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カップルウォッチャーととろvs.幸せ撲滅計画(1)

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カップルウォッチャーととろvs.幸せ撲滅計画(1)




 仁科学園中庭には、幸せが集まる。
 放課後のことである。設えられた真白いベンチや心憩う木陰には、うら若い男女が寄り添い、蜜月の時を過ご
していた。木々の枝葉や、さえずる小鳥さえも、どこか愛を育んでいるよう。
 五、六組のカップルに、表れる距離感はさまざま。座る位置に、表情に、仕草に、視線に、あるいは言葉に。
どれひとつとして同じものはない。それぞれ世界にひとつだけの恋愛模様だ。
 ただし、それらについて、こういうことはできるだろう。
 彼らは今、きっと“幸せ”であろうと――。

「けっ。どいつもこいつも色気づきやがって、ムカツクっス」

 ところで、だ。
 誰かの幸せが常に誰もに祝福されるとは限らない。
 むしろ、慣用句において蜜の味とされるのは専ら他人の不幸のほうである。それが持たざる者、満たされざる
者の抱く感情であるならば、尚更のこと。

「公共の場でいちゃいちゃべたべたと――。人目も憚らず破廉恥行為に及ぶとは許し難い。……もっとも、公共
の場でなくても許し難いがな」
「その場合、何が行われているか闇の中なだけに、より徹底的なヤキ入れが必要っスね」
「いずれにせよ、この学園すべての幸せカップル、シメてやるよ。俺が。……いや。俺達、が」

 薄桃色の空気を引き裂いて、心凍てつかせる敵意、三つ。
 口々に腹の中に渦巻く負の心を露わにする。三白眼で周囲を威圧しながら、地面を踏みにじるように大股で歩
む影は大中小。すなわち大型台中型那賀小型省。三人ばかりの不良グループだ。両の手をポケットに捩じ込
み、恐れるものなどないと罷り通る。
 狙い定めた三叉の槍のように、彼らは生け贄を逃がさない。ベンチ。いちゃつくことに夢中で気づくのが遅れ
た一組のカップルの前に立ちはだかる。それは険峻な山脈のように。

「おい」
「ひ……いっ!?」

 ドスの利いた声に震え上がって、見るからに気弱げなその男子生徒はようやく思い出した。
 噂があった。学園に広がる恐怖の噂。
 “幸せの撲滅”を理念として掲げ、カップルを破綻に追い込もうと日々示威活動に励む、度し難き者達。それ
は、何がスタイリッシュか判然としない現代シラケ社会に反骨と、“リーゼント”、“モヒカン”、“ハゲ”と
いったオールドファッションで個性を演出するズッコケ三人組であるという。
 彼らは恋人たちの砂を吐くほど甘いやりとりを耳にするや、擬音として表現することすらできない奇声を上げ
つつ跳びはね、生理的嫌悪感を伴う手つきで襲い掛かってくるのだとか。そして世にも不思議な力で愛し合う二
人を引き離し、ああ、これ以上はとても……。
 あくまでも噂だ。どこまで真実かは不明であることを断っておかなくてはならない。
 しかし、現実に凄まれてみれば、そんな失笑ものの風評は、むしろ生温いとさえ思えるだろう。

「……例えばの話をしよう。なぜ、電車の中で化粧をする女性は非難されるのか? 別段誰かの迷惑になるわけ
ではない、そうだろう。限られた時間を有効に活用できる、いいだろう。だがな、そんなことはするものじゃな
い。なぜなら、それはひとつには“性的”な意味を帯びることだからだ。公衆の面前で全裸になる者がいないの
と同様に、な」

 大柄な不良、大型台は、すらすらと説教じみた言葉を紡いだ。
 髪型と図体に似合わぬ理知的な物言いに、カップルは揃って目を白黒させる。いわんとしていることは、その
活動を考慮すれば何となく分かる。
 見た目は怖いけど意外と話せば分かる人なのかも、などと淡い期待を抱いた次の瞬間、しかし大型台は情け容
赦なく宣言した。

「ゆえに、シメる」

 ――殺戮が、始まる。


 ※

「ま、まさかあいつらが……!?」

 普通科二年近森ととろはそのとき、ちょうど一階渡り廊下の煉瓦塀にひとり身を預けていた。中庭がざっと見
渡せるポイントである。
 彼女には特に付き合っている男子はいない。声も掛けられず終わった小学四年の初恋以来、誰かを好きになっ
たこともなかった。しかし、赤の他人の恋愛には大いに興味がある。
 “カップルウォッチャー”。
 彼女につけられた、もうひとつの名を知る者は決して多くない。男子生徒たちに至っては、伝説となったその
存在すら、どうか。
 それはデバガメだ。情報の網羅とオペラグラスの拡大望遠により、学園内外のあらゆる恋愛行為を観察すると
いう、恋する者の味方。より詩的に形容するのであれば、“野鳥の会の女”か。
 カップルウォッチャー近森ととろは、過度の干渉を控えながらも、他人の恋を惜しみなく応援する。そして少
しだけ幸せをお裾分けしてもらうのだ。
 であるがゆえに彼女は、突如として安寧を脅かす不良三人組に、ぎりりと白い歯を食い縛った。
 噂からではあったが、彼らについては情報を掴んでもいた。
 “幸せ撲滅計画”なる不穏な動き。その恐怖の噂の全貌については先に述べた。女にモテない不良三人組によ
る、迷惑そして無粋極まる武力制裁。誰が便乗したか“幸福殺し-カップルブレイカー-”なる文字列が掌側に
刺繍された怪しげな手袋が一時期購買部で販売されていたことはあまりに有名。

「ふざけんなー……」

 近森ととろの口から剣呑な言葉が漏れた。見掛けといい声といい迫力に乏しいが、怒りは本物だ。
 なるほど世の中には理不尽が溢れている。悔しいこともあるだろう、悲しいこともあるだろう。しかしだから
といって、他人の幸せを踏み躙ろうなどと到底許されることではない。
 噂を小耳に挟んだ時から、カップルウォッチャー近森ととろは戦うことを選んでいたのだ。
 しかしどうする?
 “不良”とか“ちんぴら”とかいう人種は、往々にして面子にこだわり、また執念深い。それはつまり、ひと
度でも手を出せば、報復の危険が伴うということを意味していた。おちおちカップルウォッチングもできなくな
るような事態は避けたい。自己犠牲はいつだって最後の手段だ。

(大火力で完膚なきまでにマッサツするか、下手人を特定できないように闇討ちでヤるしかないよね)

 ……どちらも難しい。
 特に三人で連れ立っているというのが厄介だ。事実上、か弱い女の子に正攻法で叩き潰すことは不可能か。乙
女限定で銃刀法改正希望。
 このような場合は何はなくとも闇討ちで各個撃破するのが理想であるのはいうまでもないが、それを検討する
のはまた後だ。今この時に欲しいのは、中庭に蔓延る悪を撃ち滅ぼすだけの力なのだ。

(センセー……ケーサツ……はダメか。ダメだよね。絶対ダメ。何よりそれじゃあ、あたしの怒りが収まらない
もん!)

 よほど腹に据えかねるのか、暴力的な解決法ばかりが思い浮かぶ過激武闘派・近森ととろだった。
 と――

(……って、あれ?)

 まごまごしているうちにも状況は変化する。
 あらかたのカップルが危機を察して足早に退散し、恋人のいない者も我関せずと目を逸らすか距離を置いて興
味深そうに顛末を見守るだけだったが――

「よせ」

 件の男子生徒が殴られる直前、見るに見かねてその場に割って入った男子生徒がひとり。制止する声は溜め息
に似て、しかし心なし上擦っても聞こえる。
 誰ぞに押しつけられた敷地の掃き掃除を、文句ひとつこぼさず遂行していた男だ。竹箒を携えた立ち姿は、精
悍ながらどこか老成したようでもある。

(おー。オトコを上げたね先輩くん。なかなかできることじゃないよ)

 それは、近森ととろにとっては、隣席に座るクラスメイトでもあった。
 後輩に当たる娘からの熱烈ラブコールのために、同級生のみならず教職員や上級生までもが、からかい半分に
彼を差して“先輩”と呼ぶ。

(本当の名前は……あれ、誰だったっけ)

 ちょっと本気で思い出せなかった。
 持ち物に刻まれていたイニシャルは確か“S.S.”だったはずだが、それならもう先輩の“S”でええやん
とも思う。

「何だァ、テメェは」
「あんたらこそ何を凄んでいる。迷惑だ」

 隣人に忘れられつつあることなど知る由もなく、S山S男(仮)は無謀という名の勇気を発揮。毅然とした態
度は男にうるさいカップルウォッチャーの目から見ても立派だったが、今回は相手が悪すぎる。

(ゲスに正論なんて通じないよ~)

 さらりと毒を吐きつつ、近森ととろはなおも周囲を見回す。愛を囁いていた恋人達は既におおかたが避難し終
わった後だ。いくらか残る野次馬では、煽動も容易ではない。

(何か利用できそうなもの!)

 先輩の作り出した膠着状態はそう長くはもつまい。
 そして最悪の展開、いざ殴り合いになれば先輩に勝ち目はないのだ。後輩の娘が仕掛ける物理的なアプローチ
を捌く身のこなしはちょっとしたものだったが、腕っ節はお世辞にも強いとはいえない。まして、喧嘩における
三対一の数的不利を覆せるような人間は極めて少ない。
 焦燥する近森ととろの視界の端を、段ボールいっぱいの小道具を抱えた演劇部員が通り掛かったのは、ちょう
どそんな時だった。


 ※

「どっかで見たと思ったら、お前あれだろ、可愛い後輩の女の子と付き合っ」
「付き合ってねぇよッ!!」

 中肉中背モヒカンヘアの不良、中型那賀の言葉に、いきなり先輩が激昂した。ちょっと尋常じゃない反応に、
さしもの不良も引く。

「うお、びっくりした……」
「那賀、以前にもいったが、そいつのいっていることは事実だろう。後輩の子が積極的なだけで、先輩のほうに
はその気がないようだ」
「ああ……、そういうことだ」

 平静さを取り戻した先輩が、額に手をやり深く細い息を吐く。聞くところによると、最近は後輩が調子に乗っ
ているらしく、いよいよノイローゼ気味だとか。

「分かってくれるならいいんだ。数少ない理解者がチンピラというのも、何だかやるせないが……」
「ご挨拶だな、オイ、優等生」
「モテてるくせに、それはそれでムカつくんスけど」

 挑発めいた言葉に、再び膨れ上がる緊張感。
 先輩のほうは、それなりの正義感のため常から不良の類を好ましく思っていなかったこともあり、ここで引き
下がるつもりはない。かといって喧嘩において自分から手を出すほど軽率でもなかった。……もっとも、後輩が
騒ぎを嗅ぎつけて事態を悪化させることはあるだろうが。
 不良三人組のほうは、こういった妨害じたいに慣れておらず、咄嗟に対応に迷っている節があった。憎むべき
はあくまでもカップルであり、こういうお節介な輩ではない。もちろんその気になれば実力行使で突破して目的
を果たすこともできるだろうが、それをするにも先輩はいかにも面倒臭そうな手合いだった。
 当事者のカップルを置き去りにして、その場に一触即発な空気が生まれていた。誰かが弾みででも手を出せば、
いつ殴り合いの喧嘩が始まってもおかしくない。
 周囲が固唾を飲んで見守る中――

「そこまでよ!!」

 ――そいつは空気を読まずに現れた。
 誰だ。どこだ。何者だ。
 声の主を探して観衆がきょろきょろと首を巡らせる。その中のひとりが気づいて、何事かを叫んで植え木のひ
とつを指差した。植物ならではの清浄な生気満ちた樹上に、謎の人影があった。
 横向きに分かれた大枝に白ブーツを突き刺すように立つそいつは、ひとびとの視線を一身に浴びて口元だけで
笑う。色つきリップクリームを引いたらしい瑞々しい唇が開き、苛烈な言葉を吐く。

「他人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に堕ちろ!」

 決め台詞を淀みなく口にするとともに、恥ずかしげもなくポーズ。胸元に両手を掲げ、指でハートともドクダ
ミの葉っぱともつかぬ歪んだ形をつくってみせる。

「コスプレ……か?」

 誰かが呆然と呟いた。
 なるほどそれは異様な風体をした女だった。
 とてつもなく異様な風体をした女だった。
 鼻筋から上を覆うヘルメット、ハート型に抜かれた桃色のアイシールドのためにその正体は不明。
 指定制服に羽織った丈の長い赤マント。白い手袋を嵌めた手には、豪華絢爛な装飾を施された、素敵な魔法の
ステッキを携える。

「コスプレイヤー? ……いいえ!」

 変質者すれすれの女は誰かの言葉を真っ向否定し、声高らかに名乗りを上げた。

「謎の美少女戦士、カップルウォッチャーここにあり!」



 つづく!


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