猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

続虎の威12

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続・虎の威 12

 

 この世界に来て、不思議な生物は色々と見てきた。
 その筆頭は無論イークキャリッジのイークであるが、千宏はそれを上回る謎の生物と今、まさに対面していた。
「船の害獣駆除に使うんでさ」
 そう言ってトゥルムが見せたのは、ぎょろりとした一つ目の珍妙な生物だった。顔のほとんどが目と言おうか、全身の半分が
瞳で構築されているような生物である。手足は無く寸胴で、長い尻尾があり、頭からは虎の耳が生えている。
「ベアトラです」
 トゥルムがそう紹介する。なる程体毛はトラと同じく黄色と黒の縞模様だ。
 千宏はかっと目を見開いて、間抜けに口を開けたまま、その生物の印象的過ぎる瞳を凝視した。
「あ、あんまりガン見してると――」
 何事か注意しようと、トゥルムが口を開いたまさにその時である。
「ぎゃぁあぁ! く、くわれたぁあぁ!」
 ベアトラと紹介された生き物がかっと口を開き、千宏の頭に食いついたのだ。体の半分を瞳が構築してるとしたら、残りの
半分は口であると言っても過言ではないだろう。千宏は悲鳴を上げて仰け反り、頭にへばりついたベアトラを引っぺがそうと
じたばたもがいた。
「取れぬ! 取れぬぞこの生き物! ぐあ! 舌! なげぇ! 舌なげぇこいつ! ハンス! ハーンス!! 消化される! 
口の中で消化される! はーがーしーてぇえぇ!」
 最早千宏の顔の半分まで飲み込んでいるベアトラを、ハンスが掴んで引っぺがす。
 千宏はよろよろと甲板にへたり込み、唾液まみれの顔をぬぐって恐怖に唇を震わせた。
「恐ろしい……恐ろしい世界がこの世には広がってる……恐ろしい……」
「だからガン見しちゃいけねぇって……」
「食われる前に言ってよ!」
 叫んだ千宏に、トゥルムは申し訳なさそうに頭をかく。
「これ、船には十匹くらいいるんで、気をつけてくださいませね。怒らせるととんでもねぇことしでかすんでさ」
「とんでもない事って……?」
「目から光線が出たりしやす」
 千宏は恐怖におののいた。
 心なしか、ベアトラが不適に笑ったようにさえ見える。というか、先ほどは確かにあったはずの口が消失していた。物を食う
とき以外は、口が見えない生き物らしい。
 ハンスの手に掴まれたままぶら下がっていたベアトラは、文字通り手も足も出ない状況であるはずなのに、ぐにぐにと暴れて
ハンスの手から甲板へと飛び降りた。
 それからもちもちと飛び跳ねながら千宏に近づき、くわっと口を開いて見せる。
 千宏は悲鳴を上げて飛び上がり、ハンスの背中にしがみ付いた。
「ほ、捕食される! 性的でない意味で捕食される!」
「可能性はまあ、否定できやせんですねぇ……」
 千宏が船室から一歩も出ないと、決意を固めた瞬間である。

 そうこうして、千宏たちは無事出港し、その一週間後にはブラウカッツェの潮風を受けていた。カブラ達の乗った大型船に、
遅れること約二日の入港である。
 甲板から身を乗り出し、千宏はその賑やかな港町に感嘆の声を上げた。
「す……っごいネコ!!」
 右を見ても、左を見ても、とにかくネコ、ネコ、ネコである。
 それに混じって伺える多種族も実に豊富で、天を突く見事な角の鹿男や、トラをも上回るだろう巨体の牛男の存在に、千宏は
いちいち叫び声を上げて驚いた。
 これが、ネコの国最大の港町である。
「ハンスはネコの国に住んでたんだっけ?」
 訊ねると、頭にベアトラをへばりつかせたハンスが頷く。最初に千宏を食おうとしたベアトラである。なぜかこのベアトラは
ハンスを非常に気に入ったらしく、片時もハンスから離れようとしなかった。そしてハンスの頭に乗っかりながら、怪しげな目線で
じっと千宏を睨むのである。千宏はベアトラが嫌いだった。
「この街で密航して、トラの国に行ったんだ」
「密航!?」
「犯罪者だからな」
 ハンスはけろりと答える。千宏は表情を引きつらせた。
「最初に言っておかなかったか」
「や……まあ、一応知ってはいたけどさ……」
 実際の所、千宏はハンスの生い立ちをほとんど知らない。他人の過去を詮索している暇など無かったし、ハンスは自分から
べらべらと喋るような性質では無かったから、そういった話題はほとんど会話に上らなかったのだ。
「それって、あんた逮捕されちゃうかも知れないってこと?」
 ハンスは首を傾げた。
「わからん」
「わからんって……!」
「ル・ガルに行けば確実に逮捕されるが、ネコの国の法律はよく知らないんだ。犯罪を働けばその場で捕まるが、逃げ延びた
場合はどうなるんだろうな」
「よっぽどの大罪じゃなきゃ、飽きたら放置が基本じゃねえのか?」
 口を挟んだのはトゥルムである。
 振り返ると、トゥルムは大量のベアトラを担ぎ上げ、何を思ったのかぽいぽいと船の外へと放り出していた。ベアトラは次々と波止場に叩きつけられ、しかし問題なく起き上がるなり元気よくどこかへ去って行く。

「……なにしてんの?」
「害獣の最終処理でさ。あいつら船に置いとくと、目を離したすきに積み荷を全部食われちまうんで、港に着くとこうやって
捨てちまうんでございますよ」
 そうして、出港する時にまた適当に捕まえて船に乗せるのだと言う。
 見渡すと、なるほどどこの船でも単眼のもちもちした生物を、ぽいぽいと波止場へ投げ捨てている。
 しかしその、種類の多さ。
「……いろいろいるね……」
「そりゃもう、いろいろいるんでございますぜ。ベアネコ、ベアトラ、ベアシャコなんてのもいるって話もありまさ」
「あたしんとこには全くいなかったのに……」
 バラムの家にも、小さな市場にも、遺跡の街でだって全く見かけなかった生物である。「ル・ガルにもほとんどいない。食料が
無いからな」
「基本的に、人が多いところに集まるヤツラなんで、田舎の方では見かけない事がおおいんでさ。サイズも手の平サイズから人間
サイズまでいるんでらっしゃいますよ」
「へー……人間サイズ……」
 言って、千宏は大きく口を開けて食らい突いてきたベアトラを思い出す。
 ちょっと大きなぬいぐるみサイズでそれなのだから、人間サイズのベアトラなど、千宏を一呑みにしてしまうに違いない。
「あたしから離れないでよね……!」
 言って、千宏は真剣な瞳で睨むようにハンスを見る。その頭には相変わらずベアトラがへばりついているのだが、千宏は見えない
ふりをした。
「とにかく宿をとらにゃあ仕方がねぇ。姐さん、何か希望の宿は――」
「安いとこ」
 断言した千宏である。
 だがそれにかぶせるように、
「まともなところだ」
 ハンスが強い語調で言った。千宏が咎めるようにハンスを睨むと、真剣な瞳にぶち当たる。
「ここをトラの国だと思うな。あそこは特別に安全な国なんだ」
 トゥルムも頷く。
「そうそう。いくらこっちはトラだつったって、ネコには魔法って武器があるんだ。あんまりあぶねぇところにゃあ、近づかねぇ
ほうが身のためでありますよ。ま、宿の事はまかせてくだせぇ。日が落ちる前に、またここで落ち合いやしょう」
 そう言って、荷物を抱えてひらりと船から飛び降りたトゥルムは、宿屋のカウンターで腐っているいつもの陰気な虎男とは随分と
違って見える。
 千宏は溜息をついた。
「安全を買うか……まあ、仕方ないよね」
 なにせ、ここはネコの国なのだ。
 思い出すのは、小さな市場の一角で、使い古されたヒト奴隷を乗せた馬車を引いていたネコの商人。
 ヒトだと気付かれ、さらわれてしまったら、自分もあのカゴの中に入るのだ。
「これからどうする?」
 回想に割って入ったハンスの声に、千宏は顔を上げた。
「……カブラ達を探す」
 探して、どうしようというわけではない。
 ただ、まるで無関係だと言うように置いていかれるのは我慢ができなかった。
「カキシャに職人の話は聞いてきたら、そこに行けばいいと思うんだ」
 と言っても、住所を言われた所で右も左も分からないネコの国である。
 ハンスの手を借りてとりあえず波止場に降り立ち、千宏はネコを主とした多くの種族でごった返す港を忙しなく見渡した。
 獣臭い、という印象は、トラ国と比べればはるかに薄い。
 すらりとしていて軽快に歩くネコたちの姿は、同じ猫科といえどトラとは全く違う生き物だった。服装も千宏のよく知る近代的な
物が多く、これも民族的な雰囲気の強いトラ国とは大分違う。何よりトラは、基本的に服を着るのを嫌がる傾向が強いのだ。それなので、
男は半裸である確立が非常に高い。女性にしたって涼しげな薄布を巻きつけて歩いていたり、下着と呼んで差し支えないような
ホットパンツとチューブトップだけだったりと、耐性が無ければ目の毒が脳に回って気を失うレベルの奔放さなのだ。
 それでいて、とんでもない派手好きでお洒落好きなので、アクセサリーだけは過剰に付ける。小さな箱庭を飛び出してしみじみと
実感したことは、アカブやバラムがいかに地味で質素でトラらしくないかと言う事だった。パルマでさえ控えめな方である。
 無論戦士であるカブラやブルック達も装飾品は極力避けているが、そうでない職業のトラたちは、目がくらむほどに派手だった。
それでいて、下品だとは感じないのだから実に不思議なものである。
 ともかく、そういったトラの独特な美的センスと比べると、ネコの国の基準はむしろ千宏にはしっくりきた。頭からすっぽり
被ったフードが、急に浮いて感じるほどだ。というかこの格好は、ネコの国だと恐らくかなり胡散臭い。
「……ねえハンス」
「なんだ」
「帽子に……代えたほうがいいかな……」
 ああ、とハンスが間の抜けた声を出す。
「……個性……じゃないか……?」
「個性……で通るの……?」
「通るな」
「通るんだ……」
 恐るべきネコ国の懐の深さである。
 ふと、千宏の足元をもちもちと、真っ赤な体毛をしたベアネコが通り過ぎていった。
 よくよく回りを見渡せば、杖を持ったローブ姿の魔法使いさえ歩いている。
「個性ね……」
 言って、千宏はひとつ溜息を吐いた。

***

 目指す義肢職人の工房は、恐ろしくあっけなく見つかった。
 道行くネコに住所を書いた紙を見せると、すぐに合点したように、立ち並ぶ倉庫の方を指差してこう言ったのだ。
「一番ぶっとんでる建物を探せばいいよ。半分海にせりだす感じでたってるからさ」
 なんとも曖昧な説明である。
 しかし、そう言うのならばそうなのだろうと、倉庫地帯を海沿いにひたすら歩くと、果たして『ぶっとんだ』建物はすぐに
千宏の目を引いた。
 前衛美術的と言えば少しは聞こえが良いだろうか。なんとも奇抜な色合いと形状をした建物である。
 言ってしまえば、色とりどりのガラクタを積み上げた合間合間に、巨大な彫刻が突き出しているような、狂気の沙汰の建物
である。
 彫刻は半裸の女性であったり、雄雄しい表情のライオンの男だったりと、それ単体で見れば恐らく見事な芸術品なのだろう。
だがそれが、極彩色のガラクタから突き出しているものだから、何故か妙な不安感を煽られる。
 見ているだけで精神を病みそうな建造物であった。さらにその頂点には、巨大な靴のモチーフが乗っかっている。その靴に
へばりついた看板に刻まれた文字は、千宏が間違っているのでなければ『天才的技師装具店・ニャトリ』である。
 千宏はわけもなく滲んできた脂汗をぐいと拭い、ごくりと唾を飲み込んだ。
「め、めげそう……」
 そう、弱音を吐いた千宏とほぼ同時に、ハンスが小さく呟いた。
「芸術だ……」
 千宏は愕然とハンスを振り仰いた。
 ハンスが建物を見詰めるその目はまるで、美術館で素晴らしい芸術作品に出合った時のようである。
 趣味は人それぞれ、で片付くレベルの美的センスでは無い気がするが、千宏はあえてそこには触れない事にした。
 近づいてみると、ネコが大口を開けているような玄関が千宏たちを出迎える。
 本当に腕のいい義肢職人の店なのか、千宏はだんだんと不安になってきた。カアシュの脚に付いた義足が、カラフルな玩具の
ような代物だったらどんな顔をすればいいのだろう。
 確認するのは恐ろしいが、勇気を持って千宏はドアをノックする。
 瞬間。
「いらっしゃいませー! 千客万来お客様は神様にゃぁああぁあ!」
「あぶっ」
 勢いよくドアが開かれ、それが思い切り千宏の顔面に直撃した。飛び出してきたネコ女は満面の笑顔で両手を天に突き上げ、
ハンスは唖然として硬直する。
「……今、何かぶつかったかにゃ?」
 ネコは呟き、恐る恐るドアを叩きつけられた状態のまま突っ立っている千宏へと振り向いた。
 その鼻から、崩壊した蛇口のように血液があふれ出す。
 ぐらりと後方に傾いた千宏の体をハンスは慌てて抱きとめようと両腕を差し出した。しかし千宏の体はその腕をすり抜け、
倒れこむ勢いのまま後頭部を地面に強打する。
「にゃ、にゃぁああぁ! お客さまぁああぁ!」
 とっくに花畑の彼方に飛んでしまった意識の中で、千宏はハンスとネコ女の叫び声を聞くともなく聞いていた。

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