「なんだコレは」
紙で作った飾りで彩られ、風に煽られパタパタサカカサと音を立てるソレに警戒の眼差しを向ける御主人様。
近づこうともせず、尻尾の先をパタパタさせ厳戒態勢です。
そして眉間に皺を寄せ、拳でこめかみをぐりぐりと抉っています…私の。
「七夕ですー…ご存知ありませんか?」
御主人様が近いです。
しかもこめかみが痛いです。
「こういう行事は、子供に積極的に体験させるべきだと思いましたので、独断で購入しました…もしかして笹アレルギーですか?」
ぐりぐりが停止しました。
速攻逃走しようとしたら今度はヘッドロックです。
重いです絞めすぎです。
顔が近過ぎます。
「あっちの行事か?」
あっちとはいうまでもなく日本の事です。
「普通に花屋さんで七夕用として売っていましたが…」
正直、コレは笹や竹とも何か違うように見えますが…
なんか…変な笹というか…でも七夕用だし…。
でもなんというか…やけに葉が大きいというか緑緑というか…おどろおどろしい雰囲気を醸し出しているというか…いや、七夕用って書いてあったからきっとこれは笹です。
あえていうならアマゾン産笹のはとこの子供の友達ぐらいの近さの。
御主人様が物凄く不審そうな表情のままガン見しています。
御主人様はヘビですので恐らく砂漠出身です。
砂漠に笹があるとも思えませんので、知らなくても仕方ないかもしれません。
御主人様は考え込んでいる様子でしたので、こっそりと腕から首を抜こうとしたら更に強力に絞められ動けません。
髪留め取るのはやめて欲しいです……。
「タナバタってなんだ」
顔近いです御主人様。
「えーっと、七夕というのはですね……」
私はなんとなく人差し指を立て、おぼろげな記憶を叩き起こしました。
「そもそも織姫と牽牛という男女が居たのですが、結婚したらバカップルになって働かなくなったので……」
そういえば、学校で七夕祭りとかしたなぁ…友達と一緒にセール行ったり途中で先輩見つけて追いかけたり……楽しかったなぁ。
「で、御両親が怒って二人は引き離さ ぁっ…ん……っ … 」
いつもの事ながら、御主人様は唐突過ぎると思います。
説明聞きましょうよ。
「お前が何を考えてるのか、さっぱりわからん」
そういいつつ、指に噛みついてくる御主人様。何故か不満そうです。
私にも御主人様が何を考えているのかサッパリです。
ぺったりと床に座り込んでいる私と、それに巻きついている御主人様って、どっちの方がサッパリなのか私には推し量りかねます。
唇を噛むのが最近のブームなんでしょうか。感触が残って困ります。
「で、話を戻しますと、その天の川を渡るのが七夕の日なんです。
幸せ一杯の二人を祝いつつ、ついでに願いを叶えて貰えるかもしれないステキデーですね」
やけに力の篭った御主人様の腕を意図的に無視し、目を閉じて風に吹かれる七夕飾りの音に耳をすませているとひどく懐かしい気分になります。
眼を開ければ台無しですけど。
ヨーロッパっぽい煉瓦造り建物に笹の葉サラサラは違和感バリバリです。
やったの私ですけど。
折り紙まで用意しまして…ええ、短冊も用意しました。
チェルとサフが結構喜んでくれたので私としても大満足…。
花屋さん曰く、巨大な木に短冊をつける地方もあるとか…クリスマスと混ざったんでしょうか…?
他にもしていそうな所は…似合いそうなのはー…予想では狐の国とか、猪の国とかでしょうか。和風らしいし。
中華という意味では獅子の国もするのかな?どうだろう。
少なくともイヌはしてなかったなぁー…私が知らないだけかな。
その確立は凄く高そう。
でもあそこ寒いしなぁー…笹って寒くても生えるのかな…。
…ていうか、御主人様…なんというか……腕掴まなくても逃げないのに、念押しのように上乗られると重いです。
顔が近いです。
飽きたらしく指は開放されましたが、ヒトなのにヘビらしくもある整った顔が何を考えているのかサッパリ判りません。
「短冊、用意してありますので、良かったら試してみてはいかがでしょう?」
願いが叶った覚えが無いのは伏せておきます。
私の言葉に御主人様はしばらく沈黙した後、
「矛盾するからやめておく」
あー…?
「宗教的にアウトでしたか」
御主人様無言です。
なんでしょうか、なんか怒られるような事、言ったのかな。
えーと確か、ヘビはなんか戒律がめんどくさそうなの…って世界の種族辞典とやらに書いてあったような。
御主人様はそれらしい事は普段言いませんが…。
「お前は何を願ったんだ」
頭に顎載せるのやめてもらえないかなぁ…。
なにやら背中にも腕を回され、まるで抱き締められているような雰囲気です。絞め、じゃないというのが重要です。
…役得だと思っておこう。
でも足触るのやめましょう。スカートの中はグロ指定ですよ。
「世界平和、で」
サフは『背が高くなりますように』でチェルは『空が飛べるようになりますように』でした。
かわいい。
そして御主人様は、力を込めてきました。密着しています酸欠です。
「普通、元の世界に帰れますようにだろうが!」
怒られてます。
無茶苦茶です。腕キツイ尻尾きつい、尻尾重い、尻尾冷たい。
傍から見たら絞め殺す寸前ですよたぶん。
「いえ、ソレよりは世界平和かなぁ、と」
一人だけ戻れても後味悪いし…。
きっとこれからもヒトは落ちてくるのに。
「ヘビの国の内戦とかカモシカの国の内紛だとか、色々あるじゃないですか、イヌなんか特に…御飯マズいしじめっぽいし御飯マズイし臭いし性格悪いし御飯マズいし…」
自重。
もしかしたらヒト用のエサっていうのだけクソマズイだけかもしれないし…。
「とりあえず世界平和願えばみんなハッピーな感じで間違いないかなーと」
そうすれば、弱くて魔力も常識も知識も無い役立たずでも、もうちょっとマシな扱いしてもらえるんじゃないかな、と。ズルイ考えです。
確かに不法侵入だから仕方ない気もしますが、不可抗力なわけなんだし…せめて子供ぐらいは、なんとかしてあげたい。
けど、現状ではこちらの人間ですら結構悲惨だったりするし…。
せめてヒト同士で何とかしあえれば………。
あー…でも御主人様的には、私が帰れた方が色々と面倒事が無くなって、良かったかな?
なら失敗したかなー…。
色々考えつつ肝心の御主人様を見上げれば、御主人様もこちらを見下ろしていました。
作り物のように整った表情の中で眼だけ動きます。
ぱっと見はヒトなんだけどなぁ…温度低いし、舌の形とか……。
… …・・・ ……
御主人様が無毒になりますように、に変更しとこうかな…。
そしたら……いや、どうでもいいか、今更……
古代帝国語?とかいうなんかミミズがのた…模様のような印象的な字で何枚も短冊を書きそれを笹に縛り付け、非常に満足げな御主人様。
折り紙を手に取り、妙に感心したような声を漏らしたりしています。
お風呂から出たサフやチェルの話を聞きながらうんうんと頷く様子は本気でお父さんです。
「今日は、ジャックは来ないんだよな?」
「はい、今日は来ません。リーィエさんの試合を見に行くそうなので」
お洒落な格好をしてプレゼントも用意していましたが…どうなる事か。
「で、コレは全部朝捨てるんだな」
「え?」
「なんで?」
「ジャックはまだしてないよ?」
御主人様の言葉に思わず問い返す二人と…私。
コレ、意外と高かったんですよね…。
「捨てるんだよな?」
どうも挙動不審です。
氷のような無表情の中に焦りのようなモノが見受けられます。
お子様二人にも若干呆れたような眼で見られていますが。
「正確に言うと七夕はまだ先です。売ってたのでフライングで購入しましたが」
御主人様が無言で短冊を毟りはじめました。
突然の凶行に私はなすすべも無く、私達はただ見守る事しかできません。
そしてさっさとその場を去る御主人様。
「何、アレ」
あっけにとられたままのサフ。口が半開きです。
「恥ずかしい事でも書いたんですかね…」
「はずかしい事したの?」
きょとんとした表情のチェル。かわいい。
私もこれぐらいの時は、大人になれば失敗しなくなるとか思ったりしてたっけなぁ…。
「宝くじが当たりますように、とか書いたとか」
「それはジャックが見たら笑うね」
私の勝手な推測に頷くサフ。
「それ、はずかしいの?」
「がっくん普段カッコつけだから」
御主人様はそういうのを鼻で笑うタイプですから、あながちありえないとも言い切れません。
「あとはなんだろ」
「あとは…あ、が… どうかなさいましたか?」
無表情のまま短冊を押し付けられました。おまけに頬を引っ張られました。
サフが右手で私が左手でです。サフがひゃんひゃん言っていますよ。
…チェル、コレ遊んでるんじゃなくて怒られてるんだけど…。
いや、ズルイじゃなくて…。
一人だけ引っ張られてないのはイヤ?えー…
あぁっ幼女のほっぺたありえないほど柔らかいです!餅です餅が居ます!!
あとで確認すると短冊には、御主人様らしいキッチリした書体で「家内安全」と書いてありました。
まぁ、…自由ですけどね。
P・S ジャックさん
七夕にカップルの破滅願うのはどうかと思います……。