猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

万獣の詩外伝03

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万獣の詩外伝 MONOGURUI 003

 
 
「ラスキ、ラスキ。ラスキはおるか」
 うららかな陽光の中、その日も『局長』はぽふぽふと両手を叩いた。
 時節は四月。
 気温もぬくめいてきて、王都の街路も雪残り僅かになり始めた時分である。
 そんな雪融けの最中にあって、彼女は同様の所作何度か繰り返すと、
 やがて傍にあった小筒を手に取り「ぴすー」と息を吹き込む。
 
 ――こは犬笛と申すべきもの。
 
「ラスキエルト、ここに推参」
 ほどなく音を立てずも足早に、一匹のイヌが局長室の床へと片膝をついた。
 半折れの耳に、毛質の柔らかくも豊かな長毛、
 にも関わらずキッチリと着込んだ背広が、暑苦しくも折り目正しい印象を周囲に与える。
 細く突き出た顎に優しげな瞳は、どこか女性的な優美さと気品を感じさせ、
 なれどその中身もまた決してそのような外見を裏切るものではない。
 ……事実イヌの耳には黒板を引っかいたような音に聞こえる事で有名な、
 犬笛での詔勅を受けても嫌な顔一つせず頭を垂れるがその証拠。
 
「して局長、いかなる御用にございましょうか」
「うむ、苦しゅうにゃー、面を上げぃ!」
 デスクに片足を乗せながら、重役椅子にふんぞり返る小柄なネコの女性を前に、
 すっと聡明さを感じさせる身ごなしで頭を上げたこの男――
 ――ラスキエルトは忠義の人(いぬ)である。
 
 猫井テレビは犬国支局に勤め始めてかれこれもうすぐ20年。
 大手出版社から引き抜かれたその実力は、辣腕というには少々程遠いものの、
 しかし堅実かつ確実な仕事においては既に磐石の評価。
 上司である特派取材部局の局長に対する絶対の恭順と忠誠も合わさって、
 自他共に認める局長の懐刀として活躍をしている。
 
 本来、イヌとネコは仲が悪いというのがこの世界一般の認識ではあるが……

“――局長はこの僕を見出してくださった”
 敵性国民であるはずのイヌの彼を、しかし破格の好待遇で引き抜いたのは、
 他でもないネコの国の企業【猫井】であり。
“――お前が必要だと手を伸ばしてくださった”
 貴族の妾子、一代雑種ゆえに貴族からも平民からも距離を置かれていた彼に、
 そんなものを一切気にしない上司と気さくな同僚、
 愛すべき部下達を与えてくれたのは、この彼よりも頭二つも小さいネコである。
 
 なればその信に身命を賭して報いんとするのがイヌの常。
 
「話というのは他でもにゃー、実はちょっとばかし頼まれて欲しいのにゃ」
「ははぁ」
 表情を穏やかに保ったまま、口調の乱れも無く平静を装うラスキではあったが、
 しかしそのふんわりとした尻尾はパタパタと左右に揺れている。
「ですがよもやいつぞやのように、肩を揉めとかそんな用ではありますまいな」
 生き生きと問い返された言葉に、
「……!!!! な、何を言うのニャ、そんな事あるわけないにゃ!」
 何故か局長が急にしどろもどろになったのは気になったが、
 
 ――しかし、月日は流れた。
 ここにいるのは最早、20年前猫井に入社したばかりのぺーぺーではない、
 十余の部下を預かる一部所の主任であり、
 更に目の前にいるのは特別派遣取材局を任された重役級幹部なのだ。
“昔のようには馴れ合えませぬ”
 まだ入社したばかりの頃のてんやわんやの思い出を胸に、
 双方責任ある立場になった事への一抹の寂しさを感じてラスキは笑った。
“じゃれ合うのもこれ切……”
 
「――右にゃ」
「……は?」

 意味不明な発言である。
 思わずラスキが素っ頓狂な声を上げるのにも関わらず、
「もうちょい右、右。右にゃあ」
「え? あ、ああ。はいはい、こうでございまするか?」
 くいくいと手を右方に振って、無造作に右に動くことを要求する女ネコ。
 …律儀にすすすす、と移動するイヌもイヌなのだが。
「みぎみぎみぎみぎみぎー、あっ、ちょい左にゃ、ちょい。…そーそー。
はーいばっくおーらーい、ばっくおーらーい、ばっくおーらーい……ストップ!!」
 のそのそと大きな背丈で蟹歩きをしながら、上下左右の移動を繰り返す。
 ほどなく所定の位置にたどり着いたラスキに命じられたのは、
「そこに正座にゃあッ!!」
 正座であった。
 
 …………(チョコン)
 
「……あのぅ」
「何にゃ?」
 ちんまりとしながら、イヌが訊く。
「…これは一体、どのようなお仕置きで……」
「うむ! よくぞ聞いてくれたにゃ!」
 なまじ体格が大柄なだけに、きちんと正座した背中が妙に哀愁を感じさせた。
 
「実は昨日、酔っ払った拍子にネコキックで壁をぶち抜いてしまってのお」
「はぁ……」
 ラスキの脳裏に。
 『ネコキィーーーック♪』と叫びながら上機嫌で壁を粉砕する、
 泥酔した上司の姿がありありと浮かんだ。
「とりあえず穴っぽこは『がむてぇぷ』で応急処置しておいたんにゃが、
やっぱしどーも隙間風がぴゅーぴゅーひゅーひゅー寒くて喃(のう)…」
「…左様でございますか」
 
 『がむてぇぷ』とは。
 世界の壁を隔てたヒト国より伝わりし、あらゆる物を修復接合する万能素材であり。
 特に『だんぼぉる』なるものと組み合わせた暁には、
 冬の路上にハウスを打ち立てる事すら可能とされる究極物質の一つであるが……
 ……それでもやっぱり、『所詮はがむてぇぷ』な物である。

「ラスキ」
 そう言えば何だか背中に風が当たって寒いな、と。
 そこでラスキが気がついたところで、果たして一体何が出来ただろう?
「というわけでお主、ちょっとそこに座っておれ」
「…………」
 
 
 ラスキエルトは、忠義の人(いぬ)である。
 その身は既にイヌの国の民にはなく、ましてはネコの国の民ではない。
 【猫井】という国の、【猫井社員】という種族。
 なれば敬愛すべき上司のためならば、たとえ火の中水の中。
 死ねと言われれば死んだだろうし、不可能を可能にせよと言われれば尽力しただろう。
 三日の恩は、三年忘れず。
 イヌの忠義とはそのようなもの。
 
 ……しかし。
 通常の企業運営においては、小間使いには本来平社員が当たるものであり。
 部長課長係長級にOL(O=お茶汲み、L=レディ)の真似事をさせるのは許されない、
 猫井関連企業の一部所の主任に選ばれるほどの一能の士を、
 パシリ代わりに私用する事は全くの無益である。
 だ が こ の 日。 尋常ならざる局長をひととき喜ばせしめるために、
 前代未聞の一大暴挙が行われようとしていた。
 
 こ の い じ め を 、 も は や 何 者 も 止 ど め 得 ず 。
 
 ―― 士(いぬ)の命は 士(いぬ)の命ならず
 ―― 主君のものなれば
 ―― 主君のために死に場所を得る事こそ
 ―― 忠犬(わんこ)の誉れ
 
 
 
 ―― 三時間後 ――
 
「……あのぅ」
「何にゃ?」
 放置プレイであったそうな。
「その、拙者ももう人を纏める立場、忙しい身であります故、なんというかこう……」
 絶対服従、上役の命令には逆らえないからこそそうせねばならなかった。
「……そろそろというか、いい加減職場の方に戻っ―― 「「 ラスキ 」」
 イヌの行動パターンとはそのようなもの……。
 
「身体がおっきいと便利じゃ喃」
「…………」
 
 “名犬”というものは。
「……あのぅ」
「何にゃ?」
 ひとたび、ひとたびご主人様に『待て』と命令されれば、二度とは。
「…足が痺れてきたので、体育座りにしても宜しいでしょうか?」
「うむ! 構わんにゃ!」
 二度とは――
「…………」 (ポツネン)
「…………」
 
 
 
 
 
 
 
 
“……一体いつになったら怒り出すのかなぁ?(ドキドキ)”
 無論、言うまでも無く遊ばれているだけなのだが。
 
“…こ、今宵も残業にござる……”
 ラスキエルトにはそれが理解できないのだ。
 
 
 
 
 

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