このページは数あるニコニコ歴史戦略ゲー動画の登場人物について、各動画内での列伝をまとめていくものとして用意しました。
主役級の活躍を見せた人物はもとより、名脇役、好敵手からネタ☆キャラまで幅広く紹介されるページになることを願います。
ここでは信長の野望・太閤立志伝の人物について扱います。

参考用リンク先(需要のありそうなものがあれば随時追加推奨)

武将別伝(戦国)
ア行
ア2
ハ行
カ行 マ行
サ行 ヤ行
タ行 ラ行
ナ行 ワ行
史実姫

穂井田元清 (ほいだ もときよ)

(1551~1597)毛利元就の四男。側室の子と言われ、元就とは疎遠であったとされる。穂井田姓を名乗り、毛利家を支えた。
異母兄である小早川隆景を強く信頼し、息子には「何事も景様(隆景)の言うとおりにすれば間違いはない」と言っていたという。

革新  統率 71 武勇 66 知略 53 政治 56 義理 64 騎馬B


北条氏綱 (ほうじょう うじつな)

(1487~1541)後北条家第2代当主。早雲の子。本拠地を韮山から小田原城に改め江戸城を攻略するなど、後北条家の関東支配を押し進めた。
「北条」姓を使い始めたのは氏綱の代になってからとされる。
「信長の野望」では父・早雲が登場する作品には出ないこともあったが、「天道」では親子そろって登場。最高峰の政治力を持つ。

天道  統率 92 武勇 72 知略 84 政治110 義理 87 足軽A,騎馬B,弓B 鉄壁之備



北条氏政 (ほうじょう うじまさ)

(1538~1590)小田原北条家第4代当主、氏康の子。「汁かけ飯」のエピソード(後世の創作)で知られ、父に比して駄目息子のイメージで語られる事もあるが、外交・戦略に手腕を発揮して関東一円に勢力を拡大し、北条家の最大版図を築いた当主である。
秀吉への対応に失敗したことが尾を引いているが、「もっと評価されるべき」と言われる大名の一人。
「天道」のチュートリアル序盤では厨二なバカ殿として登場。わざわざアホ面とボンクラステータスが用意されている所は心憎い。なお、チュートリアル終盤で覚醒する姿が見られる。本編での能力は高く査定されており、「信長の野望」シリーズ最強の氏政である。

太閤5 統率 75 武力 52 知謀 53 政務 63 魅力 68     
革新  統率 75 武勇 51 知略 69 政治 83 義理 35 足軽B,築城A,内政A  
天道  統率 82 武勇 63 知略 78 政治 89 義理 47 足軽B 槍衾之二

関連タグ 【北条氏政】

+ その4から登場、キャラブレイク有
その4で北条家の一員として登場し、いきなりその回にかがみに求婚と言う衝撃のデビューを果たす。
その後、泉家と個人戦や合戦で幾多の激闘?を繰り広げた。
小田原城陥落により泉家家臣になり、ネタキャラとして活躍。

+ 北条家の一応当主、キャラブレイク有
家臣と一緒に鷲宮で巫女を追いかけていたんだから仕方ないが、不在の間に龍興から痛烈な事を言われる。


北条氏康 (ほうじょう うじやす)

(1515~1571)小田原北条家第3代当主。武田信玄・今川義元・上杉謙信と同世代であり、北条家の最盛期を築いた名君として知られる。
ゲーム的には初心者向け大名の代表格だが、自分で使うには強すぎるためか北条家メインでのプレイ動画は少ない。
「革新」での嫌悪武将は里見義堯や太田資正ら。
紙芝居では何故か妙なキャラブレイクを受ける事が多い。

革新  統率 95 武勇 79 知略 94 政治107 義理 82 足軽S,騎馬B,計略A,水軍B,築城S,内政S
太閤5 統率 94 武力 70 知謀 93 政務100 魅力 89   

関連タグ 【北条氏康】
ニコニコ大百科 『北条氏康』

+ その6から登場、キャラブレイクなし
北条家の三代目当主。
当主としてカリスマは衰えないが、子・氏政がネタキャラ化しているため、それを止める怖いお父さんとしての役割大。

+ 北条家当主、キャラブレイク有
第二十六話(sm3250257)で初登場。幻庵との会話に聡明さを伺わせていたが、他に類を見ない酷いキャラブレイクを加えられていた。

+ 北条家当主、キャラブレイク有
衰退した織田家に代わり台頭した北条家の当主。陰惨な加虐描写の続く血塗れ動画の中で、一人妙な空気を漂わせていた。死が強烈であってこそ、生もまた強烈な印象をもって迫ってくるのかもしれない。

+ 北条家当主代行、キャラブレイク有
チュートリアルにまさかの登場。駄目過ぎる家臣団を持つ上、本人も結構飛んだ性格。半兵衛も頭を抱えていた。

+ ゲスト。その17で登場。キャラブレイク有
キャラ設定について幻庵からアドバイスを受けたらしいが、性格がやはり変。
信長の野望などでは内政面ばかり評価されることが多いが「河越野戦」等、武勇に秀でた武将としての姿を紹介。

関連動画――――



北条幻庵/長綱 (ほうじょう げんあん/ながつな)

(1493~1589)早雲の三男、箱根権現別当。早雲の伊豆討ち入りの年(異説有)に生まれ、秀吉の小田原攻めの前年に没するという、「戦国時代」を体現した様な長寿を誇り、後北条五代の歴史を見守った。
名実共に北条家の長老であり、専ら「お爺ちゃんキャラクター」が定着している。「最長老」等の通称で呼ばれる事も。
コーエー作品では文官のイメージが強いが、実際には度々軍勢を率いて北条軍の最前線に身を置いている他、弓術・馬術の腕前は家中随一と評される文武両道の名将だったとされる。

革新  統率 24 武勇 2 知略 77 政治 84 義理 69 計略A,兵器B,築城A,内政A
天道  統率 24 武勇 2 知略 83 政治 84 義理 69 兵器B

ニコニコ大百科 『北条幻庵』

+ ゲスト。その4で登場
「戦国時代の最長老」として、戦国時代のことを理解する為の書籍を紹介している。

+ 北条家家臣
第二十六話(sm3250257)で初登場。第三十四話(sm3340404)で小田原城を攻められた今川の増援として赴くが、木下昌直によって討ち取られた。



北条早雲/伊勢新九郎 (ほうじょう そううん/いせ しんくろう)

(1432?/1456?~1519)後北条氏初代。本名は伊勢盛時、出家して早雲庵宗瑞。江戸時代以来の軍記ものの影響で「素性定かならぬ素浪人から成り上がった人物」というイメージで語られてきたが、近年の歴史学研究によって「名門伊勢家の一門で、切れ者の室町幕府官僚」という異なる姿が明らかになってきた。「還暦過ぎから関東を切り取った晩成の人」というイメージもあるが、生年にも異説がある。
「信長の野望」シリーズには「INTERNET」で古武将として登場したのが初。生存年代から「古武将」としての登場が多いが、「蒼天録」PKの古い年代のシナリオでは史実プレイができる。

蒼天録 統率 81    知略 90 政治 87 義理 67,野心 98 農業/虚報,焙烙,突入   
革新  統率 96 武勇 69 知略110 政治120 義理 67 足軽A,騎馬A,弓B,計略S,兵器B,築城B,内政S 火牛計
天道  統率 97 武勇 69 知略 98 政治105 義理 67 足軽A,騎馬A,弓B兵器B 火牛

関連タグ 【北条早雲】

+ 今川家家臣、駿府館城主、キャラブレイクなし、松平家とは因縁あり
中盤にて今川家の城を攻める際に対峙。数々の計略を駆使して松平家の大軍を一度は撃退する。
その知略に松平家は力押しをあきらめ、包囲を続ける策をとる。
満を持して行われた再度の攻城戦によりついに城は陥落。松平家に降伏した。
しかし、松平家の前には彼が全精力を注いで完成させた小田原城が待ち構えているのである。

+ 「上位世界」にいる解説役。メタ会話有
漆章(sm2677857)で初登場。うp主の知将好きが反映され、尼子経久・小悪魔とともに出演。子孫の北条家は詰み状態で、解説に登場したうp主へ怒りをぶちまけていたのだが…弐拾弐章(sm4783138)において、早雲の息子である氏綱と共に復活していることが判明。孫の氏康に代わり早雲自身が北条家の大名となった。



北条綱成 (ほうじょう つなしげ)

(1515~1587)北条家重臣。福島正成の子。「 北条五色備 」の内、黄備を率いた。戦場では「勝った!勝った!」と叫びながら突撃したと言われる猛将で、その旗印から「地黄八幡」と呼ばれ恐れられた。
キレンジャー 」との渾名もある猛将。

革新  統率 94 武勇 94 知略 79 政治 50 義理 89 足軽A,騎馬S,計略B,兵器B,水軍A
天道  統率 92 武勇 96 知略 79 政治 60 義理 89 足軽A,騎馬S,兵器B

ニコニコ大百科 『北条綱成』



法華津前延 (ほけつ さきのぶ)

(?~?)伊予・宇和郡の国人、西園寺十五将の一人。水軍を率いて活躍したが、豊臣政権下で大名として生き残れずに没落した。北京五輪に最高齢で出場した馬術の 法華津寛 選手は、法華津家の末裔。
「信長の野望」初登場は「嵐世記」だが、補欠どころか暗愚レベルの極めて低い能力。その後のシリーズで能力値は上昇しており、近年のシリーズではそれなりに良い評価を得ている。動画的には、馬術ネタと補欠ネタを時々振られる。
しかし彼が強いのは水軍である。

嵐世記 統率 15    知略 9 政治 11 野望 70,義理 30   
蒼天録 統率 39    知略 30 政治 57 野望 60,義理 39   
革新  統率 61 武勇 70 知略 36 政治 60 義理 39 水軍A

ニコニコ大百科 『法華津前延』

+ 西園寺家家臣→プレイヤー勢力・一条家家臣
第4話で登場。西園寺家時代には長宗我部に使者に立ったり、実充とアッー!な仲だったりした。一条家に移ったが、殆ど出番はない。
丁度、法華津選手がオリンピック出場を決めた頃なので、その時事ネタが含まれる。



細川勝元 (ほそかわ かつもと)

(1430~1473)13歳で家督を継承、16歳で初めて管領となって以来、幕政に大きな影響を持ち続け、応仁の乱では東軍の盟主となった。政治家であると共に一流の文化人でもあり、龍安寺を創建、医書を記している他、食通としても知られている。
所謂室町時代の人物であるので「信長の野望」にはほとんど登場しない。

蒼天録 統率 47    知略 88 政治 93 義理 42,野心 47 登用/離反,収拾,修復  

+
戦国時代の食生活の解説役として登場。



細川高国 (ほそかわ たかくに)

(1484~1531)細川政元の三人の養子の一人で、細川分家の典厩家出身。同じ養子の澄元と対立し、大内義興と結んで足利義稙を擁立するも、後に義稙とも対立。足利義晴(義澄の子)を迎える等、権力を一手に掌握した。しかし、細川晴元(澄元の子)派の巻き返しに遭い「大物崩れ」で三好元長に討たれた。

蒼天録 統率 77 知略 76 政治 81 野望 89,義理 38  

+ 細川家家臣
第2話で登場。丹波で独立した波多野に呼応し細川家を裏切る。太眉。



細川忠興 (ほそかわ ただおき)

(1565~1645)幽斎藤孝の子。三斎。妻は光秀の三女・玉子(細川ガラシャ)。政治・軍事両面に手腕を発揮し豊前小倉40万石の領主となり、熊本藩54万石細川家の礎を築いた(熊本転封は忠興の隠居後)。文化人としても一流で「利休七哲」の一人に数えられた。利休が切腹を命じられた際には、高弟たちが後難を恐れる中、古田織部とともに利休の許を訪れて別れを告げるという気骨を見せた。
しかし一方で気性が激しく、妻と目が合った庭師を殺害するなど、嫉妬深いエピソードが残されている。おかげで歴戦ゲー界隈ではもっぱら「 ヤンデレ 」として知られている。DQN四天王の一人。

革新  統率 74 武勇 77 知略 75 政治 86 義理 46 足軽B,鉄砲A,兵器B,築城B,内政A

+ ゲスト。その10で登場
戦国を生きた少年達の熱血青春小説と、嫁を描いた小説を紹介。



細川藤孝/幽斎 (ほそかわ ふじたか/ゆうさい)

(1534~1610)茶人、歌人としても高名。三淵晴員の次男(足利義晴の落胤説有)で和泉半国守護細川家を継ぐ。
将軍足利義輝、更に義昭に仕えたが、義昭と信長が対立すると信長に従う。本能寺の変の際の去就や、関が原の合戦の際の朝廷を巻き込んだ籠城戦で知られる。
その後は信長→秀吉→家康と主人を変え、細川家の命脈を保った。

革新  統率 75 武勇 67 知略 89 政治 98 義理 70 足軽B,弓A,計略A,築城B,内政A
天道  統率 75 武勇 70 知略 89 政治 98 義理 70 足軽A,弓A

ニコニコ大百科 『細川幽斎』



細川政元 (ほそかわ まさもと)

(1466~1507)管領。勝元の子。将軍・足利義材(後、義稙)を追放し義澄を擁立(明応の政変)。応仁の乱後も存在した将軍の権力が崩壊した事から、この事件から戦国時代が始ったと解釈する見方もある。「半将軍」と呼ばれる権勢を振るう一方、山伏信仰にのめり込み独身を貫くなどの奇行でも知られる。三人の養子を迎えて後継者争いを招き、その渦中で暗殺された。

蒼天録 統率 31 知略 96 政治 99 義理 36,野心 99

+ 管領
第4話で登場。六角家が仕掛けた包囲網対策の為に赤松義村の娘を妻にした。

関連動画――――



本因坊算砂 (ほんいんぼう さんさ)

(1559~1623)顕本法華宗の僧で、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康に仕えた囲碁名人。現代の囲碁のタイトル戦「本因坊戦」に名を残す。
競技の世界の人であり、歴史の趨勢には縁遠いはずだが、「太閤立志伝V」の他、意外にも「戦国無双2」に登場している(護衛武将扱い)。コーエー上層部に囲碁好きな人でもいるのだろうか。

太閤5 統率 16 武力 3 知謀 80 政務 22 野心 7,魅力 64    

+ 毛利?家臣。ひどいキャラブレイクあり
八名ノブオが傀儡大名として担ぎ出した 毛利勝永 のもとに脱線屋から出向する形で仕えている。なので安芸毛利家とは関係ない。
主な登場場面は傀儡大名家の内政報告。口を開けば草wを生やしまくり、周り中に食って掛かる名物坊主。視聴者曰く「囲碁界に謝れ」。
それでも陰で努力はしているらしく、野戦で結構な戦果を上げている。



本願寺顕如/光佐 (ほんがんじ けんにょ/こうさ)

(1543~1592)本願寺第11世門主。証如の子。石山本願寺を拠点に管領家・大名家とも交流を深め、強大な世俗権力を得て教団最盛期を築いた。石山合戦では門徒を率い、織田信長と10年に渡って戦い続けた。
一向一揆の親玉であり、歴戦プレイヤーからは目の敵にされやすい人物。

革新  統率 95 武勇 65 知略 87 政治 94 義理 48 足軽S,鉄砲A,計略B,兵器B,築城A,内政A
天道  統率 91 武勇 65 知略 87 政治 94 義理 48 足軽S,鉄砲A,兵器B



本多忠勝 (ほんだ ただかつ)

(1548~1610)徳川四天王の一人。通称「平八郎」。名槍「蜻蛉切」を振るって戦場を往来、生涯57回の合戦に出陣するもかすり傷一つ負わなかったといい、織田信長には「張飛(中国の猛将)のようだ」と称賛され、豊臣秀吉には「東国一」と称えられた。
誤って自分の指を切ったことで死期を悟ったという。
ゲームでも能力は高いが、これに「蜻蛉切」「鹿角脇立兜」の二つで更に強化される。

革新  統率 91 武勇 97 知略 74 政治 60 義理 94 足軽A,騎馬S,計略B,兵器B,築城B   
天道  統率 91 武勇 98 知略 71 政治 60 義理 94 足軽S,騎馬A,兵器B 神槍

関連タグ 【本多忠勝】
ニコニコ大百科 『本多忠勝』

+ 徳川家家臣
初登場は第二十四話。
徳川家の軍議において、今後の方針で正体を現した模造刀と討論を演じた。

+ 徳川家武将
徳川家の武将の一人。ルナシューターに匹敵する回避能力を持つ。というより、創符「流刑人形」をどう走ったら避けられると?
雛曰く「紅白の巫女や黒白の魔法使いより回避能力は上」。・・・はい?
二十八章でテレポートで放たれた矢から仲間を庇って負傷する。
怪我したせいで死亡するかと思われたが、なんと覚醒フラグの一つだった。
…と、こう書けばなんか見逃してくれそうだが、実際は「テレポート」で「飛んでくる矢」を「殺気」で感知して、そこから「仲間」を「庇った」のである。…おまえ戦国武将じゃなくってどこかのラノベの主人公だろ。
最初の説明でうp主が「キャラブレイクさせた」と言っている割にシリアスでハードな展開の中どんどん常識人に戻っていく。
途轍もなく強い能力値なのだが、どうしても登録武将に押され気味。

関連動画――――



本多正信 (ほんだ まさのぶ)

(1538~1616)徳川家の謀臣。三河一向一揆の際に一揆方に与して出奔し、一時は松永久秀に仕えたが後に帰参。家康の覇業を支え、初期幕政を牛耳った。
しかし武断派の将からは「奸臣」呼ばわりされ、同族の本多重次や本多忠勝などとの仲は非常に悪かった。
特に忠勝からは「腰抜けの正信」、「同じ本多の一族とは思えない」とか榊原康政からも「腸の腐った奴」と散々に言われた。
しかし家康は彼を「友」と呼ぶほど信頼していたそうで松永久秀も彼の実力を認めている。ゲームではその三河一向一揆で一揆側に参戦した経歴から「一向宗」の信仰を持つ。

革新  統率 20 武勇 6 知略101 政治 95 義理 53 計略S,兵器S,築城B,内政A

+ 本願寺家臣
能登に集結した梟雄たちから熱いラブコールを受けて引き抜かれ、手厚い歓迎を受ける。しかし、義理53という評価は、この動画においてはいささか高すぎたのである。




コメント欄

名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2018年10月15日 18:34