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牧村拓人の放課後

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牧村拓人の放課後




 放課後の学食は、僕の学内お気に入りスポットだ。
 昼休みには通勤ラッシュを思わせるくらいの人でごった返すこの場所も、放課後となれば落ち着いた空気で満ちている。
 体育館に次ぐスペースを有するであろう学食の利用者はまばらで、日当たり抜群の窓際の席を独占したって構わない。
 この時間の学食は、緩やかな時間が流れているように感じられる。
 何人かの女の子たちが雑談に花を咲かせている。別の席では、携帯ゲームをやっている集団がある。
 読書をしている人もいれば、コーヒーを飲んでいる先生だっている。
 騒々しすぎず、静かすぎないこの場所は窮屈さがなくて、とてもリラックスできる。

 だから、放課後の学食が好きだ。特に予定がなければ、こうやって過ごしていることが多い。
 机の上で湯気を立てているカップを手に取り、一口すする。
 温かくて甘めのカフェオレが、全身に染み渡る。
 思わず溜息を吐いてしまうほど、美味しい。
 遠くから聞こえる大きな声は、演劇部の発声練習だろう。
 内心で応援しながら、僕は窓の外に目を向ける。
 雲ひとつない青空はとても爽やかで、僕の心を潤してくれた。
 何をするでもなく、何か考えるわけでもない。
 流れるプールに浮かんで、水流に身を委ねるみたいにぼんやりする。
 非生産的な時間の過ごし方だけど、僕はこんな時間の使い方が好きだった。

「拓ちゃん見ーっけ。やっぱここにいたのね」

 リラックスしすぎてあくびが出そうになったとき、耳に馴染んだ呼び声が聞こえてきた。
 あくびのせいで遅れた僕の返事より先に、その人は正面に座る。
 ボブカットがよく似合っている小顔のその人は、秋月京先輩。
 黒真珠のように綺麗で丸い瞳と、見るからに滑らかな肌が魅力的な、一つ年上の先輩だ。
 気さくで人当たりも面倒見もよくて可愛くて、話をしていても楽しい人だ。

 ……ただ僕は、この人にちょっとした恐怖心を抱いている。

「このユルい温もりはヤバい。徹夜明けの脳には優しすぎるわ……ッ」
 その何気ない一言に、僕の意識に侵食し始めていた眠気は吹き飛んだ。
 秋月先輩が徹夜をする理由は、恐らく一つしかない。
「また、徹夜してたんですか?」
「うん。“カップルウォッチャー”って知ってる?」
 僕は嫌な予感を感じながら、首を縦に振る。
 ちょうど今日、ヘルメットを被りマントを纏い、ステッキを携えた自称美少女戦士の噂話を耳にしたところだった。
 その話を聞いたとき、僕が真っ先に連想したのは、今目の前に座っている人物だ。
 何故なら、秋月京先輩は。

『コスプレ部』というなんとも風変わりな部活に所属しているからだ。
「噂で聞いたくらいですけど。先輩の部の人じゃないんですか?」
「ううん、うちは全く関与してないわ。スカウトしたいところではあるけどね」
 その意外な返答に、僕は驚いてしまう。
 コスプレ部の人じゃないんだったら、演劇部の人なのかもしれない。
 部活とかじゃない限り、そんな格好をしたりはしないだろう。
「で、そのカップルウォッチャーに触発されてさ。一着仕立て上げたのよ。部室に置いてあるわ」
「はぁ。それはお疲れさまです」
「と、いうわけで」
 満面の笑みを浮かべ、身を乗り出してくる秋月先輩から逃れるように、僕は椅子を後ろに下げる。
 先輩の笑顔はすごく可愛いんだけど、妙な圧迫感を孕んでいる。
 そう感じる人は、きっと僕くらいだろう。

「拓ちゃん、着てみて」

 余りにも予想通りの言葉、だけど聞きたくはなかった言葉から逃れるように、僕は目を逸らさずにはいられなかった。

 ……これさえなければ、本当にいい先輩なんだけどなぁ。

 僕が秋月京先輩に抱く恐怖心は、彼女の性癖じみた趣味に根差している。
 秋月先輩は、自分がコスプレをするだけでは飽き足らず、『可愛いものに自分の作った衣装を着せたい』という性癖を持っているのだ。
 犬や猫に衣装を作ったこともあるらしいし、三年生の真田姉妹に着せるためのレースたっぷりなドレスの構想を練っているって聞いたこともある。

 そしてその『可愛いもの』には、僕も含まれてしまっていた。
 せめて男物の服をこしらえてくれるならいいんだけど、決まって女の子の衣装だから問題だ。

「それだったら、カップルウォッチャーさんに着てもらうべきだと思うんですけど」
 言ってみても、太陽のような笑顔は翳らない。
「きっかけはカップルウォッチャーだけど、脳内モデルは拓ちゃんだから」
 まさかの大抜擢に、僕は肩を落とさずにはいられなかった。できれば脳内で完結して欲しかったなぁ。
 ……いや、脳内で着せ替え女装ショーをさせられるのも結構辛いかもしれない。
「いや、その。毎度のことですけど勘弁してください」
「まぁまぁ。とりあえず見に来るだけでも、ね? 代わりに、まだ何処にも発表してない秘蔵のコスプレ写真見せたげるからさー」
 立ち上がると同時に、先輩は僕の手を握る。温かくて柔らかい肌の感触にドキリとするけど、そんな僕の様子なんて気にも留めずに引っ張ろうとする。
 きっと先輩は、部室に着くと睡眠を犠牲にした成果物を見せ、苦労した箇所や自慢したいところを語るだろう。
 今よりももっとキラキラした顔で、すごく弾んだ声で、とてもとても楽しそうに話す先輩の姿が目に浮かぶ。
 そんな先輩を眺めながら、丁寧に作りこまれた衣装の解説を聴くのは、決して悪くない放課後の過ごし方だ。
 僕がモデルになった服らしいから、見るだけなら興味はある。

 それに。
 それに、うん。着るのは無理だけど、僕のことを考えて作ってくれたことは、嬉しかったりする。

 そんなことなど、言えるはずもない。
 言ったら間違いなく着せられるだろうし、何より照れくさくて仕方ない。
 だから代わりに、席を立つ。
 緩やかな場所から、騒がしい場所へ行くために。

 楽しい放課後を過ごしに、僕は引っ張られていく。


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