太陽と月と星がある 第七話
「ホワイトデーとは、バレンタインデーのお返しをする日です」
私の言葉をガン無視し、御主人様は手酌でお酒をのみまくっています。
この呑んだくれ。
心の中でぼやいても伝わるはずもなく、もう一度言ってみます。
「バレンタインデーのお返しする日ですよ」
「空だぞ」
無視ですか。
大切な事だから二度言ったのに。
御主人様はヘビのマダラ?です。下半身は蛇ですが。
ごつくてカッコイイ鱗のいかつくて長い尻尾をお持ちで、十代後半位の幼さが残る整った顔に暗褐色の瞳。
ターバンを巻いて黙っている姿は、遺跡とかにある彫刻を連想させます。
いや、こんなのはどうでもいい。
とにかく、御主人様はマダラだから多分もてる。
あえて言わないけど、もててるに違いない。
バレンタインデーは渋面で無言だったから、閉口するほどプレゼントを貰ったに違いない。
と、私は確信していました。
「ちゃんとお返ししないと、相手に悪いですよ」
睨まれた。
思わず腰が引けたけど、ここで負けてはいけない、と自分に言い聞かせます。
今の御主人様は凄くいいヘビです。
こんなんで世間を渡っていけているのか、と不安になるほどです。
ですが時々常識的な部分が抜けているようなので、そこをフォローするのが自分の務め…だと思っています。
ペット的に。役に立つかどうかは別として。
「たとえ義理でも、お返しするのが筋だと思いませんか?」
「早くお代わり」
「呑み過ぎです」
脂肪肝になったらどうする気なんだろ。
まだ若いのに。
せっかくの腹筋が緩んだらどうするんだか。
どう説得しようか悩む私に無表情で御主人様が肩を近づけてきました。
「オマエは」
この御主人様、顔が鱗でも毛むくじゃらでもないのに妙に表情が読めません。
眉間に皺がよってるから怒ってるというのはわかりますが。
整った顔というのも不便な点があるものらしいです、つーか近いです。
吐息が掛かりそうなのでなんとなく身を引きました。
ええ、…なんとなく。
「誰かにやったのか?」
何言ってるのか一瞬わからなくて考えてしまった。
「チョコならジャックさんとサフと商店街の(以下略)にあげました」
御主人様が無言になってしまいました。
心なしか先ほどより視線が冷たくなっているようです。
…何がいけなかったのか。
「ジャックさんとサフは欲しいと言われたのであげました。
商店街の(以下略)さん達は買い物に行くと良くおまけをしてくれるのでお礼を込めてです。バレンタインですから」
御主人様は何故か頭を抱えています。
非の打ち所の無い説明だと思うのですが、いったい何が問題だったんでしょうか?
「俺は貰ってないぞ」
「欲しかったんですか?」
そう返すと、凄い目で睨まれました。
怒ると目が金色になりますよね。御主人様。
「どうして俺だけ、人には義理だなんだと散々言って、俺は八百屋の店主以下か!?」
「でも私ヒトですよ?商店街の(以下略)さん方は私の事ウサギだと思ってるので気楽に受け取ってくれましたが」
私は買い物に行く時は付け耳着用していますので、それなりに知り合いやら世間やらというものができました。
しかし、ヒトはモノと同じ。落ちてから、散々仕込まれた事です。
御主人様は私がヒトだと当然知っているわけで…ですのでモノに貰っても嬉しくないと思いますが。
ふと、腐っても鯛とか、枯れ木も木の賑わいという格言を思い出しましたけど。
ちなみにサフは子供だし、ジャックさんはアレなので別格です。
御主人様といえば、再び無言になってしまいました。
眉間に皺が寄っています。
冷血美少年が台無しです。
どうにかしなくては…。
「もしそういうのに興味があるのでしたら、今更ですがチョコプレイとかしますか?
どっちに塗りますか?アレ結構熱いですけど大丈夫ですか?鱗火傷しませんか?」
無言で頭突きされました。
痛い。
そのあと苦労して購入した貴重な小豆を使って作成した汁粉を進呈するまで、御主人様は口を利いてくれませんでした。
意味不明です。