猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

こちむい 闘争!! ホワイトデー

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こっちをむいてよ!! ご主人様  闘争!! ホワイトデー

 
 
 樹木生い茂る山の斜面をソラヤが走る。流れる汗に柔かな黒髪が頬に張り付く。
 「ハッ、ハッ、ハァッ・・・」
 荒い息と共に小柄な体がギクシャクと泳ぐように走る。低木樹の林なので藪が多く、
ソラヤが藪を掻き分けるたびシルクの衣装は裂け、柔らかそうな太ももに、二の腕に
小さく傷が付く。
「!? 」『ずざざざざっ!!』
  藪に隠れていた木の根につまずき倒れこむソラヤ。端正な顔が落ち葉で汚れた。
のろのろと身を起こそうとするソラヤ・・・。深みのあるはずの群青色の瞳は放心しているのか
今はガラス玉のように見えた。
  その時だった、背後の木々が弾けるようになぎ倒される!
『バキバキ・・・メキメキッ!!!!』『パオーン!』
  林を割って現れたのはなんと『象』。このネコの国には生息していないはずの動物である。
そしてその背には象使いなのだろうか?人影があった・・・
「どうした?鬼ごっこはもう終わりかい?ヒヒッ」
  背にまたがったローブ姿の老婆が耳障りな声で叫ぶ。
  ソラヤはぎくしゃくと立ち上がる。手をひねったのかぷらぷらと右手首を振っている。
そして振り返ると同時に・・・
『・・・ザンッ!』
  それはほぼモーションなしの跳躍!象の背の上の老婆へと弾丸のように、一陣の風のように
飛び掛かる。水がしぶくようにキラキラとした冷たい光の残像が右手の前方からこぼれる・・・
『ブゥン・・・バチッ』
  ソラヤの動きに全く対応できていない老婆だが、ソラヤの右手がひらめく瞬間、
羽虫の集団のような音と共に老婆の前に防御力場が形成され火花が散った。力場に触れた
ソラヤの小さな手が黒焦げになり、元の場所へと弾き返された。キラキラとクリスタルの
細片が舞う。
  命を狙われたことに気がついた老婆が逆上気味に叫んで言う。
「ふははははっ、この愚か者!逃げられると思ったかぁ!わしの秘密を知った奴隷の末路は
これよぉっ!」
『パオーン!』。両前足を高々と上げた象は大怪我をして倒れたソラヤの上に丸太のような
足を振り下ろす!

『グシャリ!』

  ・・・哀れ、悲鳴さえなく潰されるソラヤ。ありえない方向に背骨が曲がってしまい下半身は
半ば落ち葉の積もる地面にめり込む。これでは万に一つも生きてはいない・・・
「ふん・・・上玉なのに惜しいことをしたわい・・・まあ、ヒト奴隷を誘拐しているなんて王宮の
『血塗れフローラ』の耳にちょっとでも入れば三度死んでも追いつかんからのぉ・・・
ふぉふぉふぉ・・・」
  と、美しい少年がどれだけ無残で残酷な最期を迎えたのかと、暗い愉悦とともに足元を見て
愕然とする老婆。

 『ぷしゅう・・・』

 ソラヤが消えてなくなり、ひらひらと舞い残されたのは折り紙のいわゆる『やっこさん』
の人型・・・
 フードの下の血走った細い目を見開いて老婆は呟く。
 「やられた・・・やられたわい!あの手癖の悪いヒト奴隷めが・・・」
 外見に似合わない機敏な動きで象から飛び降りる老婆。

 『ぷしゅう・・・』

 そして同時にまたがる象が大気に溶けるように消えた。そのかわりに折り紙で折られた
 『象』がひらひらと残った。それには目もくれず、老婆が手を払うように振るとその
 『象』はポッと炎を上げ、見る間に灰になり地面に落ちる前に燃え落ちた。
 「生きては帰さんぞえ・・・あのこわっぱめが・・・」
 そんな老婆の足元に影がよぎった。慌てて頭上を見れば木立の隙間からグライダーが
陸地を目指し通過していく。忌々しげに天を見上げた老婆の濁った瞳には狂気が宿っている・・・


 時は戻る・・・
 シュバルツカッツェ城、東ウイング通称『姫様長屋』の『最下層』と呼ばれるフロアである。
別に地下にあるわけではなく実際は城の2階である。その正体は、幼年学校を出たばかりの
ネコ姫様が住まう賃料がタダの1LDKのありふれた部屋のことだ。
 普通のごく一般的な王女さまなら成人すると、ある程度の家賃と引き換えに間取りが広く
部屋の改造も利く上のフロアに引っ越していく。この大陸の文化や経済をリードしている
ネコの王女として、陳情客のために応接室やら自己を鍛えるためのフィットネスルームぐらい
あってもいい。さらにお金を出せばもう一段階上の高級フロアで一流ホテルもかくや、
という生活もできるがそれは限られたブルジョアの何人かのネコ姫のこと。


 そして今日の話は最下層に唯一、今だ居座るネコ姫様の部屋から始まる・・・

 「ここをこうやって折って・・・ほら、ペンギンだよ」
 『コクコク』ソラヤ君は少し驚いたように頷いて小さく手を叩く。ここはぼくのご主人様の
部屋のリビング。ヘタったソファの下に隣り合って座りながらぼくとソラヤ君は折り紙遊びを
している。
 「ほら、ソラヤくんもやってみて」
 ぼくは手元の折り紙をソラヤ君に渡す。ソラヤ君はドキドキしながらぎこちない手つきで
慎重に角と角を合わせながら千代紙を折っていく。つまるたびに後から手をそえて折るのを
手伝ってあげる。この遊びに夢中なのか、後から見えるソラヤくんの白い頬がほんのり赤く
染まっている。ちょっと雑ながらぼくが作った同じ『ペンギン』の形を作り上げると
『ぱぁっ』と満足気に表情を輝かせる。とはいっても微妙な表情の変化なのであまり
他人にはわからないと思う。
 ぼくはソラヤ君を褒めてあげてからもっと驚かせたくなってがんばる。
 「ほら、ソラヤくん・・・今度は帆かけ船だよ。えっとね・・・ここの『帆』の部分を持って
目をつぶって見て・・・」
 『ぎゅ・・・』「・・・・・・」
 「ほらほら!いつの間にか舳先の部分を持ってるよ、びっくりでしょ、でしょ?」
 「・・・!! 」(無表情だけどソラヤ君驚愕の瞳)
 「他にもあるんだよ、えっと、新しい折り紙は・・・」
 とテーブルを探せば、用意した覚えのない折り紙が置いてある。
 「あれれ、こんな折り紙買ってたっけ・・・ふむふむ、『変身折り紙』・・・なんだこれ・・・」
 首をひねりながら手を伸ばせば背後から声。
 「ちょっと待つにゃ!それはわたしが作ったマジックアイテムにゃ!」

 後から折り紙の束を取り上げながらそのネコ姫は言う。
 「なにが『デショデショ』にゃあ、ソラヤ、わたしは今からコイツと大事な用事があるから
とっととおいとまするにゃあ」
 いきなりこの部屋の主が現れた。どうやら研究、というかこの折り紙、マジックアイテムらしいが・・・
の製作が終わったらしい・・・どうせ怪しげな代物に違いない。ぼくはご主人様に言う。
 「ムッ・・・ティッシュの箱を小脇に抱えて『大事な用事』なんてのたまわないで下さい、
ご主人様・・・」
 無表情なソラヤ君も心なしか不機嫌な感じ。
 「そんな子供の遊びより、わたしが大人の火遊びを手ほどきしてやるにゃあ、にゃんにゃら
二人いっぺんでも・・・」
 ソラヤ君にこんなやり取りを聞かれるなんて、家族のみんなでテレビを見ていたのにボタンの
操作により入れたままのエッチなDVDがいきなり再生されたような感じです・・・きっと。
 ぼくはソラヤ君とご主人様の間に割って入り言う。
 「ご主人様は作業室に戻っててください。ソラヤくんのような小さな子にはこのお城の爛れた
日常よりもこういう情操教育が必要なんです!! シッシッ!」

 「むぅ・・・」
 じゃけんにマナを追い払おうとする召使いに、ソラヤがそ知らぬフリで言う。
 「お兄さま・・・ここ、どうやるの?」
 「え、それはね、こうやって・・・」
 テーブルにそそくさと向き直りソラヤに手を添えてやるマナの召使い。そしてソラヤはマナの
召使いの手元を覗き込むフリをしつつその肩に頬を寄せ、ふいにマナの方を見やる。二人の視線が
キケンに絡み合う・・・
 『ニヤリ・・・』(フフン、このビッチが・・・という目つき)
 「にゃ、にゃにゃっ・・・!」
 ワナワナと震えるマナ。二枚重ねティッシュの箱がぐしゃりとつぶれる。
 「ソ、ソラヤ・・・と、とっとと帰れにゃ――っ!! 」
 叫ぶマナ。慌てて召使いが割ってはいる。
 「どうしたんですご主人様!こんな小さな子供に向かって・・・お仕事で疲れてイライラ
してるんですか?夕方までお休みになったほうが・・・」
 「にゃにゃっ、ちがうにゃあ!お前はその小悪魔にだまされてるにゃあ!」
 ワナワナと召使いの背後のソラヤを指差して言うマナ。うろたえる召使いだが、目をウルウルさせ、
おびえてすがり付くソラヤを見て、召使いは溜息をついて言う。
 「ご主人様、もっと大人にならないと・・・こんな小さな男の子相手にヤキモチしちゃダメですよ・・・」
 あんまりなことを言う召使いにマナは怒りを押さえ込むのが精一杯。しかしソラヤは自分を
かばう様に前に立つマナの召使いの肩に背後から顎を『トン』と乗せて『お兄さま』に甘えて見せる・・・
 『ニヤ・・・』(計画どおり・・・)

 『ぷちっ・・・』

 「にゃっ、ふっ、にゃにゃっ・・・ひ、ひっ・・・久しぶりにキレちまったにゃあ・・・壁にうつった影に
してやるにゃあ!爆炎招来!・・・天・・・地・・・ネ・・・」
 「わあああああっ!ご主人様、こんな狭い所で物騒な物騒な呪文となえちゃダメ――っ!! 」
 じたばたと揉みあう二人。ソラヤも止めるフリをしつつ、好きなお兄さまの腰にどさくさ紛れに
抱きつき更なるマナの逆鱗をかう。

 そのときキッチンの時計から不意にアラームが鳴った。驚いたのか動きがピタッと一瞬だけ止まる三人。
 「あっ、バイトの時間だ・・・」
 「にゃにゃっ、今日はバイトじゃにゃいはずにゃあ・・・」
 「えっ、あの、それは・・・臨時で・・・」
 口ごもる召使いにソラヤがマナとくっ付いてるお兄さまを自分の方に引っ張り込み、小さな胸に
お兄さまの腕を抱えながら得意げに言う。
 「お兄さまは『ほわいとでー』とかがあるからいつもより忙しいです、マナ様には内緒で
ソラヤにだけ話してくれたのですけど・・・」
 ソラヤにしては長いセリフだが効果は抜群だった。
 「にゃ、にゃんのことかわからにゃいけど・・・そ、そうだったにゃ、マジックアイテムマニアの所に
納品に行ってこにゃいと・・・べ、別に期待してにゃいんだから!」(棒読み)
 と、あたふたと後ポケットにさしていた悪趣味な模様の紙袋に折り紙をしまい、まとまりのないことを
言いつつ、そそくさとスキップしながら退散するマナ。

 マナが部屋から出て行くと、『あちゃ~』という顔をして天を仰ぐマナの召使い。
 『・・・・・・?』
 きょとんとしてマナの召使いを見やるソラヤに、城下町へと出かける用意をしながら『ぼく』は
『ほわいとでー』について説明するのであった・・・


 かくしてソラヤは繁華街の周旋屋にいた。簡単に言うと臨時アルバイトの募集を探しに来ている。
 掲示板に貼ってあるメモを一つ一つ覗き込む。なかなかヒト用やヒトでもできる仕事を
見つけることはできなかった。もともと物欲のないソラヤは自室の引き出しの中にうなるほど
お小遣いがあったりする。引き出しに放り込むばかりで数えたことはない・・・。でも、ソラヤが
自分のご主人様の次ぐらいに尊敬するお兄さまは言うのだ。
 『せっかく贈り物するんだから自分で稼いだお金で贈り物をしたいよね、どんな安物でもね・・・
そっちの方がミルフィ様も喜ぶと思うよ・・・』
 そうかもしれないとソラヤは思う。ソラヤは自分がミルフィに『ほわいとでー』の贈り物を
するシーンを想像して・・・世慣れてないソラヤにその想像の結末はまったく思いつかなかったが
胸の中が甘酸っぱくなる・・・それは悪くない気持ち。

 あんまり熱心に掲示板を見つめるソラヤに興味が湧いたのか周旋屋の親父がソラヤに声をかける。
 「ぼうず、仕事かぁ?」
 『こくこく』
 頷くソラヤ。耳に羽ペンを挿したネコの親父は逞しい腕を組んで言う。
 「ヒト用の仕事なんてのは、なかなかないんだよなぁ・・・ウチは風俗関係の周旋はやってないしなあ・・・」
 さすがマナの召使いが紹介するだけあって健全かつ良心的な周旋屋らしい。
 「ぼうず、ご主人様はいるんだろ?」
 『ふるふる』
 首を振るソラヤ。さっきお兄さまが・・・
 『あまりお城で働いてるって言わない方がいいよ、お城に繋ぎをつけようとするタチの悪い
商人が寄ってくるからね』などと言っていたので少々の方便を言う。
 「そうか・・・野良ニンゲンか・・・苦労するなぁ・・・」
 周旋屋の親父も掲示板に貼っていない時期の古い求人票の紙束を引っ張り出し、親身になって探すが
ついには申し訳なさそうに首を振った・・・


 結局仕事は見つからず、溜息をついてソラヤは周旋屋から出たところをさっきから二人の話を背後で
こっそり聞いていたネコの老婆がよろよろと追いかけ言う。
 「よろしいかの?」
 「・・・・・・」
 「ワシはの、今日街にマジックアイテムの買い出しに来たんじゃが、少々買い込みすぎてしまっての・・・
この老骨一人では少々重すぎるだけで獣人の人足を雇うほどではないんじゃが・・・ワシの屋敷まで荷物を
いくつか持つのを手伝ってくれないかの?」
 ネコ・・・らしいが黒いフードに覆われており人相ははっきりしない。ただ、『ニッ』と笑った
口の端から黄色い八重歯が覗いている。背にはパンパンに膨らんだ背嚢。腕にも大きな箱を抱え、
手には趣味の悪い模様の紙袋を下げていた・・・
 その見覚えのある紙袋に記憶をたどるソラヤだったがその記憶が繋がる前に老婆は言う。
 「多くは出せないが駄賃をだしますじゃ、どうかのぉ?」
 『こくこく』
 ソラヤはためらいなく頷いた。そしてソラヤは大き目の箱を抱きつくように持ってよちよちと
老婆の後を追うのであった。

 路面電車でしばらく南下し、そのまま『東西大街道』を横切り港に出た。そしてそのまま
自家製ボートに乗って湾内にある老婆が住む小さな無人島に上陸する。尖がった山の中腹に
そのネコの老女の屋敷がポツンとあった。3時間ほどかかったが、この距離ならお城の門限に戻れそうと
ほっと胸を撫で下ろすソラヤ。
 小ぢんまりとした洋館にドアを軋ませ入ると指定された場所に箱を置く。慣れない筋肉を使ったので
腕が少々強張ってはいたが勤労の成果の結果なので心地よく感じる。
 「ふぉふぉふぉっ・・・それではの、駄賃を用意するのでここで待っとってのぉ・・・」
 老女はソラヤをリビングに案内するといそいそと廊下に消える。ソラヤを舐め回すような
じっとりとした視線が不快だがなんとか我慢する。

 『・・・・・・』
 手持ちぶたさにリビングを見て回るソラヤ。壁に掛けてある絵も、応接セットの調度品も
派手ではあるが贋作だったり、見えないところや裏地が貧弱だったりする。飛び乗るようにソファに
座れば『ギシュリ』と嫌な音をたてて反発する。
 しかし窓の外を見れば急な斜面に屋敷が建っているせいかネコの国の湾内が一望できた。
この眺望だけはなんとか合格点が出せる・・・たが窓の外に嵌っている鉄格子が珠にキズといったところか。

 やがて水平線に太陽が近寄ってくるとソラヤも少々焦る。ソラヤは一旦お城に帰還しようと
スッと立ち上がり、リビングのドアに手をかける・・・
 『ガチャ・・・』
 閉まっていた・・・。リビングにいるにも関わらず外鍵とは・・・なにかおかしい。
 「・・・・・・」
 ソラヤはシャカシャカと手を振ってから壁に付いていた鉄製のフックにジャンプ。そして三角とびの
要領でそのフックを足がかりに天井へとさらに音もなく二段ジャンプ。あわや天井板に頭から衝突・・・
といったところで頭上に差し上げた手が小さく円を描くように閃く。同時にパクリと天井板が大きな
円盤状に切り抜かれた。その穴にソラヤの体が吸い込まれる。
 マンホール状の穴は天井面でクルクルと回転してから音もなく元の天井面を見せて切れ目なく
元に戻った・・・。
 
 静けさが誰もいなくなった部屋に満ちる。ちなみに鉄製のフックにぶら下がっていたのは長い鎖、
そしてその末端の手錠・・・浮く錆は血のせいか・・・


 この屋敷、掃除をするものがいないのか、はたまたいい加減なのか、どこもが薄汚れているような
気がする。それがまた見た目豪華な調度をさらにニセモノ臭くチープに見せている。そんな書斎の
一室で老婆が話している。
 「ふぉふぉふぉ・・・ヒト奴隷をの、買い取って欲しいんじゃよ・・・また誘拐?人聞きの悪い・・・今度は
れっきとした野良ヒトじゃ、周旋屋で自分で言っておったわい・・・歳も幼いし上玉じゃし2万セパタ・・・
いや、王城の召使いクラスのヒト奴隷じゃから20万は欲しいのお・・・ふぉふぉふぉ」
 部屋の中なのに黒いフードを脱ぎもせず遠話器でまくしたてている老婆。どうやら闇の奴隷商人に
連絡しているらしい。

 『シャリン・・・』天井にキラッとした光が小さく反射。
 同時に天井が四角くパカリと開口すると落下する天井板を小さな両手がキャッチ。天井板が天井内に
引き込まれるのと引き換えに音もなくするりと逆しまに上半身を出したのはソラヤ。眉毛の少し上で
切りそろえた前髪が重力で下に落ち、いつもと違うおでこが丸見えスタイルなのが結構新鮮な姿。
 ソラヤは老婆の浅ましい姿を見てムッと眉をしかめる。氷のような表情のまま、シャカシャカと
手を振るが、すんでのところで老婆の周りを浮遊しているいくつかの小さな輝石に気がついた。
口の中で小さく呟く・・・
 『多位相浮遊障壁・・・』。
 物理攻撃や魔法攻撃をほぼ完全にシャットアウトするマジックアイテムである。
 ちなみにソラヤがこれを知っているのは身近な人間が使用しているせいだ。ネコの国の女王は
その輝石を装身具にして王妹ふたりにつけさせており、常に二人の中間に位置している。ソラヤは
幾多の暗殺者が、その障壁力場により返り討ちにされているのを何度も目の当たりにしている。
 下手に攻撃して『障壁防御』だけでなく、『カウンター』や『スタン』の追加呪文を食らうのは
実に危険であろう・・・
 ちなみに女王がよく使用しているのは『スロウ』の遅延魔法である。追加呪文をかけられたのも
知らず、再び亀のような遅さで向かってくる暗殺者を王妹二人が膾切りにしていくのを笑いながら
鑑賞するのが趣味である。

 ソラヤは忍者としてあっさり見切りをつけるとスルスルと天井に戻ろうとする。しかしふと書斎の
テーブルの上に今日買い込み、自分が運んできた荷物が置いてあるのに気がついた。
 『・・・・・・』
 テーブルの上の荷物の横に悪趣味な紙袋・・・。王都の有名なアダルトショップの紙袋であったが
ソラヤには別に見覚えがあった。たしか今日のお兄さまの部屋で・・・

 『にゃ、にゃんのことかわからにゃいけど・・・そ、そうだったにゃ、マジックアイテムの納品に
行ってこにゃいと・・・べ、別に期待してにゃいんだから!』

 と言って、マナ姫がお尻のポケットに刺してあった紙袋にマジックアイテムを詰めた紙袋と
同じデザイン・・・

 ソラヤの値段交渉に夢中の老婆の背後に気配を殺して大胆に忍び寄るソラヤ。そのまま頭を
低くしつつテーブルの上の紙袋に手を伸ばすと中をそっと探る。やはり出てきたのはマナ姫が
作ったマジックアイテム。『変身折り紙(めたふぉるくらふと)』と汚い字で書いてある以外は
普通の折り紙にしか見えない。ソラヤはそっと2,3枚を引き抜くと元通りにテーブルの上に
紙袋を置いてそのまま音もなく飛び上がる。開口部のふちに指をかけると音もなく天井の中に
消えた。そしてすばやく天井を戻すが天井板はよほど目を凝らさないと切断されたのが
わからないほどその切り口は滑らかであった・・・。今の行動全てで5秒も経過しておらず、
さらにソラヤが外に脱出するまで一分もかからなかった。


 『パオーン・・・』
 下のほうで象の鳴き声・・・時間稼ぎは成功したらしい。ソラヤは既にこの小さな無人島の
てっぺんに近い切り立った稜線の上に立っていた。おもむろにポケットから折り紙を出して
慎重に折っていく。残りはあと1枚・・・
 『ぺた、ぺた・・・』
 おぼつかない手つきで完成させたのは単なる『紙飛行機』。しかし折り終えたと同時に
マジックアイテムが発動、魔洸力が押し寄せる感覚。みるみる『紙飛行機』は大きくなり、
同時にその形態を変化させていく・・・
 そしてなんとソラヤの目の前に現れたのはホンモノのハンググライダー。
 「・・・・・・」
 ソラヤは小さく頷くとグライダーを背負うように持ち上げる。このときだけソラヤの形良い
眉がしかめられる。気合を入れて足をシャンとさせると一気に崖に向かって走り出す。
 『タンッ!』
 ためらわずに度胸良く飛び出すソラヤ。グライダーは上昇気流をしっかり捉え、ソラヤを
空中の住人にする。足をハーネスに押し込めながらソラヤは前方を確認。薄っすらとした
夕暮れの中、灯台の明かりで方角を確認。港に下りるよりもその遥か向こうに見える黒く
ぬめ光るシュバルツカッツェ城に直接帰った方が門限的にもいいだろう・・・

 悠々と空を旅するソラヤ。少し寒いが上空からの眺めはソラヤの好奇心を刺激するのは十分で
ある。文明の進んだネコの国の眠ることを知らない工場の騒音、マッチ箱のような家から上がる
炊煙、気の早いネオン灯の光、城下に走る魔洸路面電車の窓からは柔かな橙色の灯火があふれて
スルスルと地面を移動している。
 「こんどご主人様と一緒に飛んでみたいな・・・」
 うっとりと呟くソラヤだが。背後に聞こえる小さな羽ばたき音に慌てて首だけ振り返る。

 「・・・!? 」
 いた・・・。巨大な鶴に跨りばっさばっさとソラヤを追ってくる老婆・・・
 「クックックッ・・・わしを出し抜くとはやってくれるよ・・・じわじわ恐怖にまみれて死ね」
 ソラヤは慌てて急降下して逃れようとするが風任せでなく自力飛行できる鶴に乗った老婆は
見る見る距離を詰めてくる。弄るように空中で距離を保つと何か投げつけた。
 『ザク!ザク!』
 「!!!」
 ソラヤのハンググライダーの羽に刺さるのはなんと四方手裏剣。鈍色の手裏剣は刺さると
同時に折り紙の『手裏剣』へと姿を戻してしまうが、グライダーを裂いた大穴はしっかりと
残ったままだ。
 「くっ!」
 操縦が不能になりかけ、旋回しながら失速を逃れるソラヤ。しかしグライダーの大穴は
見る間に強い風圧により広がり、そして・・・
 『ぷしゅう・・・』
 無情にもハンググライダーはもとの『紙飛行機』に戻ってしまった!
 空中に投げ出されるソラヤ。下は幸いにもまだ海の上、湾内ではあるがこの状況で老婆の
追撃を受けることを考えれば寿命が1、2分ほど延びたと言うことぐらいにしか過ぎない。

 『・・・・・・』
 風圧に絹糸のような黒髪をもみくちゃにされながらソラヤはまだ冷静だった。ポケットから
最後の折り紙を手に取り考える。
 『また紙飛行機を折っても追いつかれる・・・かといって鶴を折る時間もないし・・・反撃も
多位相浮遊障壁が・・・』
 唇を噛むと同時に人間が最期の時に見る走馬灯のように過去のシーンが頭を駆け巡る・・・が
それは一日どころか何時間前でストップされた・・・午前中にお兄さまと一緒に、たしか・・・
 ソラヤの手が慌てて動き、落下しながら折り紙を折っていく。
 「間に合って・・・これでっ・・・」

 『ドパーン!!!!!』

 ソラヤが落下したにしては巨大な水柱が湾内に撒き上がった。


 巨大な水柱を避け、上空を旋回するマジックアイテムマニアの老婆。水煙が収まると
そこにはへんぽんと湾内を進む木製の小さめの和船が浮かんでいた。
 「折り紙を折る時間がなかったようじゃな・・・どんな風に適当に折るとあんな不細工な
船ができるんじゃか・・・?」
 自分の美意識に反する物をみて鼻を鳴らす老婆。不意に良い事を思いつき邪悪に笑う。
 「それならせいぜい死ぬときには美しいわしの作品で送ってやろうかのぉ」
 舳先に立つソラヤに対するよう老婆は鶴を船の中央、帆柱が立っているところに着地させる。
 『ぷしゅう・・・』
 同時に鶴は消え、『折鶴』となって海面に落ちていく。
 「・・・・・・」
 睨むソラヤに老婆は言う。
 「ずいぶん手間取らせたの、すっかり赤字じゃわい・・・さて、鬼ごっこももう終わりじゃ」
 懐から黒色の折り紙を出す老婆。凄まじい速度で手が動いた。正方形の紙は老婆の手指の
残像と共に見る間に動物の形に折りあがる。
 「見るがよい、これぞメタフォルクラフト奥義!出でよ『オンサ』っ!!」
 折り紙は偽りの命を吹き込まれ、黒い毛並みのジャガーが現れた。小さく唸りながら
ソラヤを見て舌舐めずりしている。まったくあの最下層のイワシ姫はロクな物を作ってくれる・・・
 「・・・・・・」
 この場から逃げたいのか、じわじわと舳先へと移動していくソラヤ。しかし小さな船では
すぐに下がる場所がなくなる。泳ぐには遠すぎる遥か向こうに岸が見えた。水平線に半ば没した
太陽は次に起きることを暗示させているのか、甲板の上のものを全て血の色に染め上げている。
 「ふぉふぉふぉ、こんなところで逃げられるものかい・・・食い殺されるか?溺れ死ぬか?
好きな方を選べぃ・・・行けい!」
 老婆がソラヤを指差すと音もなくジャガーは飛び掛る。肉食獣の生臭い息がソラヤにかかる。
その瞬間!
 「いまだっ・・・」
 ソラヤが舳先に飛びつく。同時に凄まじい速度で甲板が傾きだした。船が立ち上がる・・・!?
 
 慌てて床に爪をたて踏ん張るジャガーの鼻面にソラヤは舳先にしがみつつ、空いた爪先でキック!
 「ギャオン!? 」

 「な、なんじゃっ!? 」
 舷側に必死につかまりながら老婆は叫ぶ。手が塞がれば当然折り紙も折れない。そしてあっさりと
上からソラヤに蹴り落とされたジャガーに巻き込まれた。
 『バチンッ!』
 「グワオオオッ!!」
 『多位相浮遊障壁』によりオンサは黒焦げになり、瞬く間に半焦げの折り紙に戻るが衝突の
質量までは吸収出来ない。無傷ながら老婆ははじき飛ばされ甲板をごろごろと転がり落ち、
海面に叩き込まれる。
 「お、折り紙っ・・・ひいっ!濡れて折れないっ・・・うあっ沈・・・ゴボゴボ・・・」
 水泳をするには老婆のローブは重かったらしい。ゆっくりと湾内の水底に消えていく・・・

 ついに魔法使いの老婆の追跡を振り切ったソラヤ。
 「ふう・・・」
 舳先・・・いや、なぜかいつの間にか帆のてっぺんにしがみ付いていたソラヤは大きく息をつく。
 後に残ったのは海面に漂う色とりどりの無数の千代紙だけ・・・でもすでにソラヤは今までの事より
船旅の時間のロスのほうが気になっていた・・・

 その日の夜、ソラヤは初めて門限を破った・・・


 シュバルツカッツェ城最上階。ミルフィ姫のリビング・・・
 ミルフィは食堂に用意してあった料理を全てダストボックスに叩き込む。ソラヤに食事抜きを
命じて自分だけ食べるわけにはいかない。そのままふらふらとリビングに戻ると目を瞑り大きな
ソファに身を投げるように座る、いつもは包み込むような柔かな感触も今はよそよそしい・・・
 『ソラヤがわたくしに秘密なんて・・・』
 別に怒ってはいないのだ。時間を忘れて遊ぶのも歳相応の行動でソラヤにとって悪くないとさえ
思っていた。だからマナは気に食わないが、マナの召使いと遊ぶことも許している。しかし遅れた
理由を言わず口をつぐんでいることがミルフィの心を波立たせるのだ。

 「ふう・・・」
 ミルフィは大きな溜息とともに抱きしめたクッションから顔を上げるとなぜかあの第三十番姫が
真向かいに座っていた・・・
 「にゃふ・・・ずいぶん修羅場みたいだったからそっとお邪魔したにゃあ」
 勝手にワインセラーからワインを取り出していて『ガジガジ』とコルクに歯を立て、
ぐりぐりきゅぽんと栓を抜くとラッパ飲みでぐびぐびと飲りはじめる。
 「にゃふぅ・・・悪くにゃいにゃあ、何々・・・『シャトー・ルパン・・・』ふむ、ルパンもパチンコに
なったりワインになったり大変にゃあ・・・」
 「ちょ・・・それ、な、なっ!・・・」
 先ほど前までのソラヤとのやり取りを聞かれた恥ずかしさや、マナの理不尽な登場と高価な
ワインが見る間に消費されていくことに激高するミルフィ。
 「あ、そうだったにゃあ・・・お前に『謝りたい』って言うから連れてきたにゃあ・・・」
 「へ・・・?」
 怒気を賺されれば、ドアの影にコソコソと隠れていたマナの召使いが駆け寄ってきて
いきなり土下座して言う。
 「す、すいません!ぼく、ソラヤ君に余計なこと言って・・・さっきまでソラヤ君が
帰ってこなかったのは実はかくかくしかじか・・・」
 マナの召使いは絨毯に額を擦り付けて言う。
 「・・・だから、だから、ソラヤ君のこと怒らないであげてください~っ!」
 「お、怒ってませんっ!そして言うのが遅いわよっ!・・・でもそうだったの、そうだったの
・・・うふふ・・・」
 いきなり笑い出すミルフィを薄気味悪く見つめるマナ。尻ポケットから持参したチーカマに
かぶりつきながら横の召使いに囁く。何でもポケットに仕舞うクセがあるのだろうか?
 「にゃにゃっ!ついに狂ったにゃ・・・脳にいく栄養が胸に行き過ぎたんにゃ、もう手遅れにゃあ・・・」

 「いっ・・・いいから、もう出て行け―――っ!! 」

 ハッと気がついたミルフィはマナを外に蹴りだす。とっておきのワインを取り上げずに追い出したのは
口には出さないがちょっとした礼の代わり・・・


 「もう、もう・・・ソラヤったら、召使いから品物を貰って喜ぶ主人なんているはず・・・」
 ソファに座りながら一人ごちるミルフィ。ただ顔がにやけてしまい、ソファの上のクッションを
抱きしめて火照った顔を隠し、ワニワニと体をスイングさせる。
 「もう、もう・・・」
 さっきまでの鬱状態はどこへやら、そわそわとミルフィは立ちあがる。そしてこの大声で
叫びたくなるようなふつふつとした気持ちを昇華させるべく、日記にしたためようと自室へと急いだ。

 廊下に出るとドアの閉まる小さな音。そして目をやれば丁度ソラヤの部屋のドアが閉まるところだった。
薄暗い廊下にソラヤの白い服の裾がはためいてドアの隙間に消えた。
 「私の寝室に用があったのかしら・・・自分のお部屋で反省してなさいって言ったのに・・・」
 眉をしかめるミルフィ。ソラヤには隣の寝室に自由に出入りしていい許可を与えているものの、
やはり気分は悪い。
 「反抗期なのかしら・・・」
 憮然として部屋に入る。

 「あら・・・?」
 ミルフィ自慢のビクトリア調の化粧台の上に何か置いてあった・・・。
 それは折り紙で作った『鎖つづり』。いわゆる七夕で使う輪っかをいくつもつなげた代物である。
手に取るミルフィ。
 糊の匂いもまだ新しく、紙の端がところどころずれた不器用な『鎖つづり』は最初と最後を
つなぎ合わせた輪っかになっていて・・・メモ用紙があった・・・

 『ごしゅじんさまいつもありがとう てらやより』 

 「もう・・・、もうっ!自分の名前を間違えるなんて・・・明日勉強を教えてあげなくちゃ・・・」
 たどたどしい文字。間違ったスペル。チープな首飾り・・・。ちょっとだけミルフィの瞬きの回数が
増えた。くさくさした気持ちはとろとろに溶け去り、じわじわと暖いものがのこった・・・

 ミルフィはうやうやしくその『鎖つづり』を首にかける、破れないように慎重に縦ロールの
金髪を抜いて・・・
 「うふふ・・・」
 ミルフィは何度も何度も鏡面の前でくるりくるりと回る。

 金色の髪はキラキラと。

 首飾りの紙はサラサラと。

 その首飾りの擦れる乾いた音はどんなネックレスの貴金属の触れ合う音にも負けない。
 頭がくらくらするほど回転した後でミルフィは鏡台の天板をあげる。そして螺鈿の宝石箱を開き、
大事に仕舞ってあったグリーンブラックの夜会用の大粒真珠のネックレスを宝石箱から外に出す。

 代わりにソラヤの紙つづり大事そうに入れ、そっとそっと宝石箱を閉じるのであった・・・

                                         おしまい

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