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演劇発表会『茨姫』

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演劇発表会『茨姫』



演劇発表会、当日

ステージには緊張の面持ちで全員が最終チェックを行っている。
特にあの脅迫状が届いた後だ。気をつけるに越したことはない。
実際に何度も意図的に傷つけられた物品があったため、その緊張感はただならぬものがあった。

「集合!」

迫の言葉に従い、舞台に立つ者、裏で働く者、全員がステージ裏に集まる。
迫は全員を一度大きく見回し、語りかける。

「いよいよ本番だ。みんな良くここまで練習について来てくれた」

一旦言葉を区切り、全員の顔を見回す。

「本来演劇部ではない人も含め、演技には相当無理な要求をした。
舞台装置にも無茶な要望を出した。だが、皆はそれに答えてくれた!」

もう一度、言葉を飲みこみ、もう一度全員を見る。

「――だから言える。この舞台は必ず成功する、と」

その言葉に、全員が静かに、しかし力強く頷いた。
迫もまた、全員に頷き返し、大きく息を吸う。

「さあ、一年にとっては初舞台だ。気負わず全力を出してこい!!
全員一丸となって、この舞台をやり切るぞ!」

そして迫は握り拳を天へと掲げる。
自然、全員が天に拳を掲げる。

「さあ、やるぞ!」

「はい!」「YES!」「おう!」「うっしゃー!」「いやっふー!!」

それぞれがはっきりと声を出し、迫の言葉に答える。



――舞台『茨姫』がいよいよ始まった。



   *          *           *


「始まったみたいだな」
『そうだな……妨害があるとしたら、そろそろか?』
「ああ、間違いないな」

電話越しに話すは台と那賀の二人。今、台、那賀、省の三人は別々の場所に陣取り、待機している。
敵の情報ほぼ全て握っている。さらには敵の作戦を逆手に取った対策を行っている。
後は実行するだけだった。

敵の作戦に合わせて別々に陣取り、演劇の邪魔をさせない。それが今回の作戦の目的。
そのためにしなければならないことは、まず、この舞台に敵を入れないこと。
そして、静かに、速やかに、敵を無力化することだった。

『そう言えば、ととろはそこにいるのか?』
「いや、いない。奴らの依頼主であり、脅迫主がいそうなポイントを何か所か指定した。いまはそこを回ってもらっている」
『なるほど』

那賀の疑問に台はあっさり答える。
今頃ととろは、全力でそのポイントへ向かい走っているはずだった。
那賀は、その回答に納得の言葉で返すと、言葉を続ける。

『なら隠すことなくいえるな』
「なにをだ?」
『お前も大概素直じゃないな、ってことだ』
「……なんだと?」

那賀の言葉に台が不審そうに聞き返す。

『わざわざ"自分の作品を壊されたくない"とかいいやがって。
 素直にこの舞台を成功させたいといえばいいじゃないか』
「はっ! 俺はあくまで俺の作品を壊されるのが腹立つだけだ」

その言葉に鼻で笑うが、那賀の言葉は終わらない。

『馬鹿いえ、お前はそんな玉じゃねぇだろうが?』
「……」

台の言葉の嘘をあっさり看破した那賀の言葉に台は黙りこむ。

『理由は、やはりあいつか? この茨姫を皆とやりたかったあいつのためか?』
「……かもな」
『やはりか』

曖昧に濁す台の言葉に、那賀は断定で持って応対する。

――数秒の沈黙。


「あいつは、なんで俺なんかに構ったんだろうな。演劇するには邪魔でしかないはずなのにな……」
『一年の時はお前、今以上に荒れていたらしいじゃないか。よくもまぁお前に近づく気になったもんだ』
「本当だな。あいつはいくら"おせっかい"だからってなぁ。
 俺がリーゼントにすれば、引いて離れると思ってこの髪形にしたのに――」
『結局関係なかったと』
「余計色々言われただけだったな。あの説教は今でも頭に残ってる。延々と四時間だぞ。
 こっちも意固地になってこの髪形を続けたがな」
『単純で浅はかだな。お前も』
「まぁ、馬鹿だからな俺たちは。自分で勝手に茨の城へとこもる程度には馬鹿野郎だ」
『違いない』

二人して忍び笑いを浮かべる。

「まったく、あいつしかり、鈴絵しかり、どうしようもなく駄目な俺達に構って来るやつがいるのは不思議だ」
『全くだ。普通なら避ける物だろうし、実際大多数はそうなんだが、残る少数が奇特過ぎる。
 どうしてこうなった、と思うぞ』

そして、数秒の沈黙。

『ま、そんなおせっかいな連中が始めた演劇だ。こんなしょうもない事で駄目になったら腹が立つ』
「全くだ。だからこそ俺たちがすることは決まっているな」
『だな。だからここにいるわけだ』

それ以上の言葉は続かない。遠くでは、ブザーがなり、舞台が開く音がする。

『……待ち人が来たようだ。後はよろしく』
「ああ、どうやらこちらもきたようだ」

携帯電話を切り。台はガクランのポケットにねじ込む。
そして見つけた目標に視線を定め、するすると近づいて行った。


   *          *           *


「ある国に中々子供のできない 王さまと お妃さま がおりました」

真っ暗になった舞台。今年も観客で完全に埋まった席も静かに聞いている。
朗々と読み上げるは迫。それは物語の始まりの声。

「あるとき お妃さまに女の子が生まれました。 王さまは 大喜びでパーティーを行うことにしました」

「王さまは、友達も、知り合いも、親せきも、たくさん呼んでお祝いすることにしました」

「その中にはその国に住む、7人の魔女も呼ばれていました」

まるで子供に聞かせるための口調。その言葉が途切れた時、舞台の上で動きがあった。

真っ暗な舞台に光が灯り始める。少しづつ明るくなるそこには絢爛豪華なホールがあった。
様々なドレスに着飾った人々が思い思いに雑談をしている。
王座に座るは王さまであり、お妃さまに抱かれた女の子も隣に座っていた。
7人の魔女に扮した霧崎、河内静奈神柚鈴絵、秋月京、 真田アリスロニコ・ブラックマン、後鬼閑花
もそれぞれのドレスを着飾っている。

これは宴の場面。そこが物語の始まりだった。

数分にわたる雑談、多くは子供を誉めたたえ、国の発展を祝う言葉。

そこに一瞬のフラッシュが焚かれ、観客は、その一瞬の眩しさに目を細める。
観客の目が慣れる頃、そこまでいなかった最後の魔女――真田ウェルチがホールの中央に忽然と現れていた。

ウェルチはドレスの裾を上げ、ダンッ! とフローリングへ打ち付ける。
ホールはそれまでの雑多な雰囲気が一掃され、奇妙な静寂が残った。

「まったく……なんで私を仲間外れにするのかねぇ」

その言葉に王さま役の西郷猛は慌てふためき王座から駆け降りる。
そして最後の魔女に深く一礼をする。

「いや、これは申し訳ないことをした。今すぐ用意をしますのでお許しください」
「そうかね。なら期待しとくよ」

すぐさま、駆け寄るメイド服を着た少女――武政千鶴がやってくる。

「魔女さま、どうぞ」

その手に食器を乗せ、ウェルチへと渡す。踵を返すとメイド服をきた千鶴はそのまま舞台から歩き去る。
しかし、その食器は他の7人の魔女の純金の食器と違い、銀製の食器でしかなかった。
純金の食器は7人分しかないため、王さまとしてはそうせざるを得ない。

最後の魔女はその食器と他の魔女の見比べ、ため息を吐く。

「これは私を馬鹿にしているのかねぇ」

その言葉を聞いた、一人の魔女――真田アリスはすっと物陰に動く。
舞台の人間はその動きに気付いていないように演技し、観客もまたその動きに気付かない。

そして、舞台の上では魔女たちによる贈り物が始まった。



   *          *           *


「さーて。ここから入って、あの馬鹿でかい板をぶっ倒せばいいんだな」
「これで一人20万なんだからボロイよな」
「違いねぇ。金持ってるやつは何を考えてるかわからんな」

こそこそと裏から中に入ろうとするチンピラが三人。
相談をしながら、静かに歩く。

「さて行きます――」

そのチンピラリーダーっぽい男の言葉は最後まで続かない。
顎に不意に掌打を当てられ、一瞬で脳しんとうを起こし、崩れ落ちる。

「なっ!」
「ば――」

一人の男が倒れたことで、残る二人は小柄な坊主頭の男をようやく認識する。
しかし、その時にはすでに男、省は次の行動を起こしていた。
倒した男には目もくれず、一歩棒立ちになった男に近づき、孤を描くように回転。
遠心力で威力のました蹴撃は寸分狂わず男の側頭部に強烈な一撃を叩きこむ。
あっさり意識をとばして崩れ落ちた。

――二人目

「このや――」

三人目がようやく腕を振りかぶり殴りかかってくるが、省は左手一本で軽くいなす。
バランスの崩れた男の服を掴み、一気に首を締めあげる。

10秒とかからず落ちた。
あっさり全員の沈黙を確認すると、省はそれぞれの腕と足をガムテープでぐるぐると固定し、
邪魔にならない所に押し込んだ。

「……油断してたとは言え弱いっス。ま、おかげで音立てずにすんだっスけど」

手をはたき、次に備える。

「台さんの情報だとまだ来るって事っスからねぇ。面倒臭いッス。
それにしても一人に20万とかどんだけ金持ちなんすか」

そう、愚痴を言いながらも、また隠れるように動き始める。

「ま、これもウェルチさんのためッス。頑張らんとッス。……あ、しまった。魔女役全員の写真の予約忘れたッス。
また放送部員に頼まないといけないッスねぇ」

そんな駄目な欲望丸出しな愚痴を言いながら、省はその場を動かない。



   *          *           *


「お姫さまは、世界で一番美しい女性になれるでしょう」

深くお辞儀をし、告げた魔女役は後鬼閑花。ドレスの裾を軽くつまみ、その後もう一度会釈をし、後に下がる。

「お姫さまは、天使のような心を持てるようになれるでしょう」

次に前に現れたのは河内静奈。丁寧に、一つ一つ言葉を確かめるように話し、再び下がる。

「お姫さまは、世界で一番優雅にふるまえる女性になれるでしょう」

神柚鈴絵が前にでると、柔らかな物腰で一礼すると、一歩下がる。

「お姫さまは、世界で一番踊りができる女性になれるでしょう」

霧崎がはっきりとした声で言葉を贈り、

「お姫さまは、世界で一番歌が唄える女性になれるでしょう」

秋月京がその子供を称えるように告げ、

「お姫さまは、世界で一番演奏ができる女性になれるでしょう」

ロニコが丁寧に告げ、後ろに下がる。

そして次に前にでたのは、ウェルチ。
甲斐甲斐しく頭を垂れ、ゆったりとした動作で近づいた。
その優雅な立ち振る舞いは、しかし次の言葉を持って終わる。

「お姫さまは15才の時、糸車の針に刺されて死ぬであろう」

その言葉は呪いの言葉。瞬間、騒然とする周囲をよそに、一瞬の閃光が走り、
目を開けた時にはすでにウェルチの姿は来たときを同様に忽然と消えていた。

「おお、なんということだ! 我が娘に呪いを掛けられるとは!」

王の慟哭が響き渡り、周囲の人間が右往左往する。
しかし、それを止めた声がある。最後の魔女を扮するアリスが進み出た。

「王よ。嘆くことはありません。私には姉の言葉を打ち消すほどの力はありません。
 しかし、弱めることはできます。王女は死ぬのではなく、100年の眠りにつくだけになるでしょう。
 そして、一人の王子によって目覚めることになるでしょう」

その言葉を最後に舞台が真っ暗になる。
場面が変わり、15年後の城の中が舞台になった。




   *          *           *



「よう。ここから先は関係者以外立ち入り禁止だぞ」

那賀が声を掛けるは、二人組の男たちだった。
どちらもその声に一瞬押し黙ると、そのまま懐からナイフを取り出す。
しかし那賀は動揺しない。

「お前ら、無茶は止めとけ。その先は関係者以外立ち入り禁止だ」

念を押すように告げるが二人組の男は取り合わない。

「はっ! もちろん知っているさ。ただこれも依頼でねえ。はいそうですかと帰るわけにもいかないのだよ」
「そうそう、怪我したくなければ黙って見てるんだな。オラッ! どいてろ」

男二人はナイフも向けながら那賀にどけと命じる。
那賀はため息を一つ吐くと、素直にどいた。

「これが、最後の忠告だ。この先は関係者以外立ち入り禁止だ」

その言葉を無視し、二人は扉を開ける。

瞬間、二人は同時に腕を万力のような力で締めあげられた。
たまらず二人ともナイフを取り落とし、視線は力の現れた先を見た。

それはでかかった。2mを超す巨漢の男が一人立っていた。

――美術教師は力を一切緩める事をせず、一言だけ告げた。

「ウェルカム」

そのまま二人の男は一瞬で扉の中に引きずり込まれる。
パタンと扉は閉じる。まるでその出来事がなかったかのように静けさが戻る。

那賀は、誰にも聞こえないようなちいさな声で呟く。

「だから言ったんだがな。止めとけ、と」

この場を任されたのは那賀だったが、脅迫騒ぎは当然教師にも伝わっていた。
始めは安全のために劇を止めることも検討されたが、真田基次郎や他の数人の教師が反対した。

いわく、

『学生が真剣にやっていることを教師が止めてはならない。教師がすることは、成功するようにサポートすることだ』

その後、この美術教師を含む何人かの教師もガードマンよろしく学生保護に回ると言うことで決着がついた。
その結果がこれである。
今頃、あのチンピラ達は魔人間に更生する程度の説教をくらっていることだろう。

「さて、俺はこんなに楽してていいんかな」

そう呟きながら、那賀はその場に立ち続ける。
新たな被害者が出ないよう止めるのが、彼の役目になっていた。




   *          *           *


「ああ、お姫様、今日も元気でよろしいですね」
「おはようございます、今日もお仕事頑張って下さいね」

城の騎士役になっている山尾修が話し掛けるは王女役である黒咲あかね
純白のドレスを身に纏い、気品すら漂わせて騎士へと笑顔を向ける。
城の通路を模した場面。そこをあかね歩くと背景もまたスライドし、本当に城の中を動いているように感じる。

次に現れたのは牧村 拓人。何故か侍女が着るスカートを着用しての登場だった。

「おや、お姫様。そんなに急いでどこにいくのですか?」
「お父様もお母様もいないから、お城を探検しているの」
「おやおや、怪我はしないように気をつけて下さいね」
「ええ、気をつけます!」

そうして、お姫さまはさらに歩いて行く。何人もの人と話し、城の中を探検する。
徐々に背景が変わり始め、いつの間にかそこは塔の先端にある部屋の中に移っていた。

そこには一人の女性がいた。アッシュブロンドの髪すら灰色のローブに隠し、糸車の前に座っていた。

お姫さまはその糸車に目を向けると、引きこまれるように近づいていく。
そのお姫さまの様子に気付いたかの様に、ローブの女性が声を掛ける。

「おやおや、お姫さまは糸車は始めてかい?」
「うん、そうなの。面白いね」
「そうかいそうかい、なら、もっと良く見せてあげようかい?」

お姫さまはゆっくり近づいていく。
さらにもっと良く見ようと近づいて手を伸ばす。

そして――

「痛っ!」

突然の痛みに、あかねは指を抑えると、ぱたりと倒れた。

その瞬間、ローブを纏った女性が立ちあがると、笑い始めました。

「ハッハッハ! よーくお眠り、お姫様」

その言葉を残し、歩き去ります。
あかねが倒れたままの舞台。しかし背景ごと動きだし、ゆっくり回転、止まった時には城の全景になる。

さらにそれだけでは止まらない。
城の全景場面に待機していた、浅野士乃向田誠一郎村上健といった村人役の面々も次々と倒れ出し、眠りについた。
さらには。ゆっくりと茨が城を覆っていき、舞台上が茨で完全に覆われ見えなくなる。

それは場面転換の合図。

次に開くのは100年後の世界。



   *          *           *



「大丈夫? あかねちゃん?」
「うん、全然平気。これくらいなら」

ウェルチが心配そうにあかねの肩を見る。
その肩に服の上から針が刺さっていた。
あの針に刺される場面に重なるように、一本の針があかねの服へと刺さっていた。
ただし、その針は幸いにも服の上からであり、若干皮膚に触る程度ですんでいた。

「服を丈夫に作っておいてもらって良かった。血もでてないし、これなら大丈夫ね」

服に刺さっていたことが幸いした。もし、これが顔にでも当たっていたらかなり危険だっただろう。
しかし、周りに集まった面々の表情は渋い。

「……まさかここまで強硬手段にでるとは」
「でもこれならまだ嫌がらせレベル。捕まりたくはないから分からないように攻撃してるのね」
「タイミング良く、お姫さまが針を刺すシーンで良かったかもね。
 もし別の場面なら他の観客も不審に思ったかもしれない」

迫がぎりぎりと歯ぎしりするような表情で呟くが、傍にいたアリスとあかねは別の分析をする。

「でも大丈夫。これで位置がはっきりしたから」

ウェルチがそう言い、ある観客席の一点を指す。

「ここにいるよ。後は、追い出すだけ」
「さすがアーチェリー部部長、あの針の弾道を予測できたか」

その言葉にウェルチは口の端を歪めて見せる。

「目の前で見てたからね。ふふ、これ以上の邪魔はさせないから」



   *          *           *


再び舞台に光が灯る。
そこは山の風景が描かれた背景を背に、一人の王子が立っていた。
その王子である久遠荵は、大仰に辺りを見回すと中央に向かって歩き始める。
その反対側、そこからアッシュブロンドの髪を灰色のローブに隠した女性がやってくる。

そのローブの女性は王子の前で立ち止まると、王子に向かって語りかける。

「王子殿、この近くの茨の山。その中にある城に、大層美しいお姫様が眠っているそうな」

その言葉を聞き、王子は両手を振り上げる。

「眠っている……。それは可哀そうだ。助けなければ!」

王子はその状況を可哀そうだと思い、素直に助けに行こうと思い立つ。

「そうかいそうかい、ならばいってみるんじゃな。呪いがかけられて100年目、そろそろ時が来るじゃろうて」

しかし、続けて掛けられた言葉に、王子はに怪訝な表情を浮かべ、問い返す。

「あなたは、その話を深く知っている様子。どうしてその話を知ったのですか?」
「さてねぇ。大したことじゃありませんて。ふぇっふぇっふぇ……それでは失礼するとしようかの」

その一瞬、再びフラッシュが焚かれ、さらに一瞬静電気のような音がし、
次の瞬間にはローブの女性が舞台から消えていた。

「あの者は一体……。いや、それよりも今しなければならぬことは茨の森から女性を助ける事だ!」

王子は義憤に燃え、その眠る人々を助けるため、たった一人でその茨の森へ向かって行く。



   *          *           *


「ちぃ、これでも止めないとわな……。今度はどいつを狙うとするか」

その男は観客席で周りに聞こえないよう小さく舌打ちをすると、針を輪ゴムに引っかけ、極少の弓矢にした。
周りに気付かれないように、手元でゆっくり狙っていく。

「ま、こんなんじゃせいぜい脅しにしかならんが、見つかるわけにもいかんしな。
 公演が途中で中止になれば恩の字か」

捕まらないように、細心の注意を払い、気付かれないように事を運ぶ。
それが彼のやり方だった。

舞台の上では、ローブの少女と王子役の少女が話しをしている場面だった。

「さて、今度は王子役でも狙って見ますか」

誰にも聞こえない程度の小さな声で呟き、極少の弓を番える。
狙いをつけるために舞台を真正面から見つめていた。

――突然のフラッシュにより目の前が真っ白になる。

だが、彼は慌てない。とっさに目を閉じ、フラッシュが収まるのを待つ。

しかし右手に何かを押しつけられるような違和感を感じ、突然の衝撃を全身に受けて、一瞬で意識を失った。



   *          *           *


「なんで、巧先生ってこんなスタンガンもっているのかな?」

巧から貸し出されたスタンガンを引っ込めつつ心の中だけで悩む少女が一人。
それを実行した金城葎は巧先生がどう使うか真剣に考えていた。
だが、それも最初だけ。さっきの情景から一つのアイディアが生まれてしまった。

「今度、ととろちゃんのステッキで試そう」

聞く人が聞けば余りにも不穏な言葉をこぼしつつ、気絶した男の隣で舞台を見る。
これで彼女の役割は完全に終わり。後は観客として舞台を楽しむつもりだった。


 *          *           *


王子が茨の森を進むと茨が王子を避けるようにして消えていく。
その中を王子は一瞬の躊躇もせず、ずんずんと進んでいく。

ついに王子は城にたどり着き、中へと入って行った。

王子は城の中を捜す。道々に眠っている人々がいたが、一旦それは置いてお姫様を捜した。
あのローブの女性が行っていたお姫様。彼女こそがこの城に起きている眠りから解放するカギだと直感していた。

そして、王子はお姫様の所へたどり着く。

塔の頂上で眠っていたお姫様を見つけ、さてどうするかと思案する。

「眠りから解放するには王子の心が必要です」

その声に驚き、振り向くと、そこには一人のブロンドの髪の女性が佇んでいた。
王子は驚きながらも、その女性に問いを向ける。

「あなたは一体……」

しかし、その女性はその問いには答えず、ただ微笑むのみ。
自分が言えることは言い終えたとばかりに。

王子は投げかけられた言葉を反芻し、一つの答えを得る。


眠るお姫さまにそっと口づけを――


その瞬間、お姫様の眠りは解け、森を覆っていた茨は消え、眠っていた全ての人は起き始める。

にわとりの声が響き、この城に目覚めがやってきた事を告げていた。

その中心では幸せそうに抱き合う二人の王子とお姫さま。

そして、カーテンが降り、劇が終わる。


――観客席からは自然と拍手が起こっていた。


   *          *           *


台は、ただそこに立っていた。
すでにだれも来ないその通路に一人、ホールから歓声と拍手が聞こえて来るのを感じながら立っている。

「どうやら、あいつの夢は守れたようだな……」

そう呟き、体からゆっくりと力を抜いた。

「流石に疲れた……後はととろに任せるとするか」

そして台は誰もいない道に座る。
台の役目。それはホールの正面から敵が暴れないようにするための牽制をするのことだった。
普通の観客には多少目を逸らされるが通れるように、邪魔をしようと企む奴らには徹底的にひるませるように。
細心の注意を払い、問題行動を起こさせないように威圧し続ける。

それを劇が終わるまでの間、一瞬の油断もなく行っていた。



   *          *           *


次にカーテンが上げられたときには役者全員が横一列になっていた。
そして、舞台の全員が一礼を行う。

「ありがとうございました!」

たった一言に万感の思いを込めて。

――舞台へ送られる拍手が一層強くなる。




そしてこの発表会、最後の幕が別の場所で始まろうとしていた。





   *          *           *


図書館が見える校舎の屋上。そこには双眼鏡を覗き込む一人の少女がいた。
肩までかかる長さの黒髪を適当に縛っている。
体のラインは細い、というよりひょろいという印象が強い。
どこかぼうっとする表情を浮かべている。
おそらく、その少女の事を普通に見れば10人中7人は可愛いと評する程度の容姿ではある。

そんな、小等部の少女がそこにいた。

その少女は双眼鏡を覗き込みながらぶつぶつと呟いている。
誰にも聞かれると思ってもいないのか、案外大きめの独り言は延々と続いていた。

「あ、演劇無事に終わっちゃった……。みんな役に立たなかった。
 うん、妨害受けてもやり遂げる猛はやっぱり素敵」

その少女にとっては妨害の成否すらどうでもいいことだった。
妨害が成功しても、彼女の脳内では『私の言うことを素直に聞いてくれた』
と、肯定的にとらえるであろうから。

彼女にとって西郷猛とは全肯定すべきものであった。
今回のような妨害行動も、その少女にしてみればただのスキンシップのような物に過ぎないのだった。
そこに周りの存在というファクターは一切含まれていない。

ただし、その少女は自分から猛に会いに行ったこともない。
いって見れば、どこまで行っても彼女だけしか存在しない世界。他人の事を一切考えない世界。
その少女だけに通じる少女だけの世界に足を踏み入れようとした、一人のカップルウォッチャーがいた。

「ぜいぜい……さ、西園寺 聖子! これ以上の狼藉は……ぜいはぁ、止めなさい!」

かなり息切れをしているカップルウォッチャーの言葉に、その少女は面倒臭そうに振り向く。
そこには、異様な風体をした女がいた。
鼻筋から上を覆うヘルメット、ハート型に抜かれた桃色のアイシールドのためにその正体は不明。
指定制服に羽織った丈の長い赤マント。
白い手袋を嵌めた手には、豪華絢爛な装飾を施された、素敵な魔法のステッキを携える。

カップルウォッチャーは燦然と輝く魔法のステッキを聖子と呼んだ少女に突き付け一歩近づく。
しかし、聖子はその姿を確認したとたん、あっさり興味をなくし、再び双眼鏡を覗き込んだ。

「ああ、早く猛君でてこないかな」
「待ちなさい! どうしてそういうリアクションができるのよ!」

しかし、その言葉にも反応はない。ただ、その少女は双眼鏡をのぞき続ける。

「……分かった。実力行使行きます」

謎の言葉をカップルウォッチャーは発した。

「……?」

その不穏な言葉に若干の疑問を浮かべる少女だが、やはり無視。
しかし、次に彼女の後で起こったことには反応せざるを得なかった。

「超高校級マジカルステッキ“レッドストリンガー”、モードスリー!!」

♂と♀の意匠がひとつずつ、それにさらに♀を追加する。
がちんとはまったその形状は、一つの形をとっていた。

「三角形の恋の道! 恋の炎が燃えさかる! 」

その配置はトライアングル。
3つの意匠がステッキを中心に回転を始める。

「三つの心が揺れ動く! 恋する乙女が立ち向かう!!」

中心のレーザーポインタが聖子を照らす。
流石に慌てて回避をしようとするが、すでに遅い。

「進め! 突き抜け! 愛する人へ! 障害とばして駆け着けろ!!」

そして、3つの意匠が飛び出した。

「ラブチェーンバインド トライアングル!!」

そしてその軌跡は聖子を正確に包みこみ、逃げ場を完全に失わせ、巻きついた。
体中に鎖がぐるぐる巻きになり倒れ込む聖子。


その少女の見下ろすようにカップルウォッチャーは立っている。
聖子は不思議そうにカップルウォッチャーを見上げている。

「なんで邪魔をするの? 私、猛がいれば後はいらないのに」

心底疑問に思っている少女に向け、カップルウォッチャーは静かにいう。

「それは、あなたが恋をしているからです」
「……恋?」

「ええ、それは独占欲といってもいいかもしれない恋。
本当は近づきたいのに、自分が傷つきたくないから周りを傷つける茨で覆い、
好きな人を傷つけようとする、そんな恋。
あなたは実際に彼に面と向かってあったことがないでしょう?」

「うん」

カップルウォチャーの言葉にあっさり肯定する少女。
その回答にカップルウォッチャーは深く頷き、言葉を続ける。

「でもそれじゃ永遠に彼を手に入れることはできないの。
そんな離れて見てないで、徹底的にあってあって会いにいって、自分をアピールしなきゃ!
だってあなたが欲しいと思ってる猛はあなたの事をしらないのよ」
「でも、嫌われちゃったら嫌だし」

始めて他人の事を考え、行動を渋る少女に、カップルウォッチャーはさらに熱弁を振るう。

「そう、身近にひと組知ってるわ。徹底的にそれを実行する奴ら。それはもう幸せそうよ。
 もう一ついうと、すごく恥ずかしがり屋でも、積極的に行こうとする娘も知ってるわ。
 そういう娘はね、みんな、みんな幸せそうなの。ただ、相手を見ているだけの時と比べて何倍も!」

それはカップルと見続けたカップルウォッチャーとしての言葉だった。
全く一遍たりともその言葉に迷いはない。彼女の明確な回答だった。

「……そうかな? 私も会いに行ったら幸せになれる?」
「当たり前。それは120%確実よ!」
「……そうかな?」
「そうよ! 今みたいな脅迫を辞めて会いに行けば、絶対幸せになれるよ!!」

自信満々に言い切るカップルウォッチャーに、聖子はやがてこくりと頷いた。

「なら、こんなこと止めるね。今度、猛に会ってくる」
「よろしい」

鷹揚に頷いたカップルウォチャーは鎖をはずす。
聖子は大人しく立ち上がり、ぺこりとお辞儀をすると走り去って行った。

「これで万事解決……かな?」

カップルウォッチャーとしては、実はちょこっと心配だったりはしている。
でも、とりあえずは無事に終わったことをホールにいる皆と喜ぶため、彼女もまた屋上から歩き去って行った。


そして、全てがここに終わる。

全員が頑張って、頑張って、精一杯努力した。その成果は確かに実ったのだった。


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