無垢と未熟と計画と? 短編1 おもいでのほん
「……早く寝なさいとお医者さまに言われただろう、ロレッタ?」
「あ……」
暖炉のある暖かいリビングのソファで本を読んでたら、父さんがわたしの隣へ座って心配そうに声をかけてくる。
横目で時計を見ればもう12時前。寝るのが早いねーさんならもう夢の中の時間だ。
……でも、まだ寝るわけにはいかないかも。
「えっと、この本読み終わったら寝るー」
「ダメだ。今すぐ寝なさい」
普段は無口で危ないこと以外は黙っていてくれるけれど、一度口を開くとなかなか折れてくれないところは嫌いじゃ
ないけれど、こんないい所で止められたら気になって眠れなくなっちゃう。
「――」
せめてこのお話が終わるまでは……と、心を込めてじぃぃぃと父さんの丸くて大きな目を見る。
けれど、全く揺れない。
頑固なとこはねーさんそっくり。というか、ねーさんがそっくり?
「今読んでる話まで……ダメ?」
「それならいいぞ」
「ぇ?」
これでダメだったら諦めよう。
そんなあきらめ半分の気持ちだったけれど、意外に簡単にOKされてびっくり。
もううれしいやら信じられないやらで心の中はごっちゃごちゃで、声も出ない。
「そんなにおかしいか?」
「ちょっとだけ」
控えめに正直にそう言うと、微妙そうな表情で髪がくしゃくしゃなりそうな位に私の頭を撫でてくる。
撫でられるのは好きだけど、ごめんね父さん。
「で、何を読んでいるんだ?」
「この前の誕生日でバッカス老から貰ったヒトのお話まとめた本だよ」
「ほう」
そんな事を気にした様子もない父さんは珍しそうに本に視線を向けて、すっと目を細めてちょっと怖い顔変わって、
ビクっと無意識に体が震える。
「そういえば、何か貰ったという話聞いてないな」
うわ。
「ロレッタ」
「えっと、貰ったんだけどバッカス老から『貰ったことは言わないように』って……でもでも、言わなかったわたしも
悪いし……」
バッカス老が後で困らないようにと色々言い訳してみるけど、最後の方はもう自分で何を言っているか分からなくなる
ぐらい小さな声になって俯いてしまう。
「全くあの人は相変わらずな……ロレッタ、泣かなくていいぞ」
「え?」
そう言われて顔を上げて、同時に手に落ちてきた冷たい感触で初めて気づく。
なんで、泣いてるんだろ?
「バッカス老が俺かヘーゼルに叱られるとでも思ったのか? ……優しいな、ロレッタは」
「そんなこと、ない」
本当にやさしいなら最後まで泣かずに言えるはずなのに、それが出来なかった。
だから……
「まぁ、俺が勝手に言ってるだけで、いつもの事だから気にするな」
わたしを慰めるように荒っぽいものから髪を梳くような感じの撫で方へ変える父さん。
「う、ん」
それ以上涙を見せたくなくてパジャマの袖で涙を拭って、なんとか笑う。
「よしっ、いい子だ」
「そ、そんなに撫でなくていいから~」
「悪い悪い」
体の大きな父さんが手加減せずにわたしを撫でると、体ごと揺れて頭の中がぐるぐるかき回されてしまう。
うぅ、気分悪くなりそう……あ、そうだっ。
「ねぇ、父さん。"シンデレラ"って知ってる?」
「シンデレラ? ……ガラスの靴の話か」
『うん』と言う代わりにわたしは首を縦に振って、"シンデレラ"のページをめくる。
継母とその娘達にいじめられて舞踏会にいけなかったシンデレラという女の子が、魔法使いさんの力を借りて幸せに
なるというヒトの世界のお話だ。
「それがどうかしたのか?」
「舞踏会へ行く時に魔法使いさんが助けてくれるんだけど、なんでそんなことしたのかなぁ? って思うの」
今持ってる本の中じゃ、『シンデレラは幸せになりました。めでたしめでたし』でそれ以上は無し。……すこしくら
い書いてあってもいいと思うんだけどなぁ。
「……王子様とシンデレラが幸せになったから。で、どうだ?」
「!」
父さんのその言葉にわたしの中の"何か"が嵌る。
その"何か"はよく分からないけれど、とてもしっくりくる。
「眠そうだな」
「まだまだ大丈夫っ」
腕を振って意地は張ってみたけれど、ずっと考えてた事が解決したからか、妙に瞼が重い。
それにしても、何で分かるんだろ?
「そんなにわたし眠そう?」
「ヘーゼルと一緒で、眠くなると目元が二重になって目がパッチリしてくるからな」
「えぇぇ!? それは初めて聞いたよっ」
わたしを見て、手の込んだイタズラに誰かが引っ掛けたような笑みを浮かべる父さん。
「そりゃあ、誰にも言ってないからな……ほらほら、寝た寝た」
そう言うと、わたしを本ごとひょいっと抱き上げる。
今まで座っていたソファが少しだけ小さくなり、父さんのおひげが震えているのが分かるくらい近くなる。
「怖くないか?」
「これくらいなら大丈夫っ! これで怖がるのはねーさんくらいだよ」
ずっと前は"こわいこわい"って呟きながら泣いてしがみ付いてたくらい筋金入りの高所恐怖症だからなぁ、ねーさん
は。
「……お前達は本当に似てないな」
と、父さんはちょっと変な苦笑いをして続ける。
「似てない姉妹がこの世に一組くらい居ても問題ないだろ、ロレッタ?」
「だねー、あははっ」
そう冗談めかした言葉に笑って答えるわたし。
――今はもう、そう言っていた父さんもいっぱい本を読んでくれた母さんも――今は居ない。
けれど、優しくて、ちょっとだけ頼りになるにーさんがいる。
……似てない姉妹がこの世に一組居てもいいなら、種族が違う家族がいても……問題、ないよね。父さん、母さん?