猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

わたしのわるいひと 04

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わたしのわるいひと 4話



「いや、だめだよ……ヨー」
「いいじゃないですか減るもんじゃなし」
「そんな……あ、あ、そこだめ」
「ここですか? ここがいいんですね。ご主人様」
「だめ、っていってる、や、あ、あああ、あ」

「お前ら何やってんだ」

「ご主人様の尻尾をもふもふしています」
「働け」

おれはしぶしぶご主人様のしっぽを離した。
だって、この寒いのに近場にもふもふがあって我慢できるはずがない。
ご主人様はイヌだからちょっと体温が高い。カイロに最適だ。
おれは黒猫のニュクスを見やる。
秘書のニュクスは、数少ないおれの存在を知っている使用人だ。
「お前らが乳繰り合ってる最中に年が明けたぞ」
「もうそんな季節ですか。早いですね」
「人を正月から働かせておいてしゃあしゃあと」
緑色の目でひと睨み。黒いきれいな毛並みにすらりと伸びた四肢。こっちの美醜はよくわからないが、たぶんイケメンの部類に入る。
こんな地方都市で迷っているのをご主人様が拾ってきてそのまま雇った。それ以上のことはよくわからない。
ここにいるのはだいたいそんな奴が多いのだが。
「ライカ。今からでも遅くないぞ。このヒトになつくのは考え直せ」
「ニュクス。ヨーはニュクスの思っているようなヒトじゃないよ」
「それが甘いと言っているのに……」
ご主人様もニュクスには気を許しているようで、なんだかむかつく。
なのでついこき使ってしまう。
まあそれはそれとして。
「お正月ってヒトの世界では何するの?」
「そうですね。初詣に行ったり……」
ご主人様は首をかしげた。
「初詣って何?」
「えーと。一年の最初に神社……つまり神殿にお参りすることですね」
ああ、とご主人様は頷いて、それからしばらく思案して言った。
「する?」
「え?」
「だから、……初詣」


「初詣は宗教的に欠かせない行事だから」と嘘をついてご主人様について行った。
だって正月まで働きたくないし。めんどくさいし。
しかし白昼堂々と町中を歩くのにはやはり慣れない。どうもびくびくしてしまう。みっともないが。
町は寒々しい色に満ちていて、見ているだけで気が滅入りそうだ。
それにしてもご主人様はおれをどこに連れて行く気なのか……謎だ。
イヌって宗教あったっけ?
そんなことを思いながら歩いていると手をつないで歩く親子とすれちがった。
イヌの少年はご主人様を通り過ぎるまで見つめると、母親に向かって言った。
「お母さん、あの人変だよーオオカミの……」
「しっ! 見ちゃいけません」
ご主人様は黙ってその場を通り過ぎた。
「ご主人様……」
「別に。よくあることだからね」
ご主人様は怒っているようでも悲しんでいるようでもなかった。ただ、諦めていた。
「…………」
落ちてきたヒトの中でもおれは頭のいい方だと自負してきたけれど。
頭がいい悪いにかかわらず、実際に目にしてみないとわからないことはたくさんあるわけで。
たとえばどうしてうちの会社は訳ありの人間しか雇えないのかとか。
どうしておれに会う前はご主人様が閉じこめられるように暮らしてきたのかとか。

「この世界もいろいろあるものですね」

「何?」
ご主人様がおれを見上げてきた。
「別に。何でもありません」
次第に人が多くなってきた。
「ご主人様。はぐれないでくださいよ」

……。
…………。
………………。
なぜ黙る。
ちょっと手を握っただけじゃないか。
そんなに赤い顔して黙りこくられるとこっちが恥ずかしくなってくる。
……ああもう。
だからそんな濡れた黒い目で見るなっての……。心臓が変な動きしだす。
落ち着けおれ。思春期はとっくに過ぎ去った。
なんでこんな思いをしなければならんのだ。

「着いたよ」
ご主人様のその言葉を聞いて、心底ほっとした。


「ウサギの教会?」
周りとは少し雰囲気の違う建物を前におれは驚いた。
「そんなものがなんでイヌの国に?」
「ウサギは博愛主義だからね。こんなイヌの国にも情けをかけてくれる」
ご主人様は含み笑いを漏らした。
「ご主人様は神様って信じてるんですか?」
「うーん。いたらもうけものかなとは思ってる」
日本人みたいな答えだな……。
「でも、イヌのための神様はいないのかもしれないね」
「どうしてそう思うんです?」
「イヌは『悪い』から」
――話には聞いたことがある。
軍事大国のイヌを貧しいがんじがらめに縛っている絹糸。
縛られている理由はイヌという存在は「悪い方」から生まれたということ
「ご主人様は、そう思ってるんですか?」
「ウサギはレシーラ様に『おまえたちの優しさは正しい』って言ってもらえるんでしょう?」
教会の門をくぐりながら、ご主人様は静かに続ける。
「イヌにはそんな存在ないもの」
その言葉は揶揄とも自嘲とも取れない。ご主人様はくるりと振り返る。
「ヨー。祈ろうか」
礼拝堂にはけっこう人がいた。ご主人様によると、新年礼拝らしい。それなりに荘厳な景色だ。
とりあえず祭壇に向かって手を合わせてみる。
しかし祈る内容が見つからない。元の世界に帰ることはとっくにあきらめてしまった。
しばらく考えたのち、ふと、一番いいのを思いついた。
死んだ友達の鎮魂を。
死後の世界があるのかわからないが、あったらもうけものだろう。


半分イヌではなく半分オオカミではないということは、どんな気分なんだろうか。
今のおれにはよくわからないし、もしかしたら一生わからないのかもしれない。
「終わった?」
礼拝堂を出ようとするおれにご主人様が駆け寄る
おれは黙ってご主人様の手を握る。
そのままご主人様にもらったコートのポケットに入れた。
ご主人様の耳がぴんと伸びた。
うう。
やっぱり恥ずかしい。
「何をお祈りしたんですか?」
「ひみつ」
ご主人様はふふ、と笑った。


「ただいまー」
「ヨーてめえ。ふらふらしてないで働け!」
帰るとニュクスがひいひい言ってた。ざまあみろ。
ニュクスはそんなおれを尻目に、毛皮を振り乱さんばかりにご主人様に詰め寄った。
「ライカ! お前は私よりあんないい加減な奴を信用するのか」
「そんな。よりもだなんて……比べられないよニュクスは女の子同士楽しくやれて嬉しいし……」
……ちょっと待て。
「女?」
おんな、という三文字をしっかり発音しながらおれは言った。
「ニュクスって女だったんですか?」


「いってえ、あのアマ本気で殴りやがった……」
無様に腫れた顔。ご主人様はそんなおれの前でため息をついた。
「ヨー。ごめん。フォローできないよ」
ケダマというものをはじめて見た。
おれの知る世の中というのはまだまだ狭い。

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