらをみた。
 ひきしまった小尻の割れ目から、黒く光る真珠の粒が、自分のクチバシまで続いていた。
 白鶏の高ぶりはもう押さえようがなかった。
「引っ張るなっ」
 顔を上げて叫んだ声に、条件反射で従おうと、押し込みかけても、また抑えた喘ぎ声が上がる。
 自分の行動で上がる甘い声に、興奮しきった白鶏はタイミングを見計らって、一気にクチバシで繋がった珠を引き抜いた。
「あっ、ぁ………」
 少女の声が弾けた。
 空中で、水飛沫とともに、6連の黒真珠が陽光を照り返して、きらめく。
 そのまま、二人はお互いに尻餅をついた。
 

 
「責任とってよね」
 何をとるのか分からないが、先程から涙目の少女に白鶏は説教されている。
 引き潮の珊瑚礁の上に正座である。正直痛い。
 だが、白鶏は傍目からわかるほど、にやけていた。
「黒真珠の枷は、自分では触れないんだから…っ、どうしよぉ…」
 少女の潤んだ瞳や、まだ上気した頬や、隠そうともしていない胸や、何故かとろりとした液体で光る太ももの内側や、もう、すべてが可愛い。
「クロシンジュノカセ?」
 おうむ返しに尋ねる。
 心当たりはあった。
 白鶏の膝の上にある、粒の揃った6連の黒真珠。
「それ」
 少女が顎で示して肯定した。
 白鶏のとさかほどの長さのそれは、少女のどこにどう収まっていたのか。
 考えるだけで総排出腔からシャフトがもたげそうになる。
「ったく、伽の格好で、ここに来ちゃうし。なんでか知らないけどオトナになっちゃうし。バカみたい、僕」
 ぺたんと少女は座り込む。
 なんとなく、白鶏はその頭を撫でた。
「バカにしてる?」
 涙目のまま、頬をふくらまして、少女がにらむ。
 白鶏は慌てて、さらに縮こまった。
「バカな君に説明するけどさ。これはね、一族に伝わる秘宝で、刻印の黒真珠って言うの。魔力持ちは皆、これを体内に仕込まれるんだ」
 少女は暗く笑う。
「勿論、近年こんなに中に仕込まれているのは僕だけって訳。だからいろんな相手と伽をさせられてたの……でも」
 少女の指が、黒真珠に伸ばされて、触れる寸前でぴたりと止まった。
「ただ、イケないから伽を嫌がってたレセレフが、よりによってあの紅珊瑚の魔女のところへ行かされてしまうなんて」
 少女は本当にくやしそうに、白鶏の膝を拳で叩いた。
 その反動で、脹らみたての胸がふるんと揺れる。
 心無しか、急激に大きくなってきているような気がする。
「あ……れ?」
 少女も気付いたのか、まぢまぢと自分の胸を見た。
「おかしいなあ。……講義ではこんなに大きくなるなんて言ってなかったんだけど」
 不思議そうに自分で胸を揉む少女は、白鶏の変化に気付いていなかった。
 ぶるっと白鶏の全身が震え、股間の羽毛から、隠しきれないシャフトがもたげる。
「紅珊瑚の魔女はこの辺りでも稀代の魔力持ちだって聞いてたから、これの対処法も知ってると思ったのに」
「クケ……」
 声をかけようとして躊躇った。
 名前を知らない。
 シャフトが少し小さくなった。
 少女が気付いたのはその直後。
 しっかりとシャフトを、柔らかな小さな手がとらえる。
「どしたの? これ」
 一転してにんまりと微笑む少女。
 動揺する白鶏にたたみかけるように少女は告げる。
「そっか。僕の格好見て興奮しちゃったんだ。ただのおバカさんじゃなくて、実はエッチなトリさんだった訳だ」
 驚く事に、少女は手慣れた動きでシャフトをしごきあげ始めた。
 とてつもない快感と開放感が白鶏を襲い、すぐに絶頂感に満ちる。
 貯まりに貯まった精液が、噴水のように上空へとまき散らされた。
「きゃっ」
 少女が片手で顔をかばって、片目を閉じる。
 変化したての黒銀のトゲヒレ耳に、まだ幼さの残る顔立ちに、浅黒い肌に。降り注いだ白濁はぽってりと乗っかった。
 髪や、指先や、まだ固そうな胸のふくらみや、鼻や、トゲヒレの上までも、白濁まみれになる。
 少女は舌を突き出して自らの指先を舐めた。
「……あんまし味は変わらないんだ、トリも」
 白鶏は動揺しまくって、羽根の先で、自分の白濁を拭おうとし、さらに肌に塗り伸ばすはめに陥ってしまい、少女に叱られた。
「もう……」
 海水で体を洗い流しながら、少女が上目遣いに白鶏を睨む。
「僕の物なのに、なんで主の僕を汚すのさ」
「アルジノボク?」
「……違う。ご主人様。飼ってるんだから当たり前でしょ?」
「ゴシュジンサマ」
 なんだか嬉しかった。
「あ、そうだ。所有物に名前つけてないの、変だよね」
 少女は手を叩いて、一人ごちる。
「いつもうるさい刻告げ鳥だから、刻男」
「トキオ?」
 刻男はもらった名前を反芻する。
「そ。刻男。僕の事はリテア様って……」
 少女は、自分の言葉に違和感を覚えたのか、口元に手をやって考え込んだ。
「もう僕っていうのも……なあ。名前は、……名付けの法則から行くと、リテアナ、かな」
「リテアナ」
 刻男は少女の名前を口の中で転がす。
「さっきまではリテアだったけどね。言ってご覧? リテアナ様って」
「リテアナ様」
 リテアナはにこっと微笑んだ。
「そうそう。刻男、覚えた?」
 とさかをぶんぶん振って頷く。
「問題は目上の方々に見つかる前に、黒真珠を元通りにしなければいけない事」
 入っていた物を元に戻すという事は。
「うまく、押し込める?」
 リテアナが命令というより最早確認という口調で訊ねた。
 浅黒い肌の全裸に腰布だけを身につけた姿。胸はまだ固そうな重みだが、乳首だけは発達している。
 その腰布さえもおしげもなく両手でちらりと持ち上げると、つるっとした無毛の股間がのぞいた。
 そのまま刻男に背を向けて、くるりとお尻を突き出す。
「今、慣らすから」
 リテアナは前屈みになり、慣れた手つきで、自らのお尻に手を伸ばす。くちゅくちゅと音をさせながら、リテアナが刻男を振り返る。
「見せ物じゃないんだからね」
 そういいつつ、目前に見せつけられて無言でいるのは、なかなかの拷問だった。
 浅黒い肌なのに、ピンク色の割れ目が覗いている。
 刻男はお尻の入口をほぐす指の下に潜り込んで、とさかで割れ目をなぞりあげた。
「ひゃっ」
 ぬるりとした感触がとさかに伝わる。
 リテアナが二三歩前に踏み出して、慌てて振り返る。
「ちょっと、勝手に立って、黒真珠、流さないでよ?」
 刻男は一歩も動いていない。ただ上半身を動かしただけである。
 位置が変わっていないのを見て取って、リテアナは指をお尻から離した。
「その……初めてのあそこ、何か変わってる?」
 心無しか不安げである。
「さっきまでは無かった器官だし……」
 そのまま手を割れ目の方へと滑り込ませる。
「うーん、触ってもよくわからないな。水面に映らないかな」
 生憎、波が揺れていて透明度の高い海は、二人の影は落とすものの、姿までは映さなかった。
「あ、濡れてる。これローション代わりに出来るかな?」
 自分の割れ目をいじくるリテアナは興味津々で、そのままその液をお尻の方へと塗り込んでいく。
 刻男のシャフトは堪え難く、張りつめんばかりになっていた。
「もういいよ」
 そういって、リテアナがお尻の穴を自ら拡げてみせる。
「ほら、押し込んで」
 刻男ははっとして6連の黒真珠を持つと、そのひとつめを穴へと押し付けた。
 リテアナが手を離すと1個目がきゅっとくわえこまれる。
「は……ぁ……いいよ、そのまま、入れていって?」
 刻男はリテアナの呼吸に合わせて、1つ、2つ、少しずつ入れながら、時折、引き抜きかけて、一気に突き込むという手技を繰り返した。
 リテアナの呼吸が徐々に激しく乱れていく。
 誰に開発されたのか、リテアナの黒真珠を飲み込むそこは、すでに性感帯として開発され尽くしていた。
「なんで、かな……普段は、声、押さえられる、のに」
 いつしか、リテアナは珊瑚にすがりつくように腰を大きく上に突き出し、膝をついて喘いでいた。
「でも……オトナなんかに、見られたくなかったし。その意味ではいいの、かも」
 最後の黒真珠を飲み込んだ後も、リテアナのふたつの穴はひくひくとうごめいていた。
 刻男は、名残惜しそうに、自分の指先までも、お尻の穴へと挿入する。
「あっ、ぅ、……何、してるの、さ……」
 さすがに、リテアナが振り向いた。
 そのままこちらに抱きとめて、あぐらをかいた膝の上に座らせる。
 リテアナの平らな腹を、脈打つシャフトがごりごりと押し撫でた。
「さっき、抜いてあげたじゃないか」
 リテアナが、頬を染めて見上げる。
 刻男はぶんぶんと首を振った。
「したいの?」
 こくこくと頷く。
「前はダメだよ? 成人したら査問を受けるんだから」
 とはいっても、後ろも、6連もの黒真珠を飲み込んだままだ。
 刻男はしばし考えた。
 そして、おもむろにリテアナの細い腰を抱き上げる。
「え?」
 片方の指をお尻へとあて、濡れた穴を拡げると、そのままそこにシャフトを押し当てた。
「無理っ」
 黒真珠を飲み込んだままのそこへ、熱い先端がねじりこまれた。
 その吸い付くような感触に、刻男の快感が弾ける。
 大量の白濁が、リテアナの中へと容赦なく注ぎ込まれた。
 リテアナの前の割れ目から、とろりとした愛液が、刻男の羽毛を濡らし、後ろからは、穴から溢れ出た刻男の白濁が海水を濁していく。
 拡張しきった穴が弛緩したのを見計らって、そのまま刻男はシャフトを突き入れた。
 シャフトに黒真珠がからみついて、リテアナの狭い内部を蹂躙する。
「んっ、ぁっ、はっ、ぁ……」
 突き上げられて、リテアナの胸が、刻男の胸の羽毛を押上げ、潰し、こすり上げる。
「だめだよ、ばれちゃうよ、やめっ」
 どんどんと刻男の胸を叩きながらも、段々とリテアナの黒い瞳がとろけて、妖艶な笑みを浮かべ始める。
「イイ、かもしんない……、なんでだろ。今までで一番やばい……かもぉ……」
 突然、リテアナが腰を上下に動かし始めた。
 その激しさに、主導権を握っていたはずが、あっという間に昇りつめさせられる。
 またしても大量に吐き出された白濁に、ずるりと抜けたシャフトと共に、黒真珠がぽたりと水面下に落ちた。
 

 
 空になりかけた水袋が2つ。
 食料は、変わらずない。
 なのに、刻男はどことなく浮かれていた。
 思いを遂げた。
 満ち足りた思い出に腹も空かない。
 思い出し笑いで夜が更け、気付けば、夜が明け、さらに昼と夜が過ぎた。
 すっかり2日程、夜明けの鳴き声も忘れていた事に刻男は気付かなかった。
 それが災いしたのか。
 水平線の彼方の雲行きがおかしい事に、ぼーっとしていて気付くのが遅れた。
 スコールの前触れか。
 そう思った刻男は、空になりかけた水袋の入口を拡げようと、四苦八苦していた。
 様子が、違う。
 そう感づいたのは、いつもなら突如降ってくる雨が来ずに、何となく水袋の水を飲み干してからで。
 周囲に冷気が漂い始めていた。
 熱帯であるこの海域では、風邪気味の時以外に寒気等感じた事はない。
 刻男は翼のついた腕を上げ、額の温度を確かめて、改めて首を水平線を向けて突き出した。
 風が、刻男の体躯を嬲り始めたのは、それから間もなく。
 徐々に風は力強さを増し、刻男は全身の筋肉に力を入れて、体勢を低くして飛ばされないように気をつけていた。
 環礁の中央、もっとも縁から遠い位置。珊瑚岩の一番入り組んだ辺り。そこに脚を絡ませれば、波を被る事はあっても、流される事はまずない。
 もう、木片の足場はない。自分の膂力だけが頼りだった。
 海と、白い空と、黒い雲。
 それが3つに分かれて見える。
 彼方は晴れているのに、その間に空と海を繋げる黒い筋が見えた。
 竜巻だった。
 幸い、こちらにはこないようだ。
 そうほっとして、背後を振り返る。
 黒雲が立ちこめていた。
 困惑した刻男は足下をふと眺めた。
 魚がいない。
 生き物の気配が、珊瑚礁から消えている。
 皆、息を潜めているような、そんな重苦しい雰囲気。
 周囲がどんどん暗くなっていく。
 昼間だというのに夕暮れよりも暗くなった時。
 何か光るものが急速にこちらに泳いでくるのが見えた。
 刻男は鳥目をこらす。
 透き通っていたはずの海は、空の暗さを映して見通しにくい。
 パシャン、と傍らで水飛沫の音がした。
 ぬうっと、水面から、黒い影が姿を現す。
 一瞬刻男はびくっとした。
 だが、現れたのはリテアナだった。
 ほっと胸を撫で下ろすも、違和感に、刻男は瞬きする。
 様子がおかしかった。
 あの後、身を清めてから、刻印の黒真珠を元通り身につけ、リテアナは帰還した。
 てっきり、査問で自分のしでかした事がばれたのか、と刻男は首をすくめる。
 だが。
 よく見ると、服装までも全然違っていた。
 見た事もない、銀鱗の鎧を身に纏い、ヒレの付け根も防護するように、手甲と脚絆をつけ、冠のような、額当てをつけた、美しい黒きサカナ。
「リテアナ……様?」
 言い慣れない名前を、刻男は口にした。
 リテアナは憂鬱そうだった。
「レセレフは、まだレセレフでしたわ」
 呆然とした表情で、吐き捨てるようにリテアナは言った。
「クケ?」
「……魔女のところへ行ったからって、疑って、悩んで、分化までして」
 トゲヒレが、苛立ちを如実に現すように逆立つ。
 刻男はどさくさに紛れてとんでもない事をしてしまった自分が怒られている気がして、身をすくめた。
「信じれなかったのはわたくし、置き去りにしてしまったのはわたくし」
 リテアナが、低く呟く。
 胸で長く伸びた黒髪が揺れる。
「誰もわたくしが分化した理由を知らない」
 激しい風が髪を巻き上げる。
「おまえしか、知らない」
 その時、空が瞬いた。
「笑っちゃうでしょう?」
 遠雷が、海面を照らす。
 リテアナの光を吸い込んだように黒い瞳が、三日月のように細められて。
 刻男は一歩退いた。
 リテアナが深呼吸する。
 刻男は息を止める。
「颶風が来ますわ」
 すうっと、苦悩の色が塗り替えられて、感情を剥ぎ落とした戦士の顔になる。
「もしかしたら、落ちものも…」
 落ちもの。
 刻男は顔を引き締めた。
 あの日の事が脳裏によみがえる。
 遥か彼方、小さなものでも、あれだけ苦労した。
 この強風で、落ちものが墜ちてきたら。
 波に飲まれて命を落とす事は間違いなかった。
「いい? 聞きなさい」
 仔の時とはまったく違う、冷たい口調で、少し低く声変わりをした声で、リテアナは言う。
「今、わたくしは黒真珠の枷を解かれている。非常事態だから。これが意味する事が分かる?」
『落ちものには魔力持ちを使えばいい』
 オトナの声が、仔の声と重なる。
「これから名代として紅珊瑚の魔女の元に赴くの。魔女の傍にはレセレフがいるはず」
 リテアナの暗い笑みが深くなった。
「……わたくしはレセレフを守りたい。そして一族も守らなくてはいけない」
 リテアナの細い指が、鱗鎧の胸から腹へと伸び、そのまま腰から臀部へとまわった。
「奴隷がいるって、告白したの。そして忠誠と引き換えに、ある物を手に入れたわ。これでおまえが溺れる事はない」
 浅黒い肌に銀色の鱗鎧を身に纏ったリテアナの顔は真剣そのものだった。
 傍らの珊瑚岩を指差し、それを抱きかかえるように指示する。
「あの岩にしがみついているのよ。絶対に手を放しては駄目」
 刻男は必死に頷く。
 リテアナが目を閉じて、低く呪文を唱え始めた。
 髪が風の向きに逆らって、ふわりと舞い上がる。
 サカナの旧き言葉は、刻男には聞き取れない。
「飲み込んでは駄目よ?」
 刻男の両頬を、リテアナの冷たい手が包んだ。
「刻印の黒真珠の名の下に、一族の加護を」
 そう言って、リテアナの顔が、刻男のクチバシへと近づく。
 クチバシの先を銜えるように、リテアナの口が開き、口腔に吸い込まれる。
 舌でやんわりとこじ開けられたクチバシの間。
 転がすように何か飴玉のようなものが口の中に入れられた。
 打ち寄せる波のように、一瞬だけ、舌と舌が絡み、離れていく。
 紫の稲光が、黒雲を割って、彼方に落ちた。轟音が後から響いてくる。
 薄暗い闇の中に、リテアナの輪郭が浮かび上がった。
「強運を」
 そう言って、リテアナは微笑み、環礁から泳ぎ去っていく。
 渦巻く荒れ狂う海へと身を投じる影が、一瞬浮かんで消えた。
「……リテアナ様!」
 名を叫んで、刻男は息を飲んだ。
 冷気がさらに増した。
 暗雲が低く垂れ込める。
 黒い海と、低い雲の間に、それは突如、現れた。
 何も無かった空間を引き裂くように、巨大な影が出現する。
 見た事もない大きさに、刻男は口を開けた。
 海面からわずかに浮かんだ位置に現れた大きい船影は、腹から何かを垂れ流していた。
 一瞬のうちに落下して着水し、第一波が押し寄せる。
 刻男は潜って、それをやり過ごした。
 泡立つ水流が体の横を抜けていく。
 息が続かなくなって顔を上げると、遥か彼方で大きく斜めに傾いた船影が、縦に屹立しようとしていた。
 かなり離れた場所なのに、船の形をした影は、間近にあるように思えた。
 近くで雷が落ち、刻男は耳を押さえた。
 その後は、覚えていない。
 容赦ない波が、幾度も刻男を襲い。
 その度に必死にしがみついた。
 気付いたら、その巨大な影は、海へと消えかけていた。
 巨大な何かが沈み終わった外の海は、渦巻いている。
 やがて渦も消え、空も徐々に晴れてきた。
 一息ついた刻男は、何か異臭がするのに気付く。
 首を伸ばして、周囲を見回した。
 遠くから、海の色が変わっていく。
 碧海が、水色だった海が、黒い粘液に覆われていく。
 大気を貫く無音の叫びに、刻男は反応した。
 刻男は黒いものが浮いている海面を必死に走った。
 白い羽根が濡れる度に動きにくくなっていく。
 構わず、波をかき分け、前のめりに進んだ。
 あれほど近寄ってはいけないと言われていた環礁の端で、待ち構える。
 そこより先は藍色の深い海。
 落ちものの海。
 刻男は、海面に見入った。
 何かが来る。
 海底から浮かび上がってくる人影。
 程なく、濁る水面から濡れた黒銀の髪が現れた。
 そのまま仰向けに浮かび上がる浅黒い肌の肢体。
 刻男は両腕を伸ばして抱きとめた。
 そのまま後ろへ反動をつけてひっくり返る。
 黒い油だらけの美貌は生気を失い、いつも刻男を魅了したその瞳は固く閉じられていた。
 銀色だった鱗鎧は見る影も無く、こびりついた油で黒く汚れている。
 ぐったりとした彼女を抱きかかえて、環礁の中央まで戻る。
 点々と海水に虹色の雫が連なった。
 外礁に遮られて、黒い油はここまで到達していなかった。
 静かに潮溜まりに横たえても、彼女はぴくりともしなかった。
 大きく肩を揺さぶっても、目を覚まさない。
 刻男は焦った。
 助けを呼ばなくては。
 何処に?
 誰に?
 必死に羽根で油を拭う。
 刻男の白い羽毛は、真っ黒な粘状の油で動きにくく、重くなっていった。
 雲間から、光が射し込む。
 刻男とリテアナに。
 水平線の彼方に。
 あちこちで、光が雲間から射し込んだ。
 刻男は助けを求めて、辺りを見回した。
 彼方に、サカナ人の影が踊った。
 群れではない。
 独りだ。
 刻男は声を上げようとして、止めた。
 見た事もないトゲヒレが、背を覆っている。
 警戒の姿勢をとる。
 踊りは、長く続いた。
 光に一瞬深紅に透けたトゲヒレ。サカナ人が肢体を一閃させる。
 大気が、震えた。
 波動が、荒い波となって、二人に押し寄せる。
 光の波が押し寄せて、辺りの風景を一変させていく。
 仰向けで浮かんでいた顔に、打ち寄せる光の波が被った。
 波に洗われて。あれだけ黒い油にまみれていた黒銀の髪が、徐々に銀色の光を取り戻し始める。
 刻男の体からも、光る海に体を浸す度に、油が分離してとれていく。
 刻男は訳もわからず、喉を引き絞るような声をあげた。
 いつのまにか、サカナ人の姿は消えていた。
 淡い光に照らされて、整った顔立ちがその睫毛までも見て取れるようになる。
 浅黒い肌の頬を、上から落ちた雫が、1滴、2滴と洗っていく。
 その刺激に、薄目が、開いた。
「……なあに? そんな、間抜けな顔して」
 やつれた表情のリテアナが微笑んだ。
 刻男は滲む視界に、何度も瞬きして頷いた。
「落ちものはどうなったのかしら」
 そう言いながら、リテアナは身を起こす。
「これは……」
 周囲に丸く浮かぶ黒い油を手に取って、リテアナは何か考え込んでいた。
「そうだ」
 口元に笑みが浮かぶ。
「刻男、これを全部集めて。水袋とかに入れて」
 興奮した口調で話すリテアナに、刻男は首を振る。
 すべては流されてしまった。
 刻男が手に入れたのはリテアナの安全だけだ。
「……そっか。そうよね。ちゃんと対策を練らないと」
 計算高い顔をして、リテアナは何か思案げに考え始める。
「無事で、良かった」
 刻男はぼそりと言った。
 リテアナは刻男に構わず、辺りの油を集めたり、すくいあげて、何かぶつぶつ言ったりしている。
 刻男は全身に疲労を覚え、その場に座り込んだ。
「バカね」
 空耳か、そんな声がしたような気がした。
「……死ぬ確率、どちらが高いと思ってるの」
 空耳ではない。
 顔を上げると、リテアナが満面の笑みを浮かべて、こちらを見ていた。
「見てて。今度は、島を作ってあげるから」
 そう言いながら、リテアナは首元に手をやった。
 髪をかき分けて、何かを外そうとしている。
 細い鎖を片手につまみ上げ、鱗鎧の下から残りを引き出した。
 細い鎖の先に、籠入りの黒真珠の飾りがついている。
「ほら、首、出して」
 刻男は頭を下げる。
「首太いなあ」
 そう言いながら、リテアナは刻男の首にペンダントをつけた。
「晴れて、公認の奴隷って訳」
 ぽんぽんと胸を叩きながら、リテアナが離れる。
「奴隷?」
「トリの奴隷には大地が必要でしょ?」
 リテアナは何事も無かったように立ち上がった。
 軽く泳いで、環礁を一巡りする。
 だから、刻男は気付かなかった。
 水中で、リテアナが呟いた言葉を。
 そして、この碧海に何が起きたのかを。
 雲は去り、何事も無かったように日が射し始めていた。
 

 
 寄せ集めの島。それが刻男の新しいねぐらだった。
 あれから半年。
 クロダイの一族と引き合わされたのは、異変から1ヶ月も経たないうち。
 つい先日、思い出深い環礁から、沈んだ巨大船の船尾の上に作られた人工島の上に移されたばかりだ。
 すべてが変わり過ぎて、刻男の頭では整理できない。
 白い羽毛に埋もれた首の、黒真珠のペンダントだけが、絆だった。
 リテアナは、何か生き生きと奔走し、刻男はその肌に触れる事すら、長く叶わないでいた。
「はあ……」
 結局、刻男はまだ一度もレセレフ、という人物に会った事が無い。
 リテアナは、けして会わせてくれず。
 あれこれ妄想を張り巡らせては、刻男はせっせとねぐらの構築に励むのであった。
 死んだ珊瑚が砕けた白い砂浜が、ようやく、形となってきた。
 流れ着いたヤシの実も、島の中央に植えて。
 後はうまく育ってくれるか待つだけだ。
「刻男」
 海の方から、自分を呼ぶ声がする。
 その声に、刻男は小躍りしながら迎えに出た。
「ひさしぶり、刻男。元気にしてた?」
 夕日を背にして、浜に上がってくるのは、黒銀の巻き髪とトゲヒレ、浅黒い肌を持つ娘。
 そう、もう少女とは呼べない程、彼女は成長していた。
 背は、刻男と頭ひとつ分違うくらいまでに伸び、乳房は片手から溢れ出る程に重量感を増している。
 大きくなった胸の谷間が、淡いピンクのノースリーブドレスからはみ出しかけている。
 その後ろからもうひとり、浜に上がってくるのが見えて、刻男は不機嫌になった。
 もう一族の他の連中に虐められるのは勘弁である。
 足場も固定した事だし、蹴りで撃退するだけの体力は有り余っていた。
 だが、そのサカナ人は浅黒い肌を持っていなかった。
 抜けるような白い膚に、海の中では邪魔になりそうな、黒鱗のロングドレス。その胸の大きさはリテアナのそれを遥かに上回り、不自然な程に丸い。
 赤黄色のトゲヒレ耳には連なる黒真珠の耳飾りが光っていて。
 髪の代わりに長く背中まで伸びた深紅のトゲ背ビレがあった。
 青い眼は不機嫌そうにこちらを見やり、開口一番こう言った。
「わざわざ呼び出した訳は何だい」
 2人ともサカナ人だというのに、きちんと服を着ている。
 羽毛に全身が埋め尽くされているとはいえ、ひとりだけ裸なのが何だか気が引けた。
 だが、その手のものは刻男のところまでは届かない。
 リテアナは刻男の傍まで歩いてくると、振り返って言った。
「……まあ、立ち話もなんですので、我が島へお上がりくださいな」
 リテアナの余裕ありげな態度に、客人はさらに不機嫌さを増して、島の奥へと足を踏み入れた。
 島には、何処からかサカナ人達が運び入れた岩と、刻男が流木でくみ上げた屋根の無い掘っ建て小屋しかない。
 それでも、大分島が大きくなってきたので、中央部まで来ると、浜が遠い。
 客人は、周囲に注意深く目を配りながら、大きな岩の上に腰を下ろした。
「で?」
 用は何か、と見下ろすように言う。
 夕日は水平線に沈み、夕闇が青く影を落としていた。
「これが、わたくしの奴隷、刻男ですわ」
 リテアナはにこやかな表情のまま、刻男を紹介する。
 刻男はあわてて頭を下げる。
 沈黙があった。
 顔を上げると、客人は顔を背けて、完全無視を決めていた。
「こちらは紅珊瑚の魔女であらせられるマダムファルムよ」
 紅珊瑚の魔女、という言葉に刻男は反応した。
 確か、紅珊瑚の魔女は敵ではなかったか。
 岩陰に、緊迫した雰囲気が漂う。
 リテアナが一方的に睨みつける刻男と、無視を決め込むマダムの間に割って入った。
「一昨日はありがとうございました」
 リテアナは何事も無かったように話を進めた。
「……きまぐれさ」
「いえ、セレフィアがとても喜んでいましたわ」
 セレフィアというのは誰だろう?
 刻男はひとり、首を傾げる。
「その割には見送った後、不機嫌だったじゃないか」
 2人にはよく見知った相手のようで、ちらりと、マダムが視線を送る。
「だって」
 リテアナが微笑みながら、眼を細めた。目元も口元も、三日月のようになる。
「セレフィアから聞いてしまったんですもの。貴方が、セレフィアをオトナにしたって」
 一瞬、間があった。
「あいつが勝手に分化しただけさ」
 マダムが素っ気ない物言いになる。
「いいえ? その後、査問をなさったでしょう?」
 何だか、空気が冷えてきたような気がする。
 査問とは一体なんだろうか。
「わたくしが相手を務めたかったですわ、是非」
 しみじみと、感慨深くリテアナが言う。
「おまえに興味は無いねえ」
 マダムの言葉に、リテアナは即答した。
「違いますわ。わたくしが、セレフィアの、ですわ」
 マダムのトゲヒレがぴくりと動いた。
「どういう事だい」
「ご存知の通り、わたくしは一族の中でも稀な、魔力持ちですわ」
 リテアナはすっと、ワンピースの裾をたくしあげた。
 元々太腿の半ばまでしかなかったそれが、紐で結んだ下着があらわになるまで持ち上げられる。
 腰の左右にトゲヒレがあった。
「いきなり、なんだい」
 マダムがぴくりと眉を動かした。
 刻男は仰天した。
「見てもらいたいものがありまして」
 そのまま、横を結んだ紐をほどく。
 ショーツがぱさりと砂の上に落ちた。
 形のいいお尻が、刻男の方から見える。
 そろそろ目が利かなくなる時間なのを、刻男は呪った。
「仕事ならまだしも、このファルムに色仕掛けが通用すると思うのかい?」
「違いますわ」
 リテアナは自ら、豊かな尻を後に突き出して、手を回した。
 刻男を手招きする。
 やる事はひとつだった。
 刻男は膝をついてリテアナの股間に顔を這わせると、尻の穴を羽根で刺激した。
「んっ♪」
 過敏な、後の穴から、糸をずるりと引きだす。
 丸い粒がひとつだけ、顔を現した。
「もういいですわ」
 そう言われて、引き下がる。
 リテアナは中腰になると、スカートの裾を唇にくわえて、身をよじらせた。
 丸い粒が、一息入れる度に、つぷり、つぷり、と抜けて出て行く。
「何を…」
 眉をしかめたマダムの顔が、次の瞬間、驚きに歪む。
「刻印の、黒真珠かい…」
「そう、です、わ……ああっ♪」
 自らゆっくりと排出しようとしているのに、糸で繋がった1粒がこぼれ落ちる度に、リテアナの嬌声が上がった。
「あっ……はあ……これが、一族のなさりよう、ですわ。……魔力持ちは、封じるのが、やり方……」
 眉を寄せたマダムは、岩から降りる。
「自分で外せるようになったとは、……随分と気骨のある子だねぇ」
 刻男は黙って控えていたが、内心冷静ではいられなかった。
 こんな初めて見る輩に、主人の媚態を見せているのが口惜しい。
「噂では、マダムも、かなりの量を呑んでいらっしゃるとか……」
 最後の珠が抜け、砂の上に6連の黒真珠が落ちた。
「噂に過ぎないさ」
 マダムは近寄ると、膝に手をついて肩で息をするリテアナの、顎をつかんで上向かせた。
「それで、何が望みかい?」
 至近距離で二人は見つめ合う。
 その後ろで刻男は邪魔するようにばたばたと羽ばたいた。
「……追体験、ですわ。それと……」
 リテアナは言い淀んだ。
「追体験?」
 マダムが首を傾げる。
「……これからずっと、離れているのですもの。仔時代に唯一引き裂かれていた時の思い出を、わたくしも味わいたいのですわ」
 刻男にはさっぱりわからないが、マダムは納得したようだった。
「対価は何だい」
 用心深く辺りを見回しながら、低い声で尋ねる。
「これから出来る魔窟での身の安全ですわ」
 小声でリテアナが返した。
「はん、下っ端のおまえに言われたくないね」
「いいえ? この魔窟の建設の提案と、設計はわたくしの立案ですわ」
 空いているマダムの白い指が、リテアナの浅黒い肌を撫で回した。
 ワンピースから覗く胸の谷間に手を入れて、片方の胸をあらわにさせる。
 マダムの手首にある長いトゲヒレが、手の甲に覆い被さって、まるで長い爪のように、リテアナの乳首を弄んだ。
 マダムに飛びかかろうとする刻男を、リテアナの腕が制する。
「そこのトリはどうするんだい?」
 マダムが愉しそうにリテアナの胸を揉みしだきながら言った。
「見られてするの、嫌いじゃありませんわ」
 刻男を振り返りながらリテアナが言う。
 その流し目に、この夜の運命は決まった。
 
「これが、レセレフの初めてを奪った一物ですのね……」
 岩に座ったマダムの前に跪きながら、リテアナはうっとりした顔で、マダムの股間に見入っていた。
 刻男は、自分に与えられていた小さな魔洸燈を岩陰に置いて、左右を砂で覆い固めた。
 これで遠くからは見えないが、自分には情事が見えるようになる。
 驚くべき事に、マダムは刻男と同じように出し入れでも出来るように、いきなりシャフトが出現したように見えた。
 黒鱗のドレスをまくり上げられ、憮然とした表情でマダムはあらぬ方向を見ている。何故か、あまりやる気が無さそうだった。
「これで、どんなふうにレセレフを虐めましたの?」
「……伽の一通り、だよ」
 ため息をついて、マダムが空を見上げる。
 萎えてきたのをリテアナは見逃さず、いきなり、唇でくわえこんだ。
 その様子を見せつけられていた刻男はたまらない。
 口で奉仕する形になった事で、突き出した尻に、羽根で微かなタッチで愛撫を繰り返す。
 リテアナは無言で、マダムのシャフトをしゃぶり尽くす。
 背後からは、刻男が愛撫を仕掛ける。
 いつしか、豊かな尻とそこから繋がる太腿は、ぬらりと光り始めていた。
 マダムは腕組みをし、あからさまにやる気がなさそうだったが、リテアナが口を離すとそこに屹立したものがあった。
「……こんなに大きなので、レセレフを査問しましたのね。……わたくしも、査問してもいいかしら?」
「おまえは、もう査問を済ませたのだろう?」
「……気持ちよくも、楽しくもない、ただの拷問でしたわ」
 リテアナはマダムの上にのしかかり、岩の上でそっと腰をシャフトの位置へとあてがった。
「いいのかい?」
 マダムはリテアナの腰を支えてやり、背後に目を向ける。
 刻男と、マダムの視線が合う。
「いいんですわ。……奴隷は、主人に、逆らえません、もの……」
 奴隷、という言葉が刻男を押しとどめた。
 俯いてぎゅっと眼を閉じる。
「あ、レセレフと……ひとつに」
 声が、甘く響いた。
 見なくても、気配で、リテアナが徐々に腰を沈めていくのがわかってしまう。
 それならば、と刻男は眼を開く。
 魔洸燈の光が、白い脚とそれにまたがる黒い尻と太腿を照らし出している。
 どう見ても、襲っているのは、黒い方である。
 ピンクの割れ目が色の薄いシャフトを飲み込んでいくのが見えた。
「動くのかい?」
 マダムの声は、かすれていた。
「いえ、その、まだ慣れている訳ではありませんの……」
 リテアナが両手で髪をかきあげながら、もどかしげに身をよじらせる。
 黒真珠が、砂の上に落ちている。
 その上に、男をくわえこんでもなお、ひくつく穴がある。
 刻男は無言で近づくと、二人の上にのしかかった。
 濡れた太腿から、シャフトをこすりつけて、十分に先を濡らす。
「刻男? 何を……」
「うっ」
 何も挿入されていない後ろに、にじり寄るようにして、刻男は自らのシャフトを挿入した。
 前の壁を通して、圧迫感を感じる。
 リテアナの声が瞬時に、喘ぎ声に変わった。
「ひゃぅ、そんな、いきなりっ」
「これは……きつい、ねえ」
 二人分の重みで岩に押し付けられたマダムが苦しそうにする。
 刻男は構わずリテアナの腰をつかみ、律動を開始した。
「ダメですわ、トキオ、動いちゃっ」
 リテアナは振り向こうとして前から両胸をマダムにわしづかみにされる。
「どうしたんだい? いきなり反応が良くなったじゃないか」
「そんな……こんな、事、レセレフはしていませんわっ」
「……そんな事言ったってねえ、第三者はあの時いなかったしね」
「でもっ」
「それにねえ、面白い事に、中がどんどん溢れてくるよ? 後ろに入れられてからねえ」
 刻男は、マダムの言葉攻めの間、羽根でリテアナの弱い部分をくすぐる。
 2方向からこすり上げられたリテアナの中はきつく、きゅうきゅうと締め上げてきた。
 刻男の太腿を、マダムのドレスから岩へも、泡立った愛液が濡らしていく。
「そういえば、このファルムが、どのくらい呑んでいるか、だったねえ」
 激しい刻男の動きに、リテアナを通して揺らされながらも、マダムは余裕ありげな声で、言った。
「今教えてあげるよ。擬態でね」
 瞬間、前に入っている壁越しの感触が、ごりごりと刻男側までもえぐった。
「んく…っ!」
 リテアナがぽろぽろと涙を流す。
 丸い粒の感触が、ぼこぼこと浮かび上がり、リテアナを狂わせる。
 刻男は、不意打ちを食らい、我慢しきれずに出してしまった。 
「おっと」
 リテアナの腰を羽交い締めにして、奥深くに射精を続ける刻男の気配を感じて、ずるりと、マダムがシャフトを引き抜く。
 そのまま、刻男は二三歩後ろによろけた。
 刻男に抱きしめられ、リテアナは脚が浮いた状態のまま、貫かれる。
 ぽたぽたと、白濁が、浅黒い肌を伝って、砂の上に染みを作った。 
「いい光景だねえ」
 岩の上に仰向けに寝そべったマダムは、屹立したままのシャフトに触れ、何事か唱える。
 まるで真珠を埋め込んだかのように表面がでこぼこしていたシャフトは、すっと小さくなり、黒鱗のドレスの下に隠された。
 ぐったりと刻男に身を預けるリテアナを、刻男は大事そうに抱きしめる。
 そのまま、片手を脚の下にまわし、膝の下に腕をまわす。
 両足とも膝の下に手を回し、M字に開脚させると、一度、尻の穴からシャフトを引き抜いた。
「ト……キ……オ……」
 リテアナが片手を刻男の首の後ろにまわし、姿勢を固定する。
 首の後ろを撫でられ、刻男はいい気分になった。
「あんなやつ、入れられた。やり直す」
 刻男は自分のシャフトを念入りに羽毛に擦りつけて拭いてから、また勢い良く上を向くそれを、今度は前の穴へとあてがおうとした。
「おやおや、旺盛だねえ」
 マダムの揶揄する声が上がる。
 刻男はマダムに見せつけるように、前へと挿入した。
 後ろとはまた違った感覚が、刻男を包む。
「どうだい? こうやってあられもない姿をさらす気分は」
 マダムが意識をとばしかけていたリテアナに声をかける。
 リテアナは、息を乱すだけで、答える余裕がなかった。
 激しい突き上げの度に、胸が揺れる。
「……このファルムとする時は随分余裕だったのにねえ……」
 マダムが面白そうに言った。
「バカに、するな」
 刻男がうなる。
 そうはいっても、刻男もまた、あっさり絶頂を迎えそうになっていた。
 せめて、リテアナがイくまでは、とギリギリまでシャフトを抜いて、手の枷を緩め、一気に挿入する。
 それを繰り返していると、リテアナの声が、我を忘れた甘い声になってきた。
「そうそう、おまえが言い淀んでいた事に答えてやろう」
 刻男はもう、マダムの言葉を聞いていなかった。
 結合部が溶け合って、どこからが入口でどこからが奥だかもうわからない。
「このファルムとあの坊やのように、おまえも他の一族の輩と伽をした事があるはずだ。それを思い出して、された事を頭に思い浮かべてご覧」
 立つのをやめて、一気に座る体勢に腰を落とす。
 一瞬、リテアナの体が浮き上がって、落ちてきた重みでさらに深く貫かれる。
「ぁあっ」
「ほら、今だよ」
 マダムが意地悪く囁いた。
「リテアナ、イくっ」
「キちゃうよぉっ」
 刻男はそのまま砂の上にリテアナを押し倒し、腰を打ち付け始めた。
 我慢は限界で、あっというまに昇り詰める。
 深く腰を打ち付け、射精した。その時だった。
「クケッ」
 目の前に青い火花が散る。
 刻男は射精しながら後ろに倒れ、シャフトから飛び散った白濁が、刻男の方に降り注いできた。
 何が。
 起こったのか。
「はぁ……はぁ……、使え、ました、わ」
 途切れ途切れの、リテアナの声が聞こえた、ような気がした。
 手足がしびれて動けない。
「……ほう、それがおまえの魔法かい」
「そう、みたいですわ、ね。心当たりが、ありますわ」
 意識が闇に呑まれていく。
「……刻男、調子に、乗り過ぎですわ、よ……」
「その割には感じていたじゃないか」
「だって、刻男はわたくしの物ですもの」
「それだけかい? ……まあ、自分だけの物っていうのもいいのかもしれないねえ」
「あら、マダムにはいらっしゃいませんの?」
「生憎、候補にも逃げられたばかりさ」
「まあ」
 刻男は、和やかに話す声に、内心異議を唱えながら、気絶した。
 
 その後3日間、刻男は体育座りのまま、いじけていたという。
 
 
 

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