虎の威外伝 01
果たして、この世界にチョコレートは存在するのか。
存在したとして、それは手に入れられるようなものなのか。
それ以前に、猫科のトラがチョコレートを食べて無事ですむのだろうか。
否。それよりもまず、重要な大前提が存在する。
この世界に、バレンタインデーは存在しているのか――。
「チッヒロー! もうすぐバレンタインだね!」
「あ、あるんですね。普通に」
ここ数日の千宏の苦悩をコンマ数秒で吹き散らし、パルマが元気よく元気よく背中に飛びついてきた。
賑やかな市場の真ん中で、深く被ったフードを慌てて押さえて振り返る。
パルマやにやにやにまにまとだらしなく唇を緩め、ぐにぐにと千宏の頬を指先で突っついた。
「アカブがねーぇ。ここ最近おいしい卵とかめったに手に入らない濃厚ミルクとか爽やかな甘さのお砂糖とか集めてるんだよ。それでね、バラムもなんだか怪しい動きをしてるんだ。どうする? どうする? これはなかなか難しいバレンタインダよ!」
「む、難しい……?」
「だってバレンタインっていったら一世一代の大勝負だよ! どっちがより相手を喜ばせられるかの大勝負! そこでね、だかね、共同戦線を張らない? すっごくいいあいであがあるんだ!」
ほんとに、なんでも勝負事にしたがる種族だな。と内心呆れながら、千宏はふむふむと頷いた。なるほど、この世界の――少なくともトラ国のバレンタインは、男女が双方に送りあう方式らしい。
「ず、随分張り切ってるね。そんなに一大イベントなんだ……」
「だって第二の発情期ってくらいだからね。あ、そうだ。市場で誰かに何かもらっても、絶対に受け取っちゃだめだよ。恋人でもない人に贈り物をするってことは、今夜はあなたと一夜を共にしたいってことだからね」
「は、はぁ……それ、初対面でも?」
「初対面でも」
さすがにこの程度では驚かなくなってきたが、やはりこのオープンさは少々引く。
「あんたたちも、命が惜しかったらチヒロにちょっかいださないでよ? アカブにいいつけるからね!」
「えーえー。発情期空振り組みは、バレンタインも孤独に凄しますよー」
舌打ちしたカブラの背後で、カアシュがいじけて答える。
なるほど、発情期で成立したカップルが、お互いに贈り物をし合うのか。だがそれならば、あぶれた者同士が贈り物をしあい、新たなカップルが誕生する事もあるのだろう。
「あぁ……第二の発情期ね……」
納得し、千宏は頷いた。
「それでね、チヒロぉ。共同戦線なんだけどさぁ」
「あぁ、うん。まだこっちのバレンタインとかよくわかんないし。パルマに任せるよ」
「ほんとに? やった! じゃあすぐに準備にかからないと!」
きゃあ、とパルマが元気よく飛び跳ねる。
気がつけば、市場にはもうバレンタインデーがやって来ているようだった。
*
バレンタインデー前日・夜。
アカブとバラムは明日の決戦に向け、それぞれ大詰めを迎えようとしていた。
アカブは厨房でコックに混じってきらびやかに飾り付けられ、味も見た目もボリュームも過去最大級のプリンの製作に励み、バラムは森で採った鉱石を削りだして丁寧にカットした宝石を懇意にしている細工師に託してアクセサリーに加工させ、魔力を込める段階に入っていた。
チヒロはもとより、パルマにはこういった物を作る特技が無い。
769 名前:とらひと[sage] 投稿日:2008/02/14(木) 02:25:27 ID:FlBvsyIM
この勝負――男衆の完勝でおさめてみせる。バラムとアカブは手に手を取り合い、兄弟の暑苦しい友情でそう誓い合っていた。
そして、当日がやってくる。
昼間は仕事をして過ごし、感動に悲鳴をあげ、完敗に涙する二人の女を思い描き、アカブとバラムはすでに勝利の気分に浸っていた。
夕食にはパルマとチヒロの好物をこれでもかというほど用意して振る舞い、イシュから仕入れた香水を部屋に振りまいてメスの気分を高揚させる。
デザートにアカブの作った眩いばかりのプリンタワーを与えて二人に甲高い悲鳴を上げさせ、うっとりとその味に浸っている二人に王侯貴族が泣いて喜ぶアクセサリーを差し出してノックアウトだ。
千宏の細い首には繊細なペンダントがよく似合い、パルマの可愛らしい耳には金色のイヤーカフスがキラキラと輝いて、二人はこれに言葉を失って喜んでいた。
トラに限らず、女は光物に弱すぎる。
勝った! ヒトの言葉を借りるならば、第三部完!
バラムとアカブはぐっと拳を握り締めた。
「それで――」
こほん、と咳払いを一つ、バラムは普段ならば決して見せない優しげな笑みで二人を見た。
「おまえ達は何を用意してくれたんだ?」
かなうような物が用意できているはずが無い。
どんなに可愛くも必死な贈り物が出てくるのかと、勝者の立場でわくわくとしながら訊ねると、千宏とパルマは顔を見合わせ、にやりと唇を吊り上げた。
「あんまり大した物じゃなくって恥ずかしいんだけど……ね? チヒロ」
「うん。でもね、あたしたちの精一杯なんだ……ちょっとしたお芝居。ね? パルマ」
これは、今までにない嗜好である。
チヒロという相方を得て、パルマがなにか仕掛けてこないはずはないとは思っていたが、なるほどそういう方面で責めてくるか。
「二階の四番客間で待ってる。用意があるから、十五分後に来て!」
装った無邪気な笑顔をはりつかせ、二人が手に手を取り合ってそそくさと走り去っていく。
バラムとアカブは顔を見合わせ、少々相手を侮っていたやもしれぬと頷きあった。
こちらだって、この日のためにそれなりの時間をかけてきた。だが、芝居を用意したということは、二人で台本を作ったり、こっそりと練習をしたり、衣装を作ったりしたのだろう。
それだけで既に嬉しい。演技などお粗末で構わない。自分達のために二人がそれほどの努力をしてくれたことが、もうたまらないほど嬉しい。そして、芝居の内容があざといまでに男心をくすぐる物だったらどうしよう。
この芝居、心して挑まねばまさかの逆転で勝ちももっていかれかねない。緊張の十五分を過ごし、二人は指定された部屋の前に並んで立った。
瞬間、アカブが何かを察知して思い切り後ずさった。
「バラム! 気をつけろ! 危険な香りがする!」
言われて、ようやくかすかに漂う甘い香りに気がついた。
これは――イシュがよく使う香水だ。万年発情女と呼ばれるイシュは、常に男心を掻き立てる媚薬のような香りを纏っている。
「おまえは見てねぇからこの恐ろしさをしらねぇだろうが、俺は体内の血液の三分の一を瞬時に奪われた……」
「……あのオスヒト用の衣装でか……?」
「おい、なんだその哀れな生物を見るような目は」
我が弟ながら、少々純情すぎるのではないか。
そんな考えが頭を過ぎったが、しかしバラムは口に出さなかった。当主は思慮深くなければならない。ここで仲たがいをするのは間違いである。
「よし。だがわかった。つまりあいつらは色仕掛けで攻めてくるってことだな。不意打ちさえ
食らわなければ、結構なことじゃねぇか。存分に楽しませてもらおう」
「バラム……おまえってやつは、なんて頼りになる兄貴なんだ!」
がっしと拳を握り合い、熱い情を交わして頷き合う。
そして、二人は同時に客間のドアを開いた。――ひどく暗い。
締め切られた部屋には一切の光がなく、むせ返るような甘い香りが濃密に肺を犯す。
「……パルマ? チヒロ?」
名を呼びながら、バラムは部屋に足を踏み入れた。
ふかふかとしたカーペットを踏みしめ、アカブがその後に続く。
背後でドアが閉まり、部屋に完全な闇が訪れた――その瞬間。
革が激しく床を叩く音がした。その音に思わず身をすくめた瞬間、ごう、と部屋の四隅で炎
が上がる。かがり火――パルマの魔法だ。
炎に目を奪われる寸前、何かが見えた。銀色に光る何かが――。
「ぐはぁああぁあ!」
「さぁ! 足を舐めるのよこの淫乱!」
唸りを上げてムチがしなり、激しく床に叩きつけられる。
その光景を網膜に焼付け、バラムとアカブは同時に絶叫して崩れ落ちた。
檻があった。
部屋全体を埋め尽くしかねない巨大な檻と――その中に広がる光景。
正に地獄。否、天国。
パルマが豊満な肉体を惜しげもなく晒してムチをふるい、その足元で、千宏がケモノのよう
に四つんばいになりながら、パルマの足を苦しげに舐めていた。
千宏の首から伸びる鎖はしっかりとパルマの手に握られ、服はぼろぼろに破れて辛うじて体
に引っかかっている程度。
両手両足にはガッチリと手かせ足かせがはめられており、どうやら下着は着けていないようだった。
「パルマさまぁ、もう、もうあたし、我慢できません……おねがい、いつもみたいに……」
「やめろおぉおおぉ! よせ! よすんだチヒロ! いつもってなんだ! おまえらいつも一
体何をやってるんだぁあぁ!」
「落ち着けアカブ! これは芝居だ! 芝居なんだ! ちくしょう、下半身が……思うように
動けねぇ!」
早くも我を失って暴走を始めたアカブを必死になだめて引き戻し、バラムは鈍く疼く下半身
を押さえて膝を突いた。
恐ろしい。恐ろしい攻撃だ。やつらを見くびっていた。甘く見すぎていた。バラムはつつ、
と垂れてきた鮮血を拭い、しかし挑むようにその光景を睨み付けた。
「可愛いチヒロ。そんなに気持ちよくして欲しいの?」
「うん、うん。お願いパルマさまぁ」
その台詞――頼む、俺にも言ってくれ。バラムはごくりと唾液を飲み込んだ。最早かぶりつ
きである。
「じゃあほら、どうして欲しいか言って? 賢いヒトだもの、ちゃんと口に出しておねだりで
きるわよねぇ?」
「そんな、口でなんて……」
「言えないの? 奴隷のクセに恥ずかしがるなんて生意気よ?」
「あぁ! やぁ、そんな……乱暴にしちゃ……ひんっ……」
ぐいとパルマが鎖を引っ張り、千宏が苦しげに呻いてパルマの腰にすがりつく。
そのパルマの足が千宏の足の間に消えて、しかし、何をしているかは見えないし、分からな
い。千宏が一声高く喘いで、泣きそうな声で懇願した。
「お願い、おねが……お、おっぱい……いじめて。ちくび、こりこりしてぇ……」
「ぎゃぁあぁあ!」
断末魔の悲鳴を上げ、アカブがその場に倒れ付した。しまった。完全に存在を忘れていた。
白い毛皮が真紅に染まり、辺りはもう血の海だ。
「アカブ! アカブ大丈夫か! まってろ! 今血を止めてやる!」
「兄さん……あぁ、兄さん……俺はもうだめだ……お花畑が……」
「アカブ! だめだアカブ! 逝くな! アカブー!」
アカブは意識を手放した。
バラムは弟の体をしっかと抱きしめ、涙さえ浮かべて淡々と繰り広げられるかがやくばかり
の楽園を睨み付けた。
もう――限界だ。こんな事は絶えられない。
「もういい……十分だ……」
低く呻いて、バラムは檻に飛びついて絶叫した。
「俺達の負けだ! だから頼む! 俺たちを中に入れてくれぇ!」
「だぁーめ。まだお芝居の途中だもん。ねーチヒロ?」
「ねーパルマ」
残酷だ。あまりにも残酷すぎる。
「さぁて、クライマックス、いくよぉー!」
にぃ、とパルマが凶悪な笑みを浮かべ、千宏の体を引き寄せる。
ぼろきれをはだけられ、むき出しになった千宏の白い素肌に、パルマの赤い唇が近づいてい
く様を、バラムはどうする事も出来ずに呆然と凝視した。
パルマがちろりと舌をだし、からかうようにちろちろと千宏の乳首を舐める。
「ひん……ぁ、ぱるま、さまぁ……やぁ、もっとちゃんと……なめて、しゃぶってぇ」
「おまえこそ俺のものをしゃぶってくれぇえぇ!」
叫んで、バラムはがっくりとその場に膝をついた。もう、涙しか出てこない。否。鼻血は出る。
「……パルマ? ねぇ、ちょっと……あれ……」
急に千宏の声に緊張が走った。演技ではないその声色に、思わず俯いていた顔を上げる。
千宏とパルマが、蒼白な顔色でこちらをみていた。
だが見ているのはバラムではない。その、背後の――。
「……犯す」
愕然と、バラムは後ろを振り向いた。
今さっきまで気を失っていたアカブが、全身を血液で赤く染めたまま、ゆらゆらと歩いてい
る。その瞳に宿る――凶器。
「ひん剥いて、舐めて、しゃぶって、よがらせて……犯して、犯して、犯しぬいて犯した上で
また犯す。ち、ひ、ろぉおおぉ……!」
「あたし限定!? あたし限定なの!? やばいよアカブ完全に目がいってるって! ほんと
にやばいよパルマ! パルマぁ!」
千宏が甲高い悲鳴を上げて、檻の一番向こう側に張り付いた。
パルマも恐怖に目を見開き、千宏を庇うように抱き寄せる。
「アカブ! アカブ落ち着け! 目を覚ますんだアカブ! 俺がわからないのか!」
ことの重大さを察したバラムが、アカブの前に立ち塞がった。
しかしアカブには、全くバラムが見えていない。その瞳にはただ、恐怖に震える千宏だけが
映っている。
檻の入り口はこちら側だ。しかしアカブはその、もっともこじ開けやすい扉には目もくれず、
眼前に立ちはだかる鉄の棒をがっしと掴むと、力任せに左右にこじ開けた。
金属の軋む嫌な音が部屋に響く。
「パルマ! チヒロをつれて逃げろ! 今すぐ! もう俺にはアカブをとめられねぇ!」
「チヒロ! こっち!」
叫んで、パルマは千宏の手を引いて駆け出した。アカブが捻じ曲げた鉄の棒の隙間から、檻
の中に足を踏み入れる。
パルマが扉に取り付き、鍵を開けて扉を開いたその刹那。
「いやぁあぁ! バラム! ぱるまぁ!」
今までのゆっくりとした動作からは想像もつかない俊敏さで、アカブが千宏を引っさらって
檻の中にあるベッドに押し倒した。
いつの間に、と叫ぶパルマの前で、千宏の衣服がばりばりと破かれていく。
芝居のためにつけていた手足の鎖が、千宏が暴れるたびにじゃらじゃらと悲痛に響いた。
「いやぁあ! アカブごめん! ごめんなさい! ごめんってばぁ! やだ、やだ、そんな乱
暴にしたらこわれちゃ――ひゃぁあん!」
「このケダモノ! チヒロをかえせぇ!」
「よせパルマ! 下手に刺激したら余計に暴走する!」
アカブに飛び掛って千宏を救おうとするパルマをすんでのところで引き止めて、バラムは腕
の中で暴れるパルマを抱きしめたまま千宏の悲鳴に目を伏せた。
「やぁ! やだぁ! だめ、だめ、や――あぁん! だめ、だめ、あぁ、や……やぁあ! だ
め、だめ、あかぶ、の……ひ、ぁ……おっき……んぁあぁ!」
ベッドに組みふした小さな体に、アカブの巨体が容赦なく自身をつきたて、激しく腰を振りたてる。
獣の咆哮が上がった。
弟よ――おまえは、一体どうなってしまったのだ。それにしても、羨ましい。
「……パルマ」
「え?」
「俺たちも、な?」
「ちょ、ちょちょ、ちょっとちょっとバラム! そんな場合じゃないでしょ! なんとかしな
きゃチヒロが――!」
「死にゃしねぇよ。大丈夫だ」
暴れるパルマをカーペットの敷き詰められた床に組み伏し、若々しく張りのある体に顔をう
ずめる。しばらく抵抗していたパルマだったが、しかし体の方はすっかりと出来上がっている
ようで、バラムは最早爆発寸前だった下半身の怒張をパルマの柔らかな肉壁の奥へとつきたてた。
「きゃあぁん! あぁ、ふ……だめ、こんな……あ、ちひろ、ちひろぉ!」
「ぱるまぁ! たすけ、あぁ、や……ぱるま、ぱるまぁ!」
二人の少女の泣き声が甘く響く。
そうして、バレンタインの夜はふけ、やがて朝になったが、客間から喘ぎ声が途切れる事は
なかった。
翌日の仕事を千宏が全て休んだ事は、もはや言うまでもない。
おしまい。