猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

愛し

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愛し

 

<1>


前へ前へと只走る。

何度も後方を振り向きながら。

 

「一体なんなのよ此処はッ!」

 


私の『人間』としての人生はこの言葉で終わり、
私の『ヒト』としての人生はこの言葉から始まった――

 

見渡せば愴然と広がる穢れ無き純白の雪。
まるで凍っているかの様に聳え立つ木々はそれを纏っていた。
凍える大地に息する者は居らず、ただ存在を否定されていて。

だが、私はそんな場所に居る。

厳密に言うと、私――ではなく、私達、であったが。
私を一心不乱に追いかけてくるそれは。


灰褐色の――犬、ではなくて多分、狼。


その狼は比喩でも何でもなく、私を追っていたのだ。

只、狼は狼でも、私たちの言う狼ではなく、その筋肉隆々とした手足は四足ではなく、二足歩行であって。
それ特有の突き出した口(鼻、と呼ぶべきなのだろうか)からは私が理解できるであろう言葉を吐き出して。
言葉の内容は聞かない。いや、聞けない。
そんな暇なんて無いのだから。

――ハッ、ハッ

動物特有の息遣いが聞こえる。
その声をだしているのは、紛れも無く私だったが。

きつい・・・けど頑張らないと・・・・あの狼に・・・・・。

「―――――――――――!!!」

後方から狼の叫び声が聞こえる。
さすがに距離が開いているためか、やはり内容は聞き取れないが。
でも、その声量と足音から狼がどれだけ私に近づいてきているのかが分かった。

まだ距離はある――多分、結構・・。
このまま走れば大丈夫、逃げ切れる!

いや、根拠は無いんだけどね。

でもそう思わなければ、走らなければ――

あの狼に、喰われてしまう。

「そんなのは絶対に、嫌!」

私はそう叫び、更に足を速めた。

 

だいたい始まりは何だったのか。

いつもと変わらずに、朝のまだ日が昇る前に起きて。
いつもと変わらずに、まだ回転しない頭を振起し、身支度をして。
いつもと変わらずに、簡単な朝食を作り食べて。
いつもと変わらずに、家を出たはずだった。

でも、目を覚ましたら此処に、異世界にいた。
異世界と私がはっきりと決め付ける理由は2つ。
1つは二足歩行し、人語と思しき言葉を話す狼で。
二つ目はあの双月が――あれ?

余所見したのが悪かったか、雪に足をすくわれて派手に転倒する。
顔から行った。視界を染める、白。
でもこけたからと言って立ち止まるわけにはいかない。
もう限界を迎えている足を、無理矢理に起こす。
速く、遠くへと逃げないとあいつに――――


「やっと捕まえた。」


・・・・・・・・・・・・・追いつかれちゃった。

とか考えてる場合じゃなくて逃げなきゃ!
今すぐに足を動かして遠く、遠くへと。
しかしそう思い前を見据えた瞬間には、もう私は狼の腕の中に収まっていた。

「あうっ。」

いきなりの抱擁に、情けない声がでた。
罵声の1つでも浴びせたくなったが、
狼に抱きしめられているという事実が背筋に恐怖を走らせ、声が出ず。
変わりに口から出る、白い吐息。
がしり、と掴まれたから多分密着状態なのだろう
私たち人間とは違う獣特有のふわふわとした毛が私の服に体温を伝えてくる。
まるで、小動物を保護したかのようにその抱擁は優しくて。
それでも理性がこの狼と離れろと言っているのだが。


正直言うとこの毛皮がとても暖かくて・・・離れられなくなって。

いや、私が逃げたくないとかそんなこと言ってるんじゃなくて!
もう暖かいならこの狼に喰われても良いなんて思ってるわけじゃないんですよ、決して!

 

まぁ・・・つまり理性は本能に勝てないっていうことですねぇ。

それもそうだ。私の世界での今の季節はまだ夏。
秋を知らせるものなんて何も無かった。寧ろ春の名残がある、そんな初夏だったのに。
もちろん来ている服もそれに合わせた、いかにも涼しげにうっすらと蒼を帯びた半袖の制服で。
唯一救われたのは私の学校の下の服がスカートじゃなかったことかナー・・

いやー・・・・それにしても毛皮って暖かいですよねぇ。


ってそんなこと考えてる場合じゃない!
この状況は、なんていうか激ヤバイですよ!

本能を理性で押さえ込み、なんとか体を動かす。
この狼から逃れる為に、必死に手を振り、足では地面を蹴っている・・・つもりなのに。
手はまるで蝶を捕まえる時の様にジタバタとふれ。
足は地面を蹴る前以前に、宙に浮いている。
理由は簡単で、狼の身長が高すぎるだけ。

あー、やっぱり遠近法とかそんなんじゃなかったんだ・・おかしいとは思ってたんだけどね。

それでも抵抗を止めるわけにはいかない。
このまま捕まっていたら何されるか全く分からない。
そう思うと、再び恐怖が戻ってくる。
自分は何も出来なくて、相手にされるがままの状態が。
相手は逃げる自分を、捕まえるために追いかけてきたという過程が。
そして、自分はその相手に――見たこともない種族に抱きしめられているという事実が。

きっと私は此処でこの狼に・・・

そう思った時だった。

狼の口が、開いたのは。

 


「大丈夫だよ、何もしないから、ね。」

 

――――――――――え?

 

そう言うと狼は私をそっと地面に降ろし、抱きしめる力をより一層強くする。
それに比例して背中に感じる、狼が贈ってくる体温であろう暖かさもだんだんと上がってきて。

「寒いんでしょ?ほらもっと僕の腕の中に・・。」

その狼の猫なで声に、私の体は毛皮ににうずまっていく。
状況とか過程とか事実ということは、どうでもよくなっていって。
考えれることは唯一つ。

なんか・・・もふもふしてて気持ちいい。


何時の間にか抵抗をやめていた。
手はだらしなく垂れ、足は立つ為だけの最低限の力しか出していなかった。
今は只、この暖かさを感じていたい。
背中が暖まってきたのは狼の所為ではなく、私自身が熱くなっているのだろう。
この狼に何かを感じて。
それは此処に来てから今まで求めていた「暖かさ」なのだろう。
だからこんなことされても平気なのだと。

そしてこの狼は、良い『人』なんだと。

 


心からそう思ったのに。

 

 



<2>

 

この任務に、失敗は許されない。
もし、失敗すれば、待っているものは「死」なのだから。
心臓は押しつぶされそうな程に、バクバクと鳴っていた。
全身を廻る血はきっと今、全ての要素を右腕に運んでいるのだろう。
呼吸を整えるために軽く目を閉じると、様々なことが思い出される。

前の世界のこと。
此処の世界に落ちてきたこと。
そして、御主人様に拾われたこと――

目を開け、見据えるものは只一つ。
虚空へと続くその穴を、私は貫かなければならないのだ。
この右手が握っている細長く鋭利な武器で。
穢れを知らない、この右手で――
しかし、もう退けない。やるしかないのだ。
全神経を右手に集中させ、なおかつ左手にも最善の注意を払う。
左手でしっかりと目標を固定し、右手への集中をそのまま指先に以降させ
武器をその暗闇へと伸ばしていく。
手が震えそうになるのを何とか堪え、歯を食いしばる。
多分目は、充血しているのであろうな。

後、少し・・・ほら・・・・・其処ッ!

 


「もう、逆に緊張するからそーゆーこと言うの辞めてくださいよ!」

「嫌、お前のが本当に気持ち良いから前戯を・・と思ってな」

「前戯って何ですか!前戯って!大体今・・・」


そう言いながらも私に従順なペットである彼女は、
主人である私を快楽へと導くために右手を使って奉仕する。
目は私のある一点を凝視して、一生懸命に。
しかし彼女は只只、右手を上下しているわけではない。
大きな動きから、小刻みに震えるようにする繊細な動き、
そして私が耐えられなくそうになると右手の動きを止める焦らし。
そのテクニックは並大抵の者ができることではなく、今まで何度もこの行為をやってきた証でもあった。
私を喜ばせるために。
私に奉仕するために。

 

「だから本当に辞めてください!しかもなんかえっちぃですし・・。」

「『えっちぃ』・・・だと。ならば何処がどう『えっちぃ』のか言ってみろ。」

「いや・・・それは・・あの・・・・ていうかもう黙っててください!耳掻き突っ込みますよ」

「あ、そこもうちょい右が良い」

話を聞いてくださいよ・・・という言葉はこの際胸に沈め、耳掻きを小刻みに上下させる。
さっきの話で誤解するような人がいないように話すけど
私は二週間に一度、御主人様の耳の中にこびりついた垢をとる、いわゆる『耳掻き』をしているだけで
そんな卑しいことはしていないということをどうか理解して欲しい。
っていうか私誰に向けて話してるんだろ。

 

この家には、いやこの山一帯には私達以外にはいない筈なのにね。

 


「しかしお前、『耳掻き』上手くなったもんだな。」

「有難きお言葉で御座います・・・と、この場合は言うべきですか?」

「そういうのはよせ。お前にそんな言葉は似合わねぇよ。」

「『御主人様』って呼ばせてるくせに何を言ってるんですか・・ふふ。」

「別にお前がそう言いたいんだったらそうしても良いんだぜ。
俺もその言葉にふさわしいような姿や性格に『調教』してヤるから・・・な。」

「ひぃー、食べられるー。」
「黙ってろ。」


そんな深い意味がありそうで案外浅い話をしながら右の方の手首を小刻みに動かす。

こりこりこりこりと。


まぁ・・・確かに上手くなったかな。
私がこの御主人様――凶悪犬面犬耳巨躯ないわゆる「人狼」――に『拾われた』ときよりも。


こりこりこりこり


私は少し御主人様の虚空へ続く穴から視線を剃らす。
そこにはやはり凶悪犬面犬耳巨躯な「人狼」の顔がある。
鼻の上に一線のキズを携えた、「人狼」の顔が。


こりこりこりこり


その傷を見るたびに思い出すんだ。
あの日のあの時のあの事を。

 

こりこりこりこり
こりこりこりこりこり
こりこりこりこりこりこり・・・・

 

「痛ぇぇぇぇぇぇぇええええぇぇぇ!」

 

いきなりの叫びにとても驚ろき、思わず耳掻きを放り投げる。

・・・御主人様が右耳を押さえてうずくまっている・・・。

どうやら私がいろいろと考え事している間に痛いところをやっちゃったらしい。
ぅぉぉ、とか小声で呟いてたりして、物凄くいたそうだが・・・正直面白い。

「ってテメェ何時まで耳掻きしてやがるんだ!そろそろ痛みが気持ちよさを越えたぞ!」
やっぱりダメだ・・・笑いが堪え切れそうに無い。
こうなったら、とことんからかってみよう。

御主人様に笑ってもらう為にも。

「いやぁー、近年稀に見ない良い『犬』耳でしたからつい・・・あ、『狼』でいらっしゃいましたっけ、こりゃ失礼。」
「俺様のことを『犬』だと!どの口がそんなこと言ってやがる!」
「この口ですよー。だって『狼』ってどことなく黒いイメージなのに御主人様は灰褐色ですもん、仕方ないですー」
「な、テメェ!灰褐色は我が一族の誇りなんだぞ!それを・・・」
「いや、そんなこと言っても、地味は地味です。犬耳です。」
「『犬』耳は関係ねェだろうが!・・・こいつ、今日まで生かしておいたがもう我慢できん、今此処で喰ってヤる!」
「ぎゃー私を食べても美味しくありませんよー。」

「ぐだぐだ言ってねーで大人しく俺に食われてろ!」
そう笑いながら、御主人様が私を押さえつける。

こんなセリフを吐きながら1人と1匹の顔は笑っていて

「美味そうだなァ。さて、どこから喰ってやろうか?」
「きゃー。食ーべーらーれーるー。」


いつもの様に『獣ごっこ』を始める。
そんな関係が、ずっと続けば良い。
そう思ってる『自分』は、果たして本当の『自分』なのであろうかと。
変な疑問が、頭を掠めた――

 


双月の理由を。
対である意味を。

ある者はこう解釈する。

「互いが互いを照らし合わせるためにあるものなのだ」と。

ある者はこう解釈する。

「一つの器に二つの心が、あるべき姿になったのだ」と。

ある者はこう解釈する。

「双月であるからこそ、意味があるのだ」と。

 

しかし私は思うのだ。

「ならば二つの内どちらかが欠けたなら――
それはもう『月』では無いのではないか」と。

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