猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

夕焼け色の贄 第一話

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夕焼け色の贄 第一話

 




 土砂降りの雨だ。
 雨粒は電灯に照らされて一筋の線になり、安っぽいビニール傘を打ち付ける。
 無機質な白い光の下、狭い傘の下身を寄せ合って歩いていたのは二人の姉弟だった。
「せっかくお風呂に入ったのに冷えちゃったね」
 ぽつりと姉がつぶやき、弟がそれに震えながら頷く。
 やがて勢いを増した雨が電灯の光さえもぼやけさせて、ビニール傘は雨のノイズに隠れて見えなくなった。


・・・・ ・・・・ ・・・・


「雨だ!雨が降ってきたぞ」
 川辺にうっそうと茂った木々から激しい雨音に混じって大声が響いた。
「今日はもう引き揚げるしかないナ、おいフィオ何やってるんダ」
「先に行ってて、誰か寝てる」
「この雨の中寝てるヤツなんか居るワケないだロ!先に行くぞ」
 雨風にしなった木々がざざざっと樹上で何かが大群で動くような音をさざめかせてしなった。
 一本の樹の上にひとり残された少年。
 自らの腰の下あたりに生えた尻尾を使ってくるんと木から草の上に降り立つ。
 寝ていた誰かは二人いて、雨に打たれて青白い顔をしながら弱弱しく呼吸をしていた。
 濡れた白い服の、ネコの国のような服だ。
 その服のどこからも尻尾は生えていない、耳もつるんとしたおかしな耳だ。
「ヒトだ」
 そう呟くと、その小さな体からは信じられないぐらい軽々とヒトを二人抱き上げると、
 すっと音もたてずに樹の上に飛び上がり、やがて雨音にかき消されるように見えなくなった。



夕焼け色の贄 第一話 「鈍色のスコール」



 体が暖かい?
 ぎしぎしとなる体を動かして自分の肩に触れると、薄い布の服が着せられていた。
 洗いたての布の匂いが自分の体温に混じってうっすら香ってくるのがわかった。
 ここはどこだろう、自分は何をしていたっけ…。
「あ、起きた」
目を開けると目の前に少年の顔があった。
「うわわっ」
 慌てて布団をずりあげて顔を隠すと、少年は不思議そうに布団をめくりあげる。
 部屋が暗いせいかはっきりとした顔は見えないが、僕よりもちょっと小さい…小学生ぐらいの男の子だろうか。
「どうしたの?取って食いやしないよ」
 ぱちくりと大きな目がこちらを見ている、ぼんやりとした視界で目から鼻、口と顔を見つめる…が、耳のところでどうも変なものが付いている。
「…もふもふ?」
 そんなピアスかなんかなのだろうか、それともこんなに暖かいのに耳あて?
 耳への視線に気づいたのか、少年がぽそぽそと自分の耳をつまんだ。
「そっか、落ちたてなんだね」
「落ち…?」
 言っている意味が分からない、僕たちはただ銭湯から家に帰ろうとしてて…。
 そこで自分が昨日半分の記憶が抜けていることに気づいた、ここにいるってことは無事に家に帰れていないんだろう。
「ん…?」
「姉さん!」
 隣の布団から姉さんが眠そうな目をこすって起き上がる、どこも怪我をしていないようだ、よかった…。
 まだ眠たそうな姉さんに事情を説明すると、慌てたようにもふもふ少年に頭を下げる。
「ご、ご迷惑をおかけしました。私は家に帰らねばならないので…後日ちゃんとしたお礼に伺います」
「帰る?」
「え、えぇ家の者が心配してますので…」
「帰るってどこに?」
「え?」
 すたすたと少年が窓の方へ歩いて行き、窓を開ける。
 暗い室内に外の明るい光が入ってきたので、思わず眼の奥が痛んだ。
 二、三度瞬きをすると、はっきりと窓の外の景色が見える、一面の緑だった。
「え?」
 まだだるい体を起して姉さんと窓に向かう、空が見えないほどに埋め尽くされた緑の葉。
 窓から身を乗り出して下を見ると、そこには樹海が広がっていた。
 テレビでしか見たことのないような熱帯雨林だ、少し離れた所に大きな大河がゆったりと流れている。
 まだ朝早いのかうっすらと霧がかかっているその風景は、この世のものではない気がした。
「何?ここ…」
「…な、なんで私をこんな所に連れてきたんですか?」
「連れてきた?」
 少年は首をかしげて言った。
「君がここに来たんだよヒトさんたち」
 少年の腰のあたりで長い毛におおわれているふさふさとした尻尾が揺れた。
 作り物なんかじゃない、その動きはどう見ても本当の尻尾だ。
「ぼ、僕たち…来たくて来たんじゃ…」
「だろうね」
 窓に手をかけて少年は外を眺めている、僕たちの事はあまり気にしてはいないみたいだ。
 何も言葉が出なくて、じっと少年の横顔を眺めているだけだったけどふとあることに気づいて僕の口から独り言が口から洩れた。
「サル…?」
「ん?そうだよ、ぼくらはサル。ここはサルの国さ」
 サルの、とやたら強調してきっ、と河の方向を睨みつける。
 たっぷりと赤茶色の水を湛えた大河だ、あの河に何かあるのだろうか。
「それにしても面倒な時に来ちゃったねヒトさん」
「面倒?」
うーん、と言葉に困ったように頭をかいて少年はぺたんと座りこんだ。
「何ていえばいいのかな」

「ヒトごときにあなたがそんなこと教える必要はありません」
 上から女の人の声が聞こえてきた、天井に視線を移すと女の人が逆さまにぶら下がっている。
 どうやってぶら下がっているのだろうか、木組みの天井にはロープも鎖も見当たらない。
「!?」
「ヤオシー」
 女の人はくるんと縦に一回転すると音も立てずに床に降り立った。
 少し遅れて長い髪の毛だけがぱさりとわずかな音を立てて床に散らばる。
「あ、だからさっさと髪切りなって言ったのに」
「申し訳ございません」
 ヤオシーと呼ばれた女の人がすっと膝をついて少年に頭を下げる、日常生活(少なくとも僕のいた国では)見る機会がない動作にしばし唖然としてしまう。
「ヒト、本来お前は歓迎されない客なんだ。今すぐにでも奴隷商人に売っぱらいたい所だが…」
 ずいと見ず知らずの女の人にすごまれるのは結構、いやかなり怖い。
 どうやら言葉のとおり本当に歓迎されていないようだ。
「ぼくが拾ったんだからぼくのだよ」
「…分かっています」
ヤオシーさんが少年ののんびりとした一言に勢いを削がれて肩を落とす。
 女の人は前髪が長いうえ布を首に巻きつけていて顔は見えないが、少年と同じ耳と尻尾があるのだからサルなんだろう。
 先ほどの天井からぶらさがるという芸当を考えると、まず人間ではないだろうな。
「ぼくがマーケットに連れていくついでにゆっくり話していくからいいよ、ヤオシーは持ち場に戻りなよ」
「マーケットに?確かにてっとり早いですが、しかし…」
「最近はカニたちもおとなしいでしょ?大丈夫だって」
 マーケット?カニ?とてもじゃないがこの単語からは状況が全然わからない。
 聞きたいことはいくつもあったが、さっきのヤオシーさんの態度を考えると聞きにくいし、少年が話してくれるのを待った方がいいような気がする。
「明日マーケット…あっちに見える河の方だね、そっちに連れて行ってあげるから今日はもう寝なよ、まだ疲れてるでしょ?」
 確かに体はまだだるい、手足が重くてめまいがする。
 もふもふ少年の心遣いに本当に感謝だ。
 でもいつまでももふもふ少年、というのはなんだか妙だな。
 そういえば初対面のお約束として名前を名乗るということをこの少年はしてくれなかった。
「あ、もしよければ…」
「ん?なにかな」
「君の名前を教えてくれないかな」
 そういうとまたヤオシーさんが僕に詰め寄る。
 長い尻尾が神経質そうにぴしぴしと床を叩き、僕に指をつきつけた。
「ヒトごときが名を聞くとは無礼にもほどがある、せめてお前から名乗れ」
「まあいいじゃないヤオシー」
 ぽんぽんと少年がいきり立つヤオシーさんの肩をたたく。
 口調は厳しすぎるが、確かにヤオシーさんの言うことは正しい。
「ヤオシーさんの言うとおりですね、僕は柿崎米次です」
「私は柿崎米…です」
 そこでん?と少年が首を捻る。
「カキザキヨネツグ?ヒトだからどこか姓名で区切るんだよね、カキザ?カキザキ?」
「カキザキ、ヨネツグでヨネツグが名前」
「君はカキザキヨネ、カキザキが一緒ってことは君たちは家族なの?夫婦?」
「どこをどう見たら夫婦に見えるんですか、姉弟です」
「へー、珍しいね揃って落ちてくるなんて」
 言葉は通じるのにものすごく変な外国人と話しているみたいだ、すごく変な感覚。
「ヨネにヨネツグか、新しい名前つけるのも面倒だからそれでいいや。ヨネツグは長いからツグって呼ぶよ。ぼくはフィオ、そっちがヤオシー」
「よろしくお願いしますフィオさん、ヤオシーさん」
 フィオ君は年齢的にはどう見ても年下だけれど、命の恩人だもんね、とりあえずさん付けしておこう。
 姉さんに習っておじぎをすると二人は珍しいものを見るような目で僕を見た。
 嫌というほどではないが気分がいいものじゃない。
「フィオ様、このヒトども…やたら慣れなれしいような気がしますが」
「まぁ落ちたてだからね、これは大人しい方だと思うよ」
 フィオさんは見ず知らずの僕たちに優しい、ヤオシーさんだって気に食わないのだろうけど門前払いということまでしなかった。
 でもさっきから違和感がぬぐえない、異邦人というよりもっと別の接し方をされているような気がする。
「ぼく、ヒト奴隷に会うの初めてだから何かあったら言ってね」
…奴隷?
 一瞬何を言われたかわからなかった、奴隷ってどういうこと?
「ヒト…奴隷?」
「あぁ、そうか君たちは落ちたてなんだっけ。君みたいなヒトはここじゃ奴隷ペットなんだよ。でもぼくはそういう貴族さんのお遊びには興味ないから安心してね」
「ヒトは頭がいいと聞いていたがまだ混乱しているのか?言葉の通りだ、お前は本来売り飛ばされて貴族の高級ペットになるはずだったんだ」
「だって、私達はヒトで…人権が…」
「ヒトだからだよ、君たちはここじゃ無力に等しい、籠に飼われてるのが一番相応しいんだ」
 姉さんはフィオ君の言った言葉にうつむいてしまった。
 僕もこぶしを作った手のひらにしっとりと汗がにじむ。
 奴隷、ペット、…混乱しているけど、なんとなくわかる、気がする。
 今 ここにいる僕と姉さんは、飼い猫や飼い犬みたいな存在なんだろうか。
 姉さんがすごく困ったような、疲れたような表情をしている。
 認めたくない。僕たちなりに色々とヒトとしてやってきたつもりなのに、姉さんなんか僕をあんなに大事にしてくれたのに…。
「ショック?まぁ、ヒトは最初はそうだって言うからね、明日また話すよ」
 食べ物もあるよ、と小さなテーブルの上にのった白いスープと見慣れない果物を指さす。
 それを見てよだれが舌の上にたまる。
 仕方がない、こっちに落ちてきてから木になっていた木の実を半分しか食べてないんだから。
 いきなり土砂降りの森の中で訳がわからず、少し歩いた先にあった木の実を採って明かりのある方向へ歩いていたのだけど…そこからフィオ君に助けられるまで記憶がない。
 …それにしてもあの果物は美味しかったなぁ…見慣れない形だったから食べるのを迷ったとは言え、
いかにも食べてくださいと言わんばかりの雨の中でさえ漂うあの熟れた香り…
 木に一つしかなかったから半分にしよう、って言ったのに姉さんは一口かじっただけで全部僕にくれたんだっけ。
「果物、食べてもいい、んですか?」
「いいよ」
 色鮮やかな果物が山積みになっている、どれも甘酸っぱい熟した香りを放っていておいしそうだ。けれど
「昨日の美味しい果物がないね、姉さん」
「美味しい果物?どんなやつさ、よければ用意してあげるよ」
「えーっと、丸くて、ちょっと横長。色は濃いオレンジで…」


・・・・ ・・・・ ・・・・


 深い森の奥、木がざわめいた。
 あまりにも鬱蒼と並ぶ木々のせいで昼までも暗い。
 その奥に大きな一つの木がある、木の葉が陰になるのでその木の周りには草木が生えず、ふかふかとした苔で覆われている。
 そこから幾分か離れたところに源流から枝分かれしたのか豊富な養分を含んだ泥水の水路があり、そのやや水路から誰かが望遠鏡を覗いている。
「どうよ、こっから見えるか」
「んー、多分…お?なんかおかしいぞ」
「また変な方向見てんじゃねーだろな、ちょっと貸せ」
 木々のわずかな隙間からの光で鈍く輝いたのは鎧、実際は彼らの外皮であるのだが、その重量と厚みから鎧という印象が最も相応しい。
器用にも望遠鏡をつかんだのは巨大なハサミだ、甕のようにつるんとしていて見るからに硬い。
 それも作りものではなく肘のあたりでしっかりと繋がっている。
 望遠鏡をとられて手持無沙汰になった一人がじゃきじゃきと暇そうにハサミを動かした。
「確かに変だな、つーかこれは報告書モンの変さだと思うが…」
「見間違いじゃないよな?俺ら二人で確認したもんな?な?」
 彼らが見ていたのは大きな木だ、そこには木の葉が生い茂る立派な木がある。
「ああ、見間違いじゃない、確かに…」


「マーロウがない!?」
 フィオ君は駆け込んできたサルの報告に焦ったように声を荒げた。
「本当に、本当なんだね?」
「え、えぇ我々の間でも確かに確認しました」
 何が起きたのかいまいち僕には理解できない、がなんとなく口をはさめなさそうな雰囲気だったので邪魔にならないように姉さんとベッドに体育座りをしていた。
「まさかとは思ったんだ…けどさ。ヨネ、ツグ」
 ふるふると尻尾を震わせながらフィオ君が僕たちの方を向く。
「は、はい!?」
「なんです、か?」
「君たちが食べた果物って丸くて、ちょっと横長。色は濃いオレンジで……木に一つしかぶらさがってなかった?」
「「…はい」」
 姉さんと二人で顔を見合わせた後そう頷くと、がたーん!という床をぶち抜きそうな音を立てながらフィオ君が崩れ落ちた。
「終わった…」
「ななな…なんてことをを…!!!」
 わなわなと手を震わせながらヤオシーさんがこっちに向かってくる。
 顔は見えないとはいえその覇気は僕たちをのけぞらせるのに充分だった。
「ぼ、僕たち…何かよくないことでもしましたでしょうか…」
「した、すっごくした」
 崩れ落ちた体制のままフィオ君がぼそりと言う。
 ヤオシーさんの手は僕たちの首を締めあげたそうに宙でわきわきと動いている。
「く、詳しく聞かせて下さいませんか」
「…しかたないね、でもヒトが関わるなんて前代未聞だよ…」
 ため息をつきながらゆっくりと顔を上げてフィオ君がぽそぽそと話し始めた。
 外ではこれからの行く末を暗示するかのように、鈍色のスコールが緑の森と赤い河に降り注いでいた。

 

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