猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

太陽と月と星11

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匿名ユーザー

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太陽と月と星がある 第十一話

 
 気温も高くなり、抜け毛の舞う季節……

 今日も私はエセナースとしてジャックさんのところにお邪魔しています。
「ここ、なんて読むんですか?」
「ネコ風邪の罹患率…つか、なんでこんなの読んでるの?」
「…少しは役に立つかな、と思いまして……余計でしたか」
 背後から抱きしめられ、ナース服にべったりと黒い毛が…サフに比べればマシですが…。
 家庭の医学を閉じ、毛を摘んでいると軽い音。
 患者さんかと思って見ていると、入ってきたのは御主人様トカゲバージョン…もといオティスさんでした。
 やけに緊迫した空気を纏っていましたが、私の方を見ると僅かに肩を緩め…眉間に皺を寄せ、懐からスリッパを取り出しました。
 ……スリッパ?

「オマエは営業時間中に何してるんだ!」
 スリッパでも結構威力があり、おかげであやうく付け耳が取れる所でした…。
 患者さんが居なくて良かった…。
 ジャックさんのこめかみをぐりぐりしつつ、目線がこちらにむきます。
「そっちもおとなしく膝に乗ってるんじゃない」
 何故怒るんでしょうか……。
「ジャック…兄さんが、ウサギなら膝が空いてたら上に座るのが礼儀だと……」
「信じるなー!」
 ジャックさんがポイ捨てされ、私は襟首を掴まれ、がくがくと揺すられました。
 最近知ったのですが、普通こちらの姿の方が表情が乏しく見えると思うのですが、御主人様はこっちの方がユカ…リアクションが大きいのです。
 ゆえに何を考えているのか、わかりやすくて楽です。
 普段はあんなに怖そうな雰囲気なのに…御主人様がさっぱり理解できません。
「いいか、コイツの言う事は八割嘘だから、信じるな」
 吐息が掛かる距離まで顔を寄せ真剣な声色で囁かれ、ちょっと心臓が高鳴りました。
 なにせ顔は鱗なヘビですが、中身も口調も手も鱗も模様も瞳も御主人様ですから。
 なんとなく視線を落とすと、足元で大きなこぶを作ったジャックさんが頭を抱えてぐにゃぐにゃと蠢いていました。
 床で悶えられると白衣が汚れます…洗うの私なのに……。
「オニーサマ、私の無知に付け込んでそういう事するなら…今度からお金取りますよ」
「え?お金出せばヤらせてくれるってこと?」
 頭を抑えていた手を離し、キラキラした眼を向けてきたジャックさんに横手から蹴りが襲いました。
 ガッツンガッツンいっています。
 …相場、幾らぐらいなんだろう、イヌの国よりこちらの方が物価が高いみたいだし…あ、そもそも一晩幾らだったのか知らないや。
「私、一晩幾らぐらいだと思いますか?」
 取りあえず私の持ち主にそう尋ねると、悶える黒芋虫状態のジャックさんに更に連打を加えようとしていた動きを止め、無言でチョップされました。
 い、痛い…。
 その隙にジャックさんは床を転がり私の足元へ逃げてきました。
 そして、首を僅かに曲げ、おもむろに口を開き…
「ブルーの水玉~」
 私は椅子で黒芋虫を潰そうとしたのですが、十数回程振り下ろしたあたりで止められました。
 残念です。
  

 ***
 
「それで、狐の雑貨屋さんは自分の所でお惣菜も作って売っているんですよー」
 周囲を気にしながら頷く…御主人様…今の呼び方はオティスさん。
 片手には脱け毛と血で汚れた白衣とナース服の入った袋とカバンを提げています。
 反対側の手は何故か私の手首を掴んでいます。
 毎度の事ながら…迷子になるとでも思っているのでしょうか。
 しかも二人のときは人通りのない裏道を通ることが多いです。謎です。
 付け耳付け尻尾とはいえ、首輪無しのヒトが街中を歩くわけにはいかないから…かなぁ…。
 …買い物の為に毎日のようにひとりで外出はしているのですが…もっと危機感持つべきかも、もしヒトだとバレて強盗とか来たらチェルとか心配だし……。
 ……何故ほっぺたが引っ張られているんでしょうか。
「タイヤキ食べるか」
 顔、近いです。
 ちらちら覗く細い舌が気になります。
「いえ、結構です」
 御主人様猫舌なのに…何で急にタイヤキ……。
「あら、デート?」
 振り返ると陽気そうなチャトラなネコ中年女性がいました。八百屋の奥さんです。
「こんにちはフューリーさん、いつもチェルがお世話になっています」
 フューリーさんは全体的にふっくらとし、貫禄を感じます。

 お子さんが数人いるという事で、当然なんでしょうが。
 …そして眼を輝かせています。好奇心、旺盛ですよね、ネコだし。
 御主人様を見上げてみれば…虚ろな眼をして舌をひらひらさせています。
 今までこういう風に二人で居る所を問われたこと、ありませんでしたもんね。
「いえ、これは偶然……荷物を持ってくれるただの親切さんです」
 フューリーさんは目だけで笑いました。
 笑うと年齢を感じさせない魅力的な表情になります。チェルが懐くのも無理はありません。
「いつもおせわになっています」
 御主人無難な返答ですが棒読みです!
「あの、すみませんちょっと急ぐもので」
 失礼だとは思いつつ頭を下げて道を急ぎ角を曲がったところで、御主…オティスさんのが脱力するのがわかりました。
 見上げると表情が暗いです。
 いえ鱗顔だから全然変わらない気がするのですが、どうも…雰囲気が重いです。
「知人の方が良かったですか?」
 一応…ジャックさんの知人という事になってるんですよね。
 私だけがオティスさん=御主人様だと気がついていないフリをする必要があるようなんですが……。
 大体……最初に御主人様が自分だって言ってくれれば…そりゃ、ちょっと判りませんでしたけど…ジャックさんは間違った名前しか言っていないのに、私の名前を知っている時点でピンポイントなのに。一人だけハブです。

 からかってるつもりなのかもしれません。
 どう対応すればいいのかわからないし、相談も出来ないし。
 だからこう行き当たりばったりな発言になるんですけど。
 隣を見上げると、…何故か隣の凶悪そうなヘビ男性からブルーな雰囲気が醸し出されています。
 冷血美青…美少年な時には絶対に見られないであろう雰囲気です。
 そんな風にされたら、無駄と判っていても何とかしたくなる自分が居ます……馬鹿みたい。
「アメ食べますか?」
 ポケットからジャックさんに貰ったアメを取り出し、憂鬱そうな口元へ差し出すと指ごと食べられました。
 指を引っ張り出しハンカチで拭ったものの…御主人様、相当重症なようです。
 どうしたものか……。
「そういえば、お箸使えますか?」
「獅子料理とか、スシで使うな」
 これは有望です。たしか獅子料理は中華なカンジだったと思います。
「何で笑うんだ」
「今日は稲荷寿司と冷奴にしようかと」
 冷奴に稲荷寿司なら猫舌な御主人様もベジタリアンなジャックさんでもおいしく食べられます。
 チェルとサフが嫌がらないといいんだけど…そんなにクセがあるわけじゃないから多分、大丈夫。
「ウチの人が喜んで貰えるかなーと思いまして」
 複雑そうな表情な御主人…じゃなかったオティスさん。
 危ない危な……
「キヨカーっ」
 …最近、タックルされるのに慣れてきました。
 でも口の中まで舐めるのはヤメテ。生臭い…毛が、毛で息ができない。
「あー!がっくんアメずるーい!」
「こら裏道は危ないから使うなって言っただろうが!」
「だって、ふーちゃんちのオバさんがキヨカがいたってゆーからー」
 しかし……どうしようかな、御主人様次第…なんだけど。

 しらばっくれるのも、ここまでです。御主人様。
 あ、意識が遠くなってきました。
 

 *** 
 
「ぴっすたちおーくりーねぇキヨカはどっちがいい?」
「カボチャ」
 大きなこぶを作ったサフと手をつなぎチェルの選んだ商品を受け取り、サフのもつ籠の中へ。
 二人の好きな飲み物などが入っているので相当重いと思うのですが、あまり苦にした様子はありません。
 荷物持ちが居てくれると、買い物って本当に楽です。
「ねぇキヨカ、がっくんといつもああやって帰り一緒に居るの?よくニオイついてたけど、そういうことだよね」
 ……目が厳しいです。
 原因である御主人様は隣の酒屋さんでお酒を物色しているはず…。
「ねぇ、キヨカ。何で黙るの?」
「サフもチェルも好き嫌いが多いから、手伝って貰ってたんですよ。あ、アメもらったんで後でね」
「あじなに?ちーね、イチゴがいいな」
「アフア果汁入り……」
「アレ臭いよ。嫌い」
 アフアというのは一言で表すとドリアン系ココナッツです。
 味はバナナとリンゴを混ぜた風で栄養価も高く、こちらでは割と好まれていますが…ヒト限定で嫌な効果があります。
 そしてニオイが異様に生臭いのです。もどしそうになります。
 ジャックさんいわく、ウサギの国では高値で取引されているとか。
 北国なだけに南に対する憧れ的なものもあるのかもしれません。
「キヨカは?」
「アレルギーだから」
 嘘です。でも似たようなものです。
 何故か不満げなサフの鼻の頭を掻いてあげると抜け毛が浮いてきました。
「チェル、そこの櫛とガムテープも」
 何でもそろう雑貨屋さん。便利です。
 
 チェルはアメで頬を膨らませ非常にご機嫌です。
 御主人様に肩車され、似てはいないけど親子そのものにみえます。
 絹糸の様な髪の毛が夕日に反射してきらきらとひかり、明るい瞳に目が吸い寄せられます。
「チェルって、将来絶対美人になりますよね、どうします?お嬢さんを僕に下さいっていう人が来たら」
「くだらない」
「無い、絶対無い。昨日もおねしょしたし」
 御主人様、チェルにがしがしと蹴られていますが全く意にした様子はありません。
「サフがこわいはなしするからじゃん!」
「聞きたいって言ったのそっちじゃん」
 睨みあうネズミ幼女とショタわんこ。
 非常に微笑ましい光景です。
 しかし私を間に挟んでやるのはやめて欲しい……。
 御主人様の掴む手首は痛いし、サフに腕ごと引き抜かれそうでドキドキです。
 気持ちはまさに連行される宇宙人。
 あんまり間違ってないですね。
 しかもサフがくっついている側はべったりと抜け毛が張り付き大変な事になっています…。
 うん…あの…御主人様…手首マジ痛いんですけど。

「キヨカいい匂いするー」
 ぐりぐりと頭をこすりつけながら甘えるサフの姿勢を正し、丈夫な櫛で頭の後ろから首元、背中にかけ櫛を通すとそれだけで櫛から溢れるほどの毛が抜けました。
「集めたらセーターが出来そうですね」
 後ろのソファーでいつものように座っている御主人様の方を振り返ると、無表情を返されました。
 膝の上でチェルがTVに見入っているのはいつも通りです。
 ジャックさんが私の隣に座り、スカートに手を伸ばそうとするたびにサフに威嚇されるのもいつも通りです。
 御主人様がいまだにトカゲ男のままだということを除いて。
 ……実は御主人様の真の姿はトカゲ男だったのでしょうか。
 意外といえば意外です。普通逆です。いやしかし、そうするとわざわざ家の中で変身というのも謎です。
 ……修行?
 以前考えた呪い説は消えました。他には…

 私が御主人様=トカゲ男だと、知らないでいる方がいい理由ってなんだろう?
 考えながらブラッシングするも、なにせサフはもこもこワンコです。手が足りません。
「ジャックさん、どうせなら手伝って下さい」
「えー!男の毛なんか楽しくないよー!」
「明日、肉抜きの肉じゃが作りますから」
 男性用の長くて大きいブラシを渡すとしぶしぶブラッシングをはじめてくれました。
 助かります。
「なんか、こういう共同作業していると夫婦みたいだね!」
 サフが急に立ち上がろうとしたので首を押さえそのままブラッシング続行。
「ジャックさんて、これぐらいの息子さんがいる歳なんですか?」
 あ、黙った。
 どちらかと言うとサフはやんちゃな弟って気持ちなんですよね。
 前言ったら落ち込んでたから言わないけど。
「ジャックが父親だったら自殺する」
 床に爪を立てて呻くサフに思わず噴出してしまいました。
「キヨちゃん、ソレ酷くない?ちょっとちーちゃんなんか言って!」
「ジャマ。TVみえない」
「あんまりだー」
 幼女の痛烈な一言にジャックさんは大袈裟な素振りで私に泣きついてきました。
 抜け毛がべったりと服に付きます。
 思わず溜息が出そうになりました。
 サフも凄い抜けるし……腕が疲れてきました。
 なんとなく振り返ると御主人様は相変わらず無表情です。
 いつもだとここで冷血美青…いや、今の御主人様もそれなりにありです。
 頭に角らしき突起がありますが、ちょっと珍しい感じで格好いいですよ。

 ハイ。感情もわかり易いし。
 でもこう…なんか物足りないというか…いえ、眼の保養的な意味じゃなくて、
 御主人様の膝の上でチェルはTVにかぶりつきですがなんとなく手持ち無沙汰な様子です。
「あのー… 」
 御主人様が物凄い眼でこちらを見ました。
 怖いです、久々に怖いです。
 アレです。ボスモンスターです目から怪光線出るアレです。
 こっちバージョンでも怖さ健在でした。
「なんでもないです……」
 ジャックさんにぼふぼふと肩をたたかれ、またも毛が舞い散りましたがなんかすべてどうでもいい感じです。
「そういえば、キヨちゃんアメ食べた?アフア果汁 ヒト専門店で購入したんだけど」
 笑顔で尋ねられました。
 ヒト専門店とは多分、首輪とか大人のオモチャやヒト用服が売っているヒト奴隷用品専門店の事です。
 高級店なので前はともかく今は幸い縁がありません。
 今の服?適当に裁縫してます。当然です。
 尻尾穴ひとつのために無駄に高い物を買って欲しいなんて言えません。

 置いてもらえるだけでありがたいのに。
 …話がそれました。
 アフア飴、普通に人用で売ってるのを買ったなら仕方ありませんが、ヒト用と銘打っているというからには当然……
「効用:滋養強壮精力増進欲情発情 って説明付きでした?」
「説明つきでした」
 笑顔です。期待に満ちた眼差しです。
 ガムテープをめ一杯伸ばしジャックさんの耳と腕に貼り付け、落ちてた毛をかき集め手早く片し、
「じゃ、今日はここら辺で気をつけてお帰り下さい」
 小首を傾げるジャックさんの手からブラシを受け取り、
「私、お風呂入りますので」
 背後からガムテープを剥がす音と凄い悲鳴が聞こえました。
 知らないならともかく……ね。 
 私を発情させて、どうするんでしょうか。
 多分、何も考えてないんだろうな…ジャックさんだし…。
 

 ***

「やったーこれでオレも大金持ちだ…なんだよメスかよ。まぁいいやヘンリーもって帰って味見しようぜ……へっ」
 落ちたてと落ちたてでも中古じゃ随分の価格差があって、あのイヌは地団太踏んで悔しがっていた。
 
 ざまあみろ、だ。

 湯船から体を上げ、軽く拭いて戸を開くと凶悪そうなヘビ男性が居ました。
 平たく言えば、御主人様トカゲ男版。

 つまりは、変身中か変身前の御主人様。
 御主人様の目が大きく見開かれ、鱗だらけの顔だというのにすごく分かり易く表情が歪みました。
 おそらく、……嫌悪で。
 やあ、でも暗くすれば全然大丈夫だし…
 客はわりとついたから、この世界の人のヒトに対する興味は無限大というか穴さえあればあとは一緒というかなんというか。
 ……気持ち悪いものをみせてごめんなさいというか……。
「申し訳ありません、すぐに出ますので」
 手早く着替えて、それでも御主人様が立ったままなので少し考える。
 お風呂入りに来たんじゃないんだろうか?
てかこれはアレ、一応少年漫画とかのお風呂でドッキリ的な?
「宜しければ、背中とか流しますが…」
 ギクシャクとした動きで拒否されたので棒立ちのままの御主人様の横をすり抜け脱衣所を出ようとしたら、ひどくわかりやすい、ぐぁっとかいうやられ役のような悲鳴と妙な物音と長くて重そうなものが床にぶつかる音。
 振り返ると御主人様美少年バージョンが突っ伏してはいないけど、ソレに近い状態になっていました。
 いわゆる攻撃状態な眼の色で下から睨まれまています。
 何でまた急に…いいけど。
「文句あるのか」
「いえ。大丈夫ですか?」
 御主人様は甥の油断がどうのとぼやきながらぶつけた尻尾を撫でてます。
 しかしあれです。
 普段ターバンで隠れている頭部にはやっぱり硬そうな鱗と角が二本、驚きです。
 上から見下ろすのもなんなので、しゃがんで目の前でうねうねしている尻尾に視線を移し、せっかくなので質問など。
「今のって、魔法が解けたんですか?魔法?魔法なんですか?」
 顎掴まれました。
「話すときはこっちを見ろ」
 いや、それは無理な相談です。この距離で美形を見るには近すぎます。
 あー、壁掃除しないと。
「……で、魔法?それとも脱皮の一種なんですか?」
「そこまで避けるか普通」
 ムキになったらしく、腕に尻尾が絡みつき引き寄せられました。
 …そこは、痛い…。
 そのままズルズルと引きずられ…ええ、脱衣所ですから当然その先には先程出たばかりのお風呂です。
「尻尾洗ってくれたら教えてやる」
「言いたくないなら別に構いませんが……」
 私の言葉は当然のように無視され、ズルズルと段差を超えて石鹸と湯気のニオイの残るお風呂場へ。
 私、…着替えたんですけど……。
 御主人様は残っていた上衣を脱ぎ捨て、鎖骨とか、ふ、腹筋とか…あ、途中から鱗なんだ…へぇ…いかん、鼻血が出そうです。
 
 御主人様は湯船に体を沈め、長くて太い尻尾だけが洗い場に残っています。
 パっと見ホラーです。風呂場にのたくる巨大ヘビ。怖い。
 これを…洗うわけです。
「……コレで宜しいですか?」
「拷問してくれとは頼んでないが」
 タワシは駄目だったらしいです……。
 濡れた尻尾を膝に載せて、恐る恐るスポンジで擦ってみる。
 服が濡れますが、諦めました。
 御主人様は頭にタオルを載せ、興味深そうにこちらを観察しています。
「なぁ、落ちモノは鱗が苦手という話を聞いたんだが、お前はいいのか」
 …この状況で鱗全否定したらある意味勇者です。
「私はどちらかというと足が多い方がちょっと…」
 クモとか、ハチとかハチとか…噛むし縛るし痛いし…毒あるし痺れるし…。
 御主人様は私の返答が気に食わないのか、小さく呻ったきり何も言わないので、私はそのまま尻尾磨きを続行…。
 堅い背中側に比べ腹側の方はヒト肌に似た色で鱗もなんだか柔らかい。
 しばらくやっているとひんやりしていたはずの御主人様がほのかに温まってきました…まさに変温動物…。
 膝の上の尻尾がバタバタするので抗議の意味を込めてそちらを見ると、何故か睨まれていました。
「今まで我慢していたが、お前は俺に対する態度だけ非常に差別的だと思う」
「はぁ…」
 出っ張っている所とかに汚れが溜まりやすい気がしたので丁寧に少しずつ洗う。軽く丁寧に。
「女子供と違うのはいいだろう。だがジャックとの態度の差はなんだ」
 ジャックさんに対しては気を使う必要は無いとか言ったの、御主人様だったんですけど…。
「設定上兄なのでつい引きずっている部分があると思いますので、今後改めます」
「何故そうなる」
 御主人様、頭を抱え尻尾でお湯を羽散らかしています。…濡れる…。
「取り合えず、少し話し方を変えて俺に対して…その…親しげにしてみるとか、そういう意味だ」
 親しげ…?ざっくばらんに話せってことでしょうか。

「昼間と今だと随分と態度に差があるだろう。どうにかならないのか」
 御主人様が妙な動きをしているのでお湯がばしゃばしゃと零れました。
「それは…今すぐですか?」
「少しづつでいいから、そうしてくれ」
 しかし下手な話し方をして、お仕置きされるのも困ります。
 御主人様はそういう意味で理不尽な扱いをしませんが、油断は出来ません。
 私は軽く頷くと尻尾の手入れに戻りました。
 しかし長い尻尾…これを毎日手入れするのは大変かもしれません、毛があるよりはマシですが…。
 この面倒な事をやらないと皮膚病や寄生虫の心配が出てしまうわけで…まめに手入れをするには、毛や鱗の少ない女性が最適と。
 なるほど、この世界は男性の方が力がハンパなく強い分、こういうところでバランスが取れているわけですね。
 ひとつ勉強になりました。
「ここまで終わりましたが、あとどうしましょう?」
 ずるりと、残った部分が出てきました。まだあるんですね、そうですよね。
「今、面倒だと思ったろう」
「移動が大変だろうとは思います」
「面倒だ。しかもここらは石畳だから摩擦があるしな」
 うんうんと頷く御主人様、鱗が擦れるわけですから確かに痛そうです。

「だからあの…普通のヘビの人みたいな姿に変身されてたんですか?」

「……まぁ、な」

 微妙な表情ですね。
「どうせなら美少女とかになれませんか?その方が見た目が楽しいですよ?」
 御主人様の目が冷たいです。
 しょうがないので鱗を磨きます。
「遊び半分で性別転換なんて高度なのを出来る筈がないだろうが。猫や兎じゃなくて蛇だぞヘビ」
「ガ……筋肉質…じゃなくて普通の姿にはなれるのに…」
「アレはジンの組成を転化させて…言っても判らんか」
 御主人様が湯船から手を出すと、手の周りに水で出来たミミズ…じゃなくて小さな……白いギャラドスもどきが纏わりつきました。
「コレが俺の精霊だ」
 差し出された掌の上でキングコブラの如く威嚇してきます。
 ちょっと可愛い。水の精霊です。ファンタジーの王道です。
「喋ったりしないんですか?」
「無理だな」
 そっけなく返されちょっと残念…なかなか上手くはいかないようです。
 恐る恐る手を出すと指の周りに絡みついたり噛みつく真似をしたりと愛嬌があります。
「可愛いですね」
 水そのものなのですが、なんだか面白い感触です。
 ふと視線を感じて御主人様を見れば、御主人様もちょっと頬が緩んでいます。
 やっぱり水の精霊との契約!とかやったりしたのかなぁ…夢が広がります。
「ありがとうございました。またね」
 御主人様に精霊を返すと精霊はお風呂のお湯に戻ってしまいました。
「私、精霊さんを見たのは初めてです」
「そうか」
 やっぱり山奥とか行けば風の精霊とか居るんでしょねぇ…うわー見たいなー。
 やっぱり少女の姿かな、ふんどしだったら壮絶に嫌だなー
 色々想像していると御主人様が何故か微妙な表情を浮かべていました。
「何か」
「いや、別に」
 鱗磨きを再開しろって事でしょうか…。
 石鹸の泡を立てわしゃわしゃと擦ります。
「つまりだ、アレのようなモノを作る際の魔力を転化させてる程度で、俺には連中のような理不尽な事はできん…精々半日しか続かないしな」
 もしかしたら、ほんの少し悔しそうな御主人様。
 柔らかい腹側や鱗と鱗のつなぎ目に着目し先程よりも細かく擦ってみたりとか。
 浴室に私が鱗を磨く音だけが響きます。
「キヨカ、怒ってないか?」
「何をでしょうか」
 適当に返してごしごしと洗います。
「別に騙す気はなかったんだ。ただ言い出すタイミングとか、その…お前の態度が新鮮でな」
 語尾が弱めです。ちらちらとこちらの様子を伺っています。
「ああ、オティスさん…いえ、お気なさらず」
 御主人様、なんだか気まずそう…罪悪感あったんですね。別に気にしなくていいのに。
「というか、だいぶ前から知ってましたから大丈… あ」
 全力で逃げようとしたものの、膝の上の尻尾がぎゅうぎゅうと体を締め付けます。
 キツイきつい折れる折れる折れる。
 ずるずると浴槽に引きずり込まれお湯がざぶざぶと溢れました。
 お風呂のお湯がぬるいです。
 そりゃ冷血な御主人様が入ればお湯の温度は下がります。
 代わりに御主人様がいつもと違い、ぬくくて不気味です。
 体を拘束され身動きできません。腕も尻尾同様凄い圧力です。
 頭に顎載せられました。このまま沈められるんでしょうか。
 水責めは苦手です…毛が喉に張り付くし…あ、御主人様は鱗だからそれはないか。
 髪の毛がぺったりと肌に張り付き不快です。使わないなら長くする意味もないし…切りたい…。
「ちなみに、どの時点からだ?」
 耳元で囁かないで下さい。
「結構初期…だって私の名前知ってるし、ジャックさんの知り合いって時点でほぼバレます普通」
 御主人様は溜息らしき吐息を吐くと体をもぞもぞと動かしました。
 剥きだしになった肩や足に鱗が滑り、慣れない感触に困惑が隠せません。
 尻尾磨き途中なのにいいんでしょうか。
 アレ、よく考えるとお風呂で背中を流す→御奉仕 の流れなんでしょうかコレ。
 不意に首を噛まれました。
 御主人様の指が私の服の中に滑り込んでいます。
 思わず体を強張らせてしまい、何か言われるかと思いましたが何も言われず…。
 濡れた服がまとわりつく不快感と、お湯の冷たさでどうも体が震えます。
 御主人様は何も言わずに首を噛む作業に専念しています…舌は二股に分かれているし、イヌよりも細いから妙な感じです。
 尻尾がお風呂の中で動き回るのを凝視していると、やけに心臓の動悸が激しくなり、息が苦しくなってきました。
 どうやら原因は胴に巻かれた尻尾…言うべきか我慢すべきか迷っていると、酸欠に陥っている事に気がついたのか、拘束が緩みました。
 咽喉が嫌な音を立てています。俯いて咳き込んでいると足や手からも尻尾が離れました。
 恐る恐る縁を掴んだ手が震えています。
 体、冷えたせいです。そうだ、たぶん、そのはず。
 お風呂上りだったのにぬるま湯に浸かれば、そりゃ震えの一つや二つ、来ます。
「大変申し訳ありませんが、この後は乾いた所でお願いできないでしょうか」
 背後からほっぺたが引っ張られています痛いです。
「これで寒いのか。お前は」
 溜息です。寒いですよ。風呂の温度は41度が適温ですよ。歯が鳴るのを食い縛って堪えます。
 御主人様の腕や尻尾が再び絡みついてきました。
 …これって、本気…ですよね。マジで?私なんか要らないとおもってましたが。
 あーそういえば魔法を使うとお腹が減ったり眠くなったり…性欲が増す…とかジャックさんが言ってたような…。
 今日は帰宅してからもあっちのトカゲ男だから余計疲れてる…とか?
 背は腹に変えられないとか、そういう…正しい使い方ですね。
 御主人様の鎖骨をガン見するのは役得だけどセクハラだろうかと考えつつと見上げると御主人様は落ち着いた目の色をしています。
 尻尾は臀部を彷徨ってますけど。
 無言で…抱き締められてるって言っていいんでしょうか。
「なんか白いぞ。大丈夫なのか」
「これで風邪引いたらジャックさんに100%自業自得だとお仕置きされると思うのですが、いかがでしょうか御主人様」
 御主人様が憮然とした表情を浮かべ、再び溜息をつきました。
「その…ゴシュジンサマって呼び方、やめろって言っただろう」
 そう言って、御主人様は低く唸ると私の顎に指をかけました。
 …がっつり、がっぷり。
 でもあえて言おう、舐めればいいってもんじゃねぇぞ、このへたくそ。
 しかも私なんか、不特定多数のイチモツ咥えたり舐めたりしてきたのに、気持ち悪いとか思わないんでしょうか。
 御主人様の思考は私には理解不能です。意味不明です。
 放してくれそうも無いのでこちらも下唇を舌の先で舐めて、開いた口の中に進入し細い舌を軽く吸う。
 頬の内側を舐めると、かすかに痺れみたいなものが走りました。
 びくりと体を離されそうになりましたが、そのまま続行。
 それにしても御主人様の背中、鱗でびっしりと覆われ、まるでヤクザの刺青です。
 色がわりと黒系で地味なので目に優しくていい感じ、撫でるとしっとりした中にごつごつとした感触が残ります。
 回された手が案外優しくこちらの背中を撫でてきます。
 ……キス下手超下手ど下手糞、カエル好き、冷血、冬眠、あと…なんだ、もっと冷める事考えないと…ああ、えーと…私美青年好きだから!美少年は範囲外…おかしい、説得力がない…。
 …まぁ、御主人様ですから、ね。今更、どうでもいい事を考えてしまった…。

 落ち着きましょう、私。
 尻尾がバシャバシャしだしたので体を離し口を拭うと随分べったりとつきました。
 あれ…赤いものが。
「ひゃ…」
 舌が回りません。つーか口痛い凄く痛い。血が出てます。ありえん。
「キヨカ?」

 なんで?

 焦ってお風呂場から飛び出し、洗面所で口を漱ぐとたらたらと血がたれました。
 舌も腫れている感じです。
 水を滴らせながらどうしようか迷っていると何故かジャックさんが背後でポーズをとっていました。
 いつもたれている耳が半分がほど立ち上がってます。
 あ、ちょっとガムテ残ってる…。
「アイツ毒あるもんね…ププッ今薬あげ…ぷっ…いやぁ、背中痒いね!青春青春!」
 
 血を垂らしているというのにジャックさんに口をまさぐられ「味見」とかされ…
 その現場を御主人様に見られ、夜だというのに蛇VS兎です。五月蝿いです。近所迷惑です。
 …ああ、ウサギだから比べても仕方ないけど、御主人様ももうちょっと上手になってくれるといいんだけどなぁ…。
 恐らく近いうちに現れるであろう恋人なりお嫁さんなりも、きっとそう思う事でしょう。
  
 口が痛くて、涙がでそうな気分です。
 

 

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