猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

IBYD03

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IBYD 第3話

 
 
「はぁ……」
 配膳してくれたメイドさんが厨房の奥に入ったことを確認してから、僕は小さくため息をついた。
 もう朝と呼ぶには遅い時間なのにも関わらず、テーブルの上ではトーストや目玉焼きが湯気を立てている。
 寝坊してしまったのにこうして朝ご飯を用意してもらえる僕は恵まれていると思うし、目の前に並ぶ料理は単純に美味しそうだ。でも……
「はぁ……」
 ゆうべの出来事を思い出すたびにため息がこぼれてしまう。
 僕、ご主人様と――イヌの国のお姫様と――しちゃった、んだよね……
 自分はとんでもないことをしでかしたんじゃないか?なんて、今さらのように思う。
 その上、それをサリクス様に知られてしまって……
 アズカ様のおかげでその場はなんとかしのげたけど、今度はアズカ様とお風呂場で……
 しかも、途中でのぼせてしまったせいで、最後の方はどうなったかよく覚えていない。
 もし、アズカ様に何か変なことしちゃってたら……どうしよう。
 考えれば考えるほど心配ごとが増えていく。
 またため息をつこうとして、無意識に空気を吸い込んだとき――
「ぽーちークン!!」
 何の前触れもなく、耳元で大声がした。
「ひゅわっ!?」
 驚いた僕は肺に溜めるはずだった空気をそのまま飲み下してしまう。
「あはは、びっくりしたー? ヘンな声出しちゃって、ホントにボクのこと気づいてなかったんだね!」
 まだどきどきしている胸を押さえて振り向くと、明るいブラウンの毛並みと人なつっこい笑顔が視界に入った。
「ふぃ、フィーエ様……?」
「早く食べないとご飯冷めちゃうよ、ぽちクン!」
 
「あの……フィーエ様はどうしてここに?」
 とりあえずトーストにジャムを塗りながら、僕は向かいの席に座ったフィーエ様に問いかけた。
「もー、またその呼び方する! 柄じゃないから様付けで呼ぶのはやめてって言ってるのにー」
 フィーエ様は不服そうに口を尖らせる。そしてテーブルの下で足をぶらぶらさせて、僕のすねを軽く蹴飛ばした。
「す、すみません。でも、副親衛隊長を務めている方を呼び捨てにする訳にも……」
 そう――この離宮において、フィーエ様はアズカ様に次いで高い地位にいる。
 身長は僕より頭ひとつ分ほども小さいけど、身分的には僕なんて足元にも及ばない。
「うー。だから、そういう堅っ苦しいのがヤなんだってば!」
「ですけど……アズカ様からも言われていますし……」
「フィーエ。あんまり少年を困らせちゃ駄目だよ」
 平行線を辿るばかりの会話は、厨房の奥から出てきたメイドさん――カルナさんによってさえぎられた。
「あ、カルナねーちゃん!」
 振り返ってその姿を確認するなり、いかにも嬉しそうにフィーエ様の耳がぴん、と跳ねる。
 そんなフィーエ様の反応を見て、カルナさんもくすりと微笑む。この二人はまるで姉妹みたいに仲がいい。
「彼はこう見えてずいぶん苦労人だから、色々と気を遣うことがあるんだよ」
 食事を載せたカートを押しながら、諭すようにカルナさんが言う。
「うーん、そっか……うん、じゃあぽちクンだけはボクのこと様付けで呼んでもいいよ!」
「あ……ありがとうございます」
 なんだか微妙におかしい気もしたけど、ここは素直に頷いておくことにした。
「うん。いい子だね、フィーエ」
 カルナさんに頭を撫でられて、フィーエ様はくすぐったそうに笑う。
 ……こう言うのは失礼かもしれないけど、とてもメイドと副親衛隊長のやりとりには見えない。
「ちなみに、少年の疑問の答えはこちら」
 脈絡なく、カルナさんがテーブルの脇まで押してきたカートを指し示した。
 そこに載っているのは、僕の目の前に並んでいるのと同じ料理たち……
「えっ、と……?」
「あーさーごーはーん! ボクも今朝、寝坊しちゃったんだよ」
 ちっとも後ろめたくなさそうな口調でフィーエ様が言った。
 
「――でも、珍しいですよね」
「ん? はひはー?」
 フィーエ様の返事はよく聞き取れない。口の中いっぱいに食べ物を詰め込んだその様子は、イヌと言うよりもリスみたいに見える。
「いえ、フィーエ様が寝坊するなんて珍しいな、って思って。朝には強そうなのに」
「ふぇー? ほんはほほはいほー?」
「そうなんですか?」
「と言うか、これでよく話の内容が分かるね、少年……」
 テーブルの横で待機していたカルナさんが、感心したような呆れたような声を漏らした。
「……んぐ。ボク、寝起きはすっっっごく悪いよー!」
 ようやく頬張っていたものを飲み込んだフィーエ様が、なぜか誇らしげに言う。
「ホントは十二時間くらい寝ないと調子出ないんだ。最近はアズカねーさまがいるからそんなに寝てられないけど」
「アズカ様がいるから……?」
「ほら、アズカねーさまってそういうことに厳しいでしょ?
 時間を過ぎてもボクが起きて来ないと、こらーっ!って部屋に乗り込んできて」
 ……あまり苦労せずにその場面を想像することができた。
「もう少し早起きならもっといい子なのにね、フィーエは。アズカ様も毎朝大変だ」
 フィーエ様のカップにお茶のおかわりを注ぎながら、カルナさんが苦笑する。
「……あれ? じゃあ、どうして今朝に限って……?」
「んー、なんでだろーね? ねーさま今日は妙にキゲンいいみたいだから、そのせいかも」
 上機嫌なアズカ様……こっちはちょっと想像しづらい。
 だけど、昨夜のことでアズカ様が怒ってるんじゃないかと心配していた僕にとってはいい報せだった。
「ん。ごち、そー、さまっ!」
 ぱんっ、と手の平を打ち鳴らす音に目を向けると、いつの間にかフィーエ様の前に並んでいた料理は影も形もなくなっている。
(いつもながら、食べるの早いなぁ……)
 先にテーブルについたのに、僕の分の朝ご飯はまだ半分近く残っていた。
「それじゃボクは食後のさんぽ……じゃなくて、パトロールに行ってくるから」
 言うが早いかフィーエ様が席を立つ。
「ぽちクン、カルナねーちゃん、またねー!」
 そしてこちらに手を振りながら駆け足で炊事場を後にする。僕とカルナさんも、小さく手を振り返してそれに応えた。
 
「ええっと、小麦粉、じゃがいも――」
 念のためにもう一度、カルナさんが書いてくれたメモと袋の中身を見比べてみる。
「……うん、買い忘れはない、と」
 紙切れをたたんでポケットに戻す。
 遅い朝食をとった後、僕はカルナさんにお使いを頼まれたのだった。
「召使い」という名目でお城に置いてもらってはいるけど……僕は大して役に立っていないと思う。
 メイドさんたちと違ってちゃんとした家事の訓練を受けているわけじゃないから、こういう雑用くらいしかこなせない。
 別に労働力として期待されてはいないんだろうけど、何もしないでいるのも居心地が悪くて、時々こうして仕事をもらっている。
「よいっ……しょ」
 両手を使って、ずっしり重い買い物袋を持ち上げる。
 この中にはお昼ご飯の材料にするものもあるって言ってたし、正午の鐘が鳴る前に離宮に戻らなくちゃ。
 そう思って、帰り道の第一歩を踏み出そうとしたとき――
 
「スキあり! おりゃ――っ!」
「ぽちおにーちゃん!」
「うわっ!?」
 いきなり腰のあたりに何かがぶつかってきた。それも、同時にふたつ。
「ウカツだぞぽちニィ! オトコはいつも背中を狙われてるんだぜっ!」
「おにーちゃん! あーそーぼ!」
「い、イアンに……メグちゃん?」
 振り返った先には、見知った顔の男の子と女の子。
「ここで会ったが百年目! ぽちニィ、今日こそジャスティスブルーとデモンズレッドの戦いに決着をつけるぜ!」
「なに言ってるのよー! おにーちゃんはメグたちとおままごとするのー! そんなコドモっぽい遊びしないもん、ねー?」
「え、いや、その」
「へん! ジャスティスブルーのカッコよさがわかんねー方がガキだぜ!」
「なによー、メグより年下のくせに!」
「ぐっ……う、うるせー! たった三ヶ月早く生まれたくらいでイバんなよな!」
「あの、二人ともちょっと落ち着いて……」
「ぽちニィ! こんなヤツほっといて行こうぜ! みんな秘密基地で待ってるし」
「おにーちゃん! おままごとがイヤだったら、お……お医者さんごっこでもいいよっ! ぽちおにーちゃんなら、メグ……」
 お互いの対抗意識がそうさせるのか、僕を自分の側に誘い込もうと一生懸命になる二人。
 両腕が左右にぐいぐいと引っ張られる。このままだとシャツの袖丈がすごいことになりそう。
「その……ごめん、二人とも」
 僕は買い物袋を置いてしゃがみ込み、目線の高さを合わせる。
「今日は僕、これからすぐお城に帰らないといけないんだ」
 朝寝坊した上に、お使いまでほったらかしにするのはさすがに気が引けた。
『えぇ~~~!?』
 二人の不満そうな声が綺麗に重なる。
 ううん……一緒に遊んであげたいのはやまやまなんだけど……
 
「ぽーちークン!!」
「なぁっ!?」
 いきなり僕の背中に何かがぶつかってきた。……と言うより、飛びつかれた。
 そのまま地面に倒れそうになったけど、なんとか手をついて体を支える。
「こんなところで会うなんてキグーだね!」
「ふぃ、フィーエ様!?」
「おつかい? なに買ったの? 今日のご飯はなーにかなっ♪」
 僕の背中におぶさってきたのは、つい先刻別れたイヌの少女。首を伸ばして肩越しに顔を寄せてくる。
「あの……フィーエ様。できたらもっと普通に……」
「あー、イアンにメグも! キグーだね!」
「おうっ、キグーだなフィーエ!」
「キグーだねフィーエおねーちゃん!」
 朗らかに挨拶を交わすフィーエ様とイアンとメグちゃん。……なんだか僕ひとりだけ仲間はずれみたいで、ちょっと切ない。
「ね、おねーちゃんもぽちおにーちゃんをセットクして? おにーちゃん、メグたちと遊んでくれないって言うの……」
「ジャスティスブルーから敵前逃亡するって言うんだぜ!?」
「えー!? ひどいよぽちクン! 遊んであげなよ! へるもんじゃなし」
 うう……事態がどんどんややこしくなっていく……
 
「僕だってそうしたいですけど……お使いを頼まれた以上は、ちゃんとお城まで届けないと」
 中身のぎっしり詰まった買い物袋を横目でうかがう。
 そんな僕の様子を見て、フィーエ様は「んー」と少し考えてから口を開いた。
「もう買うのはぜんぶ買ったんだよね? あとは持って帰るだけなんでしょ?」
「そうですけど……」
「なーんだ、じゃあ話はカンタン! それ、ボクがぽちクンの代わりに持って帰ってあげるよ!」
「ええっ!? そ、そんな訳にいきませんよ! もともと僕の仕事ですし、フィーエ様にこんな雑用……」
「だーまーれー!」
 楽しそうに笑いながら、僕の口の両端に指を突っ込んで引っ張る。
「い、いふぁいれふ! いきらりらりひゅるんれふかふぃーえふぁま!?」
「これは副親衛隊長命令! ぽちクンはみんなと遊んであげること、以上っ!」
 一方的に命令を告げると、フィーエ様は手を離して僕の背中から降りた。
 そして、ひと抱えもありそうな買い物袋を軽々と持ち上げる。
「フィーエ、すげー!」
「おねーちゃん、重くないの?」
「このくらい、ぜーんぜん、だよ! ボク力持ちだもん。それじゃ三人とも、ケンカしちゃダメだよー!」
「あ、ちょっと待っ――!」
 フィーエ様を追いかけようとした僕の背中に、今度はイアンとメグちゃんが取りすがった。
「さあぽちニィ! 用事もなくなったことだし、いよいよ正義と悪の戦いに決着をつけるときがきたぜ!」
「あのね、将来あったかい家庭をきずくためには、今のうちからケーケンをつんでおくことがとっても大切だと思うの!」
 ……こっちの問題はどうしたらいいんだろう……
 
 
「じゃーまたな、ぽちニィ!」
「ぽちおにーちゃん、ばいばーい!」
 お昼ご飯の時間になったから――と、同じ建物に帰っていくイアンとメグちゃん。
 小さな後ろ姿を見送りながら、僕はぽつりと呟く。
「なんだか……すごいストーリーになっちゃったなぁ……」
 ヒーローごっこと、おままごと。両方の希望を取り入れようとした結果、なんとも斬新なお話が出来上がってしまった。
「……まあ、イアンもメグちゃんも喜んでくれたみたいだったし、いいかな」
 無邪気な笑顔を思い出すと、僕の頬まで緩んでくる。早く離宮に戻ってフィーエ様にお礼を言わなくちゃ。
 回れ右をしてお城の方を向く。
 ……と、少し変化した眺めの中、僕はある人影に目を奪われた。
 
 黒い服を着た女の子。長い髪も、大きな跳ね耳も同じ黒。でも肌の色で黒曜種ではないと分かる。
 何より印象的なのは、右目をガーゼの眼帯で隠していることだった。左目は血の色のように鮮やかな赤。その瞳が、
(こっちを……見てる……?)
 そう気付いてしまうと、僕もなんとなく視線を外せなくなる。
 そのまましばらく見つめ合っていたけど、やがて彼女はふい、と視線を外し、踵を返して歩いて行ってしまった。
 
(何だったんだろう……? あの子、誰かに雰囲気が似てたような……)
「――こんなところで何をしている?」
「わぁっ!!」
 これで今日、不意打ちされるのは何回目だろう? 『男はいつも背中を狙われている』って本当かもしれない。
 足音も気配もなく、いつの間にか僕の背後に立っていたのは、生粋の黒曜種――アズカ様だった。
「また、あれらと一緒になって遊んでいたのか」
 そう言ってイアンたちが入っていった建物の方を見る。僕の返事を待たず、辺りの様子から状況を把握したらしい。
「すみません……」
 ばつの悪い思いに僕はうつむく。フィーエ様から提案してきたこととは言え、仕事を人任せにして遊んでいたのは確かだ。
「……謝る必要はない。考えようによってはそれも福祉活動の一環だ」
 その言葉を聞いて、僕は内心、急に声をかけられたときより驚いていた。叱られるとばかり思っていたのに……
 今日のアズカ様は本当に機嫌がいいのかもしれない。
「戦災孤児院――か」
 その建物をじっと見つめながら、ひとりごとのようにアズカ様が呟く。
「……みんな、いい子ですよ。つらい目にあってるのに、素直で……」
 
 ――イヌの国の北方、特に寒さの厳しい高地に、独自の文化を持つ「オオカミ」という先住種族が存在する。
 イヌとオオカミは互いを相容れないものと考え、さかんに交戦を繰り返してきた。
 イヌの国は軍事に秀でているが、広大な山岳地帯に点在するオオカミ族を制圧するには何度も遠征を重ねなければならない。
 そのため、まず世界で最も豊かな隣国・ネコの国を支配下に置き国力の充実をはかるべきだ、という意見もあるらしい。
 先日、独断専行でネコの国に向け軍を動かしたレガード左将軍はその急先鋒だったのだろう――
 
 そこまで考えて、僕はため息をついた。
「戦争は……嫌ですね」
 相手がオオカミであれ、ネコであれ、戦争が起これば多くの犠牲が出る。
 悲しい思いをする子供も、増える。
「争わずに、なんとかすることはできないんでしょうか……」
 僕の問いに答えは返ってこない。
「――帰るぞ。昼食の時間を過ぎている」
 それだけ言って、アズカ様は孤児院から顔をそむけ、お城の方へと歩き始めた。
 
 
 
 
 

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