文藝青春
機械科三年松戸白秋(まつど はくしゅう)は、マッドサイエンティストを目指して日夜研鑽する奇人として
知られる。
裾が床を撫でるほど丈の長い実験用白衣を殊更に愛用し、水泳着の上にそれだけ羽織ってプールサイドに出現
したりする。平時には割と黙認されがちだったが、さすがに正装たるべき式典ともなるとそうもいかず、教員数
人掛かりでひん剥かれるのが恒例となっていた。
もちろんそんなことで懲りる松戸白秋ではない。攻撃火器を搭載した“惚れるとヤケドする白衣”、装甲や筋
力補助機構が特徴の“ゾウが踏んでも壊れない白衣”、光学迷彩実装の“バカには見えない白衣”などの奇作怪
作意欲作を続々と世に送り出し、そのすべてを悲惨な爆発オチで締めくくっていた。
かれこれ八回病院送りになって二回留年している。ベッドに横たわりながら、ぐるぐる巻きの包帯の上にも白
衣を着ていたという、その偏執はいっそ清々しい。
さて、松戸白秋が異常な愛情を注ぐものが、機械類と白衣の他にもうひとつある。
知られる。
裾が床を撫でるほど丈の長い実験用白衣を殊更に愛用し、水泳着の上にそれだけ羽織ってプールサイドに出現
したりする。平時には割と黙認されがちだったが、さすがに正装たるべき式典ともなるとそうもいかず、教員数
人掛かりでひん剥かれるのが恒例となっていた。
もちろんそんなことで懲りる松戸白秋ではない。攻撃火器を搭載した“惚れるとヤケドする白衣”、装甲や筋
力補助機構が特徴の“ゾウが踏んでも壊れない白衣”、光学迷彩実装の“バカには見えない白衣”などの奇作怪
作意欲作を続々と世に送り出し、そのすべてを悲惨な爆発オチで締めくくっていた。
かれこれ八回病院送りになって二回留年している。ベッドに横たわりながら、ぐるぐる巻きの包帯の上にも白
衣を着ていたという、その偏執はいっそ清々しい。
さて、松戸白秋が異常な愛情を注ぐものが、機械類と白衣の他にもうひとつある。
「うおおーっ! 霧崎くん結婚してくれ! そしてぼくとお揃いの白衣を着てくれー!」
「乙女どん引きのプロポーズをありがとう。超断る」
「ななな何故!? 白衣はこんなにもウェディングドレスだというのに!」
「よく分からないけど、オレは出て行ったほうがいいですか?」
「乙女どん引きのプロポーズをありがとう。超断る」
「ななな何故!? 白衣はこんなにもウェディングドレスだというのに!」
「よく分からないけど、オレは出て行ったほうがいいですか?」
図書館にほど近い書庫。本棚に整列する書物達を住人とする異世界まいた空間にて。
文芸部部長たる霧崎と、抵抗空しく蔵書整理に駆り出された幽霊部員村上健は、突然の乱入者にそろって白い
目を向けた。
松葉杖を突いた長身には当たり前のように白衣。溶接工ご用達の保護面を今は押し上げ、精気漲る男の顔を露
わにしている。
文芸部部長たる霧崎と、抵抗空しく蔵書整理に駆り出された幽霊部員村上健は、突然の乱入者にそろって白い
目を向けた。
松葉杖を突いた長身には当たり前のように白衣。溶接工ご用達の保護面を今は押し上げ、精気漲る男の顔を露
わにしている。
「というか、何だね。退院おめでとう、松戸。白痴までは治療してもらえなかったようで残念だ」
「うむ。いつぞやの見舞いには感激した。そうそう、入院中に閃いたことがあったのだった。白衣の天使に白衣
を重ね着したら……いいね」
「合わん」
「どんな料理にでもマヨネーズを掛けるマヨラーみたいなひとなのか」
「いいのに……」
「うむ。いつぞやの見舞いには感激した。そうそう、入院中に閃いたことがあったのだった。白衣の天使に白衣
を重ね着したら……いいね」
「合わん」
「どんな料理にでもマヨネーズを掛けるマヨラーみたいなひとなのか」
「いいのに……」
賛同者がいないことを残念がる素振りも一瞬のこと、松戸白秋は見慣れぬ人物を視界の真ん中に捉えた。する
すると歩み寄り、そつなく名刺を差し出す。
すると歩み寄り、そつなく名刺を差し出す。
『私立仁科学園機械科三年 マッドサイエンティスト見習 松戸白秋』
意味不明な肩書が混じっていた。
「機械科三年、松戸白秋ですよろしく。きみは?」
「一年、村上健です。よろしくお願いします」
「一年、村上健です。よろしくお願いします」
正直なところを白状すれば、村上健にとってはあまりよろしくしたくない手合いではあった。
白衣の怪人は無表情のまま視点を平行移動、首だけで美貌の文芸部部長を向く。
白衣の怪人は無表情のまま視点を平行移動、首だけで美貌の文芸部部長を向く。
「ところで霧崎くん。この村上くんとはどういう関係なんだい? 二人っきりでこんな薄暗い部屋に籠ってまさ
か! ……いやらしい!」
か! ……いやらしい!」
「彼は私の奴隷だ」
「オレはいちおう文芸部の部員……そこ出鱈目いわないでください」
「肉体労働をさせているから、肉奴隷といったほうがいいか」
「おのれこのぼくを差し置いて……! 覚悟しな、日本伝統の死に装束といえば白衣だぜ!?」
「ツッコミが追いつかないから、ひとりずつ喋ってくれませんかね」
「オレはいちおう文芸部の部員……そこ出鱈目いわないでください」
「肉体労働をさせているから、肉奴隷といったほうがいいか」
「おのれこのぼくを差し置いて……! 覚悟しな、日本伝統の死に装束といえば白衣だぜ!?」
「ツッコミが追いつかないから、ひとりずつ喋ってくれませんかね」
松戸白秋先輩(19)のあまりの落ち着きのなさに、村上健の心のなけなしの敬意も底をついたようだった。
口調が北風ていどに冷たい。
口調が北風ていどに冷たい。
「きみはそんなことをいうためだけにわざわざここに来たのか。少し手伝っていけ」
「いいとも! お役立ちなところを見せようではないか。ぼくの意志を忠実にトレースするロボットアームを有
する、この新開発“猫の手も借りたい白衣”が火を噴くゼ!」
「ふつうにやりたまえ。さもなくばきみが九回目の入院をすることになる」
(……帰りたくなってくるな)
「いいとも! お役立ちなところを見せようではないか。ぼくの意志を忠実にトレースするロボットアームを有
する、この新開発“猫の手も借りたい白衣”が火を噴くゼ!」
「ふつうにやりたまえ。さもなくばきみが九回目の入院をすることになる」
(……帰りたくなってくるな)
背後のすったもんだをどこか遠くに聞きながら、一年生だけが黙々と作業をしていた。話によれば、名ばかり
の部員を動員しなくてはならないほど忙しい時期らしいのだが、部室に限ってはそんな雰囲気でもない。
ちなみに十人足らずの部員は空き教室を借りて製本作業に追われている最中だという。
村上健はペースを上げる。いざそうしてみると、作業量はさして多くもなかった。
の部員を動員しなくてはならないほど忙しい時期らしいのだが、部室に限ってはそんな雰囲気でもない。
ちなみに十人足らずの部員は空き教室を借りて製本作業に追われている最中だという。
村上健はペースを上げる。いざそうしてみると、作業量はさして多くもなかった。
「部長。こっちは終わりました」
「ふむ。よくやってくれた。有能な部員がいてくれて助かるよ」
「これくらい、誰にだってできますよ」
「ふむ。よくやってくれた。有能な部員がいてくれて助かるよ」
「これくらい、誰にだってできますよ」
それは村上健の偽らざる本音だった。あまり簡単なことで褒められると、嬉しさどころかむしろ居心地の悪さ
を覚える。
を覚える。
「ご苦労様、今日はもういいぞ。また、今度は暇で暇で仕方なくなったときにでも来るといい」
「はぁ、どうも……」
「ちょっと待ったぁ! お近づきの印にぼくの春の新作白衣を進呈しよう! この“爽やかマイナスイオンビー
ム白衣”をな!」
「(爆発しそうだから)結構です」
「賢明だ」
「はぁ、どうも……」
「ちょっと待ったぁ! お近づきの印にぼくの春の新作白衣を進呈しよう! この“爽やかマイナスイオンビー
ム白衣”をな!」
「(爆発しそうだから)結構です」
「賢明だ」
あまりのいわれように、松戸白秋は部屋の隅で床に『の』の字を書いた。絨毯が痛みそうだった。
村上健が部室を辞すのを見届けてから、霧崎は湯気の立つカップを片手に、全自動『の』の字筆記装置筆記速
度増強型に近づいていった。
村上健が部室を辞すのを見届けてから、霧崎は湯気の立つカップを片手に、全自動『の』の字筆記装置筆記速
度増強型に近づいていった。
「……松戸」
「……どうせぼくなんて……」
「せっかく来たんだ。ほら、コーヒーでも一杯、ど――」
「任せろ!」
「……どうせぼくなんて……」
「せっかく来たんだ。ほら、コーヒーでも一杯、ど――」
「任せろ!」
松戸白秋はよく分からない返事とともにすっくと背筋を伸ばした。とんでもない立ち直りの早さだった。
勢い余ってコーヒーを受け取り損ね、宣言通りか床に撒かした。
勢い余ってコーヒーを受け取り損ね、宣言通りか床に撒かした。
「NOOOOOOOOOO!?」
「やれやれ……」
「やれやれ……」
霧崎の松戸白秋に対する好感度がちょっと下がった。
※
村上健は幽霊部員だ。
部誌『文藝青春』に寄稿する気もさらさらないし、他愛ない雑談をしに部室を訪れたこともない。
だから、自ら進んで文芸部に貢献しようなどという考えは、特に持っていなかった。今回もわざわざ校内放送
で呼び出されなければ、親友の藤田亮と駄弁るなり何なりしていたはずだ。
だが、カムフラージュだとしても文芸部に所属していることには変わりない。また、“話が分かる”霧崎部長
を蔑ろにするほど不義理でもなかった。
部誌『文藝青春』に寄稿する気もさらさらないし、他愛ない雑談をしに部室を訪れたこともない。
だから、自ら進んで文芸部に貢献しようなどという考えは、特に持っていなかった。今回もわざわざ校内放送
で呼び出されなければ、親友の藤田亮と駄弁るなり何なりしていたはずだ。
だが、カムフラージュだとしても文芸部に所属していることには変わりない。また、“話が分かる”霧崎部長
を蔑ろにするほど不義理でもなかった。
(神を畏れる人は、畏れるからこそ幸福になり、悪人は神を畏れないから、長生きできず、影のようなもので、
決して幸福にはなれない)
決して幸福にはなれない)
愛読書『コヘレトの言葉』の一節である。
村上健は神を信仰する身ではないが、そういった思想を自分なりに解釈して血肉とすれば、人生を今よりずっ
と実りあるものにできると考えていた。
全くの無価値と思えてならない人生。だからといって、何もかも台無しにしなくてはならない法はない。
村上健は神を信仰する身ではないが、そういった思想を自分なりに解釈して血肉とすれば、人生を今よりずっ
と実りあるものにできると考えていた。
全くの無価値と思えてならない人生。だからといって、何もかも台無しにしなくてはならない法はない。
『コーヒーでも用意して待っているよ』
ふと霧崎部長が去り際に投げ掛けた言葉を思い出す。
村上健は、彼女にどこか同類めいたものを感じることがあった。少女呼ばわりすることに抵抗があるほど大人
びていて、世の中を冷徹に俯瞰しているような雰囲気を常に纏っている。
本棚に囲まれてどんなことを考えているのか、少しは興味がなくもない。
村上健は、彼女にどこか同類めいたものを感じることがあった。少女呼ばわりすることに抵抗があるほど大人
びていて、世の中を冷徹に俯瞰しているような雰囲気を常に纏っている。
本棚に囲まれてどんなことを考えているのか、少しは興味がなくもない。
「……たまには、自分から顔を出してみてもいいか」
口にまでしておきながら、実はそれほど真面目に検討したわけではない。しかし、気まぐれにしてはなかなか
悪くない思いつきのようにも感じられた。
悪くない思いつきのようにも感じられた。
おわり