猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

太陽と月と星06

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太陽と月と星がある 第六話

 


 寒さも和らいできた今日この頃。

 気温とともに脳味噌がヌルくなった人が増えてきました。 
 顕著な例としては、ノートと向き合う私の背後で謎の歌を歌いながら魔法陣の修繕をしている巨大垂耳黒ウサギです。
 本体もさることながら、今日は特に曲自体にダメな感じが漂っています。
 ナースがどうとか、愛がなんとか、とか。
 しかも妙に頭に残って、オブラートに包んで申し上げると不快です。
 さすがに本人には言いませんが…。
 最近私はジャックさんの医院へお邪魔し、手の空いた時に字を教えていただいています。
 ちょっとアレですが、お仕事中に私服でうろつくのもなんなのでウサ耳にナース服着用で…、故に患者さんからはナースさんと呼ばれます。
 当然実態は雑用係ですけど…というか免許もないのに看護婦したら犯罪です。
 …毛を切ったり(男性のほぼ大半は毛ですので注射や怪我の手当ては絶対に毛刈りが必要になるのです)容器を煮沸ぐらいは、セーフ…なのか、ちょっと微妙ですが。
 とりあえず…字のお礼と、言われませんがウサ耳代のつもりで取り合えず出来そうな事をしています。掃除とか、受付とか。
 ナース服で。
 
 …チェルとサフは褒めてくれたし、医療現場で働いてるには違いないし、…だからコスプレじゃないもん。
 けどウサ耳までつけた姿を鏡を見るたびにめげそうな気がするのは、絶対気のせい。
 エロ用コスじゃないもん、制服だもん。
 
 
「ジャックさん」
 意を決して話しかけたものの、あっさりと無視されました。
「ジャック先生」
 相変わらず奇妙な歌を熱唱する柄の悪い白衣黒ウサギ
 私が患者なら診察して欲しい医者ワーストワンです。
 お陰で予約はほとんど無く、いつも飛び込みか急患です。
 だからこうして診療時間内にもかかわらず勉強していられるわけですが…。
「…お゙に゙い゙ちゃん」
「なーに?」
 超笑顔です。顔キズエセピーター全面笑顔。怖いです。
「ここどう読むんでしょうか」
 私はノートの一文を指し訊ねました。
 やはり少し複雑な部分は辞書もない以上、翻訳に困ります。
「えーっとね、いやっそんなところはずかしいっはなこはよだれをたらすにくのかいを…すみませんでした。かぐわしいです」
 私はペンを握り直し続きにかかりました。
 どうでもいいのですが、顔擦り付けるのをやめてもらえないかなぁ…。
 ウサギ臭いと後でサフに怒られるの確定です。
 彼は最近すぐに怒ったり、妙に甘えてきたりで扱いが大変です。反抗期でしょうか。
 いえ、洗濯とか掃除とか手伝ってくれるのでとても助かっているのですが…。
 部屋に入る前はノックしろとか言うし…。
 足音でわかるからいいって前は言っていたのに…。
 ちょっと前まで甘噛みしてくる程お子様だったのに、少し寂しいです。
 ノートを読み返しながらつらつらとそんなことを考えていると軽い音が響きました。
 患者さんのようです。
 私は付け耳と服装をチェックし、営業スマイルを作って受付へと向かいました。
 
 
「注射をイッパツしてーこのカプセルを一日二回、三日ぐらいかにゃー」
 ジャックさんに指示された部分にそっと剃刀を滑らせ血管が見えるようにする。
 太い血管が透けて見える肌は白くて柔らかそう。
 大きな耳は半分たれ、大きな目も不安そうなパピヨンぽい患者さんがこちらを見ていたので「ジャックさんの腕は確かです」という意味の表情を向けると腕の力がちょっと抜けました。
 でも残念ながら人…兎格は保証の限りではありません…。
 この患者さんは神経性の脱毛症。
 イヌなのに異国であるネコの国に住んでいるというストレスに加え、職場も色々大変らしく、綺麗な毛並みに所々大きなハゲが目立ちます。
 ハゲ治すのに更に毛を剃ったら余計ストレス増えるんじゃないだろうか…。
 ジャックさんは私の目線を気にした様子も無く、消毒すると注射器を手に取りました。
「はいじゃーブスっといこうか。ハイ、彼女の手を持ってー」
 私はいつものよう患者さんの手をそっと包むと、患者さんがおちつかなそうに尻尾を振ってこちらも見つめてきました。
 不安と緊張を感じているのか、毛のない部分の肌がほんのり赤くなっています。
「じゃあ、今度は軽く握ってあげてねー」 
 あちらがこちらの様子を伺いつつ手に力を込めると血管が肌から僅かに浮き上がり、そこへジャックさんが注射の針をそっと差し込みました。
 正直、手を握らなくても、何か掴んで貰えば十分だと思うのですがジャックさん的に譲れないそうです。
 理解不能です。
「はいおわりー一週間経っても毛が生えなかったらまた来てにゃーん♪」
 もし治らなかったら、他の病院にかかる様な気がします。
 だって、明らかに胡散臭いし…ヤブじゃないけど、ヤブっぽいし…。
 患者さんは空中に視線を彷徨わすと、ぺこりと頭を下げ、ありがとうございました。と小さく言ってくれました。
「お大事になさってくださいね」
 パピヨンぽいとはいえ、成人男性だと私よりも少し背が高い。
 目線の先のネクタイが曲がっていたので断ってから直すと手を握られました。
 目がウルウルしています。
 この人が女性なら男性は一発で落せそうです。
「ルフイアさん、どうかなさいましたか?」
 私が訊ねると、患者さんは手に力を込め
「あの!よかったら今度の休みに」
「ハイお大事にー本日のお支払いは後日請求書回しまーす。持ち合わせがないなら体で返してねー」
 なにか言いかけた患者さんの襟首を掴み診療室から出て行くジャックさん。
 ちなみに体で返すとは、ウサギ的な意味ではなく物理的に身を素材として売り払うという意味です。
 毛とか、角とか爪とか…衣類とか…それ以外とか…ターゲット次第で価格が変動するそうです。
 
 深い事は…世界に名を馳せる商売上手なネコの国でエンジョイしているウサギという時点でお察し下さい。
 ヒントはこの診療所、賃貸じゃないという事です。
 上の階は全部賃貸だそうです。
 そして上の住民はジャックさんに全員基本敬語です。
 そして対面すると直立不動で尻尾が膨らんでいます。背中の毛も逆立っています。特に月末とか。
 
 医者って…本当に儲かるんですね…。

 
 
「ただい・・・?」
 時は夕刻。
 診療時間が終わる前にジャックさんの所を失礼し、買い物をしてから帰宅すると奥に人の気配がしました。
 サフやチェルだったら騒がしいのですぐわかるのですが、そういう感じではなく…泥棒でしょうか。
 そっと買い物袋を下ろし、傘立てから傘を抜き握り締め靴を脱いで足音をさせないように近づくと…あー…いかつい蛇男性いわゆるリザードマン的な人がこちらに背を向けて台所で何かしています。
 通称オティスさんです。
 先日私がジャックさんの所で拉致監…もとい保護されている最中、謎の質問をしたりしたアレです。
 念の為にじっくりと観察してみます。  
 ごつごつした鱗、触りたくなる尻尾。
 妙な言動、興奮すると鬱金色になる瞳…天文学的な確率で他人という可能性もありますが恐らく…。
 指の形まではさすがに変らないし…手フェチですから、手の形にはうるさいです。私。
 バレたくないならば接触を避ければいいのにわざわざ買い物中に話掛けてきたり、ジャックさんの所へお昼御飯に来たり…隠す気あるのかと…
 ま、まぁ…天は二物を与えずともいいます。
 許容範囲内です。
 御主人様に対して許容もクソもありませんけど…強いて言うならあば…なんでもないです。忘れて下さい。
 ただ問題がありまして、気がついていないフリを通すなら、オティスさんと話しているのはジャックさんの妹設定中の私…
 えーと、御主人様がトカゲ男なオティスさんを振舞う時は、私もジャックさんの妹的な黒垂耳ウサギとして対応をしなくてはいけな…いのかな、どうなんだろう…
 自分でもどうすればいいのかわからないし、ほかの人に聞く訳にもいかないと思うので…基本的には御主人様じゃないっぽく対応するだけですが…。
 御主人様の方もなんか…ヒトじゃなくて、人の女性に対するみたいに振舞うし…何が面白いのかわかりませんけど…
 なんかそういうプレイの一環なのかな…凄い特殊ですけど…本気で何がしたいのかわからないのですが…
 焦る私を裏で笑う程、御主人様は性格悪くないはずだし…
 もしかしたら何かの呪いで、正体がバレると鉄装備で三年旅とか、あざみで服を作る的な難問が発生すると困るので気がついてない事にしてるけど…。
 よく考えれば、あの尻尾で長距離移動は無理だし、御主人様のボス的美少年な容姿では異種族でもナンパされて大変なことになるのでオティスさん的じゃないと生活に支障があるのでしょうが…。
 正直、考え過ぎかもしれませんけど…
 普通に便利なだけなら隠す必要ないですからね。
 そんなわけで演技力強化月間鋭意実施中です。道化でも頑張れ私。
 
 ちょっと疲労感を感じつつそのまま後ずさりし、心の中で祈りながら音がしないように玄関の扉を開き、強く音を出しながら閉め
「ただいまかえりましたーあれー誰もいないのかなーあーもー荷物おもーいっサフーチェルー誰かいませんかー?」
 白々しいと思いつつ、玄関先でごそごそやって時間を稼ぎます。
 奥の方では何か慌てているらしい物音…早くして下さい。
 アドリブ苦手なんですから。
「もしかして泥棒ですかー?ここの家主さんは温和だからおとなしく出て行けば許してもらえますよー両手を頭の後ろに回してゆっくりと出てきて下さいー」
「誰が泥棒だ」
「あ、御主人様お帰りなさいませ。遅くなってしまい、申し訳ありません」
 姿を現した御主人様の服装が若干乱れています。
 眉間に皺を寄せているのはいつもの事ですが、僅かに垣間見えるうろたえた様子とか…いつもの傲然とした様子とは違う姿を見ると…
 全力で救心が目の前に落ちて来る事を祈りつつ、いつものように平静を装います。
「今日はお魚なんですが、フライにしてもよろしいでしょうか?」
 本当は白い御飯に焼き魚にしたい所ですが…。
 買い物袋を持ち上げて魚を指すと、御主人様が妙な雰囲気になりました。
「ああ…その件だが…」
 なにやら言い難そうな御主人様。
 フライが嫌いと言ってなかったと思うんだけど…
 …あ、わかりました。ピンときました。
 暖かくなれば、今までは寒さのため控えていた夜行動が増えるのも当然です。
「余所で召し上がるんですね。ではお気をつけて!」
 もしジャックさんと呑みに行くとかならジャックさんも言ってただろうから…デートか、夜のお店か…御主人様も成人男性です。
 そんな事とっくに想定済みです。
 想定済みだから別に動揺なんかしてません。
 相手の人は蛇だろうかとか、もしも夜のお店で相手がうっかりヒトだったらどうしようとか、…別に気にしてません。
 娼館だったら…正直ここに手軽なのが居ますよーとか…思わなくも…でも買った方がマシなのかな…
 や、でも私がいればお子様二人だけで留守番させずにすむんですから…私、役に立ってます。大丈夫。大丈夫。
 所で何故おでこが痛いのでしょうか。
「オマエの思考が本当にわからん」
 何故怒るんでしょう?
 襟首を掴まれ、引き摺られた先で私が見たものは…未完成の晩御飯。
 下準備されたお肉とか、サラダらしき材料とか。
「彼女様手料理中ですか!?」
 うう、右ほっぺた痛い…。
 よく考えればオティスさんな状態で居たわけですから、御主人様がやったに決まっているのですが…。
 見慣れない風景にうっかり動揺しました。
 いや、彼女様と御対面の危機が避けられちょっと安心なんか、いや、それは置いといて、
 まず御主人様が今まで包丁持っている所見たことないわけですし…飲み込み悪くても許していただけないかな、と。
 御主人様は私の頬から手を離すとスープ鍋を顎で示しました。
「今日は俺が早かったからな…なんだその目は、文句あるのか」
「いえ…」
 これからはジャックさんの所、行くのやめた方がいいみたいですね。
 字を教えて貰いに行って、遅くなって御主人様に御迷惑をお掛けする訳には行きません。
 あ、でももっと早く失礼できないか聞いて…でもそれはジャックさんの予定もあるし御迷惑かな?
 どうしよう…
「お手を煩わしてしまい、申し訳ありませんでした。明日からはこのような事が無いように致します」
 最低限は教えて貰えたから、後は独学で何とかしてみよう。
 私の我侭で御主人様に迷惑掛けるわけにはいきません。
 ジャックさんには申し訳ないけど…そもそもあんまり役に立ってないから大丈夫…だと思う。
 けどウサ耳のお礼は、どうやって返そう。
 所で左のほっぺたまで痛いのは何故でしょうか。
「よく伸びるな」
 ほっぺたを引っ張るだけでは飽き足らず、ヘッドロックでこめかみまでぐりぐりしてきました。
 新技です。
 痛いです。
 別に密着感が気になったりはしてません。
 正直この体勢はじゃお仕置きじゃなくてごほ…なんでもありません。
「少しは反省したか」
「してます」
 御主人様は私を見て眉間に皺を寄せ、腕を放しました。
「なら言うことがあるだろう」
「御迷惑をおかけして…っ」
 怒ってます。尻尾が床を叩いています。
 どうすれば許してもらえるんだろう…土下座は…禁止だし…。
 俯くと床に陶器の破片が目に入ります。
 サフとチェルが家事を手伝ってくれるようになってから食器の破損率が急上昇しました。
 お陰でいまや半分以上食器が木製になりましたが、…御主人様は何も言いません。
 でもそもそも、私が全部すれば壊さなくて済むわけで…。
 不意に、御主人様が深く溜息をつきました。
 思わず緊張が表に出てしまったのは、許して欲しい。
「俺には家事をする権利も無いのか?」
 不思議な言い方です。
 御主人様は溜息をもう一度つき、包丁を握りました。
 恐ろしい事に刃物を持つ姿が様になっています。
 …まぁ、御主人様は美少年ですから、何でも似合います。
 剣とか、もしかして使えるのかな、超絶似合いそうなんですけど…立ち回りは苦手かもしれないけど…。
 台所を動き回るのに、尻尾が邪魔そう…ああ、だから…。
 私が動けずに立ち竦んでいると、御主人様が本日最大の溜息を吐きました。
 ちらりとこちらを見る表情は、なんというか…固い物を丸呑みしてしまったような…進退に窮したような…
「たまには辛いものと熱くないのが食いたいから自分で作るんだ。文句あるか」
「やっぱりいつも我慢されてたんですね…」
 ぺちっと尻尾で叩かれました。
「た ま に は 辛いの と 熱くないのが 食べたいんだ。いいか、たまにはだぞ。いつもはアレで十分なんだ」
 確かに、お子様二人が居るという事もあり、少ないレパートリーから暖かくて刺激の少ない料理を作ってはいました。
「大体、なんであんな熱いのを食えるんだ。火傷するじゃないか」
 猫舌…なんだ…。
 御主人様は苛立ったように尻尾の先だけを小さく揺らしています。
「もっと早くいって下されば良かったのに」
 思わず呟いた一言を咎めもせず、御主人様は眉間に皺を寄せ、私の頬を一瞬撫でました。
 驚いて目を見張ると、…ひどく気まずそうな表情です。
「作ってもらう立場で言うことじゃないだろう」
 御主人様の体温はひんやりしてるので多分平温です。脈も乱れていません。あとは…
「大丈夫ですか?どこか具合悪いところありませんか?気分は?」
「はったおすぞ」
 肩を掴まれて目の前でシャァっと小さく威嚇されました。
 ち、近いです!
「だッ わ私なんかお気遣い頂く必要は無いのにっ」
 し、しまった腰が引けます。平常心、平常心。
 肩を掴んでいた手が離されました。
「なんか は、禁止だろうが。ペナルティだ。大人しく晩飯待ってろ。こっちを絶対に覗くなよ」
 御主人様が憮然とした表情で命令されたので、私は一礼して後ろへ下がりました。
 鶴の恩返しじゃないんですから…見ないフリは大得意です。
「キヨカ」
 振り返ると御主人様の尻尾の先がゆらゆらと揺れていました。
「ジャックの所、行くのやめるなよ」
 こちらを向いた御主人様は、なんというか…困った事にいつもどおり非常に美形です。
 急に名前を呼ばれると心臓がおかしくなります。困ります。
「当たったな。バカめ。ガキ」
「子供じゃないです」
 一応訂正すると鼻で笑われました。しかも異様に満足げです。
 何なんでしょう、急に。
「そうやって要らない気を回してるから子供なんだ」
「で、でも今日みたいに遅くなりますから…もうお邪魔するのやめようかと」
 何故叩くんですか…。痛くないけど。
「オマエ評判いいぞ。丁寧で親切だそうだ。ど素人のくせにえらいじゃないか」
 一瞬、意味がわからず首を捻って、気がつきました。
 …普通に褒められた。
 うわ…。
「そういう事だから、やめたら俺が恨まれるからな」
 包丁振りながら言うのはどうでしょうか、御主人様。
「あの、けど晩御飯が…」
「今まで通りだ。でなきゃ買うとか…俺も作るし…、色々あるだろガキめ」
 それ以上言う気がないようなので、私は御主人様の背中に一礼して台所を出ました。
 最近、御主人様が多弁です。
 しかも何だか…なんか…変すぎて、うっかり我侭を言いそうになる自分が怖い。
 
   

 洗濯物を畳んでいると泥だらけで帰ってきたチェルに妙な顔で見られました。
「今日、キヨカのごはんじゃないの?」
 痛い所をつきます。
「今日は、遅くなったので…私じゃなくて…」
 尻尾も泥だらけです。これは洗わないと凄いことになりそう…。
 …すでになってました。後で掃除確定です。
「チェル、お風呂入りましょうか」
 
「ジャックねーがっくんのごはんきらいなんだよ。からいから」
 子供の髪は細くて絹のようです。
 丁寧に泡を立てて耳の後ろの汚れやすい所も洗ってついでに体も。
 尻尾は嫌がるので軽く洗うだけっと。
「お湯流すから、目つぶって…チェルは辛いの好き?」
「スキー!でもキヨカのあまいのもすき…めにはいったぁ…」
 泡とともに泥が流れ落ち、濡れた半月型の耳がパタパタと動きました。
 ちょっと髪の毛を上げて、顔を洗うと目が赤くなってます。
 他人の体を洗うというのは難しいものがあります。
 大人なら楽なんですけどね。毛が無ければ。
「サフもねーかえるきらいだからやなんだって。おいしいのに」
 一瞬、嫌な単語を聞いた気が…リンスを髪に馴染ませながらチェルの様子を確認。
 子供らしくぷにぷにした肌がほんのり赤く染まってます。
 今日は外でたっぷり遊んだみたいだし、早く寝かせてあげよう。
「カエルって?」
「かえる。キヨカかえるしらないの?」
 知ってます。多分。髪の毛をごしごししながら記憶のおさらい。
 えーっと、こちらでカエルって… ぺたぺた早漏はカエルじゃありません。
 アレは違う何か。
 知らない。あんなの知らない。
「赤くて、大きいよ。これくらい」
 示された大きさはどう考えてもチキンサイズ。
 やった!どう考えても名前違いの別生物です!!
 心の中で歓声を上げつつ、仕上げにお湯を掛けタオルでざっと拭く。
 お湯に浸かるのは嫌いらしいので、本日はこれで終了。
「はい、おわり」
 晩御飯がちょっと楽しみになってきました。
 
 
「凄い、美味しそうですね。器用なんですね、凄いー」
「最初からそう言えばいいんだ」
 出来上がった料理の感想を述べると、御主人様が意味不明な一言。
 気のせいか顔が嬉しそうです。
 テーブルの上には大きな味付け肉に香辛料たっぷりのサラダ、マカロニみたいなのが浮いた半透明のスープ。
「見た目はねーすごいよねーでも見た目だけだよねー今日楽しみにしてたのになー…」
「また辛そう…」
 否定的なのはジャックさんとサフです。
 二人とも目が死んでます。
 サフの尻尾は垂れ下がり、全体からガッカリ感が漂っています。
「キヨカのがよかった…」
「キヨちゃんのも時々意表つくけど、少なくとも辛くないもんね…」
 あ、そういう風に思われてたんだ。
 ジャックさんとサフは辛くなさそうな部分を選んでサラダとスープを大盛りにしています。
「ならジャックさんが作って下さいよ。この前のスープとか」
「オレのは女限定だもん」
 うわ、最低。
 御主人様は誹謗をそ知らぬ顔で流し、食事を始めました。
 私も習って手を伸ばします。
 まずは疑惑のカエル肉です。白身で見た感じは鶏肉にしか見えません。
 ちょっと一口。思ったより固めです。
「あの、この…カエルってどんな動物ですか?鳥?」
 味は淡白で歯ごたえのいい筋肉質、香辛料が効いています。
 確かに子供には辛口です。
 うっかり胡椒の塊を齧ってしまい、ちょっと涙目。
「水辺に住む両生類、長い舌で虫を捕らえる。これは食用…どうした」
「ちょっと胡椒が…」
 サフが遠い目をしています。
 ジャックさんはトマトをかじっています。
 チェルは肉を美味しそうに齧っています。
 御主人様は……期待に満ちた目でこちらを見ています。
「緑色じゃなくて、ゲコゲコ鳴かないんですよね?」
「緑のもいるが、これは赤と黄色のヤツだな。皮が有毒だが、その分、身が旨いだろう。鳴き声は…牛に似てるな」
 凄く詳しいです。
 お陰でリアルな生前の姿が脳裏にはっきりと想像できます。
 
「これ、美味しいのですが私には胡椒がキツイようなので…少し減らしても?」
「じゃあこっちをやろう」
 御主人様が凄く上機嫌で自分のお皿から分けてくれました。
 さっきよりも確実に増えています…この長いのはもしや…舌?
「やぁ…こちらも胡椒が効いてますね…うふふ」
 
 私の御主人様はヘビです。
 ヘビな体温に反比例な暖かい心の持ち主です。

「オマエもカエルが好きで良かった」
 ヘビだから当然、カエルも好きなようです。
 

「今度はフライにしような」
 時々、御主人様の言動に枯れたはずの涙が出そうになります。
 
 
 うわぁ…水掻きもちゃんと残ってるぅ…。

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