猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

キツネ、ヒト 04.5

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キツネ、ヒト 4.5話



「…にーフラレてー泣ーいてー♪ 腹いせーにー悪さすーるーのーにゃー♪」

 街の大通り。
 能天気に鼻歌を歌いながら歩いている人影があった。
 言うまでもなく【灰猫】の支部長、レダである。
 天気もよく絶好の休日。鼻歌の一つも出るというものだ。内容はともかくとして。
 そこへ

「レダ!」

 別の猫が駆け寄っていった。
 バー・アルビオンの看板娘、ココだ。
 レダにとっては少々ツケの溜まっている店の店員という事もあり、嫌な予感でもしたのか微妙に後退りをしている。

「良かった、近くにいてくれて。声が聞こえなかったら入れ違いになってるとこだった」
「…あちし今持ち合わせにゃいから、ツケは今度払うにゃ。ほんとにゃよ?」
「それどころじゃないんだ!」
「にゃ?」

 しかし、ココの必死な様子に、思わず首を傾げるレダだった。




- 説明中 -


「カナメが?」

 ココの友人に要芽という名の狐がいる。
 レダ自身はそれほど親しいという程でもないが、親友の朱風が狐だったりその朱風と同じようにヒトを拾っていたりと多少気になる相手ではある。
 その要芽が攫われたと言うのだ。

「うん! それにアキラも危ないんだ! 早く助けないと!」
「わ、解ったにゃ! ええと、こっからだと…」

 ココの必死さが伝わったのかレダまで慌て始めた。
 そして

「こっちにゃよ!」

 と、自分が元々向かっていた側を指差す。

「って、【灰猫】は逆方向だよ!?」
「朱風がこっちに居るような気がするにゃ! 先にそっちに行ったほうがきっと良いにゃ!」
「気がするってそんなの…って、レダ、いきなり走り出さないで!」

 一抹の不安を抱えながらも、すでに走り出したレダに引っ張られるように、ココも走り出さざるを得なかった。




- 一方その頃 -



 話題の対象であった朱風はと言うと、まさにレダが向かった方角にいた。
 恐るべきはレダの勘、と言うべきか。
 朱風の隣にはカルトがいる…と言うより、カルトの買い物に朱風がくっついて来たと言った方が正しいだろう。
 だが。

「…この臭い」

 突然朱風が眉をしかめて立ち止まる。

「どうした」
「いや、昔嗅いだ覚えがあるんじゃが、なんじゃったかのう? 何かこう、危険信号的な感じなんじゃが」
「意味が…」

 分からない、と続けようとしたカルトもまた鼻をひくつかせると立ち止まる。

「どうした、カルト?」
「分かった。なるほど、確かに危険信号だ」
「ぬ?」
「硝煙の臭い…銃を撃ったのがいる」

 カルトが嗅ぎ取ったのは、銃弾を飛ばす際に燃焼する火薬の匂いだ。
 つまり風上で銃を撃った者がいる、という事になる。

「ヒトか?」
「そこまで解るわけが無いだろう。ただ、少なくともそれなりの数を撃った事は間違いない。でなければ臭いなどほとんどしない筈だ。少なくとも俺に嗅ぎ取れるほどには」
「風上は…ぬう、進行方向じゃのう。どうする?」
「音は聞こえないが、消音機を付けているにしても殺気が少なすぎる。恐らく大丈夫だろう」

 朱風も気配を探るが、確かに人がざわついている雰囲気はあるものの、危険を感じるほどでもない。

「気になるのう。様子を見に行ったほうが良さそうじゃが…」
「やめておけ。どんな面倒事に巻き込まれるかわかったものじゃない」
「ぬう。まあ、確かにそうじゃな。銃ともなると最初から殺し合い前提じゃろうし…しかしそんなに治安が悪かったかのう、この町。目ぼしいのは潰し合わせた筈なんじゃが」

 首を傾げる。
 確かにこの町は騒ぎこそ多いが、活気がある為のもので、組織だった陰謀などとは無縁の筈だ。
 しかも銃となるとヒト、あるいはカモシカぐらいしか使えないはず。
 カルトの勘違いではないだろうかとも一瞬思ったが、このヒト奴隷はこうした事に関しては異常なほど正確だ。
 ならばまず間違いなく銃撃戦があったのだろう。
 喧嘩程度ならばむしろ嬉々として首を突っ込む朱風もこうした事にまで好奇心を発揮するほど無謀ではない。
 だが、そこへ

「あ、朱風にゃ! さすがあちしの親友、居て欲しい時に居て欲しい所に居てくれるとか大好きにゃー!」

 ある意味、火種の塊とも言える猫…レダが現れた。

「…あの様子からすると今回の件と無関係とは思えぬのう」
「はぁ…面倒臭い」

 珍しく主従揃って面倒な事になりそうだとため息をついた。




- 路地裏 -



 あまり目立つのもどうかということで、人目につかない路地へと入り込んだ二人は、もう一人の猫…ココからの訴えを聞いていた。

「要芽が誘拐された?」

 驚いた朱風がココに聞き返す。

「カナメ…誰だ?」
「今日の目当ての雑貨屋でバイトしとった狐じゃよ。ほれ、この間ぬしにぶつかって平謝りしとった娘じゃ」
「…そんな事があったか?」
「ああもうぬしは黙っとれ。話が進まん」

 興味の無いことはまったく覚えないカルトに一々答えていては時間の無駄だ、と言う事でさっさと切り捨てる。
 不満そうな様子も特に無く黙るあたり、カルト自身もさほど重要な事ではないと考えているのだろう。

「それで?」
「犯人はカモシカのグループで、それを聞いたアキラが飛び出していった」
「カモシカ…確かにそんな連中が街に入ってきたという情報は入っとるが、何故そんな暴走を…?」

 朱風が首を傾げる。
 この町は港や王城にも近いため様々な種族が入り込んできてはいるが、だからといって治安が悪いというわけではない。
 確かに小さな騒ぎは毎日のように起こってはいるが、人死にが出るような事件はあまりない。
 そんな中、白昼堂々と銃を使い狐を誘拐するなど、よほどの理由が無ければ出来ない事だ。

「どうする?」
「ぬう…こんな状況では官憲沙汰がどうのとは言ってはおれぬな。遅れればアキラか要芽か、あるいはその両方が死ぬ事になる、か」

 腕組みをしてさらに深く考え込む。
 だが今度の思考は疑問のためではなく、作戦のためのものだ。
 数秒の沈黙後、方針が決まったのか腕組みを解いて沈黙を破る。

「レダ」
「あいにゃ」
「【灰猫】に戻って実働部隊と後処理準備。副支部長に依頼しておけ」
「動いてくれるかにゃあ?」
「『最近外から余計なものが入り込んできているためか、勢力図が安定しなくてやりにくいです。いっそ支部長と私以外は皆死に絶えればいいのに』などとほざいとったからいい機会じゃろ」
「にゃんかよくわかんねーけど…もし駄目だったら支部長命令で動いてもらうにゃ。後で叱られるかもしれにゃいけど」

 その答えに、思わずココがレダの両手を握り締めた。

「ありがとう、レダ!」
「困った時はお互い様にゃよ。ってわけでツケは無しにしてくれると嬉しいにゃ」
「それはお父さんに言って」
「しっかりしてるにゃあ…んじゃ行ってくるにゃ!」
「うむ。頼むぞ」

 駆け出すレダを見送りつつ一つ頷くと、今度は傍らに立つヒトに視線を向ける。

「カルト」
「なんだ」
「わしの仕事じゃが、手伝ってくれるかの?」
「…俺が手を出してもいいのか?」
「うむ。少なくとも官憲が本格的に動くまでの間に決着を付けねばならぬが」
「まあ、さっさと片付く分には問題ない」

 この男には珍しい即答。
 それも肯定的な内容でなど、本当に珍しい。

「いつになくやる気じゃの?」
「そうなのか?」
「いや、ぬし自身の事じゃろ」
「…よく分からん。だがまあ、放っておくと夢見が悪くなりそうだしな」
「ふむ…?」

 この男にも何か思う事があるらしい。
 だが今はそれを追及している時間も惜しい。
 事は既に一分一秒を争う領域にある。

「ココ」
「なに?」
「アキラの行きそうな所は解るか?」
「多分、一度家に戻って準備すると思う」
「そこから追うぞ。案内せい」
「うん! 任せて!」

 と朱風とココが頷き合うと、すぐに走り出す。
 その後ろをわずかに遅れ、どこか思案顔のカルトが付いていった。


 そして


「何とか間に合ったか。とは言うてもちょうどこちらは裏側の上に見張り付き。回り込むには時間がかかり過ぎるかのう」

 一旦要芽とアキラの家を中継し、そこから朱風の占いとカルトの追跡術(この男、何故かそんな技能も身につけていた)によりアキラの後を追って走ること十数分。
 恐らくは現場と思われる場所に到着する。
 途中、少しでも追いつくために行き止まりを無理矢理飛び越えたり、あるいは壁をぶち抜いたりと多少の無茶をしたが、そのおかげで何とか追いつけたようだ
 だが、生憎入り口は逆側。
 しかも裏口にあたるこちら側にも5人ほどの見張りがいる。
 表側で始まった銃撃戦に気を取られ持ち場を離れようとはしているが、逆に言えば

「こっちはこっちで数を減らしてやらないと危険、か」

 とカルトが呟いたとおり、放っておけばアキラの敵を増やしてしまう。
 最悪の場合は挟撃や包囲を許してしまいかねない。

「仕方ない。全員一捻りにしてやれい」
「一捻り…少し難しいが、出来なくはないな」
「な、ちょ、ちょっと」

 隠れていた建物の影から無造作にカルトが歩みを進めるのを見て、ココがあわてる。

「いいの、朱風? カルト、アキラと違って銃とか持ってないけど」
「わしも行くから大丈夫じゃ。それより伏せとれ。流れ弾は食らいたくなかろ?」

 と、袖口から飛び出すようにして手の中に納まった数十枚の符をまるで扇のように広げながら朱風も動き始める。
 こちらは壁沿いに姿勢を低くし、草むらに姿を隠しながらだ。
 ココは言われた通りにその場に伏せるが…

(あのままじゃすぐ見つかっちゃうよ)

 とカルトの背中に視線を向ける。
 まるで通りを普通に歩いているのとまるで変わらない動きで5人のカモシカの元に足を進めている。
 そして。

「っ誰だ!?」

 当然のように見つかった。
 即座に5人から銃…突撃銃に分類される、護身用ではない戦争用の『兵器』を向けられる。

「……」
「ヒト!? あいつ…じゃない」

 とカモシカが目的の相手とは違う、という事で一瞬だけ気を緩めた瞬間。

「しっ…!」

 微かな気合と共に、カルトの姿が消える。
 否。
 実際には前方に転ぶような動きで加速したため、普通に歩いていた時との落差でカモシカだけでなく、遠くから見ていたココですら一瞬見失ったのだ。
 そしてカルトは瞬時に一人のカモシカの懐に入り込むと、その特徴的な頭部の両角に手をかけ

「ふんっ」

 ぐるり、とカモシカの首を捻った。
 下手をするとねじ折れたのではないかと思わせるほどの速度と強さで。
 当然、そんな事をされたカモシカは一瞬で意識を断ち切られ、口から泡を噴いて崩れ落ちる。
 一方のカルトはと言うと特に何をしたとも思っていない様子で

「…次」

 ぼそりと呟くと、再び無造作と言えるほどに歩を進める。
 衝撃的な光景に硬直していた事と、カルトの歩みがあまりにも自然だったためか、カモシカ達の反応が遅れた。
 そして気付いた時には既に次の相手の懐に潜り込まれている。

 銃は確かに強力な武器だが、どんな武器にもあるように欠点もある。
 そのうちの一つがこれだ。
 味方と敵が乱戦状態になると同士討ちを恐れて使えなくなってしまうのだ。
 時にはそれすら恐れず乱射するようなのもいるが、それは大抵の場合は緊急時や錯乱状態に限られる。
 少なくとも平常時から仲間を撃つ覚悟を持っているものはまずいない。
 そして今は緊急時と考えるにはあまりにも戦力差があった。
 相手は一人。それもヒト。
 得体の知れない相手ではあるが、先入観からどうしても油断が生じる。
 たとえ目の前で仲間が次々と角を掴まれ首をねじられている場面を見ても、脅威として認識するまでの間がある。
 当初の驚きと混乱から立ち直り、目の前の脅威を脅威として認識できるようになるまでに三人がカルトによって沈められていた。
 三人とも痙攣しているあたりまだ死んではいないようだ。恐らく死なない程度に加減されているのだろう。あくまでも死なないだけではあるが。

「…のう、カルト」

 と、4人目の角に手をかけていたカルトにどこからとも無く朱風が声をかけた。

「なん…だ?」

 ごぎゅり、と4人目の首の首をねじりながらカルトが返答する。
 カルトにとっても最後の一人をこのまま相手にするのは厳しい。
 銃の欠点…敵だけを撃つのは難しいという点を突いたのはいいのだが、これが通用するのは敵が二人以上の場合。
 最後の一人となると別の方法を使わなければならない。
 カルトであればこの距離ならばある程度はかわせるが、カモシカの身体能力を考えるとどこまで出来るか不明だろう。
 しかし朱風の声はそれを心配したものではなく、むしろどこか呆れたような口調だった。

「いや、あのな。一捻りにせいというのはぶっちめろとか叩きのめせとかそういう意味じゃぞ? 捻って倒せとかそういう意味ではないんじゃぞ?」
「…先に言え!」

 カルトが上着の懐に手を突っ込む。
 冷たい感触。
 それを人差し指と中指の間に手挟み

「ひゅっ!」

 腕を外側へと開く動きで投じた。
 金属製の…スプーンだ。
 何故そんな物を持ち歩いているのかはともかく、それは発射直前の突撃銃に当たり、僅かに射線がずれる。
 同時に踏み込んだカルトの足元から踏み込んだだけとは思えぬ強い音と振動が響く。
 カモシカが誤射の反動をその筋力で押さえ込み、何とか照準を向けようとしたその時には

「しっ!」

 既に懐に潜り込んでいたカルトの肘が腹に叩き込まれ、そこから更に顎を横に打ち抜かれた挙句、頭部の角を両手で掴まれ

「せあっ!」

 結局、捻られた。





「…角があるとついやってしまうな」
「そうなのか?」
「ああ。首を鍛えているのなら刺突の一つも警戒するが、そうでないのなら頭に取っ手が二つ付いているようなものだぞ」
「むう。確かにそうとも言えるが」
「首を完全にねじ折る寸前で止めるのは比較的難しいが、今回は大体は成功したしな」
「大体とか言うとる所が不安じゃのう…と言うかわしの出番が皆無なんじゃが」
「知るか」

 と姿を現した朱風とカルトが軽口を叩き合う。

「まあ、ともかく粗方片付いたか。残りが居るとしても表の…」
「うあっ!」

 しかしその時、思いもかけない方向から声が聞こえた。
 ココの声だ。

「ココ?」
「……」

 二人揃って視線を向けると、そこには

「動くな! 動けばこいつを殺すぞ!」

 ココの体を羽交い絞めにして銃口をこめかみに突きつけているカモシカがいた。

「ち…しもうた。伏兵がおるとは思うとったが、まさかわしらではなくココの方に向かうとは…ってカルト?」

 朱風が身動きできなくなっているのをまるで関係ないとばかりにカルトが前に足を進める。
 相変わらず無造作に、だ。

「お前っ…き、聞こえてるだろ! こいつを殺すぞ!」

 脅しが足りないと思ったカモシカが撃鉄を起こし、いつでも撃てるとばかりにさらに強くココに突き付ける。
 だが、それに対しカルトは

「俺にとってはその猫は赤の他人だ。それよりは俺は俺自身と朱風を優先する」

 とまるで意に介さない。

(あやつ、何を…?)

 朱風が訝しげにカルトの背中を見据える。
 たしかにその『自分たちを優先する』という言葉は事実だろう。
 だが、いくらあの無神経で無愛想の塊のようなカルトであっても、目の前で危険にさらされている命を見捨てるような冷血漢ではない。
 そしてその時、僅かにカモシカから見えない位置にあるカルトの左手が不自然な動きを見せているのが見えた。

(ぬ…なるほど、な)

 そして朱風もほんの少しずつ動き、カモシカに見えない位置で細工を始めた。

「く…ほ、本当に殺すぞ!」
「殺せばいいだろう。それがお前の望みならそうするのが自然だ」

 そして5メートル前後の間を空けてカルトが立ち止まる。
 カルトが動きを止めた事で息をつくカモシカ。
 そのカモシカに対して

「ただし」

 カルトが告げる。

「殺す事を望むのも、その望みのままに殺すのも、全てお前自身の意思だ。面倒臭いから俺のせいにはするなよ」
「ぐ…」

 例えようのない感情に襲われ、カモシカが動きを止めた。
 その瞬間。

「今じゃ!」

 という朱風の叫びと同時に、カルトが前へと突っ込む。

「な…!」

 反射的に引き金を引こうとしたカモシカだったが、指が動かない。
 横目で確認した銃とそれを握る手の向こう側に、僅かに発光する符が浮かんでいた。
 朱風がこっそり服の裾から滑り落とし、遠隔操作で起動した動作固定の符だ。
 銃の欠点の一つに『攻撃力は銃弾に依存する』というものがある。
 弾切れもそうだが、そもそも銃弾を撃てない銃などただの鈍器でしかないのだ。
 そしてこの距離で振り回すにはココは近過ぎる。
 ならば、とココをカルトに向かって突き飛ばし、その隙に符を何とかするか、あるいは別の銃を、と行動に移した瞬間。

「しっ!」

 なんと、カルトは『ココごと』カモシカを吹き飛ばした。
 正確には前方に突き飛ばされたココの腹の辺りに掌を押し当て、受け止めながら押し返し、カモシカに再度接触した瞬間に震脚。
 その反発力を前方に叩き込んだのである。

「ちょ! ココごと殺る馬鹿がおるか!?」

 と思わず朱風がツッコミを入れる。
 マダラとは言え頑強な成人男性一人を吹き飛ばすほどの衝撃。
 間にいたのであれば、それ以上の衝撃が体に加わっている筈だ。
 下手すると内臓破裂を起こしていても不思議はない。
 しかしそれに対しカルトは首を傾げると

「ココごと?」

 と不思議そうに聞き返す。

「いやほら、今そっちに…」
「え、え、今の何?」

 そこには状況が掴めずきょろきょろと周りを見渡すココがいた。

「…どういう事じゃ」
「ただの鎧徹しのような物だ。説明する以前に考えるのも面倒臭いから無視しておけ」
「また器用な事を…驚かすでないわ、まったく」

 と朱風が胸をなでおろしたその時、正面から聞こえてきていた銃声が唐突に止まる。

「ぬ…静かになりよったぞ」
「まさか、アキラが!?」
「まだ解らぬ。急ぐぞ、カルト」
「ああ」

 そして再び、三人は走り出した。








「そうやって逃がした奴に、なかまはころされたんだ!」

 入り口から突入した直後、悲痛な叫び声が響いた。

「アキラの声だ!」
「無事じゃったか。これだけの数を掻い潜るとは、ようやるわい」

 と周囲に転がる死体を避けつつ眉をしかめる朱風の大きな耳に、隣を走るカルトの呟きが耳に入る。

「…不味い。この足跡、後から一人追っているのがいるぞ」
「なんじゃと?」

 足跡、と言われて改めて見てみると、確かにヒトのそれと思わしき足跡に重なってもう一人追っているのがいるように見える。

「く…このような状況では第三者である事は期待できぬか…!」

 と焦燥の表情を浮かべたその瞬間。


 響いたのは渇いた音。
 銃声だ。
 それと。

「アキラ君!アキラ!」

 身を裂かれるような悲鳴。



「全然止まらないっ、符が足りないんだ・・・アキラ、アキラ!」
「絶対に死なせないよ!?私が君を死なせない・・・!」
「アキラ・・・!」

 要芽の絶叫とも言える声が響く。
 そしてその声に追い立てられるかのように、まだ幼いとすら言える子犬が飛び出してきた。
 こちらに注意すら払わず、まるで逃げるかのように脇をすり抜けていく犬の姿を見て

「ち…」

 と舌打ちをしたカルトが振り返る。
 だが

「待てカルト! こっちが先じゃ!」

 という朱風の制止に踏みとどまる。

「…確かに、アキラを助ける方が先か」
「そういう事じゃ」
「二人とも、そんな事言ってないで早く!」

 三度、三人は走り出す。
 そして…


 飛び込んだ先には途中と同じく幾つかの死体と、血溜まりに沈んでいるヒトとそれに縋り付いて必死に止血しようとしている狐の少女がいた。
 ココが真っ先に駆け寄り、カルトが左右を、朱風が背後を警戒しながらそれに続く。

「カナ!」
「ココ?」
「ごめんカナ! 遅くなった」
「ココ、この人達は…」

 涙をぼろぼろと零す要芽。
 それを尻目にアキラの傷口の位置を診るが

(ぬう。さすがに銃の怪我なぞ診た事がないぞ、わしは)

 止血は出来るだろうが、それ以上の治療方法が分からない。
 弾が中に残っているようで下手に傷口を塞ぐのも多分まずい。
 だが今はそんな事よりも、とりあえずアキラの命を永らえさせるのが先だ。

「話は後じゃ。アキラを【灰猫】に運ぶぞ」
「身体がどんどん冷たく、アキラ! アキラ!」

 しかしそんな声すら耳に入らないようで、要芽はアキラに必死になって縋り付いている。
 その時、ぱん、と軽い音が響いた。
 朱風が要芽の頬を張ったのだ。
 そして両肩を掴んで無理矢理視線を合わせると

「ぬしがアキラを信じんでどうする! 死なせないと言うたのはぬしじゃろうが! しっかりせい!」
「う、うん・・・」

 と活を入れる。
 ようやく落ち着いたのか、朱風から受け取った追加の止血符でアキラの止血を始めた所で、周囲の警戒をしていたカルトが恐らくリーダー格だったと思しきカモシカを指差す。
 そして

「朱風。こいつはまだ息があるがどうする?」

 と尋ねた。
 放置しておけば死ぬだろうが、確かに今この瞬間はまだ生きている。
 アキラと同様に。

「…ぬしが決めい」

 しかし自分が判断すべき事ではない、と思ったのか、朱風は要芽に判断を任せる。
 止めを刺すと言うのであれば代わりに自分がやってやった方がいいか、という考えもあったが、その返答は

「助けたい。マスードを死なせちゃだめ・・・・・・」
「カナ・・・」

 と、ある程度予想していた答えだった。

「うむ。頼んだぞカルト」
「ああ」

 カルトの方はと言うとどこか納得のいかない様な顔だったが、それでも言われた通りに治療を始める。
 常に朱風から持たされている応急処置用の止血符や賦活符だ。
 応急処置とはいえカモシカの生命力なら、アキラよりも治療の効果は大きいだろう。

「しかし、一応用意はして来たとは言うてもこのままでは【灰猫】までもつかどうか…」

 そう。
 あるていど用意したとはいえ、さすがに本格的な治療が出来るほどの符は持って来れていない。
 そもそも、決まった動作しか出来ない符による治療は限界がある。
 これが朱風の家であればいくらでも符があるのでどうとでも出来るのだが…
 と、そこへ

「朱風様!」
「ぬ、来たか。良いタイミングじゃ」

 レダが呼んだ【灰猫】の部隊が到着した。
 率いているのはレダの補佐、と言うよりレダの仕事の大半を受け持っている副支部長だ。
 後ろに続いているのは【灰猫】の実働部隊のメンバーで、これだけいれば大抵の裏業務は実行できる。

「付近に応急手当の出来るセーフハウスがあります。医者も呼んでいますので、そこまで運びましょう」
「ぬしはどうする?」
「ここの事後処理を。騒ぎが大き過ぎて警察の動き出しが早く、猶予がありません。手っ取り早く『仲間割れで壊滅』を前提として偽装工作を致します」
「む、それが妥当かの。では急ぐぞ、皆の者」

 相変わらず手際の良い副支部長にも助けられ、一行はその場を後にした。
 後日、新聞では【強盗団 仲間割れで壊滅か?】という記事が載る事となる。
 その際の工作が上手く行ったのか、アキラが武装して突入した事も話題になる事はなく…


- 一週間後 -


「しかし、ぬしにしては珍しいのう。そろそろ面倒臭いとか言うて付いて来ぬかと思うとったが」
「気になっていたからな」
「?」
「アキラは…いや、今はその話はいいだろう」
「ふむ…? ならば後にするかの。病人の前じゃし」

 朱風とカルトは【灰猫】内の宿泊部屋に場所を移されたアキラの見舞いに訪れていた。
 カルトが珍しく朱風の誘いに素直に乗ったため、こうして二人揃っている。

「しかし良く寝るな」

 ココの呆れた様な声が響く。

「生死の境をさ迷ったからのう。当然じゃろうて」

 と朱風がフォローする。
 一時は命すら危ぶまれていた事に比べれば、今はずいぶんと安定していると言っていい。
 ただ完全に治るまではまだ時間がかかるだろう。
 その脇で

「こ、これでツケをチャラにしてもらうにゃ」

 と恐る恐るという感じでレダが申し出ていた。
 本当に交渉する気らしいが…

「ダメに決まってるだろ!」

 とアルビオンの店長であり、ココの義父である牛のD.Dが言い返す。
 実際、ツケと言っても結構な額になっているので、そうほいほいと無かった事には出来ないのだ。
 とはいえ今回のこれで多少は減らしてやってもいいか、と思っているのは秘密である。
 見た目に似合わずこれで意外と優しい所も義理堅いところもあったりするのだ。
 そして

「お父さんうるさいっ」
「ごめん・・・」

 娘にも弱い。
 もっとも、その点はどの父親でもそんなものかも知れないが。
 その時アキラのまぶたが僅かに動いた。
 その気配をカルトが感じ取る。

「おい。目を醒ますぞ」

 言外にいつもの「うるさい黙れ」という台詞が隠れているが、それを直接言わないだけ多少は空気が読めているらしい。
 あるいはアキラを気にしているためか。
 そして、アキラがゆっくりと目を開く。

「意識もはっきりしとるようじゃし、これで一安心、かの」
「そうだな」

 と安堵した様子のカルトを朱風がどこか疑わしげに見つめている。

「……」
「なんだ」
「後できっちり説明してもらうからの」
「…まあ、朱風ならいいが」

 やはりカルトがアキラを気にしているのには理由があるらしい。
 落ちて来たヒトで同じく狐に仕えている、という理由だけではなさそうだ。

「じゃがアキラに一目惚れしたとか言うたらブチ殺す」
「…はぁ」

 その殺気にか、あるいは内容の下らなさにか、思わずカルトが溜息をついていた。
 そんな夫婦漫才を繰り広げていると、アキラの視線が二人の方を向いている。

「にんげん…」
「俺も落ち物だ」

 アキラの呟きにカルトが答える。
 そして、つまりアキラと同じだな、と付け加えた。
 その時、ココがにやにやしながら

「ほらカナ。そんなに密着してアキラの顔が真っ赤になってる」

 と、からかう。
 事実、アキラの顔は赤かった。
 ココに言われて余計意識してしまっているようだ。

「…アキラ、今勿体ないと思うたじゃろ?」

 その表情を見て思わず朱風がからかう。
 普段周囲にいる者達ならばあっさりかわされるか、あるいは無視されるかに対して

「お、おもってません!ええっと」

 アキラは大慌てだった。

(くっはー! これじゃよこれ、この素直な反応! ううむ、可愛らしいのう♪)

 思わず心の中でははしゃいでしまったが、そんな事はおくびにも出さない朱風だった。





 その後もやや騒動はあったものの

「さて、一応怪我人相手じゃ。余り騒がしくては身体に響くでの」

 と、朱風が手を叩いて締めに入る。

「わしらは一足先に出るが、ぬしらもそう遅くならんようにな。傷が塞がったとは言え、体力まで回復した訳ではないからの」
「あ、ありがとうございました、あけかぜさん」
「よいよい。わしと要芽は色々な意味で数少ない同胞じゃ。こういう時ぐらいは助け合わねばな」

 心の底からとまでは言わないものの、一応本心ではある。
 同じ狐として。同じヒトを拾った者として。そしてそのヒトに心を寄せる者として。

(ま、せっかくじゃしもう一押しの手伝いぐらいはしてやってもよかろ)

 と心の中で企む。

「では、大事に。よく食べよく寝るんじゃぞ。激しい動きは…まあ今夜ぐらいは許可してやろう」
「にゃにゃっ」
「わーお」
「?」

 朱風の台詞の意味を正確に理解しているのはココとレダの二人の猫だけだった。






 そして一足先に廊下に出て扉を閉め、ホールへと向かう途中。

「…で、話して貰おうかの」

 と横目でカルトに視線を向けながら朱風が問いかける。
 対してカルトは考えを纏めるかのように足元に視線を向けながら

「あいつは、選択肢が無かった」

 と答えた。

「選択肢?」
「殺されなければ殺される。だからああいう考え方になった。否。ああいう考え方の者しか生き残れなかった、と言った方が正しいか」
「…まあ、確かにそうかもしれぬの。じゃがそれを何故ぬしが気にする?」

 そう。それが一番の疑問だ。

「弟…か、それに近い奴が、そういう所でアキラに似ていた…ような気がする」
「記憶が戻ったのか?」
「いや。そんな気がするだけだ。ただ、思い出せてはいないがこれだけ気になると言う事は恐らくそうしたのが本当にいたんだろう」
「ふむ…」

 つまり、弟かそれに準ずる存在とアキラを重ねて見ていた、という事になるのだろうか。
 重なる理由が理由ではあるが、納得できない話でもない。

「まあ、安心した」
「要芽がおるからの。マスードを許したあやつならば問題なかろ」
「ああ。殺さなくても殺されない。そういう場所もあるという事を教えてやれるだろう」

 ほう、と安堵かあるいは別の意味があるのか、カルトが力を抜いて息を吐いた。

 と、そこへ後ろから猫が一人追いついてくる。

「朱風ー」
「レダか。仕込みはどうじゃ?」
「んー…ココにお任せにゃ」
「なんじゃ。ぬしは何もしとらんのか」
「だってあんにゃ事、説明なんて恥ずかしくて出来ないにゃよう。んで、しちゃうかどうか賭けるかにゃ?」
「全員同じ方に賭けては賭けにならんじゃろ」
「何の話だ」

 カルトだけ話に付いて来れていない。
 いつもの事ではあるが。

「こやつはこれじゃから…」
「ボクネンジンにゃねぇ」
「理不尽に罵倒されているような気がするぞ」

 実際の所はともかく、こうした事にはとことん鈍かった。


 結局レダも加わり三人で待っていると、要芽以外の二人が部屋から出てきた。
 朱風が「こっちじゃこっちー」と声をかけると、ココも話の輪に加わる。

「なんじゃ、要芽は一緒ではないのか」
「その顔、分かってるでしょ?」
「まあ、の」
「にゃはは♪」

 女三人寄れば姦しいという諺を見事に体現している。
 手持ち無沙汰となり壁に寄りかかっていたカルトは、同じく隣で壁に寄りかかって娘の事を見ていたD.Dに問いかけた。

「…なあ」
「あん?」
「何を言ってるのか、分かるか?」
「ああ。お前は分からないのか?」
「……」

 カルトは どうやらこの場で異質なのは自分ただ一人だ、と自覚せざるをえなかった。
 その結果に思わず肩を落としていたのを見かねたのかあるいは暇つぶしか、D.Dがカルトの肩を慰めるように叩く。

「まあ経験を積めばなんとかなるから気にするな」
「別に気にしていない」
「はっはっは」
「叩くな」

 そんな風に男連中で親睦を深めている間、女三人の話題は少しずつズレて行き…

「そういやレダはどうなのさ」
「にゃにが?」
「だからほら、朱風にとってのカルトとか、カナにとってのアキラとか、そんな感じの」
「にゃ、にゃにを聞くにゃ! そっちこそどうなんにゃよ!」
「あ、あたし!?」

 お約束の恋話に発展していた。
 そして

「お父さん許しませんよ!」
「お約束の頑固親父じゃのう」

 D.Dが乱入する。
 その結果あぶれたカルトは…

「…暇だ。もう一度アキラの様子でも見てくるか」
「「「「ちょっと待ったぁ!」」」」

 やはりいつものように空気が読めていなかった。

 

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