猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

玄成_2話

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玄成_2話


鼠を雇っていて便利なことの一つは、卓越した危機感知能力である。
鼠達が何をどう感じ取っているのかは謎だが、六識の発達した狐をして及びもつかない程に危機に対して敏感である。
逢難狐衆の筆頭に対して刺客を仕向けるのは他の七狐機関の筆頭達の共通した趣味であるらしく、玄成も筆頭の地位に就いてからの二十年は刺客に困ったことがない。
ミネルヴァを雇う前は自前で気配を察知して撃退していたのが、今では小間使いの起き出す気配を察知するだけで良いのはありがたい。
以前はなんとか彼女より早く敵襲を察知しようと色々試していたのだが、手入れが面倒な上に誤検知が多いので結局は止めてしまった。
簡単に済むなら、それに越したことはないのである。

その日も、一番最初にそれを関知したのはミネルヴァだった。
怯えた小間使いが自分の部屋に向かって走ってくる足音を聞きながら、間の悪さに舌打ちする。
今は調剤の真っ最中である。
薬というのは古くなると薬効が薄れる物があり、それらは定期的に新しい物と替えてやる必要がある。
薬師はあくまで表向きの仕事とは言え、少ないながらも玄成を頼る患者は居るし、命に関わる事もある故に半端は出来ない。
集中を必要とする作業のため邪魔立てされたくはなかったのだが、刺客にそれを言っても聞き入れはするまい。
仕方がないので刺客を撃退してから作り直すかと諦観したところで、部屋の戸が開いた。

「玄成さ……! あ、その…… ごめんです」

勢いよく入ってきた声は、部屋の様子に気付いて萎んでいく。
普段から「調剤中は部屋に入るな」と言い聞かせてあるのを思い出したのだろう。
とは言え、今回ばかりは彼女を責めることも出来ない。

「構わん。外の馬鹿共をとっちめて来るから、怖ければ布団にくるまってろ。俺の部屋にいても良いが、薬には触るなよ」

怯える子鼠の頭を撫でながら、とりあえず壁に掛けてあった符帳を手に取る。
もう少し落ち着かせた方が良いかとも思ったが、敵が近づいてきたためそのままにして部屋を出た。連中、思ったよりも足が速い。
家の中の武器をかき集めて外にでると、刺客達は既に一町半(約160m)程の距離まで近づいていた。
最初の頃こそ色々と手の込んだことをしていたのだが、そもそも逢難狐衆の筆頭を暗殺で出し抜こうというのが間違いだと気付いたのか、最近の刺客は気配すら隠そうとしない。
町外れで周りに何もない一軒家だから良いものの、町中であんな物騒な連中を皆殺しにしたら薬師としての評判に傷がつきそうで嫌だ。
殺生与奪。自分で選んだとは言え、何とも因果な商売である。


敵は女三人に男四人の計七名。例え逢難狐衆の精鋭達であっても、玄成を相手にするには心許ない人数である。
恐らくは捨て駒で、斥候なり第二陣なりが控えているのだろうから、あまり家から離れるのは得策ではない。
敵が半町まで迫るのを待って、行動を開始した。
予め仕込んで置いた毒矢に飛鳥符を貼り付け、そのまま適当に放り投げる。どうせ符の力で飛ばすので、弓などは要らないのだ。
三十本程の矢を一斉に飛ばす。狙うは、毛皮に覆われていない女三名。術士を潰す意味でも妥当な選択である。
二十八本までは叩き落とされたが、二本はそれぞれ標的の股と背中に当る。残り五名。
続いては、間近に迫った男二名。槍を持ち、走ってきた勢いそのままに猛烈な突きを見舞ってくる。
馬鹿め。せっかく大人数でやって来たというのに、数を頼みにしないでどうする。しかも、槍は叩く物であって突きは最後の手段だ。
踏ん張りがきかずに体勢を崩した左の方の槍を掴み、そのまま間合いの内側に入る。ここに入られてしまえば、槍使いの取れる手立ては数える程しかない。
恐らくは蹴りを出そうとしたのだろう。槍から片手を離してこちらに向き合った相手の喉元に、符を貼り付けてやる。

『火符・緋牡丹』

パンッ! と小気味の良い音がして、符が爆発する。
通常であれば大怪我こそすれ大の男が死に至るような威力ではないが、流石に喉を吹き飛ばされれば話は別だ。
ぐらりと傾いだ相手から槍を奪い、ついでに右の男が性懲りもなく突きを見舞ってきたので盾代わりに死体を押しやる。
死体に槍をとられた男の首を槍で叩っ斬り、残りは三。ようやく追いついて来た鎖鎌男のどてっ腹に槍を投げ入れて二。
最後にやって来た刀の男は、傍目にも分かるほど動揺していた。あんなに及び腰では、刀など碌に扱えまいに。
一歩を踏み出すと、あからさまに狼狽えて辺りを見渡す。術士の女を捜しているようだが、残念ながら彼女は一人目の槍使いが殺された時点で逃走に入っている。
状況が理解できないのか、必死に辺りを見回す男の胸元に符を持った左掌を押しつけた。

『透勁・烈震掌』『木符・紫電』 併せて『木勁・紫電掌』

電撃と衝撃で心臓を破壊されて息絶えた男を見てやり過ぎたかとも思ったが、勁と符の併せ技はときどき使っておかないと勘を取り戻すのに時間が掛かる。
実戦と呼ぶには多々拍子抜けの相手だったが、そこは仕方があるまい。
逃げた女の気配はかなり遠くまで行っており、追いつけなくはないがミネルヴァを残していくのは少々不安である。
辺りに潜んでいる気配もなく、今夜の襲撃はこれで終わりだろう…… と考えたところで、重大な問題に気付いた。

「……もしかして、死体の始末は俺がやるのか?」

町外れとは言え巫女の結界の圏内であり、放って置いても黄泉帰る事はあるまいが、薬師の家の軒先に死体が転がっているのは世間体がよろしくない。
こんな事なら刀の男を生かして置いて死体の始末をさせれば良かったと後悔したが、もはや後の祭りである。
結局、十分足らずで拵えた死体を片付けるのに一刻(二時間)掛かった。
「また刺客…… ですか。今月に入ってからは特に多いですね」

昨夜の襲撃を華南に話した際の、相手の感想がこれである。
最初の頃こそ心配されて逐一安否を確かめられていたのだが、流石に慣れたのか最近は呆れたような返答が来るのみである。
玄成とて、好きで刺客の襲撃を受けているわけではない。
しかも、最近は相手も半端な諦めを覚えたらしく、やってくるのは昨夜のような手応えのない連中ばかり。
玄成にとっては雑魚でもミネルヴァにとっては十分な脅威であるため一応撃退はしているが、それにも正直飽きが来ている。
いっその事、用心棒でも雇おうかとも考えるが、それはそれで人選が面倒臭い。
自分の損得を第一に考えない狐というのは即ち『無能』の証拠で、有能な狐である程ミネルヴァと二人きりには出来ない。
他の種族を雇うにしても、狐耳の国には観光客以外の外国人は少なく、そこから留守を任せられる者を見つけるのは至難の業である。
護衛と言えば真っ先に思い浮かぶのは狼だが、狐の国に駐在している狼というのは殆ど居ない。
獅子と虎は傲慢で、良くも悪くも契約より『己の掟』を遵守する傾向があるため、金で雇う用心棒としては不安がある。
それ以外の種族となるとどうしても『抑止力』としての効果が薄いため、高い金を出して雇うのは躊躇する。
そもそも鼠を雇ったのだって賃金が安いのを考慮してのことで、彼女のために大金を出して用心棒を雇うのでは意味がない。
なんだかんだで、結局は玄成が対応するしかないのである。

「やはり、見せしめの意味でも報復を考えた方が良いのでは?」
「それも一度やってみたんだがな。連中、自分が七夕飾りになるよりも俺が生きてることの方が嫌らしい」

半年程前、ミネルヴァを人質に取って玄成と交渉しようとした愚か者が居り、その際に刺客を放った天狐衆の筆頭を始め七名を解体して竹林にばらまいたことがある。
玄成からしてみればミネルヴァを狙った時点で『逢難狐衆筆頭に対する刺客』ではなく『玄成に売られた喧嘩』な訳で、二度と立ち上がれないようにするのは当然の処置だったのだが。
どうも他の機関の人間にとっては相当の衝撃だったらしく、それ以来、放たれる刺客は裏を取られないように金で雇ったゴロツキばかりである。
馬鹿馬鹿しい話だ。どの機関が放った刺客か分からないなら、六機関の人間を均等にばらせば良いだけである。
逢難狐衆は司法機関ではなく、単なる私刑集団である。疑わしきは罰せず、等と言った生ぬるい論理は存在しない。
自分たちがやった証拠さえなければ報復されないと考えているのは、呆れるのを通り越していっそ愛らしくすらあるが。

「いっそ、六機関の人間を皆殺しにすりゃ刺客も来なくなるかね」
「……流石にそれは問題があるかと」

逢難狐衆は七狐機関の中では唯一、独自の情報収集能力を持たない。
そのため逢難狐衆の活動は他の機関が収集した情報を元に行われており、これを無くすのは自らの目耳をそぎ落とすのに等しい。
そもそも七狐機関の本質は情報機関であり、逢難狐衆はあくまで緊急用の安全装置に過ぎない。それが他の機関に害をなすようでは本末転倒である。
玄成としても、それが分かっているから今まで極力報復は控えてきたのだが。

「……あまり良い手ではありませんが、一つ策があります。何名か手勢を使わせていただければ、すぐにでも実行に移しますが」
「やるのは構わんが、三位と四位は残しておけ」

逢難狐衆の三位と四位は、実質的な現場責任者である。
三位が監督、四位が実際の暗殺業務を司り、特に四位はその時の最高実力者が選ばれる地位で、場合によっては筆頭よりも他の畏怖を集める。
玄成が筆頭にならされる前は伝統的に七位まで位階が定められていたが、入れ替わりが激しくて配置が面倒なため五位以下は廃止してしまった。
玄成も以前は四位を務めていたのだが、ある程度の裁量権を任されていながら余計な責任が無い分、筆頭よりも動きやすい。
こんな半分は私闘のような事態に逢難狐衆の面々を使うのも気が引けたが、現実問題として玄成の負荷は上がっており、これ以上刺客の相手をしている余裕はない。
位階持ちの人間は自身の裁量で人員を動かすことが出来るため、彼女達さえ残しておけば本来の任務に影響が出ることもないだろう。
策の内容は聞かない。聞いても理解できないことの方が多いし、華南が叛意を抱いているなら玄成に確認を取る前に自身の裁量権を発動すれば良いだけの話で、疑うのは時間の無駄だ。
何より、玄成が筆頭に任命された第一の理由は『絶対的な実力者として君臨できること』であり、部下の裏切りを恐れて身動きが取れないようでは意味がない。

「では…… 誰ぞある!」
「はいは~い。ちょいと待つさ。
逢難狐衆、橙咲(とうさき)。お呼びにより参上したっさ」

誰何の声に軽い調子で応えたのは、逢難狐衆には場違いな巫女装束の女であった。
名を橙咲といい、格好からも見て取れるように表向きの職業は巫女である。
元はと言えば逢難狐衆の動向を探るために送られてきた天狐衆の間諜なのだが、腕は立つし今の所は任務の妨害なども無いため使っている。
万年人材不足の逢難狐衆は、他機関への情報供与如きの理由では構成員を解雇できないのだ。悲しい話である。
とは言え、流石に今回の件で彼女を使うのは無理があると思われるが……

「橙咲ですか。丁度良い。
任務を与えます。目標は天狐衆筆頭から七位までの殺害。期限は今日より三日間。手段は問いません」
「……はぁ?! っと、出来れば理由を聞かせて欲しいさ?」
「理由は逢難狐衆筆頭を謀殺せんとした咎によるもの。それ以上は機密事項となります」

何とも直裁的な命令である。しかも、巫女七名を三日で始末するのは玄成でも難しい。橙咲が驚くのも無理はない。
と言うか、それなら橙咲でなく玄成が直接手を下した方が良いと思うのだが、どうも華南の考えは良く分からない。

「……その件について、弁明させてもらっても良いさ?」

先程までとは打って変わった落ち着いた声で、橙咲が問いかけてくる。
彼女の内面で何が起きたのかは知らないが、どうにもおかしな方向に話が転がり始めているのだけは玄成にも分かった。
正直、弁明などは聞きたくも無かったのだが、華南の目配せで考え直す。

「良かろう。舌先三寸に命を賭すのも、狐らしい生き方ではある」

強めの語句を並べたのは、単なる嫌がらせである。どのみち、どんな言を並べ立てられようと玄成が自分の死を納得するわけがない。
力でもって押し通すなら分からないでもないが、虚言でどうにかなると考えているなら腹立たしい限りで、その時は華南の策を台無しにしてでも橙咲と天狐衆の首を賽の河原に送るだけだ。

「半年前の一件以来、天狐衆の上層部はその方面については穏健派に傾いてて、あちしの上司も穏健派の一人さ。
あちしの知る限りでは、この半年は天狐衆から親分に刺客が送られたことはなくて、今回の件も詳細は知らないけど恐らくは濡れ衣かと思うさ」
「話になりません。この半年に送られたのが全て天狐衆の手の者でない証拠はありません」
「では逆に聞きますが、この半年間に送られた刺客の中に天狐衆の者が混じっている証拠は!?」
「必要ありません。それが逢難狐衆です」
「……話は付いたようだな」

低次元の争いを聞くのは早々に飽いたので、強引に話の流れを切って立ち上がる。
子供の喧嘩にも劣る遣り取りだったが、逢難狐衆としての理は華南にある。
彼女の策が何を目指していたのかは分からないが、玄成にとっては拵える死体が一つ増えただけの、無益な時間だった。

「っ! お待ち下さい!」

制止の言葉は悲鳴に近かったが、構わず気を練る。
時間を掛けるのは橙咲への慈悲ではなく、単に周囲からの介入に備えて細心の注意を払っているに過ぎない。
恐れず、驕らず。相手を一撃で葬る準備が整った所で半歩を踏み出し――

「天狐衆より護衛の者を出しまする!」

断頭の踵は直前で軌道を変え、罪もない畳を穿つに留まった。
橙咲も無事とは行かず、顔の端が切れて血が出ていたが、それには構わずひれ伏したまま言葉を続ける。

「天狐衆に掛け合い、おやぶ…… 玄成様の身辺に警護の者を付けさせまする。今回の件、それで平にご容赦を!」
「俺の身辺警護は要らん。鬱陶しい。……そうだな、屋敷と小間使いには人を割いて貰おうか」
「はっ! 必ずや!」

言ってからしまったと思ったが、もう遅い。橙咲はひれ伏したまま、こちらの言葉をじっと待っている。
護衛と言っても結局屋敷の周りを不審者がうろつくのに変りはないし、よくよく考えると問題を先送りにしただけのような気もするが、小間使いの寝不足が解消されるなら試す価値はあるか。
天狐衆の護衛というのは今一つ信用はならなかったが、それを差し引いても状況はさして変わらない。
雑魚の相手をしなくて良くなるならそれで良し。もし言を違えるなら、その時は改めて始末を付ければよい。
どうにも甘い裁定のような気はするが、華南の様子を見るに、まずまずの結果であるらしい。一旦は彼女に任せた件であるし、まずは様子を見るのも良かろう。

「そのまま動くな」

未だひれ伏したままの橙咲に声を掛け、腰に吊していた符帳から符を二枚取り出す。

『木符・賦活』『水符・癒潤』併せて『水木符・癒活』

符を押し当てると、顔の傷は目に見えて塞がっていき、ついには痕跡すら見えなくなる。
元々は重傷の患者に使う符で、たかが切り傷に使うのは大げさなのだが、場所が場所だけに跡が残って文句を言われても面倒だ。
角度を変えて傷跡が残っていないのを確かめ「行っていいぞ」と声を掛けると、橙咲はのろのろと立ち上がって出口へ向かう。

「橙咲。この件はあなたに任せます。他の五名と話し合い、最良の結果を出しなさい」
「っ…… 女狐ぇ」

橙咲の捨て台詞を聞き、華南は満足そうに微笑んだ。


「お前らしくない策だったな」
「……ですから、あまり良い策ではないと事前に申し上げました」

橙咲の気配が遠ざかってから声を掛けると、しばらく間を置いてから華南が答えた。
時間が許す限り事前の徹底した調査を行うことを好む彼女としては、やはり今回の策はあまり出来の良いものではなかったらしい。
橙咲の上司が逢難狐衆との対決も辞さない覚悟であれば結果は違っていたし、そもそも部屋に来るのが他の機関の間諜で無ければ意味がない。

「まあ、他の機関の間諜であればこちらの様子を窺うために近くには控えていたでしょうし、橙咲が駄目でも他の機関に脅しを掛ければ良いので、その点は大丈夫かと思ったのですが」
「もし、六つの機関が全て策に乗らなければどうした?」
「玄成様には申し訳ありませんが、死体を四十八拵えていただきます」

その答えを聞いて、満足した。

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