猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

太陽と月と星19

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太陽と月と星がある 第十九話

 
 
 季節は移り、だんだんと寒さが身に染みるようになって来ました。
 ジャックさんは一体いつまで夏休みなのか、ちょっと不安です。
 
 そんな事を考えつつ台所を片付けていると、音もなく御主人様が忍び寄っていました。
 御主人様は下半身がヘビ尻尾なので、ネコでもないのに音を立てずに近寄れるという嫌な特技があります。
 しかもお皿を拭いているのに耳を噛むのはやめて欲しいです。
 湯上りとはいえ、私より低い体温の手を腰に回すのもやめて欲しいです。冷たいです。
「まだ終わらんのか」
 御主人様は長い尻尾の先でぺちぺちと床を叩きながらぼそりとそういいました。
 エプロン外すの、やめましょう。
「じゃあがっくんも手つだってよ」
 テーブルの下から顔を出したのは、スナネズミの女の子。
 御主人様より少し早くお風呂を出たのですが、まだ頬は真っ赤です。
 あ、御主人様の手が離れた。
「寝たんじゃ…ないのか」
 御主人様、棒読みです。
「キヨカのお手伝いですぅー!はいフタあった」
「ありがとう」
 ビンのふたを落としてしまったのを探してくれていたのですが、どうやら御主人様は気がついていなかったらしく動揺しているようです。
「がっくんキヨカに文句ばっかり!シュートメイビリ!」
 チェルは学校に行くようになり、色々厳しい言動をするようになりました。
 周囲に染まったというべきか、成長したと見るべきなのか。
 御主人様はチェルの言葉に固まった後、私の顔を覗き込んできました。顔近いです。
 端正な顔がちょっと焦っているように見えるのは、気のせいでしょうか。
「キヨカ、ガツンといっちゃっていいよ!ふーちゃんのおばさんが、二人ならいつでも来ていいって言ってたから今から行こうよ!」
 チェルの瞳がキラキラしています。
 それは、自分がお泊りしたいだけではないかという疑問が一瞬湧きましたが、とりあえず置いておいて。
「チェルあのね、どう考えてもご迷惑だし、苛められてるわけでもないから。大丈夫」
 半月型の耳を撫でると、チェルは不満そうに口を尖らせ、ぎろりと御主人様を睨みました。
「そうすぐやってあまやかすー!」
 地団太を踏むチェルの髪の毛をぐしゃぐしゃし、更にお餅のように柔らかい頬をむにむにしました。
 文句を言われるのは、私が至らないせいだから仕方ありません。
 というか、基本的に口だけで食事抜きとか折檻とかしない御主人様は最高にいい人です。
 しかもいう言葉だって、その……下品な事とか、言わないし。
「ほーら、だんだんねむくなるー」
「こどもあつかいしないでー!ねるならいっしょにねよぅよー」
 すっかり眠そうな表情になったチェルがひしりと足にしがみ付いてきました。
 心揺れるお誘いですが、チェルは寝相が悪いので一緒に寝ると床で目が覚める羽目になります。
「昨日も一緒だっただろうが」
 ずっとそわそわした様子だった御主人様が、やっと口を開きました。
「いいじゃん。寒いもん。ねぇキヨカいいよね?」
 チェルの上目遣いにはかなりの威力があります。
 コレに耐え切れず、今までどれだけおやつを購入してしまった事でしょうか。
「だめだ」
「なんでがっくんが言うの!おーぼー!たんき!そうろう!どうてい!うろちゅー!」
 チェルのほっぺたが御主人様によってぐんにゃりと伸ばされました。
 ちょっと痛そうです。
「あの、あんまり……子供のいう事ですし。私があとでちゃんと注意しますから」
 ひっぱる手を無理やり引き剥がすと、涙ぐんだ目でチェルが私を見て、後ろに隠れました。
 
 御主人様に……逆らってしまいました。
 心臓が妙に響き、じっとりと嫌な汗が垂れてきます。
 唾が、嫌な味。
 御主人様の上半身が動き、肩が動いて、腕が回され
 
「詰めが甘いな」
 反射的に竦めた体に掛けられた言葉を理解できずに首を捻って、床を見て御主人様の尻尾からじっと眼をあげる。
 御主人様はすっと戸棚のガラス戸を指しました。
 うん、チェルも私の後ろからあかんべーをしているのが戸棚のガラス戸に写っています……。
 思わず顔を見合わせると、御主人様は凄く変な顔をしました。
「なんだ。寒いのか」
「……いえ」
 長い尻尾でチェルを引き倒し床でごろごろと転がしてます。
 子供特有の甲高い笑い声を上げながら、眼を輝かせ尻尾に噛み付くチェル。
 かなり深く噛んでいるように見えるのですが、御主人様は頓着せず尻尾ごとチェルを振り回し、遊んであげているようです。
 じゃれ合う二人を見てどっと力が抜け、思わず椅子にへたり込む私。
 ……疲れました。
「ねぇキヨカいっしょにねようよ」
「しつこいぞ」
「だって、大体のことは押せば何とかなるって、ジャックもいってたよ」
「アレを見習うな。バカになるぞ」
「えぇーー!で、でもなんでがっくんがキヨカといっしょにねるの!」
「ジャックのバカが忍び込んで来たらキヨカが困るからだ」
「ならちーがいっしょだからだいじょうぶっ」
「子供はちゃんと寝ろ」
 お友達のはずの御主人様にボロクソ言われるジャックさんは、一体今どこを旅しているんでしょうか。
 水着ギャルを追いかけて、海の藻屑になっていなければいいのですが。
「ならばジャンケンだ!」
「いいよ、負けないから!」
 ちなみにチェルはいつも最初にチョキを出します。
 
 御主人様は、今回は負けてあげませんでした。
  
 *** 
 
 真っ暗な部屋の中、薄着ですが室温が高いので十分暖かく、冷えた手でまさぐられていても震えるほどではないというのが、ちょっと嬉しいです。
 もちろん、御主人様が寒いと動けなるからだって事は重々承知ですが。
 百歩譲ったとしても、私が風邪引くと家事ができなくて、家が汚れるし食事の準備とかが面倒だからとか、そういう理由です。
 この前も、結局一日寝込んでしまいましたし。
 悪化してうっかり死んだら一円にもなりませんからね。
 飽きて売る前に死んだら損ですからね。わかってます。
 ……大丈夫。
「なぁ」
 長々と口を貪っていた御主人様がやっと言葉を発しました。
「なにか言え」
「ナニカ?」
 藪から棒に意味不明な事を言われても困ります。
 しかも御主人様はそれ以上いう気が無いようで、鎖骨の辺りをかぷかぷと咬みはじめました。
 投げっぱなしです。
 しかしここでめげてはいけません。
 なにせ落ちてこの方御主人様に拾われるまでこんな事しかしていないわけですから、その経験を生かし推理すれば簡単な事です。
 ヒト娼婦に相手方が希望する言動といえば……
「御主人様のおちんぽ汁いっぱいくださいっ」
「黙れ」
 ……理不尽。
 
 まぁ黙ってようと真っ暗で何も見えなかろうと、する事はするわけで。
 御主人様の荒い息が胸元にかかりちょっとくすぐったいのを我慢しつつ上下運動に励みます。
 御主人様が尻尾と腕を腰に回してきました。
 動くのを阻害したいようです。
 仕方なくペースを落として、わざと焦らすように動くと、回された腕に込められた力が一層強い。
 そうか、この人はこういう風にするのが好きなんだ。…多分。
 内心メモりつつ、回された腕と柔らかい所に食い込む指の感触を堪能する事にします。
 御主人様は毛じゃなくて鱗なのでさらさらしていて、汗ばんでいても毛が張り付かなくていい。
 ん、でももしかして御主人様は不快だったりするかもしれないと気になってきました。
 ほら、……髪の毛とか。
 数は少なくとも時々目にするヘビの女の人はみんなやっぱり鱗みたいだし……。
 というか体毛とか、なかったり……して……えーいやー……えー……うー…えー……えぇー。
 色々考えていると御主人様が唇を重ねてきた。
 一層体が密着する。
 御主人様、あったかい。
 つまり、普通なら熱っぽいと表現できる感じ。
 イヌだと暑苦しいだけですが、御主人様は平熱が低いですからね。
 こんなふうに私とくっついていれば体温も上がるってもんですか。
 自家発電式湯たんぽ、手元にあると便利ですよ。御主人様。
 よければ60年ちょっとぐらい使えるんじゃないかななんて、
 
 ……あ、いや、うん。ムリだって分かってる。大丈夫。
  
 体重がかかりベッドに埋まる。
 心なしか、呼吸が速くなってきました。
 この体位は非常にその……殴ったり締めたりとか、しやすいじゃないですか。

 思わずシーツを握ってしまった手の上に、そっと手が重ねられ指が絡みます。

 じっくりと奥へ押し込まれ、なんか、ごりごりする。
 ゆっくりと息を吐くと御主人様が微かに笑う気配がして、顔に吐息がかかりました。
 もう一本の方もお腹の上でちょっと膨張し内側と外側で同じあたりを圧迫してきて、少し苦しい。
 重さに喘ぐ私とは対照的に、御主人様は耳やら首やら肩やらを甘咬みしたりちらちらと舐めたり、尻尾で接合部のあたりを触ったりと色々忙しない。
 鱗が擦るので、相変わらず変な感じ。
 しかし、こんなに動いて疲れないのだろうか。御主人様。
 やはりヒトとするのは珍しい体験だからだろうけど、あまりいっぺんにすると飽きるのも早そうなので歓迎できない。
 飽きが見えてきたら…やっぱり、アレとか勧めた方がいいんだろうなぁ……どれも痛いから嫌なんだけど……仕方ないです。
 そこらへんは努力と根性でカバーするとして……。
 でも御主人様に恋人とかできたら意味ないかな……なら御主人様に恋人ができない努力……なんか間違ってる。
 そこまで人間性捨てた覚えは無いし、親に顔向けできないような事したくないし……。
 いや、そんな事、今更遅いか……
 伸びた足先を御主人様に絡ませて、何とか動く。
 胸を触っていた手が背中に回されて、尻尾が胴に巻きつき雁字搦めになる。
 ここまでぎっちり巻かれると、身動きがほとんど取れない。
 逆に言うと御主人様もほとんど動けないはずなわけで、正直、悪い気はしない。
 
 それでもって、私の名前を呼んでくれたりすると、なんか、まるで 
 

「何か、欲しいものとかないのか」
 一通りすんで休憩していると御主人様が意外な事を言い出しました。
 何か、買わなきゃいけないものとかあったっけ。
 えーっと……。
「明日のセールなので買出しに来て頂けると凄く助かります」
 セールだから多めに買っておくと食費が浮く。
 食べ盛りが二人も居ると大変なのです。
 あと葉物とか、小麦粉も買っておかないと。
 と、御主人様の返事がない。
 機嫌を損ねるような事を言っただろうか。
「すみません。やっぱり結構です」
 尻尾を踏まないように探りながら足を動かし、抜けないように注意しながら体勢を変える。
 まぁ、何割かのイヌと同じように御主人様も出すと太くなるからそう簡単には抜けないわけですけど、一応。
 捻ったり擦り上げるように上下すると、結合部からだらりと生暖かいものが零れるのがわかった。
 入り口から、一番奥のほうまでゆっくり動かしていると、二本目のほうも復活したらしく自己主張されており、ちょっと動きにくい。
 御主人様が尻尾を回してきたので、動きを合わせ満足させられるように膣を締めるように努力する……頬をつねられた。
「搾るな」
「しぼる?」
 何の事だろうか。首を捻っても答えが出ないので、考えるのを放棄。
 御主人様も積極的に腰というか…尻尾を使い、また出た……。
 ゆっくりと体を締め上げてくる御主人様。
 次はどうするべきか考えていると瞼がだんだん重くなってきた。
 暗いから、目を閉じててもばれない。だいじょうぶ。
「おい、寝るな」
 ばれた。
   

 ***

 
「サフ、ヒゲにチーズくっついてる」
 お皿にがっつくように食べていたふわふわワンコの鼻面からのびるハンパな長さのひげにくっついた食べかすを手で取ると、鼻をくすぐってしまったのか小さくくしゃみしました。
 かわいい。
 見るたびに背がのび、毛が固くなって大人っぽくなっているような気がしますが、サフはまだまだかわいい。
「そうだ晩御飯何がいい?」
「肉」
「あまいのー」
 という事は骨付き肉たっぷりのシチューでいいかな。
 ぺたぺたとパンにジャムを塗りつけ差し出すと、小さな手が何倍もあるそれを受け取り、あっという間に消え去るのはまるで魔法のようです。
 ……パンも買ってこないと。
 満面の笑みを浮かべてトマトを丸齧りし、ジャムと卵の黄身で口の周りをべたべたにしているチェルに濃くて苦そうなコーヒーを飲みながら、虚ろな眼をしている御主人様。
 いつもの朝の光景。
 しかし御主人様は、変温動物なヘビなので季節の移り変わりと共に朝のテンションは下がる一方です。
 今日は休日なので問題ないわけですが…仕事のある日もこの調子だと少し困ります。
 しょうがないので目玉焼きを挟んだ丸パンを差し出すと口をひらきました。
 仕方ないので口に押し込めば、無言のまま咀嚼……それをサフがただれた眼差しで見つめています。
 子供にこういうだらしない姿を見せるのはどうかと思うわけですが。
 私もサラダを頂きつつ今日の予定を頭の中で検討。
 そろそろ寒い事ですし、冬物を出しておこうかな。
「所で大通りの角の喫茶店でアルバイト募集してるのご存知ですか?」
 パイが美味しいお店で、近いうちに二号店を出すとかで人手が必要という話なのですが。
 三人とも知っているらしく三者三様な反応でした。
「ジャックさんも帰って来ないので、もしよければアルバイトしたいのですが、どうでしょうか」
 サフは天井を見上げ、ヒゲにジャムがくっついている事に気がついたのかごしごしと拭いました。
「なら僕ん所でも事務募集中だよ?」
 サフは宅配のアルバイトをしています。
 彼女であるネコのニキさんもそこで知り合い、二人が仲良く歩いている姿を見たことがあります。
 ちょっと、羨ましい。

 手繋いで歩くとか。
「キヨカがパイ買ってくるところ?」
 チェルは口の中のものを飲み込んでから口を開きました。
 前はこぼしながらでしたから、ちゃんと成長しているなと思わず感心。
「そう、あの制服が可愛い所」
 シンプルながら制服がかなり可愛らしいのです。
 拘束時間が少なく、給料がわりと良いというのも魅力的です。
 客層は女性と、甘いものを出すお店にしては驚きの男性比率。つまり誰でも美味しいと感じるパイのお店ということです。
 もちろんまだどうなるかわかりませんが、パイを買いに行った時にいつでも歓迎だとお店の人に言われたので望みはあります。
「アンミャラーズだっけ」
「そうそう」
 肝心の御主人様の反応はといえば……眼が怖いです。
「ダメだ」
「なんでー?パイいっぱい食べれるじゃん!」
「僕も反対。あの制服着たいならジャックが持ってるし。絶対駄目」
 ぶんぶんと首を振るサフ。
 御主人様も眉間に皺を寄せています。
 ……いや、でもパイ売ったり、ウエイトレスするぐらいだから大丈夫だと思うのですけど。
「えーっと、じゃあ……」
 他にいくつか目星をつけていたアルバイト先はことごとく却下されました。
 制服可愛いのに……。
 基本的には飲食系の接客業です。資格とか魔法とかムリですから。
 先日TVでヒトの男の子が揚げ物屋さんでアルバイトしているのが特集されていたので、王都の方ではそれなりにヒトの職業もあるみたいなんですが……。
 あ、いや私は一応ウサギのフリをしているのですけど……。
「一応、理由をお伺いしても?」
「だって全部、髪の毛結ばないといけないじゃん。耳見えたら大変だもんね?がっくん」
 一瞬の間のあと頷く御主人様。
 今の間はなんだったんだろう……他の理由だったんでしょうか。
「ねぇねぇ!ちーもいっしょにバイトしたい~」
「ダメだ」
 御主人様はチェルに駄目な理由を色々と説明しているので、私は俯いてパンを齧りました。
 ヒトだってバレたら……泥棒とか、来ても困るし。
 御主人様は首輪を下さらないで、所有権を主張しない以上、盗難されても文句も言えないのです。
 以前、首輪をもらえないか尋ねた時、速攻却下されてしまいましたし。
 かといって、今のところは……盗難されたら困るみたいだし。
 御主人様の考えている事は理解不能です。
「サフの所も、荒い連中が多いから却下だ」
「だよねぇ」
 サフは長い溜息を吐き、グラスのミルクを一気飲みしました。
「キヨカ気をつけなきゃ駄目だよ。自覚持たないと」
 更に深い溜息。
 自覚……十分持ってるつもりなんですけど。
 いや、確かにそうかもしれませんが……チェルを見れば、御主人様のように眉間に皺を寄せながらデザートの葡萄を食べています。
 すっぱかったようです。
「ジャックって、実は役に立ってたんだね」
「いると邪魔だが居ないと問題があるな」
 ひどい会話です。
 まぁ、私なんかがまともに働いたり出来るかもなんて、期待するのが間違っていたんでしょう。
 それに、よそで働いて、何かあったら御主人様に迷惑がかかりますしね。
 ……本当に役に立たないなぁ、私。
「ヒモテのひがみ」
 ぽつりと漏れたチェルの言葉に二人が固まりました。
「ジャックなら、ダメダメいわないのに」
 葡萄で紫に染まった唇を突き出すチェル。
「だっからジャックと違ってもてないんだよ」
「ジャックさんて、もてるの?」
 私にはセクハラしてはリーィエさんに蹴倒されたり、患者さんに抓られたり店員さんにぼったくられたりしている印象しかありませんでしたが。
「だってヘンタイだけどジャックやさしいから好きってみんないうよー」
 多分、その好きは何か違うと思いますけど。
「バレンタイン、結構貰ってたっけ」
 主にネタ的なものを。
 芥子入りとか、肉入りとか。

 ホワイトデーには三倍返ししたそうですが、怖いので追求はしていません。
「そーそー!がっくんみたいに怒んないし、バカ毛皮みたいにいじわるいわないもん!」
 学校で嫌な事があったのか、ちょっと私怨が混ざっているような……。
 でも私もクラスの男の子達、苦手だったからなんとなくわかります。
 私はチェルの寝癖の残る頭を少し撫でました。
 もしも本気で喧嘩する事になったら、子供とはいえネズミとネコでは勝負にならないだろうし。
 うっかり魔法でも使われたら大変です。
「そのうち慣れるから、諦めたら?」
「そんなのヤだ。ぜったいにあやまらせるもん。向こうがわるんだもん」
 チェルは膨れっ面をしていても、可愛い。これは欲目なんでしょうか。
 いや、そんなことはありません。チェルは可愛い。凄く可愛い。
 うーん頬ずりしたいです。
 でもジャムと卵と葡萄の汁でスゴイ事になってるのでやめておこう。
「チェルが結婚する事になったら私、号泣しそう」
「ちーはキヨカと結婚するからだいじょぶっ!」
 うっかり口走った妄言にニコニコと答えるチェル。
 私より大人なんじゃないでしょうか……。
 御主人様がコーヒーカップを振ったので、席を立ち、ポットからお替りを注ぎます。
 注ぎ終わってもなお見つめてくる御主人様。
「そんなに冷めてないと思いますが、淹れなおしますか?」
 首を振られました。
「慣れれば、諦めがつくのか?」
 
 ああ、何だ。そんな事。
 
 サフはすっぱさに顔を顰めつつ葡萄に手を伸ばしています。
 わかってるなら、食べなければいいのに。
「俺には理解できない」
 世界種族事典によると、ヘビの美徳は執念だそうです。
 執念といえばちょっと聞えがよくありませんが、挫けぬ心とか目標を達成するための根性とか、言い換えば…ちょっとカッコイイ気がします。
 けど、まぁ
「それはそうですよ。私はヒトなんですから」
 
 諦めるの、慣れたし。

 だから、だいじょうぶ。
 

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