猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

大陸道中膝栗毛 01

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大陸道中膝栗毛 一話



――――絵を描くのが、好きだった。
人より少し太っていて、嫌いでは無いけど運動が苦手なわたしの特技といったら絵ぐらいしかなかった。
しかし美大に行くほどご大層なものでもないから、普通に進学して、普通に就職して、仕事の傍ら絵を描いて。結婚して、子供を産んで、その子供が成長するのを、日々のなんでもない生活を。少しずつ、少しずつ。自分の絵で描き残していけたらと。
…そういう未来設計はあるのだ、確かに。
「…そりゃ、非現実的だとは思いますけどぅ?」
帰り道、県道ぞいの歩道の縁石を渡りながら独り言を呟く。高校二年生、来月からはもう受験生のわたし。
「将来やりたいことは?」…これこれこういう。「そう。で、希望学部は?」…そんなの、わけわかんない。わたしは、絵を描きたいだけだから。
「あーあ、やだなあ、進路なんて」
ふうっと溜め息をついて、A3サイズのスケブをぎゅっと握りなおし、縁石から飛び降りた。一瞬の浮遊感ののち、
「…へっ?」
着地した感触はなかなか訪れなかった。
下を見ると、なぜか、足元からはるか下に、青々とした森が広がっていて。
「あえっ?」
前を見る。上を見る、右を見る、左を見る。もう一度下を見たとき…がくん、と、わたしの体は急降下を始めた。
「わあああああああああああああ!?」
ちょうど、遊園地のアップダウンするアトラクションのようだ。しかし椅子もベルトもない。あ、死ぬ、死ぬよこれ…そう思った瞬間、わたしの意識はブラックアウトした。

……それから、どれぐらい経っただろうか。
「おーい、とうちゃあーん」
幼いこどもの声で気がついた。はっと目を開けたけど、起きたての目は焦点が合わない。小さなこどもがわたしをのぞき込んでいるのはわかったけど…って、そうだ、わたし、落ちて!
慌てて起き上がろうとして、腰に激痛が走った。
それに弾かれたように、こどもは「おーい」と声をあげながらどこかへ行ってしまった。
あ、と思ったが、ゆっくり、ゆっくり起き上がる。45°ほどでもう痛くて起き上がれなくなってしまった。でも、代わりにだんだん目の焦点が合ってきた。
…森だ。それはもう、鬱蒼とした。わずかな木の隙間から、オレンジ色の光がもれていて、今が夕暮れ時だと知る。ていうか、わたし、生きて…?
ほうっと安堵のため息をついて、命があってよかったと思ったけど。
…どうしよう、ここ、どこ?
ポケットを探ってみるが、携帯がない。鞄も消えてしまった。持ち物と言えば…両手で抱きしめているスケブだけ…?
わたしはがっくりと途方に暮れるしか無かった。

********

そのとき俺は、夕焼けに光る山があんまり綺麗だったんで、写しておこうと思い、街道沿いの岩に腰掛けて絵筆を走らせていた。
「ちッ、こうじゃあねえんだよなあこうじゃ…この構図じゃあ前と一緒だァ」
腹の虫の鳴き声を無視して、相棒であるキセルを噛み噛み、今し方写生し終えた紙をぐしゃぐしゃと握りつぶす。そのクズをゴミ袋に入れ、溜め息と一緒に煙を吐き出していると、
「おーい、おうい、とうちゃあん?」
ガサガサと街道横の茂みをかきわけ、適当に遊ばせていたはずのチビが、耳をぴこぴこ、しっぽをふりふり歩いてきた。
「あーん?」
「とうちゃん、落ち物みっけた!」
「ふーん…落ち物ォ!?」
特に感情も籠もってない、いかにも「報告!」ってな感じの、ガキにありがちな話し方だったので、俺は一瞬聞き逃すところだった。
「なっ、バッカ、なんで拾ってこねえんだ!!」
金になるんだぞ金!!と鼻息荒く顔を寄せれば、
「だってでっけえんだもん」
こんぐらーいと全然わからん手振りをつけてしれっとほざきやがった。…まあ、こいつはチビだし。俺の膝より少し上くらいまでしかない。
「しゃーねえ、拾いに行くかァ」
「いくかぁ!」
億劫だったが、それ以上に金は欲しい。俺は岩から腰をあげ、荷物を背負いなおすと、チビの後を歩いていった。

*******

腰が辛かったので、中途半端に起こしていた体を地面につけた。
あの高さから落ちて生きているなんて奇跡だ。それはきっと、今見上げている広葉樹のおかげなんだろう。
てっぺんは見えないほどの高さからところどころ伸びている枝に引っかかりながら落ちたおかげで、地面に直撃することだけは避けられたらしい。
腰は強打したが、コートを着ていたおかげで手足に傷はほとんど無いみたいだし、唯一無事な荷物であるスケブも、みたところ端が折れている程度だった。しかし。
「なんで落ちたんだろう…」
わたしはあの、よくある20センチ弱の縁石から歩道に降りようとしただけなのだ。それが何故…。
1、あの瞬間車に跳ねられてわたしは死んだスイーツ(笑)。…でも体痛いし。
2、全部夢。上と同じ理由でロング。感触、五感がリアルすぎる。
3、異世界トリップ。
「…いやいやいやいや、ないでしょ…」
同人サイトの回りすぎだ。ていうかマジ体動かないし、どうしたらいいんだろう。
「ほら、とうちゃんあれだよあれ!」
さっきの子の声…だよね?よかった、助けを呼んできてくれたんだ…。
わたしが右腕を使って少し体を起こしたのと、彼らが茂みの間から姿を表したのは同時だった。

「なっ!落ち物だろ!」
「…」
「…」

真っ黒い瞳。黄色い毛。長い鼻。頭のてっぺんにピンと生えたふたつの…耳?

「キツネェェェエエエエエ!?」
「ヒトォォォォオオオオオ!?」

うわしかも喋る!

********

「キツネェェェエエエエエ!?」
「ヒトォォォォオオオオオ!?」

なんだあれ。ヒトだ。ヒトだよな。耳ねえし。ぱっと見尻尾もねえし。見たことねえ服着てるし。
「へーえすげえ初めて見た」
「おれもー」
「よーお前よく見つけたなァ」
「えへへへえ」
チビの頭をぐりぐり撫で回していると、ヒトから震えた高めの声が挙がった。
「あああああ、あの、ななななな、なんなんですか」
「あン?…なんだおめえさん、メスかよ。」
「どこにスカート履いてる男性が…」
「メスなら売ってもそこまで大した金にはなんねえって話だよなぁ、んでも…」
「か、金!?売る!?」
驚いたように叫んでから「いつつ…」とメスヒトは腰を抑えて呻いた。
そーかそーか、そういや誰か酒場で言ってたな。ヒトはこっちのことなんか何一つ知らないで「落ちて」くると。枝や木の葉が散っている周りの状況から見るに、こいつは空から「落ちて」きたのか。
「よし、じゃあ話してやんよ。と、その前に、アンタ腰出しな」
「ええっ!?」
「痛めてんだろ、ちっと治療してやんよ。おらサク、剥いちまいな」
「おうよ!とうちゃんわるだね!」
「ありがとよ!」
「えええ!?」
チビとお決まりの応酬を交わしつつ、がしゃがしゃ鳴る荷物を下ろして湿布と漢方と、符術用の短冊を取り出す。腰痛には温湿布だろ。えーとあと痛み止めになんかあったっけか?
うしろからはメスヒトの「ぎゃー」とか「うわー」とか「いてー」とかいう声が聞こえてくる。
いる物を出して振り返ると、メスヒトが分厚い外套を脱ぎ、腰だけ出した状態でこちらに背中を向けて横たわっていた。涙目で。
「おい、そんな目すんな、いくらヒトだってったって俺はそんなことしねえよ」
「そ、そんなこと…?」
「…ま、聞いてな」
俺はこいつに話してやる義務がある。のかもしれない。

*********

それを忘れないようにと言われるよりも、英単語帳丸々一冊覚えてこいと言われたほうがまだマシだった。内容的には。キツネさんはわたしに、淡々と状況を説明してくれた。
一に、ここは別次元であるということ。人が住む世界とは違う、動物の世界だということ(ここではこちらが人間、わたしはヒトという動物)。
二に、わたしはその向こうの世界から"落ちて"きた"落ち物"という希有な存在だということ。
三に、わたしたちヒトは動物であるが故に、奴隷…特に性奴隷として、高い値段で"取引"されているということ。人権はない。
(つまり今の状況も、道端で怪我をしている猫をみかけたらお節介焼きたくなるのと同じ…なんだと思う。わたしが猫だ。)
そして最後に…二度と、人の世界へは戻れないということ。これが本当に、ショックだった。
「つまり"そういうこと"ってぇのは、まあ性奴隷としての"そういうこと"だわなァ」
「…そう、なんですか」
湿布を貼り貼り、キツネさん(このキツネさんも着ぐるみではなくマジモンということだ。)はそう教えてくれた。わたしはショックで放心してしまっていた。
ぺとり、キツネさんの手(この場合前足?)が改めて湿布越しに腰に触れた。
「おし、ちょっと黙ってろよ。…~~~~、」
ボウ、とそのあたりから熱が発せられるようだった。気持ちよくて不覚にもとろんと眠くなる、貼るホッカイロみたいなあったかさ。キツネさんはそのあともしばらくブツブツなにか呟いてから、手を離した。
「おう、痛み止めは終わったぜ。もう起きあがっても大丈夫だ。つか起きてみろ」
「はあ…」
眠気を頭から振り払い、そっと起き上がってみると、確かに腰の痛みは消えていた。
「あ、すごい…」
「おし、そんじゃもう大丈夫だな。達者で暮らせよ」
「えっ!?」
キツネさんは荷物を背負い直した。置いて、いかれてしまう。
「んだよ」







「い、行っちゃうんです、か…」
キツネさんは両目を眇めて、冷たい目をした。
「あ、連れてけってか?わりィが見ての通りの二人旅でね、アンタ飼える金なんざねえんだよ。こっから市場は遠いし売りにいくのも面倒だしな。怪我治してやっただけありがてェと思ってくれ」
「そ、そんな…」
「おい、とうちゃん、みろよこれー」
ぶちょ。
そんな擬音で冷たい空気を打ち砕いたのは、ちょっと存在を忘れかけていたおチビちゃんだ。サク…とか呼ばれていたっけ。そのサクちゃんが、ニコニコしながらわたしのスケブを開いてキツネさんの顔にに押しつけていた。あ、鼻が潰れてる。ぶっ。
「すいこまれそうだぜ!」
それはよく見るとわたしの苦手な風景スケッチだった。街路樹の並木道を描いたものだ。よくある一点透視図法。うわ、やだ恥ずかしい、あんなパース狂ってるの…
「とうちゃん、すげえなこれ!」
「…」
返してもらおうと手を伸ばす前に、キツネさんはその絵をガン見していた。スケブを両手でしっかりと握って。あれは返してもらえる空気じゃない。ていうかそんな鼻のすぐ先で見て焦点合ってるんだろうか。
そんなことを考えていると、キツネさんは絵から目を逸らさずにわたしに話しかけた。
「これ…アンタが描いたのか?」
「は?…はあ、ええ、まあ。遠近法っていうんです…よ」
こっちにも画法というものはあるんだろうか、と思いながら恐る恐る答える。質問はまだ続いた。
「…アンタ、料理は」
「え?まあ、好きですけど…」
「体力に自信は」
「なんとも…」
「掃除洗濯」
「やればなんとか…?」
そこまで言うと、キツネさんは溜め息をつきつつボリボリと首の後ろを掻いた。もしかしてつれてってくれるのだろうか。だったらあの答え方じゃいけなかったかも…いやでも、嘘をつくのはよくないし。
数秒の後、キツネさんはこちらを向いた。そして真っ黒できれいな目で、まっすぐわたしを見て一言。
「…アンタ、絵は好きかい」
「…はい」
それだけは、はっきりと。ざわっと、風が吹いた。夕焼け色していた空がいつの間にか暗くなっていた。
キツネさんはふーっと大きく息をついて、言った。
「おい、サク、喜べ。まともな飯が食えるかもしれねェぞ」
「ほんとかとうちゃん!」
「え、あ、あの、それって…」
キツネさんはぐるりとスケブを閉じて、
「俺たちゃ旅の身の上だ。俺はアンタを守ってやる。そのかわり、…まあソッチ方面で使う気はねえが…、炊事洗濯、こき使うぞ、いいな」
「はい!」
「それと…」
「はい」
「…俺に、その絵を教えてくれ」
…わたしに差し出した。それを、ゆっくり受け取る。
「…はい!」

「わーい!!めし!!」
行き倒れない嬉しさにひたる間も無く、ぴょんぴょんとサクちゃんがわたしの周りを飛び跳ねた。さっきはメシ、今もめしってどんだけひどい飯食ってたのかと。
「ねーちゃん、ねーちゃん、おれサク!!あっちとうちゃん!!ねーちゃんは!?」
あ、男の子だったんだ。見た目普通の三歳児男子に、キツネの耳としっぽが生えている。ふさふさのしっぽをぱたぱたゆらして、頬を真っ赤にして、黒目がちの目で見上げてくるサクちゃん…ううっかわいい。
「えっあっ、ええと、私はリン。長瀬リン。果物の梨って書いてリンだよ」
「ナシ…ってなあに?」
「あ、もしかしてこっちには無いのかも」
「…高いから食わせたことねえだけだよ。あァもういらんこと教えやがって…」
顔がモロ獣のソレなので表情は読み取れないけど、目を眇められたから睨まれたんだろう。でもさっきのような冷たい空気ではなくて冗談めかした柔らかい空気で、なんだかすごく安心した。
「ご、ごめんなさい」
「ま、いいや。おれはヤナギ。俺達は…ま、旅の画家だな。ペンネームはヤナガワヒロシゲ」
「ぶっ!?」
まさかのビッグネーム!偶然だろうか。
「ンだぁへんな声出して…ま、俺のことは…」
呼び名のことだろう。ええと、「この世界でヒトとは奴隷」。今日からわたしは彼の召使い的なものなのだから…
「えっと、ご主人様?」
「きもい」
「ひどい」
即答。
「とうちゃんはとうちゃんだよ!」
「父ちゃんはお前の父ちゃんであってリンのとうちゃんじゃねェからなァ」
リン、という言葉にどきどきする。自分の名前だけど、学校ではみんな名字だったし…。
「え、じゃあ…旦那様?」
「お前は嫁か!…ストレートに名前だ名前」
「ヤナギ様」
「様いらねェ」
「ヤナギさん」
「…ん」
キツネさん…ヤナギさんが、柔らかい声を出した。わたしの中でも、ストンときれいなところにはまった。ヤナギさん。ヤナギさん。…いい名前。
「じゃあ、よろしくな、リン」
リン。改めて呼ばれた自分の名前に、なんとなくドキドキした。
「…はい。よろしくお願いします、ヤナギさん、サクちゃん」
「よろしく!リンねえちゃん!!」
サクちゃんはにっこり笑って、わたしの左手を、ぎゅっと握った。

*******

かくて狐二人と人一匹の旅は始まる。
月は東に日は西に、彼らの旅はふらふらと。
絵筆を握り、飯握り、時には手と手を握り合い、どこへと知れず津々浦々。
それでは扇大陸三人旅珍道中、"扇道中膝栗毛"始まり始まり~…

第一話・おわり

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