鉄は凍月と舞う 第1話
___ル・ガル王制公国の首都ソティス 第四中央通り 通称’’燻製通り’’
その大手門に続く大通りを一人の犬が歩いている
犬にしては大柄でどちらかと言うと狼に似ている。
外見からして男だろう。
背中には身長の半分ほどの大鉈と長銃、そんな大荷物と鎧を着けても男の足取りは道行く人々より早い
傭兵にしては身なりが綺麗な事やそのマントの色から首都の兵士____それもかなり階級の高い兵士だ。
途中、道で「中佐殿 仕事は終わりですか?」と聞かれた男は「ああ、後は部下に任した」と暫くの間、巡回と言葉を交わして郊外に出る。
空からはゆっくりと雪が降り始めた。
男はゆっくりと野原に腰を下ろす
男はこの何も無いような場所が好きだった
世界に一人きりで居るような感覚になれるここが好きだった。
ふと、上を見上げる___雪が降っているにもかかわらず月が出ている。
月は綺麗だった。何時もと同じように……と、影が射す。
その影はどんどん大きくなる
「何だ!?」
武器に手を掛けた時には遅かった
視界が闇に閉ざされる。
ふと、気がつく。
この闇は妙に温かい、と言う事に。
次の瞬間
「何!?何だ!?」
と言う声と共に闇が暴れ始めて……落ちた。
「きゅうぅぅぅぅ」
という声に足元を見れば、ヒトの___女?が石に頭をぶつけたらしく伸びていた。
時々こう言う事があると聞いてはいたがまさか自分の身に降りかかってくるとは思わなかった。
ヒトと言う生き物を見るのは初めてじゃない、同僚や上司は持っているのを見た事もあるし触れた事もあるが男だった。
女と言うのは始めて見た。
外見は____娼婦街の娼婦達によく似ているが耳は人のソレであり尻尾も無く、髪は空から降る雪のように白い。
だが彼女達に比べて遥かに綺麗であり、神秘的な物を感じる。
どうしようか対応を考えていると目が開いて、目が合った。
その瞳は碧眼だった______。
暗転
それ以上説明の使用の無い状態だった。
日本で家族の待つ家への道で月を見上げたら
いきなり____
___踏みしめていた地面の消失
___視界と意識の急激な暗転
___何処かへ引きずり込まれる感覚
___浮遊感
___そして落下
何かの上にまたがるように落ちたと言うのは解った。
まあ、当たり前だが生き物として当然のことをする。
「何!?何だ!?」
周辺状況の確認である。
しかし、私の跨っていた物は予想以上に不安定だったらしく落下し、後頭部を打ち付けてしまった。
薄れ行くし意識の中、眼に映った二つの月が奇妙なほど綺麗だった______
目を開けると犬が居た
いやこれでは語弊がおかしいかも知れない。
その犬はただの犬ではなかった
___二足歩行で直立
___毛皮ではなく鎧らしき物を身に纏っている。
___頭は犬だ
___尻尾がある
――なんてことはない、立って鎧を着て歩いているシベリアンハスキー――
本来なら逃げるべきなのだろうが______そいつの目の蒼さに吸い込まれるように見入ってしまった。
鉄(クロガネ)は凍月(イテツキ)と舞う
第一章 第一話
『落下……そして戦闘』
と、暫く見詰め合っていたがそれをぶち壊す音がした。
グルルルルルルルル
最初は何の音か分らなかった
野獣の唸り声の様な車のエンジンのアイドリングの様な……
相手がハッとして自分の腹に手をやる。
あ、なんとなく分った気がする。
とりあえず未知の生命体に会話が通用するかどうかはほっておいといて
持っていた袋を漁る。
・
・
・
あった
家に居ると言う犬用の餌(缶タイプ)が
「食べますか?」
とりあえず相手に何かを与える。
大体の国は意思の提供と疎通で決まる。
物をあげる、と言う行為は一応の信頼を得られる行為だ。
「それは食べ物か?だったら貰いたい」
話しかけてきた……と言う事は一応の意思の疎通は可能だと言う事になる
「ええ、一応あなた方みたいな人々の為に作られたような物ですから」
会話が通じるなら、とりあえず生きていけそうだ。
飯を食い終わったシベリアンハスキーから聞かされた話だと
この世界では彼ら獣人とも言える存在が知的生命体の位置を占めていて、ヒトは『落ち物』として落ちてくる者以外にないという事。
私達の世界はこの世界の上方に(あくまで概念的に)位置していて、時折綻びに落ち込んだ上の世界の生物や無機物が文字通り『落ち物』としてこっちの世界に落ちてくるのだという事。
ヒトはこの世界ではいわゆる『希少生物』で『利用価値も高い』事から、主に国の上流階級を購買層として奴隷商人の間で家一軒が楽勝で買えるほどの高値で取引されているという事。
しかし、女は安い事。
…そして、ヒトが元の世界に帰れる可能性は、やはり『運良く』逆の落ち物になる位しか無いと言う事。
不思議と前の世界に未練は無い。
元々傭兵と言う職業を続けてきた頃は似た様な物だった。
女の傭兵と言うのは男より安く見られるか、ハニートラップ目的で高く買われるかのどちらかで前者であった私は各地の戦場を転々としていたし、戦場暮らしも十年を越える頃には「ああ、金が良いからいいか」程度にしか思わない様になっていた。
まあ、向こうの世界に残してきた義娘は心配だが、アイツの事だしっかりと生きて行ってくれるだろう。
「で?どうするんだ?」
目の前のイヌが話しかけてくる
「とりあえず 貴方について行って大丈夫でしょうか?」
「ちょっと不味いな……」
「とりあえず高級な拾い物ですよ?お得な気がしませんか?」
「でも、俺、貧乏だしな……」
「だからとりあえず無料で貰っちゃえば…」
殺気
「伏せろ!!」
いわれまでも無く横転し、飛来した物体を確認する。
矢!?
まあ、目の前のイヌの装備から見て取った事だが、未だにこの世界では剣と矢が猛威を振るっているらしい。
「何処かに隠れていろ!!」
イヌが駆け出して行く
その背中に『ある』モノを見つけて私は叫んだ
迂闊だった
疾駆してくる十騎ぐらいの男達が見える。
全員が蒼い布の覆面を付けている。おそらく、いま王国で被害が拡大してる、拉致専門の盗賊だ。こんな首都の近郊に現われるとは思えなかった。
「狙いは俺と言う事か……」
大隊長を沈めれば混乱に乗じて仕事がやりやすくなると言う所か
はっきり言えば形勢は非常に不味い。
イヌと言う種族は十人ぐらい居れば相互で援護しあって戦える
こちらは一人
実際の兵力差は十対一ではなく、十五対一と言った所か……一寸キツイな。
と、後ろに居たヒトの女が叫んだ。
「その背中に背負っているモノを貸せ!!」
とっさに何の事か分らなかったが
直にその意味を理解し、背中の長銃を弾帯と共に投げた。
こちらの意味が伝わったのか
シベリアンハスキーが銃と弾を投げてくる。
受け取って調べる
レバーアクションのライフル、弾は入っていないが弾を受け取ったからOK。
実包を噛み千切り、薬室に装填
レバーを動かし、リロード よく整備されている。
伏撃(プローン)で先行する一騎の頭を狙って打つ
パン!
狙ったとおりに弾は飛んで行ったが相手の前で障壁に弾かれたように火花を散らした
「相手は障壁(プロテクト)を張っている!」
了解 こんなファンタジー世界でもこちらの火器はあるのだ、手は打てる!!
その考えのもと、第二射を放った。
パン!
後ろに位置している女の射撃は正確で障壁の張りにくい馬の足等を撃ち抜いて行く
相手は銃のせいで接近が遅れている……。
どうするか?とりあえず今浮かぶ考えは二つ
1.突っ込む
2.撤退
1は相手の数が多いため危険すぎる
2はあの女を置いてきぼりにしてしまう
・
・
・
・
1だ
自分の所為で死んだとなればかなり目覚めが悪い……。
たまには分の悪い賭けで行って見る物だ
一応言っておいたほうが良いだろうから言おう。
「突っ込「分っているから早くしろ!!」
さっきとは別人の口調が返って来た。
パン!パン!
弓の射程外とはいえ戦場でただのヒト(?)には扱うのが難しい物であの距離を狙撃する。
只者ではない……弾に限りが……突撃しなくては。
やっと突っ込んで行ってくれた……と優先度を長距離攻撃可能>近寄ってくる奴>なんでもない奴に切り替えて打ち込む
幾ら障壁が張ってあるとは言え弓の弦や腕には張りにくい、そう踏んで放った弾は予測どおりに相手を捕らえていった。
ふと、突っ込んでいった味方が気になってそちらを見る……
凄いモノだ
あの背中に背負った大物を苦も無くかなりの速さで振っている。
八人位居たあちらにはもう二人しか居ない。
「貰ったぁ!!」
後ろに気配 矢を放った奴を忘れていた!
瞬間的に体が反応して仁王立ちした相手の一番叩きつけ安い所に銃床を叩き付けた。
「アォ!……ぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉっぉ」
何事かと振り返れば一人が女を捕らえようとした所だった
ソイツは……股間を抑えて動きが止まっていた……。
相手の二人はこれを見て戦意を喪失したのか逃げていってしまった。
女は無表情で相手の逃げていった方向を見ていて、こちらを向いて尋ねてきた。」
「で?どうする。」
「その前に、何者だ、ただのヒトではないよな?」
「そちらこそ身分を明らかにしたらどうだ?」
「ソティアの第3大隊長ジャン・シュガル・トロエ そちらこそ名前を言うぐらいはどうなんだ?」
「そりゃあ失礼しました大隊長殿 ノエル・クーパー、休暇中の傭兵であります。」
「傭兵?あちらの世界には殆ど居ないと聞いたはずだが……。」
「それは一般人の見方、紛争や戦闘地域じゃ未だに現役だよ……」
「そうか……銃は使い慣れているのか?」
「まあね。二十年も戦争で飯を食っていれば当然のことになる」
「さっきの話だが……」
「ああ奴隷が何トカって事か?」
「ウチの大隊に来ないか、実際には俺付きの奴隷と言う扱いになるが……」
「まあ、ヒトの身分が低いこの社会でなら当然だな……乗った」
「じゃあとりあえずついて来てくれ」
「了解……ジャン」
「『ご主人様』だ。」
「いいや『ジャン』だな」
この後この言い争いは小一時間続き、結果としては……負ける格好になった。
だって零距離でライフル構えられちゃ障壁も効果が無いし、動いたら打ち抜かれそうだったし……。
まあひょんな事で異世界に落下したが何とか行きそうだ。
あ、一つ聞き忘れた。
「なあ、ジャン」
「何だ、ノエル?」
「煙草吸って良い?」
「え?何て言った?もう一度頼む」
「タバコ吸って良いか?」
「煙草?」
「そう、紙煙草」
「ちょっと待ってくれ……。」
そう言ってジャンは5メートル程距離をとった
「俺、煙草アレルギーなんだ……」
……前途多難な気がするが。まあ、何とか生きてゆけそうだ。