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恋する乙女の第一歩

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恋する乙女の第一歩



春らしい温かな日差しが、透き通った窓から廊下へと降り注いでいる。
 爽やかな空気の中、擦れ違う人たちの雰囲気は、とても弾んでいるように見えた。
 それはきっと、窮屈な授業が終わってようやくの放課後が訪れたからだと思う。

 もちろんわたしだって、解放感でいっぱいだ。授業中常に襲ってきた睡魔も、もうどこにもいない。
 ただ、わたしは寂しいことに、一人廊下を歩いている。
 梢ちゃんを始めとする友達は、みんな用事――部活とかデートとかで忙しいのだから仕方ない。
 羨ましいなぁ。わたしも牧村くんとデート、したいなぁ。
 牧村くんは放課後、何をしてるんだろう。
 わたしが教室を出たときはもういなかったし、何か部活やってるのかなぁ。

 それとも、まさか――デート!?。
 嫌なことを考えそうになって、思わず首を振ってしまった。
 牧村くんとデートするのはわたし!
 二人で一緒にお買い物行ったり、美味しいもの食べに行ったりするのはわたしなの!
 ううん、どこかに行かなくったって、お話してるだけでもいいし、牧村くんとだったら勉強だってはかどるよね。
 とにかく、牧村くんと一緒の時間を過ごしたい。それもできれば、二人っきりで。 

 でも、誘える度胸なんて雀の涙ほどもない。そもそもまともに会話をする自信もない。
 臆病な自分が垣間見えてしまう。
 その途端に、心弾む放課後が、不意に面白くなくなってしまう。

 ネガティブなのは、わたしの悪い癖だ。
 梢ちゃんはよくわたしを褒めてくれるし、『自信を持って』って言ってくれるけど、すぐに後ろ向きになってしまう。
 牧村くんと仲良くなって、彼女になりたいって思うのに。
 嫌われたり、迷惑がられてしまうんじゃないかって、ついつい考えてしまう。
 だから声を掛けられないし、牧村くんを前にすると緊張して、言葉が出なくなっちゃう。

 溜息が落ちた。
 どうしたら、牧村くんの前でも普段どおりでいられるのかな。
 鬱々としながら考え始めたとき、暗い気分を吹き飛ばすような、一際元気な声が廊下に響き渡った。
 呼ばれたわけじゃないって分かってるのに、わたしは声の主へと目を向けていた。

「先輩! 今日もあなたの後輩がラブをお届けです!」
「注文した覚えはないんだけどな!」

 廊下の端、階段の手前で、おかっぱがよく似合っている女の子が、半ばぶつかるような勢いで、精悍な男の子に抱きつこうとする。
 その女の子に対し、男の子は、迷わずにあっさりと女の子の抱擁をかわしてみせた。
 両手にプリントの束を抱えているのに、階段の下へ誰も落ちないように避ける身のこなしは鮮やかで、わたしは思わず足を止めてしまった。
 二人はわたしを知らないだろうけど、わたしは知っている。
 というより、この学園の生徒の半数くらいは、その二人を知っていると思う。
 それくらいに、彼らは有名人だった。
 男の子は、“先輩”さんで、女の子は、“後輩”ちゃん。
 後輩ちゃんのアグレッシブな愛情表現と、先輩さんの手馴れた返しは、仁科学園の名物に近いものがある。
 でも、それを実際に見るのは初めてだった。

「廊下を走るな。小学生の頃から言われてるだろ」
「愛のエンジンは止められません! いつだって先輩に向けて全速力です!」
「そいつは地球に優しくないな!」
「代わりに少子化対策を推し進めましょう!」
「何が代わりなのかさっぱり分からないんだが」

 夫婦漫才という単語を体現しているかのような二人の側を、下校中の人たちがニヤニヤしながら通り過ぎていく。
 そんな中、わたしは立ち止まったまま、二人の様子を眺めていた。
 面白いからじゃない。冷やかしたいからじゃない。好奇心に従ったわけじゃない。

「それでは早速帰りましょう! 愛の巣が私たちを待っています!」
「先生に頼まれてることあるから駄目」
「では二人で障害を乗り越えましょう! 真実の愛に近づくために!」
「飛躍しすぎだッ!」

 先輩さんは、後輩ちゃんの言葉を簡単に受け入れようとはしてない。
 でも、心底から迷惑がったりしているわけじゃないと思う。
 もしも本当に迷惑なら、毎日毎日付きまとわれているのに、こうやって相手をしたりしないはずだ。
 先輩さんを見ていると、期待してしまう。

 結構滅茶苦茶なことを言っても、心配するほど嫌われたりはしないんじゃないか、って。

 後輩ちゃんは、熱烈な愛情表現を繰り返している。受け流されても諦めずに繰り返している。
 ストレートで暴走気味なラブコール。
 それを伝え続けられるのは、本当に先輩さんを大好きだからなんだろう。
 後輩ちゃんを見ていると、期待してしまう。

 わたしも、後輩ちゃんみたいに素直に気持ちを伝えられるのかな、って。

 先輩さんが後輩ちゃんのことをどう思っているかは分からない。
 けれどわたしは、後輩ちゃんを応援したい。
 だって、後輩ちゃんとわたしは、きっと同じだから。 

 気付けばわたしは、歩き始めていた。
 真っ直ぐ行けば、すぐに後輩ちゃんたちとの距離は縮まっていく。

 わたしは、人見知りをするし上がり症だ。
 初対面の人に声をかけるなんて、苦手で仕方ないと思ってる。
 こんなのだから、牧村くんとも未だにまともに話せてない。
 けれど、だからこそ、頑張りたいから。
 自分の気持ちを伝えられるようになりたいから。
 だからわたしは、早足で歩いていく。
 心臓がドキドキする。掌に汗が滲む。
 その全部を感じながらも、わたしは、先輩さんと後輩ちゃんに近づいていく。

「とにかく、俺はやることあるから。じゃあな」
「あーん、待ってくださいよ先輩ー。置いてかないでくださいー」

 言い合い――っていうかじゃれ合いを切り上げ、階段を上がっていく先輩さんと、追いかける後輩ちゃん。
 その二人の背中に、階段の下から、声を掛けるべく。
 必死で顔を上げ、わたしは、喉を振り絞る。

「あの……っ」

 出たのは、届くかどうか不安になるような小声だった。
 囁きによく似た声は、でも、聞こえてくれたみたいだった。
 先輩さんも後輩ちゃんも立ち止まり、わたしの方を振り返ってくれる。
 わたしは先輩さんを見て、後輩ちゃんを見て、もう一度先輩さんを見て、言う。

「あの、その。あ、ありがとう、ございますっ」
「え? 何が?」
「え、えと。そ、その。そう、色々、いろいろですっ!」

 衝動的なお礼だった。
 だから首を傾げた先輩さんに、答えられるだけの言葉を、わたしは用意していなかった。 
 ますます不思議そうにする先輩さんを見ていると、顔中が熱くなってくる。
 だから、わたしは後輩ちゃんに視線を移す。先輩さんには申し訳ないけど、正直もう余裕がない。

「が、がんばって! その、わたし、気持ち、わかるから!」

 言葉足らずの、拙い応援メッセージ。悪い滑舌で紡がれた、聞き取りづらい単語の羅列。
 自分が嫌になるような言葉の先で。 
 後輩ちゃんは、嬉しそうに目を細め、にっこりと笑ってくれた。

「うん、ありがとう!」

 その愛らしい素敵な笑顔を前ができるんだから、先輩さんに想いが届いて欲しい。
 そう思う傍らで、わたしはもう一つ望んだ。

 ――後輩ちゃんと、仲良くなりたいなぁ。 


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