猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

虎の威14

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虎の威 エピローグ

  千宏が去ってから三年が経った。
 暑さも薄らぎ、過ごしやすい秋がやってくる。
 ふと、アカブは馬車の音に気付いて窓から身を乗り出した。はるか道の向こうに、確実にこちらへ向かう馬車が見える。
 そしてわずかに聞こえる、安っぽい歯抜けのメロディー。くるみ割り人形。
 千宏がこの家を出た時、オルゴールは千宏とともに姿を消していた。
「バラム――おいバラム! パルマ! 外に出ろ!」
 怒鳴って、アカブは三階の窓から庭へと飛び降りた。
 息を切らせてパルマとバラムが降りてくる。
 そして、馬車が着いた。――日よけのカーテンのため、窓から中はうかがえない。
 ドアが開き、そして、飛び出してくる者があった。
「うわぁ! ほんとにマダラだ! それに白虎! 母さん! ねぇ母さん!」
 くりくりとした瞳の、アカブの膝までしかないような少年だった。落胆すると言うより、唖然とする。
それに今、この少年はなんと言った。――母さん?
「こら! 失礼なこと言うんじゃありません!」
 次いで、馬車を飛び降りてきたのは、三十がらみの片腕のメスヒトだった。状況が分からず、三人は呆然と立ち尽くす。
 そして最後に、とん、と軽やかに馬車を降りる見慣れたローブ姿があった。
 ぱさりとフードを脱ぎ去り、前よりも少し長くなった髪をうっとうしそうにかきあげる。
「出迎えご苦労!」
 に、と、少し大人びた、しかし変わらない笑顔で千宏が笑った。
 瞬間、パルマが悲鳴を上げて地面を蹴る。
「もう! 心配したんだよ! すごく心配したんだから!」
「うん。ごめん、ごめんねパルマ。ごめんなさい。ただいま!」
「チヒロ! てめぇ――説教だ! 三日三晩みっちりと説教垂れてやる! 心配させやがって! この――!」
 パルマごと、アカブが千宏を抱きしめた。
「よく帰った」
「ごめんアカブ、ただいま。ただいま」
 涙を浮かべてお互いの存在を確かめ合い、ふと、千宏が顔を上げてバラムを見た。
「……ただいま、バラム」
「……おう」
「それだけ?」
「……ああ」
 それだけ言って、バラムは顔を顰めて不意に千宏に背中を向けた。
「母さん、あの人泣いてる!」
 ヒトの少年が、バラムを指差して声高に叫ぶ。
「あー、感動しすぎて言葉がでてこないんだ!」
「お兄ちゃんかわいー」
 パルマが叫び、にやにやとアカブが笑う。
「ちくしょう! うるせぇな! だいたいなんだそいつら! その親子!」
 ごしごしと涙を拭いながら、バラムが牙を向いて凶悪に怒鳴る。
 千宏は力強く頷いた。
「彼女はコズエさん。それと、その子供のイノリ君」
「だからなんだってヒトの親子が――!」
「それと、あたしのヒロミ」
 言って、千宏は自分の腹に手を添えて、いとおしげに目を細めた。
「ん? いや、ちがうな。――あたしたちのヒロミ」
 あんぐりと口を開け、三人が一様に千宏の腹を凝視した。
「ぼくのお嫁さんなんだ!」
 にこにこと、ヒトの少年が嬉しそうに笑う。
 弱々しく、気抜けしたようにバラムが笑った。次いで、アカブが引きつった笑いを零し、パルマが腹を抱えて笑い出す。
 そして、これ以上は想像すら出来ない幸福に、千宏も声の限りに笑い続けた。

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