アットウィキロゴ
私立仁科学園まとめ@ ウィキ
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

私立仁科学園まとめ@ ウィキ

後輩とガラクタのヒーローと喋る自動販売機

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

後輩とガラクタのヒーローと喋る自動販売機



 ※

 廃倉庫の窓枠に切り取られた、薄っぺらな青。うつろで、うそっぽい、霞の溜まったような空。薄暗がりに射
しこむ光が、宙を舞う土埃を煌めく帯として浮かび上がらせていた。
 心凍てつかせる静寂に、手負いの獣の息遣い。私立仁科学園中等部の制服に身を包んだ誰か。
 傷だらけの少年。先崎俊輔。体。打ち捨てられたガラクタの山の中佇み。
 傷だらけの少女。後鬼閑花。心。金属を剥き出しにした支柱にもたれて。
 そこにいた。たったふたりで。
 数刻前には悪意と暴力に支配されていた空間には、しかし今は何も残ってはいない。先崎というその男が駆逐
したからだ。三人の女、ひとりの男。残らず殴り飛ばして。

「この世界は、怪物だらけじゃないですか」

 傷だらけの少女は、後鬼閑花は、堰を切らしたように思いをぶちまけた。狂おしいまでの激情は、それでも声
の震えとしてしか表れなかった。人形めいた貌のままで紡がれる叫びは、ひどくか細い。

「ひとの気持ちなんて、ひとにも感情があるなんて想像もできない。怪物。でもそんな怪物のほうがまっとうな
人間で、たくさんのお友達といっしょに笑って、平気な顔してひどいことして、でもふつうだからいつだって正
しくて、少しだって自分が悪いなんて思わないんですよね」
「ああ」

 要領を得ない主張だった。綺麗に整理して組み立てることも出来ないままの。いつか誰かに糺したくてたまら
なくて、けれど誰にもいえなかっただろう。
 たったひとりここにいて、彼女の心を聴いた先崎は冷たく、

「諦めろ。そういうものだから」

 そういった。
 喉から走り出す言葉は瓦礫。やるせなさと、それでも先に行くしかないという決意。
 すべての人間に優しさや甘さを期待するな、それは文字通り“有り難い”ものだ。口にはしなかったが、人並
に辛酸を舐めてきた先崎俊輔の人生訓でもあった。
 「そんなことはない」と、「人間はそんな怪物ばかりじゃない」と、いってやるべきだったのか、どうか。先
崎は“今”でも悩む。
 けれど、結果論からいえばそれで良かったのだろう。そうでなければ、とても、後鬼閑花の荒んだ心には届か
なかっただろうから。もしも彼女の絶望を否定できる者がいるとすれば、それは自ら体を張って最後まで彼女の
味方でいられた者だけだ。先崎ですら、まだ早い。

「それとも、怪物は閑花ですか? みんなを理解できないから。閑花はあたまの壊れたいらない子ですか」

 まるで他人事のような口調。先ほどの返答を聴いていたのか、いないのか。

 構わず、先崎俊輔は彼女に付き合う。

「そんなことがあるものか」

 それは、きっと、彼女の一番欲しがった言葉だった。

「やめておけ。そんなものは道端の糞のような考えだ。自分で自分を卑しくするだけだ」
「……」
「“後輩”」

 先崎はそこで言葉を止めなかった。
 もとより、ひとの心に特効薬などない。破壊された人格はもう元には戻らない。“言霊”なんて魔法は、いつ
だって攻撃偏重で、守りや癒しには全然向いてない。

「そう、お前だよ、後輩。俺は、お前みたいなやつは嫌いじゃない」

 それを分かっているから、先崎俊輔はしばらく後鬼閑花の傍にいようと覚悟を決めたのだ。
 どのみち、今回の暴力沙汰の責任で、しばらくは暇になりそうだった。問答無用で女子に手を上げた最低な男
だ、学園側も容赦などするまい。

「世渡り上手は信用できない。天然は腹が立つ。笑い方の汚らしい下衆に用はない。そこへいくと、後輩、お前
とは同じ空気を吸っていられる」

 骨張った手が差し伸べられた。皮が剥がれて、赤く錆びた、全てを根こそぎ解決していった手だ。
 傷だらけの少女は、後鬼閑花は、

「どうして、あなたは泣いているんですか……」
「泣いているのは、お前だろう」
「そんなわけないですもん。わたし、これまでだって、泣いたことなんて」

 だったら、泣くべきだ。たくさん。
 そう思いながら、やはり先崎は何もいわなかった。


 ※

 それが、二年前のことだ。ふたりだけが刻んだ、奇跡の時間。
 今の時代そのへんの三文小説でも見られないありがちで安っぽい筋書きの、けれど本人達にとってももう少し
だけ切実な物語。

『成績優秀、品行方正な生徒だった。まさかあんなことを仕出かすとは……』
『同情の余地はある。しかし正当ならば何をしてもいいというわけではない。暴力は……』
『訊けばそのグループも一度は話し合おうとしたそうじゃないですか。それを無視して……』

 積み上げてきたおよそ全てを失ったとして。先崎俊輔に後悔などなかったはずだ。それが先崎がかくありたい
と願った“良き人間”だったろうから。
 停学、退部、奉仕活動、下らない人間との断絶。いっそ清々しいと、彼はペナルティを指折り数えていた。

 その一件を“汚点”とされながら、先崎は二年代表として高等部の入学式の祝辞を読み上げたのだ。それまで
にどれだけ学園を走り回ってきたか。ずっと背中を追い掛けた後輩だけは知っている。

「……何を笑っているんだ。気色の悪い子だな」
「私達の馴れ初めを思い出していました」
「馴れ初めじゃないッ!」

 高等部棟屋上のまた上に広がる、澄み渡る青。純粋で、鮮烈で、流れゆく雲さえ白く眩しい空。中天に座す太
陽から伸ばされた手が、ひと筋の光の連環として視界に表れていた。
 心地よい応酬の内に、相手の息遣いを感じる。私立仁科学園高等部の制服に身を包んだ彼ら。
 先輩という少年。先崎俊輔。体。吹き荒ぶ風の中でコーヒー飲料を啜る。
 後輩という少女。後鬼閑花。心。紅茶を片手にフェンスに寄り掛かって。
 そこにいた。今なおふたりで。

「きりりとした先輩のお言葉、今でも一言一句覚えていますよ?」
「……若気の至りだ」

 “先輩”先崎俊輔は、厳めしい顔をしてそっぽを向いた。不機嫌さを装うのはいつもの照れ隠しだ。
 “後輩”後鬼閑花は、そう、覚えている。先輩の思うよりずっと確かに。あのときの何もかもを。
 今ではそうそう手も繋がせてくれないが、忘れられるはずもない。差し伸べられた手の熱さを。
 ああ、願わくば。
 もう一度。
 永遠に。


 ※

 自動販売機とは、商店の“ロボット”である。
 そのへんにばかすか立っているあの筐体をロボットと呼ぶことには違和感を覚えるかもしれないが、実は原義
的にも妥当なところなのだという。ある科学漫画で読んだ。

『いらっしゃいませ』
「は、はい!?」

 “後輩”後鬼閑花は、突然の電子音声に反射的に返事をしてから思い出した。知識はあった。そうだ。最近の
自動販売機は物をいうのだ。ハイテクだ。
 ここは学生食堂の一面を埋める自動販売機コーナーだ。メーカーに統一感はなく、幅広く好みの銘柄を選べる
とあって人気を博している。

 後輩は、憧れの先輩がつい先刻の昼休みに飲んでいたものと同じコーヒー飲料を購入した。あまり頻繁に“お
揃い”にすると、先輩は「自分の好きなものにしろ」と嫌そうな顔をするので、最近はこうして後から補完する
ことにしていた。歯止めの利かなくなった妄想は、余裕で間接キスからその先まで広がる。

(これぞ、まごうことなき、約束のスピリチア・クリエイション!)

 パックがごとりと落ちてくる。ふと思う。
 SFの題材にもある、“ロボットは心を持ち得るか”という命題。
 「人間と同じ入出力がなされようとも、しょせんは人為的なプログラム」、頑なで宗教にかぶれた(閑花には
そう見える)否定意見。
 「心とは電気信号と化学物質にすぎない、つまり完全再現が可能なのだ」、読者の反感を見越した(閑花には
そう見える)肯定意見。

(あんなこと考えて楽しいのかな……)

 人間の心なんて、そんないちいち議論しなくてはならないほど、神聖不可侵で上等なものだっただろうか。
 しずかちゃんは私の大事なトモダチ。巻き込まれるのが怖くて虐める側に回ったあの子。
 あたしだけは、しずのトモダチだよ。味方のふりをして裏でみんなと嗤っていた敵。
 あなたの気のせいなんじゃないかな。物分かりのいい教諭。
 閑花、また授業をサボったらしいな。話など聞いてくれない親。
 それが、人間ではないか。そんなものは、閑花はとうに見限ったつもりでいる。
 悲劇のヒロインぶっている? 今更になって「力こそパワー」とそんなことをいうくらいなら、“最後まで”
ほうっておいて欲しい。

『ありがとうございました』
「はい、どうもです」

 うやうやしく礼を述べる自動販売機に、後鬼閑花は頭を下げた。
 みんなこうなら、ちょっといいかもしれない。
 きっと寂しいだろうけど、傷つけたり傷つけられるよりは、よほどいいように思われた。

『先崎俊輔。そいつの、“先輩”だ』

 ああ。
 たったひとりだけ、そうじゃなかった人間もいたけれど。
 たったひとりしか、あそこにはいなかったから。
 だから後鬼閑花はみんなを否定する。



 おわり


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
人気記事ランキング
ウィキ募集バナー