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発表会前夜の異変

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発表会前夜の異変


いよいよ後数日で発表会の開催日。
全てが大詰めを迎え、全員がフルに動き続けている。

役者はみな舞台の上で総合練習を続け、時に厳しく、さらに厳しく迫に演技指導を受けていた。
その有様は、ウェルチをして、「鬼コーチ」と名づけるほどだった。

しかし、今日はいつもと雰囲気が違う。
それは演技による程良い緊張感と高揚感ではない。

底冷えする緊張感と不自然なまでの静寂。
その中心に立つのは二人の少年。その内の一人、迫は大声を張り上げる。

「役を降りたい!? どうしてだ? もう残り数日しかないこの時期になぜなんだ!!」

突然の大声に舞台の上のみならず、大道具や小道具の確認をしていた者たちも一斉に舞台へと目を向ける。

舞台の上、衣装を着飾った役者が囲むように見守るその中心に、迫ともう一人少年がいた。
その少年は背丈180cm程、軽く茶に染め、短く切りそろえた一見精悍な顔つきをした少年。
少年は、その男らしい体格に似合わず、声を挙げた迫に対し、申し訳なさそうに頭を下げる。

「すいません」
「『すいません』じゃない。いまさら猛の変わりの王様役はいないんだぞ」

その言葉に猛と呼ばれた少年は役を降りるとは言っているがその理由を話そうとせず、沈黙する。

カチッ カチッ カチッ カチッ

いつもはうるさいくらいの舞台の上がシンッと静まり、時計の針が動く音だけが聞こえる。
そんな中、一人の少女が動く。

「猛君。どうしたの? あれだけ一生懸命やっていたのに……」

不安げな表情で猛に声を掛けるのは純白のドレスを着た王女役の少女、黒咲あかねだった。
右手を胸元に寄せ、一歩猛へと近づく。
猛は思わず一歩下がろうとするが、その動きを遮るのは王子役の少女、久遠荵
彼女はいつの間にか猛の後に近づくと、無言でぐいぐいと猛を押し出した。
結果逆に一歩前に出る格好になる。あかねと目をはっきり合わせてしまい、慌てて視線を逸らせる。
それでもあかねは猛を真っすぐ見る。

「猛君が演劇を嫌いになってるはずがないよね。人一倍練習して、すごく上手くなって、それなのに突然役を降りるなんて……。
絶対あり得ないよ。そんなこと。……何があったの?」

あかねは静かに、心の底まで響く声で猛へと問いかける。
それでもあくまで視線を合わせようとしない猛も逃げることもできず、ただ立ち尽くす。

――再び過ぎる静寂の時間。

やがて、観念したように猛は一枚の紙を取り出した。
その声音は絞り出すような低い声音だった。いかに苦渋の選択だったかがにじみ出ている。

「これが先週、俺の机に入っていたんです」

取り出された紙を迫は乱暴にひっつかむと、その紙に書かれた内容を朗読する。
わざわざ新聞紙から一文字一文字切り取り張り付けた文章はこう、書かれていた。




拝啓、西郷 猛 殿

早速で申し訳ないが、今回の演劇の王様役を降りてもらいたい。
なお、拒否権はない。もし、従わない場合、
道具の破壊や他の主演が怪我をすることになる。



「……古典的な脅しだな。胸糞悪い」

いつの間にか近くに来ていた宇佐野和がポツリと漏らす。
先ほどまで、仕掛けの最終チェックをしていたが、舞台の異変に気付きやってきていた。
舞台の上にはすでに、発表会に関わるほとんどの人間が集まっていた。

「これは酷いよ」
「最悪だな。人が作ったのを壊そうとするとは一度お灸が必要だ」
「ただのいたずらじゃないのか?」

口々に喋り始める。
その多くは紙に関する罵声とただの脅しだろうと言う楽観。
段々とその騒ぎが大きくなってきたとき、その中心にいた猛はぽつりと呟く。

「この脅迫は本物です。ほら、前に霧崎先輩のドレスが破れた事がありましたが、
 あれは破けるように細工されていたためだったようです。
 京さんが服を直すときに細工されていたことに気付いたんです」

その言葉に全員の視線が京に集まる。急に話題に出された京は若干慌てつつも答える。

「ええ、それは本当だけど……。誰が何の目的でやったかわからなかったのよね」

若干口ごもる京に頷きながら、猛は言葉を続ける。

「その話を聞いた後、もう一枚紙が来たんです」

今度はそれをあかねが黙って受け取った。
一瞬顔をわずかに歪め、朗読する。



拝啓、西郷 猛 殿

これが最終警告だ。従わない場合、本格的に破壊行為を行う。
嫌ならば役を降りることだ



あかねが読み終える。
その言葉に再び、ぴたりと言葉が止まる。
なんとも言えない重苦しい時間が過ぎる。
だれしもがべったりと纏わりつくような不快感を感じ、しかし頭がついていかない。

いつまでも続くかと思われた静寂を破ったのは、迫だった。
迫は静かに、しかし誰しにも響くような声で猛へと問いかける。

「猛、お前は演劇をやりたいか?」

その言葉は簡潔明瞭。それゆえに猛の口からもあっさりと言葉が出る。

「もちろんです」

その言葉は本人が思っているよりもはっきりと、力強く、それゆえ本気がはっきりと全員へ伝わる。
迫は大きく頷くと、再び言葉を発する。

「なら、続けるんだ」
「でも……」

なお躊躇する猛に対し、迫は肩に手を置く。

「俺たちはこの演劇を真剣にやっている。お前も本気でやっている。
 この程度の脅しに屈するような生半可な気持ちでやってない。
 だから、猛も信じてみろ。俺達を、決してこの手の輩には負けはしないと」

その目は余りにも真剣。故に猛も観念したように、

「……はい」

ゆっくりとうなずいた。


  *         *          *



「それでは対策を考えるぞ。 実際問題、邪魔やけが人を出すわけにはいかない」

迫はそこに集まった全員に聞く。
そこに真っ先に手を挙げたのは一人のリーゼントだった。
だれしもこの男が動くとは思っておらず、一瞬驚きに声を失う。
その間に台は勝手にしゃべる。

「まったく、俺が作ったものを壊そうなんてふてぇ奴だ。俺が何とかしよう」
「……いいのか? どうするつもりだ?」

いかにも怪しそうに聞く迫に対し、台は大きく頷く。

「ああ。とりあえず那賀と省はこっち対策に使わせてもらう。方法はこの場では言えん。
万が一邪魔をする輩が聞いていると面倒だからな。美術部担当の残りは部長がいれば何とかなるだろう。
お前らはそのまま練習を続けてくれればいい」

その台の瞳の光にに本気を見たのか、迫も頷くことで応じた。

「わかった。頼んだぞ」
「大船に乗った気でいろ。俺は自分の作品が壊されるのが許せないからな」


   *         *          *


「他人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に堕ちろ!って感じです! 」

台は黙ってホールを出る。しかし、その後から声を掛けてくる少女がいた。
そこにいたのは近森ととろ、ではなくカップルウォッチャーととろがそこにいた。
ヘルメットの下、眉をギュッと寄せ、不快そうに台に話し掛ける。

「恋路? あの男のことか?」

「そう、猛君はね、舞台にも本気で挑んでいる。それが99%。だけど1%別の理由があるの。
この演劇発表会を通して、片思い相手の黒咲あかねちゃんに近づきたいと思ってたのよ。
本人自体そんな気持ちでいると思ってないみたいだけどあたしにはわかるのよ!?
それなのにこんなことでパーになったら困るのよっ!? ああ、せっかくのチャンスがー!」

唐突にじたんばたんし始めるカップルウォッチャーととろ。
女性に理想を求める10代男子には見せられない姿を眺めながら、台は一つため息を吐く。

「まぁ、だからこそ奴の恋路を邪魔するため、あの脅迫者を今まで放っておいたわけだが」
「……そこの不良も気づいてたの!? って脅迫してる奴まで知っているとですと!?」

思わず変な日本語になるカップルウォッチャーととろに台はにやりと笑った。

「もちろんだ。俺達を誰だと思ってやがる。ともかく、目星は付いているからな。後は阻止するだけだ」
「へぇ。それならあたしも協力できるよ! 今回だけは目的一緒。あたし役貰ってないし」
「お前もやるつもりか?」
「当然、人の恋路を邪魔する奴にはきっついお仕置きが必要よ!」

驚きの声とともに聞き返す台に、元気よく答えるカップルウォッチャー。
しばらく台は考えるように沈黙し、やがて口を開く。

「そうだな……お前には主犯の説得に当たってもらおう。カップルを見続けたお前なら説得できるやもしれん」
「ふふふ。もちろん分ってるわね! やってやるわよ! 絶対彼の邪魔はさせないわよ」
「奴の恋愛はそのうち潰すが、それより今は俺の作品を壊そうとした方が問題だ。その罪どう償わせてやろうか……」



――敵対する二人は一時的な共闘を得る。


舞台の成功を心から願う者
舞台を盛り上げようと苦心する者
舞台をサポートし、盛り上がる者

そして、その舞台を壊そうとする者

様々な思惑をのせ、舞台は本番へと動き出す。


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