猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

首蜻蛉 五話

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首蜻蛉 五話


 徹甲弾(てっこうだん)とは多くの昆虫が持つ外骨格を貫通させるために使用する弾です。
柔らかい組織の生物には体内にメリ込んだあと内部で爆発を起こす榴弾(りゅうだん)のほうが効果的です。
しかし近辺の原生生物はトンボに簡単に殺されないよう極度の装甲生物ばかりです。
そんな生物なのでトンボ同士の戯れの流れ弾(演習弾。ゴム質)で死ぬことはありません。(ヒトだと、トンボの演習弾で僕のように全身に消えないアザができる威力です。)
とはいえローカル生態系の王者トンボは、その装甲をブチ抜いたあと装甲の穴から榴弾を狙撃して仕留めることができます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~けーぶの日記より抜粋~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  「死ぬがよい!!!」
「……!!」
「アカネ様ーー!?」
 割られたリアクティブ・シールドが一瞬送れて閃光を放ちます。
次の瞬間、閃光の中から無数の針が飛び出てくることがかろうじて確認できました。

「…うぐ、ぐ」
 閃光による一時的な盲目から回復したとき、勝負は決していました。
ご主人様はリートさんに完全密着し、二丁の拳銃はリートさんの腹部に銃口をつけています。
「お腹に徹甲弾は…効く…」

 ハチのリートさんは見た目も感触も柔肌なのに頑丈すぎて徹甲弾の直撃を「びっくり」で済まします。
さすがに長距離狙撃で目玉に当たったときは「いったーい!」とのた打ち回っていましたが。
とはいえ、ゼロ距離で叩き込まれると堪えるようです。


「…おしかったわね、リートちゃん」
 ぐらりと失速しかけたリートさんの肩を素早く掴みました。
「なにが…おきたの…」
「リートちゃんはハリを投げるとき腕を伸ばしきるクセがある。つまり、腕の距離より近いと当たらないのよ。だから間合いを詰めた」
「むう、不覚…さすが冷静ね…いくら近距離で急に弾密度を上げたといえ、焦らないか…」
「ううん、驚いたわよ!特にあなたが私のほうに突っ込んできたとき。パニック起こしそうになったわ。でも、ひとつ気がついたから冷静になれたの」
「それは…?」
「リートちゃん、あなた弾源から真っ直ぐこっちに来たわよね? 自分の弾を追い抜く速度で。つまり、あなたの放った弾が真っ直ぐ飛ぶ限り、あなたが通ったルートは安全地帯。よって私の正解は【不動】だと気がついたの」
「あうー、ソコまで考えてなかった…」
「私に寄るとき、わざと湾曲したルート選択してたら気がつかなかったかもしれない。そしてゼロ距離で、あなたがバリアを破ったあと、余った手が射撃ではなく格闘を選んでいたら、私は詰んでいたのよ。格闘は付け焼刃の私じゃあなたに敵わないもの」
「だってえ…アカネには、射撃で勝ちたいんだもん…それに…」
「それに?」
 リートさんの熱く潤んだ目が、僕のほうに向きました。…あー、うん。わかってるよ。でもごめんなさい。
「なんでもない」
「…そっか」
 アカネ様もリートさんが何を考えているのか知っています。…マスコットとして譲って欲しい。
初対面のとき、実にストレートに申し出をアカネ様がへし折り撃ち落としましたので。
かつ、華麗な射撃を生活としているトンボに魅力を感じている僕へのアプローチ。
彼女自身が射撃戦闘によってトンボに勝ることを証明したがっているのです。
「かっこ悪いから、まだまだよね」
 リートさんが指で涙をふき取ると、少しアザのついた腹部をさすりつつ、アカネ様の肩を離れ自力で飛びます。


「んじゃ、私が勝ったから…そうねえ…」
「うー」
 負けたら、相手の言うことを何でも聞く。これがトンボのルールです。
事前取り決めがない(勝ったら○○ね!→わかった)とき、不意に仕掛けた側は「お願い」をする程度で、逆に仕掛けられた側は「王様ゲーム」級の効力を発揮します。
不意打ちは勝って当然です。だからこそ不意を仕掛ける側が不利じゃないと、演劇的な良さがないじゃないですか?
もっともリートさんの場合、アカネ様と僕へ「マスコットになってほしい」というお願いを言いたいだけですから十分みたいですが。
ハチはマスコットになることを強制しないのが美徳だそうです。

「今日はね、けーぶと一緒にゆっくりしたかったけど、無駄に時間を割かせたのでぇ…」
「ひ!」
 アカネ様が背中に手を回すと、「空間に突然空いた黒い穴」にメリリリ!と音を立てて腕を突っ込みます。
…トンボは魔素を練り上げて擬似物質を作り上げます。「空気を固めて固体を作る」くらいのムチャなイメージで結構です。
では、それを常時身に着けているのか? 否。武具は通常生活では邪魔です。
よって、各個人が「亜空間」を所有し、その中に武具をしまいこみます。

 正式名称「ハンガー・スペース」(格納空間)。
そして、アカネ様の手に握られたのは、デカデカと
「1 0 0 t」
と書かれた獲物。

 …トンボの赤ちゃん、すなわちヤゴは、大人と身長体重の差はあれど本質的には同じ構造です。
魔法が使えるようになったときに大人の「トンボ」と認められます。
その初めて自分で作る武具は、自分の武具を加工するための道具でもあります。
 そして、それこそが初めてハンガー・スペースに入る道具。

 よって若いトンボは、ハンガー・スペースを別の呼び方で使います。

「ひゃ、ひゃ!」
 身長の数十倍ある魔鉄槌を見上げるには首の骨が折れかねません。天井よりデカい武具を持ち運びするには家の扉に引っかかってしょうがない。どこに閉まってたんだと言われると
「ハンマー・スペース♪」
 リートさんはマンモスチューリップの花弁の上で濡れた子犬のように震え縮み上がっています。
「はい伊達100tハンマーでお星様の刑だーッ!!」
「いやーーー!!」

 ぱこーん

 軽快なギャグ音と共にリートさんは千の風になりました。
ちなみにギャグ音はハンマーの衝撃による「面」圧力を対象の体内全体に均等に分散する魔法効果の副産物です。
たとえ普通のヒトである僕が殴られても、殴られた部分と殴られてない部分にベクトルの差がないので骨は折れません。着地を除けば。
「次こそもって死ぬがよいいいぃぃぃぃ………」
 …負け台詞とその姿は、朝靄にかすんで見えなくなりましたとさ。

 ひらりと僕のいるツボミに舞い降りたご主人様。
「おまたせー。んじゃ、ついたから、はじめよっか」
 ご主人様が指差す先に目を向けると、僕がいるツボミの中の巨大な空間には「花の蜜」が池となっていました。

 つづく



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