猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

シー・ユー・レイター・アリゲイター04

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だれでも歓迎! 編集

RRRRRR... RRRRRR......


 『はい、もしもし』
 『もしもし、あれ、女の子の声? 掛け間違えたかな』
 『あ、ギュスターヴさんにご用事ですか?』
 『うん、そうそう。ギュスターヴ先生、今大丈夫かな?』
 『申し訳ないですが、どちら様でしょうか?』
 『おっと悪かった。ええとね、椿抄社のアレックスと伝えてもらえればわかると思う』
 『ありがとうございます。それでは、少々お待ちください』

 「ギュスターヴさん、お電話です。はい、編集のアレックスさんから」




   *   *   *







 第四話

  ヒー・ハズ・カンパニー・ナウ








   *   *   *


物事には大抵、表と裏がある。
コインだって表と裏があるから投げられるのだし、表と裏があるからオセロもできる。
人間にだって、表も裏も、いろいろある。

得てして、表には明るい、ポジティブなイメージがつきがちだし、裏には逆の後ろ暗い、ネガティブなイメージがメジャーである。
だがしかし、それは本当に適切なものなのだろうか。

裏はやはり表の反対側、向こう側、奥側、隠されたものとして捉えられる。
隠されるのは、隠されるに値するだけの理由があるからであるし、隠されるということは疑心暗鬼を喚起する。
それはどうしても負の要因として働くため、裏側が悪いものとして見られるのはしかたがないことかもしれない。

それでも、裏側にだって、いいことも存在するのである。
例えば、鉄板の上の一枚肉。
白く変わりつつありものの、表はまだ生、赤いまま。
反転。現れる裏側は、じゅうじゅうとこんがり香ばしい。これはいいものだ。ものすごくいいものだ。
今まで隠されていたからこそ、露わになったときの感動は、想像をも凌駕する。

裏側は裏側で、とてもいいものなのである。



 「これ、何?」
 「目玉焼きです」
 「目玉焼きって、もっと、目玉っぽいと思ってたんだが」
 「ターンオーバーにしてみました」
 「ターンオーバー?」
 「両面焼きの目玉焼きのことを指すみたいです。
  一般的に言われる目玉焼きは、サニーサイドアップ、片面焼きですね。
  フライパンに卵を落として、それから蒸し焼きにします」
 「へえ。おれはいっつも卵割ったらそのまま放置してたわ」
 「ええ、その方が綺麗な“目玉”焼きにはなりますね。半熟にするのもやりやすいです。
  蒸し焼きにすれば、全体にじっくり熱を入れられますので、表面まで白くなるんです」
 「おれは半熟の方が好きだ」
 「では、次はそうしましょう。
  それで、両面焼きの目玉焼きですが、裏返して両面から焼きますので、しっかり白身が固まるんです。あとは――」
 「食えばわかるだろ。腹減ったよ」
 「そうですね」
 「いただきます」
 「いただきます」


何よりも目立つ違いは、白身の香ばしさだった。
かりかりの白身が、今まで食べたことのある目玉焼きにはない新境地である。
白身をぱりっと破けば、中からは黄身が垂れる。それはよく知る目玉焼きと同じだった。
およそ目玉焼きという言葉からは想像しえない見た目ではあるものの、やはり目玉焼きなのだろう。
味付けが塩なのもよくわかっている。


 「卵料理好きだな」
 「そうでもないですよ」
 「なんだか卵ばっかり食ってる気がする」
 「そうですか? わたしは別に……。昨日だって、白身のお魚のフライだったじゃないですか」
 「ああ、うんそうなんだけど、なんかどうにも卵ばっかり食べてるような――」
 「すみません。気を付けます」
 「いやいや、そんな謝ることじゃないさ。別にいいんだけどな、卵嫌いじゃないし。
  だけどなんかこう……、毎回卵ばっかり食べてるような、毎回卵の描写ばかりしてるような錯覚が――」


   *   *   *


 「えっと、今、お忙しいですか?」

アマネがもじもじしながら尋ねてくる。
ひどく申し訳なさそうな仕草で、何もそこまでおびえなくてもいいのに、と少し不愉快だ。

 「別に、何をしているわけでもあるまいが、どうした?」
 「いえ、その――」

伏し目がちに、また逡巡する。
こいつが口ごもるのは、あまり例を見ないことである。
どんなことでも物怖じせず、堂々と言い、立ち回る姿がいつもであり、これはよっぽどのことではないかと心配になりはじめた。

 「なんだ、どうかしたのか」
 「どうか、した、わけではないのですけど――」
 「皿でも割ったか? 別に怒らないが、けがないよな」
 「いえ、大丈夫です」

違うらしい。
確かに、何か粗相をしでかしても(おれからすれば全然なんでもないことなのだが、アマネ的には大問題らしい)、
こんな、みっともない態度を取るでもなく、毅然として頭を下げていた。
そんな一流のメイドが、何があったらこんなおずおずする少女になってしまうのやら、見当もつかない。

 「わかんない、降参。早く言えよ。怒らないから」
 「あ、ごめんなさい、いや、申し訳ありません」

そこを言い直す必要はあるのかないのか。

アマネがごくりと唾を飲み込む。
そこまで決心が必要なことなのか。つられておれも唾を飲む。


 「もし、今、忙しくないのであれば……」


またそこで止まる。掻き集めた決心は散ってしまったのだろうか。
視線が下がってくる。小さな手が服の裾を掴んでいた。動く指。
決心がついたのか、きり、と前を向く。目が合う。その目には、涙がいっぱいに溜まっている。



 「お買い物に、付き合ってもらえないでしょうか……!」



潤んだ瞳が真摯におれを見つめていた。おれは、ため息をこらえるのに一生懸命だった。
散々もったいぶって、そんな程度? いっそ、笑いすらこみ上げてくる。

 「えっと、わたし、みっともないのですけれども、方向感覚が弱くって、すぐに道に迷ってしまうんですよ。
  だから、初めて一人で外に出て、変に迷ってしまうと困るなあ、と思いまして。
  あと、どこにお店があるとか、全然わからないので、案内、していただきたいんです。
  でも、でも、もちろん、無理にとは言いませんし、ご迷惑だというのも重々承知してはいるのですが、それでも――」

一生懸命に言い訳を始めるアマネがおかしくって、今度は笑いをこらえるのが大変だった。
変に仰々しくもしないで、できるだけ何もないように装い、答えてやる。

 「ああうん、別にいいぜ」
 「あ、ありがとうございます……!」
 「というよりむしろ逆に、変にお前一人なんかで外には出さないっつの。
  いくら散々な近所の評判だとしても、せめてぎりぎりのラインは維持したいし、よそで変なこと口走られたら困るからな。
  一応、監視だ監視。近所の人に会うなら会うで、おれがいた方が通りもいいだろうしな」
 「はい、ありがとうございます」
 「まあ、その前にだ」
 「なんでしょうか」
 「とりあえず、着替えてこい、な?」

結局、アマネはメイド服を着ていた。さすがにその格好では外へは出させまい。


   *   *   *


アマネが部屋まで着替えに行った後、ずいぶんと待たされる羽目になった。
女は支度に時間がかかるとものではあるが、いくらなんでも待ちきれない。
というより、たかが近所までのお使いである。何をそこまで準備する必要があるのか。

 「まだ?」
 「あ、すみません。えっと……」

扉が細く開く。準備ができたのだろう。まったく、もっときびきび動いてほしいものである。
……いや、普段のこいつであれば、もっと行動が早いはずだ。
そう考えると、今日のアマネは何かおかしいのかもしれない。働きすぎて熱でも出たのだろうか、頭でも錆びたのだろうか。

 「あの、ギュスターヴさん……」

隙間から顔を出したのは、ちゃんとした女の子だった。
メイド服でも全身ひよこ色でもなく、全うな服を着た少女である。
肩口まで伸びた黒髪、顔の横は緩やかに垂らして、後ろは上げて、バレッタで留めてある。
襟ぐりの広く開いたボーダーのシャツに、赤いチェックのスカート。
だし汁シャツの面影などどこにもない、おれが買ってきてやった服だった。少々柄々しいところではあるが、よく似合っている。

 「変、ですよねえ……」
 「何が?」

何か、あちら側のことわざで、ちょうどいいものがあった気がする。そうだ、馬子にも衣装。馬子にも衣装だ。
いや、馬子にも衣装、といっては失礼にあたるのか、けれども、感覚としては一番近い気がした。
超がつくほど有能で、ばりばり働く一流ヒトメイドのアマネだが、こうやってメイド服でないちゃんとした服を着せれば、
どこにでもいそうな、かわいい女の子なのである。多少服に着られ気味ではあるけれども。
道行く人々が振り返るほど美少女ではないが、無作為に五十人集めれば上位十五人には確実に入ると思う。十位はぎりぎり入る。五位は厳しいだろう。
まあ、手前味噌だが、おれが見繕ったのだから当然といえば当然かもしれない。けっこう真剣に選んだし。

 「だって、服……」
 「いや、似合ってるぜ」

スカートの裾を掴み、しきりに伸ばそうとする。

 「だって、だって、これ、短すぎませんか……!」
 「いや、短くないって。普通だよ普通」

膝丈よりかは短いが、ミニスカートというには長い。その程度である。何を照れる必要があるのか。

 「何それ、ストッキング? 履いてんの?」
 「せめても、何かないと、脚、出過ぎですって」
 「ただ近所のお使いだろうが! わざわざんなもん履くか!? 脱げ脱げ、脱いぢまえ!」
 「でもだって、脚が――」
 「いいだろお前、脚きれいなんだから出しとけよ! 減るもんじゃああるまいし!」

次に、シャツの襟をつまみ、たくしあげようとして、すぐに落ちてしまう。

 「あと、シャツもですけど、首、出過ぎですよね……!」
 「それも普通」
 「だって、見えすぎですよ、どれも、これも……」
 「そんなもんだってば!」
 「む、胸の方まで……」
 「見えてない! 鎖骨までしか見えてないから! そういうのは、谷間が見えてから気にしろ!」
 「谷間なんてできないですよぉ!!」

涙目になりながら、必死におれを睨みつける。

 「全体的に! 肌が、出過ぎだと、思うんです……」

最初の威勢も、みるみるうちにしぼんで、最終的にはか細い声に。

 「ないないないない! そんなこと全然ない! それが普通なの!
  ったく、まだ若いんだから、そんな程度で気にすんなよ!」
 「そんな程度、ってそんな軽くありません……」
 「軽いの! なんともないの! みんなそんなもんだから大丈夫なの!」
 「だって――」
 「だっても糞もない! 変じゃねえから!」

俯いて、ぼつりと呟く。

 「似合わない、でしょう。こんなお洋服」
 「似合ってるってば」
 「……いいんです。わかってますから」
 「似合ってるよ、かわいいよ」
 「わざわざ、メイドを褒める必要なんて、ありませんよ」
 「お世辞じゃないってば」
 「そもそも」

そして、アマネはいつも通りに笑顔を浮かべる。
甘やかな、美しい笑顔。見てる方こそが幸せになれるような、そんな微笑み――。



 「わたし、メイドですから。普通の服なんて、似合わなくて当然です。お仕事着だけちゃんと着られれば、それで十分です」



だのに、妙に心のうちでわだかまるのは、なぜなのだろう。


   *   *   *


出かける前からどっと疲れてしまったが、ここからが本番というか、正念場である。
まあ、大々的に言ってみたところで、たかが買い出しである。たやすいたやすい。

 「ああ、靴、忘れてたな」
 「とりあえず今日はこれで大丈夫ですけれど、これからは替えも必要ですね」
 「ん、今度買いに行こうぜ」
 「はい、すみません。よろしくお願いします」

玄関を出て、日差しが降り注ぐ。本日は晴天、さわやかな風が気持ちいい。
ああ、そういえば、アマネのことはどう紹介すればいいんだろう。全然考えていなかった。
所詮、この辺りは田舎である。そこに新入りがやってきたわけだから、注目の的になってしまうはずだ。
うちに住んでることなんか、隠したってすぐばれるし、そこは言わなければならないだろう。
じゃあ、その理由は、なんて説明するべきなのか。なんて説明すれば無難だろうか。

……まあ、考えてないことは仕方ない。誰かに会うまでに考えれば良いのだ。
仮にも、本当に仮なのだが、おれは一応作家である。それくらいどうとでもしてみせるさ。

 「こんにちは」
 「あ、こんにちは」
 「こ、こんにちは……」

数歩歩いた先、玄関先の掃除をしているご近所の主婦がいた。第一町人遭遇である。

 「あら、そちらは……?」
 「うぐ、ああ、と」

注がれる視線はアマネの方へ、それに伴って疑問符が飛び出してくる。
……正直、誰かと出会うような気はしていた。今から考えればいいだなんて思った時点で、今すぐに誰かと出会うような気はしたのだ。
だからといって、実際に遭遇するとそれはそれで動揺するし、頭は真っ白になる。もともと何も考えてなくてまっさらだったが。
とにかく、おれは動揺しすぎて、唸るしかできなかった。

 「こんにちは。その、ご挨拶遅れてごめんなさい!」

アマネは第一町人主婦に駆け寄っていく。ちらっとおれを振り返る。少し、微笑んだ。

 「わたし、最近、ギュスターヴ先生のところで、住み込みでお手伝いすることになりました、アマネと申します!
  少しごたごたしていて、遅くなってしまったのですが、これからよろしくお願いします」

そうして、ぺこりと頭を下げる。
それよりもなによりも、今こいつは、なんと言ったか。確か、せ――。

 「先生?」

おれの口から飛び出しそうになった言葉を、先に第一町人の主婦が拾っていった。
そのおかげで、すんでのところで言わずに済む。

 「はい。先生は、落ち物の文学の研究と翻訳をなさっていて、いくらか訳を出版されてもいるんです。
  わたし、先生の本を読んだことがありまして、それで、憧れてたんです!
  だから、ご指導をお願いしたくって、ご迷惑とは思いましたが、押しかけまして。
  それで、まずは先生が研究に集中できるよう、生活のお世話をさせていただきまして、
  それから、ちょっとだけですけど、いろいろ教えていただくことになりました。
  恥ずかしながら、そのことで、少し先生ともめてしまって。なんといっても、無理やり押しかけたものですから。
  だけど、どうしてもとお願いして、なんとかお手伝いさせていただくことになりました。
  ですから、これからご挨拶に回ろうと思っていたのですけど、結果として遅くなってしまって……、本当にごめんなさい。
  これから、よろしくお願いしますね」

アマネがにっこり笑ってこっちを向く。

 「ね、先生?」

一瞬、おれが呼ばれているのか、わからなくなる。だがまあ、話を合わせないわけにはいかないだろう。

 「――人前で、先生、って呼ぶな、って言った、だろ……?」
 「あ、そうでした。ごめんなさい。ギュスターヴさん」

なんとかうまくつなげたようで、少しほっとした。
それから、適当に世間話をして、第一町人主婦とは別れることとなる。


   *   *   *


ネコの国端っこの方、ここよりもっともっと田舎の小さな農村に、四人兄弟の長女として誕生。
ある日手に取った本が、おれの訳した落ち物の本であり、それ以降、落ち物の文学に興味を示すようになる。
いつしか、落ち物文学への憧れが募っていき、自分も携わりたいと考えるようになる。
だがしかし、大学に通えるほど家が裕福ではないため、挫折。
とりあえず市街へ出稼ぎにきて、そこでアルバイトをしながら、実家へ仕送りをして暮らしていた。
それから少し経ち、偶然、おれの友人だというネコに出会う。
やはり夢を諦め切れなかったアマネは、そのネコに取り入って、おれの所在を聞き出す。
家を引き払い、アルバイトを辞め、おれの下に押しかけ、弟子入りを志願。
実家に帰れるだけの金もなく、かといってこの近辺に住む場所もない。寄る辺もない。
おれの同情を煽り、住み込みのお手伝い兼弟子となる――。

以上、道行く人々への自己紹介をつなぎ合わせた、アマネの経歴である。



 「と、いうのは表面的な設定でして――」

実態は、エルヴィンの遠縁にあたる親戚だという設定だそうだ。
落ち物に憧れたのは一緒。だがしかし、家からの許可が下りない。
というわけで、晴れて家出少女デビューを飾り、結局、おれの家に住みついた、らしい。

 「あのなあ。いくらなんでも、嘘くさすぎねえか」
 「そもそも、突然同居することになる事態が十分に異常事態じゃないですか。
  だから、ちょっとくらい劇々しいほうが、たぶん信憑性ありますよ! たぶん!」
 「そこ、たぶん、強調すんなよ。
  ちゅうか何、実態って。その実態すら嘘じゃねえか。なんなんだよその無駄設定」
 「無駄じゃないですよ。どうせ、最初の理由も“設定”で、要するに嘘なんです。
  何かを隠すための嘘ですから、その何かを隠し通さないといけないですよね。
  で、嘘なんてどうせ嘘に過ぎませんし、うまく吐き通せないことだってありえます。
  その時のために、ダミーの真実、“ばれてしまってもいい真実”を準備しておいた方がいいと思うんです」
 「そこまで考えるかねえ。普通。別に、誰も彼も疑いなんかしねえよ。
  ていうかさ、そんな裏設定満載にするんなら、先に言っておけよな。
  話し合わせるのも、大変なんだよ」
 「ギュスターヴさんなら、臨機応変に対応できると信じてました」
 「その信頼、別のところにもっと別のところに寄せられないか。
  それに、勝手にエルヴィンの名前使っていいの?」
 「今、いない人ですしね」
 「いなければいいのか……」

なんだか、適当である。普段のアマネであれば、もうちょっと慎みがあるというか、なんというか。
まあ、変に十歩もニ十歩も下がった発言をされてもかなわないから、これくらいの方が、頼もしいかもしれない。


商店街を二人並んで歩き、肉やら野菜やら、たくさん買い集めていく。
その過程で、また誰かに尋ねられ、また答える。ちょっとだけおまけしてもらったりもする。

 「ほれ、重いだろ。持つよ」
 「じゃあ、お願いしますね」
 「ああ、うん」

袋はずっしりと重かった。おれにとっては別になんてことないが、こいつのこの細い腕では大変だろう。
しかし、アマネはそう簡単に人に荷物を持たせる奴だっただろうか。
普段であれば、もうちょっとごねるところだろう。最終的には根負けするが、自分が持つって言い張るい決まってる。

 「なんか言わねえの?」
 「何をですか?」
 「ほら、“そんな! 持たせるわけにはいきませんよ!”とか。うわ、超言いそう」
 「……あのですね」

周囲を見渡して、周りに人がいないことを確認する。それから、低い声で話す。

 「あんまり、人前で変なことできないじゃないですか」
 「うん?」
 「ほら、せっかく持ってくださるというのに、お断りするの、普通じゃないでしょう」
 「確かに。ていうかお前そういう自覚があってやってたんかい」
 「メイドですから。でも外じゃメイドじゃない方がいいんでしょう?」

にっこりと笑う。


 「ですから、よろしくおねがいしますね、せ ん せ い っ」


外では先生、家ではご主人様。少し頭が痛くなった。


   *   *   *


気がつけば、日も暮れ始めて、影が長く伸びて道の先へ向かっている。
おれの両手には大きな袋。持ちきれない分すらあって、軽いものだけ集めてアマネが持っている。
どいつもこいつも、友好的だったのはすごく助かるのだが、質問攻めで疲れてしまった。
おれが越してきた時は、そんなでもなかったはずである。おれが無愛想だからだろうか。
まあ、アマネ自体がすごく人当たり良く、愛想を振りまいていたせいかもわからない。というよりそれが大きいと思う。

 「みんな、いい人たちですね」
 「ん、そうか」
 「ええ、いっぱい話しかけてもらえましたし、いろいろ教えてくれましたし」
 「みんな田舎もんだからね、なんだかんだで珍しいんだよ」
 「わたし、田舎の方には排他的なイメージがあるので……、嫌われなくて良かった」
 「お前なら、そうそう嫌われないだろうよ」
 「ふうん?」

きょとん、と首をかしげる。ネコ耳が少し揺れた。
そのまま、二人並んで、帰路を歩む。

 「あの、ギュスターヴさん」

アマネが、正面を向いたまま、おれの名を呼ぶ。

 「ん?」
 「ごめんなさい」
 「どうした、何を謝ることがある」
 「わたし、嘘ついてたんです」

アマネの顔におれの影が差して、その表情は読めない。

 「どんな?」
 「道に迷うっていうの、嘘なんです。案内してほしかったのも、嘘。
  全部が全部嘘、ってほどではないですけれども、それでも、半分以上は嘘だったんです」
 「ああ、おれを買い物に誘い出した理由か」
 「はい」


アマネがてくてくと歩みを速めて、数歩先についた。


 「じゃあ、どんな理由が?」


ぴたり、と足取りが止まる。 



 「……怖かったんです」



 「怖かった?」
 「ええ、怖かった。どうしても、怖かったんです。一人で外に出るの」
 「そんな、たかが近所じゃねえか」
 「近所でも、ほんの少しでも」




詰まる息。




 「……怖かった。
  わたし、こっちに落ちてきてから、一人で外になんて、出たことありませんでした。
  そもそも、お屋敷の外に出ること自体が、数えるほどしかありませんでした。
  だから、街の様子だって、人間の様子だって、全然、何にも知らなかったんです。
  それで……。それで、わたし、ヒトですから。
  ヒトって、ヒトじゃないですか。
  みんなに、冷たくされちゃうかもしれませんし、何されたって、文句言えないじゃないですか。
  どんなに着飾ってみても、こんな耳なんてつけたっても、どうせ、偽物じゃないですか。
  簡単に、見破られてしまう、かもしれないじゃないですか。
  そういうとき、どうすればいいのか、全然、わからなくって、だから――。
  …………怖かったんです」




おれは、何も言えなかった。

今日はずっと、何かがおかしいと思ってたんだ。だけど、こんなこと考えてるなんて、思いもよらなかった。
アマネは、いつだって毅然として、きりりと格好良くて、だからこそ、こんな風に怖いものがあるなんて、知らなかったのだ。
考えようとも、しなかったのだ。



 「でも、大丈夫でした。みんな優しくって、それに、ギュスターヴさんがいてくれましたから。
  全然、わたしの心配なんて、杞憂に過ぎなかったんですね。
  本当に、ありがとうございました」



くるりと振り返るアマネは、女の子みたいに笑っていた。
本当に、ただの女の子みたいに――。





 「ごめんなさい、忘れてください」


そうしてまた、ととと、と歩き出す。
気がつけば、もう我が家が見える。いつの間にこんなところまで来ていたのだろう。

 「ほら、行きましょう! 夕ご飯の支度しないと。
  今日は、お肉いっぱいおまけしてもらえましたから、何か肉料理にしましょうね。何がいいですか」
 「アマネ」

はい、なんですか。
そんな言葉を携えて振り向いた顔は、いつも通りの、花のような微笑だった。

 「……何かあったら、別にすぐ言ってくれればいいから。
  荷物だって重いだろうし、またいくらでも持ってやるよ」
 「忘れてください、って言ったじゃないですか――!」



アマネの顔は、夕日に染まって、赤い。きっと、おれの顔も。



 (こういう時、おれは、鱗で良かったなあとつくづく思う。何しろ、顔、赤くならなくて済むのだから)




                                  Bu...u...u...u...

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