猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

シー・ユー・レイター・アリゲイター外伝01

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匿名ユーザー

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某月某日某スマスの少し前。神妙な面持ちでアマネがおれに向かってきた。

 「ギュスターヴさん、大事なお話があります」
 「もったいぶって何だ。ああ、そういやもうすぐクリスマスだ。
  うちにツリーなんて気の利いたものはないが、今ならまだまだ買えるだろうよ。買ってくるか?」
 「ありがとうございます、お気持ちだけいただきます。
  ツリーなんて目じゃないほど、もっともっと大事なお話なのです」
 「ツリーなんて、なんて言ったらクリスマスに失礼だろ!」
 「え、クリスマス? 失礼の相手はクリスマスなんですか?」
 「ほら、一緒に謝ってやるからクリスマスにごめんなさいしないと、な?
  クリスマス様ごめんなさい」
 「……クリスマス様ごめんなさい」
 「で、何の話だっけ?」
 「ギュスターヴさん」
 「おう」


 「――――来週、大掃除をしますので、覚えておいてください」


 「……おう?」





某月某日某スマスイブ。ごちそうの前でアマネが浮かない顔をしている。

 「んー? なんだー? どうしたよー?
  さっきまであーんなにニコニコしちゃってたのになー、急にくらーい顔しちゃって?
  ほら、ケーキだぞケーキ、うまいぞー? あ――――――――ん?」
 「ギュスターヴさん、酔ってますね。ケーキと一緒にお酒、っておいしいんですか?」
 「ケーキはうまいだろー? 酒もうまいだろー? 一緒に食べればもっとうまいだろー! がははははは」
 「ふふふ、楽しそうで良かったです」
 「アマネも楽しい?」
 「はい、すごく楽しいですよ」
 「じゃあなんでそんな顔?」
 「ギュスターヴさん、お忘れじゃありませんね?」


 「――――もう何日かしたら、大掃除をしますからね?」


 「……おう?」





そして来る某月某日某スマスの翌々々日。
まだ朝方の、眠るおれの部屋の扉を叩く音が聞こえた。
ここまでならいつも通り、アマネがおれを起こしにきた、というそれだけである。
だが、この日はそれだけでは終わらなかった。

寒さに震えながらのっそりと起き上がったおれがゆっくりと扉を開ける。
うまそうな朝食の香りが漂ってきて、目線のだいぶ下の方には、小柄な少女の姿。

 「おはようございます、ギュスターヴさん!」

浮かべた笑顔はいつも以上にかわいらしく、覇気に満ち満ちていた。





 「今日は、 大 掃 除 ですよ!」





 「…………おう?」




   *   *   *


常々思うのだが、アマネは掃除が好きだ。大好きだ。少々過剰とも言えるほどに好きだ。
だから、大掃除のその日は妙に朝から張り切っていて、朝から働きまわっていた。
せっつかれて味わう間もなく駆け足で朝食を飲み込むと手渡されたのはバケツと雑巾、いくらかの新聞紙。
どうやらこれでおれは家中の窓を磨かねばならないらしい。

 「別に、うちの中きれいじゃないか……」
 「たとえきれいに見えても、普段はお掃除し切れてないところも多いですし」
 「いいだろ別に、大掃除なんてしなくても……」
 「何をおっしゃるかと思えば! だめですよそんなの! せっかくの年末なんですから、大掃除をしないと!!」
 「年末ったって、クリスマスも終わったばっかじゃんかよ……、そんな気しねえよ……」
 「新年だってあとほんの少しですよ?」
 「おれの気分はまだクリスマスなんだよ……」
 「もう、ちゃんと前々からお伝えしてましたでしょう?」
 「そうだけどさ……」
 「お掃除なんてものは、本来であればわたし一人ですべきことでしょうし、
  わざわざギュスターヴさんまで働かせてしまって申し訳ないとも思います。
  けれども、“大掃除”というそれ自体が年末における、ある種の行事なのだとわたしは思います。
  ですから、一緒にやりましょう? ね?」

小首を傾げながら、少し潤んだ瞳、身長差から自然に生まれる上目遣いでじっとおれを見つめる。
……一緒に、ねえ。我ながらそう誘われると、弱い。

 「…………この新聞、何に使うの?」
 「濡らした新聞で窓を拭くと、すっごくきれいになるんですよ!」

アマネがきらきらした目ですごく嬉しそうに、掃除のうんちくを語ってくれた。


おれがせこせこ窓を磨くとアマネが隣で網戸を外していた。後で水洗いをするようだ。
かと思えば台所でシンクを磨き、その次はトイレで便器を磨き、しまいには風呂場で浴槽を磨き、
一日中そわそわ、あちらこちらを掃除して回っていた。
(これは後に知ることなのだが、忙しく駆け巡っているようなのにどこもかしこも完璧に磨き抜かれていた。
 どう考えても一人でこなせる仕事量、質ではない。
 おれは改めて“アマネ”とは一人を指すのではなく、メイド少女ユニットの総称なのではないかと思う。
 複数人で一人の“アマネ”、そうでもなければこの掃除量、説明がつかない。)


   *   *   *


やがて、掃除も一段落付き始めた昼過ぎ。
恐らく朝の間に用意していただろうおにぎりの山をのんびり食べて、休憩をとる。

 「ふう」
 「お疲れさまです」
 「本当にな」
 「すみません」
 「ま、でも楽しかったよ」
 「ですよね!」
 「あと拭いてない窓も一枚か二枚かそこいらだし……。アマネは?」
 「わたしはお風呂のカビ取りがまだ済んでないのと、トイレのしみ抜きがまだなのと、
  それからいつも通りのお掃除がまだまだ全然です」
 「よし、じゃあおれの方が先に終わりそうだな」
 「ギュスターヴさんもまだまだ残ってるじゃありませんか」
 「あと少しだって言っただろ」
 「大掃除って、一か所だけじゃないんですよ?」
 「……え?」
 「窓拭きが終わったら、次はご自身の私室をお掃除してくださいね」
 「…………え?」


 「別に、掃除する必要も、ないだろ……」
 「それ、本気でおっしゃってます?」
 「超おおまじめです」
 「片付けをしないといけないところしか思い浮かばないのですが」
 「何を言うか、おれの部屋なんて掃除する必要なんてない!」
 「足の踏み場もないくらいなのに……」
 「いつでもどこからだって必要なものが拾えるんだ」
 「お掃除、楽しいじゃないですか……」
 「それとこれとは話が別だ」
 「ごみだって散乱し放題なのに……」
 「…………」


   *   *   *


そうこうするうちに“わたしの”大掃除は無事に終えることができました。
台所もぴかぴか、トイレもつやつや、お風呂場だってツルツルで、本当に気持ちが良いおうちになりました。
こうでもないと年すら越せる気がしませんので、達成感やら満足感やら入り混じった気分です。

……結局、ギュスターヴさんは本当に部屋を掃除することはありませんでした。
せめてごみをまとめるだけでも、とお願いしたのにそれすらもなさらないで、ごろごろと寝転がるばかり。
それでどうせ、わたしがごみを集めに回らないとといけないのですから、少し気が重くなります。
……なんだか固くなったティッシュとか、わたしに見せていいようなものなのでしょうか。

 「アマネさん」
 「なんですか」
 「すまん」
 「…………」
 「おれが悪かった」
 「本当にそう思ってますか?」
 「思ってます」
 「…………」
 「許してください」
 「…………」
 「アマネえ……」

夕食の席でしょんぼりとするギュスターヴさん。
お恥ずかしい話ですが、食事の支度をしているわたしは、
部屋の片づけをしないばかりか開き直るギュスターヴさんにどうしても怒りが収まらなくって、
“お夕飯のおかずを一品減らす”なんて暴挙に出てしまったのです。
結果、ギュスターヴさんは悲しそうに、居心地悪そうになさっています。

 「……わたしの方こそ、すみません」
 「は?」
 「もともと無理にギュスターヴさんを巻き込んだというのに、わたし一人で勝手に怒って、すみません」
 「いや、悪いのはおれだから」
 「こんな子どもっぽいあてつけまでして、本当にごめんなさい」
 「その攻撃がおれには一番効くんだけどな」

出さないで隠しておいた最後の一品、白身魚のホイル焼きを食卓に並べました。
うひょー、とギュスターヴさんが両手を挙げて大喜び。

 「アマネちゃん大好きー!」
 「それじゃあ、いただきましょうか」
 「いただきます!」
 「いただきます」


   *   *   *


 「ギュスターヴさんは、神様を信じてますか?」

食後にゆっくりとお茶を飲みながら、ギュスターヴさんに聞いてみます。
温かくなった息をゆっくり吐きながら、ギュスターヴさんがわたしを見ました。

 「ワニに神様はいないな。いるのは祖霊――ご先祖様と、森とか川とかそういうやつだ」
 「わたしたちは、神様を信じてるんですよ」
 「でも、無宗教だって前に言ってただろ」
 「そうですね。宗教はあまり好きじゃありません」
 「でも神様は信じてる、と」
 「はい、わたしたちは神様が大好きなんです」

大きなマグカップがことんと音を立て、だいぶ少なくなった中身を確認し、注ぎ足しました。

 「“神様”なんていっても、絶対的なそれではないんです。
  むしろ一人、いや、一柱かな、とにかく個々では大したこともできないんだと思います。
  わたしたちが信じてる神様っていうのはきっと、
  ポットの中に住んでる小人とか、山彦とか、冬将軍だとか、そういうささやかなものなんです。
  単体では全然すごい力なんて持ってるわけじゃなくて、ただ少し不思議なだけ。
  しかも、元をたどってみれば先祖の霊だったり現象だったり、本当に身近で、ささやかな存在なんです」

ギュスターヴさんは真剣に、わたしの話を聞いてくださいます。
所々で相槌を入れて、わたしが話すのを促して。
だからわたしも調子が良くなって、ついついおしゃべりになってしまいます。

 「新年、お正月っていうのは、そういう“神様”たちがおいでになる時なんだそうです。
  豊穣とか健康とか、そういうお祝いをくださる神様をお迎えするらしいですよ。
  身近で、ささやかで、とてもとても大事な神様ですから、しっかりとお迎えしないといけませんね」

わたしの話をこんなに真剣に聞いてくれる人なんて、いったいいままでどれだけいたでしょう。
わたしの、まわりくどくて、面倒くさくて、長ったらしい話を、こんなに楽しそうに聞いていてくれる人なんて。
――わたしは、ギュスターヴさんとする他愛のないおしゃべりが、すごく好きです。



 「ですから、失礼のないように、ちゃんと大掃除しないといけませんよ?」
 「なんだよ、結局説教かよ!」
 「ふふ、ごめんなさい」
 「せっかくおもしろいことが聞けたと思ってたのに」
 「ですが、嘘は言っていませんよ。神様をお迎えするっていうのも全部、本当です」
 「はあ、なんかもう真剣に聞いて損した気分だ」
 「すみません」
 「…………でも、後で少し掃除くらいするかね」


 「明日、明日な! 明日やるんだからな!」


   *   *   *


 「来年になったら、何をしようか」
 「そうですね、初詣とか?」
 「参れるところなんてこの辺にあるかねえ」
 「お社とかあったら良いんですけど」
 「少ししたら商店街で出店も出るしさ、行こうぜ」
 「楽しみですね」
 「あ、新年って行ったらなんだっけ、あれ……、フリソデ?」
 「そんな高いもの着られませんよ」
 「そういや角んとこの女将さんはキツネだったろ、借りるだけとかできないかな」
 「よしんば借りられたとしても、わたし一人じゃ着られません」
 「そうかあ、残念だ」
 「そもそも晴れ着ですから、そうなんでもないときに着るものじゃありませんよ」
 「新年じゃだめなのか」
 「もっと節目の時です。ええと、成人式とか、卒業式とか」
 「……結婚式とか?」
 「結婚式だと白無垢でしょうね」
 「シロムクかあ……、うーん、いろいろあってむっずかしいなあ」
 「ギュスターヴさん」
 「何」

 「来年の話をすると鬼が笑うって言うんですけど――――」

 「――来年もまた、よろしくお願いします」
 「……おう!」


 「そうだ、春になったら散策にでも行こう。弁当持ってさ。
  少し馬車に乗らにゃあならんが、あっちの山が花でいっぱいになるんだ。見に行こうな。
  夏はそうだな、せっかくいい天気が続くんだから、泳ぎにでも行きたいところだ。
  でも、この辺じゃあ良いところもないし。ああ、久々に泳ぎたいなあ。どこか良いところ知らないか?
  気持ちがいいんだから、ネコもみんな泳げばいいのに。そう思わないか?
  暑さが落ち着くころになったら、収穫祭があるからそこでもたくさん遊ぼう。
  うまいもんたくさん食えるしさ、読書運動秋にもいろいろあるが、やっぱり食欲だよ、食欲の秋!
  コメだってきっと良いやつが買えるようになると思うぜ? 好きだろ、米。せっかくだし、たまには贅沢しないと。
  冷えてきたらたき火もいいかもしれないな。芋とかパンとか、いろいろ焼くのも楽しそうだ。
  それからまた冬が来て、クリスマスがあって、すぐに年末がやってくる。
  あったかい部屋でアイスでも食べてさ、年越し蕎麦もやってさ、そうしてまた一年お疲れさま、って言い合って……」



来年の話をするワニは、とても素敵な笑顔を携えて、絶やしません。

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