太陽と月と星がある 第一話
現在の私の御主人様は非常に良い人です。
なにせ三食食事させてくれるし、噛まないし掻かないし、サンドバック兼枕にもしない、非常に良い人です。
その旨を先日お酒を飲んだ拍子にうっかり本人に告げた所、それ以上喋るなと言われました。
何か逆鱗に触れたようです。
実はやろう思っていたのを釘を刺す形になっていたのだったら、複雑です。
そういうわけでここ三日程、必要事項以外、御主人様とは口を利いていません。
今朝も非常に緊迫した空気を醸し出し、大変居心地が悪い感じになってしまいました。
真冬の砂漠へ散策しに来た御主人様が私を拾って一ヶ月程になります。
まぁ、拾ったちょっと珍しいペットに飽きるのには十分な期間です。
私にとっては中々有意義かつ、目の保養でしたが…。
なんと御主人様は下半身がヘビ尻尾という、ゲームのイベントボス的逸材ですが、上半身は美少年です。
直接聞いてはいませんが、おそらくマダラというやつなんでしょう。
これだけは絶対に秘密ですが、思わず見蕩れるくらい整った顔立ちの冷血美少年です。
五年後が非常に楽しみです。
見られないと思いますけど。
しかも中々良い手をしています。
男性の手に、あんなに鱗が映えるとは想像もしていませんでした。
もちろん鱗に覆われた尻尾も長くて力強くイイ尻尾です。触りたくなります。
チラ見した腹筋も中々でした。
この世界、ヒトかマダラか女性でなくては、もじゃっていない腹筋を見る機会はありませんから、すごい目の保養です。
と、いうわけで、現場は見ていませんがおそらくモテまくり。無論男女問わず。
きっと色々な面で不自由が無いと思われます。
つまり、ヒトを飼うメリットが存在しないのです。
ヒトはヒトなりになんか違う良さがあるとかなんとかという話は聞きましたが…触感とか、味とか。
それに私だって一応ハタチ前ですから、今後の期待を込めて、外見だってなんとかすれば見られないこともナイと思いたい。
いえ、ウサ耳ロリ巨乳やらネコ耳熟れ美女やら、イヌ耳美少女がごろごろしている世界では下層だと思いますけど。
顔には傷無いし。灯り消せば、そんなに気にならないと、思いたい。
マグロじゃありませんよ。それなりにメスヒト的夜の技能持ちですから、出来るはずです。
ゲロ吐いて血も吐くぐらいは、……調教、されたし。
ただ、命の恩人でもあるしと思って、予めがっかりしないように細々と不備な点を自己申告をしたのがマズかったのか。
言わなければ良かったのかもしれませんが、偽装はよくありません。
それに仮にも命の恩人へそういう嘘をつくのも憚られます。
しかしながら、ただ単に治した人曰く「ぐっちゃんぐちゃんのばきばきで十一分の十ぐらい死んでる」状態だったそうなので、子供が家畜の屠殺を見て肉を食べられ無くなるのと同じ状態なのかもしれません。
というわけで、まだシてないし。
だとしたら、若いだけで使い道の無い傷物中古のメスヒトなんか転売ぐらいしか用途がありません。
今更ペットはないでしょうから、魔法実験用とか。
ヒト専娼館はノルマがきついので勘弁して欲しいです。
牧場というのもありますが、それは考えないことにします。
だとしたら、噂で聞く食用か。
拾われてから骸骨にヒトカワスーツ着用状態から筋皮骨衛門へ進化した程度なので、この線は微妙です。
出汁しか取れません。……笑える。
あれ、という事は、下層じゃなくて最下層かな。でもほらガリ専とか、ね?
落ちる前はダイエットに励んでたくらいぷにぷにだったなのになぁ…。
まぁ、今更……どうでもいい事ですけど……
「お帰りなさいませ、御主人様」
御主人様が非常に険悪な表情を浮かべています。
この御主人様はペットに御主人様と呼ばれるのを嫌がるという、特殊な人です。
確かに一般生活を営んでいる時に呼ばれたら、恥ずかしいものがあります。多分。
というわけで、こちらとしても色々妥協して他の人が居ない時だけ、御主人様と呼ぶようにしています。
しかし今日は同伴でした。
ウサギです。黒くて耳が垂れていて顔に傷があります。
ぐっちょんぐっちょんばっきばきだった私を治した医者のジャックさんです。腕がいいらしいです。
友達かライバルに白っぽくて目つきが悪いのがいるかどうかは聞いていません。
「いらっしゃいませ、ジャックさん。ちょうど良かった。もうすぐ晩御飯できますよ」
毛だらけの顔が笑みの形になりました。
「やっぱ、ヒトメイドもえるー」
最近、ヒトオタとかいうのが流行しているらしいです。
習慣風俗や、えーとタイヤキとかカラオケじゃなくて、ヒト単体に萌えを感じるらしいです。
眼鏡っことか、ツンデレとかショタとか。いわゆる…属性萌え?
正直二足歩行ケモノがモエーとか叫ぶのはキモいと思いますが、それで痛い事をされないヒトが増えるならいい事です。
「さーて、キミちゃんの傷の経過はどうかなー?」
ヒト如きが「そこは怪我していません」などと言えるはずもなく。
つーか、キヨカです。
様々な部分をもふられたり引っ張られたり触られている間、床の木目を数えていると強い視線を感じたので首を捻ると御主人様がめっちゃ睨んでいました。
上は美少年ですが、基本ヘビなので大変迫力があります。
目から怪光線が出たら多分死ぬレベル。
待たされている事に苛立っているのかもしれません。
先に行ってしまってもいいのに律儀に居る所が、真面目というか、なんと言うか。
何か言おうと思いましたが、喋るなと言われたことを思いだして口を閉じると、ふさふさした感触に頬擦りされました、
兎のヒゲって、結構硬くて頬がちくちくします。
目の近くに歯が当たると脈拍が速くなります。
顔って噛まれると凄い腫れるんですよね、目が見えなくなるのは、怖い。
まだ怖いものが残っていたらしい自分に驚きつつ、体を引き剥がす努力をしてみましたが無駄でした。
ジャックさん、がっちりキープし過ぎです。
「じゃ、オレ帰るから!いいお土産をありがとう~」
片腕で持ち上げられ小脇に抱えられ、そのまま引きずられました。
ジャックさん、夜だというのにテンション高いです。
しかも話が見えません。
ジャックさんは晩御飯まだ食べてないのに帰るようです。
……アレ?
お土産って、……私のこと?
慌てて御主人様を見ましたが御主人様は無表情のまま、何も言いません。
私も何も言えません。
売らずに譲るのは予想外でした。
せめて先に一言教えて欲しかったと思わなくもないですが、ただのヒトに親切に教える義理もないし……。
まぁ売っても価格つくか微妙だから仕方ないし、市場は寒いのでそれはそれで…まぁ……今更、どうでもいい事です。
あー……サフとチェルには何も言ってないな。
二人ともテレビに夢中だから仕方ないか。…あ
「すみません、鍋に火をかけたままなので、ちょっと待って下さい」
ジャックさんの動きが止まり手を放されたので台所へ向かおうとしたら御主人様に無言でチョップ喰らいました。
ジャックさんは壁に縋りつきながらヒーヒー言ってます。
私はおでこを抱えてしゃがみこみました。
痛い。
「なんかもっと他に言うことないのか!なんか言え!馬鹿かっ」
尻尾の先でぺしぺし頭を叩かれつつ怒鳴られました。
尻尾の先だとあまり痛くは無いのですが、重いので長い事されると頭がくらくらします。
クッションで叩きあいをした状態、というのが近い表現です。
頭の上でひよこが回っています。
私の脳味噌も回っています。
何言ってんでしょうか、この御主人様。
意味不明です。
不意に胸元を掴まれ、引き寄せられました。
ずいぶん、顔が近いように感じます。
やっぱり犬歯というか、牙には毒があるのかなぁ……。
「オイ、鍋の火を気にする前に俺になんか言うことがあるだろう!言え!」
ぺしぺしが止まったのでやっと話せるようになったものの、頭に血が上らず視界がぼやけて見えます。
「しかし、オマエはもう喋るな、と」
霞む視界で御主人様の眉間に皺が寄るのを把握。
相当怒っているようです。
何故かわからないけど私のせい、……なんだろうなぁ。
御主人様が手を放して一言何か呟きましたが、良く聞こえませんでした。
「やべーキラちゃん超ウケる」
「キヨカです」
ジャックさんは笑いすぎて耳ひっくり返ってるし。内側ピンク。
あ、鍋忘れてた。鍋!
慌てて立ち上がったらそのままよろけて、更に爆笑されました。
床、冷たいです。
ジャックさんは床をバンバン叩いて悶えています。
2人にからかわれてた……という事なんでしょうか?
ウサギのセンスはよくわかりません。
でも視界の隅で御主人様もちょっと笑っていたので良しとします。
***
せっかく作ったトマト風味のごった煮スープがちょっと焦げてしまってブルーな気持ちです。
ジャックさんは肉や魚は固体じゃなければいいとの事なので、肉だけ除いて食べてもらっています。
色々リクエストしては批評してくれるので、楽です。
女体盛りといわれた時は、衛生上の理由で却下したのもいい思い出です。
御主人様曰く「居候」の雑種イヌのサフとスナネズミのチェルは成長期なので色々食べさせなくてはいけないのですが、何を作っても食欲優先で文句は出ないので楽です。
相応しい分量を作る以外は。
鍋を通常より持つ時間が多いので、腕力がついた気がします。
一方、御主人様は何を作っても何も言わずに食べます。
口に合わないのかもしれません。
私の調理レベルは中学校までなので、確かに低レベルです。
一応、魔洸調理器具の使い方は一通り知っているものの、不安が拭えません。
しかもレシピもないし、しょうゆも味噌もないし。
ラーメン食べたいなぁ…うどんも食べたい。わかめと豆腐の味噌汁も。カレーライスとか、お雑煮とか。
前は取り合えず食べられればいいだったのが、最近は欲が出ているようです。
……自戒しなくては。
「あの、何かリクエストありますか?作れるかわかりませんが」
御主人様はスープに沈んだ芋を潰したまま答えず。
味、気に食わなかったんでしょうか。
早く食べないと冷めますよ。
冷めたらもっと味が落ちると思いますが。
「はーいがっくんあーんっ」
すごく楽しそうに湯気を立てた肉をフォークで刺し、御主人様に勧めるジャックさん。
がっくんと言うのは、御主人様の愛称らしいです。
ガエスタルだからがっくん。
安直。
正直、呼びにくい名前なので無理もありませんが。
「自分で食え」
「じゃあサフわん、あーん」
「あーんっ」
ジャックさんは男性です。
サフも私より実年齢は高くとも子供ですが男性です。
まぁ、ウサギだから気にする方がおかしいのか…。
「あーちーもっちょーだいっ!」
チェルは小麦色の髪に砂色の耳と尻尾の小さな女の子です。
ネズミはヒトと同じくらいの寿命だそうなので、大体幼稚園児くらい。
そのわりに身体能力ハンパありませんが、思考や行動は大差ありません。見ていてちょっと面白い。
「キヨカったまねぎあげるっあーんっ」
さりげなく自分が嫌いなものを渡してくるあたり、本当に面白いです。
「チェル、それ残したら今度倍食べさすぞ」
御主人様が家主というより保護者というか、お父さんぽいのも面白いです。
言動だけ見ると兄弟のようなのに、御主人様が明らかに数段上なのが面白いというか。
しみじみそう思っていると、今度は私が睨まれました。
「お口に合いませんでしたか?」
恐る恐る訊ねると御主人様は首を振り、すっかり冷めたスープを一口。
「お前はもっと食え」
「あーキオちゃんはもっと食うべき。もっと脂肪つけて。肉食べて肉」
脂肪……。
今日の調理に使った肉の正体を私は知りません。
ただの赤身肉。
四足なのか、二本なのか、それとも羽があるのか……。
以前よく言われた脅し文句は、『牧場かそれとも…』
ヒトって希少らしいですが、それってどれくらいなんでしょうね。
最高級黒毛和牛とか、そういうレベルでしょうか。
音楽と美食に囲まれたメタボ生活なら諦めつくのかなぁ……。
「ところで獅子の国ではネコを食べるという噂ですが、他種はカニバリズム適用外なんでしょうか?」
「オレ、肉食わないからわかんなーい。別の意味では全種族食うけど。はいキヨちゃん、あーん」
ふと思った事を口に出したら御主人様に睨まれました。
ご飯中にする言葉ではありませんでしたね。反省。
トマト美味しいです。
「かにぼり?カニが食べるの?」
「ちーうになら食べたよ。砂漠で、おかあさんとおとうさんがいたとき」
「うに?」
「とげが生えてて、おいしい」
良く判らない会話を交わすお子様二人。
ジャックさんが砂漠でうに?とか呟くと御主人様が平然と頷いていたあたり、この世界はすごいなーとおもいました。
砂漠産うに 地底湖とかで海に繋がってるとか、そういうのなんでしょうね、きっと。
美味しいのかなぁ、砂漠産うに。
お寿司、食べたいなぁ……。