猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

小話 最終兵器コタツ

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~小話 最終兵器コタツ~



ダンスホールは怨嗟に満ちていた。

高級絨毯の上を、ネコたちがもだえ苦しんでのたうっている。
太った猫、年寄りのネコ、着飾ったネコ、地味なネコ。
十数人のネコたちは、ただの一人の例外もなく、苦痛に身を苛まれている。
「ヴぎゃおうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・」
「あがぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
その様子を。
ささやかな壇上に並んで見下ろすは、揃いの眼鏡に白衣姿のイヌの群れ。
レンズの下の冷たい双眸は、ネコたちの苦悶を写しても揺るがない。
まさしく、研究者が実験動物を観察するそれだ。
冷酷と呼ぶにはあまりに無情。
自分たちの作り出した、対ネコ最終兵器の効能など、いまさら確かめるべくも無いと言うように。

「ヴっ、ヴヴヴっ、はあっ、はう…!」
ぶるぶると細かな痙攣を起こしながら、それでも気丈な一人のネコが顔をあげた。
本当は、いっそ殺してくれと叫びたい。
だが彼は、四代続く商家の継嗣として、大陸一の民族たるネコとしての責務をとった。
「は・・・ははははは・・・・・・! すばらしい! なんとも素晴らしいじゃないか!」
血を吐くような笑いだった。
その瞬間、彼は気高くも美しい、商売人だった。
「すばらしい!! 愉しみを知らず、頭が固く、我慢なんぞを美徳とするイヌが、よくぞここまで!」
彼は笑っていた。
イヌたちは笑わなかった。
だがイヌたちが無表情の下で愉悦に酔っていると、ネコは確信してていた。
ダンスホールは悪霊の呻きに似た声で満ちている。
もがくネコたちが吐く息は、暖房のない室内の寒さに応じて白く、魂が滲み出すように白く。
彼も白い息を吐きながら、流れる涙に構わず笑い続けた。
「・・・・・・ははは。素晴らしい。本当に素晴らしい。まずは、おめでとうと言おう」
ある商家において、ひとつの風習がある。
赤子が生まれてすぐに、ハチミツと、とがった針山のような岩塩を舐めさせるのだ。
ハチミツのように甘い言葉を吐く商売人になるように。
甘いものの裏には苦い罠があることを知るように。
彼もまた、そうした教えを叩き込まれてここまで来た。
「まったくもって。めでたいことだ。君たちは僕らの三分の一しか生きられない。
寿命の短さは、そのまま文化の継承を阻害する。
ケダモノと人間の境は、知性と文化を共有・継承し積み重ねていくかどうかにある。
文化的な愉しみを知らない生き物は、結局、ケダモノに等しい」
かろうじて荒い息をつきながら、だから彼は、心に念じた。
まず誉めた。甘いハチミツをたっぷり垂らした。
さあ。オレの命の真価は、ここから問われる。
肉食獣の乱喰い歯を剥き出しに、ネコの商人は哂った。
「だがね。
そんな"モノ"、僕らが知らないとでも思っているかい?
僕らが、ソレをすでに生み出しているとは考えなかったかい?
・・・・毒はね、慣れることができるんだよ」
眼鏡のイヌたちは答えなかった。
ただ無言で、一片の穢れもない白衣姿で、ネコの口上を観察していた。
「・・・・・はは。は。は。なるほど、君たちの作品は、見た目、じつにすばらしい。
だけどそんなもの、僕らだってとっくの昔にたどり着いているのさ。
最高の材質。最適の調整。オプションのミリ単位の設定。
・・・・・たいしたことはない。イヌにとっては躍進的でもネコにとっては息をするより単純だ。
追い求める指針が決まっているんだから、あとはネコの技術力と財力がいかようにも」
そして彼は。
最後に、ネコの商売人としての誇りを、ネコとしての本能に、売り渡した。
売り渡して、しまった。
「・・・・・・だからだから、だから。
ソイツの塩梅を、ちょっと試してみないことには、何とも言えないにゃあぁぁ」

彼は、白い息を吐きながら。
イヌの研究者たちの足元へ、すがるように手を伸べる。

『 最☆高☆級☆ 超絶リラックス・遠赤外線ぽかぽかぬくぬくコタツ 低反発マットつき』

「展示品には手を触れないでください」
バッサリと。
死神よりも残忍に。
白衣のイヌは寄るネコを払いのけた。
「ははは。しかしね君、体感してみないことには」
「展示品には手を触れないでください」
「新商品公開イベントだぞ? 触らせないなんて馬鹿なことがあるかい」
「展示品には手を触れないでください」
「わかった、わかったから。爪を立てたりしない。約束する」
「展示品には手を触れないでください」
「イヌの堅物は手におえないね。そんなだから商売でネコに勝てない」
「展示品には手を触れないでください」
「上司にばれたら困るんだろ? 僕は短毛だ、毛は残さない」
「展示品には手を触れないでください」
「はいはい、写真もとらない、記事にしない、他言もしない。フローラ様に誓って」
「展示品には手を触れないでください」
「ちょっだけだから」
「展示品には手を触れないでください」
「ほんとにちょっとだけ」
「展示品には手を触れないでください」
「い、いくら出せばいいんだ」
「展示品には手を触れないでください」
「・・・・・・・・・ぅぐ、ぐ、ぎゃおおおおおおうううううううううううううううううう!!!!!!!」
悲痛な悲鳴をあげて、ネコの商人は嫌々をするように頭を振った。
毛皮の下をつたう涙が噴水のように舞い狂う。
他のネコたちも同様だった。
比較的温暖で南に位置するネコの国、その国にも例外なくやってくる冬の、最も寒い時期。
狙い済ましたタイミングでの、会場の暖房が壊れたという演出で開かれた新商品公開イベントに。
報道陣とネコ国の販売代理店大手や仲買人など、十数人が招かれて。
そうして、罠にはまった。
インフラ完備のネコの都市で育った者たちは、冬でも薄手のコートとマフラーで生きていけると信じ込んでいた。
極寒使用のコートを着ても心臓から凍りつく国で、懐石カイロで空腹を誤魔化すイヌ達にくらべて、あまりにもその温もりの誘惑を舐めきっていた。
堅実質素のイヌの国が。
あらゆる趣向を凝らして、無駄と贅沢の極み、最高級コタツを作り出した。
その理由はただひとつ。
―――――ネコを殺すに刃物はいらぬ。
冬とコタツと、ミカンがひとつあればよい。
それだけで、一年の三分の一、ネコは活動を停止する。
魔剣とか魔狗だとか、マッドでサイエンティックなものを陰々と作り続けてるイヌ国軍部。
二千年もそんなことやってりゃ、ときたま、こんな企画が通ることもある。
「製品はプレリリースの段階です。
試運転として、限定二百台を、格安でリースを行います。
リースの条件は、イヌとネコの親睦と経済効果を見込んで、ネコとイヌの国境線の宿泊施設に限定します。
とくに、通常の利用客の少ない旅館などに支援策としての配布を」
つまり国境近くに配備されたネコの軍人たちは、みんなイヌのボロ旅館で骨抜きにされちゃいなよ☆ということである。
「あと、とくべつに、コインで一定時間作動する旧型テレビとミカン三箱もつけます」
「う、おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
はいつくばるネコたちから悲鳴と怒号が巻き起こる。
なぜだ。
なぜ金を積んでも我が家に貸してくれないのだ。
むしろ買わせろ。
この素敵すぎるコタツを堪能するために、山奥の旅館まで泊まりに行けというのか。
だがそれがいい。
ネコたちはもがき苦しむ。
イヌたちはあらかじめ懐中にばっちり仕込んだカイロでぬくぬくしている。
子ネコのぷくぷく肉球の柔らかさをもった特製マットつき高級コタツは、ふとんを片側めくられて、童話絵本のマッチの灯りのようなぬくもりを、そっとさらけ出している。
届かない天国に手を伸ばして、ネコたちはもがき苦しむ。

※※※※※※

「国境沿いの旅館は連日120%以上の客入りを記録、か……
今冬季のネコ軍の動きは完全に麻痺している。
都市部の有力者までもが首都を離れ、経済政治もマイナス30%の停滞。
その上、宿泊費とおみやげ物の売り上げで研究開発費は今月中にも完済の見込み、と。
さすが我が愚弟の策。
我が弟ながら・・・・ふ、恐ろしい男だ。敵にだけは回したくないものだ。
ん? そういえば、我が愚弟はどこに?
さっきまでそこでジャムパンを食べていたはずなのだが」
「・・・・・申し訳御座いません、お嬢様。
試作品をお見せしたところ、プレゼントするっス、と仰って、担いでお出かけになられました。
勝手に持ち出してはお咎めがありますと、我々もお止め申し上げたのですが、お聞き入れにならず」
「・・・・・・・・ふ」
麗しくも凛とした、銀髪の美女は嫣然と微笑んだ。
王女陛下に捧げたレイピアを、流れる動きで腰に留める。
「案内したまえセバスチャン。
あンの赤線、今日こそは微塵も残さず潰す」
「お嬢様、どうぞ気持ちを落ち着けになさってくださいませ」

※※※※※※

小話 最終兵器コタツ 完

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