太陽と月と星がある 第24話
私の元御主人様は超美形です。
顔はモチロン、声も素敵、顎のラインも首筋も鎖骨も胸板も腕も指も鱗も尻尾もみんなステキ。
できたら触ってくっついていたい。
朝から晩まで一日眺めていたい。
しかし見られる方はそういうわけにもいきません。
困ったときには古人の知恵すなわち・・・。
「チェキか携帯欲しいなぁ……」
もちろん待受け、写真は部屋に飾りたい。
ん、ちょっとキモい?でも美形だから仕方ないです。
「落ちモノ、欲しいのか?」
「高いんでしょうね~」
みれば美形な顔が微妙に怯んでいる。
この顔も…素敵。
思わず溜息をつくと、ひびの入った肋骨がまだ少し痛む。
この家で住むようになって、もうすぐ二回目の春。
手の怪我が治っていないので、貰った指輪は細いチェーンに通し首に下げている。
こっそり見入ってニヤニヤするのが、最近の趣味というのは、内緒。
部屋には、昨日もらった花の香りが漂っていいと思う。
一応怪我人だからか、よく花を買ってきてくれるのがかなり嬉しい。
どんな顔して花屋で注文しているのか、気になるけど。
「チェルもう寝たら?」
「ん~。 ヤダ」
私に寄りかかって本を読んでいたチェルは、うつらうつらしてきたので声を掛けたらコレだ。
鱗な尻尾がツンツンとチェルの頭をつつくと、彼女を唇を尖らせて尻尾を払い落とそうと手を振りまわす。
「子供はもう寝ろ」
更に声を掛けられ、チェルの触り心地のいい頬が膨らむ。
お餅が焼けたみたいだ。
つついたら、更にむくれた。かわいい。
「パパのバカ!」
そういって、飛び起き憤然として自分の部屋へ向かってしまった。
ちらりと表情を伺うと、口が半開きで嬉しいのと色々な感情で固まっている。
・・・ヘビという種族は、変化を受け入れるのに時間が掛かるそうで、まだ慣れてないらしい。
私も繕い物をテーブルに置いて立ち上がり、後を追う。
あいにくまだ外出禁止なので、家の中で動き回る機会を見つけないと体力があまって仕方ない。
ラジオ体操でも始めようかな。
「明日の朝は、オムレツ作るからね」
「子どもあつかいしないで!」
かわいい。
「じゃあ、他のにする?」
「・・・オムレツ」
お休みといって頭を撫で、どこからともなく現れたペットのトロロがチェルの隣に飛び込むのを確認して扉を閉めた。
いつの間にかジャックさんの家からこちらに引越しし、すっかりチェルに懐いているのがちょっと羨ましい。
気が逸れていたので、目の前の影にビックリして壁に後頭部をぶつけた。痛い。
「大丈夫か」
向こうも驚いたらしく、気遣わしげな声でこちらに手を差し伸べてくる。
「え、ええ問題ありません」
何度も言うけど美形なので見れば見惚れる。
ああ、無表情もすて・・・ちょっと怒ってる?
「痛くはなかったのか?」
「別に問題は……」
腕組をして、こちらの返答をちょっと怒りながら待つ姿に、前言われた注意を思い出した。
「ちょっと痛いけど、大丈夫だと思います」
うんと頷く姿が意外と可愛くて、またときめく。
おじさんになっても、おじいさんになっても同じように思うんだろうな。
「痛かったら、痛いと言えよ」
なでられされるがままされていると、服越しに包帯の巻いた部分に手が添えられた。
もっと触ればいいのに。
「まだ痛むか?」
ほとんど治っているけど少し引き攣るのは、痛いの分類に入れるべきだろうか?
とはいえ、肺炎やら寄生虫やらで寝込んでいた頃に比べれば、ほぼ全快しているんだけど。
問われるまま、抜糸した部分や湿布を貼った部分に関しても告げると、いちいち頷き頭を撫でる。
・・・抱きしめてくれると、もっといいんだけどな。
・・・・・・いや、うん、・・・いや、でも・・・うん。
良いかといわれて頷くと、乾いた唇が少しだけ重なって、すぐ離れた。
終わりらしい。
終わりなのかー・・・・・・。
「お前も早く寝ろ。無理して動くなよ?」
真摯な声には、頷くしかない。
その上、頭をぽんぽんされるなんて・・・いいけど、あ、いや、うん、・・・いいけど・・・。
自室まで押されて、仕方なくベッドに入る。
ひんやりしたシーツをぐしゃぐしゃにし、枕の位置を変えながらちょっと考えた。
ベッドが別どころか寝室が別って、どういうこと?
しばらく天井を睨んでから体を起こし、狭い部屋を見回す。
ドライフラワーがひとつとコートと帽子が掛かっている。
洋服箪笥の上には、植木鉢がひとつ。
明り取りに小さな窓、それから鏡台。
もともと物置に使っていた部屋なので、あまり広くはない。
というか、だんだん物が増えてきて、ちょっと狭い。
机と兼用にしている鏡台の上には、大切なアクセサリーと、替えの包帯と湿布に絆創膏、それから書きかけの手紙。
手紙はこちらの言葉と、日本語の二回書いているので中々進まない。
手紙を書く相手が出来たのは幸せなことなんだけど・・・あいにく、相談しにくい相手だし。
向こうは向こうで順応しようと奮闘中みたいだし、余計なことを書いても仕方ないし。
助けに来てくれて、大事だといってくれた。それが、一番大事なことなんだし。
ずっと考えても仕方ないと諦めてたので、幸せで嬉しくて仕方ないんだけど・・・・・・。
冬だから、仕方ないのだろうか?
うん、冬だから、変温だし眠くてそっちに気が乗らないんだろう。きっとそうだ。
いや、別に私はしたいわけじゃないし、むしろそういうのは無い方が・・・・・・。
ないほうが・・・・・・
私、また傷増えて見苦しいことになってるし。
お風呂入ってるけど、湿布くさいし。
中古に輪をかけて中古だし。
考えているうちに、だんだん落ち込んでくる。
しばらくベッドの中でのたうち回り続け、枕に顔を埋めバタ足してから覚悟を決めた。
このままじゃ、前と同じだ。
つまり、行動あるのみ。
薄く光の漏れる寝室の扉をノックする。
ややあって返答が聞えないので、躊躇った末、中に入った。
何度でも言うけど、美形です。
上半身は超美形の男性で、下半身は掛け布団の中に隠れてしまっているので、まるで本当に人間のようだけど、瞳が鬱金に光っていて、どきどきする。
深呼吸し、私は真っ直ぐ彼を見据えた。
胸元の枕をぐっと抱きしめる。
「お話があります」
「い、今か?」
何故か焦った様子だ。明日何かあっただろうか。
覚えていないけど、お仕事が忙しいのかも。
「・・・明日でいいです。ごめんなさい」
そそくさと戻ろうとしたら、服の裾に尻尾が引っかかった。
「待て、行くな」
引き止めたにも関わらず、あたふたした様子で尻尾を引き寄せ体に寄せる姿に思わず眉を顰める。
動きが非常にぎこちない。
見覚えのあるぎこちなさ、具体的にいうと、サフが似たようなことやってました。
「えっちな本でもみてたんですか」
一瞬の間のあと、可愛いくらい首が振られた。
よいしょとベッドの上に正座し詰め寄る。ちょっと引かれたので更ににじり寄る。
む、本はないようだけど。
そのことに関しては、一時棚において、近くで見ても、やっぱりステキ。
お尻の下でもぞもぞしているのを軽く叩き、さらに詰め寄る。吐息が触れそうだ。
抱えたままの枕を端に置いた。
「私、落ちてからずっとオモチャにされて、汚いし傷物だってちゃんと言いましたよね。私」
深呼吸して、鎖骨の鱗を睨む。
少し出っ張って、筋が浮いて見える喉元がごくりと動く。
「私を何だと思っているんですか」
「愛してる」
明日、シーツ替えよう。部屋もピカピカにしよう。ご飯も美味しいのがんばって作ろう。
「そんな事、全然言ってくれないじゃないですか」
なんとなく、肩が竦み、視線が下がる。
語尾が弱くなっているので唾を飲み込んで息を吸い込む。
「お前もそうだろう」
「ああぁ……わ、わ、たしだってあなたのこと好きですよ!大好きですよ!でもぜ、全然 そういう…事しないから」
頭の上に水を入れたやかんを置いたら、沸騰するんじゃないだろうか。
ここは、腕とか回しちゃっていいものだろうか。
だって、普通の恋愛とか、わからないし。
「そういう事」
棒読みで返されたので、とりあえず胸板に頭突きかまして押し倒した。
羨ましいほどすべすべのお腹は、腹筋が割れててちょっと硬い。
ジタバタともがく掛け布団を無理やりはだけると、準備万端なのが顔にぶつかって驚いた。
何しろ二本だし。
明るい所で見るのは初めてだったので、じっくり見ていたら顔を抑えられ、そのまま引き離される。
負けるものかと、片手を付いて更に詰め寄る。
痛い方の指に力をこめてしまった。痛い。
「だ、大丈夫です。優しくしますから」
何か言いかけた口がパクパクしている。可愛い。
しばらくその姿を観察していたいところだけど、諦めて鎖骨にキスする。
ここの鱗だけちょっと小さくて、可愛い。
そのままじっくり下まで降り、さっきより元気になってるのをひと嘗めするのと、ベッドから転げ落ちるの、どっちが先立っただろうか。
床と私の間に尻尾があったので、軽く足をぶつけただけですんだけど。
「……びっくりした」
「大丈夫か!」
力強い腕で抱き寄せられ、尻尾でぐるぐる巻きにされてしまった。
これでは押し倒せない。
顔が近いので、目のやり場に困る。美形だから。
「あのな、キヨカ」
「ちょっと尻尾緩めてもらって宜しいですか」
「ああ、すまん」
十分動けるようになったので姿勢を整え、息を吐いて腰を下す。
「ちょ・・!」
久しぶりだから、やっぱちょっとキツ。
角度を直したら、何とか収まった。
自己主張しているのを両手で愛撫しながら斜め上を見上げた。
「それで、なんでしょう?」
苦しいのか重いのか……、表情が困っているのを見ているのは、楽しい。
百面相なら百枚写真を撮っておきたいな。
ぐるぐる回された尻尾も悪くない。
苦しげな息遣いを耳元で聞くのもいいし、両腕が背中に回され隙間がないほどくっつきあうのもすごくいい。
耳を澄ますと自分の中で粘膜が擦れあう音がして、不覚にも興奮する。
「ねぇ、気持ちいいですか」
返事は手の中にでた。
「……早」
「仕方ないだろう、久しぶりだぞっ」
悲鳴に似た響きに思わず頬が綻ぶ。
「ひとりでしてたのに」
「比べられるか!」
サービスすると、やめろと耳元で騒がれた。
耐性が低い。
「こんなに溜めて、どうして言ってくれないんですか」
「怪我人に言えるか!」
耳がピリピリした。
「大声出さないで下さい。チェルが起きちゃ……」
相変わらず…下手だなぁ……好きだからいいけど。
「あのな、」
言いかけた口元をつまんで引っ張り引き寄せ、ちょっと噛みついて、離れる。
「もういっかい」
今度は、もうちょっとだけ巧かった。
「つまり、お前は勘違いをしていたわけか」
はーっと溜息をつく姿もステキだ。
「1つ、夫婦だからといって寝室がおなじとは限らん。しかもお前は怪我人だから、その方がいいと俺は考えた」
目の前で突き出される人差し指をじっと見つめていると、何故か顔を赤らめる。
ちゅーしてやろうかと思ったけど、届かないので断念。
「2つ、お前の国のやり方を俺は知らない。異議がないなら、問題ないのだろうと推測した。問題あるか」
今度はこちらが居心地悪くてもぞもぞすると、尻尾を締めなおされた。
締めるの好きだなぁ……。仕方ないので、踵で尻尾をつつく。
けどこの体勢、蛙の解剖を思い出すので微妙……。
「3つ目だが」
言葉が途切れる。
「あの・・・」
「なんだ」
吐息がくすぐったい。
顔の上で踊る割れた舌の先端に噛みついたら駄目だろうか。
「私、こんなに一杯傷ありますけど。気持ち悪くないですか」
少し体温の低い手が、かさぶたや、抜糸した跡やもっと古い傷跡をなぞった。
包帯が全部取れたら、また傷が増える。
左手にそっと指が絡む。引っ付きすぎだろうか。
「もう増やさないように、俺が守るから大丈夫だ」
返事になってないですよ。
「それよりも、だ」
こほんと咳払いして、不安げな面持ちになった。
「お前は、俺でいいのか」
躊躇う口元、眉間に皺が寄り瞳が不安そうに揺れる。
この憂い気な表情も捨てがたいなぁ。
頬をそっと撫でる手が優しい。
「同族の男の方がいいなら」
「今更何いってんですか」
最後まで言わすか。
「それ、ベッドに押し付けて全身巻きついてヤってる人のセリフじゃないですよね」
しかもアブノーマルなこともしてるし。いや、その・・・まぁ、
しおしおと体を離そうとしたので、自由になった両腕を思いっきり広げて抱きしめた。
「アナタじゃなきゃ嫌」
後で、ヤマトナデシコなのだから、花言葉ぐらい覚えておけといわれた。
素直に頷いておいたけど、そもそも花の種類を覚える事からはじめなくてはいけないというのは、もう少し内緒にしておく。