猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

虎の威13

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虎の威 第13話

 バラムに抱かれ、処女を捨て、滑稽な幸福に笑い合った夜から一月が経った。
 男に対する恐怖はすっかりと消え去り、快楽を受け入れる事にもなれ、千宏は自分から男に快楽を与えることをも覚えて逆にバラム達を心配させた。
 急がなくてもいい、無理をするな、ゆっくりなれていけばいいのだという言葉を、しかし千宏は相変わらずの頑固さで聞き入れようとはしなかった。
 そして、魔法や薬を使わなくとも男を受け入れられるようになり、千宏はバラムの部屋に通う日々を卒業した。
「そんなわけで、今夜はアカブの部屋に夜這いを掛けようと思います」
 アカブに作ってもらったおやつのプリンを誇りっぽい市場で味わいながら、千宏はにやりと唇を吊り上げた。
 同じくプリンを書き込んでいたパルマが、ぴん、と耳を立てて千宏を見る。
「それって、ひょっとしてアカブには内緒でってこと?」
 ぐぐっと身を乗り出して、ひそひそとパルマが囁く。
 千宏は地の底から這い出そうとする魔王のごとき含み笑いを上げ、パルマに歓喜に震えた悲鳴を上げさせた。
「それいい! すごくいい! 絶対、死ぬほどびっくりする!」
「そうでしょ、そうでしょ! パルマとイシュに教わった超絶技巧で腰砕けのごろごろにゃーん状態よ!」
「まってまって! ただ夜這いをかけるだけじゃまだ甘いって! お風呂上りで完全に油断して部屋に帰ったところでさ……」
「パルマの鬼畜! この変態!」
 きゃあきゃあと叫びあいながら、ばしばしとお互いを叩き合う。
 そんな様子をやや遠巻きに見守っていたカブラ達は、アカブを羨んでいいのかはたまた憐れむべきなのか判断しかねていた。

 そして、穏やかに夜がやってくる。
 やたらと風呂を勧めてくるパルマと千宏に半ば押し切られる形で風呂に入り、妙に気を利かせてパルマが持ってきた冷酒のせいで思わず長風呂してしまったが、アカブは身も心もほかほかと温かく、ほろ酔い気分でこの上なく上機嫌だった。
 今夜もぐっすりと眠れそうだ。これで千宏のブラッシングでもあれば文句は無いのだが、それは贅沢の言い過ぎというものである。
 自室へ向かって寒い廊下を歩いていると、階段を降りてくるバラムとばったりと出くわした。今夜は森に向かう日だ。
 気をつけろよ、と声をかけようとアカブが口を開くより前に、バラムが不意ににやりと唇を吊り上げた。
 そして、無言でぽんぽんとアカブの胸を叩き、兄の表情で深く何度も頷きかける。
「じゃあ、気をつけてな」
 に、と歯を向いて意味ありげに笑い、バラムは軽やかに階段を降りていってしまった。
 まったく脈絡が無い。あまりにも不気味である。
「……いや、それはこっちの台詞だろう」
 家の中にあってアカブが何に気をつけろと言うのか。
 パルマの行動も妙だったが、今日のバラムはそれに輪をかけて変である。
 しばし黙然と立ち尽くし、しかしそうしていても寒いだけなので、アカブは首を捻りながら再び自室を目指した。
 どうも嫌な予感がする。
 自室の前にたどり着いてドアノブを握り、ふと、アカブはある可能性に行き当たってドアから飛びのいた。
 ドアノブを捻った瞬間にトラップが発動し、大爆発が引き起こされたりするのではなかろうか。あるいはもっと陰湿に、全身の毛が抜け落ちるなどという下らない悪戯が仕掛けられているのではあるまいか。
 前者ならばまだ許そう。だが後者だったら当主の交代をかけてバラムを殺さなければならない。尻尾を逆立て警戒の眼差しでじっと自室のドアを睨み、次の瞬間、アカブは溜息と共に弱々しく首を左右に振った。
 馬鹿馬鹿しい。いくらなんでも考えすぎだ。少し酔いが回りすぎたかもしれない。
 少々自嘲気味に笑いながら、アカブはドアノブに手をかけた。
 開いたドアの隙間から、甘ったるい香りが鼻腔をくすぐった。エクカフでかぐような刺激的な物では無いが、思わず警戒心が緩む香りだ。
 これは、本気で何か怪しげなトラップが仕掛けられているかもしれない。
 ドアの縁に手をかけて、アカブは慎重に、注意深くドアを開いて中の様子を伺った。薄暗い部屋に、ロウソクがいくつか灯っている。無論、アカブがつけたものではない。
 中に誰か――ベッドの上に――。
「ねーぇ、綺麗な白トラさん」
 金色の月と、赤い炎に照らされて、ほっそりとしたラインが薄暗い部屋に浮かぶ。
 じゃらりと、鎖の音が響いた。
「あたしをた、べ、て」
「ぐはぁあぁあ!」
 手を添えていたドアの縁を握力のみで完膚なきまでに粉砕し、アカブは鼻からだばだばと血液を溢れさせながらその場に崩れ落ちた。
 アカブが初めて他者によって膝をつかせられた瞬間である。
 パルマと千宏のけたたましい笑い声が響いた。いつの間にかすぐ後ろにいたパルマが、腹を抱えて廊下を転げまわっている。
「凄い! この威力は凄いよチヒロ!」
「鼻血が! は、鼻血で血の海がぁぁあ! ひぃいい! 死んじゃう! 笑い死んじゃう!」
「もったいない! これはバラムもったいない! 笑いすぎてへんになるぅう!」
「て、て、て……てめぇらよくも――!」
 鼻を押さえて復活しようとしたアカブの耳に、再び鎖の音が響いた。
 思わず、そちらに目をやってしまった自分を恨む。
 ほっそりとした首にはめられたごつすぎる首輪と、そこから伸びる白銀の鎖。
「おしおきするの?」
 うるうると瞳を潤ませ、千宏が上目遣いにアカブを見る。
 これは――これこそが、全世界の男が夢見るメスヒトの姿ではないのか――。
 そんな事を思いながら、アカブは血の海に沈んだ。

「だぁから、謝ってるじゃんよ! ごめんってばぁ!」
 何リットル流れたのか疑問になるような血液をせっせと雑巾で処理しながら、千宏は無言で血に塗れた毛皮を拭っているアカブにごめんなさいと繰り返した。
 パルマは頭に巨大なこぶを作って泣きながら部屋へと逃げ帰ったが、千宏には小言一つなく完全に無視である。
 こういう少々陰気な怒り方まで、この兄弟は無駄によく似ている。
 すっかり廊下の血液を拭き終えて、千宏はごしごしと手を拭いながら修復不能なほどに粉砕されたドアを眺めて溜息を吐いた。今夜は隙間風がきつそうだ。
「アーカブ。アカブさーん。ねぇねぇ、見てよこの服。アカブのために買ったんだよ。可愛いでしょ? アーカーブ」
 ねこなで声を出しながら不機嫌そうな背中に歩み寄り、頑なにこちらを見ようとしないアカブの顔を覗き込む。
 ぷいとそらされる顔を追って反対側に回り込むと、再び顔をそらされる。二百歳も超えた男が、まるで子供である。
「じゃあ、ブラッシングしてあげようか。ね? アカブブラッシング好きだもんね」
 ぴくん、とアカブの耳が反応する。しかし堪えているのか、相変わらずこちらを向こうとはしない。
 これは相当怒っているなと、千宏は困り果てて天井を仰いだ。
「ごめんなさい」
 囁くように謝罪して、ベッドに胡坐をかいているアカブの首に腕を回し、広い背中に圧し掛かる。
 ふかふかとした毛並みに頬を押し当てて目を閉じると、アカブが低く、ぐるぐると喉を鳴らした。
「俺を笑いものにしやがって……」
「うん。ごめんなさい。反省してる」
「だいたい……なんなんだその格好は! 首輪とか、鎖とか……!」
 レースとリボンをたっぷり使ったワンピースだ。
 ただし、スカートの丈は腿の半ばまでしかなく、肩はむき出しで胸元のリボンを解くとヘソまではだけるような仕組みになっている。
「ネコの国のオス奴隷用の服なんだってさ。似合わない?」
「似合う似合わないの問題じゃねぇだろ! バラムは何て言ってたんだ!」
「褒めてくれたよ。可愛いって」
 アカブが頭を抱えて忌々しげにバラムを罵る。
「アカブも喜ぶだろって。嬉しくない? こういうの嫌い?」
「だから――!」
「食べちゃいたくならない?」
 間抜け面を晒して固まったアカブに、ちゅ、と音を立てて口づける。
「おまたせ」
 そう言って、ぎゅっとアカブの体を抱きしめる。
 ようやく、アカブを受け入れられる準備が出来た。満足いくまでというわけにはいかないだろうが、それでも、しゃぶったりはさんだりではなく、ちゃんと受け入れられるのだ。
 ごくりと、アカブが息を呑む音が聞こえた。ふかふかとした手で腕を捕まれ、そっとベッドに上がるように促される。
「……あのな、チヒロ」
「うん」
 ベッドの上、アカブの正面にちょこんと腰を下ろし、千宏はにこにことアカブを見上げた。
「無理に、俺とやらなくたっていいんだぞ」
「……うん?」
 既視感を覚えた。
 確か一月前、バラムとする前も、こんなやり取りをしなかっただろうか――。
「俺は、そりゃ、バラムほどじゃねぇが、それほど女に困ってるわけでもねぇしな。おまえはもう家族の一員だからよ……だから、俺とやるのを嫌がったって、何も悪いほうに転んだりはしねぇんだ。だから――」
「えい!」
「あぐっ!」
 喋ってるアカブの鼻面を平手で軽くひっぱたき、千宏は腰に腕を添えて咎めるようにアカブを睨み上げた。
「ねぇ、あたしのこの格好見えてる? 自分の立場を守るために嫌々抱かれにきた女が、こんなに気合入れた格好する? どうしてトラってそんなに鈍感なの? それでもネコ科なの? それともあんたたちが特別馬鹿なの?」
「ば――馬鹿って! お、俺はただ、おまえの事が――!」
「楽しませてよ。それがトラ流でしょ?」
 毒気を抜かれた表情で、アカブがまたも間抜け面で千宏を見る。
 この後、笑うんだろうな、と思った千宏の予想通り、アカブは大声を上げて笑い出した。
「ああ、くそ。そうだな。それがトラ流だ」
「うわ!」
 ひょいと体を持ち上げられ、ぽすん、と背中から抱きすくめる形でアカブの膝に座らせられる。
 ふかふか。もふもふ。千宏はうっとりと目を閉じた。
「よく似合ってる。全部食っちまいたくなる」
 千宏の頭を握りつぶせそうな大きな手が、むき出しの太腿の柔らかさを堪能するようにむっちりともみしだく。
 首筋にはぐはぐと浅く歯を立てられて、千宏はさすがにぎくりとして肩を竦ませた。
「やだ、食べるって意味、違うよ……」
「そうか? まぁ、どちらにしても、美味そうだ」
 ざらざらとする舌が、味見するようにべろりと舐める。
 いつのまにかスカートの奥に到達していたアカブの指が、下着の上からすりすりと割れ目をなぞり、千宏は思わずアカブの腕に手を添えて身を捩った。
「や、爪……だめ、おねがい、爪、しまって……」
「傷つけやしねぇよ」
「ちが、そうじゃな……! それ、感じすぎ……」
 皮膚を引き裂きそうな鋭い爪が、すでに湿り気を帯び始めた下着の上から、絶妙な力加減で赤く充血した肉芽をくすぐる。
 ちくちくと突き刺すような快楽が痛いようで、千宏は腰を浮かせて唇を噛んだ。
「そうか。じゃぁ、問題ねぇな」
「や、やぁあぁ……! ばか、ばか! あッ……」
 胸元のリボンが解かれ、するすると引き抜かれる。
 半分ほどはだけた服にアカブの手が滑りこみ、そこでもアカブは、鋭い爪を器用に使い、楽しげに千宏をさいなんだ。
 予定では超絶技巧でアカブを骨抜きにするはずが、これではまるで逆である。
「うぅう……くそう! こんなのずるい! あたしばっか、せめられ、て、ずるいよぉ!」
「悔しかったらやり返してみろ」
「うわぁぁん! ばか! ばか! ばかばかばかばかぁ!」
 思い切り罵りながらごく浅い絶頂を迎え、千宏はぞくぞくと肩を震わせて引き抜かんばかりの勢いでアカブの毛皮を掴んだ。
 さすがに痛かったのかアカブが怯み、そのすきに膝から逃げ出すも今度はうつ伏せにベッドに押さえつけられる。
 形勢逆転ならずかと内心地団駄を踏んでいると、上半身を押さえつけられたまま腰を引き上げられて千宏はぎょっとして肩越しにアカブに振り向いた。
「ちょ、ちょちょ! ちょっと! まってまってこれはあまりに屈辱的! な、なにしてんの? ちょっとアカブさん? まって、ほんと! まってそれ! それま――ひゃぁあぁ!」
 尻を高く突き出した状態でやすやすと下着を剥ぎ取られ、むき出しになった尻をべろりと大きく舐められる。
 ざらりとした感触にたまらず間抜けな嬌声を上げ、千宏はぎゅっとシーツにしがみ付いた。
 本気で、比喩表現ではなく食われそうな気がする。
 そう思っている所に歯など立ててくるからたまらない。
「た、食べないで、食べないでよぉ。歯、立てるの、禁止だってぇ……!」
「甘噛みは愛情表現だ。諦めろ」
「んぁ! あ、あぁ……ざらざら……して、な、なか……なか……あッ……!」
 ざらざらとした肉厚の長い舌が、とろとろと溢れ出る千宏の愛液を掬い取り、堪能するようにぺちゃぺちゃと音を立てて舐め上げる。
 やだやだと腰をゆすって逃げようとするのをやすやすと押さえつけられ、千宏は中にまで押し入ってきたアカブの舌に喉を反らせてぱくぱくと唇を動かした。
「あ、あぁ……や、そん、な……おく、までぇ……」
 ざらざらと、柔らかな肉壁をアカブの舌が擦り上げ、上り詰めて行く感覚に千宏はがりがりとシーツを引っかいた。
 バラムとは違う。マダラとは全く違う。あまりにも圧倒的で力強い。
 いく――と噛み締めた歯の奥で小さく呟いた瞬間、アカブがあっけなく舌を抜き去り、千宏を拘束から解放した。
 肩透かしを食らって唖然とし、潤んだ瞳でアカブを見る。
 すると首から下がっていた鎖を引かれ、千宏は向かい合う形でアカブの膝に抱き上げられた。
「いれるぞ。いいな」
 確認するように、アカブがかすれた声を出す。
 恐る恐るアカブのものに指を這わせて確認し、やはりといおうか、当然と言おうか、ヒトの基準からすれば十分大きいバラムのものより二回りは大きい怒張に、千宏は期待と緊張に胸を高鳴らせた。
「いれて……大丈夫、怖くない」
 ぎゅうぎゅうと、ぬいぐるみを抱きしめるようにアカブを抱きしめる腕に力を込める。
 だけどさすがに、やはり少し怖くて、千宏はアカブの唇に唇を押し付けた。
 ゆっくりと腰を引き寄せられ、先走りを滴らせる先端でぐちゅぐちゅと入り口を擦りあげられる。
 それが少しずつ、焦れるような緩慢さで、ゆるゆると押し入ってくる。
 痛くない、痛くない。怖くない、怖くない。
 心の中で繰り返し、つぷりと、最も太い部分が最も狭い入り口を突き抜けた。
「あ……わ、ぅわ……はいっ――」
 溶けるような熱さが、圧倒的な質量をもって奥へ奥へとねじ込まれていく。
 息苦しいほどの大きさが、臓腑を押し上げるように、しかし受け止めきれない優しさで。
 こつん、と、奥に当たるのがわかった。だがそれでも、最後まで収まりきっていないのがわかる。
「ぁ……ね、だいじょうぶ、だから……もっとちゃんと、全部……」
「いい」
 ぐっと頭を抱き寄せられ、ふかふかの毛皮に火照った頬を押し付けられる。
「十分だ」
「ぁ……」
「わかるか? 奥まで入ってる」
 押し付けるように、奥の方を擦りあげられ、千宏はぴくりと肩を震わせた。
「わかる……わかる、よ。奥に、アカブ、の……あたって……」
 急に、涙が溢れてきた。
 後から後から溢れてきて、どんなにぬぐっても止まらない。
「よか……よかった、うれし……どうしよ……うれしくて、涙とまんな……」
 どうして、なにが、どう嬉しいのかはよくわからない。
 だが、どうしようもなく嬉しくてしかたがなかった。
「うごい、て……アカブ。あたし、で、気持ちよく……」
 舌を舐めあい、甘噛みしあい、腰を揺すられ言葉と思考が奪われていく。
 子宮ごともっていかれそうな激しい動きに目がくらむ。
 長い尻尾がふわふわとした毛並みで背筋や胸をくすぐって、千宏はだらしなくよだれをこぼしながら快楽に悲鳴を上げた。
「すき、すき……あかぶ……あか……ッ」
 何度目かわからない絶頂だった。それでも、苦しくてすがりついた男はまだ、一度も達していない事はわかっている。
 だが、口でした時も、いれずに肌を重ねた時も、もっと早く達していたよう思う。
「あたしのなか……きもちよく、ない……?」
 急に不安になって、千宏はぐったりとアカブに体を預けたまま問いかけた。
 もしそうだとするならば、どうすればいいかわからない。
「ごめ……ごめん。ごめ……あたし、どうしたら……」
「違う、そうじゃね……」
 苦しげに息をつめ、アカブが低く呻いた。随分久々に声を聞いたような気がする。
「終らせたくねぇんだ。やめたくねぇ。悪い、辛いよな」
 照れたような苦笑いを見せられて、千宏はまた、感情がせりあがってくるのを意識した。
「いいよ。やめないで」
「チヒロ……」
「でも……また、いつでもできる……よ」
 恐らく、だいぶ間抜けだろう笑顔を浮かべて見せて、千宏はわしわしとアカブのふかふかの毛並みを撫でた。
「あぁ……そうか」
「そうだよ」
「そうだったな」
「うん」
「一気に食っちまったら、もったいねぇや」
 笑って、アカブは再び激しく千宏を突き上げ始めた。
 今までとは明らかに違う、加減をせずにまっしぐらに高みを目指すような、そんな乱暴で性急な動きに、千宏は喘ぎ、浸りきっていた。
 好きだ。好きだ。好きで好きで、きっともう、随分と前から狂っていたのかもしれない。
 奇妙な耳と尻尾を生やした大男が、人様を人形みたいに飾り立てたがる少女が、肉食獣にしか見えない化物が、心底から愛おしい。
 思い切り、叩きつけるように限界まで押し込まれ、どろりとした熱が弾け、ぶちまけられた。
 どくどくと激しく脈打ち、断続的に吐き出されるどろどろに溶けた欲望の塊が、何の意味もなくたっぷりと子宮に注ぎ込まれる。
 深く、満ち足りたように大きく息を吐き出して、アカブは千宏の中に留まったまま積み重ねた枕にどさりと巨体を沈めた。
 ふかふかとした広い胸に抱き寄せられ、すりすりと頬を摺り寄せる。
「あたし、頭おかしいや」
「なに?」
「皆のこと、好きすぎる。ほんとにやばい。頭おかしい」
 一瞬の沈黙のあと、く、くくくと、アカブが苦しそうに喉の奥を振るわせる。
「じゃあ、俺もだ」
「うん?」
「俺も狂ってる。あいつらもだ。あぁ、まったくどうかしてるぜ!」
 ヒトはペットだ。
 家族と呼んでも、家族ではない。どんなに大切に思っていても、踏み越えてはいけない一線が存在する。
 その一線を千宏は、アカブは、バラムは、パルマは、手に手を取って一斉に踏み越えたのだ。狂人の集団に他ならない。
 心から、本当に心から思うことがあった。
 願わくば、全ての人が幸福のうちに発狂できん事を――。



 夏が来ると、千宏が落ちてきた日のことを思い出す。
 蒸し暑い夏にずぶぬれで森をさまよい、カッシルに襲われ、泣きながら笑って気を失った少女の事を思い出す。
 冬を越して春が訪れ、二度目の夏が過ぎ、また冬が来て夏が来た。
 千宏は発情期にはアカブと連れ立って世界を旅し、大量の土産と土産話を持ち帰り、森に縛られたバラムとパルマを楽しませた。
 幸福だった。
 千宏も幸福だったように思う。
 だから、どうしてなのかわからなかった。
 唐突に、本当に唐突に千宏が姿を消した。
 部屋に残されたたった一枚の置手紙に綴られた、千宏らしいといえば千宏らしい、あまりにも簡素な旅立ちの言葉に、バラムたちは言葉を失い、立ち尽くした。

『どうしてもやりたいことがあるので、少し遠くまで行ってきます。何をするかは、今は秘密。きっとアカブがあたしを部屋に閉じ込めて、三日三晩説教たれたくなるような事だから。
いつ帰ってこられるかはわかりません。でも心配しないで。一年か、二年か、トラからしたらほんの一瞬で帰ってこられると思うから。
 その気になったら追いかけてこられるだろうし、探し出すこともできるだろうけど、出来れば探さないで、待っていて欲しいです。
 信じて待ってて。いってきます』

「あいつ……ヒトが、たった一人でどうするつもりだ! すぐに探して連れ戻すべきだ! あいつはこの世界をまだ知らなさすぎる!」
「そうだよバラム! まだそんなに遠くには行ってないよ! 間に合うよ!」
 読み終えた手紙を静かにたたみ、バラムは激しく照りつける太陽を見上げて沈黙した。
「――自由だ」
 当然、賛同を得られるだろうと思っていた二人は、一瞬バラムの言葉の意味が理解できずに沈黙した。
「留まろうと、出て行こうと、あいつの自由だ。連れ戻すべきじゃない」
 それを、千宏はずっと望んでいたではないか。
 あんなにも小さく、あんなにも非力で、あんなにも脆いくせに、ずっと自由を求め続けていたではないか。
 ずっと一緒にいると言ってくれた。信じてと、あんなにも真っ直ぐな目で言ったのだ。
「待とう。帰ってくるさ。百年だって待ってやるさ。あいつは頭がいいんだ。死にやしねぇよ。絶対に帰ってくる」
 ぽたぽたと、熱いしずくが頬を伝って手紙をぬらした。
 苦しくて、苦しくて、息さえまともに入ってこない。
 そして翌日、千宏と共にカブラ達三人が姿を消した事をイシュから聞かされた。

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