※登場人物
せんせい…医者(外科)。女性、オセロット。
チヨコ…ヒト。女性。義足をはいている。
サバトラ…服飾店経営。男性。ネコ。チヨコの主。
カマメシ…染織家。男性。キツネ。サバトラの友人。
ギンダーウィッチ…探偵。男性。長毛のネコ。ノミがきになる。
キャサリン…雑誌編集者。女性。ソバージュヘアのチャトラ。
アポロ…探偵。男性。小柄でふっくらとした体型のブチネコ。
エステー…資産家。男性。老齢のウサギ。個室で死亡しているの
が見つかる。
パックス…ヒト。女性。エステーのヒト召使。
シャルダン…会社員。男性。エステーの秘書。茶色い。
スキット…会社役員。エステーの甥。黒い。
D・ウタン…会社社長。エステーの弟。黒くて丸い。
パラオネ…D・ウタンの妻。白くて丸い。
リアフティ…学者。男性。老齢のネコ。
※これまでのあらすじ
ちょっと奮発して知る人ぞ知る系のホテルに泊まりに行ったら、
宿泊客が死んでたらしい。
吹雪により、警察の到着は翌日昼頃の予定と聞かされ、張り切っ
た雑誌編集者により探偵ごっこがはじまる。容疑者は宿泊客・従業
員合わせて25名。行動を制限され、だれしも不自由を感じる頃、第
二の死者があらわれる……。
いやだいやだ。手元と卓にならべられたカードを見比べるとため
息が漏れた。深く息を吐くと私は手札を抜いた。
ハートの5、4、3を続けて並べると私の手持ちはゼロになった。
ハートの他はすでに1から13出揃っていて、残り七枚―手札を持っ
ているのはチヨコ、カマメシ、パックスの三名だった。私たちは4
時間ほどトランプゲームを続けていた。
「パス!だれなのよ、9をずっと出さないのは!」
ヒステリックに金髪に手を差し込み叫ぶのはパックスだ。ヒト奴隷
は信用できないとエステー一家の部屋から追い出されて、なぜか彼
女はわれわれの部屋に居ついてしまった。うるさいし、乳がでかい
ので他が引き取って欲しかった。
「これ、駆け引きのゲームですよ」
着膨れしたチヨコが言葉と同時に2を出すと、パックスがウェッと
漏らす。
「ああ、やっと上がれたなあ」
1を出して解放されたカマメシは、卓になつくように顔をひたりと
つけた。長いマズルが湯飲みに触れる。
「露天が入れないなんて、なんのためにここまで来たのだか…」
太い尾が左右に一度ふれて、ぱたりと落ちた。旅館の売りである鍾
乳洞を利用した露天風呂は、先刻頭を割られた従業員が出たので使
用できない。検分してきたがなかなか根性のある割りっぷりだった。
昏倒させられたのち、現場に放置されていた鉈で頭ぱっくりで死亡、
といった所だろう。真っ赤なお湯の中にプカプカと浮く女従業員。
ふやけ具合からして爺さんが先か従業員が先か死んだ順は曖昧だ。
そんなエキスがとけた風呂にはつかりたくない。
「チヨコ!あんただったのね!9持ってたの!あーもうっ!」
「…パックスさんはあまり、カードゲームが向いていらっしゃらな
いようですね」
ポーカー、ババ抜き、としてきたが彼女にはまったくの素養も運も
ないようだった。チヨコが9と同時に12も出すと、彼女はわめきな
がらカードをかき混ぜる。まだ続けるつもりなのだろうか、したく
ないな。勝手にカードを分配する彼女の奥では、老人がふたり穏や
かにチェスをしていた。加齢による肥満傾向にあるのが私立探偵だ
というアポロ氏、老木のような風情があるのがリアフティ教授だ。
このリアフティ教授熟考と見せかけて寝ていたりする、要注意だ。
ここに押し込められた私たちは、事件に関係ない・したくないと主
張している。
そしてここにいないサバトラは、殺された――と続けたいところだ
が、ヤツは生きている。というか、ここの支払いはヤツなので帰る
まで死なれたら困る。隣のカマメシとかいうボケーとした狐も、現
金はあまり持っていないらしい。最悪、私が出すことになるだろう。
カードは使えるのだろうか、ここ。
「大貧民するわよ」
「なんだそれ」
*
D・ウタンは苛立っていた。彼の足が小刻みに上下するたび、カ
ップの中の茶がはねる。壁にかけられた絵も初めは趣味が良い、と
見ていられたが、いまではただ色味の変わった静物画にしか見えな
い。話し相手になるような息子は兄の秘書と連れ立って探偵とかい
うやつらのもとへ行ってしまったきりだし、妻は胡散臭い商人と話
をしている。カタログを眺める妻の甲声にまじる能天気な男の声が
不快で、読書も進まない。
なぜ、こんな時に兄さんは殺されたのか!
彼が独立して立ち上げた会社はゆるやかに下降して行き、今では
首の皮一枚でつながっている状態だった。業界的にはまたすぐにで
も上昇して行ける情勢だったが、なにぶん資金が心もとない。融資
を求めて彼は兄の常宿であるこのホテルまでやってきたのだ。
しかし、エステーが死んでしまった今ではそれも望めない。兄が生
前、弁護士に預けたという遺言書にも望みは無さそうだった。彼に
は溺愛しているヒト奴隷と、息子のように可愛がっている秘書がい
る。彼自身に子供がなかったせいか、エステーは秘書を大層可愛が
っていた。一握りの可能性として、甥のスキットに遺産が入ること
も考えたが最期にみた兄の様子ではそれもなさそうだ。
秘書とあのヒト奴隷がいなければな…。
これが推理小説で自分が犯人ならば、次は秘書かヒト奴隷を殺すと
ころだが、と考えてD・ウタンは身震いした。彼はひどく小心だっ
たので、もし小説の人物だったとしてもとても実行する気にはなれ
なかった。
「おや?社長さんだいぶお顔の色が悪い、ぼくの連れの医者を呼ん
できましょうか」
「いや、いい、大丈夫だ。部屋を少し暖かくすればじきに治まる」
目を細めてネコの商人がD・ウタンの顔を見、破顔して、では薪を
少し足しておきますねと席を立った。
「大丈夫?あなた。ここはウサギ国とはまた違った冷え方をするか
ら…」
妻のパラオネが彼に寄り添いひざ掛けを持ち出す。
商人は乱雑に散らかった荷物をまとめ、代わりに一冊の新しいカタ
ログを卓に置いた。
「体調の異変にも気が付かず、長々とお邪魔して申し訳ございませ
ん。こちらは暇つぶしにでも読んでください」
「呼び立てて来てもらったのに悪かったわね」
「いえ、今度はぜひ店にいらしてください。失礼します」
商人はするりと部屋から抜けていった。ふくよかな体型の夫妻には
真似できぬ芸当だとD・ウタンは思う。
D・ウタンの肩に頭を乗せて、パラオネは彼の手をさすった。
「本当に冷えてらっしゃる…ごめんなさいね」
ほう、と息を吐いて彼の手をさすり続ける。
ある程度温まった手を彼女の服の下に入れ、パラオネはもう片方の
手も温める。自然と手は腹から上へと辿っていく。ふくよかな乳房
をつかむと彼女はにんまりと笑って、
「元気になりました?」
と服を脱ぎ始めた。それからは、早い。彼らはウサギだ。パラオネ
の大きな声が廊下にまで漏れるのには五分とかからなかった。
*
ガチャッダッドンッ、と扉をあけて壁にノブを打ち付ける音が部
屋に響いた。リアフティ教授が片眉をわずかに上下させひんやりと
した声で告げる。
「もう少しスマートに開けられたらいかがかな、商人さん」
「ああ、はい、すみません」
転がるように部屋へ駆け込んできたのはサバトラだった。今度は静
かに扉を閉めると、こたつに凭れて寝ていたチヨコに覆いかぶさる。
「起きるだろう!離れろ」
「あーもう癒させてよー、滅茶苦茶怖いんですからね、ウサギしか
いない部屋に行くとか。本当もうなんで誰も一緒に行ってくれない
の」
「殺人鬼より怖いだろうウサギ一家にお邪魔するとか」
情けない声で訴えるサバトラをバッサリ切ってやる。前後の区別な
く掘られるんでないか?
「よく無事だったなあ」
カマメシも感心するような声を上げる。確かにサバトラの衣服に乱
れは無さそうだ。
「ほんとだよ、もう」
ヨイショ、とチヨコを抱き上げてサバトラは卓についた。
「なに、まだトランプしてたの?」
「そこのウサギんちのヒトがしつこくてな、もう一生分は」
卓に突っ伏したパックスをあごで示す。パックスはホテルのガウン
とカマメシのドテラに埋もれて、やっと金髪がのぞくきりだった。
伏して埋められても手札を放さない、彼女はどれほど負けず嫌いな
のだろうか。
「ふぅん。この子もウサギのところでなんて、頑丈なんだね」
「下世話な…」
パックスはヒトにしては大柄だ、しかし女性にたいして頑丈はない
と思う。彼女は騒々しい子供のような性格だが、体格は充分に成熟
している。店に出たならば、すぐに客がつくような…豊かな胸に細
い腰、大きな尻。…ちくしょう。
サバトラはチヨコの位置を調整しながらミカンに手を伸ばす。太い
指が不思議と器用に皮を剥いていくので、私も食べたくなった。
大雑把に皮を剥くとすぐ口に放り込む。甘い。
「おおきいおくちだこと」
小うるさいやつはちまちまと筋をとっているので、それも奪って一
口で食べてやる。これも甘い。
サバトラは新しいミカンを剥き始めながら言う。
「もうそろそろ探偵ごっこも終わらせて欲しいよねえ」
まるで、顛末を知っているような口ぶりではないか。
何局続けているのかわからないチェス盤からやっと顔を上げ、アポ
ロ氏がこちらを見た。
「商人さんは犯人がわかってらっしゃると…?」
ヒゲを撫でながらアポロ氏はじっとサバトラを見据える。
「わかりません。でも十中八九従業員の誰かでしょう。放っておけ
ばそのうち勝手に名乗り出たでしょうに、あのオバサンが引っ掻き
回すから…」
サバトラの言うオバサンとはキャサリンのことだ。確かに彼女は張
り切っていた。うざかった。医者じゃなきゃよかった、なんて初め
て思ったくらいだ。
アポロ氏は頷く。
「エステー氏のことは事故、というより病死の方が正しいでしょう
か。氏の年齢からすれば持病のひとつやふたつおかしくはありませ
ん」
「部屋が荒れていたのも薬を探していたのだろう。私も発作を起こ
すと部屋があんなふうになる時があります」
言葉をつないだリアフティ教授をぎょっとして見る。すると彼はに
こぉりと性質の悪い笑みを浮かべて「アレルギーがあります」と言
った。
「まあ、意図して薬を隠していたならば…となりますが、氏はちゃ
んと薬も飲めていたみたいですしね。症状が以前よりずっと悪かっ
たんでしょう」
確かにエステー氏の死体はきれいなものだった。彼が裕福だったこ
と、倒れた場所がほぼ密室だったこと、ホテルにキャサリンが来て
いたこと、偶然が重なりあって今現在不幸な私たちにつながる。な
んと運のないことか。
*
ボイラー夫を彼は感情の読めない凪いだ目で見ていた。ボイラー
夫は俯いて鼻水をすする。嗚咽交じりの声でギンダーウィッチに訴
える。
「よく、こんな、ことが、おもいつく、な、お、おまえは、あ、く
まか、う」
ボイラー夫の包まる毛布の下、彼は裸だった。毛並みをオレンジに
染めるほど暖炉の近くにいるのに、彼は震えていた。
「あんな、あんな、う、うう」
「効率的でしょう?…ここは寒いし、私も早く解放されて別の地方
に行ってみたいのです」
ギンダーウィッチの頭は暖炉の炎に照らされてきらきらと光る。ほ
こりが明かりを反射しているのだ。彼が火掻き棒を動かすたび、灰
が彼やボイラー夫の毛布に付着するが彼は気にしない。
ギンダーウィッチはすでに砂漠に想いを馳せていた。
*
空中をさまよう女の腕は結果何も掴めずに、ぱたりと落ちた。
白くなった指先はシーツを握ることすら出来ずに、布を撫でるにと
どまる。女の口は事が始まってから閉じることなく、幾筋か透明な
ものが伝っていた。パンッパンッと女の尻と男の腰が当たる音が部
屋にやけに響く。四つんばいの腰を高くあげた姿勢で顔をずっと
シーツに押し付けていたため、彼女の頬は興奮の為だけでなく赤く
なっていた。女の咽喉はすでに嗄れ、意味のないうめき声が漏れる。
黒いウサギはグチャグチャと性器をこね回しながら、ローションを
そこに直接ぶちまける。その冷たさに女は悲鳴をあげる。
「いっ!ひっ!いあっ、つめ、あひっ、ひっ、ひ」
「やっぱ、ヒトのほうがイイなっ。なかなか乾かないし、おまんこ
気持ちいい、とかっ、ぶち込んでっ、ぐちゃぐちゃにしてとかっ、
言わせるとめっ、ちゃくちゃ締まるし」
スキットが遠慮のない力で女の乳房を握ると、膣がきゅっと締まる。
女の膝が崩れ、伏せる前に彼が腹に手を回し、すくいあげる。その
まま上体を起こさせると、自重でさらに深く突き刺さり甲高い悲鳴
が上がる。
彼の指が尻穴に埋めてあるバイブへ到達する前に、女の抵抗か偶然
か、彼女の尻尾が行動を阻害した。スキットは邪魔な尻尾を思い切
り引っ張る。千切られそうな痛みにチカチカとした明滅を見て、女
は気絶した。
「つまんないの」
中途半端に張り詰めた陰茎を膣から取り出すと、ぽっかりと開いた
女のそこから湧き出るように精液が流れ出てくる。最初に切れた膣
口の傷は血が再び滲んでいた。
*
エステー氏の秘書は真夜中にやってきた。
リアフティ教授もアポロ氏もとっくに自室へと引き払った後だ。そ
の時起きていたのは、私、チヨコ、カマメシの三名で、ウサギの襲
来に私とカマメシは震え上がった。
「こんな時分に申し訳ありません。大変遅くなりましたがパックス
をひきとりに参りました」
私は努めて冷静に言う。
「そこのキツネ、出ろ」
カマメシは盾にするためか届けるためか、パックスを前に掲げるよ
うにしながら扉をあけた。カマメシの身体で秘書の姿はまったく見
えない。
「本当に申し訳ありませんでした。パックスが大変お世話になった
ようで…」
まあな。
「いや、別に。それより、そちらは解決されたんですか?」
チヨコがなんのことだ?という目で私を見つめる。小声で、従業員
の方だと答えれば、軽く頷いた。
「ええ、まあ。やはり旦那様とは別件で」
「ああ。やっぱり」
「サクッと帰れそうですか」
私は目下気になっていた質問を投げかける。もちろんコタツにはい
ったままだ。夜は空気が冷えるのでコタツから出たくないが、チヨ
コのように肉布団をかけたくもない。
「お医者様には少々込み入った聴取があるかもしれませんが、今日
中には出発できると思います」
まあ、いいだろう。秘書はカマメシと二言三言交わすとすぐに引き
上げていった。やっと眠れると布団の用意を始めると、今度は女将
が泣きながら部屋にやってきて従業員の不始末と宿代の保証のこと
を述べた。美人の涙の謝罪を無碍にすることは出来ず、私とカマメ
シは夜を明かしてしまった。
この旅行で知り得たことは、カマメシと私の要領が悪い事、やっ
ぱり自宅の風呂が一番落ち着くことだった。
もう、しばらく山のほうはいいかなと思う。
終