獅子国伝奇外伝 第8話(前編)
「ねーねーキョータくん、旅したくない?」
「はい?」
庭の掃除をしていると、突然やってきたご主人様がそんなことを言い出してきた。
「したいよね、うん、そうだよねっ」
人の返事も聞かずに、そう言って箒を持った俺の手を嬉しそうに手を握ってくるご主人様。
「じゃあ、荷造りしといてね」
「え? あ、おいっ……」
突然やってきて一方的に話を決めて、そのまま突然帰っていくご主人様。
「あらあら、ファリィったらすっかり浮かれちゃって」
サーシャさんが、おかしそうに笑いながら入れ違いにやってくる。
「ま、無理もないかな。都に行ける機会なんて滅多にないし」
「あの、いったい……」
いまだに事情が飲み込めない俺。
「ふふ。あれじゃよくわかんないわよね。あのね、みんなで都に行くのよ。フェイレンとミコトちゃんも一緒」
「みやこ?」
「キョータくん、この近くしか知らないでしょ」
「え、ええ……」
この近くと言うか、俺がこっちに落ちてきてからいったことのある場所は、裏山と門前街ぐらい……。
「杜朝獅子国の首都ウーアン。世界七大名城の一つよ」
「せ、せかいななだい……?」
よくわからないが、たぶんすごいのだろう。
「ふふ。実は私も、実際に見るのは初めて。ふふ、楽しみ♪」
「サーシャさんも来るんですか?」
「もっちろん」
そう言って、嬉しそうに笑う。
「前から見てみたかったのよね~、ウーアンの街並み」
「そんなにすごいんですか」
「見てのお楽しみ。だから、キョータ君も支度しといてね。明日早いから」
「って、言われても掃除が……」
「そんなに長くかかるものでもないでしょ。寝過ごしたらおいてっちゃうからね」
そう言って、サーシャさんも嬉しそうにどっか行ってしまう。
「…………」
後に取り残された俺。
とりあえず掃除を済ませてから、身の回りのものだけまとめることにした。
……と、いっても。
身の回りのものといっても、本当に服と着替えと毛布だけ。
そもそも、俺の部屋ないし。
「キョータくんキョータくん、これも入れといて」
で、結局俺の服やら何やらはご主人様の荷物と一緒につづらの中に放り込まれて、あとはご主人様の支度の手伝い。
「これ、何?」
ご主人様が箪笥の奥から出してきた、なにやらずっしりとした革袋を両手で抱えながら聞く。
「薬。長旅になるから、頭痛腹痛酔い止めに傷薬に包帯、それに……」
「それに?」
「夜のクスリ♪」
「…………」
「ほらほら、嬉しいでしょ?」
つんつんと、肘でつついてくるご主人様。
「……そういうことにしときます」
旅の空の下で足腰立たなくなるのはかなり辛いと思うんですが。
「そーそー、人間素直じゃなきゃね♪」
欲望に素直すぎるんです、ご主人様の場合。
とりあえず、着替えから路銀からいろいろをつづらに詰めていく。
「あーもおっ、そんな入れ方じゃ入んないよ!?」
俺がつづらに詰め込んでいると、そう言ってご主人様が横から手を出してくる。
「ほら、使うものは上、使わないものは下、あと隙間が出来ないようにしとかないと馬車って揺れるんだから」
そう言って、俺が入れたのを出して詰めなおしている。
妙なところで几帳面だ。
「そーいう大雑把なところを直していかないと、キョータくんはいつまでたってもボクを気持ちよくさせられないよ」
「…………」
いや、やっぱりご主人様はご主人様だな。
「はい、準備完了」
結局、ご主人様がほとんど全部やってしまったような気が。
「明日何時ですか?」
「夜明けすぐ。だから、早い目にやっとかないとね」
「何とか終わりましたね」
「ん? 何が?」
「なにがって、準備……」
「何言ってんのよ、これからじゃない」
「こ、これから?」
まだあるのかよ。
「ほらほら、早く脱いで」
「は?」
「明日の朝早いんだから、早めにやっとかないと起きられないよ」
そういいながら、俺を押し倒してくるご主人様。
「旅の前の日ぐらい、素直に寝た方が……」
「だーめ。やることやっとかないと寝つきが悪いんだから」
「やることやっとくったって……」
……そもそもコレって、毎晩必ずやらなきゃならないものなのか?
翌朝。
「……ぁぅぅ」
「ほらほらぁ、もー朝だよぉ!! いつまでも寝てないのっ!」
元気一杯のご主人様。
「……か、身体が重い……」
「もおっ、男の子のくせにだらしないんだからっ」
そう言って、布団を剥ぎ取る。
「なんでそんなに元気なんだ……」
「キョータくんが虚弱すぎるんだよ」
「…………」
確かに虚弱かもしれないけど、ご主人さまも元気すぎると思います。
「ほらほら、みんな待ってんだからはやく着替えて」
「……はぁぃ……」
だから旅の前日ぐらいやめようって言ったのに……
「キョータさん、疲れてますね」
「……ちょっと、いろいろあって……」
馬車の中。荷物を積み終わり、幌の中でそのまま休んでいるとミコトちゃんが心配して声をかけてきた。
何があったかは、さすがに言えない。
「ウーアンの都までは少し距離がありますから、しばらく馬車の中で休めると思います」
「そいつは嬉しいな」
「私も、都を見るのは初めてですから少し楽しみ……ですけど」
「けど?」
「やっぱり、ちょっと不安だったりもして……旦那様の側から離れられないかもしれませんね」
「…………」
この世界で俺が知っている、ほんの小さな場所。それはあくまで例外的なんだとミコトちゃんは前に話したことがある。
ヒトがヒトだけでいることが許されるほど、この世界は優しくないとも。
「……俺も、そう言われるとちょっと不安……だけど」
「だけど?」
「そういう世界も知らなきゃ生きて行けないんだろうな」
「……はい」
すこし重たい空気。そんな空気を吹き飛ばすように後ろから声がした。
「あらあら、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「あ、おはようございます……」
「おはようございます」
サーシャさんが、いつもの笑顔で馬車に乗り込んできた。
「この世界の人たちだって、怖い人たちばかりじゃないのよ。もし誰か、キョータくんやミコトちゃんに手出ししてきたら、私が相手してやるんだから」
そう言って、布に来るんだ棒のような物を引き寄せる。
「こう見えて、サーシャお姉さんは意外と強いんだからね」
「……頼りにしてます」
「あらあら、何よその不安げな声」
「……いや、その……」
正直、サーシャさんが実際に手合わせしてるのを見たことがないからなんともいえない。
普段のサーシャさんは、裏の部屋で俺やミコトちゃんと家事みたいなことをやりながらわいわいと楽しく日々を過ごしている。
フェイレンさんはサーシャさんの腕前を知っているらしくて、この前ミコトちゃんがいなくなったときも、フェイレンさんはご主人様に留守を任せてサーシャさんと二人で探しに出かけたんだけど。
俺やミコトちゃんにとっては正直、サーシャさんはどっかほんわかした料理上手な巨乳お姉さん以外の何者でもない。
「もぉっ。いいもん、二人とも大会で驚かせてあげるんだから」
「大会?」
「あ、サーシャも出るんだ」
ご主人様が、幌の中に入ってきながらそうサーシャさんに声をかける。
「うん。別に獅子以外出場禁止じゃなかったでしょ?」
「そうだよ。……でも、予選は素手だよ?」
「知ってるわよ。素手だって案外自信あるのよ」
「でも、サーシャの道場って槍術よね……」
「あー、ファリィってば信用してない。ネコにだってシュバルツカッツェ御留流柔術があるんだから」
「……始めて聞きました」
「……ボクも。大抵の武術は見聞してるつもりだけど……」
あからさまに疑いの眼差しを向ける二人。
「だって秘伝だもん、伝わるわけないじゃない!!」
半泣きのサーシャさん。
「まあまあ。応援してますから、頑張ってください、ね」
この状況だと、慰める役目は俺しかいないわけで。
「きょーたくん……ありがと、お姉さん頑張るから」
「応援してます」
ぽんぽんと、背中を軽く叩く……
……と、後ろからはどう見えるかというと。
「あーっ! キョータくん、どさくさにまぎれてなに抱きついててのよぉ!」
後ろからご主人様に引っ張られ、そのまま押し倒されて馬乗りにされる。
「……見境ないのは良くないと思います」
ミコトちゃんの冷たい声。
「い、いや、その、それ誤解……」
「ありがとキョータくん。おねーさん、キョータくんのために頑張るから」
そう言ってくれるのは嬉しいけど……
たぶん、間違いなく、絶対に逆効果になったような気がします。
「キョータさんって、節操ないですよね」
ご主人様のおしおきからようやく解放され、起き上がった俺を横目で見ながら、そう決め付けてくるミコトちゃん。
「いや、だから、誤解……」
「見たままの事実を口にしたまでです」
声が冷たい。
「あらあら、キョータくん人気者ね」
やっと機嫌を直したサーシャさんが、人の気も知らずに火に油を注いでくる。
「やきもち焼かれるようになったんだら、キョータくんももう一人前ね」
「……別に、妬いてなんかいません。ただ、事実に基づいて非難しているだけです」
そう言って否定するミコトちゃん。
「その割には、顔がちょっと怒ってるわよ」
「……怒ってなんかいません」
「ふふ。もうちょっと素直になったら、ミコトちゃんもかわいいのに。ねえキョータくん」
「え、ええっ!?」
そこで俺に振りますか。
「何ですか、その『ええっ』は」
「え、いや、それは……」
「私はかわいくないと」
「ち、違うって、ほら、その、急に話振られて……」
慌てふためく俺。自分でも逆効果だとわかっちゃいるが、うまい言葉が見つからない。
「……そうですか」
「いや、その、なに急になっと……」
「えいっ♪」
「おわぁ!?」
俺があたふたしてる間に、こっそりミコトちゃんの横に回りこんでいたサーシャさん。
俺とミコトちゃんの意識がお互いにだけ向かっている隙に、ミコトちゃんを両手で俺の方に突き飛ばす。
「きゃ?」
驚いたような声を上げて、ぽふんと俺の腕の中に入り込むミコトちゃん。見上げる顔と、俺の目が合う。
「あ……」
「あっ……」
で、あわててお互いに目をそらす。
そんな光景を見て、くすくす笑うサーシャさん。
「やっぱり、二人ともまだまだ若いわねぇ」
「…………」
「…………」
お互い、少し顔を赤くしながら体を離して、幌にもたれかかる。
「…………」
「…………」
そのまま、急にだまりこむ俺とミコトちゃん。
そんな光景を、向こうで微笑ましく見ているサーシャさん。
気恥ずかしいようななんというか、上手くいえない気持ちのまま時間だけが流れる。
「よしっ、馬の準備もできたからそろそろ行くか……って、おいおい、何だよこの空気は」
幌の中を覗いたフェイレンさんが、その中の奇妙な空気にあてられたように額を押さえる。
「若い青春の一コマよ。そっとしといて」
そう言ってフェイレンさんに笑いかけるサーシャさん。誰のせいだという言葉を、俺は黙って飲み込むことにした。
「ほんとにもぉ、キョータくんも男なんだからそのまま押し倒せばかっこいいのに」
「それが出来ないからキョータくんなのよ」
「それもそっか」
向こう側で、俺たちを見ながらご主人様とサーシャさんがひそひそ話している。
「聞こえるような声で好き勝手言わないでください」
ともあれ、馬車は進む。
リンケイからウーアンまでは馬車でも二十日。けっこう遠い。
その間は、ひたすら馬車に揺られて進む日々。
外の景色も、正直言ってあまり代わり映えしない。
「名所旧跡でもあればいいんだけどね~」
俺の隣から、やっぱり幌の外を覗いているサーシャさん。
「この辺は何もないな。見事なばかりに平穏無事で、あるのは農地ばかりだ」
馬を御しながらフェイレンさんが言う。
「でもむかし、ボクとフェイレンでこの辺りの山賊退治したことあったんだよ」
「ああ、そういえばあったな。つっても、丁度旱魃で作物が取れなくなって、食いっぱぐれて山賊になった奴らで、元は悪いやつらでもなかったんだけど」
「……どうされたのですか」
「ま、やっちまったことは仕方ないから。とりあえずボコってから白獅寺に引き取ってもらった」
「とりあえずボコる……ですか」
「武器もってたしな。素直に武装解除してくれたらよかったんだが、向こうも自棄になってた。そしうなるとあとは実力行使しかないし」
「……実力行使……」
何が起こったかは想像しないことにした。
「役人には引き渡さなかったのですか」
そう尋ねるミコトちゃん。
「まあ、旱魃さえなければおかしな道に進むこともなかっただろうし、白獅寺の苦行を体験すれば、嫌でも立ち直るだろうから。……あそこの修行は牢獄に入るより十倍はきついぞ」
そういって笑うフェイレンさん。
「……十倍……」
「何しろ、ファリィが泣いたからな」
「ご主人様が!?」
思わず声を上げて、ご主人様の方を見る。
「あーっ、フェイレンずるいっ! 秘密にしてたのに!」
御者台のフェイレンに跳びかかろうとして、サーシャさんに羽交い絞めにされる。
「サーシャっ、離せ~っ! フェイレンだって、フェイレンだってーっ!」
じたばた暴れるご主人様。
「事実なんだな……」
「そのようですね」
それを見てミコトちゃんと小声で話す。
「まあ、あれは普通誰でも泣く。俺だって願わくばもう二度と行きたくはない」
「う~っ……」
まだご機嫌斜めのご主人様。
「ただ、あれで覚えた拳もあるんだぞ」
「どんな拳法なのですか?」
「……獣面拳」
「じゅうめんけん?」
「性理合一と言って、人間の本能を呼びさまし、野獣のような姿勢から俊敏で荒々しい攻撃を繰り出し、そこに気を重ねる、まさに攻撃に特化した拳だ」
「……白師寺獣面拳。特徴は腕を前脚とみなして、ちょうど獣のように爪を立て、四足歩行に近い姿で戦うことね。もともと獅子の民は鋭い牙や爪を持つけど、そういった、牙や爪といったものを使う流派は意外と少ないわ。斬撃拳は獅子国の諸流派の中でも数えるほどしかないはずよ」
サーシャさんが、ご主人様を羽交い絞めにしたまま俺たちに説明する。
「爪や牙を使うよりは武器を使ったほうが攻撃範囲が広いし、破壊力も高いからな。けどその反面、どうしても俊敏さにおいては素手に劣る。そして、俊敏さを突き詰めていけば、獣のような四足歩行に達する」
「フェイレンさんも使えるんですか?」
「……つかえる……けど使いたくないな」
「使いたくない?」
ミコトちゃんが問い返す。
「獣面拳は師匠の教えとは少し違った方向に向いている気がするんだ。師匠の拳は、正気を持って破邪となすのが根底にあるから、ただ本能のままに暴れて破壊するだけの拳法は、正直俺としては好きになれない」
「……なんとなくわかります」
「ただ、破壊力だけはあるから、いざと言うときの切り札にはなるかもしれないけど。たぶんそのときの俺は、あまりミコトには見られたくない姿だろうな」
複雑な表情を浮かべるミコトちゃん。やっぱり、暴力それ自体があまり好きになれないんだろう。
「白獅寺獣面拳は、北東の密林に住むといわれる黄金野人の戦い方から範を取ったと言われているの」
「黄金野人?」
おどろおどろしいイメージが脳裏に浮かぶ。
「……もっとも、密林の奥に黄金色の毛皮の野人がいるという噂だけで、実際に見た人はいないんだけど、伝え聞くところによると、白獅寺の修行者が密林の奥で黄金野人から教わったのが獣面拳というわ」
「実際にいるのかもしれないが、なにしろあの森に入った奴で生きて帰ってきたという奴を見たことがないからな」
「む~っ……」
羽交い絞めにされたままのご主人様が不機嫌そうな声を上げる。
「どうしたんですか、泣き虫のご主人様」
「泣き虫って言うな~~~っ!!!」
そう言って、またじたばたと暴れるご主人様。
そして、そんなご主人様をあっさりと羽交い絞めにしたまま笑顔で俺をたしなめるサーシャさん。
「もぉ。キョータくんはファリィのドレイなんだから、ご主人様いじめちゃだめでしょ」
「は、はい……」
「離せ~っ!! キョータくんなんか、キョータくんなんか~っっ!!」
「……シュバルツカッツェ御留流おそるべし……なのかな」
「お嬢様が振りほどけないなんて……」
その光景を見て、俺はミコトちゃんとそんなことを話していた。
その夜。
「ぐすっ」
いじけてるご主人様を外に連れ出して慰める俺。
「キョータくんのバカ」
「ごめん」
「キョータくんなんか、だいっ嫌いなんだから」
「ごめん」
いつもは元気一杯のご主人様だから、こんな風にしおれてると妙にかわいらしい。
「謝ってよ」
「だから、ごめん」
「せーいがたりない」
「ごめんなさい」
「まだたりない」
「本当にごめんなさい、ご主人様」
そう言いながら、ご主人様を抱き寄せて背中を撫でる。
ご主人様は、額を俺の胸板に押し付けるようにして泣いている。
「本当に辛い修行だったんだぞ」
「ごめん」
こうなると、謝り続けるしかないわけで。
「秘密にしてたのに」
「でも、かわいいですよ」
そう言って、ちょっと強く抱く。
「かわいい……?」
「泣いてるご主人様、かわいいですよ」
そして、もう少し力を込めて抱く。
「ほんと……? ボクのこと、泣き虫だって笑わない……?」
「笑わない」
頭をなでなでしながら、ご主人様を慰める。
「キョータくん……」
「だから、機嫌直して」
「うん……」
なんとか、機嫌直してくれそう……
……って。
「うわあっ!?」
いきなり足をかけられ、仰向けに倒される。
「べーっだ」
俺の上にのしかかって、舌を出しながらそう言ってくるご主人様。
「な、なにいきなり……っ」
上にのしかかったまま、俺の両手を押さえつけてくる。
「そんなに簡単に許すと思ったら大間違いなんだから」
口許に犬歯を見せながら肉食獣の笑みを浮かべる。
「ボクをいじめたキョータくんなんて、こうしてやるんだから」
「って、待て、こんなところで……」
「泣いても叫んでも、助けはこないよ」
そういえば、慰めながら歩いてたら馬車からずいぶん離れてしまったような。
「キョータくんが泣いて謝っても許してあげないんだから」
「って、待て、縛るな!」
俺を押さえつけたまま、生えている野草で俺の両手を地面に拘束する。
「ダメ。キョータくんはボクのドレイなんだから」
嬉しそうに俺の自由を奪い、服を脱がせていく。
「今日という今日は許さないんだからね」
「っ……」
俺の着ていた服の前をはだけさせると、胸板に舌を這わせてくる。
ぞくりとする感触が胸元に触れる。
舌を這わせながら、下半身に右手を持っていく。
「ち、ちょっと待て、その……」
「だめ」
「いや、その……っく」
「あははっ、キョータくん敏感」
動けない俺をおもちゃにしながら悦んでるご主人様が、舌を離して上から俺を見下ろす。
「今日は絶対に許さないんだからね」
「……好きにしろ」
少しふてくされたようにそう答える。
「うん、好きにする」
そういって、ご主人様の方から俺に唇を重ねてきた。
「んっ……く」
いつもより強引で乱暴なキス。
その間も、俺の下半身を指で弄ぶ。
「んくっ」
まるで玩具で遊ぶように、ご主人様の右手は俺の肉棒を握り、指で先端を転がすように責める。
「んっ……ぷはっ、ま、待てって……」
顔を振って強引に唇を離して、ご主人様に抗議するけど。
「やだっ。キョータくんはボクのドレイなんだから、ボクの好きなようにしていいんだっ」
そう言って、俺の抗議を無視して上から一方的に俺を玩具にする。
どうやら、まだちょっとご機嫌斜めっぽい。
「……うくっ、ん、くぅっ……」
抗議したいけど、そのたびに下半身を弄ばれるから声にならない。
小指で根元を握って出せなくしておいてから、裏筋を中指でなぞったり、人差し指で先端をくりくりとこすったりして、いいように弄ばれる。
そうやって、散々弄んでからようやく指を離す。
「あははっ、キョータくん泣きそうな顔してる」
そう言って、嬉しそうに笑うご主人様。
「……泣きそうなんだよ」
「気持ちいいでしょ」
「……気が狂いそうなくらいな」
「このまま狂わせちゃってもいいんだよ」
「勘弁してくれ」
「やだ。ボクにイジワルした罰なんだから」
「謝ったじゃないか」
「謝ってもダメ。キョータくんも泣かせてやるって決めたんだから」
「って、ま……ひぅっ」
ご主人様が人差し指と親指の腹で挟むようにして、亀頭の下から上へと触れるか触れないかのタッチでなぞる。
「やむっ……ひふ、ぃ……」
なんかまともな声が出てこない。
「ほらほら、我慢してる我慢してる♪」
そんな俺の顔を見て、ご主人様が楽しそうに笑う。
ちょこんと腿の上に座って、脚を閉じたり逃げたり出来ないようにしておいてから両手で責め始める。
強くしごくと言うより、軽く触れるような力で愛撫を加え、じわじわと弱火で焙るように。
どうやら、一思いに楽にさせるつもりじゃないらしい。
「んっ……っくっ……」
「ほらほら♪ 先からもう何か出てきてるぞ」
今度は先端から根元へと、先走りの汁を亀頭に塗りつけるように愛撫してくる指。
「ひっ……やめ、ちょっ……んぁっ」
まずい、なんかマジで泣き声になってきてる。
「あははっ、キョータくん女の子みたいな声出してるよ」
「ば、バカ言う……くっ」
「いくら強がっても、こっちはもー限界なんじゃない?」
いや、限界はとっくに限界なんですが。
「ひ、一思いに楽にするとか……あぅっ」
「だぁめ。キョータくんはドレイのくせにご主人様に逆らったから、バツをうけるの」
……ごめんなさい、本当にもう許してください。
「んふふっ、べそかいてるキョータくん、かわいい」
そういって、俺の目の横を指でぬぐう。
「ボク、泣いてるキョータくんも好き」
ご主人様が、上から俺の顔を見ながらそう言ってくる。
「このまま、食べちゃいたい」
そう言って体を起こし、チャイナドレスの紐を解き始めた。
どれくらい時間がたったかな。
いつの間にか、月がかなり向こうの方に傾いている。
「おーい……」
「す~……」
「ご主人様ぁ~……?」
「くぅ~……」
人の上にのしかかったまま、気持ち良さそうに寝息を立てているご主人様。
それはいいんだけど、半裸で動けない俺はかなり風が寒いんですが。
背中に草がちくちくしてるし。
「んふぅ……」
ご主人様が、眠ったままもぞもぞと体を摺り寄せてくる。
アレを終えて裸のまま寝ているから寒いのか、ご主人様の方から素肌を摺り寄せてくる。
夜風のひんやりとした冷たさの中で、肌のぬくもりが俺の方にも伝わってくる。
「おい、起きろって……」
「く~……」
「…………」
明日の朝までこのままなんでしょうか。
ていうか、こんな格好で人に見つかったら死ぬほど恥ずかしいんですが。
「あ、いたいた」
そんなことを思ってると、向こうから人影。
「こんなことだろーと思った」
「サーシャさん?」
「いつまでたっても帰ってこないからどうしてるのかと思ったら」
「すみません、ちょっと縛られてて……」
「ほんとにもぉ、ファリィったら後片付けしないんだから」
言いながら、俺を縛る草を切る。
やっと自由になって服を着る俺。
「ほんとに、ファリィったらキョータくんにはすぐ甘えるのよね」
「甘える……って」
まだ寝ているご主人様に服を着せながら、サーシャさんの方を見ると、俺と目が合ったサーシャさんがくすりと笑った。
「ファリィがこんな無防備な格好見せるの、キョータくんだけよ」
「……そりゃまあ、ご主人様の所有物ですし」
「違うわよ。キョータくんの前ではこんなだけど、普段のファリィってあれで結構頑張ってるんだから」
「そう……なんですか?」
「そうよ。だから」
つんと、俺の額を指でつつく。
「キョータくんも、ファリィをいじめちゃだめよ」
「いじめられてるのは……」
俺の方だというより早く。
「男の子なんだから我慢する」
そう言ってサーシャさんが、ぽんと俺の両肩に手を置く。
「…………」
なんだか、理不尽な気もする。
「さ、早く帰りましょ。風邪ひくわよ」
そう言って、サーシャさんがご主人様を背負った。
そろそろ旅路の半ばくらいに来た頃。
サーシャさんがなにやら本を開いてにこにこしている。
「なんですか、その本」
いいながら、表紙を覗き込む。
【にゃるぶ増刊 世界七大名城案内シリーズ4 はじめてのウーアン完全ガイドブック】
「……どこで買ったんですか」
「シュバルツカッツェの本屋よ」
「シュバルツカッツェって、サーシャさんの故郷? こんな本が出てるんですか」
「そーよ。またいつか、キョータくんも連れてってあげるから。いつかみんなでシュバルツカッツェの街を観光しましょ」
「……私は……その」
横で、何かを言おうとするミコトちゃん。その表情に気付いたサーシャさんが笑顔で励ます。
「大丈夫よ。ミコトちゃんだってもう一人じゃないんだから。フェイレン、一緒に来るわよね?」
「え? ちょっとまて、急になんだ!?」
御者台からフェイレンさんの戸惑ったような声が返ってくる。
「ミコトちゃん一人にしたりしないわよね!?」
「え? あ、ああ、よくわからんが、それはまぁ……」
わけがわからないまま返事を返してくるフェイレンさん。
「よし決定。フェイレンが守ってくれるから、安心していいわよ」
「……はい」
「それに、サーシャお姉さんもついてるんだから。ミコトちゃん泣かせるようなネコがいたら、もうタダじゃおかないんだから」
「はい」
少しだけ笑顔をみせるミコトちゃん。
「ついでに、俺もついてる」
「……あっ……はい」
そう言うとミコトちゃんが俺の方をみて、少しだけ頬を赤らめて微笑む。
「あらあら、キョータくん男らしいんだ」
サーシャさんにからかわれて、急に鼓動が早くなる。
「い、いや、それはその……」
「ダメっ! ミコトちゃんにはフェイレンがいるんだから、キョータくんはボクに守られるの!!」
後ろからご主人様に襟を引っ張られる。
「キョータくんなんて、弱っちいくせに生意気だ」
「ふふ。それもそうね。向こうじゃヒトは高級品だから、素直に守ってもらったほうがいいかも」
「そーだぞ。キョータくんはボクのものなんだから」
ちょっと得意げな表情のご主人様。
「わかりました」
余計なことを言って拗ねられるよりは、素直に言うこと聞いておいたほうがいいと思った。
「でも、どんなこと書いてるんですかその本」
「旅行ガイドだから、名所旧跡とか料理のおいしいお店とかイベント情報とかよ」
「そういうのはどこも同じなんですね」
「マニア向け雑誌もあるみたいだけどね。とりあえずは初めてなんだし、こっちの方が役に立つかなと思って」
「雑誌まであるんですね」
「そうね。最近、ちょっとした旅行ブームだから。ウーアンは距離的にも大陸の最西端だし、ものめずらしさもあって獅子国観光はちょっと人気あるの」
「ブーム……ですか」
「そーよ。何年か前に猫井テレビが三絶寺の取材に来てから、東の狐耳国と西の獅子国は観光に行きたい国のベスト3にいつも名前が入ってるわ」
「そうなんですか」
「てれび?」
テレビと言うものが何なのかわからない様子のご主人様。
「ああ、またいつか説明するわ。とにかく、おかげで最近はこんな本が出るくらいの人気スポットなの」
「で、ウーアンの名所ってどんなところがあるんですか?」
「そーねえ、まずは大外壁ね。高さ八丈の城壁がぐるりと首都全体を囲んでるの」
「それも一重二重じゃないぞ。実に六層にわたって囲まれていて、一番外側の外壁は総延長四十八里だ」
フェイレンさんが御者台から続けてくる。
「じゅうろくり……?」
「一里は約500メートルになります。約24キロにわたって城壁で取り囲まれていることになります。高さ八丈といいますから、約24メートルの高さです」
ミコトちゃんが説明してくれる。
「で、でけぇ……」
「一方につき十二里だからな。その上にずらりと連弩が並んでる」
フェイレンさんの説明のあとを、ご主人様が続ける。
「万が一、どっかの国の軍隊が大外壁を破ったとしても、そのなかにさらに幾重に並んだ城壁があるんだよ。しかも城壁は内側ほど高くなっていて、最後の六段目の城壁なんて、高さ十五丈、幅六丈もあるんだから」
「じゅうごじょうでろくじょう……っていうと」
「高さ約45メートルで幅18メートルです」
「……すごいですね」
「まさに難攻不落。……唯一の難点は、堅牢過ぎて攻めて来る相手がいないから実際には不必要ってことだ」
「“ウーアンの城壁みたいな奴”って言えば、図体大きいけど使い道がない人のたとえになってるぐらい」
「……そんな風に聞くと、なんだかありがたみがなくなりますね」
「けど実際に見たら圧巻だぞ。誰も攻める気がなくなるのもわかるから」
「……城壁の内側で見所はどのようなものがあるのですか」
ミコトちゃんが次を尋ねる。
「そうだな。王宮といいたいけど、あそこは普通は入れないから……」
「入ったことがあるんですか?」
「ん? ああ、まあ、師匠のお供でな」
「ボクも入ったことあるんだよ」
嬉しそうに割り込んでくるご主人様。
「もうね、柱も壁も天井も、みんな綺麗な絵と彫刻できらきらしてるんだよ」
「……ファリィ……それじゃ子供の感想だ」
フェイレンさんの呆れたような声。
「む゛ぅ~……」
拗ねるご主人様。拗ねた顔を見ると、やっぱり子供っぽい。
「王宮の彫刻と絵は、太宗の代から今まで十六代五百年に渡って、その時々の最高級の芸術家が招かれて生み出されている。獅子の国にとどまらず、世界各地の芸術家に万金を投じて描かせたものもある。だからそれぞれに個性があり、一見ばらついているように見えてそのばらつきが奇妙なバランスの中に配置されている」
「…………」
すごいんだろうけど、どうにもピンとこない。
「フェイレンも人のこと言えないわよ。キョータくん、ぽかんとしてるじゃない」
サーシャさんが俺の顔を見てそう言う。
「……い、いや……あれは言葉で説明するのは難しいな」
言い訳するフェイレンさんに追い討ちをかけるサーシャさん。
「それじゃあファリィと一緒じゃない」
「…………」
口ごもるフェイレンさん。
「あはははっ、フェイレン困ってる」
「ファリィの子供の感想と一緒にするなっ!」
「五十歩百歩よ」
「…………」
轟沈するフェイレンさん。
まあ、ピンと来ないという点では確かにあまり変わらない様な気もする。
「王宮もすごいかもしれないけど、やっぱりウーアンに行けば闘技場かな」
サーシャさんがガイドブックをめくりながら言う。
「シュバルツカッツェ郊外のコロシアムもいいけど、これは負けてないわね」
「そういや、サーシャも参加するっていってたっけ」
「そーよ。なのにみんなひどいんだから」
「そりゃ、みんなはサーシャの腕っ節を見てないからな。……キョータくんもミコトも、見て驚くなよ」
「……そんなに強いんですか」
ミコトちゃんが尋ねる。
「俺と互角だ」
フェイレンさんが言い切る。
「うそ……」
「ちょっと、嘘ってなによ!?」
俺の無意識の呟きを聞きとがめるサーシャさん。
「まあ、そう怒るな。キョータくんだって悪気はないんだから」
笑いながらフェイレンさんがそうフォローしてくれる。
「……そういうことにしといてあげる」
まだちょっと怒り気味のサーシャさん。
「ともあれ、闘技場もいいんだけど、その周辺も見る価値はあるな。露店が立ち並び、闘技場周辺の広場は活気にあふれている。ちなみに闘技場の少し西にある麺の店はなかなか美味い」
「あ、フーおじさんの店? あそこはね、麺も美味しいんだけどおじさんの刀捌きがすごいんだよ。それが目当てで集まってくる人もいるんだから」
「そうね。こっちにもそのお店は名前が出てるわ」
サーシャさんがガイドブックを見ながらご主人様に同意する。
「立ち食いになるけど、それでも食いに行くだけの価値は十分にあるな」
「この本だと……それ以外にも何件か美味しい露店が出てるわね」
「ネコ族の舌に合うとなると……開瑞とか李路、四桂あたりか?」
「あ、全部載ってる」
「だろうな。じゃあ、ちょっと通好みになるけどホア婆さんの豆腐屋はどうだ」
「……あ、そこは美味しいけど刺激注意ってなってる」
「ははは、やっぱりネコには刺激が強いか」
フェイレンさんが面白そうに笑う。
「やっぱり、辛いのはちょっと……ね」
「そういう時はね、二件となりのマーさんの店の饅頭と一緒に食べたらいいんだよ。ボクもフェイレンも辛いのはちょっと苦手だけど美味しいのは好きだから、いつもそうやって食べてんの」
「すこし甘みがあって、しかも生地が豆板醤を程よく吸い込むから辛さが分散されるな。ついでにいうと、マーさんとこの冷茶は苦さや匂いが薄めだからクセがなくて飲みやすいし、辛いものが苦手な人には助かる」
食べ物の話題が続いている。
「あとは……ああそうだ、王さんとこの魔タンメンとかどうだ」
……魔タンメン?
「あははははっ、出てる出てる。完食したら500セパタって」
「500セパタ?」
完食したら日本円にして百万円……
「ただし、食べられなかったらこっちが50セパタ支払うことになるし、そもそも食える量じゃないからな」
「食える量じゃない……って」
「ドンブリで出るならまだしも、綿を茹でる釜ごと出てくるからな」
「かま?」
「これ、イラストだけど……」
そう言って、サーシャさんが本を開けて見せてくれる。
「…………」
「…………」
それを見て言葉を失う俺とミコトちゃん。
子供一人は隠れられそうな大釜に並々と入っているスープと麺。釜の大きさと比較のためか、隣に獅子の男性が描かれてるけど、これは麺というより風呂にさえ見える。
「な、食えた量じゃないだろ。獅子国内外のあまたの勇者が挑んでは撃沈された、それが王さんの魔タンメンだ」
「……食材の無駄、ですね」
ミコトちゃんがぽつりと一言。……正直、俺もそう思う。
「まあな。客寄せの見世物みたいなものだ。……だが恐ろしいことに完食した奴が過去に一人だけいるという」
「これを!?」
「完食したのは、長い毛のイヌ……というだけで、詳しくは俺も知らないが」
「イヌ……なんだ。かわいそうに、ふだん、よほど満足な食事がとれなかったのね」
と、サーシャさん。……そういう問題なんだろうかと思うけど。
食べ物の話が一息ついた頃に、フェイレンさんが言ってくる。
「キョータくんもミコトも、せっかく獅子の国に落ちて来たんだし、食うもの食っとかなきゃ人生の損だぞ。噂に聞く魔法とか魔洸ってのもすごいんだろうけど、やっぱり人間の基本はうまい飯だ」
「そーだよ。ちゃんと、食べるもの食べてしっかり体を動かすのが強くなるコツなんだから」
フェイレンさんの言葉にご主人様が同調する。
「僕らも食べていいんですか?」
「当たり前じゃない」
「食の前に貴賎はないというのがウーアンの露店主の共通認識だ。うちの門前街で点心やってるインさんだって、もとはウーアンで修行したからな。ミコトが一人で食いに言っても別に普通だったろ?」
「はい」
「そういうもんだ。だから堂々としてたらいい。万が一にも舐めた態度取るやつがいたら、俺がその場で殴り飛ばす」
「ボクが蹴飛ばす」
あっさりと言うフェイレンさんとご主人様。
「ふふ。ほんとに、二人ともキョータくんとミコトちゃんのことになると容赦しないんだから」
サーシャさんがくすくす笑う。
「そう言うサーシャだって、広場のど真ん中で鉤鎌槍振り回すなよ。周りに迷惑かかるから」
「大丈夫よ、そんな危険なことせずに、ただの一突きで終わらせるから。ちゃんと一発で眉間に突き立てるわよ」
フェイレンさんの言葉に、躊躇なくそう言うサーシャさん。
「…………」
冗談かと思ったら、目が本気でした。
馬車は進む。
「少し前にね、指揮者ディンスレイフっていう悪党がいたの」
サーシャさんがそう話し出す。
「こんだくたー……でぃんすれいふ?」
初めて聞くその名前を反芻する。
「これがとんでもない大悪党で、大陸全土の王宮やら宝物庫やらを荒らしまくって、その中で殺した人の数は数え切れないっていわれてるんだけど……」
「……ひどい」
ミコトちゃんが非難するような表情を浮かべる。
「でも、この獅子国ウーアンの宝物庫だけは狙われなかったの」
「まあ、たぶん狙ったのかもしれないが、見事に素通りされたというべきかな。とにかく、この国にはディンスレイフに殺された奴も盗まれた宝物も、見事に全く、何もない」
フェイレンさんがそう言って補足する。
「それは……どうしてですか?」
「ディンスレイフが狙ったのは魔法のかけられたお宝なの。ところが、この国にはそういうお宝は全くなかったから」
「この国でお宝といえば陶磁器の名品とか絵画、あるいは彫刻に名筆、利剣……職人が自分の腕を使って作り上げるもののことだ。奴さんの欲しがるようなものとは見事に正反対だったということになる」
「いくら美しくてもね、それが『ただのモノ』であったなら、あのクラスの魔法使いなら自分で材質、形状、年月による劣化まで全く同じものを再現してコピーできるの。自分で作れるんだったら、わざわざ盗む必要もないし。だから狙われるのは、もっぱら自分でコピーできない強力な魔法の道具とかそんなのばかり」
サーシャさんの言葉に、すこし寂しそうな声で続けるフェイレンさん。
「……おかげで、わが国の宝物庫は今現在に至るまで平穏無事と言うわけだ。……まあ、『つまんないから壊しちゃえ』とかにならなかったのは幸いというべきか」
「でも、宝貝……とかそういうのは」
ミコトちゃんが尋ねる。
「宝貝というものが存在するとは言われてるけど、あるとしても北の仙境の果てだろう。そこらへんに行くと、仙人とか呼ばれるような人がいるから、何かしらあるのかもしれない。けどウーアンにはないんだ」
「そうなのですか」
「それでね、帝都ウーアンという場所にも、それと同じことが言えるの」
サーシャさんが話を元に戻す。
「同じこと……ですか」
「六重の大外壁が完成するまでに、延べ80年、15万人の人手がつぎ込まれたとガイドブックには書かれてるわ。だけどね、魔法を使えばその半分以下の人手と時間で同じものが作れるの。……もしかしたら十分の一ですむかもしれない」
「そうだな。そいつは紛れもない事実だ。だけど」
何か言おうとしたフェイレンさんの言葉の先を、サーシャさんが続ける。
「効率でいえば非常に悪いけど、でもそれこそがいいっていうのが獅子の民の考え方なの。費やされた時間、つぎ込まれた手間、そこに価値を見出すのが獅子の民の美意識なのよ」
「……だから、魔法より芸術」
「そう。三秒で撮れる写真と、三ヶ月かけて描かれた絵では、写真の方がはるかに正確なんだけど、そこで写真の正確さに価値を見出すのがネコやイヌで、三ヶ月の手間と、絵画の持つ、独特の現実との乖離に価値を見出すのが獅子」
「それぞれに長所があるから、一概にどちらがいいとは言えないと思います」
と、ミコトちゃんが言う。
「そうね。だけど、やっぱり種族ごとの傾向ってあるの。獅子と比べたら、やっぱり私達ネコって効率とか実利とか正確性とかを優先するのよ。実利と両立できない美はあまり価値を見出せないかな。シュバルツカッツェ城だって、あれは美しさと効率性を両面から徹底的に追求した結果なの」
「そういう性分だからこそネコがこれだけ急速に発展したともいえる。大陸ど真ん中の肥沃な土地を得たというだけじゃなくて、そこからさらに利潤と発展と効率を突き詰めていった結果が、今の繁栄を謳歌するネコだ」
「だけど、努力と時間を費やすことに価値を見出す獅子だからこそ、芸術と言う方面に特化した美が残されるともいえるの。そして最近は、そういう部分に興味を持つネコも増えてきたのよ」
そう話すフェイレンさんとサーシャさん。お互いにお互いを理解しているから、自然にそういうことが言えるんだろう。
「む゙ぅ~……二人だけでムズカシイ話して……」
……ご主人様は……まあ、こういうところがかわいいということにしておこう。
そんな風に、いろんな話をしているうちに馬車は進んだ。
そして……
「ほら、そろそろ見えてきただろう?」
そういって、フェイレンさんが馬車を止めて外へと促す。
「……あれが、ウーアンの大外壁……」
「すごい……」
はるか彼方に見える、陽光に照らされた城壁。
その巨大さは、はるか遠くから眺めるだけでも圧倒的だった。
「初めて見たけど、やっぱり写真より現物ね。迫力があるわ」
サーシャさんが感心している。
「……妖怪婆さんも、相変わらず盛ってんな」
ふと、俺たちの会話と不釣合いなことを口走るフェイレンさん。
「妖怪婆さん?」
フェイレンさんの言葉を反芻しながら、俺はフェイレンさんの視線の先を追う。
その先には、小高い丘があり、そこに一本の巨木が花を咲かせていた。
「……もおっ、フェイレンったら公主様のことをそんなに言ったらダメじゃない!」
ご主人様が怒ったようにいう。
「公主様?」
「……槐公主。あのでっかい木のことだ」
「……木、ですか」
「でも、妖怪婆さんってのは……」
「もおっ、フェイレンが失礼なこと言うからキョータくんが真似したじゃない! あのねキョータくん。公主様はとっても優しくてきれーな方なんだよ」
「……見た目はな」
「中身も!! フェイレンはいつも失礼なことばかり言うから怒られんのよ!」
「……事実しか言ってないんだがな」
「事実じゃないから怒られてんの! キョータくん、行こっ」
そう言って、俺の手を引っ張るご主人様。
「お、おい、行くってどこに……」
「公主様に挨拶するの! ここまできたんだから挨拶ぐらいするのが礼儀!」
「おい、ちょっとまて、二人だけで行くのか!?」
「何言ってんの! みんなも来て挨拶するの! ほらフェイレン、躊躇ってないでちゃんと来る!」
「…………まあ……珍しくはあるし、サーシャやミコトも一度は見ておいたほうがいい……だろう」
「旦那様、声が沈んでますね」
「……いざとなったら、キョータくんに身代わりになってもらう」
「身代わり?」
「……まあ、行けばわかる」
後ろの方で、なにやら穏やかじゃない会話が聞こえたような気がした。
丘の上に立つ大きな木。
その木陰で、本を読んでる女性がいた。
こっちの世界でも珍しい緑色の長髪で、奇妙にごわついたような感じの着物を着ている。
「どうだ、エサはひっかかるか?」
俺たちに追いついてきたフェイレンさんが、そう女性に声をかける。
「あら、久しぶり」
女性が、フェイレンさんの声に気づいて顔を上げる。
清楚な感じの美女だと思った。
「やっほー、公主様! 元気でした?」
ご主人様も、そう言って女性に近づく。
「あらあら、ふぁりちゃんまで。また試合?」
「ううん、試合もあるけど、今日はみんなで都見学。それで、挨拶しようと思って」
「あらあら、礼儀正しいのね。感心感心」
そういいながら、立ち上がる女性……
……を見て、俺の表情が凍りつく。
「あ、足が……」
足がない、というか、よく見ると足の部分がそのまま木の枝のようになってて地面に潜ってる。
「あら、この子は?」
驚いた俺をみて、そうご主人様に訪ねる女性。
「ん? キョータくんのこと? キョータくんはね、ボクのドレイなの。いっしょに連れてきたんだ」
「あらあら、そうだったの。はじめまして。私は槐といいますの。ふぁりちゃんやふぇーれんクンのお友達よ」
「……言ったろう。こいつが齢2000年の妖怪ばあさ……ぐぇ」
フェイレンさんがそう言おうとして、声を詰まらせる。
よく見ると背後から根っこらしきものが首に巻きついてた。
「もおっ! ふぇーれんクンはどおして、年長者に敬意を払えないかなっ!?」
腕を組んで、怒ったような表情の女性……槐さん。地面をすべるようにして、フェイレンさんに近づく。
「げ、ぐぇ……ぷはっ……」
半分力任せに根を振りほどいたフェイレンさん。
「この妖怪ばばあっ! 後ろからいきなり首絞めるやつがあるかっ!」
「ふぇーれんクンが年長者に敬意を払わないからでしょ」
「払えるかっ! だいいち、事実を言ったまでだ!」
なにやら言い争ってるフェイレンさんと槐さん。
「妖怪じゃなくてせ・ん・に・ん! それにばばぁばばぁって、樹木の2000年はまだまだ現役なんだから!」
「……に、にせんねん……?」
目の前の女性の言葉に、脳が追いつかない俺。
「公主さまはね、このおっきな木なの」
「この……木?」
「そ。えんじゅの木が二千年生きて、いつの間にか仙人になっちゃったの」
「仙人……?」
「そういえば、話は聞いたことがあるわ。長く生きた樹木が、やがて魔素や色々なものの影響を受けて人格を持ったり、あるいは人の形を取るようになるとかって話。……よた話かと思ってたけど、探せばあるものね」
サーシャさんが、木を見上げながら言う。
「槐の木は成長が遅く、あまり大きくならないと聞いています。これだけの巨木になるには相当な歳月がかかったのでしょう」
と、ミコトちゃん。
「二千年といえば、大戦の頃から生えてるわけね。……それくらい長く生きてると、こういうこともあるんだ」
感心したように木を見上げている俺たち。
「……まったく、二千年も生きてるんだからもう少し人格的に完成してもいいとは思うけどな」
そう言って、俺たちの側にやってくるフェイレンさん。
「あら、私はふぇーれんクンが失礼だから怒ってるだけで、他のみんなには優しいんだから。ねえ、ふぁりちゃん」
「そーだよ。フェイレンが失礼なこと言うからいけないんだ」
「って、ファリィまで言わなくてもいいだろう」
「だって、本当のことだもん。ねえ公主様」
「そうそう。だいたいふぇーれんクンなんて、最初は木の上で……」
「ちょっと待てええええぇっ!」
急に慌てるフェイレンさん。後ろに回りこんで、槐さん……槐公主の口を塞ぐ。
……けど。
たちまち、それはただの木の根になってしまう。
「もおっ、ふぇーれんクンったら、急に抱きついたりしなくてもいいじゃない♪」
そして、俺たちの後ろから声が聞こえる。
振り向くと、そこに槐公主の姿があった。
「……ほんとに、そんなにみんなに知られたくないの?」
「当たり前だっっ!」
いつになく落ち着きがないフェイレンさん。いつもの、兄貴分な姿とはだいぶ違う。
「ほんっとに、まだまだ子供なんだから」
そういって、にこにこと笑う槐公主。
「……わかったろ。これくらい性格悪いんだ」
疲れたような声で俺に語りかけるフェイレンさん。
「旦那様、手玉に取られてますね」
そこに、容赦ない一言を言ってくるミコトちゃん。
「……言わないでくれ。どうにも相性が悪いんだ」
そう言って、ため息をつくフェイレンさん。
「ふふ。ふぇーれんクンが『こーしゅさま』って呼んでくれたら、黙っててあげてもいいわよ」
「……はいはい、公主様公主様」
「なーんか、敬意が足りないなあ」
「こっちが敬意を持てるような仙人になってから言ってくれ、この両刀使いの食人樹」
「あーっ、ひっどおい!」
「事実だろう」
「言い方が悪い!」
「だいたい、もとをただせば木の分際でこんな格好……ぐぇ」
「木の分際って何よ! ふぇーれんクンだって、もとをただせばケダモノのくせに!」
「ぐぇ、げ……ぷはぁ、……ケダモノとか言うなっ!」
また言い争いを始めるフェイレンさんと槐公主。
「…………」
「…………」
そんな様子を、俺とミコトちゃんはただ無言で見ているしかなかった。
「それでね、公主様」
しばらくして、ご主人様が槐公主に語りかける。
「キョータくん、もし良かったら一晩捧げてもいいよ」
「ほんと?」
……捧げる?
「……止めはしない」
フェイレンさんが俺から目をそらしながら言う。
「あら、もらっちゃっていいの?」
「うん。一晩だけなら」
「ちょっと待て! そこで何の話を……」
「キョータくんは黙ってて。ボクと公主様が話してるんだから」
「ったって、俺の話じゃないのか!?」
「そだよ。所有権はボクにあるんだから」
「……捧げるって聞こえたんだけど……」
「うん、捧げるって言った」
「捧げるって、どういうことだ……?」
「そのまんま。公主様に食べてもらうの」
「って、待ておい!!」
「覚悟決めとけよ。全身根っこでぐるぐる巻きにされて、全身の養分吸い取られて朝には廃人となるからな」
フェイレンさんが怖いことを言ってくる。
「あら、そんなコト言っちゃっていいのかな~? もしも、キョータくん? ……だっけ、この子が怯えちゃって逃げたりしたら、ふぇーれんクンに身代わりになってもらうからね」
「うげ」
「ちょっと、『うげ』って何よ」
「そのままの意味だ。……キョータくん、頼む、俺の一生の願いだ。黙って死んでくれ」
そういって、俺の前で頭を下げるフェイレンさん。
「ちょ、いや、その……」
「もおっ、二人とも往生際がわるいぞっ! ほらほら、キョータくんはあっちあっち!」
そう言って、無理やり俺を槐公主の側まで連れて行くご主人様。
「それでね、ものは相談なんだけど……」
そうご主人様が言うと、槐公主が微笑む。
「はいはい、ふぁりちゃんは甘いもの大好きだもんね。わかったわ。明日には美味しい実をつけとくから」
「はーいっ♪ 公主様も大好きっ」
「うふふふ。ふぁりちゃん、またいつか気持ちいいことしましょうね」
「はいっ」
……気持ちいいこと?
「……両刀遣いって言ったろ」
俺の表情を読み取ったフェイレンさんが話しかけてくる。
「何しろ木だ。こんな格好してても“おしべ”と“めしべ”がある」
「おしべ……」
嫌なものを想像する。
「ちょっとキョータくん、今変なこと想像したでしょ」
「え? ……うわあっ」
横から聞こえてきた声の方を向くと。
そこには、緑色の髪の、俺より少し幼いくらいの容姿の少年がいた。
「か……槐公主?」
足元を見ると、やはり根のようなものが地面に潜っている。
「そうだよ。こんなこともできちゃうんだ。でも、ふだんは……」
「……こっちの格好してるんだけどね」
目の前の少年がたちまちただの根っこに戻ったと思ったら、さっきまで槐公主がいた場所に、元の姿のままの槐公主がいた。
「仙人ともなると、変化の術なんかもちょちょいのちょいなんだから」
「……妖怪のまちが……ぉわあっ」
足元を払われて地面に倒れるフェイレンさん。そこに、根っこがたくさん飛び出してきて、フェイレンさんが起き上がるより早く簀巻きにする。
「いま、何か言った?」
「何も言ってない! 決して妖怪とか化け物とかふたなりとか言ってないからな!」
「……ふぇーれんクン」
ちょっと怖い表情の槐公主。
「たしかふぇーれんクンは、『さんぴー』ってのが苦手だったよね?」
……さんぴー?
「ちょっと待て! 『さんぴー』どころかアレはどう見ても五体いただろ!」
「大して変わんないわよ。それに、少ないより多いほうが楽しいじゃない」
「こっちの身にもなってくれ!」
「あら、意外と体力ないのね」
「……体力以前の問題だろうが……ったたたたっ、この状況で締め付けるな!」
「ちゃんと、ごめんなさいって言ったら離してあげる」
「わかったわかった、謝るから根っこを離せ!」
あの強くてたくましいフェイレンさんが、槐公主の前だとからっきしなのが何かおかしい。
「それじゃ、キョータくんおいてくね。明日になったら取りにくるから」
「わかったわ。それじゃ、また明日ね」
「はーいっ。……キョータくん、くれぐれも失礼のないようにね」
「……はぃ」
「まあ、無駄な抵抗さえしなければ生きて明日の朝日は拝めるからな。生き延びるんだぞ」
「旦那様、発言が不穏当です」
「……そうだな。じゃあキョータくん、明日の朝会おう」
「なんだかお疲れですね」
「人生の嫌な記憶が色々と思い出されてな」
少々疲れ気味のフェイレンさんと、ご主人様、それにミコトちゃんとサーシャさんが丘を降りていく。
残されたのは俺と槐公主。
「え、えっと……」
少しおどおどしながら語りかける俺。
「あら、そんなに怖がらなくてもいいわ。そこの根っこにでも腰掛けて」
そういって、槐公主も大樹の麓に根を下ろす。
「あ、はい……」
言われるままに、その少し横に腰を下ろした。
腰を下ろした俺の膝辺りに、ぽとんと小さな果実が落ちてきた。
「それでも食べて元気出して」
「え、あ……はい、いただきます」
言われるままに、その黄金色の豆みたいな房から中身を取り出して食べる。
「甘い……」
その言葉に、槐公主が微笑む。
「おいしいでしょ」
「はい」
「ふぁりちゃん、それが好きなのよ。甘くて美味しいって」
「本当に甘いです」
「ふぇーれんクンだって、あんな態度取ってるくせにそれが大好きなのよ」
その言葉に、ちょっとした疑問をぶつけてみる。
「……あの、その」
「なぁに?」
「フェイレンさんとは、もしかして、その……」
「仲が悪いように見えた?」
「う、いえ、あの、その……」
図星を突かれて戸惑う。そんな俺を見て、槐公主が笑う。
「喧嘩するほど仲がいいのよ。ふぇーれんクンとは何でも言い合えるくらいの仲から、ああやってはしゃぎあえるの」
「……喧嘩するほど……ですか」
「そーよ。……どーせ、ふぇーれんクンのことだから、普段は真面目一辺倒な、いかにも武道家っ! みたいな感じなんでしょ」
「あ、はい……」
「だと思った。ふぇーれんクン、真面目だから。たまにははっちゃけないと潰れちゃうでしょ」
「そういうことが出来る相手が、公主様なんですか」
「たぶんね。あの、一緒にいたヒトの女の子、ふぇーれんクンの持ち物なんでしょ?」
「はい」
「旦那様って言ってたものね。いろいろ守るものが出来ると、自分を律するようになるのよ。さっき、根っこでぐるぐる巻きにしたとき、筋肉のつき方が前と違ってたもの。ああ、真面目に拳法やってんだなって」
「そう……ですね。フェイレンさんには助けられてばっかりで」
「助けられてていいのよ。ふぇーれんクンからしたら、誰かに頼ってもらえるくらいの方が嬉しいんだから」
「そういうものですか」
「私だってそうだもん。ここに来たら、みんなありのままの自分をさらけ出せるの。普段は謹厳な武道家だったり、本に埋もれて研究にいそしむ魔法使いだったり、あるいは一秒を惜しむ商人だったりが、この木の下ではみんな、ありのままの自分をさらけ出せる。そんな場所でありたいなって」
「ありのままの……俺……」
それって、どんなのだろう。
時々、自分がどのくらいまで自分のままでいるのかわからなくなってくる。
元の世界にいた頃は、今よりもっとだらしない生活してて、勉強もあまりしなかったし、友達とたわいない会話したりバカやったりして日々を過ごしていた。
今は、その頃に比べると少しは真面目に日々を生きてる。
生き延びるためと言うのもあるし、誰かに必要とされたいというのもあるし、必要にされることで捨てられずにいたいという打算もある。
あとは……ミコトちゃんやご主人様に『ダメなやつ』と思われたくないとか。
でもそれって、本当の俺なんだろうか、とか。
でももしかしたら、昔のぐーたらしてた俺が間違った姿で、今の俺の方が本当の姿なのかもしれない。
あるいは、もしかしたら、本当の俺は今よりもっと何か出来るのかもしれないとか。
……そんなことを考えてたから、周囲に伸びてきてる木の根に気付かなかった。
「……ん? ……うわあっっ!!」
気付いたときには、とっくに手遅れ。
さっきのフェイレンさんとおなじように、全身を根っこでぐるぐる巻きにされていた。
「……大丈夫、痛くないから」
そういって、ぐるぐる巻きの俺に公主様が寄ってきて、指で頬を撫でる。
木彫り彫刻のような堅い指かと思ってたら、俺たちと同じ、柔らかい指の感触だった。
「……へぇ」
なにやら人の顔をみながら、にこにこと微笑む槐公主。
「キョータくんは、ふぁりちゃんが好きなんだ」
だしぬけにそういわれて、つんのめりそうになる。……まあ、木の根でぐるぐる巻きだからつんのめることは出来ないんだけど。
「でも、ミコトちゃんも好き。ふむふむ、これって二股っていうのかなぁ?」
「ちょっ……なにいきなり言い出すんですかっ!!!」
頭の中が真っ白になって、本能的に暴れて木の根っこから抜け出そうとするけど、フェイレンさんでもほどけなかったものが俺にほどけるわけもなくて。
「へぇ~……キョータくん純情そうに見えて、こんなこともしてるんだ~……ふむふむ」
上目遣いに俺の顔を見る槐公主。
「動かないで。いま、キョータくんの記憶をのぞいてるんだから」
「!! ちょっ、やめてくださいよっ!!」
じたばたと暴れ……たくても、ぐるぐる巻きになってるから首から上しか動かせない俺。
何を見られているのか、物凄く不安になってくる。
「ふむふむ。……これが、キョータくんのいた向こうの世界なんだ。へぇ……」
ごめんなさい、何でもするから許してください。
「ふふ、こんな本隠し持ってたんだ。やっぱり、ベッドの下がすぐに使えて便利なんだ」
……しまった、あのベッドの下、落ちる前に片付けてなかったような……!?
「……あらあら、やっぱり男の子はみんな、えっちな本は真面目な本の間に挟んで売り場に持っていくのね。でも、そんなにきょろきょろ人目を気にしてたら逆効果なのに」
……なんでそんな記憶ばかり見つけてくるんですか。
「ふむふむ……へぇ~……」
興味深そうな槐公主とは逆に、だんだん不安になってくる俺。
日も暮れだしてきて、なんだか物凄く孤独な気持ちになってくる。
「でも、キョータくん幸せなんだ」
そう言って、槐公主が話しかけてきた。
満月の光が付近を照らしているけど、ちょうど木陰になっている俺たちの居場所はほの暗い。
「ヒトの記憶って、時々のぞかせてもらうんだけど、ほとんどの人は寂しがってるのよ」
「寂しい……ですか」
「そうね。この世界に一人きりという孤独感、元に世界に戻れないという無力さ、あるいは誰かの奴隷と言う環境への絶望。そういうのが、誰にでもあるの」
「……おれは……?」
そう問う俺に、槐公主は笑った……ような気がした。
「キョータくんは、すごく前向きね。この世界で生きていくって意志がはっきりしてる」
「そう……ですか」
まあ、戻ったところでどうなるものでもないし。
「周囲に恵まれてるのよ。ふぁりちゃんにしても、ふぇーれんクンにしても、いい子だから。ミコトちゃととかサーシャちゃんも、いい子みたいだし」
「そうですね」
それは確かにそうだと思う。
「キョータくんは、だからこの世界で生きていくことに希望を持てるの。そして、希望を持ってるから、全てが明るく見える。それって、すごく幸せなこと」
「はい」
「そして、そういうヒトが一人いることで、周囲の人たちも幸せになっていくの」
「幸せ、ですか」
「そうよ。それでね」
「? うわあっ!?」
ぐるぐる巻きになったまま、根っこに持ち上げられる。
そして、大きな枝の上に座らされた。
根っこがほどけて、地面に戻っていく。
「え……あっ、うわわわわっ!?」
バランスを崩して、枝から落ちそうになり、慌てて幹につかまる。
「うふふっ、大丈夫?」
つかまった幹のすぐ横から生えている木の枝が、槐公主の姿になる。
そして、肩を貸すようにして俺の体を支えて、もう一度木の枝に座らせてくれる。
「ほら、見える?」
そう言って、指差す先には月光に照らされたウーアンの大外壁と、その中からの生活の光。高いところから見ると、ものすごく絶景に感じる。
「これから、キョータくんはあそこに行くのよね」
「はい」
「キョータくんには今更な話になると思うけど、どこの世界にも光はあるし、光は集まってくる人を受け入れ、照らしてくれるの。でも、自分自身が光に近づこうって気持ちがなかったら、光が自分を受け入れ、照らしてくれることにも気付かない」
「はい」
「その点、キョータくんは素直で前向きだから、自分からどんどん光の中に飛び込める。これからもそういう子でいてほしいなって、おねーさん思うわ」
「あ……ありがとうございます」
素直で前向き……自分ではそんな風に思ったことなかったけど、そういわれるとなんだか自分がいい子のように思えるから不思議だ。
「それに、えっちの時だって、すごく自分の欲望に素直じゃない」
「!!???」
急に言われて、慌てる俺。慌てた拍子にまたバランスを崩す。
「えっ、わっ、うわわわわわっ!」
そのまま、真後ろに落ちてしまう……
ぶぁさ。
「……?」
気がつくと、俺は別の木の枝が数本組み合ったような枝に落ちていた。
葉っぱがちょうどクッションになってたのか、痛みもあまりない。
「うふふふ、あわてんぼなんだから」
そういって、別の枝から出てくる公主様。
「キョータくんみたいな男の子だったら、おねーさんがんばっちゃおーかな♪」
「え? あ……ええっ?」
ぼーっとしている俺に、また絡み付いてくる木の枝。
たちまちのうちに、両手両脚を絡み取られる。
「ここだったら、誰にも見られてないから、キョータくんも無理しなくていいからね」
「って、その……えっ、あっ、ちょっと……」
「ほらほら、じたばたしないの」
動けない俺の衣服の帯を、木の枝が数本、器用に動いてほどいていく。
「え、でも、これって……あっ」
目の前の公主様も。
ちょうど木の皮のようだった、変にごつごつした衣服が消えて、裸の女性の姿になっている。
「え、あ、でもっ……」
慌てる俺。だけど目は公主様の肌に釘付けになって動かない。
月明かりに照らされた白い肌。たわわな胸とくびれた腰つきと、そしてその下……足首から下くらいが枝になってるけど、その上はヒトの女性の姿になっている。……緑色の髪は相変わらずだけど。
「ふふ、綺麗かしら?」
「えっ、あ、はい、それは、その……」
どぎまぎしながら答える俺に近づく公主様。
もとは木の枝なのかもしれないけど、俺に近づいてくるのは紛れもなくヒトの女性の姿なわけで。
「ありがと。……うふふ、もう固くなりかけてんのね」
そういって、俺の股間に手を伸ばしてくる。
「あ、いえ、その……っっ」
すこし暖かい指が、おれのそれを握る。
「ふふ、そんなに緊張しないでもいいのに」
そう言って、前後にしごく。
「っ……その、公主様、それはっ……」
「あらあら、元気元気。下の子もとてもいい子ね」
俺の足元にしゃがみこみ、息子を両手で包み込んで愛撫してくる。
「ん、くぅ、ひぃっ……」
「元気なのに敏感なんだ。じゃあ、こんなことしちゃおっかな」
そう言って、舌を這わせてくる公主様。ぬるりとした感触は、ご主人様の下よりも柔らかくて、優しい感触を伝えてくる。
「ファリィちゃんの舌も刺激的かもしれないけど、ヒトの舌も柔らかくていい感じでしょ? この姿、ヒトに似せてるのよ」
「あ、あぅ、それは……」
情けないことに、マトモな声が出てこない。
「ふふ。ほんとにかわいいんだから」
そう言って、ちゅぱちゅぱと俺の肉棒を口にくわえて弄ぶ。
「ふふ、舌だけでこんなになっちゃったら、別のところも責められたらどんなにかわいく悶えちゃうのかな♪」
後からの声。
首だけ回して後ろを見ると、いつの間にか公主様が後ろに……え?
下を見る。……公主様は俺の足元で、肉棒を加えてぴちゃぴちゃやってる。
「枝はいっぱいあるから、全部で二十人くらいは出せるのよ」
そう言って、俺の前の枝がもう一人、公主様に変化する。
「もちろん、本体の木は一本だから、ちゃあんと息の合ったえっちもできちゃうし」
……これって、つまり……?
「キョータくん、さんぴーって経験なかったよね」
ありません。
「ふぇーれんクンも初めてだったし、意外とみんな経験ないんだ」
……ごめんなさい、地球じゃ3Pどころか、一人の経験もありませんでした。
ご主人様とミコトちゃんなら……って、何考えてるんだ俺。
「あらあら、今イケナイこと考えたでしょ」
即座に突っ込んでくる公主様。
「もう。ほんとに素直なんだから、すぐに心が読めちゃうのよ」
「…………」
そんなことまで読まないでください。
「だあめ。相互理解が大切なんだから」
心中をことごとく読まれるというのはなにか物凄く不安になる。
「今のキョータ君の感情なんて、ぜーんぶわかっちゃうから、いくら強がっても、ここを責められたらダメってのは一目瞭然なのよ」
「…………」
お願いだから許してください。
「だめ。ワガママ禁止」
そう言って、動けない俺に襲い掛かってくる公主様。
「キョータくん、くすぐりとかは耐性ある? ……って、あるわけないわよね」
と、後からの声。
「ひゃっ! ち、ちょ、待ってくだ……あははははっ、その、そういうのは……」
わき腹をくすぐってくる指。身をよじりたいけど、上下左右前後から何本もの木の枝とか蔓とかにぐるぐる巻きにされてるから、ほとんど動けない。
ていうか、暴れて抜け出しても、いま俺がぐるぐる巻きに絡め取られてる場所だと、下に足場がないから、拘束を逃れたらそのまま墜落するしかないわけで。
「うふふ、悶えちゃってかわいい♪」
人がもがいているのをそう言って見ている、もう一人の公主様。
「キョータくんの唇って、どんな感じなのかな」
と、そういって彼女も両手で俺の顔を押さえつけて唇を重ねてくる。
「んくっ……んふ、ひょっろ、やめへふらは……」
ただでさえ枝や蔓でぐるぐる巻きに拘束されている状態で、三人ががかりで襲われると本当にどうにもならない。
「ひっ、ひぐ、んひい、いっ……」
自分でも何を言っているのかわからない。そもそも、いま自分がどんな姿で何をされているのか、頭が真っ白になってしまって何も考えられない。
そんな中で。
耐えられなくなった俺は、とうとう公主様の口の中にありったけの精をぶちまけてしまう。
「……あはは……キョータくん、たまってたんだ」
口に収まりきらずに顔についた白濁液をぬぐいながら、公主様が笑う。
三人がかりの責めからようやく解放された……んだろうけど、正直頭が混濁して何も考えられない。
「じゃ、次やるよ」
……つぎ……?
正直、もう言葉も出ない俺。
そんな俺の状態を無視して、公主様が近くの枝から、なにやら綿菓子のようなものを折って近づいてくる。
「なに……ひゃあっ」
そしてそれを、オレの全身にすりつけてくる。
「ち、ちょっ、やめ……その、本当にっ……」
公主様が持つそれが体に触れるたびに、くすぐったいようなむずがゆいような感覚に襲われる。
その枝先についていた、なにかパウダーのようなものが汗ばんだ肌に張り付いて、妙に身体が粘つく。
そして、それがなんともいえない痒みとなって襲ってくる。
「そのっ、駄目です、それ、ひいっ……」
必死になってお願いするけど、公主様は逆に、俺のそんな姿を見て楽しんでる。
「うふふふ。暴れても無駄よ」
そういいながら、体のあちこちにその綿菓子状の枝をこすりつけてくる。
それも、くすぐるようにふわふわ、さわさわと触れてくるから、むずがゆさとくすぐったさで気が狂いそうになる。
「ごめんなさいっ、お願いします、もうやめ……」
許してもらおうにも、その声が続かない。
「やっぱり、ヒトって敏感。キョータくんの感情が、もうびんびん伝わってくるもの」
そう言いながら、まだ責める手を緩めない。
「ひいっ」
「あらあら、女の子みたい。胸を責められて悶えるなんて」
「ち、ちが……あうっ」
「違わないでしょう? ほら、こうされるととってもくすぐったい」
「ひっ、ひや、ひゃふ……」
「もう、声までそんな女の子みたいな悲鳴出しちっゃて。恥ずかしい子」
動けない俺をいいようにいたぶりながら、公主様は俺をあざ笑う。
「ほら、痒いんでしょ?」
「んあっ……」
後ろからの声。
脇の下を軽く掻くようにくすぐってくる指。
気持ちいいのとくすぐったいのが入り混じった強い刺激に耐え切れなくて、身をよじるけど、両手足の自由を奪われているから、それ以上逃げられない。
「ひぃっ、ひぃ、いゃ、いやですっ、そんな……あっ、あぅっ……」
声が勝手に漏れる。
「ふふ。このねばねば、気に入ってくれたんだ」
そういいながら、俺の前の枝から伸びている公主さまは、動けない俺の胸や腹を集中的にそれでくすぐる。
そのたびに気が狂うような刺激に襲われ、全身を痙攣させながら無意識に暴れる。
「ひぃ……ぃぃっ……」
息も出来ないような刺激がひっきりなしに俺を襲う。
「あらあら、キョータくんのおちんちん、ぴくんぴくんしてる」
「そ、そんな……その、見ないで、くださ……あぅっ」
言葉が続かない。
「この痒くてねばねばしたの、ここに塗っちゃったら、キョータくん気持ちよすぎて失神しちゃうかな」
「ひっ……そんな、その、それだけは……」
恥も外聞もなく懇願する。
今でもとても耐えられないのに、そこまでされるとたぶん本当に発狂する。
「あらあら、そんなに嫌がるなんて、本当に感じちゃってるんだ」
そう言いながらね俺を前と後から責めてくる指。
そのたびにひぃ、ひいと声にならない悲鳴しかでてこない。
「このいやらしく悶えてるのが、キョータくんの本性なのね」
公主様の声。
「ち、ちが……ちがうん……んくうっっ……」
言いかけたときに、下腹部に枝が触れる。
「何が違うのかしら。こんなに堅くさせちゃってんのに」
その声と共に、肉棒にまとわりつく粘っこいものと、じわじわとしみこんでくるような痒み。
「ひっ、ひぃ、やめ……」
全身を容赦なく攻め立ててくる痒み。
その中で肌を触れてくる指。
発狂するような苦しさの中で、公主様が言う。
「キョータくんの心の中なんて、全部読めちゃうんだよ」
そう言って、指を肌に這わせる。
「どうすれば感じちゃうか、どこが苦手か、全部わかっちゃうの。いくら強がってても、後どれくらいで限界なのかもね」
責められ続けて真っ白になった頭の中で、そんな声ばかり聞こえてくる。
「キョータくんはね、心の奥底まで丸見えになってんのよ」
その言葉に、なんだか自分がどうしようもなく惨めな立場にいることが思い知らされた。
「ふふ。みんなの前では隠してる、キョータくんのいやらしい部分も、全部私には見えちゃうの」
そう言って、指が弄ぶ。
「恥ずかしい秘密も、過去も、キョータくんは何も隠せないの」
……それって。
なんだか、とても理不尽な気がした。
……どうして。
俺が、ここまでされなきゃならないのか。
そんな気持ちがわいた。
縛られて。
裸にされて。
心の中まで覗かれて。
そして一方的に玩具にされて。
どうして。
それって、ひどいじゃないか。
どうして、そこまでする権利があるんだと。
人間の尊厳とか、権利とか、そういうのがあったっていいじゃないか。
どうして 人の心の奥底まで土足で踏み込んで来るんだと。
ずるい。
人の秘密を全部見ておいて、それで動けなくしてからこんなことするなんて。
卑怯だ。
一方的だ。
理不尽じゃないか。
悔しい。
それなのに、指で責められるたびに悶える自分が惨めで情けない。
そんな感情が、いろいろと入り混じって。
いつの間にか、俺は泣いていた。
なんだか、自分がどうしようもなく惨めな立場にいるんだと思い知らされた。
ご主人様も、フェイレンさんも、ミコトちゃんもサーシャさんも門前街のみんなも、俺をそれなりにまともに扱ってくれる。
だけど、所詮これが現実なんだと。
俺なんて、どうせ……モノなんだ。
一度泣き始めると、後は何も考えられなかった。
本当に、真っ白な頭でただ後から後からこみ上げてくる惨めさと悔しさと情けなさに嗚咽した。
……ふわりと、誰かが俺を包み込むような気がした。
でも、何が起きているのかはわからない。
全身に絡みついた木の枝がほどけているような気もしたけど、もうどうでもよかった。
自分の感情のままに、ただ泣けるだけ泣いた。
…………。
どれくらい時間がたったかわからない。
泣くだけ泣いて、泣きつかれて目をうっすらと開ける。
その眼前に俺の顔を見つめる瞳。
「ごめんね」
槐公主だった。
「あ……」
はっと、我に返る。
「大丈夫。まだ夜中よ」
そう言って、俺を抱きしめる。
「その……俺の、心の中……」
もしかしたら、いや、きっと、ひどく傷つけたかもしれない。
そんな思いが脳裏をよぎる。
「大丈夫」
そう言って微笑んでくれる。
「私だけには、言えないこと言っていいの」
「…………」
「キョータくんのなかにある、もやもやとした気持ちとか、悔しかったり惨めだったり辛かったりしたこと、みんなには言えないこともあるから」
包み込んでくるような暖かい声。
「いくら頑張って、前向きになろうしたって、キョータくんは現実に人生変えられちゃったんだから、やっぱり、理不尽だったり辛かったりって気持ちはあるのが普通なの」
「…………」
「でも、キョータくんのまわりのみんなは優しいから、そういうことをぶつけられない」
「……それは」
「だから、もやもやが無意識のうちに溜まっていくの。でも、そうやって少しづつもやもやが溜まっていくといつか壊れるの」
「…………」
「ときどき、思いっきり泣いたらいいの。自分の中の苛立ちとか悔しさとか、そういうのを全部洗い流すのよ。……何も言わなくっても、私にはわかるから」
「……公主様」
「キョータくん、男の子だから強がって、我慢してるけど、まだまだ子供なんだから、本当は無理しなくてもいいの」
そういって、きゅっと抱き寄せてくる。
いつのまにか、両手足を拘束している枝葉はほどけ、俺は葉っぱと枝が合わさった柔らかいベッドのようなところに横になっている。
「ごめんね」
もう一度、公主様が謝ってくる。
「ひどいことしたの、キョータくんが嫌いだからじゃないのよ」
「……すみません、俺こそ……」
「キョータくんは謝らなくてもいいのよ。全部、私がしたことだから」
そういって、公主様は体をすこし離し、立ち上がる。
「見て」
そういって、微笑む公主様。
月明かりが左右から裸体を照らす。
よくみると、桃色の髪の毛をしている。
そして、足元ではなくその髪の毛が枝に繋がっている。
「花、なの」
「……花……?」
「そう。この姿は、この樹の花から変化した姿よ。それで、これがめしべ」
公主様は足をすこし広げると、二本の指で脚の付け根の大切な部分を左右に広げながら言う。
「あ、あの、それって……」
「キョータくんに塗った、ねばねばしたのが花粉。こうやって受粉するの」
そういいながら、また俺に体を寄せてくる。
「キョータくんは、じっとしてていいから」
そう言って、騎上位でまたがってくる。
「あ……」
きゅっと、締め付けてくる。
「動かすよ」
「あっ、はい……っ、あくっ……」
公主様が花粉と言った、粘っこい痒いもののせいで敏感になっている俺の肉棒を挟みこみ、上下に動くたびに快感が襲う。
そもそも、俺が泣き出すまでに、すでに爆発寸前まで快感を高められていたわけだから、ほんの数回動かされただけでもう限界に近づく。
「出していいのよ。何度でも、気が済むまで、キョータくんを気持ちよくしてあげる」
そう言って妖艶な笑みを見せる公主様。
「……はい……」
その夜。
俺は何度も公主様に精を放ち、そして、時々泣いて、その胸の中で甘えるように抱いてもらった。
明け方。
えんじゅの樹の付け根。
服を着て横たわる俺を、公主様が膝枕してくれている。
細い木の枝で、耳掃除をしてくれている。
「こうやってね。私が耳掃除してあげた人はみんな幸せになるのよ」
「はい……なんだか、幸せです」
かりかりと耳の奥をくすぐるような気持ちよさ。疲れきった体にちょうどいい。
「ときどきね、泣いた方がいいの」
そう言ってくる。
「人間なんて、自分で思ってるほど強くないの。強くないのに、勝手に自分で強いと決め付けて、無理するの」
「…………」
「それは、確かに人間が成長するためには大切な自己管理力なんだけど、でも無理しすぎてたら元も子もなくすのよ」
耳掃除の手を休めずに、そう話す。
「人間って、理解者が必要なの」
「人に言えないような辛い秘密を、誰かに共有してもらいたい。自分では言いたくもないほど辛い記憶だけど、何も言わなくても誰かに気付いてもらいたい。そして、誰かに理解してもらいたい」
「…………」
「それは決してわがままじゃないの。どうせ、人間なんて一人で生きて行けないんだから。一人で何もかも背負えるほど強くないんだから」
「……はい」
「私の力はね、そんな思いが託される中で身についていったものなの」
「……公主様」
「誰にもいえない、でも誰かに気付いてもらいたい、誰かに理解してもらいたい。そして誰かに助けてもらいたい。この世界に落ちてきたヒトは、みんな多かれ少なかれ、そんな部分を持っているわ。そしてそれは、ヒトだけじゃなくて」
優しい風が、どこへともなく吹き抜けてゆく。
「あの強そうな獅子の民だって、ほんとうはそんな部分があったりするのよ」
「はい」
「ふぇーれんクンなんて、アレで悩みと煩悩のかたまりなんだから。ふぇーれんクンの秘密全部ばらしたら、きっともうふぇーれんクンのこと、今までと同じようには見られないわよ」
そういっておかしそうに笑う。
「……あ、言ってるそばから」
向こうの方から、みんなが丘を登ってくるのが見えた。
「お、思ったより元気そうだな。足腰立たないと思ってたけど」
フェレインさんが笑う。
「優しい人でしたから」
そう、笑顔で答える。
「優しかったかぁ!?」
すこし驚くフェイレンさん。
「公主様は優しいんだよ。フェイレンは普段の行いが悪いから」
「悪くねえっ!」
「ほらほら、それよりみんな一列に並んで。おいしい実がなったから」
公主様がおれを含めたみんなを並べる。
「じゃ、両手前に出して。落とすよ」
そう言って、公主様が実を落とす。
一個、二個、三個、四個……終わり。
「ちょっと待て! なんで俺だけないんだっ!」
フェイレンさんがくってかかる。
「あら、ふぇーれんクンは年長者に対する敬意がないからおあずけ」
「二千年も生きてるくせにガキくさい嫌がらせするなっ!」
「ふーん……じゃ、土下座してくれたらあげなくもないわよ♪」
「できるかっ!」
相変わらずの二人だ。
「大体、いい年こいて……」
その言葉に、公主様の表情がちょっと怒り気味になる。
フェイレンさんの後ろから飛び出してくる根っこ。
それを、真横に跳びのいて避ける。
跳びのいた先に、待ち構えるように伸びてくる別の根っこ。
それを三角蹴りみたいに蹴って方向を変える。
着地したところに、上から枝が振り下ろされる。
それを背転して避けながら言う。
「ふっ、来るとわかってたら避けるのなんて簡た……」
「「危ないっ!」」
ミコトちゃんとご主人様の声。
背転して立ち上がったフェイレンさんの頭の上に、一回り大きな木の実が落ちてきた。
「~~~~っ……」
頭を押さえてうずくまるフェイレンさん。
「それ、ふぇーれんクンの分よ。ありがたく受け取りなさい」
腕組みして、槐公主が得意満面の表情で見下ろす。
「ど、どこまでも優しくねえ……」
「ふっふーんっ。どーだっ」
「くそぉ~っ……と、とりあえず今日はここまでにしておこうっ。さあ、ウーアンに急がなきゃならないからなっ」
いつもとは違うフェイレンさん。槐公主の前でしか見せられない姿なのかもしれないと思った。
「あれ、ほんとは避けられたわね」
サーシャさんが小声で話しかけてくる。
「ああやって、バカやったりはしゃいだりするのが楽しいの。普段はみんな、あんなことできないから」
きっと、そうなんだろうなと思った。
そうやって、この大きな樹はみんなを支えているんだろうと。
「よーし、ウーアンまではもう少しだ。行こうかっ」
大きな木の実を抱えて、すこし表情が晴れやかなフェイレンさん。
その後ろを、俺たちもついていった。
(後編に続く)